大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和54年(ネ)155号 判決 1982年12月22日

第一審原告

浅井正

右訴訟代理人

仙谷由人

山田敏

青木仁子

佐藤典子

野村侃靱

内藤義三

今井覚

第一審被告

右代表者法務大臣

泰野章

第一審被告

富山県

右代表者知事

中沖豊

右第一審被告ら指定代理人

石井宏治

外一二名

第一審被告

書上由紀夫

第一審被告

山下武雄

第一審被告

安田勇

右第一審被告五名訴訟代理人

中村三次

主文

一、昭和五四年(ネ)第一五四号事件につき

1  第一審原告の控訴を棄却する。

2  控訴費用は第一審原告の負担とする。

二、昭和五四年(ネ)第一五五号事件につき

1  原判決中、第一審被告国に関する部分を次のとおり変更する。

2  第一審被告国は、第一審原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和四八年一〇月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  第一審原告の第一審被告国に対するその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じ、第一審原告と第一審被告国との間に生じたものは、これを一〇分し、その一を第一審被告国の負担とし、その余を第一審原告の負担とする。

事実

昭和五四年(ネ)第一五四号事件につき、第一審原告は「原判決中、第一審原告敗訴部分を取り消す。第一審被告らは各自第一審原告に対し金九二万円及びこれに対する昭和四八年一〇月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第一審被告らは、主文第一項1、2と同旨の判決並びに敗訴の場合の仮執行免脱宣書を求め、同年(ネ)第一五五号事件につき、第一審被告国は「原判決中、第一審被告国の敗訴部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第一審原告は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。(但し、原判決二三枚目表一〇行目に「仙石弁護士」とあるのを「仙谷弁護士」と、別紙(三)接見状況一覧表中「仙石弁護人」とあるのを「仙谷弁護人」とそれぞれ訂正する。)

(第一審原告の主張)

一  第一審被告富山県、同山下、同安田に対する請求原因の補充

1  被告山下、同安田は、代用監獄の幹部職員として充分な高等教育研修を受け、監獄法、刑訴法等関係法規に精通し、被告書上の指示が違法であることを認識していたのであるから刑訴法三九条一項の原則により第一審原告より差入れを申入られた小六法と週刊誌各一冊(以下「本件物」という。)をすみやかに授受する手続をなすべきであり、被告山下は代用監獄の長として部下である被告安田をして適切な監獄事務上の処置をとるよう指揮をすべきであるのに、これを怠つたことには職務上の義務に反する不作為の違法がある。

2  仮に、被告山下、同安田が法律知識に欠けていることにより本件不法行為に及んだとすれば、それは被告富山県が法令の要求する警察官に対する教養を不充分にしか受けさせなかつたか、或いは、教養の不充分な者を警察幹部に任用したことが右不法行為を惹起させた原因であり、右警察官らに適法行為に出る期待可能性がなかつたとしても、被告富山県は富山県警察運用上の過失により本件結果を発生させた法的責任を免れない。

二  後記第一審被告国の主張に対する反論

身体の拘束を受けている被疑者と弁護人或いは弁護人となろうとする者(以下「弁護人ら」という。)との接見交通、物の授受の保障は憲法上の要請であり、刑訴法三〇条、三九条においてもこれは尊重されている。そこで、仮に弁護人らの接見、物の授受により逃亡、罪証隠滅、戒護に支障のおそれがある場合にも対立当事者である捜査官によつて、その防止を図ることは結果として捜査官による被疑者側の防禦権を侵害し、刑訴法の当事者主義構造を歪曲することになるので、右防止のための必要な措置は、法令によるものに限定され(刑訴法三九条二項)刑訴規則三〇条、監獄法四五条ないし四七条に明記されているところにより裁判所、監獄(代用監獄を含む。)の長がこれを行うものである。しかして、監獄の長は監獄法等関係法令によつて独自の権限で弁護人らの接見申入等についてこれを処理すべきものであり捜査官の指揮命令を受けるべきものでなく、弁護人らの接見等の申出は監獄の長に対してこれをなせば足り、捜査官にこれをなし、或いは捜査官と協議の必要はない。それにも拘らず、いわゆる一般的指定により刑訴法三九条三項の指定権行使の要件の有無と無関係に監獄吏員は捜査官に接見等の許否についてその指示を仰ぐことになつている。同法三九条三項の接見等の指定権行使の要件は、既に最高裁判決(昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決、民集三二巻五号八二〇頁)により、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合に限ることが確立されている。しかるに検察官による一般的指定は当該事件の具体的取調状況による右要件の存否と全く無関係に一律にあらかじめ具体的指定をなすべき事案である旨を監獄の長、被疑者に通知し、指定書の交付を要求するものである。これは、刑訴法三九条所定の要件の存否にかかわらず、不必要、不当に弁護人の接見交通等の権利を制限するものであり、かつ、本件については同項所定の具体的指定の要件は存在しなかつたのであるから、違法な具体的処分をなしたものである。なお、いわゆる一般的指定及びそれに伴う事前協議制なるものは従前から弁護士の団体等が一貫して反対しており、実務上定着しているものではない。

(第一審被告富山県、同山下、同安田の答弁)

右一の主張は争う。

(第一審被告国の主張)

一  本件処分の不存在、適法性

1  一般的指定の適法性

いわゆる一般的指定は、捜査官において、当該被疑事件は、刑訴法三九条三項の具体的指定をなすべき事案である旨をあらかじめ監獄の長や被疑者に通知する連絡にすぎず、同条の捜査権と弁護権の協力と調和の精神に基き、検察官、弁護人ら、監獄の長の三者の利害を調整し、手続面の明確性と確実性を担保しつつ、弁護人らの接見手続を円滑化するための制度である。それは法務大臣訓令事件事務規程二八条に依拠してなされる検察官からの準備的措置にすぎず、弁護人らを拘束する効力や被疑者との接見物の授受(以下「接見等」という。)を一般的に禁止する効力を有するものではないから、一般的指定自体は同法三九条三項の具体的処分でもなければ、接見拒否処分でもなく、同法四三〇条の処分にも該らない。ただ、弁護人らにおいては、監獄の長を通じて一般的指定がなされたことを知つた場合には検察官と接見等に関する事前協議をするよう協力が期待されるのであり、この事前協議が法の予定する接見等を的確、円滑に実現するため不可欠のものである。そのために要する弁護人の時間的、金銭的その他の負担は通常の弁護活動に伴う合理的な負担の範囲内のものというべきである。右一般的指定及びそれに伴う事前協議制については検察官と各地の弁護士会との協議によつて採り入られ、以来三十有余年にわたり実務上定着している。

2  第一審被告書上の接見等禁止処分の不存在

司法警察員が検察官に事件を送致した後は、検察官のみが捜査の主宰者として接見等の指定に関する一切の権限を行使することになることは刑訴法の規定より明らかであるから、弁護人らが代用監獄である警察署留置場に留置されている被疑者に対する接見等の申入れは担当検察官に対してなされなければならない。弁護人らから警察署の長、係官らに右申入れがなされたとしても、右の者らは担当検察官にその旨を伝達してその指示に従う以上のことをなし得ない。その際担当検察官から右警察署の係官らを介して接見等について弁護人らと協議したい旨の意向、その他何らかの提案が示されたときには、弁護人らは、警察署の係官らではなく、担当検察官に対し、直接、或いは、右係官らを介して接見等の日時、場所、時間等について協議する必要があるのである。

しかるところ、本件においては、魚津警察署長に対して事実上の接見等の申入れがなされているとの報告に接した被告書上から、原告に対し、接見の指定と物の授受の指定とを同時に行いたい旨及びその協議のため指定書を同被告のところに取りに来てほしい旨の具体的指定に関する提案が被告安田を介してなされたのであるから、原告は被告書上と連絡をとり協議すべきであつたのに、右提案を接見禁止処分であると即断し、これを一顧だにせず無視し、被告安田の「電話をお貸ししますから、書上検事に聞いていただきたい。」旨のしようようにもかかわらず、直接又は被告安田を介して連絡をとろうとせず右協議の申入れを一方的に拒否した。そのため、被告書上は接見等の日時等について原告と協議したうえ的確な具体的指定をなすべく準備までしていたのにこれをなすことができなかつたものである。

仮に、原告において時間的余裕がなく検察官の提案した富山地方検察庁における指定書の交付による指定という方法に応じ難いのなら、その旨を電話で申し出れば被告書上において富山地検魚津支部検察官に具体的指定の日時等を指示し、直ちに指定書を交付させることも可能であつたのであり、更に、電話による指定の方法もあり得るのであるから、原告としては何はさておき、被告書上に連絡をとるべきであつた。被告書上は原告の都合を聴取して折衝する余地を残しつつ、具体的指定をなすべく、その手続についての一方法を提案したのに原告はこれに応ぜず、何ら連絡をとらなかつたために、被告書上としては具体的指定をなし得なかつたものである。

以上のとおり、本件においては、被告書上は接見禁止はもちろん、具体的指定等なんらの処分をもしていないことは明らかである。

3  具体的指定をなし得る要件

刑訴法三九条一項と三項は弁護人らの接見交通権と捜査の必要性との調和を図つたものであるから、右三項の「捜査の必要があるとき」とは「現に被疑者を取調中とか実況見分、検証に立会わせる必要があるとき等捜査の中断による支障が顕著な場合」に限定して例外的に認られるのではなく、罪証隠滅のおそれ等捜査全般の必要性から判断されるべきであり、このことは、同法八一条により弁護人以外の者と被疑者との接見等が一般的に禁止されている事案においては、いかに、弁護人が善意、誠実であれ、個々の事案の性質及び捜査の進展状況いかんによつては特定の日時、場所、時間における関係者の虚偽の供述、証拠物の毀棄隠匿を招来する可能性を否定できず、この可能性が存すると認められる場合にはまさに右要件を充足するものとして具体的指定権を行使できるものと解さなければ、同法一条の目的は達成できないものといわなければならない。このように解することが捜査実務及び同法三九条、六〇条、一九八条、二二三条等の文言の解釈において妥当性を有するのであり、同法三九条三項が時間の指定権をも与え、これを制限できることにしているのも被疑者の取調中ないしこれに準ずる場合に限つて指定権を行使できるとする立場からは説明できず、右指定権付与の根拠は捜査全般の必要性の考慮に求めざるを得ないものである。したがつて、検察官において事案の性質、捜査の具体的進展状況等を勘案し、弁護人らによる接見等が証拠隠滅等の契機となり得ると認められるときは、接見等につき、その日時、場所、時間について具体的指定をなし得ると解するのが相当であり、これを被疑者の取調中あるいはこれに準ずる場合のみに限定して理解することは、捜査の実際を無視し、刑訴法の解釈を誤つたものというべきである。

ところで、本件の背景となつている高森に対する被疑事件の内容は、それ自体、先行する宇佐美に対する刑事事件の実質的な罪証隠滅工作を高森の属する組合が関与し、組織的暴力的に公然敢行したというものであつて、高森に対する被疑事件については再び組織的、暴力的罪証隠滅工作が行われるおそれが存したことは容易に推認できる事案であつた。また、高森は昭和四八年九月三〇日に逮捕されたが、その後高森のみならず原告も所属する労働組合の宣伝カーが連日、同警察署の周辺にきてスピーカーで「高森!最後まで頑張れ、日カバ労組は万全の対策をととのえたぞ。」とか「我々がついている。最後までくじけることなく頑張れ。警察に負けるな。」などと呼びかけ、捜査妨害のみならず罪証隠滅工作が進んでいるとも受けとれるメッセージを送つていたものであるが、他方高森らに係る被疑事件については被害者側ら数名の事情聴取はできたものの、目撃者と思われる組合員らは警察の呼出にも応ぜず他の共犯者を割出すことができず、捜査が進行していなかつた。そこでこのような捜査状況の打開を図るべく、昭和四八年一〇月四日の午前中取調担当警察官である羽黒警部補は、富山地方検察庁において、本件被疑事件の捜査について主任検察官の被告書上と打合せを行い、その指示のもとに同日午後一時ころから高森の取り調べに着手する予定でいた。そこへ弁護人とはいえ、被疑者高森と同一労組員である原告が労組の役員を帯同して同警察署に高森との接見等を求めてきた。

このような状況からすれば、本件は同法八一条により接見禁止のなされていた事件であり原告から接見等の申出のあつた時点においては弁護人との接見により罪証隠滅の結果が生ずるおそれがなかつたとは言い難いうえ、担当捜査官において、まさに被疑者の取調を開始しようとしていた時であり、捜査の中断をもたらし、それによる捜査上の支障が顕著な場合であつた。

以上のとおり、本件においては、捜査官が接見等につき具体的指定をなし得る状況のもとにあつたことは明らかであり、これがなされないまま時間が経過したのは、原告が電話等による被告書上との折衝を拒否し、確立した実務慣行を無視し、一挙手、一投足の労をとらず警察署を立去つた不誠実な態度に起因するものであつて、被告書上は何ら違法な行為をなしているものではない。

4  物の授受

被告書上は、接見指定と物の授受の指定を同時に行いたいとの意向から両方の協議を期待して検察庁への来庁を申入れたにすぎない。右被告書上の措置は違法であり、物の授受を禁止する処分をなしたものではない。もつとも、被告書上が被告安田に対して裁判所の許可を得ない限り物の授受の受付をしないよう述べたことはあるが、これは原告があくまでも被告書上との協議をしないで直ちに物の授受をすることに拘泥するのであれば、それはもはや刑訴法三九条三項による弁護人らの物の授受の権利の行使ではなく、一般人の立場で裁判所の物の授受禁止決定の一部解除決定を得たうえでなすべきである旨を述べたものにすぎない。

5  蔵副検事、第一審被告書上の無過失

いわゆる一般的指定を違法とする下級審の裁判例は、昭和四三年以降において少からず存在するとはいえ、他方その適法性を肯定する裁判例も多数存在するばかりでなく、当時、これを違法とする最高裁判所、高等裁判所の裁判例はいまだ存在しなかつたのであり、学説判例として違法説が確立していたものとはとうていいえない。

刑訴法三九条三項の具体的指定の要件の解釈についても、当時、罪証隠滅のおそれのある場合をも含むとの被告らの主張と同一の説は高等裁判所の判例及び有力学説によつて支持され、検察、裁判実務上もその立場に立つて処理され、それが長年にわたる慣行として確立されていることは顕著な事実というべきである。

ところで、ある事項に関する法律解釈につき見解が分かれ、実務上の取扱も異る立場があり、そのいずれについても一応の論拠が認められる場合には、公務員がその一方の解釈に立脚して事務を執行するときは、仮にその執行が違法と判断されたからといつて直ちに右公務員に過失があつたものと断ずることはできない。

しかもいわゆる一般的指定は、法務大臣訓令事件事務規程に基くものであつて訓令は下級庁の職員に対し職務執行上拘束力を有するものである。蔵副検事は右訓令に基いていわゆる一般的指定をなしたものであるから、これをもつて過失ありとはいえない。

そうすると本件の場合、被告書上が原告に対し指定書の受領のため来庁を求めた行為及び蔵副検事が検察事務の長年の慣行及び法務大臣訓令事件事務規程に基づき書面をもつていわゆる一般的指定をなしたことには何らの過失が存しない。

6  損害の未発生

仮に、百歩譲つて、被告書上、蔵副検事の各行為が違法であり、かつ、公務の執行に過失があると認められるとしても、本件の場合、原告につき慰謝されるべき精神的損害は何ら発生していない。すなわち、原告は名古屋弁護士会所属の弁護士であつて、本件当時開業以来二年半を経過し、他にも刑事事件を受任していたのであるから、接見指定に関する長年の慣行は充分知悉していたものであり、かつ、原告自身日本カーバイト労組の組合員であつて顧問弁護団の一員であつたのであるから、一般的指定がなされているか否かについては容易に判明し検察官との間で日時等接見についての調整が可能であつた。まして、魚津警察署においては、被告安田は原告に対し検察官との連絡に警察電話の利用を申出ているのであるから、魚津、富山間を往復することなく目的を達せられることは明らかである。(ちなみに、原告とともに高森の弁護人であつた野村弁護士の接見申出に対して同年一〇月一日被告書上は富山地検魚津支部蔵副検事をして具体的指定書を発せしめ、同弁護人は富山地検まで往来することなく接見を行つている。)右検察官との連絡をなす程度の労力を費すことは弁護人として通常の弁護活動に伴う負担であり殊更に過酷な負担を強いるものではない。しかるに、原告は事前に検察官と連絡をとることなく、警察署を訪れて接見等を求め、被告安田を通じ被告安田から来庁を求める旨の申入れを受けるや、これを無視し、被告安田に対し右伝言内容を書面化することのみを執ように求めるのみで具体的指定を受けることを拒み、富山地方裁判所に赴きあえて準抗告に及んだものであるが、これらの事実によれば、原告は当日、魚津署と富山地方検察庁間を往復して指定書を得て平穏裡に接見等を行うに足る時間的余裕があつたことは明らかであり、また、本件につき寸秒を争つて接見等をしなければ防禦権の行使が不当に制限されると認められるような事情もなかつたのである。そうすると原告は誠実に弁護活動をせず、具体的指定書を取りに来て欲しい旨の提案がなされたことを奇貨として、ことさらに準抗告に及んだにすぎず、自ら、右申立書起案、準抗告決定に要する時間だけ接見等を遅延させたものであり、このような事情の下においては、その結果を招いた原告には慰謝さるべき精神的苦痛は発生していないものというべきである。

また、侵害された利益が余りに軽微、間接的、主観的な場合には精神的損害賠償に値するものとはいえないが、右の事情の下では弁護士たる原告が受けた精神的損害は極めて軽微であり、かつ、本件では、準抗告裁判所の決定により右両名のなした接見等に関する措置が取り消された結果、原告は即日被疑者と接見等の目的を達し、その後の弁護活動には何らの支障をも及ぼしていないのであるから、原告には慰謝さるべき精神的損害は存しないものといわなければならない。

証拠関係<省略>

理由

一原判決理由第一、第二の一、二に説示するところは、当裁判所の認定判断と同一であるから、これを引用する。(但し、原判決二五枚裏一〇行目から一一行目にかけての「接見禁止」の次に「及び物の授受等禁止」と加え、同二六枚目表七行目「弁護士であるが、」の次に「同月二日高森から同人の弁護人に選任され、右選任届が提出され」と加える。)当審における各証拠調べの結果をもつてしても、右認定判断を左右するに足りない。

二そこで右認定の各事実に基き本件処分の存否及び適法性について判断する。

1  蔵副検事について

同副検事が同年一〇月一日被疑者高森の建造物侵入、強要被疑事件の接見等に関しいわゆる一般的指定をなし、右指定書謄本を高森及び魚津警察署長に交付し、同日右被疑事件を富山地方検察庁へ移送しているところであるが、それまでに弁護人となろうとする原告から何らの申出もなされておらず、右の間においては、右一般的指定は原告に宛てたものではなく、いまだ代用監獄の長たる警察署長に対する事務連絡の側面のみが機能しているにとどまり、かつ、事件の移送を受けた検察官においてその後弁護人らから接見等の申出がなされた際に適切な対応をなせば問題を生じないのであるから、右事件の移送前で原告が弁護人に選任されてもおらず、接見等の申入れもなしていない間に同副検事のなした右一般的指定をもつて、直ちに、原告に対する国家賠償法一条一項にいう違法な行為があつたものということはできない。

2  第一審被告山下・同安田について

司法警察職員が被疑事件を検察官に送致後は、刑訴法三九条三項の接見等の指定権者は捜査の主宰者たる検察官であり、司法警察職員には独自の指定権はなく、かつ、同法一九三条三項により犯罪の捜査に関して検察官の具体的指揮権に服しなければならないものである。

本件被疑事件については、警察署長は検察官よりあらかじめ具体的指定をなすべきものである旨の通知を受けていたのであり、原告より接見等の申入れを受けた被告安田は指定権を有する主任検察官である被告書上にこれを連絡してその指示を求め、その指揮のもとに、接見等についての指示内容をそのまま原告に伝達したものというべく、司法警察職員、或いは、代用監獄の職員としての自らの権限に基き固有の処分をなしているものとは認められないものである。また、被告山下、同安田は司法警察職員としての身分を有する以上、検察官に送致後の刑事被疑事件の接見、物の授受等に関し、監獄の職員としての権限で検察官の前記指揮に反する措置をとることは法的に不可能なものと解される。

そうすると被告山下、同安田は、原告から申入られた物の授受をしなかつたことに関し、原告に対し自ら違法な行為をなしたものであるとはいえないものである。

3  第一審被告書上について

(一) 接見申入れに対する措置

本来捜査機関は、弁護人らから勾留中の被疑者との接見の申入れがなされた場合には、原則として、何時でも、その機会を与えなければならないのであり、例外として捜査機関が刑訴法三九条三項の接見の日時等について具体的指定をなし得るのは、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立合わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合に限定されるものと解すべきところ(最高裁判所第一小法廷判決昭和五三年七月一〇日民集三二巻五号八二〇頁)、被告書上は原告から被告安田を通じて被疑者との接見の申入があつた際、現に取調中であるなど前記の事情になかつた当時の状況のもとでは、右接見を拒否しなければならないような事由があつたとは認められないのであつて、およそ捜査の中断による支障が顕著な場合ではなく、具体的指定をなし得る要件を欠いていることが明らかであつたのに、原告に対し、被告安田を介し、魚津警察署より前記距離にある富山地方検察庁に出向き具体的指定書の交付を受け、これを持参しない限り接見を許さない旨の処分をなしたものと認めるべきであり、ひつきよう右被疑事件につき具体的指定をなし得る要件が具備されているか否かの検討を欠いた点において過失のある違法な処分に該るものというべきものである。

被告国は、被告書上において、接見の具体的指定の方法についての協議をしたい旨及びその一方法を被告安田を介して原告に提案したにすぎず、接見禁止又は、具体的指定等何らの処分をなしたわけではなく、これに対して原告が被告書上と右指定についての協議をなすべきであつた旨主張する。

しかしながら、本件については、もともと、検察官において原告の接見申入に直ちに応ぜられないというような取調上必要な事情はなかつたのであつて、弁護人に対し、日時等の制限がなく自由に接見させなければならないのであるから、具体的指定の方法の提案をなしたり、そのための協議を求めること自体当を得たものとは言い難いと解すべき理由は前叙のとおりである以上、右を理由として、現実に被疑者が勾留されている場所に赴いて接見を求める弁護人に対し、接見を不可能ならしめる指示を被告安田になし、右指示内容を被告安田を通じ伝達したことは、理由なく弁護人の接見の権利を制限した違法な処分をなしたものというべきである。

更に、被告国は、被告書上が具体的指定をなし得る要件が存すると判断し、右指定方法の提案、協議の申入れをなしたことについては過失がない旨主張する。

しかしながら、被告書上において、具体的指定の要件の存否について慎重な検討をなしたことを認めるに足りる証拠はなく、原告に対する被告安田を通じての伝達は一方的に具体的指定書の交付を受けるために富山地方検察庁まで来ること、右指定書を持参しない限り接見できない旨を告知する内容のものというべきであるから、これを単に指定方法の提案、協議の申入れと解することは相当でなく、少くとも接見を求めて勾留場所に赴いてきた弁護人に対し相当な方法を採つたものとはいうことができず、その点における過失も否定することができない。

(二) 物の授受についての措置

右(一)に述べたところは原告の物の授受の申入れに対して被告書上の採つた措置についても妥当するのみならず、被告書上は、原告の物の授受の申入れについて、被告安田に対し、裁判所の接見等禁止決定を受けない限り受付けなくともよい旨指示し、刑訴法八一条所定の物の授受禁止決定のある限り弁護人の物の授受はなし得ないが如き理由によりその授受を拒絶することを被告安田を介して原告に告知したものというべきであり、右は明らかに同法八一条、三九条の規定を無視した違法な行為であり、これについて検察官としての過失が否定し得ないことも明らかである。

この点について、被告書上は、原審において物の授受についても同法三九条三項の指定をなす意向であつたが、原告がこれに不満で一般人の資格で物の授受をなすのであれば、裁判所の取消決定が必要であると述べたものであるとか、或いは、小六法等に書込みがないか自らチェックするためであつた旨供述するが、前記被告書上の被告安田に対する指示内容において客観的にみれば右の趣旨まで含むものとは考えられず、又、小六法、週刊誌各一冊の授受につき同法三九条三項の具体的指定をなすべき必要性はうかがい得ず、弁護人に対し一般人の資格で授受をたすことを前提で指示をすること自体極めて異常であり、書籍の書込みの有無については検察官自らこれをなすことは通常ではなく、監獄職員たる司法警察職員に命じてなすことは可能であり、検察官が右点検の必要から被告安田を介して前記措置をなしたものとは考えられず、被告書上の右各供述は不自然であつて直ちに採用することができない。

三そこで第一審被告らの責任について判断する。

1  第一審被告国

被告書上は富山地方検察庁において本件被疑事件の担当検察官として公権力の行使にあたつていた公務員であるところ、前記原告に対する被疑者との接見、物の授受を拒否しこれを不能ならしめた処分は、その職務を行うにつきなされた不法行為というべきであるから、被告国は、国家賠償法一条一項により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

2  第一審被告書上

国家賠償法一条一項によれば、公権力の行使にあたる国の公務員がその職務を行うについて故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任じ、公務員個人は民法上の責任を負わないものと解すべきであり、そうすると被告書上は個人として右認定の職務行為について責任を負わないものである。

3  第一審被告富山県、同山下、同安田

前記のとおり、被告山下、同安田が違法行為をなしたことが認められない以上、被告両名に損害賠償責任はなく、右被告両名が違法行為をなしたことを前提とする被告富山県も右責任を負う理由はない。

原告は、被告富山県は警察官に対する教養教育が不充分であつたか、教養不充分な警察幹部を任用したことの過失により被告山下、同安田が不法行為に及んだ旨主張するが右両被告が、不法行為をなしたことが認められない以上、右主張は前提を欠き失当というべきものである。

四更に進んで第一審原告の損害について判断する。

本件については、検察官の違法な接見等の拒否により弁護人の右を求める権利を侵害したものであるが、他方、原告としても、右接見等について検察官と協議をしなければならないわけではないとしても、接見等を求める権利の迅速円滑な実現を求めるための努力をなし、紛争の発生を防止するべく当事者として検察官に対し容易に質疑できる機会があればこれを利用するなど適切に行動し、もつて迅速な紛争の自主的解決が望まれるところ、原告は本件接見等の申出の前後にわたり全く担当検察官と連絡、意思の疎通を図ることなく、被告安田より被告書上からの指示内容を伝えられた際警察電話による被告書上と折衝の機会が与えられながらこれをなさず、直ちに裁判所への準抗告の手段に出たものであり、そのことが紛争を深刻化し、かつ、接見等が遅延した一因であることも否定できない。

右弁護人の接見交通、物の授受の権利の重要性、これが侵害された経緯、状況、これが遅延した時間に原告の採つた態度等一切の事情を斟酌すると、原告が本件においてその接見等の権利を侵害されたことによる精神的損害に対する慰謝料としては金五万円をもつて相当と認める。

五以上の次第であつて、第一審原告の本訴請求のうち、第一審被告国に対して金五万円及び不法行為の日である昭和四八年一〇月四日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、第一審被告国に対するその余の請求及びその余の第一審被告らに対する請求はこれを棄却すべく、昭和五四年(ネ)第一五四号事件につき、第一審原告の控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用してこれを第一審原告の負担とし、同第一五五号事件につき、第一審被告国の控訴に基き、原判決中、第一審被告国に関する部分を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、なお、仮執行の宣言については相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(山内茂克 三浦伊佐雄 松村恒)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例