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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和55年(ネ)156号 判決 1983年3月30日

第一四四号事件被控訴人、第一五六号事件控訴人(以下「第一審原告」または「原告」という。) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 谷内文雄

第一四四号事件控訴人、第一五六号事件被控訴人(以下「第一審被告春子」または「被告春子」という。) 乙山春子

<ほか三名>

第一五六号事件被控訴人(以下「第一審被告夏子」または「被告夏子」という。) 乙山夏子

<ほか一名>

右第一審被告ら六名訴訟代理人弁護士 小酒井好信

主文

第一審被告春子、同一郎、同二郎、同三郎の控訴に基づき、原判決中、第一審被告春子、同一郎、同二郎、同三郎に関する部分を次のとおり変更する。

第一審原告の第一審被告春子、同一郎、同二郎、同三郎に対する各請求をいずれも棄却する。

第一審原告の本件控訴を棄却する。

控訴費用(昭和五五年(ネ)第一五六号事件)及び第一、二審を通じ第一審原告と第一審被告春子、同一郎、同二郎、同三郎との間に生じた訴訟費用はいずれも第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告訴訟代理人は、第一四四号事件につき、「第一審被告春子、同一郎、同二郎、同三郎の本件控訴を棄却する。控訴費用は、右第一審被告ら四名の負担とする。」との判決を求め、第一五六号事件につき「原判決を次のとおり変更する。第一審原告に対し、第一審被告春子は金一二三万八八三三円、同一郎、同二郎、同三郎は各金八二万五八八八円及び右各金員に対する第一審被告春子、同一郎、同三郎は昭和四八年四月一九日から、同二郎は同月二四日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴外亡乙山松太郎と第一審被告一郎、同夏子、同四郎、同春子との間の昭和四七年一〇月一日付で原判決添付別紙第一目録記載の不動産についてなされた贈与契約を取り消す。第一審被告一郎、同夏子、同四郎、同春子は第一審原告に対し、右不動産に対する福井地方法務局昭和四七年一〇月二四日受付第三五六七四号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。第一審被告春子、同一郎、同二郎、同三郎は、第一審原告に対し原判決添付別紙第二目録記載の不動産につき同別紙抵当権目録記載の抵当権設定登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決を求め、第一審被告ら訴訟代理人は、第一四四号事件及び第一五六号事件につき主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(第一審原告の主張)

原判決四枚目表四行目冒頭から、同末行、末尾までを次のとおり改める。

「(一)(1) 昭和四七年一〇月一二日訴外会社の取引銀行である○○銀行△△支店から、同銀行本店内、本部経理部為替決済課長であった原告に対し「訴外会社の同日の手形決済資金二六六万円が不足している。」との連絡があり、同時に被告二郎からも原告に対し「すぐ資金を用意するから、不渡発生を防止して欲しい。」との依頼があった。

(2) 本来、訴外会社の依頼により同銀行本店から△△支店訴外会社預金口座へ振込送金手続がなされるについては、先ず本店に現金(または支払確実な小切手)による入金があり、その後に△△支店において入金伝票が作成されるべきである。△△支店は同月一二日原告の依頼により金二六六万円の同支店の入金伝票を作成して入金扱いとしたが、当時現実にはいまだ、訴外会社から同銀行本店に右金員の入金はされていなかった。その後同月一四日訴外会社より同銀行本店に現金六九万五〇〇円及び額面金一九六万九五〇〇円の小切手一通(原判決添付別紙小切手目録番号(10))による入金がなされた。

(3) ところが、右小切手は同月一六日支払銀行に呈示されたが、資金不足により不渡りとなった。原告は訴外会社の代表取締役であった亡松太郎より右小切手金の立替支払を依頼され、また、同銀行からも支払を求められたので、同月一七日右小切手金一九六万九五〇〇円を同銀行に弁済した。

(4) 同銀行△△支店が原告の依頼を受けて入金伝票を発行する取扱いをしたのは、原告と訴外会社の関係を知っていて原告を信用したからであって、原告は同支店に対する関係では訴外会社の代理人的立場にあり、民法六五四条に準ずる善処義務の履行として、訴外会社に代わり前記小切手金を弁済せざるを得ないというべきであり、また、訴外会社より同銀行本店に対し現金の提供がなかったのに、原告は、便宜扱いによる送金手続をとり、同銀行△△支店に依頼して入金伝票を作成させたところ、その後訴外会社より現金提供のなかった分の一九六万九五〇〇円について、原告は同銀行に対しこれを填補する保証類似の責任を負うので、原告は訴外会社の同銀行に対する債務の弁済につき法律上の利害関係がある。」

(第一審被告らの主張)

原判決七枚目裏六行目末尾に次のとおり加える。

「右は原告が同銀行為替業務担当者としての義務に反し、銀行の禁止に触れてなした非違行為に基因するのであり、これがなければ原告の損害が発生しなかったのであるから、右損害は、松太郎の職務懈怠行為と相当因果関係を有せず、原告の過失によるものであり、松太郎に対する損害賠償請求をなしうるものではない。」

(証拠関係)《省略》

理由

第一商法二六六条の三による請求

一  訴外会社の設立、倒産

請求原因1の事実及び訴外会社が昭和四七年一〇月一六日手形不渡を招き倒産したことは当事者間に争いがない。

二  第一審原告と訴外会社との取引等

《証拠省略》を総合すると、

訴外会社は商業登記上昭和四〇年一一月一六日設立以来訴外亡乙山松太郎が代表取締役とされていたが、同人は二男の被告二郎に対し代表取締役の業務執行の一切を委ね、自己の代表者名義を使用することを許したので、訴外会社の経営は専ら同被告により遂行されてきた。

原告は被告二郎の妻の実兄であり、昭和一四年より○○銀行に勤務し、同四五年一〇月より同本店経理部為替決済課長をしていたが、同四六年頃より訴外会社の経営に関し、被告二郎に助言、援助をしてきたものであるが、

1  原告は、被告二郎の依頼に応じて、昭和四六年九月下旬頃から昭和四七年一〇月初旬頃までの間原判決別紙小切手目録記載の小切手授受の各日時頃、被告二郎から同目録記載各小切手(但し、(10)の小切手を除く。振出日欄白地。)の交付を受けて計一一回にわたり訴外会社に合計金四七五万円を弁済期、利息、損害金の定めなく貸渡した。ところが、訴外会社が倒産し右貸金の返済が得られなかったので、原告において右各小切手の振出日を同目録記載のとおり補充したうえ支払場所に呈示したがいずれも支払を拒絶され不渡となった。

2  訴外会社は昭和四七年九月一九日頃、原告の斡旋により、同銀行□□支店より原判決添付別紙約束手形目録記載の約束手形を振出して金五〇万円の融資を受けた。その後訴外会社が前記のように倒産し右手形の支払期日における不渡りが確実となるに及んで、原告は、右銀行の要求を受け、同年一〇月一九日右手形金五〇万円を同銀行に弁済した。原告は被告二郎の依頼により訴外会社のため同銀行□□支店との間を斡旋し右金五〇万円の融資を得させたものにすぎず、訴外会社の債務の保証、右手形に裏書など同銀行に対する債務負担を生じる行為はしていなかったが、自分の斡旋した貸付により銀行に損害を与えたことを考え、銀行の要求に従じ右弁済をしたものである。

3  昭和四七年一〇月一二日原告は、○○銀行本店において経理部為替決済課長として勤務中、同銀行△△支店から訴外会社の手形決済資金二六六万円が不足している旨の連絡があった。そこで、原告は直ちに被告二郎に対し同銀行本店に右決済資金を入金するよう指示するとともに、同支店に対し口頭(電話)により入金手続を依頼したが、翌日被告二郎は現金六九万五〇〇円と前記小切手目録のうち(10)の小切手を本店に持参しただけであり、しかも訴外会社は同月一六日手形不渡を出し、右小切手も同日不渡りとなった。○○銀行では取引先の依頼に基づく本、支店間の送金は、取引先より仕向店に対し現金の入金があったのち、仕向店より被仕向店に対し振替入金依頼をなすのが原則であり、当時訴外会社より同銀行本店に対して入金はされておらず従って同銀行△△支店に対し振替入金(送金)手続を依頼することはできないことを知りながら、原告は同支店に対し右入金手続を指示依頼したのである。原告は同月二五日同銀行に対し金一九六万九五〇〇円を支払い、同銀行から右小切手を受取った。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

つぎに、○○銀行に対する前記3の金一九六万九五〇〇円の支払については訴外会社の代表取締役亡松太郎の依頼があった旨の原告主張を認めうる証拠はない。

右認定事実によれば、原告が訴外会社に対し原判決添付小切手目録記載(但し、内(10)を除く)の小切手授受の年月日頃貸付けた同目録記載の各金員の貸金債権を有することは明らかであり、また原告が、○○銀行に対し同約束手形目録記載の手形金を支払ったことにより、訴外会社に対して右手形に関する手形金債権ないし求償金債権及び原告が、同銀行に対し同小切手目録記載(10)の小切手金額を支払ったことにより、訴外会社に対し小切手金相当額の求償金債権を取得したものと解するのが相当である。

三  松太郎の責任

原告の本訴請求は、亡松太郎が訴外会社の代表取締役としての任務を怠り会社の経営を被告二郎が放漫な経営をなすまゝにこれを放任した結果、会社を倒産に至らせ、原告の会社に対する債権回収を不能ならしめたことを理由に、代表取締役としての松太郎に対し商法二六六条の三の責任を問うものであるが、右責任が認められるためには代表取締役松太郎の悪意または重過失による任務懈怠行為のほか、会社業務を一任された被告二郎の悪意または重過失による任務懈怠行為が存在し、これと会社の倒産ならびにこれによる原告の損害との間に相当因果関係がなければならないものと解すべきところ、これに関して《証拠省略》を総合すると以下の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  被告二郎は、昭和四〇年に自ら資本金五〇万円を出捐して訴外会社を設立するに際し、松太郎に名目上の代表取締役に就任することを依頼し、同人はこれを承諾し右会社倒産時においてもその地位にあった者であるが、その間訴外会社の業務一切につき被告二郎に包括的に任せたまま、自らは、会社の経営に関与することはなかった。

2  被告二郎は昭和四〇年一一月頃より福井市浪花町所在の工場(木造、建坪約一一〇平方メートル)一棟で、訴外会社の商号により、妻と一、二名の従業員を使用して撚糸業を始めたが、昭和四五年頃より米国の繊維製品輸入規制に伴う撚糸業界の厳しい不況に見舞われて、訴外会社の昭和四六年五月末決算期の赤字欠損は明らかとなり、帳簿上当期損失約八八万円、累積損失約四〇五万円を計上するに至ったが、その後も市況は好転しなかった。そこで、被告二郎はレース編業に進出して業績の回復を図るべく、原告の斡旋により、同市下河北町で宅地四五六平方米を借地し、同地上に建築費約金五〇〇万円のレース編工場(木造、建坪約一三六平方メートル)一棟を新築し、約三〇〇万円でレース織機二台を購入した。右資金は手形による借入金を目当てにしたものであったが、レース編業も期待したほど業績が上らず、昭和四七年三月前記浪花町所在旧工場のあった土地の一部約一二五平方米を金六四六万円で売却して新工場の建設費その他会社の運転資金に充当し、また原糸の売買による現金収入を図りあるいは原告に対し日本刀、槍、鍔などを担保に差入れて原告より手形決済資金の借入れなどをして窮境を凌ぎ、一方で同年七月頃完成した新工場を予定どおりに稼働させるべく、原告を通じ○○銀行に対し追加融資を請求していたところ同年九月末右追加融資が断られるに及び万策つき、同年一〇月一六日手形不渡を出し、倒産するに至ったものである。倒産時における負債の総額は約三〇〇〇万円で、その大部分は、原糸代等取引先に対するものであり、資産は、工場二棟、宅地二筆、機械等合計約一〇〇〇万円であった。

以上認定の各事実によると、訴外会社の倒産の原因としては昭和四五年頃より撚糸業界の不況という外的条件による一般的市況の不振のほか、被告二郎が赤字の会社を更生させるため利益を挙げようとして新にレース工場を建設したため、これにより少くとも金八〇〇万円以上の負担を招いたこと、また予定した新工場でのレース編業が軌道に乗らないうちに、○○銀行から融資を拒絶されて、資金繰りが付かず、新工場竣功後約三か月で倒産するに至ったものであるが、右の倒産原因(但し、一般的市況の不振を除く)が被告二郎における会社経営上の見通し、判断の過誤、甘さに基因することは否定できないが、これを商法二六六条の三にいう悪意又は重大な過失に当ると解することはできない。すなわち、前記倒産前において訴外会社が被告二郎の努力如何にかかわらずその支払能力の回復は不能又は著るしく困難であるばかりでなくこれを悪化させることが必定であり、このため直ちに事業の遂行を止めるべきであるといえるような状況に陥っていたものと認めることはできないし、同被告も会社の建直しを意図し、倒産に至るまで経営努力を続けてきたことが窺われるからである。

以上のとおりであるから、亡松太郎における悪意又は重大な過失の存否、これと原告主張の各損害との相当因果関係の有無並びに代物弁済による原告の残債権額などについてさらに判断を加えるまでもなく、原告の商法二六六条の三に基く請求は理由がないこととなる。

第二詐害行為取消(所有権移転登記抹消請求を含む)請求

右請求は、原告が亡松太郎に対し商法二六六条の三による損害賠償請求債権を有することを前提として、これを被保全債権として松太郎の不動産処分行為の取り消しを求めるものであるところ、原告の右損害賠償請求債権が認められないことは、前記のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の詐害行為取消に関する請求は理由がないこととなる。

第三抵当権設定登記手続請求

《証拠省略》によると、原告は被告二郎を通じ、昭和四七年春頃、松太郎所有の原判決添付別紙第二目録記載の土地の権利証の交付を受けていることが認められる。しかしながら、原告が松太郎に対し請求原因9記載の債権を有していたこと及びこれに関し主張の抵当権設定をなすことの合意が松太郎との間で成立したことを認めるに足りる証拠はなく、原告の主張に添う《証拠省略》は、《証拠省略》に照らし採用できない。

よって、原告の抵当権設定登記手続を求める請求も理由がない。

第四結論

以上の次第であって、第一審原告の第一審被告らに対する本訴各請求は、いずれも理由がなく、これを棄却すべきものであるので、第一審被告春子、同一郎、同二郎、同三郎の控訴に基づき、原判決中右と結論を異にする右第一審被告らに関する部分を変更し、第一審原告の本件控訴はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山内茂克 裁判官 三浦伊佐雄 松村恒)

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