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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和55年(ネ)62号 判決 1981年7月29日

控訴人

立木千代子

右訴訟代理人

谷内文雄

被控訴人

鈴木精二

被控訴人

日本トラック株式会社

右代表者

笠野義雄

右両名訴訟代理人

小酒井好信

被控訴人

村井實

外四名

右五名訴訟代理人

真田幸雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人において、別紙目録記載の供託金のうち、金六七九万二九三九円及びこれに対する供託法所定利息金の払渡請求をなし、これを受取る権利を有することを確認する。

控訴人のその余の請求(当審で拡張した請求を含む)をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人実ら五名は訴の変更について異議を述べるので、まず、この点について判断する。

本件記録によると、以下の各事実が明らかである。

控訴人は、原審において、本件事故の被害者年一の内縁の妻として(1)年一の相続人である被控訴人実ら五名に対し、同人らの本件事故による損害賠償請求権を控訴人に贈与したことを原因として、その旨の通知を被控訴人鈴木及び被控訴会社になすことを求め、(2)被控訴人鈴木及び被控訴会社に対し、主位的に控訴人が控訴人固有の慰藉料、葬儀費のほか、右(1)債権譲渡を受けた分である年一固有の慰藉料、逸失利益の賠償を請求原因とし、予備的に右各債権のうち債権譲渡を受けた分が認められない場合には、控訴人の扶養請求権侵害を原因として、損害賠償金二〇〇〇万円と遅延損害金の支払を求めていたところ、被控訴会社と自賠責保険契約を結んでいた訴外保険会社が控訴人の本訴提起により本件賠償金支払につき債権者を確知し得ないとして本件供託をしたので、当審において、控訴人は新たに(3)、被控訴人実ら五名に対し控訴人が右供託金を受取る権利を有することの確認を求める請求を追加し、右(2)の請求については、供託金一〇〇〇万円を超える残金のうち二〇〇万円と遅延損害金の請求に減縮した。

判旨右従前の訴である併合審理にかかる(1)(2)の請求と変更後の(2)(3)の請求との間には民訴法二三二条一項所定の請求の基礎に変更がないものと解するのが相当である。すなわち、右(1)(2)の請求は従前から併合審理されており、かつ、請求原因を共通にする部分があり、右(2)の請求においては、被控訴人鈴木及び被控訴会社に対して損害賠償義務の履行を求めていたのを、(3)の請求においては、本来は右(2)のとおり被控訴会社が支払うべき金員を被控訴会社と訴外保険会社との保険契約に基き、訴外保険会社に対しても請求でき、現に右保険会社はこれをそのために供託しているのであるから、変更前の(2)の請求と変更後の(2)(3)の請求は、同一の損害賠償請求債権の満足を得るための手段として、争点についての証拠資料、訴訟資料を共通にしており、それ故右訴の変更によつて何ら訴訟手続を著しく遅滞させることにもならないのである。

よつて、控訴人の本件訴の変更は許されるべきものである。

二原判決理由一ないし五に判示するところは、次に付加、訂正するほか、当裁判所の認定判断と同一であるからこれを引用する。当審における証拠調べの結果をもつてしても右認定判断(原判決理由引用)を左右するに足りない。

1  原判決一七枚目裏一一行目「原告は後記」から一八枚目表三行目末尾までを、「年一の右過失の存在は、被害者側の損害額算定について斟酌(過失相殺)されるべきである。」と改め、同三一枚目表一行目に「連帯して」とあるのを「各自」と訂正する。

2  控訴人は、被控訴人実は相続人全員を代理して負担付贈与契約を締結し、或いは表見代理の法理により被控訴人実ら五名は贈与契約について責任を負う旨主張する。

原判決理由四に掲記の各証拠及び認定の各事実によると、控訴人が年一の葬式を自ら喪主として自己の出費により挙行することになつたのは負担付贈与契約の負担の履行としてではなく、永年事実上の夫婦として生活を共にし、自らの親族や世間から年一が控訴人の夫として認められていた者の葬式であり、控訴人の気持からも社会慣習上も当然のことであるからであり、このことは昭和四九年一一月二三日夜の被控訴人実のみしか居合せず、同人が「あとに出る金のことは立木の方に委す」程度のことしか言わず、これについて他の相続人たる被控訴人清ら四名の意思を反映する余地のない時点で既に控訴人が立木家において葬儀を挙行する段取りを進めていたことからも裏付けられる。又、被控訴人実の翌二四日の通夜における発言内容自体、ことさら「年一の金のことは一切委せる」と言つており、これから具体的な損害賠償請求債権を全額贈与する趣旨まで含まれるとは解釈できず、相続人全員を代理しての贈与の意思表示があつたと考えることは困難である。のみならず、被控訴人実の同月二三日夜の発言の際は他の相続人らは全く同席せず、同月二四日夜の発言の際も被控訴人ミツ子は同席しておらず、この種の重要な意思表示をするには利害関係を有する相続人全員の慎重な協議を要すると考えられるのにこれが欠けており、このことは控訴人側も認識し得たことは明らかである。それ故、控訴人或いはその身内の訴外上野忠においても、被控訴人実の発言に対し、契約の申入と認識してこれについての承諾を推認させる様な確答をなした事実は認められず、又、右控訴人の葬式の挙行をもつて黙示の承諾と解することもできない。

そうすると、被控訴人実が何ら負担付贈与契約の申入と目すべき意思表示をなしたことも、控訴人がこれに対して承諾をしたことも認めるに足りず、右に関して代理権の有無、表見代理の成否を論ずるまでもなく、控訴人の右主張は理由がない。

三そこで、控訴人の供託金受領の権利確認の請求について検討する。

訴外保険会社が被控訴会社との保険契約に基き本件交通事故による損害賠償金の支払いのために、本件供託をなしていることは当事者間に争いがない。

<証拠>によると訴外保険会社が右供託をなすに至つた事情は被控訴会社金沢支店を保険契約者とする本件事故に対する自賠責保険金につき、昭和五〇年三月三一日被控訴人実が右保険会社に対し支払請求をなしたが、その後同年四月八日控訴人が本件訴を原審に提起し、被控訴人鈴木及び被控訴会社に損害賠償を求め、その理由が本訴変更前の請求原因のとおりであるので、訴外保険会社は、保険金を被害者の内縁の妻たる控訴人に支払うべきか、相続人たる被控訴人実ら五名に支払うべきか確知し得ないものとして供託したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

前記認定(原判決理由引用)のとおり、控訴人は、債権譲渡を理由とする請求原因は認められないものの、被害者の内縁の妻として被控訴人鈴木及び被控訴会社に対して本件交通事故に基く損害賠償請求権を有し、一方被控訴人実ら五名も被害者の法定相続人として被控訴人鈴木及び被控訴会社に対して右事故による損害賠償請求権を有しているところ、右供託についての被供託者の一員とされている控訴人が右供託金より支払を受けることのできるのは、控訴人の損害賠償請求権のうち、他の被供託者たる相続人らの請求権に優先して弁済を求め得る金額のみならず、それを超える金額であつても、その支払を受けることによつて他の被供託者らの受取ることのできる部分を侵害するものと認められない限り、その全額につき支払いを受ける権利があるものと解すべきである。被控訴人実ら五名は控訴人が供託金より右全額を受領することによつて、同人らの受取ることのできる部分を侵害されるとの点につき何らの主張立証もしないが、前記認定(原判決理由引用)の本件事故の態様、双方の過失割合、年一の年令、職業、収入、控訴人、相続人らとの生活関係等一切の事情を総合して判断しても、被控訴人実ら五名が本件事故に基く損害として被控訴人鈴木及び被控訴会社に請求し得る金額は、<証拠>により同人らが被控訴会社より弁済を受けているものと認められる五〇〇万円を控除すると、控訴人が前記認定(原判決理由引用)の被控訴会社らに請求し得る金額を供託金より受領しても被控訴人実ら五名の受領し得る部分を侵害することは計数上うかがえない。被控訴人実ら五名は本件供託は控訴人主張の債権譲渡の成否が判明しないため債権者を確知できないとしてなされたものであるから、債権譲渡が否定されれば控訴人は供託金から全く支払を受け得ないと主張するが、<証拠>によると本件供託は要するに供託者が過失なく債権者を確知することができないこと(民法四九四条)が供託原因であり、右供託の契機及びそれについて過失のない事情が本訴の提起であることに過ぎないものと認められ、右供託原因から債権譲渡が否定されれば、当然に被供託者たる控訴人の供託金を受取る権利が否定されるものとは解することはできず、被控訴人実ら五名の主張は採用できない。

そうすると控訴人は本件供託金のうちから、前記認定(原判決理由引用)の六六一万七九七一円およびこれに対する事故の日たる昭和四九年一一月二三日から供託のなされた昭和五〇年六月三日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金一七万四九六八円の合計六七九万二九三九円並びにこれに対する供託法三条所定の利息の支払を請求しこれを受取る権利があることとなり、被控訴人らにおいてこれを争つているので、本訴確認請求中、本件供託金のうち、控訴人は右金額の限度で支払を求め、受取る権利を有することの確認を求める部分は理由があるというべきである。

四次に、控訴人の被控訴人鈴木及び被控訴会社に対する損害賠償残債権の支払いを求める請求については、控訴人が右供託金一〇〇〇万円を超える損害賠償請求権を有することを前提とするものであるところ、右前提を欠くことは、前記三により明らかであるので、その余の点につき判断するまでもなく、右請求は理由がない。

五以上の次第であつて、控訴人の本訴各請求のうち、本件供託金中六七九万二九三九円及びこれに対する供託利息金の支払請求、受取りの権利の確認を求める部分については理由があるので正当として認容し、その余の請求については、当審で拡張した分を含め、いずれも理由がないので失当として棄却すべく、これと結論を異にする原判決は右の限度でこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(黒木美朝 川端浩 松村恒)

目録<省略>

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