名古屋高等裁判所金沢支部 昭和57年(行ス)2号 決定 1982年4月05日
抗告人(申立人) 土田豊正 外六七名
相手方(被申立人) 砺波市教育委員会
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は別紙即時抗告申立書(写)記載のとおりである。
よつて、案ずるに、当裁判所も原審と同じく、抗告人らの本件執行停止の申立は却下するのが相当であると判断する。その理由は、次に附加するほか、原決定(昭和五七年三月一七日付更正決定を含む)が理由として認定、判断するところと同一であるから、これを引用する。
抗告人らは、
1 本件処分の執行停止決定がなされた場合、未就学児童については、学校指定が存在しないと同様の状態が実現する結果、相手方が学校教育法施行令五条、六条により新たに学校指定をなすべき義務を負担するに至ること、
2 公立小学校の設置廃止は、地方公共団体の条例の制定、公布により完結するものではなく、教育委員会の廃止決議及び告示という廃校処分があつてはじめて、抗告人らの子女の教育のために学校を利用する権利を否定する効果を生ずるのであり、いまだ旧小学校(砺波市立栴檀野小学校)については廃校処分が存在しないこと、
3 右条例については、抗告人らは、条例の無効確認請求訴訟を富山地方裁判所に提起し、同時に、右条例の効力の停止を求める執行停止決定申請をしていること、
を理由として、執行停止をしても回復しがたい損害を避けることはできないとの判断を不当であると主張する。
しかしながら、仮に、本件処分につき執行停止決定がなされた場合には、相手方が就学予定児童につき新たに学校指定をなすべき義務を負担するに至るとしても、前記認定(原決定理由引用)のとおり、砺波市立小、中学校設置条例の一部を改正する条例(昭和五五年砺波市条例第四号)が昭和五七年四月一日から施行され、右条例により旧小学校は既に廃校となつているのである。
この点につき、抗告人らは地方教育行政法は地方自治法、学校教育法の特別法であつて、教育委員会の職務権限として学校の設置、管理及び廃止に関することを規定しているから、学校の設置廃止は条例に根拠をおいて教育委員会が行うものであるとし、同委員会は執行機関として事務的措置を行うにすぎないとの判断を非難する。
しかしながら、教育委員会の職務権限として地方教育行政法二三条の定めるところは管理及び執行であり、あくまでも条例で定められたところを管理、執行するにすぎないから、右法条を地方自治法や学校教育法の特別法ということはできず、教育委員会の行う廃止決議や廃校処分の告示は事務的な措置にすぎないこと前記説示(原判決理由引用)のとおりである。
したがつて、旧小学校については、相手方は就学予定児童の学校指定をなすことは法的にできないものであり、既就学児童も適法に在校できないものといわなければならない。
そして、本件記録によるも、統合小学校(砺波市立庄東小学校)以外に、抗告人らの被保護者たる児童にとつて、通学上その他の条件において、より適切、有利で法的に就学指定可能、或いは在校可能な他の学校が存在するとは認めるに足らない以上、本件処分の執行停止決定によるも、これによつて、回復しがたい損害を避けることはできないものというべきである。
また、抗告人らは右条例の効力を争う訴訟を提起し、その効力の執行停止決定を求める申立をしているとしても、これが直ちに、右条例の効力を左右するものでないことは明らかである。よつて、抗告人らの右主張も採用できない。
以上の次第であつて、右と同旨の原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 黒木美朝 松村恒 阿部文洋)
即時抗告申立書
抗告の趣旨
一 原決定を取消す。
二 相手方が、昭和五七年一月二九日付で、抗告人らに対してなした抗告人らの被保護者である別紙「児童氏名とその保護者たる抗告人」一覧表記載の各児童の昭和五七年四月一日以降就学すべき小学校を砺波市立庄東小学校(所在地砺波市頼成三、一〇七番地)と指定した各処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。
三 申請費用は全部相手方の負担とする。
との裁判を求める。
抗告の理由
一 原決定
抗告人らは、昭和五七年二月一八日、前記「抗告の趣旨」第二項記載の学校指定通知処分および学校指定変更通知処分の取消を求めて富山地方裁判所に本案訴訟を提起し(同裁判所昭和五七年行(ウ)第一号)、かつ同日、同裁判所に対し右学校指定通知処分等の執行停止申請をした(同裁判所昭和五七年行(ク)第一号)ところ、同裁判所は、同年三月一三日、「一 本件申立を却下する。二 申請費用は申立人らの負担とする」旨の決定をなし、同決定は同年同月一五日抗告人に送達された。
二 原決定の不当性
(一) 先づ、原決定は、本件学校指定処分の効力の停止とは、一時処分の効力を凍結し、処分の効力それ自体を存続しない状態におくことであり、行政庁に対し他の処分を命じたり、仮の地位を定める等積極的な状態を作り出すものではなく、またそれにより行政庁が他の何らかの処分をなすべき義務を負うものでもないとの前提のもとに、就学予定児童については、学校指定処分の効力を停止するならば通学すべき学校がない状態となつて、損害回避の方途たりえない旨説示する。
しかしながら、本件処分の効力の停止が、それ自体として直接に、就学予定児童らにつき新たな学校指定通知処分を命ずる効力を有するものでないことは原決定の指摘するとおりにしても効力の停止とは、要するに、処分によつて生じた法律関係を将来に向つて、処分以前と同様の状態に戻すことを意味するのであつてこれを本件についてみれば、停止決定がなされた場合、決定と同時に未就学児童に関しては、学校指定が存在しないと同様の状態が実現する結果、決定自体の直接の効果か否かは別としても、相手方が学校教育法施行令第五条により学校指定をなすべき義務を負担している当然の帰結として、相手方としては法令に従つて行政を行なうべき行政機関である以上何らかの学校指定をなすべき法律関係に立つことは疑問の余地がない。即ち右施行令第五条、第六条によれば、義務教育を受けるべきものとされている児童については、学校指定の空白は許されないのであつて、執行停止がそれ自体としては単に既応の処分の効力の停止という消極的効果しか持ちえないにしても、本件の如き場合には、学校指定処分がない状態とすることは、とりもなおさず相手方をして新たな学校指定をなすべき法律関係を将来に向かい復活することを意味し、従つて、本件については執行停止により回復しがたい損害を回避しえる場合と解すべきである。さもなければ、就学予定児童に関する限り如何なる違法な学校指定通知処分についても、司法による緊急の権利救済の道は全く存在しないこととなる。
学校指定通知処分の執行停止を認容した裁判例は、過去においても少なからず存在するが、かかる決定において未就学児童のみを除外した例はなく、しかも、行政処分につき仮処分を認めない現行法の下で同処分の執行停止によりいずれも回復しがたい損害を回避しえているという実態に即して考えても、就学予定児童についての学校指定通知処分の執行停止が、損害回避の手段たりえないと速断した原決定の誤りは明白である。
(二) 更に、原決定は、地方公共団体による公立小学校の設置、廃止は、条例という法形式によつて直接かつ個別的になされ、条例の制定、公布により完結すると判断した。しかし、原決定の右の如き解釈は、明らかに誤まりというべきである。
先づ、公立小学校が地方自治法第二四四条にいう公の施設であることに異論はないが、公立小学校は、教育目的に供される人的物的施設の総合体である。従つてその設立という概念は、施設の権限を取得し、施設を構成する人の指定を行ない、更にこの施設の公用を開始することによつて始めて完結するものと解すべきで単に条例を制定したのみで右のすべてが完了するものでないことは説明するまでもなく、条例の制定公布によつて設置が完結するとする原決定の説示は、極めて不自然な擬制的解釈というほかない。即ち、公の施設の設置とは、これを実現するための執行行為と公用開始の措置を当然の前提とするものであつて、公の施設の設置及びその管理に関する事項を条例で定めるべきものとする地方自治法二四四条の二第一項の規定は、公の施設の設置が条例に根拠を置くべきものとする意味にすぎず、従つて、かかる条例に、執行機関をしてその設置の実行を義務づけると同時に執行機関の行為の違法性の根拠となる法規範と解釈するのが正当であり、その差止についても同様である。
次に、原決定は、公立小学校の設置、廃止の権限は地方公共団体にあり教育委員会にはないとし、その根拠として学校教育法第二条、第二九条および地方自治法第二条第三項第五号を掲げている。しかし右のうち、地方自治法第二条は国と地方の事務分配を定めたにすぎない。ところで、一方、地方教育行政法第二三条は、教育委員会の職務権限として学校の設置、廃止に関する事務の管理、執行を明記し、同法第二四条は、教育に関する事務のうち教育財産の取得、処分、教育委員会の所掌に係る事項に関する契約の締結等の事務を地方公共団体の長が行なうべきものとしており、従つて、条例で定めた学校の設置、廃止が、同法の右各規定に従つて実現されるものと解しなければならず、だとすれば、右地方教育行政法の規定は、前述の各法条に対する特別法に位置するというべく結局のところ、公の施設のうち学校など教育委員会が行なう公の施設の設置は、教育財産の取得、処分、契約の締結等を除き、条例の定めるところにより教育委員会が行なうものと考えなければならず、廃止についても同様である。また右の如き解釈は、教育の自主、中立を原則とする教育基本法の趣旨にも合致するものである。原決定は、地方教育行政法第二四条により教育委員会は、執行機関として事務的措置を行なうにすぎないと述べるが、このように限定して解すべき何らの根拠もないばかりか、学校の設置、廃止が条例の制定、公布をもつて完結するとする原決定自体の判断とも矛盾するうえ、何をもつて設置、廃止とし、何をもつて事務的措置というのかが明確でなければ全く無意味な議論である。
要するに、学校の設置、廃止は条例に根拠を置いて、教育委員会が行なうべきものであり、廃止についていえば、教育委員会の廃止決議および廃止の告示という廃校処分があつてはじめて、抗告人らの有する子女の教育のために学校を利用する権利を否定する効果を生ずるものといわなければならない。
これを本件についてみるに、未だ、相手方による右の如き廃校処分は存在しないのであり、従つて、既に栴檀野小学校は存在せず既就学児童につき本件処分の執行を停止しても通学すべき学校が無いこととなるだけで、損害回避の手段たりえないとした原決定の判断の誤まりは明白である。
(三) 尚、仮に、学校の廃止が、条例の制定公布によつて直ちに完結するものであるとしても、抗告人らは、既に、昭和五七年三月二〇日本件条例の無効確認請求訴訟を富山地方裁判所に提起し(同裁判所昭和五七年行(ウ)第二号)、同日右条例の効力の停止を求める執行停止決定申請(同裁判所昭和五七年行(ク)第二号)を行なつているものである。
よつて、執行停止により通学すべき学校がなくなることを理由として本件申請を却下した原決定は取消されてしかるべきであり、ここに抗告に及ぶ次第である。