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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和60年(ラ)23号 決定 1985年12月05日

抗告人 土居栄子

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙「即時抗告申立書」(写)〔略〕及び「抗告理由書」(写)記載のとおりである。

二  そこで、当裁判所は、原審で調査した調査官の調査結果、その他一件記録中の諸資料を検討したが、本件抗告人の主張は採用し難きものと判断するところ、その理由は、原審判理由の記載と同一であるから、これを引用する。

三  そうすると抗告人の本件申立を棄却した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法95条、89条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 三浦伊佐雄 森高重久)

抗告理由書

一 原審は、抗告人主張の事実を一応認められると認定しながら、抗告人の申立を却下している。

その理由として、<1>抗告人と亡土居忠義との婚姻、件外内田敏子と内田金治の婚姻がからみ片方のみを戸籍訂正で処理したのでは片手落となる等影響するところが大きいこと、<2>戸籍法第113条は訂正すべき戸籍上の事項が軽微で親族相続法上の身分関係に重要な影響を及ぼさない場合の規定であること、<3>本件は婚姻無効等の判決によつて身分関係を抜本的に確認した後に戸籍訂正を行うべきであること等の理由を挙げている。

しかし、原審判には、以下のとおり事実誤認、法令の解釈適用の誤り、審理不尽の違法があり、いずれの点よりするも原審判は取消されるべきである。

以下その理由を詳論する。

二 原審判は、抗告人主張の事実が一応認められると認定しているが、抗告人及び参考人内田敏子の陳述の結果によれば、抗告人主張の事実は一応ではなく明白に認められるものである。

特に、右内田敏子は単なる参考人ではなく、抗告人と戸籍上入れ変つた直接の当事者でありその供述は重要であり且つ信ぴよう性の高いものである。しかも、原審の実施した調査結果によれば外に抗告人の主張事実を否定する証拠は何一つ存在しない。

以上のとおり、原審判は最も重要な事実の認定にあいまいさがあり、その意味で原審判には事実誤認及び審理不尽の違法がある。

三 却下理由の右<1>について。

原審判によれば、抗告人の戸籍訂正には、抗告人の婚姻と件外内田敏子の婚姻とがからみ、片方のみの戸籍訂正で処理したのでは片手落となる等影響するところが大きいと判断している。

しかし、抗告人の主張事実が事実であり、従つて、戸籍上の記載が真実に反すると認定した以上、戸籍は、日本国民についての身分関係を登録し、且つ、公証する公簿であるから、速やかにその訂正手続を講じ事実に合致するようにしなければならないのは当然である。

しかるに、原審判のように、関係者(本件では内田敏子)の戸籍訂正申立がないとか、又は同意をしていないとか、片方のみの戸籍訂正を許したのでは片手落となるとかの理由で抗告人の戸籍訂正を許さないとすることは戸籍の公的面を無視し、真実を述べている者(本件では抗告人)の請求を却下し、真実でないことを承知している関係者(本件では内田敏子)の主張を結果的に容認することになり、これこそ片手落の判断とみるべきである。

しかも、右内田敏子が右戸籍訂正に同意しない理由は、厚生年金の受給に関して自己に不利益な結果となるからであり、更に、右内田敏子は抗告人より以前に戸籍訂正の申立を行つたことがあり、何んらかの理由でその申立が取下げられている。

以上の意味で、原審判には法令の解釈適用の誤り及び審理不尽の違法があり、原審判の却下理由の<1>は何んら理由がなく失当である。

四 却下理由の右<2>について。

原審判は戸籍法第113条は訂正すべき戸籍上の事項が軽微で親族相続法上の身分関係に重要な影響を及ぼさない場合に戸籍訂正として許すための規定で、本件はこれに含まれないと判断している。

しかし、戸籍法第113条を右のように解釈しなければならない根拠はなく、右のような制限的解釈は次第に薄れてきている(昭34・8・7民甲1725号回答)。

又、仮に、右のような解釈が正しいとしても、本件が親族法上の身分関係に重要な影響を及ぼす場合に該当するか否かも疑問である。

すなわち、本件と同様の事例において、戸籍法第113条による戸籍訂正が許されるか否かについて、昭和37年11月19日法務省民事局変更指示によつて、戸籍法第113条による戸籍訂正が許されることになつている(本件調査官の所見中にも右の趣旨が記載されている)。

以上のとおり、本件と同様の事例について実務上の取扱いが変更されて右のような取扱いになつているのみならず、法律上の解釈においても原審判のように限定的に解釈すべき何等客観的根拠は存しないものであり、その意味で原審判には法令の解釈適用の誤り、事実誤認の違法があり、原審判の却下理由の<2>は何ら理由がなく失当である。

ちなみに、調査官の所見によれば、抗告人の戸籍訂正申立は、右内田敏子の戸籍と深く関連しているのであるから、戸籍訂正申立は同時になされねばならない。従つて、そのためには抗告人の戸籍訂正申立だけでは十分でないと所見を述べているが、関係者が同時に戸籍訂正申立をしなければならないという法律上の規定は存在せず、単に同時に申立をすれば事実上戸籍訂正手続が都合がよいという程度であり、更に、本件では前記のとおり右内田敏子は過去に一度戸籍訂正申立を行つており、又、現在戸籍訂正申立に同意しないのは単に厚生年金受給資格に関して不利益となるからである。以上の事実を総合すれば、調査官の見解はいずれも失当である。

五 却下理由の右<3>について。

原審判は本件のように人間の同一性に異動を来すような影響をするところの大きい場合は、家庭裁判所の審判に親しまず、厳格な証拠調べを行つて後に下される婚姻無効等の判決によつて身分関係を抜本的に確認した後に戸籍訂正を行うべきであると判断している。しかし、身分関係の確認方法として必ずしも判決による必要はなく、要は、抗告人の主張事実が真実であるか否かが重要であり、その確認方法は判決のみならず審判であつても問題はないと解すべきである。

本件における抗告人の主張事実が第2項で主張したとおり真実であることが明白であり、従つて、抗告人主張の身分関係が確認されているのであるから、戸籍法第113条による戸籍訂正を認めるのは当然である。

繰り返して主張するが右内田敏子は抗告人の主張事実が真実と違うと主張しているのではなく、単なる私的な理由により、戸籍訂正申立に同意しないだけである。

ちなみに、婚姻無効等の判決によつて抗告人主張の身分関係が確認されたとしても、右判決の効力は当然に関係者(本件では内田敏子)の戸籍訂正までに効力が及ぶものでなく、原審判が右理由の<1>に述べたような不都合は判決による場合も当然起るべきことである。

以上の理由により、原審判の却下理由の<3>は何ら理由がなく失当である。

六 なお、抗告人のその余の主張及び申立の理由は原審判理由摘示のとおりであるからこれを援用する。

七 以上いずれの点よりするも、原審判は違法であり、取消されるべきものである。

〔参照〕原審(金沢家 昭60(家)18号 昭60.8.20審判)

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

(申立の趣旨)

(1) 申立人の戸籍にある、父「亡内田吉松」とあるのを「亡土居勝三」と母「とき」とあるのを、「しん」と名の「栄子」とあるのを「敏子」と出生「昭和2年3月14日」とあるのを「大正10年8月11日」と訂正する。

(2) 申立人の戸籍の身分事項にある「昭和2年3月14日河北郡○○村字○○○○×××番地で出生、父内田吉松届出同月24日受附入籍、昭和19年11月20日土居忠義と婚姻届出河北郡○○町字○○○○×××番地内田金治戸籍より同日入籍、昭和23年12月13日夫とともに入籍」とあるのを「大正10年8月11日河北郡○○村字○○○○××番地で出生父土居勝三母しん届出大正10年8月19日受附入籍昭和19年11月20日土居忠義と婚姻届出河北郡○○町○○○○○××番地土居勝三戸籍より同日入籍」と訂正する旨の審判を求める。

(申立の理由)

1 申立人の戸籍上の名は栄子となつているが実際は敏子である。申立人は父土居勝三母土居しんの間に大正10年8月11日出生昭和19年11月20日土居忠義と婚姻しその届出をなした。

2 しかるに土居忠義の戸籍中の妻の欄には土居敏子に関してではなく別人の内田栄子に関しての記載がなされている。

3 このようなことになつているのは申立人と夫土居忠義とは姪と叔父の関係にあつて法律上婚姻が許されない立場にあつたのと申立人の経済的理由から他家に嫁ぐことができなかつたので他人である内田栄子の氏名を用いて婚姻届をなしたためであり、内田敏子にも同様の事情が存在しその事情は当事者や関係者の十分承知しているところである。

4 申立人の夫の土居忠義も内田敏子の夫も既に死亡し、戸籍上偽りの記載をしておく必要がなくなつたので、戸籍上の記載を真実に合致させるため申立趣旨のごとき戸籍訂正の許可を得るため本申立に及んだ。

(当裁判所の判断)

本件記録特に申立人及び参考人内田敏子に対する当庁調査官の調査結果によると申立人主張の事実が一応認められるようであるが本件は申立人と亡土居忠義との婚姻、件外内田敏子と内田金治の婚姻がからみ片方のみを戸籍訂正で処理したのは片手落となる等影響するところが大きいこと、戸籍法113条は訂正すべき戸籍上の事項が軽微で親族相続法上の身分関係に重要な影響を及ぼさない場合に戸籍訂正として許すための規定で本件のように人間の同一性に異動を来すような影響するところの大きい場合を予想していないことに鑑み本件は家庭裁判所の審判に親しまず厳格な証拠調べを行つて後に下される婚姻無効等の判決によつて身分関係を抜本的に確認した後戸籍改正を行うべきものと解されるので、本件申立を容れることはできない。

よつて本件申立を却下し申立費用は申立人の負担として主文のとおり審判する。

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