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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和62年(う)11号 判決 1987年4月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月及び罰金五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山崎正美名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官服部國博名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用する。

一  控訴趣意中、法令適用の誤りに関する主張について

論旨は要するに、原判示第四の事実に関し、被告人運転車両(以下、被告人車という。)の通行していた道路(以下、A道路という。)は、片側に幅員約一・五メートルの歩道があり、車道の幅員約五・五メートルの幹線たる県道であるのに対して、これと交差する森井きぬ子運転車両(以下、森井車という。)の進行して来た道路(以下、B道路という。)は、歩車道の区別のない幅員約四・一五メートルの農道を改良したような間道であつて、A道路はB道路よりも幅員が明らかに広い道路であり、B道路の本件交差点入口には一時停止の標識が設置され、白線で停止線が引かれていたこと、A道路の交通量は、B道路のそれの六倍以上であること、及び本件事故後、A道路に中央線が引かれて優先道路とされたこと等の状況からすれば、本件事故当時A道路が道路交通法上の優先道路ではなく、本件交差点が見とおしの悪い交差点であつたとはいえ、A道路を通行していた被告人には、徐行義務が免除されていたものと解すべきであり、あるいは、被告人には、一時停止をすることなくB道路からA道路へ進入してくる車両はないものと信頼することが許されていたと解すべきであるのに、被告人に徐行義務があるとして、過失犯の罪責を認めた原判決は、法令の解釈、適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、これと同旨の原審弁護人の主張について、原判決が「事実認定の補足説明」と題して説示するところは、当裁判所としてもほぼ首肯し得るものであり、本件各道路がいずれも田園地帯を走る道路であつて、B道路に比してA道路の交通量が多いとはいえ、常時連続して自動車が走行するといつた状況にはなく(原判決挙示の検証調書によれば、昭和六一年七月一一日の検証時において、A道路を被告人車と同一方向に通行した車両は、五分間に計一五台である。)、A道路を通行する車両に徐行義務を課したからといつて、本件交差点における交通の円滑が阻害されるといつた状況にはないものと認められるのであつて、その他本件各道路及び本件事故の具体的状況に照らしてみても、A道路を進行する車両の徐行義務を免除するのが相当であるとは解されず、また、本件が信頼の原則を適用すべき事案とも認められない。従つて、本件事故につき、被告人に過失犯の罪責を認めた原判決に、所論のような法令適用の誤りがあるものとはいえない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、量刑不当に関する主張について

論旨は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判示第一ないし第三の各事案は、被告人が飲酒のうえ自動車を運転し、前方不注意によつて、信号待ちをしていた前車に追突し、前車二台の運転者に傷害を負わせ、そのまま逃走したというものであつて、いずれの被害者とも示談が成立し、被告人もこれを反省していること等被告人にとつて有利な情状がないわけではないけれども、右各犯行の罪質、態様、被告人の前科歴等にも照らすと、その刑責が軽いとはいい難く、所定刑のうち懲役刑を選択するほかなく、被告人に原判示の累犯前科があつてみれば、実刑は免れ難いところである。しかしながら、原判示第四の事案は、前示のとおりの道路状況にある見とおしの悪い交差点において、被告人が徐行することなく進行したところ、被害者においても、一時停止の標識に従わず、徐行することもなく、かつ、左右に対する注意を全く払わないまま本件交差点に進入してきたために発生した事故であつて、被告人にも過失があるとはいえ、それに比すれば、被害者の落度には重大なものがあるというべきであつて、原判決もこの点を斟酌していないわけではないと認められるものの、右罪を処断するにつき禁錮刑を選択した点において相当とは解されず(なお、因に、右所為については、当初、検察官においても略式命令を請求しているのである。)、その量刑は重過ぎるものと判断される。この点において論旨は理由がある。

三  結論

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い当裁判所において更に判決することとし、原判決の認定した各事実に、原判決と同じ罰条の適用、科刑上一罪の処理をし、判示第一及び第三(救護義務違反)の各罪につきいずれも懲役刑を、同第二(判示深山に対する業務上過失傷害)の罪につき禁錮刑を、同第四の罪につき罰金刑をそれぞれ選択し、判示第一及び第三(救護義務違反)の罪は、原判示前科との関係でいずれも再犯であるから、刑法五六条一項、五七条によりそれぞれ再犯の加重をし、以上は、同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑及び禁錮刑については同法四七条本文、一〇条により重い判示第三(救護義務違反)の罪の懲役刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科することとし、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役四月及び罰金五万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審及び当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項但書を適用して、いずれもこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

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