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和歌山地方裁判所 平成元年(わ)469号 判決 1993年4月09日

主文

被告人は無罪。

理由

一  本件公訴事実の要旨は

「被告人は、法定の除外事由がないのに

第一  平成元年一一月二八日ころ、和歌山市六十谷<番地略>当時の自室において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶性粉末約0.02グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用した。

第二  同月三〇日午前一一時三三分ころ、前同所の自室において前同様の覚せい剤0.05グラムを所持したものである。」

というのである。

二  ところで、検察官は、公訴事実第一の立証のため、被告人が提出した尿の鑑定結果である技術吏員野上靖生作成の鑑定書(<書証番号略>)を、公訴事実第二の立証のため、被告人が所持していたとされる覚せい剤結晶粉末一包(<書証番号略>)(以下本件覚せい剤という。)およびその鑑定結果である技術吏員能阿弥昌昭作成の鑑定書(<書証番号略>)をそれぞれ取調請求したが、当裁判所は、右各証拠はいずれも違法収集証拠で証拠能力が認められないとして取調請求を却下した。

三  しかるに、検察官は、右の取調請求を却下された各証拠をもってしなくても、既に当公判廷において取り調べられた各証拠によって本件各公訴事実の証明は十分であるとして以下のとおり主張する。

(一)  公訴事実第二について

司法巡査作成の現行犯人逮捕手続書及び捜索差押調書によれば、公訴事実第二記載の日時・場所において、被告人方を捜索した警察官により、寝室のテレビ台の上にあったポケットベル内から銀紙に包まれた若干量の覚せい剤らしき結晶性の粉末が発見されているところ

①  証人Dの証言によれば、右粉末を警察官が覚せい剤予試験試薬「Xチェッカー」で簡易検査した結果陽性反応が認められ、右検査結果の確度は極めて高いから、右粉末が覚せい剤であることは科学的に証明されていること

②  また、覚せい剤であることの立証は、物的な直接証拠がなくとも、公判廷に顕出された一切の証拠を総合考察して、被告人の覚せい剤取締法違反にかかる物件が同法二条所定の物質のうちのいずれかを含有する製剤に属する覚せい剤であることが推認できれば足りるところ、被告人の供述によれば、本件覚せい剤は、被告人が、平成元年一一月二四日ころの午後四時ころ、パチンコ店で氏名不詳の男から「シャブいらんか。」と声を掛けられ、約一センチメートル×二センチメートルの大きさのビニール袋に入った約0.15グラムの結晶や粉末の混じった物を代金一万円で買ったものの一部であるが、被告人はこれを譲り受けた際、それまで覚せい剤を所持した経験から右薬物が以前手にした覚せい剤と同様であると判断したこと、その日右薬物の一部を水に溶かして注射して使用したところ、それまで覚せい剤を使用した際に味わったのと同様の「身体が楽になり頭痛もとれる。」といった覚せい剤独特の薬効を味わっていることが認められるのであって、被告人が氏名不詳の者と覚せい剤の通称である「シャブ」と呼ばれる右薬物を取引したこと、右取引の場所、その量と代金、包装の形状等が一般に行われている覚せい剤の取引形態と酷似していること、右薬物の形状が覚せい剤の形状と酷似していること、右薬物には覚せい剤と同様の薬効があったこと等に照らすと、被告人が入手した右薬物が覚せい剤であると合理的に推認できること

からすれば、警察官によって発見された前記の結晶性の粉末は覚せい剤であることは明らかである。

(二)  公訴事実第一について

被告人は、覚せい剤使用の状況、使用後の薬効について詳細かつ具体的に自白し、その信用性が高いところ、被告人は捜査段階において、右の使用した覚せい剤は、公訴事実第二の覚せい剤を購入した際に入手した約0.15グラムの覚せい剤の一部である旨供述し、公判廷でも平成元年四月に前刑を出所した後、覚せい剤を入手したのはこの時一回だけである旨供述していることからすれば、本件で被告人が使用した薬物は、公訴事実第二の所持にかかる覚せい剤と同一のものであること明らかであるから、本件使用にかかる薬物が覚せい剤であることも明らかであり、自白の補強証拠も十分である。

四  そこで以下に検察官の右各主張について検討する。

(一)  前記三(一)の主張について

証人C、同A、同J、同Dの当公判廷における各供述、司法巡査作成の現行犯人逮捕手続書及び捜索差押調書によれば、公訴事実第二記載の日時場所において、被告人方を捜索差押許可状により捜索した警察官により寝室のテレビ台の上にあったポケットベルの中から銀紙に包まれた若干量の結晶性粉末が発見されたことが認められる。

①  ところで、当裁判所が公訴事実第二の立証として検察官が請求した本件覚せい剤(<書証番号略>)及びその鑑定結果である鑑定書(<書証番号略>)を証拠能力がないものとして却下した理由は、平成四年一二月一一日付け決定書記載のとおりであるが、その要旨は、本件覚せい剤は、これが発見されるまでの捜索は捜索差押許可状に基づく適法なものであり、また、警察官らによる被告人に対する暴行は本件覚せい剤が発見されたのちに行われたものであるから、暴行を加えたことにより証拠が収集されたという関係にはないが、本件覚せい剤の捜索差押の過程で、すなわち、本件覚せい剤が発見された直後、これを被告人が自分のものではない旨否認したことを契機に、警察官四名が被告人を蹴ったり踏みつけるなどの激しい暴行を加え、その結果全治まで二週間程度を要する傷害を負わせるという重大な違法行為が行われていることに加えて、被告人が現行犯逮捕されて引致されたのちの捜査の過程で、警察官において令状なくして、被告人の自宅から被告人の知人で覚せい剤取締法違反の前科のある者などの氏名が記載されている被告人の手帳を持ち出し、これを被告人の取調に利用するなど、その捜査の方法に令状主義に反する重大な違法があり、これらを考え合わせると本件捜査は全体として著しく違法性を帯びているといわざるをえず、違法捜査抑制の見地からしても、正義の見地からしても、本件覚せい剤を証拠として許容することはできず、その証拠能力は否定されるべきであり、したがって、その鑑定結果である鑑定書にも証拠能力が認められないというものである。

してみると、検察官主張のとおり、本件覚せい剤について、覚せい剤予試験試薬「Xチェッカー」による簡易検査により陽性反応が認められ、かつ、その検査結果が科学的にみて確度が高いとしても、そもそも右のとおり検査の対象たる本件覚せい剤に証拠能力が認められない以上、その検査結果もまた証拠能力が認められないといわざるをえず、したがって、前記三(一)①の主張は採用できない。

②  検察官主張のとおり、覚せい剤であることの認定は、必ずしも違反にかかる覚せい剤が証拠として存在することを要しないし、また、専門家の鑑定によらなければならないものではなく、公判廷に顕出された一切の証拠を総合考察して、被告人の当該違反にかかる物件が覚せい剤取締法二条所定の物質のうちのいずれかを含有する製剤に属する覚せい剤であることが推認されれば足りるといえる。

しかしながら、右の覚せい剤であることを推認させる事情は被告人の供述のみをもって認定することはできないところ、本件にあっては、検察官の主張からも明らかなように被告人の供述以外に右事情を認める証拠はないことからすれば、前記三(一)②の主張も採用できない。

(二)  前記三(二)の主張について

前記(一)記載のとおり、公訴事実第二の所持にかかる本件覚せい剤について、覚せい剤であることの立証がなされていないのであるから、検察官の主張は前提を欠き、採用のかぎりでない。

右のとおり検察官の前記各主張はいずれも採用できない。

五  そして、被告人は、公訴事実第一については、捜査・公判を通じて、また、公訴事実第二ついては、捜査段階において、それぞれ自白しているけれども、その自白の信用性を検討するまでもなく、前記のとおり、検察官請求の各鑑定書及び本件覚せい剤の取調請求が却下された結果、各公訴事実記載の使用または所持にかかる覚せい剤が、覚せい剤取締法二条にいう覚せい剤であることの補強証拠がないことに帰する。

六 以上のとおり、結局本件各公訴事実については、犯罪の証明がないことになるから、刑訴法三三六条により被告人に対して無罪の言渡をする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官瀧川義道)

《参考・証拠決定》

主文

検察官の技術吏員能阿弥昌昭(<書証番号略>)、同野上靖生(<書証番号略>)作成の各鑑定書及び覚せい剤結晶性粉末一包(<書証番号略>)の取調べ請求はいずれも却下する。

理由

一 検察官は、技術吏員能阿弥昌昭(<書証番号略>)、同野上靖生(<書証番号略>)作成の各鑑定書を刑訴法三二一条四項により、また、覚せい剤結晶性粉末一包(<書証番号略>)(以下、本件覚せい剤という。)を証拠物として、それぞれ取調べ請求をするところ、弁護人は、本件覚せい剤は、警察官が被告人方を捜索差押許可状により捜索した際に持ち込んだものであるから違法収集証拠として証拠能力がなく、従って、右覚せい剤の所持を被疑事実とする現行犯逮捕は違法であり、かつ、捜索の際、警察官が被告人に暴行を加えるという不法行為も加わっていることを考え合わせると、被告人の尿が任意に提出されたものであったとしても、違法な身体の拘束中になされた右採尿手続も違法と言わざるをえないから、右尿に証拠能力はなく、結局、本件覚せい剤及び右尿の鑑定結果である前記各鑑定書も証拠能力がない旨主張するので、以下に検察官請求の前記各証拠の証拠能力について検討する。

二 司法巡査作成の現行犯人逮捕手続書及び捜索差押調書(<書証番号略>)、被告人作成の任意提出書、司法警察員作成の領置調書によれば、和歌山西警察署の警察官ら合計八名が、被告人の覚せい剤取締法違反を被疑事実とする被告人の自宅に対する捜索差押許可状の執行のため、平成元年一一月三〇日午前一一時二五分ころ被告人方に赴いて捜索を開始し、同日午前一一時三三分ころ、警察官において寝室のテレビ台の上にあったポケットベルの中から本件覚せい剤を発見したとして、被告人を右覚せい剤の所持の現行犯人として逮捕するとともにこれを差押えたこと、被告人は和歌山西警察署に引致されたのちの同日午後三時ころ尿を提出したことが認められる。

三 警察官が被告人に暴行を加えたか否かについて

被告人は「警察官から本件覚せい剤を発見したとして示された際、「そんなあほな。」などと自分の物でない旨否認したところ、その場に居合わせた警察官Aから襟首を掴まれて後ろに引っ張られたうえ、左脇腹を蹴られ、倒れたところを再び同人に同じ場所付近を蹴られ、次いで、同人とその場に居た警察官B、同Cの三人から背中を蹴られ、さらに、警察官Dから頭を蹴られた。」旨供述し、一方、右警察官らはいずれも暴行の事実を否定する供述をしている。

(1) 証人菱川泰に対する当裁判所の尋問調書、和歌山西警察署長作成の捜査報告書、押収してある「受診願い」と題する書面一枚(<書証番号略>)、診療録一枚(<書証番号略>)、胸部用コルセット一個(<書証番号略>)によれば、被告人が最初に留置された際に作成された平成元年一一月三〇日付け留置人健康質問表の実施担当者の意見(判断)の項に「経過観察のうえ受診検討もの」の記載があること、被告人は、平成元年一二月三日胸部の痛みを理由に「受診願い」を書き、翌四日和歌山市内の菱川病院で診察を受けたが、同病院の医師は、レントゲン撮影の結果からは骨折は認められなかったものの、被告人の愁訴から肋骨の骨折を疑い、その治療として被告人に鎮痛剤、湿布薬等の薬を出したほか胸部のコルセットを渡したこと、その後、同月一一日、警察官が同病院に赴いて湿布薬、精神安定剤を貰い、これを被告人に与えていることが認められる。

(2) そして、被告人が本件で逮捕される前に被告人と会った証人E、同F、同Gの各証言によれば、被告人は、本件で逮捕された一一月三〇日に千葉県の鹿島に仕事に行く予定になっており、Eらが同月二八日や二九日に被告人と会った際には、被告人は格別身体の不調は訴えておらず、体調の悪そうな様子もなかったことが、また、被告人が和歌山西警察署の留置場に入っていた当時、同留置場の被告人の隣の房に勾留されていた証人H、さらにその隣の房に勾留されていた同Iの各証言によれば、被告人は房に入ってくる時腹を押さえ、身体をくの字に曲げており、どうしたのかと尋ねると、被告人は「シャブでぱくられたんやけど、家へポリ公が踏み込んできて踏んだり蹴ったりになったんや。」と言っており、その後洗面の際や、階段を上がる時などに痛そうにしていたことが、さらに、被告人が勾留されていた当時の和歌山西警察署留置管理係長であった証人大江容永の証言によれば、大江は、一二月三日に被告人から「受診願い」が出た際、留置管理の者から「昨日かその前か判らないが痛がってやる、あれはほんまものや。」という報告を受け、自分でも被告人に確認したうえ、医師の診察を受けさせたことが、それぞれ認められる。

(3) 以上認定の、被告人は逮捕前日までは格別身体に異常はなかったこと、最初の入房時に作成された留置人健康質問表に被告人の身体の異常を窺わせる極めて特異な記載のあること、被告人は留置場の房の内外で苦しそうな様子をしており、隣接する房の留置人らに警察官から暴行を受けた旨訴えていること、留置担当者も被告人の症状を真実のものと判断し、留置責任者も自らこれを確認していること、現実に医師の診察、治療を受けていること等の事実からすれば、被告人の警察官から暴行を受けた旨の前記供述は信用できるといえる。

なお、被告人作成の前記「受診願い」には、胸の痛みの原因として「約一週間程前に家で胸をホーム炬燵の角で打った。」旨の記載があり、被告人はこの点につき「警察官から、刑事に暴行を受けたと書いたら受診させないと言われてやむなく書いたものである。」旨弁解しているところ、前記のとおり留置人健康質問表に極めて特異な記載があることからすれば、留置人の健康管理について責任のある留置担当者としては、後日その責任を問われないためにも当然その症状や原因について被告人に尋ねていると思われるのにその記載がなく、また、前記留置人健康質問表には、被告人が首の治療のため寺下病院に通院している旨の記載はあるものの、被告人の疾病等についてはいずれも異常がない旨記載し、さらに実施担当者の見た感じとして「健康である。」と判断してその旨記載しながら、一方では前記のような「経過観察のうえ受診検討もの」との矛盾した内容が別人により(留置人健康質問表のこの部分だけ明らかに書体が異なり、別人が記入したものと思われる。)記載されていることなどからすると、留置人健康質問表の記載に作為ないし虚偽のあることが否定できないことにくわえて、前記のとおり被告人は逮捕前は格別身体に異常がなかったのに、一週間も前の打撲の痛みがこの時点で突然出てくるというのも不自然であり、これらのことからすれば、被告人の「受診願い」の記載についての前記弁解もあながち虚偽として排斥できない。

してみると、被告人が警察官らからその供述するような暴行を受けたことが認められる。

四 本件覚せい剤は警察官が持ち込んだものか否かについて

被告人は「従前覚せい剤をビニール袋に入れて所持していたが、逮捕される前前日に知人のGの車に乗っている時に捨てたので、逮捕当日には覚せい剤は所持しておらず、本件覚せい剤については全く身に覚えがないので、捜索差押許可状の執行にきた警察官が持ち込んだ以外に考えられない。」旨供述し、一方、警察官らは本件覚せい剤は被告人方で被告人のポケットベルの中から発見した旨供述する。

ところで、被告人宅を捜索した警察官の各証言から認められる本件覚せい剤が発見されたとする時点までの捜索状況は、殆ど統制がとれておらず、かつ表面的でおざなりの感が拭えないのであって、このことが警察官において初めから本件覚せい剤の所在が判っていた、すなわち警察官において本件覚せい剤を持ち込んだのではないかとの疑いを生じさせていることは否めない。

しかしながら、被告人は末端の覚せい剤使用者に過ぎず、また、暴力団員でもないのであって、あえて警察官が法禁物を持ち出し、処罰の危険を犯してまで証拠を捏造し、被告人を逮捕しなければならない必要性が考えられないこと、本件覚せい剤が警察官によって持ち込まれたものであるとすれば、警察官は危険を犯しているのであるから、速やかに差押えの手続を整えれば目的は達するのであり、また、被告人が否認することは当然予想されたのであるから、被告人が否認をしたからといって、前記のような激しい暴行を加えて後日の紛争の種を作るとは考えられないこと、本件覚せい剤は銀紙に包まれていたところ、証人Gの証言によれば、同人は被告人が逮捕される前前日に被告人に車で送ってもらった際、被告人が「鹿島に仕事に行くのでこんなもの必要がない。」と言って覚せい剤を出してきたのでこれを捨てたが、その覚せい剤は銀紙包であったというもので、これによれば、被告人の所持していた覚せい剤の包の形状は本件覚せい剤と同様銀紙包であり、また、当時被告人が覚せい剤を使用していたことは被告人の自認するところであるから、被告人宅に被告人が失念するなどした覚せい剤があったとしても不自然でないこと、被告人は、当初本件覚せい剤の所持を否認していたものの、検察官による弁解録取及び勾留質問の時点から本件覚せい剤の所持を認めていること等の事情からすれば、被告人の前記供述は信用できず、本件覚せい剤は警察官が持ち込んだものでなく、警察官らの供述するとおり被告人方にあったものと認められる。

五 本件におけるその他の違法捜査の有無について

ところで、本件捜査の過程で、和歌山西警察署が、被告人の知人で覚せい剤取締法違反の前科のある者などの氏名が記載されている被告人の手帳(アドレス帳)(<書証番号略>)を所持し、これを被告人の取調べに利用した事実があるところ、右の手帳については、差押えあるいは任意提出等の手続が全くとられておらず、また、本件捜査に関与した警察官のうちひとりとして和歌山西警察署が右手帳を入手した経緯について説明できる者がいないうえ、和歌山西警察署長作成の捜査報告書中の留置人金品出納簿、留置人等所持金品受払簿によれば、右各帳簿には、被告人が留置された際、右手帳を留置担当者において受入れた旨の記載も、また、その後の留置中に右手帳が差入れられた旨の記載もないのであって、これらのことからすれば、右手帳は、被告人が現行犯逮捕されて引致された後に、警察官において、被告人が留置担当者に預けた鍵(前記各帳簿には被告人の鍵を受け入れた旨の記載がある。)を利用するなどして被告人の自宅から令状なくして持ち出したものと認めざるをえない。

六 そこで、以上の事実を前提に検察官請求の前記各証拠の証拠能力について判断する。

まず、本件覚せい剤については、これが発見されるまでの捜索は捜索差押許可状に基づく適法なものであり、また、警察官らによる被告人に対する暴行は本件覚せい剤が発見された後に行われたものであるから、暴行を加えたことにより証拠が収集されたという関係にはない。

しかしながら、警察官らによる暴行は捜索差押え手続の過程でのものであり、しかもその暴行の態様は単に自分の物でないと否認したに過ぎない被告人を四人の警察官が蹴ったり踏みつけたという激しいもので、その結果も全治まで二週間程度を要する相当に重いものであることからすれば、余りにもその違法の程度は重大であり、くわえて、本件の捜査において看過できないのは、警察官において令状なくして前記の被告人の手帳を入手している点で、令状主義に反する重大な違法があり、これらからすると本件捜査は全体として著しく違法性を帯びているといわざるをえず、してみると、違法捜査抑制の見地からしても、正義の見地からしても、本件覚せい剤を証拠として許容することは到底できず、その証拠能力は否定されるべきである。

次に、被告人の提出した尿については、被告人自身尿の提出はその意に反したものとまでは供述しておらず、また、前記のとおり本件覚せい剤は現行犯逮捕後の事情をも考慮してその証拠能力が否定されたものであるから、被告人が尿を提出した時点で逮捕が違法になっていたとは必ずしもいえず、従って違法な身体の拘束状態を利用しての採尿とまではいえないけれども、被告人が尿を提出したのは前記のような激しい暴行を受けた時からわずか三時間程度しか経過していない時点であって、右暴行の影響がなかったとはいえないこと、くわえて前記のとおり本件捜査は全体として著しく違法性を帯びていることからすれば、被告人の提出した尿もその証拠能力は否定されるべきである。

七 以上のとおり、本件覚せい剤及び被告人の提出した尿には証拠能力が認められず、したがってこれらの物を鑑定した結果である前記各鑑定書にも証拠能力が認められないので、検察官の前記各証拠の取調べ請求はいずれも却下することとする。

よって、主文のとおり決定する。

和歌山地方裁判所

(裁判官瀧川義道)

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