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和歌山地方裁判所 平成元年(行ウ)2号 判決 1993年3月31日

原告

梅本廣史

梅本尚一

梅本佳代

右三名訴訟代理人弁護士

上野正紀

被告

和歌山県知事 仮谷志良

右指定代理人

山口芳子

行谷規斗志

豊田誠次

松原住男

樽井保

山本幸生

前川勝久

村越隆文

太田恭弘

理由

一  原告らの原告適格について

1  原告らが、その所属する箕島町漁業協同組合の組合員としてその漁業協同組合が有する第一種ないし第三種の共同漁業権を行使してきたものであること、原告らが所属する箕島町漁業協同組合においてはその総会の特別決議をもって、本件公有水面の埋立についての公有水面埋立法上の同意をなしたことは当事者間に争いはない。

2  共同漁業権の帰属

現行漁業法上、漁業権とは、定置漁業権、区画漁業権、共同漁業権のことをいい(同法六条一項)、このうち、本件で問題となっている共同漁業権とは共同漁業を営む権利をいい(同法六条二項)、共同漁業とは一定の水面を共同に利用して営むものをいい、これには、第一種から第五種まである(同法六条五項)。

そして、漁業権の設定は、都道府県知事の免許によってなされ(同法一〇条以下)、共同漁業権の場合に、免許を受けられる資格を有するものは漁業協同組合もしくは漁業協同組合を会員とする漁業協同組合連合会に限られる(同法一四条八項)。

それ故に、同法八条は、組合員はその所属する漁業協同組合の共同漁業権の範囲内で漁業を営む権利を有すると定める。

したがって、現行法上、共同漁業権は漁業協同組合に帰属していると解される。

3  共同漁業権の帰属形態

次いで、その漁業協同組合に帰属する漁業権の帰属形態が問題となる。

この点について、原告は、沿革上も現行法上も共同漁業権は入会的な権利としてとらえるべきであるから、共同漁業権はそれを有する漁業協同組合の各組合員に総有的に帰属し、共同漁業権の放棄には全組合員の同意が必要と主張する。

現行漁業法の定める共同漁業権は、沿革的には入会的権利と解されていた地先専用漁業権ないし慣行専用漁業権にその淵源を有するものである。

しかしながら、共同漁業権は前述のように知事の免許によって設定されるもので、都道府県知事は海区漁業調整委員会の意見をきき水面の総合的利用、漁業生産力の維持発展を図る見地から予め漁場計画を定めて公示し、免許を希望する者のうちから適格性のある者に定められた優先順位に従って免許を与える(同法一三条ないし一九条)のであり、その期間も一〇年と法定され、期間の更新は認められず、期間満了によって漁業権は消滅するとされていること(同法二一条)、個人が有資格者となる可能性もある定置漁業権又は区画漁業権については漁業権が物権とされ、民法の適用が必ずしも排除されてないのに、法人たる漁業協同組合のみが有資格者である共同漁業権については物権とはされるものの民法の担保物権の規定の適用が排除されていること(同法二三条二項)、漁業権については、その譲渡性が制限され(同法二六条一項)、貸付の目的となることも禁止されていること(同法三〇条)、共同漁業権は漁業協同組合又は漁業協同組合連合会に限定して免許を与えるものとする(同法一三条)一方、漁業協同組合の組合員(漁業者又は漁業従事者である者に限る。)であって、当該漁業協同組合等がその有する共同漁業権ごとに制定する漁業権行使規則で規定する資格に該当する者は、その共同漁業権の範囲内で漁業を営む権利を有するものとし(同法八条一項)、組合員ではあっても漁業権行使規則に定める資格要件を充たさないものは漁業の「行使権」を有しないことを明らかにしていること、漁業協同組合に法人格を付与する水産業協同組合法によれば、組合員たる資格要件(同法一八条)を備える者の加入を制限することはできず(同法二五条)、脱退も自由とされ、又一定の組合は、組合員の三分の二以上の書面による同意があるときは自ら漁業を営むことができるものとされていること(同法一七条)、漁業権又はこれに関する物権の設定、得喪、変更は漁業協同組合の総会の特別決議に委ねられており、全員一致が必要とはされていないこと(同法四八条、五〇条)、などの現行法上の関連規定を総合的に解釈するならば、現行漁業法制定前の経緯はどうであれ、現行法上の共同漁業権は、古来の入会漁業権とは全く性質を異にするものであり、法人たる漁業協同組合が管理権を組合員を構成員とする入会集団が収益権能を分有する関係にあると解することはできず、水産業協同組合法五条によって法人格を付与された法人たる漁業協同組合に帰属し、各組合員はその所属する漁業共同組合が制定した漁業行使規則に従って、漁業権を行使できるという地位(一種の社員権的な権利)を有するに過ぎず、共同漁業権そのものを有するとまではいえないと解するのが相当である(最高裁判所平成元年七月一三日判決 民集四三巻七号八六六頁参照)。このことは、漁業法八条から昭和三七年の改正(昭和三七年法律一五六号)で「各自」という文言が削除された点からも明白である。

なお、漁業法に共同漁業権の放棄の規定がないのは、漁業権の放棄を認めない趣旨ではなく、共同漁業権が法人たる漁業協同組合に帰属する以上、その点に付いての定めは法人格を付与する水産業協同組合法に委ねた趣旨と解するのが相当であって、同法は、前述のように漁業権の得喪について、法人たる漁業協同組合の総会の特別決議に委ねており、漁業権の放棄について全員一致を要するとはされていない。

したがって、現行法上、共同漁業権は漁業協同組合等に帰属し、各組合員に総有的に帰属すると解することはできず、各組合員は、当該漁業協同組合の有する共同漁業権の範囲内で、同組合の制定した漁業権行使規則に従って漁業権を行使する地位を有するにすぎないと解される。

4  原告らの所属する箕島町漁協において、本件公有水面(一)、(二)について共同漁業権の放棄が水産業協同組合法五〇条に基づく特別決議によりなされたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、箕島町漁協は右決議に基づいて昭和六二年一〇月三一日付で本件公有水面(一)、(二)の埋立に同意したことが認められる。

ところで、公有水面埋立法四条三項一号、五条二号が、漁業権者の同意を埋立免許の要件としたのは、右免許が付与されて埋立工事が行われると、当該水面における漁業権の目的である漁業の遂行が事実上阻害され、また、埋立により水面が陸地になると、権利の性質上漁業権が消滅することから、漁業権者の同意を要件とすることにより、漁業権者に自己の利益を擁護する機会を与え、漁業権者らの権利を保護し、権利侵害を救済するためであると解される。漁業権者は、公有水面の埋立に同意するについて、当該公有水面についての漁業権を放棄する必要はないが、埋立免許出願者との関係で予め右同意によって法が間接的に保障しようとした漁業権者の社会的経済的利益(埋立によって生じるべき損害賠償請求権等)を放棄することも可能というべきであり、これが放棄されたときには、漁業権者が埋立免許処分の無効確認又は取消を求める法律上の利益は消滅すると解するのが相当である。漁業協同組合の組合員は、漁業協同組合という団体の構成員としての地位に基づき、組合の制定する漁業権行使規則の定めるところに従って漁業を営む権利を有するに過ぎないから、漁業権者である漁業協同組合について埋立免許処分の無効確認又は取消を求める法律上の利益が消滅すれば、組合員についても右の利益は消滅するといわなければならない。

本件では、原告らの属する箕島町漁協は、本件公有水面(一)、(二)について共同漁業権を放棄する旨の特別決議をしているところ、右共同漁業権放棄の決議は、本件埋立免許について本件埋立免許出願者である和歌山県及び有田市土地開発公社との関係で法が保障しようとした漁業権者としての社会的経済的利益を予め放棄したものとみることができるから、箕島町漁協の本件埋立免許処分の無効確認又は取消を求める法律上の利益は消滅したといわなければならない。したがって、箕島町漁協の組合員としての地位に基づいて漁業を営む権利を有するに過ぎない原告らについても本件埋立免許処分の無効確認又は取消を求める法律上の利益は消滅した。

5  なお、原告らは、本件共同漁業権の放棄について漁業法三二条が適用される旨主張するが、右規定は、漁業権を共有している場合における持分の処分に関する規定であるところ、共同漁業権は前示のとおり、譲渡性・担保性が認められていない(漁業法二三条二項、二六条)ので、持分の処分ができないとされており、本件共同漁業権の放棄は、埋立によって生じるべき損害賠償請求権等の社会的経済的利益の事前の放棄とみるべきであるから、漁業法三二条の適用はなく、これを前提とする原告の主張も採用することはできない。

6  したがって、原告らの本件訴えは主位的請求及び予備的請求のいずれも原告適格を欠く不適法な訴えであるといわざるを得ない。

二  よって、本件請求は、主位的請求及び予備的請求のいずれも不適法であるので、これを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 林醇 裁判官 中野信也 釜元修)

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