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和歌山地方裁判所 平成10年(わ)532号 決定 2002年3月22日

③事件

主文

1  検察官請求の別紙1ビデオテープ一覧(1)記載のビデオテープ(甲1240号証)の録画内容のうち,①ないし③及び⑤の映像中の被告人及び甲山太郎の供述部分を,別紙2立証趣旨一覧(1)及び(2)記載の立証趣旨で採用する。

2  検察官請求の別紙1ビデオテープ一覧(2)記載のビデオテープ(甲1245号証)の録画内容のうち,①及び②の映像中の被告人の供述部分を,別紙2立証趣旨一覧(3)の立証趣旨で採用する。

3  検察官からなされた,別紙2立証趣旨一覧(1)及び(2)記載の各立証趣旨での別紙1ビデオテープ一覧(1)記載のビデオテープ(甲1240号証)の録画内容の④及び⑥の証拠調べ請求を却下する。

4  検察官からなされた,別紙2立証趣旨一覧(1)記載の立証趣旨での別紙1ビデオテープ一覧(2)記載のビデオテープ(甲1245号証)の録画内容の①及び②の証拠調べ請求を却下する。

理由

第1はじめに

1  検察官は,別紙1ビデオテープ一覧記載のビデオテープ2本(以下,「本件各ビデオテープ」という。)について,まず,証人群馬b子の「被告人夫婦のインタビュー内容をテレビ報道で聞いて,私の被告人に対する言動が,今回の事件の原因になってしまったのではないかと思い,悩むようになった」旨の証言を裏付け,その信用性を立証するために,第16回公判期日において別紙2立証趣旨一覧(1)記載の立証趣旨で甲1240号証及び甲1245号証として証拠請求し,その後第84回公判期日において,別紙1ビデオテープ一覧(1)記載のビデオテープ(甲1240号証)については別紙2立証趣旨一覧(2)記載の立証趣旨を,別紙1ビデオテープ一覧(2)記載のビデオテープ(甲1245号証)については別紙2立証趣旨一覧(3)記載の立証趣旨を追加拡張して証拠請求した。

2  これに対し,弁護人は,本件各ビデオテープは報道機関や警察での編集過程を経たもので,供述再現の正確性が担保されておらず,また,被告人の黙秘権や報道機関の取材の自由を侵害するものであるとして,証拠採用することには異議がある旨主張する。

3  ここで,以下,本件各ビデオテープの証拠能力について検討する。

第2本件各ビデオテープの作成経緯

1  本件各ビデオテープの作成経緯は,以下のとおりである。

(1)  和歌山市園部地区第14自治会の夏祭りで提供されたカレーを食した地域住民67名が急性砒素中毒となり,内4名が死亡したとされる殺人,殺人未遂事件(以下,「本件事件」という。)を捜査していた捜査本部は,当時,和歌山東警察署内の捜査本部の部屋に6台のテレビデオを6放送局に対応する形で設置し,総務班が,そのテレビデオで,ニュース番組中の本件事件や毒物特集といったシーンを録画した(以下,各番組で放送された映像を「放送映像」といい,その放送映像を捜査本部において録画したテープを「本件録画テープ」という。)上で,番組日時,番組名及び報道内容が分かる捜査報告書(以下,「本件報告書」という。)を作成した。

(2)  和歌山県警察本部警察官(当時)保田彰は,上記作成された本件録画テープ約400本の中から,平成10年7月25日昼ころに被告人が千葉b夫方ガレージ(以下,単に「ガレージ」という。)に赴いた際の被告人の感情等に関する被告人や甲山太郎の供述(以下,「甲1240号要件」という。)を抽出するため,本件報告書を検討し,甲1240号要件に該当しそうな本件録画テープ約10本程度を抽出した上で,平成11年6月15日ころ,その映像を確認して,上記要件に該当する部分のみを本件録画テープから別のビデオテープにダビングして,別紙1ビデオテープ一覧(1)記載のビデオテープ1本(平成11年和地領第155号符903号,以下,「甲1240号ビデオテープ」という。)を作成した。ダビングする際は,ビデオデッキ2台をコードで接続し,本件録画テープを再生側ビデオデッキに入れて再生し,録画側のビデオデッキ中のビデオテープに録画するという方法で行われた。

(3)  また,和歌山東警察署警察官(当時)二田水紀仁は,平成11年11月10日ころ,「本件録画テープ中には,被告人がガレージに行ったときの状況に関する被告人の供述で,甲1240号ビデオテープに録画されていないもの(以下,「甲1245号要件」という。)があるので,それを抽出するように」との検察官からの指示を受け,本件報告書を検討し,甲1245号要件に該当しそうな本件録画テープを抽出し,当該映像を確認しながら,甲1245号要件に該当する部分を本件録画テープから別のビデオテープにダビングして,別紙1ビデオテープ一覧(2)記載のビデオテープ1本(平成11年和地領第155号符1013号,以下,「甲1245号ビデオテープ」という。)を作成した。ダビングの方法は,甲1240号ビデオテープを作成した場合と同様である。

2  なお,本件各ビデオテープは,その映像中に,放送日時,報道機関名及び番組名が表示されていないものがほとんどであるが,本件各ビデオテープに対応する報告書(甲1237号証,甲1242号証)にはその点が記載されており(別紙1ビデオテープ一覧(1)記載の④と⑥については,証言で訂正された。),具体的には別紙1ビデオテープ一覧記載の録画内容のとおりと認められる。

第3本件各ビデオテープと報道の自由,取材の自由

1  弁護人は,本件各ビデオテープが証拠として採用されることは,報道機関の取材の自由を著しく侵害するから,本件各ビデオテープの証拠採用は許されない旨主張する。

2 報道機関は,憲法21条によって保障された報道の自由を有し,その報道のための取材の自由も,同条の精神に照らし十分尊重されるものである。しかしながら,その報道の自由,取材の自由も,適正な刑事裁判実現のためには一定の制約を受ける場含があり,その制約の当否は,適正な刑事裁判を実現するための必要性と,その制約により取材の自由が妨げられる程度,報道の自由に及ぼす影響の程度を比較考量して決せられるべきである。

そこで,本件について検討するに,本件は,多数の地域住民が被害者となった殺人,殺人未遂という重大事案であるが,本件事件当日の昼ころにガレージで一人で鍋の見張りをしていた被告人が亜砒酸をカレー鍋に投入したとされる事案であって,本件事件当日の被告人の言動が重要な争点となっている。そして,本件各ビデオテープには,本件事件当日の昼ころのガレージでの出来事に関する被告人や甲山太郎の供述が録画されているのであるから,本件各ビデオテープに証拠としての価値が認められる。他方,被告人や甲山太郎は,報道機関からの取材であることを認識して,自宅内等で報道機関のインタビューに応じており(本件各ビデオテープ中には,その認識の有無が不明確な映像が一部あるが,その部分の証拠能力は後述のとおりである。),その報道に当たり取材源を秘匿しなければならないような状況ではなく,また,本件各ビデオテープの内容は,既に放送されたものであるから,そのような放送内容を刑事裁判において証拠として採用することが,報道の自由を侵害するものではない。

3  弁護人は,報道機関の報道内容が刑事裁判において証拠となるおそれがあるというのでは,被取材者たる市民は取材に応じなくなり,取材の自由を侵害するばかりか言論の自由までをも後退させる旨主張する。

しかしながら,報道機関が当時事件関係者として被告人夫婦を取材し,その結果を報道した内容が,一定の合理的目的のために利用されることは,報道機関の判断において公にしたものである以上,報道機関において甘受すべきことである。また,取材の自由,言論の自由といえども,他人の名誉やプライバシーを侵害すれば違法となるように,他の憲法上の要請から一定の制約を受けるのは当然であって,適正な刑事裁判の実現という憲法上の要請からの上記のような制約は免れるものではない。

4  以上のとおりであって,本件各ビデオテープを証拠として採用することは,報道機関の報道の自由を侵害するものではなく,弁護人の上記主張は理由がない。

第4本件各ビデオテープと黙秘権

1  弁護人は,本件各ビデオテープを証拠として採用することは,捜査機関への情報提供を予定せずにした供述を証拠として採用することとなり,被告人に保障された黙秘権を侵害する旨主張する。

2  しかしながら,黙秘権は,供述を強要されないことを権利として保障したものであり,黙秘したことを被告人に不利益に扱ってはならないとするものである。そして,自ら積極的にした供述がどのような形で刑事裁判に利用されるかは,黙秘権の問題ではなく,どのような供述証拠に証拠能力を付与するかという証拠政策の問題である。

このことは,刑事訴訟法が黙秘権の告知とは関係しない私人作成の供述録取書にも証拠能力を認めていること(刑事訴訟法321条1項3号,322条1項)や,不利益事実を承認する被告人作成の供述書に証拠能力を認めていること(刑事訴訟法322条1項),被告人の供述を内容とする被告人以外の第三者の供述にも刑事訴訟法322条1項の要件で証拠能力を認めていること(刑事訴訟法324条1項)から明らかである。

3  以上からすれば,報道機関のインタビューに対する被告人の供述状況が録画されたビデオテープを,刑事裁判において証拠として採用することは,被告人の黙秘権を侵害することにはならず,弁護人の上記主張は採用できない。

第5本件各ビデオテープにおける供述再現の正確性

1  はじめに

弁護人は,本件各ビデオテープは,報道機関や捜査機関が一定の方向性を持って作成,編集したものであるばかりか,供述者の署名若しくは押印(以下,「署名押印」という。)もなく,供述再現の正確性を担保する方策が採られていないから,証拠として採用することは許されず,被告人の供述については刑事訴訟法322条1項の要件を,甲山太郎の供述については刑事訴訟法328条の要件を備えていない旨主張する。

そこで,以下,供述再現の正確性の観点から本件各ビデオテープの証拠能力の要件を検討する。

2  供述映像としての本件各ビデオテープ

本件各ビデオテープ中の映像は,供述状況の録画であって,映像中の供述内容に意味がある場合であるから,いわば「供述映像」というべきものである。このような供述映像は,映像作成者が作成した供述録取書といえるものであって,映像に映っている状況自体が意味を持ついわゆる「現場映像」とはその法的規制を異にする。

そして,刑事訴訟法が,供述録取書に供述者の署名押印を要求していることに照らせば,このような「供述映像」についても,物としてのビデオテープ自体への署名押印やそれに代わるような代替策が講じられるのが望ましいことはいうまでもない。ことに,ビデオテーブは,供述再現の客観性の高さという観点からは,供述録取書よりも供述書に近いのであって,このようなビデオテープという証拠方法に適合した映像内容確認方法が採られていれば,供述映像の証拠としての価値は高いということができる。

しかしながら,上記のことは,あくまでも供述映像の証拠としての価値を高めるための方法論であって,刑事訴訟法上の証拠能力とは別個の問題というべきである。したがって,本件各ビデオテープが,上記の署名押印やその代替策が採られてないとしても,直ちに刑事訴訟法が予定する「供述録取書」に該当することが否定されるものではなく,供述録取書に該当するか否かは,供述録取書に供述者の署名押印が要求されている趣旨から検討されるべき問題である。

3 供述録取書に供述者の署名押印が要求されている趣旨

供述録取書の要件とされる署名押印は,録取者が作成した文章について,供述者がその内容に相違ない旨を確認すること,すなわち,録取内容の正確性を担保するためのものである。録取内容の正確性が担保されるが故に,録取者が作成した書面であっても供述者作成の書面と同様に扱われるのである。

このように,署名押印は,供述録取の正確性を担保するためのものであって,供述の証拠化について供述者に処分権を認めたものではないから,他の証拠によって,録取内容が正確であり,供述者の供述であることが認められるのであれば,署名押印がなくても,供述録取書と同様に扱ってよいと解される。

4  供述録取書と編集の相当性(再現の正確性)

供述録取書は,供述者自らが作成した供述書と異なり,録取責任者の判断で記載すべき供述の取捨選択や供述の要領化が行われること,すなわち供述がある程度編集されることは刑事訴訟法も予定していると考えられる。だからこそ,録取内容の正確性を担保するため,公判廷以外の場面で作成された供述録取書については,原則として,供述者の署名押印が要求されていると解される(刑事訴訟規則38条3項,6項,39条2項,刑事訴訟法321条1項1号,2号,刑事訴訟法322条1項,例外規定としての刑事訴訟規則52条の5第4項参照)。

そして,供述録取書の署名押印は,そのような録取責任者の判断において供述の取捨選択あるいは要領化という形で編集された供述録取書の内容について,供述のニュアンスを含め,自己の供述内容と相違ない旨確認してなされるものであるから,署名押印がある以上は,仮に供述録取書に,供述したのに記載されていないことやニュアンスの異なる記載があったとしても,そのことをもって,録取内容が不正確であるとされ,刑事訴訟法が規定する供述録取書に該当しなくなるものではなく,その不記載等の有無,程度は,供述録取書に該当することを前提に,供述の信用性,場合によっては供述の任意性の問題として検討されるものである。

5  供述映像と編集の相当性(再現の正確性)

これに対し,署名押印がなく,映像上編集されていることが認められる供述映像の場合は,映像上での編集の相当性(再現の正確性)について供述者の了解を経ていないから,供述者の供述であることが認められても,それだけで録取内容の正確性の担保があるとはいえない。したがって,供述録取書といえるためには,編集の相当性(再現の正確性)を担保する事情,すなわち,供述映像中の当該供述が,元々の供述(原供述)と趣旨を異にすることなく録画されているという事情が必要と解される。

上記の点に関し,弁護人は,署名押印の趣旨を,供述録取の正確性の担保に加えて,供述が適法に設定された場所,機会でなされ,かつ,自己の供述が証拠とされることを承認してなされたことを担保する趣旨であるとした上で,本件各ビデオテープについてはそのような担保がされていない旨主張するが,署名押印の趣旨やそれがない供述映像についての要件はいずれも上記のとおりと解すべきであるから,弁護人のこの主張は採用できない。

6  報道機関作成の供述映像に関する審理方法

(1)  報道機関作成の供述映像審理の特殊性

本件各ビデオテープの基になった報道映像は,報道機関が作成したものである。このような報道機関が作成した映像の場合,作成者が報道機関であることをもって,直ちに編集の相当性(再現の正確性)が担保されているということはできないから,編集の相当性(再現の正確性)についての証拠調べをする必要がある。そして,供述録取書の場合を考えれば明らかなように,通常,編集の相当性(再現の正確性)が争いとなった場合には,その編集者(供述録取者)自身を証人尋問するのが通例であり,最も直截である。しかしながら,報道機関が作成した映像の場合には,取材映像の作成者やその編集者を証人として尋問することは,弁護人が指摘するように,報道機関の協力が得られないことから事実上不可能であって,その通例に沿った審理方注を採ることができないのである。

このような場合,編集の相当性(再現の正確性)に関する前記要件の判断は,必ずしも取材者や編集者の尋問によらなければできないものではないから,まずそれ以外の証拠関係から検討し,その上で取材者や編集者の尋問によらなければ判断できない場合には,その負担を証拠請求者に帰して,当該映像の証拠請求を却下するという審理手法が相当と考える。

(2)  本件における事情

そこで,本件において,取材者や編集者の尋問以外に,編集の相当性(再現の正確性)について判断が可能な証拠関係があるか,以下検討する。

ア 本件事件に関する報道に関しては,以下の事情が認められる。

証人甲山太郎は,公判廷において,本件事件に関する報道に関し,同人が,被告人と一緒に報道機関を自宅に入れてインタビューに応じたことがかなりの数あること(第68回公判期日速記録36頁),平成10年7月29日の取材とされている取材状況を報じたスポーツ新聞を見たことがあり,そのような取材を受けたことがあること(第69回公判期日速記録14頁),テレビ取材を受ければテレビで放映されることは分かっていたこと(第68回公判期日速記録102頁),被告人がインタビューに応じてガレージの雰囲気が被告人を疎外するような雰囲気であったと答えている番組を見た記憶はないが,逮捕されるまでは本件事件に関する報道は見ていたこと(第68回公判期日速記録38頁)などを供述している。

次に,本件各ビデオテープには,被告人と甲山太郎の供述場面が録画されているが,その中には,甲山太郎が同席のうえ被告人が供述している場面や,被告人が報道機関の報道に対して自分の意見を述べている部分が認められる。

そして,被告人の手帳や甲山太郎のノートに報道機関からの取材に関するメモがあること,平成10年10月4日から同月12日にかけて行われた被告人宅の検証において,8月6日号から10月10日号までの週刊誌12種類合計36冊の他,新聞紙や週刊誌の写し多数,犯罪報道に関する本や報道関係者等の名刺等が押収されていること,被告人と甲山太郎が同居の夫婦であって,甲山太郎においては被告人と共謀してなした保険金詐欺について有罪判決が確定し,被告人もその部分の保険金詐欺については事実を認めていること,被告人は甲山太郎とともに平成10年10月4日に両名共謀による詐欺を含む被疑事実で逮捕されていること等を併せ考えれば,被告人や甲山太郎は,自分たちに対する報道機関の取材には関心があり,逮捕されるまでの時点ではあるが,本件事件に関する報道内容の概要は知っていたと推認することができる。

さらに,甲山太郎は,公判廷において,報道機関の家の隠し撮りといった取材方法については不満を述べている(第73回公判期日速記録16頁)ものの,報道番組の内容自体について不当な編集がされている等の不満は特段述べていないばかりか,記憶の曖昧な部分についても,テレビ番組でそう言っているのであれば,そう言ったんだろうと思うといった供述をしており,逮捕前に報道された報道番組に限ってではあるが,被告人や甲山太郎の発言の編集については不満を述べていないのである。

イ 上記に関し,弁護人は,①甲山太郎は本件各ビデオテープを再生されながら具体的に質問を受けて証言したものではないから,自分がどう話しているか自体を正しく認識しておらず,したがって,甲山太郎が述べたことが正確に記録されているという保障がない旨,②本件各ビデオテープは甲山太郎が逮捕された後に報道されたものであるから,甲山太郎が本件各ビデオテープを見た可能性はなく,したがって,甲山太郎の供述は,本件各ビデオテープの証拠採否には結びつかない旨主張する。

しかしながら,上記認定にかかる事実関係に関しては,個々にビデオテープの内容を見せられなくても供述できる内容である。また,本件各ビデオテープの内容は,弁護人が主張するとおり,甲山太郎逮捕後に報道されたものであって,同人がその報道映像を見たわけではないが,本件各ビデオテープに収録されている被告人や甲山太郎の供述映像は,逮捕前に取材撮影されたものであることが明らかであり,関係証拠上,被告人若しくは甲山太郎が供述している状況が逮捕前に報道されていたことは認められるから,その限度において,前記ビデオテープに関する甲山太郎の供述は,本件各ビデオテープの編集状況に関する証拠としての価値を有するというべきである。

したがって,弁護人の上記主張は採用できない。

ウ  以上のような証拠関係等を考えれば,編集の相当性(再現の正確性)については,必ずしも,取材者や編集者を証人尋問する方法によらなくても,不当な編集がされたとされる事情の具体性に応じて(弁護人は,編集の危険性に関する主張を種々するが,これらは一般的,抽象的な主張に止まっている。),供述映像中の供述内容や供述状況,供述映像に対する供述者の不満度等から判断することは可能である。

7  編集の相当性を担保する要件の判断要素

(1)  判断要素

そこで,編集の相当性(再現の正確性)を担保するための要件として,供述映像中の当該供述が,元々の供述(原供述)と趣旨を異にすることなく録画されているかを判断することとなるが,ここでは,その判断要素を検討しておく。

ア  編集に相当性(再現の正確性)を欠く場合というのは,結局は,原供述が取捨選択されて,編集後の供述が,原供述の趣旨とは異なる供述となる危険がある場合をいうのであり,そのような危険を類型的にみると,複数の場面の供述を適当に組み合わせることで異なる供述となる場合や供述者に不利益な供述等ある特定の方向の供述を集めることで異なる供述となる場合,供述の一部のみを取り上げることで文脈上異なった供述となる場合等が考えられる。

イ  上記のような危険な編集類型を考えると,編集の相当性(再現の正確性)を担保する事情の具体的判断要素としては,①供述の内容に着目したものとしては,供述者に不利な供述ばかりが集められているか,場面の違う複数の供述が合わされていることを想定できるか,ニュアンスの操作がしやすい供述内容か,編集されていない範囲の供述で読みとれる意味はあるか等が,②供述の状況に着目したものとして,同一機会の一連の供述か,供述者が積極的に供述しているか,質問者と供述者との関係はどうか,どのような供述態度か等が,③編集状況に着目したものとして,1カット自体の長さはどうか,編集か所の数(画面の切替り回数)はどうか等が考えられる。

ウ  したがって,前記判断にあたっては,上記①ないし③のような要素を総合的に検討することとなる。なお,実際のインタビューの際には,本件各ビデオテープに録画されている被告人や甲山太郎の供述に前後して,種々の供述がなされていることが当然に予想されるが,当該供述と独立した供述が編集上省略されていても,上記要素から検討して当該供述が趣旨を異にすることなく録画されていると認められるのであれば,前後の供述の省略は,当該供述部分が供述録取書に該当することを妨げるものではなく,当該供述部分が供述録取書に該当することを前提に,種々の証拠法則の観点からの証拠能力の検討やその信用性の検討を行えば足りる。

(2)  判断要素に関連する弁護人の主張

ア 上記判断要素に関連して,弁護人は,本件各ビデオテープは捜査機関が編集しており,意図的に作成されている旨主張する。

本件各ビデオテープが作成されるまでの映像の編集過程は,①取材現場で供述状況を撮影して取材映像を作成し,その取材映像を編集して放送映像が作成されるまでの過程,②放送映像から本件録画テープが作成される過程及び③本件録画テープから本件各ビデオテープが作成される過程からなる。

この編集過程のうち警察における②及び③の編集過程について検討するに,証人保田彰,同二田水紀仁の各証言内容や,本件各ビデオテープの映像自体が記者の質問やナレーションを省いているためぶつ切り的な映像となっていることを考えれば,本件各ビデオテープは,放送映像を機械的に録画した本件録画テープから,被告人や甲山太郎の供述部分といった形式基準により該当部分を抽出したものであって,本件録画テープ及び本件各ビデオテープの作成過程は機械的なものであり,警察による意図的な編集はされていないと認められる。

したがって,弁護人の上記主張は理由がない。

イ 次に,弁護人は,放送映像は,報道機関において被告人夫婦が本件事件の犯人であるとの筋に沿うように取材結果を編集したものであって,被告人夫婦の供述が正確に記録されていない旨主張する。

しかしながら,本件各ビデオテープの内容は,報道機関の編集意図が現れやすいナレーションや再現映像等ではなく,もっぱら被告人夫婦の供述そのものが録画されているぶつ切り的なものである。したがって,本件各ビデオテープ中の映像が,一律に報道機関の特定の印象や視点を反映していると考えるのは相当ではなく,やはり,個々の映像ごとに前記の観点から編集の相当性(再現の正確性)を検討すればよいのであり,弁護人の上記主張は理由がない。

ウ また,弁護人は,本件各ビデオテープについては,被告人に有利な事実や検察官の主張に疑問を示唆するような事実は全て捨て去られ,被告人が犯人であることを印象づけるような事実だけが抽出されている旨主張するが,そのようなおそれがあるかは,個々の映像ごとに前記の観点から検討すべきものであり,弁護人のこの主張は理由がない。

エ さらに,弁護人は,いかなる質問に対する供述かが不明であり,質問が分からない部分は,取材者の誤導,誘導に乗って供述している可能性がある旨主張する。

しかしながら,質問が不明であるとする点は,供述内容を個別に検討すればよく,質問がないことで供述録取の正確性が担保されていないことにはならない。また,供述が趣旨を異にすることなく録画されているのであれば,誘導,誤導のおそれは,極端な場合を除けば,供述の信用性の問題というべきである。したがって,弁護人の上記主張は理由がない。

なお,甲山太郎は,マスコミの取材に対しては腹立ち紛れに答えた部分がある等と供述しており,弁護人の誘導,誤導の主張は,そのような趣旨のものとも考えられるが,甲山太郎の上記供述は,外部からの誘因を指摘するものではなく,単に自己の内心の問題であるから,供述の信用性の観点から検討すれば足りるものである。

オ また,弁護人は,本件各ビデオテープは,その放送映像作成者を法廷で証人尋問することが不可能であって,証拠の証明力を争う機会がない証拠であるから,証拠として採用することはできない旨主張する。

しかしながら,証拠の証明力を争う方法には種々あるのであって,本件各ビデオテープが証拠の証明力を争う機会のない証拠とは考えられず,弁護人の上記主張は採用できない。

8  撮影日時等の特定

弁護人は,撮影者,取材者,撮影年月日が不明であり,防御の対象としての特定にかける旨主張するので,以下検討する。

(1)  本件各ビデオテープは,報道機関の放映した放送映像の写しである本件録画テープの写しであるから,その証拠能力の有無は原本である取材映像若しくは放送映像に即して判断すべきである。

そして,本件各ビデオテープにおける放送映像は,私人作成の供述録取書といえるから,刑事訴訟規則60条により,作成年月日と作成者の署名押印が要求されるが,そのような記載や署名はない。この刑事訴訟規則60条の要件は,書類の成立の真正やその特定性担保のため書類一般に要求されている形式的要件であって,そのような記載や署名がなくても,本件のような報告的文書の場合,当該書類を無効と解する必要はなく,諸般の証拠により,その書類の成立の真正や特定性が担保されているかを判断すればよいと解される。

(2)  そこで検討するに,本件各ビデオテープでの放送映像は,被告人夫婦を取材した取材者が作成し,編集者が編集したことは映像の性格上明らかであって,それ以上の具体的な映像作成者の特定は,証拠能力の要件としては不要である。

また,撮影日すなわち映像作成日は,本件事件が発生した平成10年7月25日から被告人夫婦が逮捕された平成10年10月4日までのいずれかである。そして,供述が趣旨を異にすることなく再現されていれば,供述内容は特定でき,それに対して実質的に防御することは可能であるから,それ以上に映像作成日が特定されていないからといって,その証拠能力を否定しなければならないほど防御に支障があるとは考えられない。

(3)  したがって,本件各ビデオテープの撮影者,取材者,撮影年月日が具体的に不明であっても,そのことは本件各ビデオテープの証拠能力を否定するものではなく,弁護人の上記主張は採用できない。

9  報道映像を証拠として利用することの当否

弁護人は,報道番組の映像を刑事裁判の証拠として利用することは,捜査機関から一定の情報を受けた報道機関が取材という名の捜査を行い,報道機関が編集したビデオが証拠となって,それに基づいて判決がなされることになり,捜査手法ひいては刑事裁判のあり方として極めて不当である旨主張する。

しかしながら,これまで検察官から1600点を超える証拠請求があり,検察官請求にかかる証人に限っても100名を超す証人を尋問してきた本件において,前記の要件から検討した上で,本件各ビデオテープについて証拠能力を肯定したとしても,刑事裁判のあり方として何ら不当なものではない。

したがって,弁護人の上記主張は採用できない。

第6本件各ビデオテープの証拠能力

以下において,本件各ビデオテープの証拠能力を上記の観点から検討するが,本件各ビデオテープは,原本としての放送映像の写しである本件録画テープの写しであるから,その証拠能力は,原本としての取材映像若しくは放送映像ごとに個別に判断すべきものである。

1  甲1240号ビデオテープの録画内容①について

(1)  映像の状況

甲1240号ビデオテープの録画内容①(別紙1ビデオテープ一覧(1)記載の録画内容①をさす,以下,単に「(1)―①」という。他の映像についても同様である。)の映像は,平成10年10月4日午後10時から放送された関西テレビ「スーパーナイト」における甲山太郎に対するインタビュー中の甲山太郎の供述部分が主に録画されているものである。この映像は,本件各ビデオテープ作成の際のダビング時のカットと考えられる部分を挟んで前後のパートに分かれ,後半部分は1か所放送映像自体の編集で映像場面が切り替わっているところがあり,場面の切り替わりを目安にすると,全体として3つの段落から構成されている。

(1)―①は,映像自体から,供述者が甲山太郎であることは明らかであり,映像上3つの段落に分かれるが,映像中の甲山太郎の服装やインタビュー状況から,同一のインタビュー時に録画されたものであると認められる。なお,映像上,取材者は複数名いると認められる。

(2)  映像中の供述内容及び供述状況

(1)―①の映像内容は,本件事件当日のカレーの状況に関する35秒間程度の第1段落,昼ころ手伝いに行った際の現場での出来事やそれに対する被告人の感情に関する20秒間程度の第2段落,本件事件当日のカレーの状況に関する被告人の話や甲山太郎の言動に関する50秒間程度の第3段落からなる。

各段落の内容は,それぞれある程度まとまったものであり,上記認定と異なった場面の供述を寄せ集めて編集されたものとは認められない。また,その各内容は,通じて,被告人らが本件といかに無関係かを強調するものであり,被告人らにことさらに不利な供述が集められているものでもない。また,供述状況は,甲山太郎が,途中,インタビューアーからの意見や反論が差し挟まれることもなく,一方的に話している状況である。

したがって,(1)―①の映像は,原供述と趣旨を異にすることなく録画されていると認められ,供述者の署名押印に代わる録取の正確性は担保されていると解される。また,供述状況からみて,インタビューアーによる強い誘導,誤導のおそれは認められない。

(3)  刑事訴訟法328条該当性

甲山太郎は,公判廷において,報道機関のインタビューに対し,夏祭りのカレーについて,「ほこりが入っているわ,クロアリがたかっているわ,そこの端歩いている人おるわ,そんなもん食うて腹痛うなったらどこ言っていくんな」というようなことを話したかもしれないが,それは自分が想像で言ったことであって,被告人から聞いたことではない旨,また,本件事件当日の昼ころに,被告人がガレージに行った際,そこにいた他の奥さんの態度に腹を立てていたことや,被告人が帰ってからその不満を口にしたことはなく,それがあったかのように供述したのは,本件事件前の6月30日の会合時の出来事と混同したためであると供述している。

ところで,(1)―①における甲山太郎の供述内容は,甲山太郎が,被告人から,本件事件のカレーが食べられるような物ではなく,また,本件事件当日被告人が手伝いの現場に行った際に,周囲の人から嫌な顔をされた旨聞いたことを内容とするものであるから,甲山太郎の公判廷における供述と矛盾する供述であり,刑事訴訟法328条に該当する。

2  甲1240号ビデオテープの録画内容②について

(1)  映像の状況

(1)―②の映像は,平成10年11月8日午後6時から放送された毎日テレビ「JNN報道特集」中の被告人及び甲山太郎のインタビューが録画されているものである。この映像は,前半の被告人の供述部分とその後のナレーション,そして,後半の甲山太郎の供述部分の3つの段落からなる。第1段落は,3秒間程度のガレージの映像をバックにした被告人の供述とインタビューアーの質問があった後,引き続き被告人の供述状況が映像に映りながら,その質問に対する被告人の供述が8秒間程度入っている。第3段落は,途中の25秒間程度のナレーション(第2段落)の後に,甲山太郎の供述状況が映りながら8秒間程度同人の供述が録画されている。

(2)  映像中の供述内容及び供述状況

第1段落の被告人の供述は,質問を合わせて10秒間程度のものであり,当日,夏祭りのカレーが段ボールや銀ホイルでふたをしていて出来上がっていたと思う旨の内容となっているが,出来上がっていたかどうかが質問されていることから,事件当日の昼ころに被告人がガレージに赴いた際のことと認められる。そして,その供述内容は,極めて単純な内容であり,原供述の意味合いが変更されているような内容とは到底考えられない。

また,第3段落の甲山太郎の供述は,被告人が腹を立てて帰ってきた旨の内容の8秒間程度の供述である。この映像中の供述のみでは,いつの時点での出来事かは分からない。しかしながら,その供述内容や話しぶりは(1)―①の第2段落と極めて酷似しており,このような極めて酷似する供述内容で,同一人が別のことを供述しているとは考えられないから,本件当日の昼ころに被告人が手伝いに行った際の感情に関する供述と認められる。そして,供述の趣旨も(1)―①の供述と同様に解されるから,(1)―①と同様に原供述と趣旨を異にすることなく録画されていると認められる。

(3)  刑事訴訟法322条1項該当性

刑事訴訟法322条1項の被告人の不利益事実の承認といえるためには,供述内容が,他の事実関係をも考慮し犯罪事実を推認させるような事実関係を承認する内容であることが必要であり,その事実の不利益性は客観的に判断すべきである。

第1段落は,被告人が本件事件当日の昼ころにガレージに赴いたことを認める内容になっているから,被告人が自己に不利益な事実を承認する供述といえる。

この点について,弁護人は,本件事件当日の昼ころに被告人がガレージに赴いたことは争いのない事実であるから,被告人に不利益な事実には当たらない旨主張する。しかしながら,不利益かどうかは事実の客観的側面から決めるべきことで,被告人がそれを認めているか否かで決するようなことではないから(なお,本件において被告人は黙秘しているので,本当に被告人がその点を認めているのかは不明といわざるを得ない。),弁護人の上記主張は採用できない。

(4)  刑事訴訟法328条該当性

第3段落の甲山太郎の供述は,(1)―①と同様であって,同人の公判廷における供述と矛盾する供述であるから,刑事訴訟法328条に該当する。

3  甲1240号ビデオテープの録画内容③及び⑤について

(1)  映像の状況

(1)―③の映像は,平成10年10月5日午後10時30分から放送されたテレビ朝日「ニュースステーション」中の被告人のインタビューが録画されているものである。この映像は,放送映像自体の編集で画面が切り替わる場面によって3つの段落から構成されており,第1段落は,被告人の口元を中心に横顔(左)が写っており,第2及び第3段落は,被告人の上半身が左斜め後ろから映っている場面である。

(1)―⑤の映像は,平成11年5月13日午後10時から放送されたテレビ朝日「ニュースステーション」中の被告人のインタビューが録画されているものである。この映像は,放送映像自体の編集で画面が切り替わる場面によって6つの段落から構成されており,第1,第4及び第6段落は,被告人の口元を中心とした横顔(左)が映っている場面であり,第2,第3及び第5段落は,被告人の上半身が左斜め後ろから映っている場面である。

(1)―③の各段落と(1)―⑤の第1ないし第3段落は,映像上同一の場面があり,また,同一番組の映像であって,双方とも平成10年7月31日に取材した旨のテロップがあることに照らせば,同一の取材映像から編集されたものであると認められる。そして,(1)―③及び(1)―⑤の各映像中の各段落は,インタビュー全体の流れや映像に映っているインタビューの状況から,同一のインタビュー時の映像と認められる。

(2)  映像中の供述内容及び供述状況

(1)―③の映像は,12時前に行ったところカレーの火は止まっていて銀ホイルや段ボールがかぶせてあった旨の18秒間程度の第1段落,被告人が当番に行った際に「当番しましょうか」と声を掛けた旨の3秒間程度の第2段落,疎外されるような雰囲気があった旨の13秒間程度の第3段落からなる。

(1)―⑤の映像は,12時前に行った旨の8秒間程度の第1段落,行ったときに「当番しましょうか」と声を掛けた旨の4秒間程度の第2段落,被告人を疎外するような雰囲気があった旨の17秒間程度の第3段落,行ったときにカレー鍋の状態に関する7秒間程度の第4段落,もうしなくていい状態だった旨の2秒間程度の第5段落,また来る旨告げて逃げて帰ってきた旨の8秒間程度の第6段落からなる。

両映像とも,それぞれ細かな映像から構成されているが,同一機会の映像であって,本件事件当日の出来事に関する供述であることは明らかである。そして,その一連の供述は,関係証拠上,被告人が本件当日昼ころにガレージに行った際の出来事とその場の雰囲気についての供述であると認められ,異なる場面の供述の寄せ集めとは認められない。また,供述全体では,被告人がカレーへの関与は薄かったという趣旨を言わんとする内容であって,被告人が自然に話している状況を考えても,原供述と趣旨を異にすることなく供述が録画されていると認められる。また,供述内容や供述状況を考えると,インタビューアーによる強い誘導,誤導は認められない。

(3)  刑事訴訟法322条1項該当性

刑事訴訟法322条1項の被告人の不利益事実の承認における事実の不利益性は客観的に判断すべきものであることは前記のとおりであり,両映像における供述内容は,被告人が本件事件当日の昼ころにガレージに赴いた点及びその場に被告人を疎外するような雰囲気があったとする点で,被告人に不利益な事実を承認する内容であるから,刑事訴訟法322条1項に該当すると認められる。

この点について,弁護人は,本件事件当日の昼ころに被告人がガレージに赴いたことは争いのない事実であり,また,本件各ビデオテープ中の被告人の供述には,被告人がガレージで他の主婦の言動に対し怒りの感情を持ったとする供述は存在しないから,いずれの点も被告人に不利益な事実には当たらない旨主張する。しかしながら,不利益な事実かどうかは,被告人がそれを認めているか否かで決するようなことではないことは前記のとおりであって,また,被告人がガレージに赴いた際に被告人を疎外する雰囲気があったという点は,被告人の動機を考える一つの間接事実となるのであって,被告人に不利益な事実といえるから,弁護人の上記主張は採用できない。

4  甲1240号ビデオテープの録画内容④について

(1)  映像の状況

(1)―④の映像は,平成11年5月13日午後5時から放送された讀賣テレビ「プラス1」中の被告人の供述(音声のみ)が録画されているものである。この映像は,画面上に「住民とのトラブル」とタイトルが表示された後,テープに録音されたと考えられる供述が始まり,再生中と思われるテープレコーダーの映像の左側に「ジャーナリスト大林高士に対し」とのテロップが入り,途中,テープレコーダーの映像に被告人の映像が二重写しとなっている内容であり,音声と対応する形で被告人自身が供述している状況は映っていない。そして,映像自体は,放送映像自体の編集により3か所音声上の場面が変わるところがあり,全体として4つの段落から構成される。

(2)  声の同一性及び供述内容

(1)―④の映像自体からは被告人の供述かどうかが明らかではないが,他の被告人の供述状況が映っている画面中の被告人の声と,(1)―④中の人物の声が似ていることや,被告人方の検証において,このジャーナリストの名刺が押収され,この映像を放映した報道機関が被告人の声として放送していることから,この声が被告人の声であろうとの推測は可能である。

ところで,(1)―④の映像は,テロップ上のジャーナリストが被告人を取材し,その際の被告人の供述を録音したテープを画面上再生しているという内容になっているが,どのような取材がなされたのかは全く不明である。また,その内容面を検討すると,第1段落は人物を批判する趣旨不明の7秒間程度の内容であり,第2段落はカレー事件の犯人を示唆するような抽象的な7秒間程度の内容,第3段落はカレーの味付けに関する曖昧な4秒間程度の内容,第4段落は味付けに関するトラブルを示唆するような曖昧な3秒間程度の内容となっているが,いずれも思わせぶりな供述と受け取ることのできる内容として録取されており,供述の趣旨が必ずしもはっきりしないばかりか,供述の前後の話の流れで,いかようにも供述の意味合いが変わり得る内容となっている。したがって,この(1)―④の映像は,供述者の署名押印に代わる録取内容の正確性の担保はないといわざるを得ないから,被告人の供述録取書とは認められない。

(3)  伝聞法則の関係

以上の検討から(1)―④は,第三者作成の報告書に過ぎないから,証拠能力が認められるためには,刑事訴訟法321条1項3号の要件を満たす必要があるところ,そのような要件には該当しないから,証拠能力は認められない。

5  甲1240号ビデオテープの録画内容⑥について

(1)  映像の状況

(1)―⑥の映像は,平成11年5月13日午後11時20分から放送された関西テレビ「ニュースジャパン」中の被告人のインタビューが録画されているものである。この映像は,画面左上に「冒頭陳述,カレー事件全容」とのテロップが表示されたなかで,被告人の供述状況が映っている映像である。

(2)  映像中の供述内容及び供述状況

(1)―⑥の供述は,中心人物が味付けを全部やっており入っていける雰囲気ではなかった旨の15秒間程度の内容であるが,あまりに断片的な供述であり,映像中の供述からは,それがいつの場面を念頭に置いたどのような趣旨の供述かは必ずしも明らかではなく,映像上は分からない前後のやりとりによって,その供述の意味合いが変わり得るものであるから,映像中の供述は,原供述と趣旨を異にすることなく録画されていると認めるには疑問の余地があるといわざるを得ない。したがって,(1)―⑥は,被告人の供述録取書とはいえない。

(3)  伝聞法則の関係

以上の検討から,(1)―⑥は,第三者作成の報告書に過ぎないから,証拠能力が認められるためには,刑事訴訟法321条1項3号の要件を満たす必要があるところ,そのような要件には該当しないから,証拠能力は認められない。

6  甲1245号ビデオテープの録画内容①について

(1)  映像の状況

甲1245号ビデオテープの録画内容①(別紙1ビデオテープ一覧(2)記載の録画内容①をさす,以下,単に「(2)―①」という。他の映像についても同様である。)は,平成10年10月5日午後5時から放送された讀賣テレビ「プラス1特報」中の被告人のインタビューが録画されているものである。この映像は,途中6か所で画面が替わっており,7つの段落から構成されているが,ほぼ一貫して被告人が供述している状況が映っており,個々の段落中の被告人の服装やインタビューの状況から見て,同一のインタビュー時の映像と認められる。

(2)  映像中の供述内容及び供述状況

(2)―①は,事件当日12時前に被告人が当番に行ってから帰ってくるまでの状況に関して,途中の記者の15秒間程度の質問を挟んで2分30秒間程度にわたり被告人が供述する第1段落,当時の状況について図面を書くことになるまでの20秒間程度のやりとりの第2段落,図面を書きながら本件事件当日の主にガレージ内の状況に関して被告人が供述する55秒間程度の第3段落,図面を書きながら事件当日の祭会場のテント内の状況に関して被告人が供述する30秒間程度の第4段落,事件当日の昼ころのガレージに行ってから帰るまでの状況について被告人が供述する1分20秒間程度の第5段落,主にガレージに行ってから帰るまでの時間に関して被告人が供述する50秒間程度の第6段落,本件事件当日カレー鍋を混ぜていないと被告人が供述する1分15秒間程度の第7段落から構成される。

これらの各段落の供述は,同一のインタビュー時のものであって,映像の状況や供述内容から,供述の先後を入れ替える等して異なる供述を作出したものではなく,それぞれの供述としてまとまりのあるものである。また,その供述内容は,本件事件当日の被告人の行動に関するもので,被告人が見張りには行ったが,一人で見張りした時間帯はなく,娘と二人で見張りした時間もわずかであること,カレー鍋には近づいていないこと等を言わんとする趣旨の供述である。そして,その供述態度は自然であり,一部質問者に対して反論するような形で供述する部分もある。このような供述状況や供述内容,供述態度を考えると,原供述と趣旨を異にすることなく供述が録画されていると認められる。なお,この映像中には一部音声が消去されている部分があるが,それは,関係証拠上,特定の個人名を伏せたものと認められるから,編集の公正さを疑わしめるものではない。

(3)  刑事訴訟法322条1項該当性

(2)―①の映像中の被告人の供述は,全体として本件犯行当日の昼ころに被告人がカレー鍋付近にいたことや被告人と娘の二人きりになった時間があるとするものであり,被告人にとって不利益な内容を承認する供述であるから,刑事訴訟法322条1項により証拠能力が認められる。

7  甲1245号ビデオテープの録画内容②について

(1)  映像の状況

(2)―②の映像は,平成10年10月6日午後11時20分から放送された関西テレビ「ニュースジャパン」中の被告人のインタビューが録画されているものである。画面上は電話インタビューをするインタビューアーの映像が映り,音声上は,電話機をとおした声で供述がなされている。特に画面が切り替わるところはなく,電話によるインタビューの一部分が録画されている。

(2)  声の同一性及び映像中の供述内容

この映像中には被告人が供述している姿がなく,その供述者が被告人かどうか画面上は明確ではない。しかしながら,その音声は他のビデオテープ中の被告人の声とよく似ており,供述もかなり細かな具体的内容であって,他のビデオテープ中の被告人の供述と概ね符合する内容である。さらに,このインタビューアーから被告人宅に電話があった旨の記載が,被告人自筆の手帳と甲山太郎自筆のノートに記載があったこと,被告人宅敷地の検証において,そのインタビューアーが平成10年9月14日に被告人に宛てて送信したファックス文書が押収されていることを考えると,この映像中の供述者は被告人であると認められる。

その内容を検討すると,カレーを見張っていた時間に関する30秒間程度の内容であるが,質問及び供述から本件事件当日のカレーの見張りに関する供述であることは明らかであって,内容的には,自分が見張りの時間も含め,カレーには関係していないという意味合いの供述であるから,内容的に供述の前後のカットにより,供述の意味合いが変わった可能性があるとは到底認められない。したがって,この映像は,原供述と趣旨を異にすることなく供述が録画されていると認められ,供述録取書と認められる。

(3)  テープ録音及び放映の適法性

この映像自体からは,被告人が供述を録音すること及び放映することについて了承しているかどうかが必ずしも明らかでなく,弁護人は,この点を指摘して,無断録音,無断放送の疑いがある旨主張する。

しかしながら,上記の被告人の手帳や甲山太郎のノートの記載及びそのインタビューアーからのファックス文書から,被告人は,報道番組のニュースキャスターからの電話取材と認識していると認められ,また,前記認定のとおり,被告人らは自分たちに対する報道機関の取材には関心があり,逮捕されるまでは本件事件に関する報道内容の概要は知っていたと認められることや,甲山太郎はテレビ局から取材を受ければ報道されると思っていたことに照らせば,被告人は,この電話取材が報道番組の取材であって放送される可能性があることを認識して供述していると認められる。したがって,録音及び放映に違法性はなく,弁護人の上記主張は採用できない。

(4)  刑事訴訟法322条1項該当性

(2)―②の映像中の被告人の供述は,本件犯行当日のカレーを見張っていた時間があることを自認する内容であり,被告人にとって不利益な内容を承認する供述であるから,刑事訴訟法322条1項により証拠能力が認められる。

第7立証趣旨との関係

検察官の本件各ビデオテープについての立証趣旨は別紙2立証趣旨一覧のとおりであるが,前記検討のとおり,別紙2立証趣旨一覧(2)記載の立証趣旨の関係では,(1)―①ないし(1)―③及び(1)―⑤の各映像部分の証拠能力が認められ,(1)―④及び(1)―⑥の各映像部分の証拠能力は認められない。また,別紙2立証趣旨一覧(3)記載の立証趣旨の関係では,(2)―①及び(2)―②の各映像について証拠能力が認められる。

次に,別紙2立証趣旨一覧(1)記載の立証趣旨の関係では,検察官は,証人群馬b子が「テレビ報道で,被告人が,『昼前にガレージに行ったら何しに来たんという態度を取られたから,そこに居づらくなって帰ってきた』と話していた。また,甲山太郎が,『新参者が何しに来たんな,今頃来ても何もすることがないわって,うちの嫁さん言われたから,腹立つわ言うて帰ってきた』と言ったのをはっきり覚えている。このような被告人夫婦のインタビュー内容をテレビ報道で聞いて,私の被告人に対する言動が,今回の事件の原因になってしまったのではないかと思い,悩むようになった」旨証言したことから,その証言を裏付けてその信用性を立証するために,本件各ビデオテープを証拠請求したものである。

そこで検討するに,そもそも証人群馬b子が見た番組は特定されておらず,また,見た時期についても最初にそのような映像を見たときは顔にモザイクがかかっていたという程度ではっきりしないが,本件各ビデオテープ中の映像自体は,本件事件発生から被告人の逮捕までの間に撮影されていることは明らかであるから,証人群馬b子が供述する内容の報道であれば,証拠としての関連性は認められる。そのような観点からは,(1)―④,(2)―①及び(2)―②は証人群馬b子が証言する内容とはなっておらず,また,(1)―⑥は証人群馬b子が証言する内容に近いものを含むが,そもそも断片的な供述であって,放送映像中にどのような形でその供述が使われているか不明であり,また,その他の証拠能力が認められる映像があることから必要性も乏しいので,証拠能力を否定するのが相当である。

したがって,別紙2立証趣旨一覧(1)記載の立証趣旨との関係では,証人群馬b子が供述する内容と同様の内容である(1)―①ないし(1)―③及び(1)―⑤に証拠能力が認められる。

第8結語

よって,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官・小川育央,裁判官・遠藤邦彦,裁判官・安田大二郎)

別紙1 ビデオテープー覧

(1) ビデオテープ1本(甲1240号証,平成11年和地領第155号符903号,ビデオの箱にテープのカウンター数値,放送日時,報道機関名,番組名が表示された紙が貼付されているもので,以下の①ないし⑥が録画されているもの)

① 平成10年10月4日午後10時から放送された関西テレビ「スーパーナイト」中の甲山太郎のインタビューが録画されているもの(テープカウンター概数値0:01ないし1:53)

② 平成10年11月8日午後6時から放送された毎日テレビ「JNN報道特集」中の被告人及び甲山太郎のインタビューが録画されているもの(同上1:53ないし2:42)

③ 平成10年10月5日午後10時30分から放送されたテレビ朝日「ニュースステーション」中の被告人のインタビューが録画されているもの(同上2:42ないし3:19)

④ 平成11年5月13日午後5時から放送された贖賣テレビ「プラス1」中の被告人の供述(音声のみ)が録画されているもの(同上3:19ないし3:47)

⑤ 平成11年5月13日午後10時から放送されたテレビ朝日「ニュースステーション」中の被告人のインタビューが録画されているもの(同上3:47ないし4:42)

⑥ 平成11年5月13日午後11時20分から放送された関西テレビ「ニュースジャパン」中の被告人のインタビューが録画されているもの(同上4:42ないし4:58)

(2) ビデオテープ1本(甲1245号証,平成11年和地領第155号符1013号,ビデオテープに放送日時,報道機関名,番組名が表示された紙が貼付されているもので,以下の①及び②が録画されているもの)

① 平成10年10月5日午後5時から放送された贖賣テレビ「プラス1特報」中の被告人のインタビューが録画されているもの(テープカウンター概数値0:01ないし8:01)

② 平成10年10月6日午後11時20分から放送された関西テレビ「ニュースジャパン」中の被告人のインタビューが録画されているもの(同上8:01ないし8:46)

別紙2 立証趣旨一覧

(1) 甲1240号ビデオテープ及び甲1245号ビデオテープ共通

被告人が千葉方ガレージに赴いた際の状況等に関する被告人夫婦の発言内容をテレビ報道番組から編集したビデオテープの存在

(2) 甲1240号ビデオテープ関係

カレー事件当日に被告人が千葉方ガレージに赴いた状況及び同日における被告人の言動等

(3) 甲1245号ビデオテープ関係

カレー事件当日に被告人が千葉方ガレージに赴いた状況等

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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