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和歌山地方裁判所 平成10年(行ウ)12号 判決 2000年3月31日

主文

一  被告和歌山県知事が原告に対して平成一〇年五月二八日付けでなした別紙第一の公文書目録記載1及び2の文書を開示しないとの公文書非開示決定を取り消す。

二  被告和歌山県公営企業管理者職務代理者和歌山県企業局長が原告に対して平成一〇年五月二八日付けでなした別紙第一の公文書目録記載1の文書を開示しないとの公文書非開示決定を取り消す。

三  被告和歌山県教育委員会が原告に対して平成一〇年五月二八日付けでなした別紙第一の公文書目録記載1の文書を開示しないとの公文書非開示決定を取り消す。

四  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が、被告らに対し、和歌山県公文書の開示に関する条例(平成五年三月三〇日条例第二号。以下「本件条例」という。)に基づき、平成九年度の五〇〇〇万円以上の公共工事等にかかる入札結果調書及び予定価格と制限価格が分かる一切の資料の開示を請求したところ、被告らが、予定価格と制限価格が分かる調書である予定価格調書を開示しないとの主文一ないし三項記載の公文書非開示決定(以下「本件処分」という。)をしたため、その取消しを求めた事案である。

一  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(甲一の1ないし4、二の1ないし4、六ないし九、乙一ないし三、五、証人A)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。

1  当事者

(一) 原告は、地方行財政の不正の監視・是正等を目的として結成された市民団体で、和歌山市内に事務所を有する権利能力なき社団であり、本件条例五条二号による公文書の開示請求権者である。

(二) 被告らは、いずれも本件条例二条一号の実施機関である。

2  本件処分の経緯等

(一) 原告は、平成一〇年四月二四日、被告和歌山県知事に対し、平成九年度の五〇〇〇万円以上の公共工事にかかる入札結果調書及び予定価格と制限価格が分かる一切の資料並びに平成九年度の五〇〇〇万円以上の和歌山県立医科大学工事にかかる入札結果調書及び予定価格と制限価格が分かる一切の資料の開示請求を、被告和歌山県公営企業管理者職務代理者和歌山県企業局長及び被告和歌山県教育委員会に対し、平成九年度の五〇〇〇万円以上の公共工事にかかる入札結果調書及び予定価格と制限価格が分かる一切の資料の開示請求を、それぞれ行った(以下「本件請求」という。)。

(二) 被告らは、本件請求にかかる公文書として、入札執行調書及び予定価格調書を特定した上、入札執行調書については、同年五月二八日、被告和歌山県知事において、公文書開示決定したが、落札予定価格調書については、同日、被告らにおいて、「予定価格調書を開示することにより、特定のものに不当な利益又は不利益が生ずるおそれがあると認められ、和歌山県の行う今後の入札契約締結事務の公正及び円滑な執行に支障が生じるおそれがあると認められるため」との理由で、本件条例九条八号に該当するとして本件処分をした。

(三) 本件条例九条は、「実施機関は、公文書の開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、公文書の開示をしないことができる。」としており、同条八号は、「県の機関又は国等の機関が行う取締り、監査、検査、許可、認可、試験、入札、交渉、渉外、訴訟その他の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれると認められるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあると認められるもの、関係当事者間の協力関係若しくは信頼関係が損なわれると認められるもの又は当該事務事業若しくは将来同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあると認められるもの」と規定している。

3  入札執行調書及び予定価格調書

被告らが開示した入札執行調書の様式は別紙第二のとおりであり、同調書には、工事番号、工事名、工事箇所、入札日時、入札場所及び入札者が記入されている。

被告らが非開示とした予定価格調書の様式は、別紙第三のとおりであり、同調書には入札日時、工事番号、工事名称、設計金額、落札予定価格、最低制限価格等が記載されている。

4  落札予定価格、最低制限価格

(一) 落札予定価格とは、契約額の上限となる額であり、最低制限価格とは、契約を許す下限額であり、最低制限価格以上で落札予定価格以下の範囲内で、入札金額の最も低い者が落札する仕組みとなっている。

被告らは、当該工事の代金額として、設計図書に基づき、単価表に記載されている各単価を積み上げ、これを算定している。この算定された工事代金額が設計金額である。

落札予定価格は、工事の難易度や規模に応じて、右設計金額に一定の率を乗じて算出されていた。

そして、最低制限価格は、落札予定価格に、当該工事の難易に応じ、「一定の率」(おおむね七〇ないし八〇パーセント)を乗じて算出されている。

この最低制限価格を設定する目的は、当該工事を行うために最低限度必要と考えられる金額であり、当該工事の安全性を確保するため、手抜き工事となるおそれがあるような、低い価格での落札を排除しようとするものである。

(二) 本件処分時には、設計図書は閲覧可能であるが、単価表は公表されていなかったので、業者において設計金額は算定不可能であったが、単価表は、平成一〇年六月一日以降公表されているので、同日以降、積算能力のある業者においては、設計金額は算定可能となった。

また、平成一〇年八月一日からは、入札執行調書の書式が変更され、同調書に、予定価格欄が設けられ、落札予定価格の事後公表が実施されている。

さらに、和歌山県では、平成一一年一〇月からは、五〇〇〇万円を越える工事については、最低制限価格制度を廃止し、一定基準額以下で落札された場合に、履行能力等について調査するという低入札価格調査制度を採用している。

5  本件訴訟中の入札予定価格の公表

被告らは、平成一〇年八月一日以降、落札予定価格の事後公表の実施に伴い、原告らが開示請求した工事の落札予定価格を、本件訴訟中に、乙五号証(平成九年度五〇〇〇万円以上の公共工事の予定価格一覧表)として、開示した。

二  争点

1  予定価格調書中の最低制限価格以外の記載部分について、原告に、本件処分の取消を求める訴えの利益はあるか。

2  予定価格調書中の最低制限価格は、本件条例九条八号所定の情報に該当するか。

三  争点に関する被告らの主張

1  争点1について

予定価格調書のうち、最低制限価格以外の記載事項について、現時点では、実質的に公開しているから、それらの記載部分については、原告に、本件処分の取消を求める訴えの利益はない。即ち、

(一) 入札日時、工事番号、工事名称は、開示した入札執行調書にも記載されている。

(二) また、設計金額は、前提事実4(二)記載のとおり公表されるようになった単価表に基づき計算可能となった。

(三) 落札予定価格を本件訴訟中公表したことは、前提事実5記載のとおりである。

2  争点2について

最低制限価格に関する情報は、以下のとおり、本件条例九条八号に該当する情報であるから、これの記載のある予定価格調書を非開示とした本件処分は適法である。

(一)最低制限価格の事後公表による弊害最低制限価格を事後公表すると、業者は、同種工事について、すでに公表されている落札予定価格と照らしあわせることにより、最低制限価格を算出するための前提事実4(一)記載の「一定の率」を推測でき、入札に参加しようとしている工事の最低制限価格についても、かなり正確に推定できる。

そして、最低制限価格を事前に知った業者は、落札することのみを目的にして、設計図書から積算する労力、経費を省き、採算を十分考慮することなく、最低制限価格直近の低い価格で入札することになる。その結果、業者は、現実に落札した後で採算を考えることとなり、粗悪な材料の使用や手抜き工事、下請け業者へのしわ寄せなど工事の安全性を損なう事態を生じる危険がある。また、業者間の経営内容、積算能力、コスト縮減努力の差が入札に反映されず、競争性が損なわれる危険も生じる。

(二) 最低制限価格の公表の必要性が低いこと

県民は、工事結果である建築物、施設等と公表されている実際の落札価格を対照することにより、落札価格が適正であったかどうかを検証、評価できる。したがって、最低制限価格を事後公表してまで、最低制限価格自体が適正であったかどうかを県民がチェックする必要性は低い。

(三) 右のとおり、最低制限価格は、開示することにより、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあり、和歌山県の行う今後の入札契約締結事務の公正及び円滑な執行に支障が生じるおそれがあると認められる情報であるといえる。

第三争点に対する判断

当裁判所は、各争点に関する被告らの主張は採用できず、本件処分は取り消すべきものと判断する。その理由は次のとおりである。

一  争点1について

1  前提事実記載の事実関係によれば、原告は、本件予定価格調書中、入札日時、工事番号、工事名称について、入社執行調書の開示によって、落札予定価格について、被告提出書証(乙五)によって知ったといえる。

しかし、設計金額について、すでに公開済みの設計図書と公表されるようになった単価表によってこれを積算可能であるが、本件のような高額の工事については、相当程度の能力のある業者でなければ、現実に、その積算はすることができず、原告において容易にこれを知りうる状態になったとは到底いうことができない。

2  さらに、本件条例において、開示対象とされているのは、文書に記録されている情報そのものではなく、「公文書」である(本件条例二条二項)。そして、開示請求にかかる文書に記録されている情報内容そのものを、請求人が知っている、あるいは知りうる状態にあることが非開示事由となる趣旨の定めは置かれていない。しかも、その開示方法については、同条例二条三項において、「公文書を閲覧に供し、又は公文書の写しを交付する」と具体的に定められている。

そうすると、非開示処分後に、請求文書に記録された情報内容そのものを、本件条例に定められた公文書開示方法以外の方法によって、請求人の知るところとなった、あるいは、知りうる状態になったとしても、本件条例に定められた開示方法に従って「公文書」の開示を受けるという法律上の利益は消滅しないというべきである。

そして、被告らが原告に対して、一部分であれ、本件請求にかかる予定価格調書自体を閲覧に供したとか、その写しを交付したといった事実を認める足りる証拠はない。

3  いずれにしても、原告には、本件予定価格調書中の最低制限価格以外の記載部分について、本件条例の定める方法に従って開示を受ける法律上の利益が存することが明らかである。

二  争点2について

被告らは、最低制限価格を事後公表した場合、弊害があると主張するが、前提事実記載のとおり、平成一一年一〇月からは、和歌山県において、五〇〇〇万円以上の公共工事について、最低制限価格制度が廃止されているのであり、本件訴訟の口頭弁論終結時を基準に判断すれば、被告らの主張は理由がないことが明白である。

なお、最低制限価格制度が維持されていた本件処分当時の事情をもとに検討しても、被告らの主張が理由がないことは次のとおりである。

1  本件条例九条が、公文書開示原則の例外として非開示事由となる情報を制限的に列挙していること、同条例三条が、県民の公文書の開示を求める権利を十分尊重するよう、解釈、運用すべきことを実施機関の責務として定めていること等に照らすと、同条例九条八号所定の「特定のものに不当な利益もしくは不利益が生ずるおそれ」や「和歌山県の行う今後の入札契約締結事務の公正及び円滑な執行に支障が生じるおそれ」というのは、単に、そのような蓋然性があるというのでは足りないのであって、当該文書の開示によって、右事態を招致する具体的な可能性があることが客観的に認められる場合でなければならないと解される。

2  これを本件についてみると、被告の主張は、要するに、工事の安全性確保を目的として設定された最低制限価格を、入札前に業者が事前に知ってしまうと、積算等の努力をしないまま、安易に最低制限価格付近の価格で落札することになり、入札の競争性が低下し、工事の安全性に問題が生じる危険があるところ、過去の最低制限価格を、事後的にであれ、公表すれば、過去の落札予定価格と照らし合わせることにより、最低制限価格を導き出す「一定の率」が容易に推測できることとなり、ひいては、今後予定される同種工事における最低制限価格までも容易に推測できることとなる結果、入札の競争性低下及び工事の安全性低下を招くというものである。

なるほど、最低制限価格が入札前に判明していると、業者が、設計図書と単価表をもとに、会社の経費や採算等を考慮しながら積算する努力を払うことなく、安易に最低制限価格付近の価格で落札する可能性を、ただちに否定することはできない。また、最低制限価格が事後公表されると、過去の落札予定価格と最低制限価格を照らし合わせることにより、その両者間の一定の率を容易に推測できるようになるということもできる。

しかし、最低制限価格が事後公表されたとしても、今後予定される入札工事の最低制限価格を推測するには、右の一定の率のほかに、設計図書と本件処分直後に公表された単価表をもとに積算した設計金額から当該工事の落札予定価格を推測するか、あるいは、過去の同種工事の落札予定価格から当該工事の落札予定価格を推測する必要がある。

本件のような高額な工事の場合、設計図書と単価表に基づき、正確な設計金額を積算するには、前記一1のとおり相当な積算能力を必要とする。また、過去の同種工事の落札予定価格から当該工事の落札予定価格を推測する場合には、本件のように高額の工事について、全く同一条件の工事というものは存在しないから、各工事の構造、仕様、材質、時期的・地域的条件などの個別特殊性や、時の経過に伴う物価の変動、技術の進歩などを考慮しなければ、正確な推測はできないのであって、やはり一定の積算能力を要する(原証人二七九項)。

そして、そのような推測が可能な程度に積算能力を有する業者であれば、自社の採算や必要経費等を考慮することなく、安易に最低制限価格付近の価格で落札するということは考えられないところである。そうすると、最低制限価格を事後公表したからといって、入札の競争性低下や工事の安全性低下が生じる具体的可能性を認めることはできない。

3  右のとおりであり、本件処分当時において、最低制限価格を開示した場合に、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれや、和歌山県の行う今後の入札契約締結事務の公正及び円滑な執行に支障が生じるおそれがあったと認めるに足りる証拠はなく、最低制限価格は、本件条例九条八号所定の情報に該当しない。

三  そのほか、予定価格調書中の最低制限価格以外の記載事項について、本件条例九条所定の非開示事由に該当する旨の主張、立証はないから、予定価格調書を非開示とした被告らの本件処分はいずれも違法であるというべきである。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、いずれも理由があるから、これを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東畑良雄 裁判官 大垣貴靖 裁判官 馬渡香津子)

<以下省略>

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