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和歌山地方裁判所 平成11年(ワ)137号 判決 2003年9月09日

主文

1  被告A,同B及び同Cは,原告に対し,各自2億1423万7651円及びこれに対する平成11年3月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告Dに対する請求を棄却する。

3  訴訟費用中,原告と被告A,同B及び同Cとの間に生じたものは,同被告らの負担とし,原告と被告Dとの間に生じたものは,原告の負担とする。

4  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  被告らは,原告に対し,各自2億1423万7651円及びこれに対する平成11年3月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は,被告らの負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  被告A

(1)  原告の被告Aに対する請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

3  被告B

(1)  本案前の答弁

ア 原告の被告Bに対する訴えを却下する。

イ 訴訟費用は,原告の負担とする。

(2)  本案の答弁

ア 原告の被告Bに対する請求を棄却する。

イ 訴訟費用は,原告の負担とする。

4  被告C

(1)  原告の被告Cに対する請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

5  被告D

(1)  原告の被告Dに対する請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

第2事案の概要

1  事案の要旨

原告は,株式会社a銀行(以下「a銀行」という。)が,株式会社b土地開発(以下「b土地開発」という。)に対して,平成4年8月18日に実行した3億6000万円の貸付け(以下「本件第1融資」という。)及び同年11月30日に実行した2億3000万円の貸付け(以下「本件第2融資」といい,本件第1融資と併せて「本件各融資」ともいう。)につき,その当時,a銀行の専務取締役であった被告A,常務取締役であった被告B及び同C並びにa銀行の取締役審査部長であった被告Dが,本件各融資が回収見込みに欠ける違法なものであることを認識しながら,十分な担保を徴求することなくその実行を承認した点に善管注意義務違反ないし忠実義務違反(以下「善管注意義務等違反」という。)があり,被告らは,a銀行に対し,商法266条1項5号に基づき,連帯して本件各融資につき回収不能となった金額につき損害賠償義務を負うべきであるところ,原告が,a銀行からこの損害賠償請求権を譲り受けたとして,被告らに対し,各自前記損害のうち2億1423万7651円及びこれに対する被告Dへの本件訴状の送達の日の翌日であり,その余の被告らへの本件訴状の送達の日の後である平成11年3月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

これに対し,被告らは,善管注意義務等違反の成立及び損害の発生を否認するなどして,争っている。

2  前提事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲2ないし5,7,10ないし12,15ないし18,26,27,32,33,36,38,41ないし46,49,51,53,54,58ないし61,63,64,67,69,70,72,73,乙8,19,丙1,戊5,6,庚6,7,被告D,同B及び同A各本人)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。

(1)  当事者等

原告は,預金保険制度の運営のため,預金保険法に基づき設立された特別法人であり,不良債権回収に関する業務として,債務者の財産調査や債権取立て等を行っている。

a銀行は,株式会社c相互銀行が,平成元年2月1日,普通銀行に転換するとともに商号変更したものであるが,平成8年11月21日,大蔵大臣(当時)により預金払出業務を除く業務停止命令を受け,事実上倒産し,平成9年6月27日の定時株主総会において,平成10年1月26日に株式会社紀伊預金管理銀行に営業を全部譲渡し,原告にその余の資産を譲渡するとともに,同日をもって,解散することを決議した。

被告Aは,平成4年6月26日から平成7年6月29日まで,a銀行の総務部,検査部及び事務部を担当する専務取締役であった。

被告Bは,昭和63年6月29日から平成7年7月5日まで,a銀行の審査部及び国際部を担当する常務取締役であった。

被告Cは,平成4年6月26日から平成10年1月25日まで,a銀行の人事部及び経理部を担当する常務取締役であった。

被告Dは,昭和63年6月から平成6年6月30日まで,a銀行の取締役審査部長であった。

Eは,昭和47年5月,a銀行の取締役となり,その後,常務取締役,専務取締役,取締役副社長を経て,平成4年6月26日から平成7年7月5日まで,同行の代表取締役頭取であった。

Fは,昭和47年11月,a銀行の取締役業務部長となり,その後,常務取締役,専務取締役を経て,平成4年6月26日,同行の代表取締役副頭取に就任したが,平成5年8月5日,何者かによって射殺された。

Gは,平成4年7月1日から,a銀行取締役本店営業部長となった。

b土地開発は,平成元年1月19日,資本金3000万円で設立された不動産販売等を目的とする株式会社である。

(2)  a銀行における融資業務等の決裁権限

a銀行における融資に関する決裁権限は,貸出決裁権限規定(甲10)により,①営業店長の専決,②非役員審査部長の専決,③取締役審査部長の専決,④審査担当役員の専決によるものとそれぞれ区分されていた。

そして,同一債務者の貸出純債権額が5億円を超える場合,一債務者の貸出純債権額より担保不動産評価額の余力等を差し引いた実質与信額が1億円を超える場合,常務会に付議された債務者への実質与信額が前回の常務会審議決裁額より5000万円を超える場合等の融資については,常務会付議案件とされていた(常務会規定,甲12)。

また,重要な貸出並びに多額の借入及び保証については,取締役会付議事項とされていた(取締役会規定,甲11)。

(3)  a銀行における常務会付議案件の貸出業務の手続

a銀行においては,まず,顧客から融資の申込みを受けた営業店において貸出稟議書一式を作成し,営業店店長から本部審査部へ上申し,本部審査部において,まず,初審担当者が審査を行い所見を記した上,審査部長(本件各融資当時は被告D)が融資の可否を判断し,融資担当取締役(本件各融資当時は,被告B)に上申する。融資担当取締役は,当該融資の問題点を検討し,これを常務会に付議する。そして,常務会において,担当部が稟議書を整理した説明資料に基づき,常務会に出席した常務取締役以上の取締役が意見を交換し,最終的に取締役頭取が融資の可否を決定することとされていた。

(4)  本件各融資に至る経緯

株式会社d出版社(以下「d出版社」という。)は,平成3年8月ころから平成4年4月ころにかけて,発行する月刊雑誌「SEIKAI・月刊政界」(以下「『政界』」という。)に,a銀行,同行の当時の頭取であったH,常務取締役であったI及びEなど同行の取締役に対する誹謗中傷記事を掲載するようになった。

Fは,暴力団組長であったJ及びe開発株式会社(以下「e開発」という。)の代表取締役Kに対し,平成4年5月ころ,「政界」にa銀行及び同行役員らに対する誹謗中傷記事が掲載されることを中止させるよう依頼した。

Kは,Fに対し,同年7月ころから,「政界」への誹謗中傷記事の掲載中止の見返りとして,e開発ないしその関連会社への融資を要求した。

(5)  本件第1融資に関する常務会の開催及び本件第1融資の概要等

Fは,平成4年8月11日に開催された常務会(以下「本件常務会」という。)において,e開発の関連会社に3億6000万円貸し付ける旨の提案をした。Eは,本件常務会の審議を踏まえて,このFの提案を承認した。

a銀行は,本件常務会における承認を受けて,b土地開発に対し,同月18日,手形貸付けの形式で,3億6000万円を,利息年7.3パーセント,返済期限平成6年7月31日の約定で貸し付けた(本件第1融資)。

(6)  本件第2融資に関する持ち回り常務会の開催と本件第2融資の概要等

Kは,Fに対し,平成4年11月ころから,J,その妻でありb土地開発の取締役であるLないしb土地開発への融資を要求した。

a銀行の常務会構成員であるE,F,被告A,同B,同C及び常勤監査役のMは,平成4年11月30日,持ち回り常務会の方法により,a銀行のb土地開発に対する2億3000万円の融資を承認した。

a銀行は,前記承認を受けて,b土地開発に対し,同日,証書貸付けの形式で,2億3000万円を,利息年7.3パーセント,最終返済期限平成11年11月20日の約定で貸し付けた(本件第2融資)。

(7)  本件各融資にかかる貸付金の返済状況

b土地開発は,a銀行に対し,平成4年11月17日,本件第1融資にかかる貸金債務の一部弁済として2億円を支払い,同年12月21日,平成5年1月20日,同年2月22日及び同年3月29日,本件第2融資にかかる貸金債務の一部弁済として各275万円ずつ(合計1100万円)支払った。

a銀行は,平成7年11月16日,b土地開発の同行に対する預金債権と本件各融資にかかる貸金債権とを対当額で相殺するとの意思表示をし,そのうち2万6274円を本件第1融資にかかる貸付金債権に,3万3868円を本件第2融資にかかる貸付金債権にそれぞれ充当した。

Lは,a銀行に対し,平成8年9月2日,本件第2融資にかかるb土地開発の貸金債務の弁済として,9000万円を支払った。

以上の結果,同日現在における本件第1融資にかかる貸付金債権残額は,1億5997万3726円,本件第2融資にかかる貸付金債権残額は,1億2896万6132円となり,本件各融資にかかる貸付金債権残額の合計は,2億8893万9858円となった。

(8)  a銀行から原告への資産譲渡とその後の本件各融資にかかる貸付金の回収

原告は,a銀行から,平成10年1月23日,同月26日現在で同行が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権及び事務管理,不当利得,不法行為その他契約以外の原因に基づいて同行が有する権利(同日現在及びそれ以前における同行の役職員,融資先その他の関係者に対し責任追及する一切の権利を含む。また,既に権利が確定しているもののほか,同日においてその存在の確認又は内容の特定が未了であるものを含む。)等を2082億7869万3919円で買い受けた(以下「本件譲渡契約」という。)。

原告は,被告らのほか,E及びGに対しても,本件各融資の実行に当たり,善管注意義務等違反があったとして,当初本件請求において,被告らと連帯して2億8893万9858円及び遅延損害金の請求をしていたところ,E及びGと本件訴訟において和解し,この和解に基づき,Eから2631万6200円,Gから1900万円の合計4531万6200円の支払を受けた。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  本件訴えの適法性

(被告A及び同Bの主張)

a銀行の株主らは,被告A,同B等本件各融資当時の取締役を被告として,平成9年6月30日以降,a銀行のb土地開発に対する本件各融資につきa銀行への損害賠償を求める株主代表訴訟を提起した(当庁平成9年(ワ)第348号事件及び同年(ワ)第537号事件)。

このように株主が会社の取締役に対し適法に株主代表訴訟を提起したことにより,会社は,同一の訴訟物に関し,訴訟追行権を失うことになるから,株主代表訴訟提起後に,会社ないし会社からその債権を譲り受けた者が,当該取締役に対し,同一の訴訟物に関する訴訟を提起することは,不適法である。

(原告の主張)

会社は,株主代表訴訟が提起された後も,当該目的債権についての実体法上の処分権限を喪失しない。

そして,原告は,本件損害賠償請求権をa銀行から譲り受けたことから,譲渡人であるa銀行ないしその法定訴訟担当者としての代表株主の提起した訴えとは別個独立の訴えを提起することができる。

したがって,本件訴えは,適法である。

(2)  本件各融資の実行に当たり,被告らに善管注意義務違反等があったか。

(原告の主張)

ア 本件第1融資の違法性

本件第1融資は,a銀行が,b土地開発に対し,同社がe開発から別紙物件目録1及び2記載の各土地を購入する資金として貸し付けた融資取引であるところ,以下にみるとおり,その回収の見込みはなく,a銀行に対し損害を与える危険性の極めて高い違法な融資であった。

(ア) 赤字会社への融資

b土地開発は,平成元年1月に設立された会社であるが,設立後の売上総利益をみると,平成元年10月決算期における総売上高は0円,平成2年10月決算期における総売上高は9億円,平成3年10月決算期における総売上高は約2900万円となっており,設立以降,ほとんど収益らしい収益はなく,設立後3期連続で赤字を計上し,平成3年10月決算期における累積赤字は3億2000万円以上にのぼる極めて業績の悪い会社であった。

(イ) 暴力団関係者への融資

b土地開発の取締役には,暴力団組長であるJの妻であるL及び右翼団体幹部であるNがそれぞれ就任しており,このことから,b土地開発が,暴力団に関係のある会社であることは明らかであり,その上,本件第1融資にかかる貸付金の資金使途はあいまいであり,これが暴力団に流出することが強く疑われる状況にあった。

(ウ) 保全不十分な融資

a銀行が,b土地開発から,本件第1融資において,担保として徴求した不動産は,別紙物件目録1及び2記載の各土地である。しかし,この担保物件は,時価で評価しても,合計3億6000万円と本件第1融資の貸付金額と同等の価値しかなかった。

a銀行の融資における内規では,担保物件の評価は正常価格(時価)の80パーセントを最高限度とすべきである旨定められており,上記担保物件は,a銀行審査部において,査定率70パーセント,担保価額約2億5400万円と評価されている物件であり,担保物件による保全が明らかに不十分な貸付けであった。

イ 本件第2融資の違法性

本件第2融資の資金使途は,b土地開発の取締役であるLが現に喫茶店等として使用している別紙物件目録3ないし5の各土地及び建物を購入する資金をb土地開発が同女に貸し付けるというものであり,本件第1融資同様,以下のとおり,回収の見込みがなく,a銀行に対し損害を与える危険性の極めて高い違法な融資であった。

(ア) 赤字会社への融資

前記ア(ア)のとおり,b土地開発は,業績の極めて悪い会社であった。

(イ) 暴力団関係者への迂回融資

本件第2融資は,実質的には,暴力団組長の妻であるLに対する迂回融資であった。

(ウ) 保全不十分な融資

本件第2融資に関してb土地開発から提供された担保物件のうち,別紙物件目録3ないし5記載の各土地及び建物については,暴力団組長の妻であるLが占有する物件であり,物件評価額及び担保余力は,約5740万円にすぎない。

また,同じく本件第2融資につきb土地開発から提供された担保物件として旅館の敷地及び建物(別紙物件目録6ないし8記載の各土地及び旅館建物はその一部である。以下これを総称して「f土地建物」という。)があるが,これは閉鎖され荒廃した旅館であり,担保物件としての評価額も合計約5億1273万円にすぎないところ,先順位担保権として6億4000万円の根抵当権が設定されていることから,担保余力のない物件であったことは明らかである。

b土地開発は,a銀行に対し,平成4年11月17日,本件第1融資にかかる貸金債務の弁済として,2億円を支払い,この結果,本件第1融資にかかる貸金債務の残債務額は,1億6000万円となったが,同融資につき担保物件で保全されている額は,約1億1522万円であった。しかしながら,a銀行が,b土地開発に対する本件第2融資に当たり,追加担保として徴求したのは,前記のとおり,合計約5740万円の担保余力しか有しない物件であった。このため,本件第2融資により,a銀行のb土地開発に対する与信額は,3億9000万円となるにもかかわらず,担保物件として徴求された不動産の担保余力の合計は,約1億7260万円にすぎず,約2億1740万円が,担保によって保全されない融資となるに至った。

ウ 本件各融資に関する被告らの責任

被告らは,a銀行の取締役として,同行に対し善管注意義務等を負うものであり,これを融資実行についてみると,法令,定款,同行内部規定を遵守するはもとより,貸付先の資産及び経営状態やその信用の程度を精査し,確実かつ十分な担保を徴求するなど貸付金回収のために万全の措置を講じる義務があるし,各取締役の業務執行を監視し,監督機関である取締役会を通じてこれを監督する義務があるところ,本件各融資の実行に当たり,以下のようにその義務を怠った。

(ア) 被告Aの責任

a 本件第1融資について

被告Aは,本件常務会に先立つ平成4年8月10日,Fから,本件第1融資の概要について説明を受け,本件第1融資が,①従前取引のない相手に対し,新規に貸付けを行ういわゆるトップ貸しであること,②「政界」への誹謗中傷記事掲載を中止させることに協力してもらった見返りという,本来であれば,融資の可否の決定に当たり考慮されるべきでない事由に基づくものであること,③「政界」への誹謗中傷記事掲載の問題が,Fがa銀行内の権力闘争に利用していると疑われていること,④貸付先であるb土地開発の経理状況が良好なものではないこと,といった事実を認識するに至った。したがって,被告Aは,本件第1融資が,a銀行として行うべきでない違法な融資取引であることを十分疑わせる状況であることを認識できたというべきである。

そうであるにもかかわらず,被告Aは,本件常務会において,貸付先であるb土地開発の役員構成,本件第1融資に当たっての担保の徴求状況についての詳細を把握せず,また,これを把握するのに必要な稟議書等の書類の確認をすることなく,本件常務会において,この種の融資はよくあると,本件第1融資を積極的に支持する旨の発言をもして,本件第1融資を承認した。

さらに,被告Aは,本件常務会終了後に常務会付議案件議事録等の本件第1融資に関する一件書類が回付された際,b土地開発が大幅な赤字を抱えていることや担保の保全状況が不十分であることを認識し,また,この段階で本件第1融資に対する承認を拒否し,さらには,改めて取締役会を招集するなどして,本件第1融資を阻止することができたにもかかわらず,その努力を怠り,一件書類に承認の印を押印した。

以上の事実にかんがみると,被告Aにおいて,本件第1融資の承認に当たり,善管注意義務等違反があったことは明らかである。

b 本件第2融資について

被告Aは,本件第1融資が実行された後,b土地開発の取締役として,暴力団組長の妻であるLや右翼団体関係者であるNが就任していることを認識し,本件第2融資の稟議書類にもその旨記載されていたことを認識していた。また,被告Aは,本件第2融資の稟議書類の記載から,b土地開発の決算内容からすれば,同社からの本件第2融資の今後の返済が期待できないこと,徴求されている担保物件は,時価で評価したとしても,担保不足となることを認識していた。さらに,被告Aは,本件第2融資が,通例であれば,常務会を開催して協議の上頭取がその可否を決裁すべき事案であるにもかかわらず,あえて持ち回り決裁という異常な手続で行われていることも認識していた。したがって,被告Aは,本件第2融資における常務会付議案件議事録への承認印の押印を拒否し,あるいは,常務会や取締役会の開催を求めるなどして,本件第2融資の阻止へ向けた努力をすべきであった。

そうであるにもかかわらず,被告Aは,何らこのような手段をとらず,かえって,本件第2融資に関する常務会付議案件議事録に承認印を押捺し,本件第2融資を承認し,もって,本件第2融資を積極的に推進した。このような被告Aの行動が,取締役としての善管注意義務等に違反していることは明らかである。

(イ) 被告Bの責任

a 本件第1融資について

被告Bは,平成4年8月初めころ,被告D及びGから,本件第1融資についての事前相談を受け,b土地開発が暴力団に関係する会社であることなど本件第1融資についての詳細な事実を把握し,本件第1融資が回収可能性に欠け,a銀行に損害を与えることが明らかな違法な融資取引であることを十分に認識していた。

しかしながら,被告Bは,EやFに対し,本件第1融資に反対する旨の意見を述べたり,取締役会を招集するなど,本件第1融資を阻止する行動をとることなく,また,Fが,本件常務会において本件第1融資を上程した際にも,明確な反対意見を述べず,最終的には,本件第1融資を承認し,もって,本件第1融資が実行可能な状況を作り出した。

さらに,被告Bは,本件常務会終了後,本件第1融資の稟議書等一件書類を読み,より具体的な事実を把握することで,本件第1融資が違法なものであることの確信をいよいよ深めたにもかかわらず,取締役会の招集を求めるなど本件第1融資を阻止するための方策をとることなく,漫然と本件第1融資を承認する意思で常務会付議案件議事録に押印し,EないしFをして本件第1融資を実行させた。

以上の事実に照らすと,被告Bに善管注意義務等違反があったことは明らかである。

b 本件第2融資について

被告Bは,同Dから本件第2融資にかかる稟議書等一件書類を受領し,また,Gから本件第2融資につき説明を受けたことにより,本件第2融資が暴力団関係者に対する迂回融資にほかならないこと,約定どおりの返済が期待できないこと,担保による保全も期待し難いことを認識していた。

しかしながら,被告Bは,本件第2融資を阻止するための行動を何らとらず,かえって,Gから,Fが本件第2融資を平成4年11月末日までに実行するよう指示を受けている旨を聞くに及び,E及びFが本件第2融資の実行について了解していると理解し,その意に沿う形で,通常このような問題のある案件では行うはずのない持ち回りの常務会により承認を得ることとし,もって,違法な本件第2融資の実行に積極的に加担したものであり,このような被告Bの行為が,善管注意義務等に違反することは明らかである。

(ウ) 被告Cの責任

a 本件第1融資について

被告Cは,本件常務会において,本件第1融資の提案を初めて聞いたものであるが,本件第1融資が,①従前の取引がない相手方に対し新規に貸付けを行うトップ貸しである上,当時融資が問題視されていた不動産販売業者に対する融資であることから,回収に大いに不安のある危険な融資であること,②「政界」への誹謗中傷記事掲載を中止させることに協力してもらった見返りという,本来であれば,融資の可否を決定するに当たり考慮されるべきでない理由に基づくものであったこと,③「政界」への誹謗中傷記事掲載の問題が,Fがa銀行内の権力闘争に利用していると疑われていること等本件第1融資の問題性及び危険性を認識し,さらに,被告Cは,本件常務会において,被告Bから本件第1融資には先々懸念がある旨の発言があったことも認識していた。そのため,被告Cは,常務会構成員である常務取締役として,本件常務会において,本件第1融資に関する疑問点や不審点を質問するなどして,本件第1融資の安全性,確実性等に関する事実を相当程度確認した上で,本件第1融資を承認するかどうかを判断すべき義務があった。

しかしながら,被告Cは,本件第1融資の可否の決定が直接の担当外の案件で,a銀行の最上層部が本件第1融資の実行を既に了解しているといった自己保身的な理由から,本件常務会において,質問や意見を述べるなどして,本件第1融資の危険性に対する疑問を払拭することなく,漫然と本件第1融資を承認したものであり,このような被告Cの行為が,善管注意義務等違反を構成することは明らかである。

b 本件第2融資について

被告Cは,b土地開発が,貸付金の回収に不安のある相手先であり,かつ,本件第1融資が平成4年9月初旬ころに行われた日本銀行によるa銀行の経営状態に対する調査において問題とされていたことから,本件第2融資もa銀行に損害を与える危険性のある違法な融資取引であることを認識していた。

しかしながら,被告Cは,本件第2融資に関する常務会付議案件議事録が回付される前の平成4年11月ころ,GからFの指示により本件第2融資を実行する旨聞き,また,Fからも本件第2融資の計画について聞いたものの,本件第2融資を阻止するための行動を起こしたり,本件第2融資の安全性や確実性を確認するための行動を一切行わなかった。かえって,被告Cは,Gに対し,本件第2融資を実行することを前提として,本件第2融資に関与した者の立場を守るための方法を示唆し,事実上,本件第2融資を容認するかのような態度をとり,さらに,本件第2融資に関する稟議書等一件書類が回付された際,本件第2融資が,a銀行に損害を与える危険を有する極めて問題のある融資取引であり,本来であれば,持ち回りで決裁すべき案件ではないことを認識しつつ,EやFの意向に沿うという自己保身的な理由で,本件第2融資を承認した。

このような被告Cの諸行動が,善管注意義務等に違反することは明らかである。

(エ) 被告Dの責任

a 本件第1融資について

被告Dは,平成4年8月初めころ,G及びa銀行本店営業部長代理(貸付担当)であったOから,本件第1融資に関する事前相談を受け,本件第1融資が,「政界」の誹謗中傷記事掲載の差止に対する見返り融資であること,本件第1融資を申し入れたe開発は,株式会社g銀行(以下「g銀行」という。)を主たる取引銀行としていたところ,平成4年当時,事業の推進がうまくいっていなかったこと,b土地開発は従前a銀行と全く取引のなかった不動産販売業者である上,Lという暴力団組長の妻が取締役に就任していたといった本件第1融資の問題点を認識し,被告B,F,Eと面談した際,この3名が本件第1融資を実行する方向で動いていることも認識していた。それゆえ,被告Dにおいて,本件第1融資の稟議を上程すれば,これが常務会で承認され,違法な融資が実行されることを十分予見していた。したがって,被告Dは,①審査担当の常務取締役であった被告Bを介して,本件第1融資に関する案件を常務会に付議されることを阻止する,②全常務会構成員に対し,本件第1融資の問題点を指摘し,これを否決するよう働きかける,③取締役会を招集するといった違法な本件第1融資を阻止するための最善の措置をとるべきであった。

しかしながら,被告Dは,a銀行本店営業部に本件第1融資の稟議書等一件書類を返還せず,自らの否決意見及び若干の注意事項を付記した稟議書等一件書類を被告Bに回付し,もって,その後において,本件第1融資の稟議書類と常務会付議案件議事録を常務会構成員である取締役らに回覧の上,承認印を押印することを可能な状態にした。また,被告Dは,取締役会の招集を求めるなど,本件第1融資を阻止するための行動を何らとらなかった。

以上の被告Dの行為は,取締役としての職務を尽くしたものということはできず,善管注意義務等違反に該当するものといわざるを得ない。

b 本件第2融資について

被告Dは,平成4年11月26日,審査部次長Pから本件第2融資に関する稟議書等一件書類の回付を受け,本件第2融資が,実質的には暴力団への迂回融資である上,担保による保全状況が不十分であるともに,返済を裏付ける収入の目処が全くなく,およそ回収することが期待できない融資案件であることを認識するに至った。また,被告Dは,本件第1融資における被告Bの態度から,同被告が本件第2融資に関して,常務会で反対意見を述べるなど,本件第2融資を阻止するための行動をすることはおよそ期待できないことを認識していた。したがって,被告Dは,本件第1融資における場合と同様に,本件第2融資を阻止するための最善の措置をとるべきであった。

しかしながら,被告Dは,本件第2融資の稟議書に自らの意見を記載せずに,審査担当の常務取締役である被告Bに本件第2書類に関する稟議書類一式を回付し,もって,同被告にその後の処理を全面的に委ね,その後も,常務会の構成員,その他の取締役,監査役等に対し,本件第2融資が本件第1融資にもまして違法性の高い案件であることを説明し,実行されることのないよう働きかけるなどの行為を何もせず,漫然と本件第2融資が決裁されて実行されるのを放置したものであり,この被告Dの一連の行動が,善管注意義務等違反を構成することは明らかである。

(被告B,同A及び同Cの主張)

ア 善管注意義務等違反の判断基準

取締役の企業経営に関する判断は,不確実かつ流動的で複雑多様な諸要素を対象とした専門的,予測的,政策的な判断能力を必要とする総合的な判断であり,ある一定の時点で取るべき選択肢が1つであるなどといったことはあり得ない。そのため,取締役の経営に関する判断についての裁量はおのずと広範なものとならざるを得ない。

したがって,取締役の経営判断が,商法規定の善管注意義務等違反に該当するといえるためには,個々の取締役が置かれた個別具体的な状況を十分に考慮した上で,通常の企業人を基準として,裁量権の逸脱があったとまで評価できること,換言すれば,経営判断の前提となる事実の認識に不注意な誤りないし看過し難い過誤があったり,意思決定の過程ないし内容が著しく不合理であったといった事情が認められる場合に限られるというべきである。

イ 本件融資における善管注意義務等違反の不存在

本件各融資において,b土地開発の決算内容の悪さ,取締役に暴力団組長の妻であるLが就任している等,通常の融資案件の融資審査の基準からは,回収可能性に危惧がある融資案件であると考えざるを得ないとしても,以下の事実に照らすと,本件各融資の承認及び実行は,当時の状況においては,一見して違法な経営判断とまで断ずることはできず,また,被告B,同A及び同Cにおいて,本件各融資を承認するという経営判断をしたことが善管注意義務等違反に当たらないことは,明らかである。

(ア) 本件各融資は,a銀行,E等に関する雑誌「政界」の誹謗中傷記事の掲載を中止してもらった見返りという意味合いの政策的な目的の融資であり,a銀行の代表取締役であるFが融資を約束したため,どうしても実行せざるを得ない状況となっていた。

(イ) E及びFの対応を見る限り,本件各融資においては,最終的な決裁権者であるE及びFが,回収可能性に関する危惧を理由とした営業店や審査部からの反対意見があることを十分に承知しつつ,なおかつ政策的な目的を優先させる経営判断から,既に本件各融資の実行を決意して,相手方にも約束をしており,今更翻意する意思のないことが明らかであった。

(ウ) a銀行は,平成4年8月当時,経営状態の悪化から社会的な信用不安状況にあった。また,a銀行やE等に関する雑誌の誹謗中傷記事の掲載が今後いつまで続くのか,どの程度までエスカレートするのかといったことは当時全く不透明であった。さらに,Fが,e開発の代表取締役であるKに依頼したという上記誹謗中傷記事の掲載中止については,どのような経緯からか暴力団まで関与し始めている状況であることが,b土地開発の役員構成から読みとることができた。そのため,もし,a銀行の代表取締役であるFが対外的に約束した本件各融資の実行を撤回したりすれば,それによって混乱が生ずることは必至であり,暴力団による追及などこじれた形でこの問題が表面化すれば,a銀行の信用不安はさらに拡大することが懸念される状況にあった。

(エ) a銀行及びその取締役らに対する誹謗中傷記事の掲載とe開発への掲載中止依頼に起因した金銭要求問題を解決するに当たり,本件各融資に代わりうるような具体的な解決案ないし代替案を想定することができず,また,本件各融資の実行には,時間的余裕がない状況であった。

(オ) a銀行のb土地開発に対する本件第1融資にかかる貸付金3億6000万円とこのうち2億円が返済された後の本件第2融資にかかる貸付金2億3000万円の信用供与合計3億9000万円という金額は,a銀行の平成4年6月当時の総資産額7390億6700万円の0.0528パーセントにすぎなかった。

(カ) 本件第1融資については,貸付金額に見合う時価3億6000万円の不動産担保が徴求されていた。

(被告A及び同Cの主張)

a銀行においては,担当役員制を採用しており,全取締役が全ての業務執行につき同等に責任を負担するという体制にはなかった。このような,担当役員制を採用している以上,当該担当の取締役が適正妥当に職務執行をしていることを相互に信頼することが前提とされるべきである。

被告A及び同Cは,融資審査担当の常務取締役ではなく,融資審査担当の取締役である被告Dや同Bが適正妥当な職務執行をしていると信頼して,職務を行っていたのであり,融資審査担当の取締役らが所要の措置をとっていない以上,担当外であった被告A及び同Cの行動には限界があり,善管注意義務等の負担は,被告B及び同Dよりも軽減されるべきであり,本件各融資の承認過程において,これらの義務に違反したということはできない。

(被告Dの主張)

ア 本件第1融資について

被告Dは,平成4年8月5日,G及びOから本件第1融資について事前相談を受けた際,本件第1融資の問題点を的確に把握し,このような融資取引が認められないことを明確にG及びOに伝え,これに納得しないGを常務取締役である被告Bのところに連れて行き,説得を試みた。被告Dは,その後,本件各融資を強力に進めようとするFに呼び出された際も,明確に本件第1融資に反対する旨主張し,それでも本件第1融資を阻止できないと考え,頭取であったEと直接面会し,本件第1融資の不当性を訴えた。さらに,被告Dは,a銀行の審査部長として,初審審査の担当者であった審査部次長のQに対し,本件第1融資の審査に当たり,上の意向に配慮することなく公正に審査を行うよう指示して適切な意見を書かせるとともに,自らも必要な否決意見を書き込んで,本件第1融資が暴力団の関与した不当なものであることを誰にでも分かるようにした上で,本件第1融資に関する融資稟議書に極めて異例な否決を明示して捺印した。

ところで,本件第1融資のような常務会付議案件の融資取引の場合,通常であれば,融資稟議書等一件書類が本店営業部から審査部初審,審査部長(被告D),審査担当常務取締役(被告B)と順次回付されてその都度融資の適否を審査し,その後,常務会に上程されて審議された上,頭取によってその適否が決定される。そして,常務会における審議の際には,説明資料を常務会参加者らに配布した上,審査部長が出席し,融資稟議書等一件書類に基づき,融資の内容等について説明することになっていた。

したがって,本件第1融資の場合,上記通常の手続に従って常務会が開かれ,被告Dが出席して説明の機会が与えられていれば,稟議書に異例の否決意見を記載した被告Dとしては,当然,本件常務会において,常務会参加者らに対し,本件第1融資が不当であることを説明するはずであった。

しかしながら,本件第1融資については,稟議書等一件書類が被告Dに回付される前に,本件常務会において,被告Dの退席後,Fが,これを緊急に提案し常務会による協議がされ頭取であるEが融資の決定をするという極めて異例な手続がとられた。その結果,被告Dは,常務会参加者らに対し,本件第1融資の問題点を説明する機会を全く与えられなかった。被告Dは,このような異例な手続で本件第1融資の実行が決定されたことを被告Bから聞いて初めて知ったものの,もはやとるべき手段がなかったものである。

このように,被告Dは,本件第1融資を阻止するため,取締役審査部長として可能な限りの方策を尽くしたものであり,善管注意義務等に違反する点は存在しない。

イ 本件第2融資について

(ア) 被告Dは,平成4年11月26日,本件第2融資にかかる融資稟議書等一件書類が何らの事前説明もなく回付された際,初審担当者であったPに対し,特別な配慮をせずに公正に審査を行うよう指示し,Pが審査記録表に記載した否決意見と全く同意見であったことから,被告Bに一件書類を持参して示し,同被告に対し,本件第2融資に反対である旨伝えたが,同被告から,否決意見を書かずに一件書類を渡すよう求められたことから,本件第2融資に反対する意思を示すために,審査記録表の部長捺印欄に押印することなく,一件書類を同被告に手渡し,もって,一件書類を回付した。

(イ) そして,①本件第2融資が,本件第1融資と一連のものであり,本件第1融資と同様に,Fが主導して手続が進められ,Eがこれを了解しているという事情が明らかであったこと,②被告Dが本件第1融資の実行に強硬に反対していたことはE及びFも認識しているところであり,被告Dが本件第2融資についても反対することはE及びFにおいて容易に認識できるものであったこと,③本来であれば,本件第2融資は通常の常務会において協議されるべきところ,被告Bがこれを持ち回り常務会において承認決議を得ることとしたこと,④さらに,通常,持ち回り常務会決議において融資案件の適否を決めるに当たっては,審査部長である被告Dが一件書類をもって常務会参加者らの下を回り,当該融資の内容及び問題点を説明した上で常務会付議案件議事録に承認印を押捺してもらっていたところ,被告Bは,GにFから常務会付議案件議事録の承認印を押捺してもらうよう指示し,Fの承認印を確認の上,自らも承認印に押捺し,その後は,女子職員に一件書類及び常務会付議案件議事録を他の常務会参加者らに回付させ,承認印への押捺を求めたこと,⑤持ち回り常務会においては,Pの否決意見の記載された審査記録表も添付されていたことといった諸事情に照らすと,E,F及び被告Bは,被告Dが本件第2融資に反対であることを熟知しているはずであるし,被告Dは,常務会又は持ち回り常務会決議に当たり承認印を押捺してもらうに当たって,本件第2融資の問題点について各常務らに説明する機会を失った一方,審査記録表を見れば,各常務らにおいて本件第2融資の問題点が明らかになったということができるから,被告Dは,前記(ア)記載の行動以上に,本件第2融資を阻止する措置をとることができなかったし,また,とる必要もなかったというべきである。したがって,被告Dには,本件第2融資の承認ないし実行に当たり,善管注意義務等違反は成立しない。

(3)  善管注意義務等違反と損害との間の因果関係及び損害額

(原告の主張)

ア(ア) 被告らが,本件各融資の実行ないし承認に当たり,前記(2)の原告の主張のとおり,善管注意義務等に違反したことにより,a銀行は,前提事実(7)のとおり,本件各融資において回収不能となった残債権額合計2億8893万9858円を下らない損害を被った。

もっとも,本件第1融資の実行に当たって融資金額から天引きされた680万0200円(利息分669万6000円,印紙代等10万4200円)及び本件第2融資の実行に当たって融資金額から天引きされた利息分101万2000円の合計781万2200円については,本件各融資の実行に当たりa銀行に生じた損害とはいえないとみる余地もあることから,請求額から控除することとする。

(イ) 前提事実(8)のとおり,a銀行から被告らに対する本件損害賠償請求権を譲り受けた原告は,別紙物件目録1記載の土地及び同目録2記載の土地のうち189.32平方メートルにつき,競売を申し立て(和歌山地方裁判所平成10年(ケ)第326号事件),上記各土地は,平成11年6月25日,3960万円で競落され,原告は,平成11年10月19日の配当期日において,前記競売価格のうち2057万3807円の配当を受け,これを本件第2融資の元本に充当した。

(ウ) 原告は,前提事実(8)のとおり,E及びGから本件訴訟による和解に基づき,本件損害賠償請求権の弁済として,合計4531万6200円の支払を受けた。

(エ) Gは,本件訴訟に先立つ当庁平成9年(ワ)第537号事件の株主代表訴訟において,請求を認諾し,平成9年12月4日,a銀行に対し,100万2877円(うち2877円は遅延損害金である。)を支払った。このGの支払の趣旨は,前記株主代表訴訟が,本件各融資のみを対象とするものではないことから,必ずしも明確ではないが,原告の被告らに対する本件請求においては,Gの支払った金員のうち,元本に相当する100万円を控除することとする。

(オ) 以上により,原告の被告らに対する損害賠償請求権の残額は,2億8893万9858円から前記のとおり,利息等差引額781万2200円,競売による配当2057万3807円,E及びGからの支払4531万6200円並びにGからの支払100万円を控除した2億1423万7651円を下ることはない。

イ 被告B及び同Cは,同被告らの後記主張アのとおり,当時とり得たいかなる行動によっても,EやFによる本件各融資の実行を阻止できたとは考えられないから,被告らの行為とa銀行に生じた損害との間には,相当因果関係がない旨主張する。

しかし,本件各融資を強力に進めてきたFにおいても,本件常務会及び本件第2融資にかかる持ち回り常務会決議において本件各融資の実行の承認を求めていたことに照らすと,本件常務会及び持ち回り常務会決議において,本件各融資の実行を否決すれば,本件各融資の実行を阻止することは十分可能であったということができる。

したがって,被告らの善管注意義務等違反行為とa銀行に生じた損害との間の相当因果関係があることは明らかである。

ウ 被告B及び同Cの後記イの主張中,(ア),(ウ)は争い,(イ)のうちb土地開発が前記ア(ア)の利息以外に本件各融資の利息の一部を支払ったことは認めるが,金額及び主張は争う。

エ 被告B,同C及び同Aの主張は争う。

(被告B及び同Cの主張)

ア 相当因果関係の欠如

本件各融資は,常務会付議案件の最終決裁権者である頭取のE及びこれを推進していたFという2人のa銀行の代表取締役が,融資金の回収可能性に関する危惧を理由とした営業店,審査部及び役員らの反対意見があることを十分に承知しつつ,なおかつa銀行及び取締役らに対する誹謗中傷記事の「政界」への掲載を中止してもらう見返りという政策的見地を優先させる経営判断から,既に融資実行を決定し,相手方であるb土地開発にも約束しており,翻意する様子は全くなかったという経過がある。これらの事実に照らすと,被告B及び同Cにおいて,いかなる手段を講じたとしても,本件各融資を阻止することは不可能であったといわざるを得ず,被告B及び同Cに仮に善管注意義務等違反があったとしても,本件各融資によってa銀行に生じた損害との間に相当因果関係はないといわざるを得ない。

イ 損害の填補

(ア) 本件第1融資において徴求された担保物件である別紙物件目録1及び2記載の各土地の評価額は,平成8年9月13日当時,合計5898万4000円とされていた。これに,b土地開発が,平成7年11月に手形交換所の取引停止処分を受けたこと,平成8年当時,不動産市況の長期低落傾向が顕著だったことに照らすと,原告が,a銀行から資産を買い取った直後に担保物件を処分し,本件各融資につき,上記5898万4000円を回収したものである。

(イ) また,b土地開発は,a銀行に対し,本件各融資の利息として,3454万7583円を支払っており,これらも本件各融資によってa銀行に生じた損害に填補されるべきである。

(ウ) また,原告とEとの本件訴訟における和解により,Eが原告に対して負担する残額7400万円の支払義務については,E所有の多くの不動産により担保されており,早晩回収が見込まれる。

以上によれば,本件各融資によってa銀行に生じた損害は,原告の主張額から前記(ア)ないし(ウ)の合計1億6753万1583円については控除されるべきである。

(被告A,同B及び同Cの主張-寄与度に応じた分割責任)

本件各融資については,Fが周囲の反対意見を押し切る形で主体的に推進し,最終決裁権者である頭取のEが,これを承認したという経緯で行われたものであり,被告A,同B及び同Cは,本件各融資に至るe開発ないしKとの交渉にも全く関与していなかった。

ところが,原告は,Fの遺族らを本件訴訟の被告とせず,また,Eとの間では,本件訴訟において,Eが総額1億円を支払うという和解をしたにとどまった。

これらの事実に照らすと,被告A,同B及び同Cにおいて,仮に善管注意義務等違反があり,これとa銀行に生じた損害との間に相当因果関係が認められるとしても,その責任の範囲は,本件各融資に対する寄与度又は現時点で残存する被告A,同B及び同Cの寄与度に応じた割合に限定されるべきである。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本件訴えの適法性)について

a銀行は,前提事実(1),(8)のとおり,平成9年6月27日の定時株主総会において,平成10年1月26日に株式会社紀伊預金管理銀行に対し,営業を全部譲渡し,原告にその余の資産を譲渡する旨の特別決議をし,原告との間で,本件譲渡契約を締結した。他方,弁論の全趣旨によれば,a銀行の株主らのうち一部の者が,本件各融資及びその他の貸付取引について,平成9年6月30日,被告B及びEに対し,a銀行への善管注意義務違反に基づき損害賠償することを請求した株主代表訴訟を提起するとともに(当庁平成9年(ワ)第348号事件),その後同年中に,被告A,同C,R及びSに対し,同行への善管注意義務違反に基づく損害賠償をすることを請求した株主代表訴訟を提起した(当庁同年(ワ)第537号事件)ことが認められる。

株主代表訴訟が提起された場合,会社は,訴訟の対象となった取締役に対する損害賠償請求権等について,上記訴訟に参加することはできるが,訴えを起こすことはできなくなり(商法268条2項参照),和解,放棄,免除といった処分をすることもできなくなると解されるが,およそこの損害賠償請求権等の管理処分権を全て喪失すると解する明文上の根拠はないから,これを譲渡することは,当該譲渡が,取締役を株主代表訴訟から免れさせるなどの特段の事情がない限り,許されると解されるところ,前記各事実によれば,a銀行の被告らに対する本件損害賠償請求権は,本件譲渡契約において譲渡の対象とされたというべきであり,また,本件記録上,前記特段の事情は認められない。

そして,a銀行と原告が別個の権利主体であることからすれば,a銀行の株主が,本件損害賠償請求権に関する株主代表訴訟を提起したとしても,これによって,原告が訴訟追行権を失うということはないというべきである。

したがって,原告の本件請求は,適法であり,これを違法である旨主張する被告A及び同Bの主張は理由がない。

2  争点(2)(被告らの善管注意義務等違反の有無)について

(1)  事実関係

前提事実(1),(4)ないし(6),証拠(甲7,17ないし23,24の1ないし4,25ないし29,30の1ないし9,31,32,46ないし50,58ないし76,乙2,8,19,丙1,被告A,同B及び同D各本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア b土地開発の経営状況及び財務状態等

(ア) b土地開発は,平成元年1月19日,e開発の不動産買付部門が分離独立する形で,資本金3000万円で設立された。b土地開発の設立時において,代表取締役にはKの子であるTが,取締役にはU,暴力団組長であるJ及び右翼団体の幹部であるNが,監査役にはKが選任されたが,同年2月16日にJが取締役を辞任し,これに代わって,Jの妻であるLが取締役に選任された。そして,b土地開発の役員構成は,本件各融資当時においても,同じであった。

(イ) b土地開発は,平成元年10月末決算期においては,売上高0円,当期損失5118万9515円,資本欠損額2118万9515円を,平成2年10月末決算期においては,売上高9億円,当期損失1億0560万4404円(前期繰越損失5118万9515円と合わせて当期未処分損失1億5679万3919円),資本欠損額1億2679万3919円を,平成3年10月末決算期においては,売上高2910万9000円,当期損失1億6494万6178円(前期繰越損失1億5679万3919円と合わせて当期未処分損失3億2174万0097円),資本欠損額2億9174万0097円を,平成4年10月末決算期においては,売上7449万2000円,当期損失1億6744万2681円(前期繰越損失3億2174万0097円と合わせて当期未処分損失4億8918万2778円),資本欠損額4億5918万2778円をそれぞれ計上した。

イ 本件各融資に関する担保の状況

(ア) b土地開発は,本件第1融資に当たり,別紙物件目録1及び2記載の各土地について,a銀行のために根抵当権を設定することとなった。同目録1記載の土地の時価評価額は,5101万8000円,同目録2記載の土地の時価評価額は,3億1194万6000円であり,その合計は,3億6296万4000円であった。そして,a銀行の担保評価額は,時価評価額の約7割であり,同目録1記載の土地が3571万2000円,同目録2記載の土地が2億1836万2000円であり,その合計は2億5407万4000円であった。

(イ) b土地開発は,本件第2融資に当たり,本件第2融資にかかる借入金をb土地開発から借り入れたLが購入する予定である別紙物件目録3ないし5記載の土地及び建物並びにb土地開発所有のf土地建物について,a銀行のために根抵当権を設定することとなった。同目録3記載の土地の時価評価は,1254万9000円,同目録4記載の土地の時価評価は,6943万8000円,同目録5記載の建物の時価評価は0であり(合計8198万7000円),a銀行における同目録3記載の土地の担保評価は,878万4000円,同目録4記載の土地については4860万6000円(合計5739万円)であった。他方,f土地建物の時価合計は7億3247万8000円であり,a銀行における同目録6及び7記載の土地の担保評価額は合計5億1273万4000円であったが,この両土地には,h信用組合のための極度額6億4000万円の根抵当権が先順位で設定されているため,実質的な担保余力はなかった。

ウ 本件各融資の資金使途及び返済方法

(ア) 本件第1融資の資金使途は,e開発所有にかかる別紙物件目録1及び2の各土地の購入資金であるとされ,返済方法ないし財源としては,手持ちの商品物件であるf土地建物の売却代金によるとされていた。

(イ) 本件第2融資の目的は,Lに対する貸付金とされており(ただし,本件第2融資に関する常務会付議案件議事録においては,不動産購入資金とされている。),返済方法は,月額275万円で返済期間は7年間とされていた。

エ 本件第1融資承認までの経過

(ア) 被告Dは,平成4年8月5日ころ,G及びOから,本件第1融資に関する事前相談を受けた。G及びOは,被告Dに対し,Fからの指示を受けて,「政界」がa銀行に対する誹謗中傷記事を掲載するのを止めたことに対する見返り融資として,a銀行のために本件第1融資を実行しなければならない旨説明した。被告Dは,Gが持参したb土地開発の商業登記簿謄本,決算書類等本件第1融資に関する資料を見て,本件第1融資が,b土地開発がe開発所有の土地を購入するための資金を調達するという資金使途であること,e開発の代表取締役であるKとb土地開発の代表取締役であるTが親子であること,暴力団組長であるJの妻であるLがb土地開発の取締役に就任していること,b土地開発がa銀行とこれまで全く取引のないことを知った。そこで,被告Dは,G及びOに対し,取締役審査部長として,本件第1融資を承認することはできない旨述べ,Fの指示で本件第1融資を推進しようとするGと議論となった。

被告Dは,同日,G及びOを連れて,被告Bの下を訪れ,被告Bに対し,前記のような本件第1融資の概要を説明した上,本件第1融資を実行することが不当である旨説明した。被告Bは,同D及びGの説明から,b土地開発の業績が悪いこと,取締役にLという暴力団組長の妻が就任していることを認識し,回収可能性に危惧があるとの認識を有するに至り,当初,Gに対し,被告D同様,本件第1融資に反対する旨述べたが,Gが,Fの指示で本件第1融資を進めていることを説明し,最終的に本件第1融資の可否についての結論を出すには至らなかった。

(イ) 被告B及び同Dは,平成4年8月6日,Fから,「政界」にa銀行に対する誹謗中傷記事が掲載されるところをd出版社の代表者であるVと親しいe開発のKに頼んで掲載を止めてもらったことから,そのお礼としてe開発の子会社に対し融資をする必要がある旨説明を受け,本件第1融資への承認を求められた。これに対し,被告Dは,このような見返り融資はやめてもらいたいと本件第1融資に対し反対する意見を述べた。Fは,このような被告Dの対応に対し,30億円というKの要求を5億円に抑えているし,頭取であるEの了解も得ている旨説明して,本件第1融資を承認するよう強く求めたが,被告Dが,このような政策的な融資をするなら相手に金をやって解決してくださいと述べ,さらに強硬に本件第1融資に反対を続けたため,Fは,このような端金を融資するだけでは済まないと激高するに至った。他方,被告Bは,本件第1融資の回収困難性を認識しつつも,Fの態度から,KとFとの間で本件第1融資を実行することの約束が既にあり,これを断ることは困難であると考え,明確には反対意見を述べなかったが,Fに対し,大蔵省出身の被告Aに本件第1融資の内容や経緯を事前に説明し,了解を求めるよう求めた。

(ウ) 被告Dは,Eに対し,平成4年8月7日ころ,本件第1融資が暴力団(J)が関連する会社に対する見返り融資である旨説明し,これを実行すべきではない旨述べたが,Eは,Gに任せてある旨返答するのみであり,被告Dは,Eが本件第1融資の実行を決定していることを認識し,その旨を被告Bに報告した。

そのころ,被告Bは,Gから,b土地開発への本件第1融資を押し返すことはできず,実行せざるを得ないこと,金額は3億6000万円であること,担保物件は3億6000万円の時価があるとの説明を受け,融資をしなければならないのなら,担保の時価の範囲内にするよう返答した。

(エ) 被告Aは,平成4年8月10日ころ,Fから,以下のaないしhのとおり説明を受け,本件第1融資(ただし,Fは,融資金額は3億5000万円と説明し,また,融資の相手方がb土地開発であることを説明していない。)に対する承認を求められた。これに対し,被告Aは,基本的には本件第1融資を実行すべきではないと思いながらも,Fに対し,これまでの経緯にかんがみると,なにがしかの融資をしなければ,新しい紛争を招きかねず,また,担保物件がしっかりしているので,あえて,本件第1融資には反対しないが,追加融資には絶対応ずるべきではないという条件で本件第1融資を承認すると回答した。

a a銀行の取締役であるIの行状に関する記事が,何度かにわたり「政界」に掲載された。Iは,d出版社を被告として,名誉を毀損されたとして,損害賠償請求訴訟を提起した。

b Fは,Iの提起した前記民事訴訟は,a銀行に悪影響を与えるだけと判断して,平成4年6月ころ,d出版社の代表者であるVと円満な解決を行うため,Vと親しいKに仲介を依頼し,話し合いをした。

c Vは,Iが提起している民事訴訟が取り下げられれば,「政界」にa銀行やその役員らを誹謗中傷する記事を掲載しない旨約束した。そこで,Fは,会長のHやEに対し,Iにd出版社との民事訴訟を取り下げるよう説得するよう依頼した。

d しかしながら,Iが,d出版社に対する民事訴訟を取り下げず,かえって,和歌山県警察の司法警察員に対し,名誉毀損の刑事告訴を行った。

e V及びKは,Iが上記刑事告訴をしたことに立腹したため,Fにおいて事態に対処することが困難となった。そこで,Fは,Eに対し,Kと話し合いをするよう求め,Eは,これに応じて,Kと何度か話し合いをしたが,事態は好転しなかった。

f Fは,Kから,e開発への30億ないし35億円の融資を依頼された。e開発は,約1300億円の資金を投入してゴルフ場を経営したり,住宅地開発を行っており,g銀行が主たる取引銀行となっているが,a銀行とはこれまで取引関係は一切ない。

g Kは,Eに対しても,Fに対するのと同様に,融資の依頼をしたはずであり,これをEが明確に拒絶しなかったため,前記fのとおり,Kは,Fに対し,融資を依頼した。

h Fは,熟考の上,Kの依頼を受けて,融資をせざるを得ないと判断し,Kの子(T)が経営する子会社の不動産会社に対し,融資すると約束した。その不動産会社は,g銀行が丸抱えしている会社で,表面的には経理状況は良好ではないが,g銀行が設定している担保価値のある不動産に対する抵当権を全部抹消して,その不動産をa銀行の貸付金に対する担保として徴求するので,保全上懸念すべき点はない。

Fは,その後,被告Bに対し,被告Aに本件第1融資の内容を説明した旨述べた。

(オ) a銀行本店審査部次長のQは,Oから,平成4年8月10日午後5時過ぎころ,本件第1融資に関する稟議書その他の一件書類を受領した。審査記録表,b土地開発の商業登記簿謄本及び信用調査書などによれば,Qにおいて,b土地開発の取締役に暴力団の組長であるJの妻Lや右翼団体幹部のNが就任していること,資金使途がe開発所有にかかる土地をb土地開発が購入する資金とされているところ,e開発の代表取締役(K)とb土地開発の代表取締役(T)が親子であり,また,b土地開発が当時資本金を大幅に上回る赤字経営であって,真に土地の売買がされるかどうか疑義があること,返済方法がb土地開発所有にかかるf土地建物の売却代金によるとされていたが,いわゆるバブル経済崩壊後の不動産取引が低調になっている時期に通常でも処分困難な旅館の土地建物を売却できるかは疑義がある上,f土地建物自体は,本件第1融資における担保物件として徴求されていないことが認められた。

そこで,Qは,Oに対し,本件第1融資は関係者に暴力団関係者がいるため,承認できない旨述べたが,Oは,本件第1融資を上で決めているためやめることはできないから,取りあえず,稟議を上げるよう求めた。Qは,初審担当者で決裁権が自分にないことから,本件第1融資の審査をし,被告Dに従前受けた指示のとおり,特に本件第1融資が上層部の決定したものであることに配慮することなく,本件第1融資の稟議書に,①従前取引のない相手に対する貸付けであるいわゆるトップ貸しであり融資不適当である,②役員構成より関係者不芳,③資金使途曖昧,④返済財源の時期が不確実であり,返済財源の確認となるべき物件が担保とされていない旨を列挙の上,本来であれば受理し難い案件と思われるにつき上申するとし,本件第1融資を否決すべきであるとの意見を明確に記載した。

(カ) 本件常務会は,平成4年8月11日午前8時30分ころから,E,F,被告A,同B,同C及び常任監査役のMが出席の上開催された。本件常務会の冒頭で,株式会社iに対する融資案件が協議され,通常の常務会における協議の場合と同様,審査部長の被告Dが,説明資料を出席者に配布の上,口頭でその内容を説明し,出席者で協議の上,Eがこれを承認した。

そして,被告Dが退出する際,Fが,①e開発のKに頼んで「政界」にa銀行等に対する誹謗中傷記事を掲載されるのを止めることができたが,そのKから融資の申込みがあり,どうしても融資をしてやらなければならないから了解して欲しい,②融資先はg銀行の取引先であるe開発の関連会社である,③担保はとってある,と口頭でのみ説明し,本件第1融資の承認を求めた。Fは,この際,具体的な貸付先がb土地開発であること,貸付金額,貸付方法,相手方の資金使途,返済方法,具体的な担保物件の説明をせず,また,説明資料は配布されなかった。被告Cは,このFの説明で,初めて,本件第1融資について知ることとなった。

被告Bは,このFの提案に対し,このような融資は後に大蔵省(当時)の検査で問題となるから,慎重に審議すべきである旨意見を述べた。これに対し,被告Aは,このような融資は他の銀行においてもよくある事例であるが,融資の経緯等については,正しく記録しておくべきだと発言した。被告B及び同Aのこれらの意見のほかには特に意見がなかったことから,Eは,e開発はg銀行が大々的に支援しており信用のある会社だからなどと発言し,本件第1融資を承認した。

(キ) 被告Dは,平成4年8月11日の本件常務会から退席した後,Qから,本件第1融資に関する稟議書等一件書類を受領し,同人から本件第1融資の内容について説明を受けた。そして,被告Dは,Qに対し,常務会付議案件議事録の作成を指示する一方,Qの融資稟議書に記載した「役員構成よりみて関係者不芳」の記載の下に「J組暴」と記載し,QからNが右翼団体であるj連合の構成員であるとの説明を受けたことから,信用調査書(法人用)の役員氏名欄の「N」と記載されたところに「kレンゴー(右翼)」と記載(j連合の誤記)し,「L」と記載された右横にも「暴の妻」と記載し,Qが本件第1融資に反対する趣旨の意見を記載した稟議書の結論欄に押印し,所管部の部長欄に「否」と記載し,その下に押印し,被告Bに対しこれらの一件書類を決裁に上げた。

被告Dは,その後,被告Bから,本件第1融資が本件常務会において承認されたことを聞いた。

(ク) 被告Bは,本件第1融資にかかる稟議書等一件書類を受領し,審査記録表の役員決裁欄には押印せず,常務会付議案件議事録の役員決裁欄に押印した。そして,E,F,被告A,同C,Mも常務会付議案件議事録に押印したが,稟議書等一件書類は他の常務会参加者には回覧されなかった。

(ケ) 以上のとおり,本件常務会での承認を受けて,a銀行は,b土地開発に対し,平成4年8月18日,本件第1融資を実行した。

オ 本件第2融資承認までの経過

(ア) a銀行は,平成4年9月ころ,日本銀行による調査を受けた。この調査の際,本件第1融資が問題とされ,暴力団関連会社に対する融資であることやいわゆる見返り融資であるという問題点が指摘された。そして,被告Aは,Gからこの日本銀行による調査の内容について報告を受け,初めて,本件第1融資の相手方であるb土地開発が暴力団と関連を有する会社であるとの認識を有するに至った。

(イ) b土地開発は,別紙物件目録2記載の土地の一部(330.58平方メートル)を2億3500万円で売却し,a銀行に対し,その売却代金のうち2億円を本件第1融資の弁済として支払った。そして,a銀行(決裁者は被告B)は,同月17日,この支払を受けて,本件第1融資の貸出条件を変更し,売却された同土地の一部について担保解除した。その結果,本件第1融資にかかる貸金残債権額は1億6000万円となり,残りの担保物件の担保価格は1億1522万6000円となった。

(ウ) その一方,Tは,Oに対し,平成4年11月初めころ,別紙物件目録3ないし5記載の各不動産を担保にして,JないしLに融資するよう依頼したが,Oはこれを拒絶した。Gは,同月12日,Fから,b土地開発が本件第1融資につき2億円を返済するが,それに見合う融資をもう一度してもらいたい旨の指示を受け,同月18日,Fから再度b土地開発への追加融資を同月30日までに行うよう指示を受けた。そこで,Gは,本件第2融資に関する融資稟議書,審査記録表,稟議補充用紙,担保土地調査表を作成の上,同月25日,融資稟議書等一件書類を本店審査部に上申した。

(エ) a銀行本店審査部次長のPは,平成4年11月26日,本件第2融資にかかる融資稟議書等一件書類を受領し,被告Dのいろいろ配慮せず普通どおりの審査をするようにとの指示を受け,審査記録表に,①役員所有不動産購入資金のための借入れであり商法265条に抵触する,②平成3年10月期の決算内容から判断すると返済不可,③返済は購入物件の収益次第だが現状では困難である,④入担物件の処分性,企業内容等を勘案すると保全が脆弱である旨を記載し,さらに,結論として,企業内容,入担物件の処分性,また法人設立の経緯等を総合的に判断し,回避したい案件であると記載し,本件第2融資の実行に反対であることを明確に示した上,これら一件書類を被告Dに決裁のために上げるとともに,物件の処分性に欠けること,資金使途が曖昧であること,保全面が弱いことから融資すべきでない旨説明した。

(オ) 被告Dは,本件第2融資に関する一件書類を確認の上,被告Bに直接一件書類を持参し,本件第2融資の稟議が上がってきたが到底承認できるものではないと述べた上,被告Bと対応を協議しようとしたが,被告Bは,被告Dに対し,融資に反対であるなら決裁印を押印せずに一件書類を渡すよう求めた。被告Dは,この被告Bの依頼に応じて,一件書類に押印することなく,これを被告Bに交付した。

(カ) 被告Bは,本件第2融資の稟議を本店審査部に上げたGから,本件第2融資がFの指示により進められており,平成4年11月末日までに実行されなければならないこと,担保物件のうち別紙物件目録3ないし5記載の各不動産は,Lが所有することになる物件であるとの説明を受けた。また,被告Bは,本件第2融資に関する一件書類を検討し,本件第2融資が,2億3000万円をb土地開発がLに貸し付けるという迂回融資であることが明白なものであることを認識した。

被告Bは,本件第2融資を同月末日までにしなければならないというGの説明を受け,本件第2融資につき持ち回りの常務会で決裁を受けることを決め,Gに対し,常務会付議案件議事録にFの承認印をもらってくるよう指示した。Gが,Fから常務会付議案件議事録に承認印を得た後,被告Bは,常務会付議案件議事録に承認印を押捺した。

(キ) 被告Cは,平成4年11月ころ,Gからb土地開発に再び融資を行うようFから指示を受けたと聞き,Gに対し,融資の経緯を記録するとともに,担保,保証人等を確実にして問題が起こらないようにしておくよう指示した。その後,被告Cは,Fから,b土地開発が本件第1融資にかかる貸付金のうち2億円を返済した旨聞いた。

被告Cは,同月末ころ,本件第2融資にかかる常務会付議案件議事録及び稟議書等一件書類の回付を受け,これを持参した秘書から決裁を求められた。被告Cは,常務会付議案件議事録の債務者名にb土地開発と記載されていること,融資額が2億3000万円であること,被告Bの承認印が押捺されていることのみを確認し,その他の記載や一件書類に目を通すことなく,常務会付議案件議事録に承認印を押捺し,これらの書類を秘書に渡した。

(ク) 被告Aは,平成4年11月末ころ,秘書から本件第2融資にかかる常務会付議案件議事録及び稟議書等一件書類の回付を受け,決裁を求められた。被告Aは,稟議書その他一件書類を見て,常務会付議案件議事録に被告Bの承認印が押捺されていることを確認の上,常務会付議案件議事録に承認印を押捺し,これらの書類を秘書に渡した。

(ケ) Eは,平成4年11月30日,本件第2融資にかかる常務会付議案件議事録に承認印を押捺し,もって,本件第2融資の実行を承認し,a銀行は,同日,b土地開発に対し,本件第2融資を実行した。

(2)  本件各融資の回収可能性及び違法性の有無について

ア 本件第1融資について

(ア) b土地開発は,前記(1)ア(イ)認定のとおり,平成元年1月19日の設立後,3期連続して決算期において未処分損失を計上し,本件第1融資直近の平成3年10月期決算においては,当期未処分損失3億2174万0097円を計上し,その損失額は,資本金3000万円の10倍を超えるに至った。

また,証拠(甲20,60,63,72,73,75,被告D本人)及び弁論の全趣旨によれば,いわゆるバブル経済の崩壊により,本件第1融資のされた平成4年8月の時点では,不動産の価格の下落が既に始まっていたことが認められ,これによれば,不動産販売等を業とするb土地開発の業績が好転する可能性も低かったと認められる。

以上によれば,b土地開発の経営状況及び財務状況からみれば,本件第1融資は回収可能性に欠けるものであったというほかない。

(イ) 前記(1)ア(ア),ウ(ア)認定のとおり,本件第1融資の資金使途は,e開発所有の別紙物件目録1及び2記載の各土地の購入資金とされていたが,e開発の代表取締役であったKとb土地開発の代表取締役であったTとが親子であることからすれば,本件第1融資の資金使途が前記各土地の購入資金であるという点には疑いが残る。また,前記(1)ウ(ア)認定のとおり,本件第1融資の返済方法ないし財源として,b土地開発所有にかかるf土地建物の売却代金によるとされていたが,前記(ア)認定のとおり,バブル経済の崩壊により不動産価格が下落を始めていたことに加えて,前記(1)イ(イ)認定の事実及び甲28によれば,f土地建物で経営されていた旅館が約10年という長期間にわたり閉館されていたこと及びh信用組合のために極度額6億4000万円の根抵当権が設定されていたことが認められ,この事実に照らすと,この旅館の土地建物が売却される可能性も極めて低かったということができ,返済方法ないし財源については根拠を欠くものであったといわざるを得ない。

(ウ) b土地開発は,前記(1)イ(ア)認定のとおり,本件第1融資に当たり,時価合計3億6296万4000円の別紙物件目録1及び2の各土地につき,a銀行のために根抵当権を設定している。しかし,前記(1)イ(ア)認定のとおり,a銀行における前記各土地の担保としての評価額は時価の7割に相当する2億5407万4000円にとどまり,本件第1融資の貸付金額3億6000万円に満たないものである上,前記(ア)認定のとおり,平成4年8月当時は既に不動産価格の下落が始まっており,このことに照らすと,その担保価値の下落も予測できたこと,さらに,前記(1)ア(ア)認定のとおり,b土地開発の取締役には,暴力団組長Jの妻であるL,右翼団体幹部であるNが就任していたほか,J自身が同社の設立時の取締役であったことからすれば,a銀行がb土地開発所有にかかる前記各土地につき前記根抵当権を実行しようとした場合にJ傘下の暴力団構成員やN所属の右翼団体による競売妨害が行われることは容易に予測でき,その結果,競売による売却代金はさらに低下する可能性が極めて高いことといった諸事情に照らすと,前記各土地を担保として徴求したとしても,本件第1融資に対する担保としては極めて不十分なものであったといわざるを得ない。

(エ) 以上のとおり,b土地開発の経営状況からみれば,同社がその営業活動によって本件第1融資を返済する可能性はなく,また,同社が予定した返済方法ないし財源についても根拠を欠くものであったというほかなく,さらに,本件第1融資のための担保徴求も不十分なものであったことからすれば,本件第1融資は,回収可能性に欠ける違法な融資であったというほかない。

イ 本件第2融資について

(ア) b土地開発は,前記ア(ア)説示のとおり,その経営状況は極めて悪いものであった上,前記(1)ア(イ)認定のとおり,本件第2融資直近の平成4年10月期決算においても,当期損失だけで1億6744万2681円を計上し,前記繰越損失と合わせた当期未処分損失は4億8918万2778円にのぼり,経営状況は好転するどころか悪化の一途を辿っていたのであり,到底,同社の営業活動から本件第2融資を返済することは不可能であった。

(イ) また,前記(1)ウ(イ)のとおり,本件第2融資の資金使途は,b土地開発の取締役であるLに対する貸付金とされており,これに前記(1)ア(ア)認定のとおり,Lが暴力団組長の妻であることを併せると,本件第2融資は実質上暴力団への迂回融資であることが明らかであり,その回収可能性に欠けるとみるほかない。

(ウ) 前記(1)イ(イ)認定のとおり,本件第2融資に当たりa銀行がb土地開発から徴求した担保物件の担保評価額合計は,5739万円にとどまり,これ自体本件第2融資の貸付金額2億3000万円に比べてはるかに低いものである上,前記(1)イ(イ)認定のとおり,担保として価値のある別紙物件目録3ないし5の各物件は,L所有の物件であり,これに前記(1)ア(ア)認定のとおり,Lが暴力団組長の妻であること,また,前記(イ)説示のとおり,本件第2融資が実質上暴力団への迂回融資であることを併せると,前記各物件の競売や任意売却による貸付金の回収は,暴力団の妨害が容易に想定され,極めて困難なものであったといわざるを得ない。

(エ) 以上のとおり,b土地開発は,その営業活動からの返済が到底期待できないような経営状況であった上,本件第2融資自体が実質上暴力団への迂回融資であること,また,担保物件の価値が極めて低い上,その実行等による債権回収も暴力団の妨害が予測され困難であることに照らすと,本件第2融資も,本件第1融資と同様,回収可能性に欠ける違法な融資であるというほかはない。

(3)  本件第1融資に関する被告らの善管注意義務等違反の成否

ア 被告Aについて

(ア) 被告Aは,前記(1)エ(エ)認定のとおり,本件常務会に先立ち,Fから,本件第1融資につき,「政界」へのa銀行や役員らに対する誹謗中傷記事掲載を中止させることに協力したKに対する見返り融資であること,これまでa銀行と取引関係のなかったe開発の関連会社で,g銀行が丸抱えしている会社(ただし,具体的な会社名は出されていない。)に対する融資であり,この会社は表面上は経理状況は良好ではないが,担保価値のある不動産を担保として徴求する旨の説明を受けた。そして,被告Aは,前記(1)エ(カ)認定のとおり,本件常務会の際,説明資料の配布もなく,また,本来説明すべき審査担当取締役である被告Dの説明のない状況において,Fが,口頭で,本件第1融資について,「政界」にa銀行への誹謗中傷記事が掲載されることを中止するのに協力したKの依頼による融資であること,融資先がg銀行の取引先であるe開発の関連会社であること,担保はとってあるとの説明をしたが,具体的な貸付先の名前,貸付金額,貸付方法,相手方の資金使途,返済方法,具体的な担保物件の説明をすることなく,本件常務会においてその承認を求めていることを認識していた。

以上のような状況において,被告Aは,a銀行の専務取締役にして常務会構成員として,本件第1融資の適否を判断するに当たっては,最低限,融資先の信用状態等について,質問したり,必要な資料を徴求し,検討した上で,本件第1融資について承認するか否かを判断すべき義務があったというべきである。

(イ) しかしながら,被告Aは,前記(ア)説示のFの説明のみで,他に何らの資料を徴求したり質問したりすることなく,本件常務会において,前記(1)エ(カ)認定のとおり,本件第1融資のような融資は他の銀行においてもよくある事例であるが,融資の経緯等については,正しく記録しておくべきだと,実質的に本件第1融資を承認する趣旨の発言をしたものであり,このような被告Aの行為は,取締役としての善管注意義務等に違反したものといわざるを得ない。

イ 被告Bについて

(ア) 被告Bは,前記(1)エ(ア)認定のとおり,本件常務会に先立ち,被告D及びGから,本件第1融資につき説明を受け,b土地開発の業績が悪い上に,取締役に暴力団組長の妻であるLが就任していることを認識し,本件第1融資の回収可能性に危惧を抱いていた。

被告Bは,前提事実(1),(3)のとおり,審査部を担当し,常務会付議案件となる融資取引の適否を検討する職責を担う常務取締役として,上記のような認識を有していた以上,少なくとも,本件第1融資を実行するか否かが決定される本件常務会において,本件第1融資の問題点を指摘の上,明確に反対意見を述べ,常務会に参加した他の常務会構成員らに対し,本件第1融資の問題性を伝えるなどして,本件第1融資を阻止するための最善の措置をとるべき義務があったというべきである。

(イ) しかしながら,被告Bは,前記(1)エ(カ)認定のとおり,本件常務会において,Fの提案の直後に,本件第1融資のような融資は後に大蔵省(当時)の検査で問題となるから,慎重に審議すべきである旨意見を述べたものの,その後は特に意見を述べず,前記説示のとおり,自らが認識していた本件第1融資の貸付先であるb土地開発の業績が悪いことや同社が暴力団と関連しているといった本件第1融資の問題点を何ら指摘しなかったものであり,このような被告Bの行為は,取締役としての善管注意義務等に違反したものといわざるを得ない。

ウ 被告Cについて

(ア) 被告Cは,前記(1)エ(カ)認定のとおり,本件常務会において,説明資料の配布もなく,また,本来説明すべき審査担当取締役である被告Dの説明のない状況において,Fが,口頭で,本件第1融資について,「政界」にa銀行への誹謗中傷記事が掲載されることを中止するのに協力したKの依頼による融資であること,融資先がg銀行の取引先であるe開発の関連会社であること,担保はとってあるとの説明をしたことにより,本件第1融資について知ったが,具体的な貸付先の名前,貸付金額,貸付方法,相手方の資金使途,返済方法,具体的な担保物件の説明を受けることなく,本件常務会においてその承認を求められていることを認識した。

以上のような状況において,被告Cは,融資審査を担当していないものの本件常務会に参加した常務取締役として,少なくとも,本件第1融資の貸付先の信用状態等について,質問したり,必要な資料を徴求し,検討した上で,本件第1融資について承認するか否かを判断すべき義務があったというべきである。

(イ) しかしながら,被告Cは,前記(1)エ(カ)認定のとおり,本件第1融資に関する資料を徴求したり,質問をしたりすることなく,本件常務会における本件第1融資の協議において,何らの意見も述べず,本件第1融資が承認されるのを黙認したというほかなく,このような被告Cの行為は,取締役としての善管注意義務等に違反したものといわざるを得ない。

エ 被告Dについて

原告は,被告Dが,本件第1融資が違法であること及びこれをそのまま稟議手続に乗せたり,放置すれば,違法な融資が実行されることを認識しつつ,本件第1融資を阻止する措置を怠り,漫然と被告Bに本件第1融資に関する稟議書等一件書類を回付し,その後もこれを阻止するための最善の手段をとらなかったことにより,同被告につき善管注意義務等違反が成立する旨主張する。

(ア) 被告Dは,前記(1)エ(ア)ないし(ウ),(オ)ないし(キ)認定のとおり,G及びOから本件第1融資の事前相談を受けた際に,本件第1融資がb土地開発がe開発所有の土地の購入資金を資金使途としている一方,e開発の代表取締役であるKとb土地開発の代表取締役であるTが親子であること,暴力団組長の妻であるLがb土地開発の取締役に就任していること,b土地開発とa銀行はこれまで全く取引がなかったことを認識し,G及びOに対し,本件第1融資を承認することはできない旨述べるとともに,審査担当の常務取締役である被告Bにも本件第1融資の問題点を説明してこれを承認すべきではない旨意見を述べ,その後,Fから本件第1融資を承認するよう要求された際にもこれを拒絶し,さらに,頭取であるEに対しても,本件第1融資が暴力団の関連会社に対する見返り融資である旨説明し,これを実行すべきではない旨意見具申したものであり,さらに,本件常務会後とはいえ,本件第1融資に関する稟議書等の一件書類の回付を受けた際,Qの記載した反対意見をさらに補足し,明確にする趣旨の記載を追加した上,所管部の部長欄に「否」と記載しその下に押印して,本件第1融資に反対する旨を明確にした。

(イ) 被告Dは,取締役審査部長として融資の可否を判断する職責を有しているが(前提事実(1),(3)),前記(ア)のとおり,本件第1融資の問題を認識した上,一貫してこれを実行しないために,行動をしたものであるから,その職責を全うしたというべきである。よって,被告Dの行為に善管注意義務等違反となる点は認められない。

(ウ) 原告の主張に対する判断

原告は,被告Dは,①本件第1融資にかかる稟議書を決裁に上げず,上申してきたa銀行本店営業部に返還する,②全常務会構成員に対して本件第1融資の問題点を詳細に指摘してこれを否決するよう働きかける,③取締役会の招集を求めるなど,あらゆる手段を講じて,本件第1融資を阻止すべきであるところ,そのような行為を怠った善管注意義務等違反があると主張する。

しかし,甲12によれば,常務会はa銀行の経営に関する重要な事項について審議を行い,頭取が審議の結果を踏まえてこれを決定するという制度であることが認められ,その後にされる常務会付議案件議事録への承認印の押捺自体が常務会における承認手続であることを認めるに足りる証拠はないから,たとえ説明資料の配布などがない場合でも,常務会において審議され,頭取がこれを決定した時点で,常務会における承認手続は終了したとみるべきである。

そして,前記(1)エ(キ)認定のとおり,被告Dが本件第1融資にかかる稟議書をQから受領したのは本件常務会から退席した後のことであり,これを被告Bに回付したのは本件常務会において本件第1融資が承認された後のことであるから,仮に被告Dが稟議書を決裁に上げなかったとしても,本件常務会により本件第1融資が承認されたという結果に差異はないから,原告の前記①の主張のとおり,被告Dが稟議書を決裁に上げなかったとしても,本件第1融資を阻止することはできなかったといわざるを得ない。

また,仮に,本件第1融資が承認されたのが,本件常務会においてではなく,本件第1融資にかかる常務会付議案件議事録に常務会構成員の承認印が押捺された時であると解したとしても,証拠(甲12,60,63,被告D及び同B各本人)によれば,常務会付議案件は,最終的には頭取に決裁権限があり,仮に審査部において融資否決の意見を付したとしても,常務会においてその結論が覆される可能性もあったと認められ,これによれば,問題のある融資について,稟議書の受理を拒否してこれを営業店に返還させるという実務慣行があったとしても,この慣行を無視して上申された稟議を被告Dにおいて決裁に上げないという措置をとる権限があったとまでは認められない。

したがって,被告Dには,本件第1融資にかかる稟議書を決裁に回さず,a銀行本店営業部に返還するという義務はなかったというべきである。

よって,原告の前記①の主張は理由がない。

また,前記のとおり,被告Dが本件第1融資にかかる稟議書等の一件書類を受領したのが本件常務会から退席した後であることからすれば,被告Dが,それ以前の段階すなわち資料を欠く状態で,常務会構成員に対して本件第1融資の問題点を指摘して,これを反対するよう働きかけることは事実上不可能であったということができるから,そのような義務があったということもできない。したがって,原告の前記②の主張も理由がない。

また,原告の前記③の主張についてみると,証拠(甲8,11)によれば,a銀行の取締役会は定款及び取締役会規定により,頭取に招集権があると定められていることが認められ,頭取以外の取締役が取締役会を招集するには,まず,頭取に対し,会議の目的である事項を記載した書面を提出して取締役会を招集するよう請求し,この請求の日から5日以内に頭取が請求の日から2週間以内の日を会日とする取締役会招集通知を発しない場合に,初めて当該取締役において取締役会を招集することが可能となる(商法259条2項,4項)。この場合,取締役会を招集するには,原則として,会日の7日前に各取締役及び各監査役に対して招集通知を発しなければならず(同法259条の2,取締役会規定6条《甲11》),緊急の必要性がある場合にはこれを短縮することができる(取締役会規定6条《甲11》)としても,この場合の取締役会招集に当たっては取締役及び監査役全員が出席できるだけの時間的な余裕を持たせる必要があると解される。

これを本件についてみると,前提事実(5),前記(1)エ(カ),(キ),(ケ)認定のとおり,本件常務会が開催され,また,被告Dに本件第1融資にかかる稟議書等一件書類が回付されたのが平成4年8月11日であり,本件第1融資が実行されたのが同月18日であり,その間は7日間しかない。そして,自ら本件第1融資を承認したEが,被告Dからの取締役会招集請求に対し,5日以内に取締役会招集通知を発するとは考え難いことに照らすと,被告Dが本件第1融資を阻止するために取締役会を招集しようとしたとしても,被告D自身が取締役会の招集をすることができるのは,頭取への招集請求から5日を経過した後(同月11日にEに取締役会招集請求した場合には同月16日経過時)のことであり,そこからさらに,各取締役及び監査役全員が出席できる時間的な余裕を持たせて取締役会を招集したとしても,本件第1融資が実行される前に取締役会を開催し,本件第1融資を阻止するための討議をすることは事実上不可能であったといわざるを得ない。したがって,被告Dにおいて,本件第1融資を阻止するために,取締役会を招集する義務があったということはできないから,原告の前記③の主張も理由がない。

(4)  本件第2融資に関する被告らの善管注意義務等違反の成否

ア 被告Aについて

(ア) 前記(1)オ(ア),(エ),(ク)認定のとおり,被告Aは,平成4年9月ころ,Gから,このころ行われた日本銀行によるa銀行に対する調査において,本件第1融資が暴力団関連会社に対する融資であることや見返り融資であるという問題点が指摘された旨報告を受け,本件第1融資の相手方であるb土地開発が暴力団と関連を有する会社であることを知り,同年11月末ころ,本件第2融資にかかる常務会付議案件議事録及び稟議書等一件書類の回付を受け,本件第2融資が持ち回りの常務会決議で承認され実行されようとしていることを知るとともに,一件書類を見て,本件第2融資が,商法265条に抵触する役員所有不動産購入資金のための借入であること,b土地開発の平成3年10月期の決算内容からすれば返済は不可能であること,購入物件の収益からの返済も現状では困難であること,担保物件の処分性,企業内容等からすると保全が脆弱であることなど前記(2)イ説示のとおり本件第2融資が回収可能性に欠ける違法な融資であること及びa銀行本店審査部においては本件第2融資の実行には反対であること等を認識し又は認識することができた。

以上のような状況において,被告Aは,常務会の構成員である専務取締役として,常務会付議案件議事録に承認印を押捺することを拒絶し,さらには常務会の開催を頭取であるEに求めるなどして,本件第2融資を阻止するための行動をすべき義務があったというべきである。

(イ) しかしながら,被告Aは,前記(1)オ(ク)認定のとおり,常務会付議案件議事録に被告Bが承認印を押捺していることから,漫然と自らも同議事録に承認印を押捺し,もって本件第2融資を承認したものであり,この被告Aの行為は,取締役としての善管注意義務等に違反するものといわざるを得ない。

イ 被告Bについて

(ア) 被告Bは,前記(1)オ(オ),(カ)認定のとおり,被告Dから本件第2融資に関する一件書類を渡されるとともに,被告Dから本件第2融資は到底承認できるものではないとの意見を聞くとともに,Gから,本件第2融資の担保物件の中にはL所有にかかる物件があることを聞き,さらに,一件書類を検討し,本件第2融資が2億3000万円をLに貸し付けるという実質的には迂回融資であることを認識したほか,前記(2)イ説示のとおり本件第2融資が回収可能性に欠ける違法な融資であることを少なくとも認識し得るに至った。

また,前提事実(3)及び証拠(甲60,61,被告D本人)によれば,常務会付議案件であっても決裁に急を要しかつ問題点のない案件であれば,持ち回り常務会決議の方法により決裁を得ることがあること,常務会付議案件を通常の常務会の手続において審議するか持ち回り常務会決議の方法で承認を得るかは審査担当常務取締役であった被告Bと取締役審査部長であった被告Dとの協議で決定されるのが通例であること,持ち回り常務会決議で融資の承認がされる場合には,被告Dが一件書類及び常務会付議案件議事録を持参の上,各常務会構成員に対し,説明をし,承認を求めるという手続がとられていたことが認められる。

以上の事実関係の下で,被告Bは,前提事実(1),(3)のとおり,審査部を担当し,常務会付議案件となる融資取引の適否を検討する職責を担う常務取締役として,本件第2融資を通常の常務会において審議されるようにし,通常の常務会において,本件第2融資に反対するなど,本件第2融資を阻止するための行動をとるべき義務があったというべきである。

(イ) しかしながら,被告Bは,前記(1)オ(カ)認定のとおり,Fから平成4年11月末日までに本件第2融資を実行するよう指示があったとのGの言葉を聞き,本件第2融資が前記(ア)説示のとおり問題を有していたにもかかわらず,これを持ち回り常務会決議の方法で承認を得ることを決め,さらに,Gに対し,先にFから常務会付議案件議事録の承認印を得るよう指示し,これを得た上で,自らも常務会付議案件議事録に承認印を押捺し,本件第2融資を押捺したものであり,このような被告Bの行為は,本件第2融資を阻止するどころかかえってこれを推進するものであるといわざるを得ず,取締役としての善管注意義務等に違反するものであることは明らかである。

ウ 被告Cについて

(ア) 前記(1)オ(キ)認定のとおり,被告Cは,平成4年11月末ころ,本件第2融資にかかる常務会付議案件議事録及び稟議書等一件書類の回付を受けたのであり,本件第2融資が持ち回り常務会決議の方法で承認されようとしていることを認識するとともに,この一件書類を検討すれば,本件第2融資が前記(2)イ説示のとおり,回収可能性の極めて低い違法な融資であることを容易に認識することができた。

被告Cは,このような状況において,融資審査を担当していないものの常務会構成員である常務取締役として,本件第2融資にかかる稟議書等一件書類を検討して,その問題性を把握した上で,常務会付議案件議事録に承認印を押捺することを拒絶し,さらには常務会の開催を頭取であるEに求めるなどして,本件第2融資を阻止するための行動をすべき義務があったというべきである。

(イ) しかしながら,被告Cは,前記(1)オ(キ)認定のとおり,常務会付議案件議事録の債務者名,融資金額及び被告Bの承認印が押捺されていることのみを確認しただけで,その余の部分について目を通すこともなく,常務会付議案件議事録に承認印を押捺して,本件第2融資を承認したものであり,このような被告Cの行為は,取締役としての善管注意義務等に違反したものといわざるを得ない。

エ 被告Dについて

(ア) 原告は,被告Dは,本件第2融資が違法であること及びそのまま稟議手続に乗せたり,放置すれば,被告Bの本件第1融資における対応から,被告Bが本件第2融資を阻止するための行動をとることなく,違法な融資が実行されることを認識しつつ,本件第2融資を阻止する措置を怠り,自らの意見を稟議書に記載することなく被告Bに本件第2融資に関する稟議書等一件書類を回付し,その後の処理を被告Bに委ね,その後も何ら本件第2融資を阻止するための措置をとらなかったものであり,このような被告Dの行為は,取締役としての善管注意義務等に違反するものである旨主張する。

(イ) 被告Dは,前記(1)オ(エ),(オ)認定のとおり,Pから本件第2融資にかかる稟議書等一件書類の回付を受けるとともに,担保物件の処分性に欠けること,資金使途が曖昧なこと,保全面が弱いことから,本件第2融資を実行すべきではないとの説明を聞き,稟議書等一件書類を確認した上,自らも本件第2融資を承認すべきではないと考え,被告Bに直接一件書類を持参の上,その旨意見を述べて,被告Bと対応を協議しようとしたところ,被告Bから,融資に反対であるなら決裁印を押印せずに一件書類を渡すよう求められ,これに応じて,押印せずに一件書類を被告Bに手渡した。

これに,前記イ(ア)及び(1)エ(カ)認定のとおり,通常の常務会において融資の可否を審査するに当たっては,説明資料を配布し,被告Dが常務会に出席して説明していたこと,持ち回り常務会決議の方法が用いられるのは,融資が急を要しかつ問題のない場合であること,融資の承認を得るに当たり持ち回り常務会決議の方法によるか通常の常務会の審議によるかは通常被告Bと被告Dの協議で決められていたこと,融資の承認を持ち回り常務会決議の方法によって得る場合には,被告Dが一件書類及び常務会付議案件議事録を持参して各常務会構成員に対し説明し承認を求めるのが通例であったこと,本件第1融資にかかる本件常務会においては,Fが一件書類を欠いていたにもかかわらず,自ら口頭で説明し,承認を求めるという極めて異例な経過であったことを併せると,被告Bが上記のような通常の取扱いを曲げて,前記(1)オ(カ)認定のとおり,本件第2融資の承認を持ち回り常務会決議の方法で得ようとし,さらに,被告Dにその説明をさせる機会を与えないようにするといった事態は容易に想定できなかったというべきである。

以上によれば,被告Dは,審査担当の常務取締役である被告Bに対し,本件第2融資に明確に反対する旨を伝えた以上に本件第2融資を阻止するための行動をする機会を被告Bに奪われたというべきであり,このような経緯に照らすと,被告Dに取締役としての善管注意義務等違反は認められないというべきである。

(ウ) 原告の主張に対する判断

原告は,被告Dが,本件第2融資にかかる稟議書に自らの意見を記載することなく,被告Bにこれを回付して,その後の処理を全面的に委ね,さらに,その後も常務会の構成員,その他の取締役,監査役等に対し,本件第2融資を阻止するために働きかけをしなかったことが,善管注意義務等違反を構成する旨主張する。そして,証拠(甲60,被告B本人)には,被告Dが本件第2融資にかかる稟議書に判をつかずに渡したいと被告Bに言ったので,それを了承したとする被告Bの陳述記載及び供述部分がある。

しかし,甲76によれば,被告Dが被告Bに本件第2融資にかかる稟議書等一件書類を渡した日に,被告DがPに対し,被告Dが被告Bから,否決意見なら判をつかずに回して欲しい旨言われたと話したことが認められ,これと反する被告Bの前記陳述記載及び証言部分は採用することができず,被告Dは,前記(1)オ(カ)認定のとおり,被告Bの要請に従い,本件第2融資にかかる稟議書に決裁印を押すことなく,これを被告Bに手渡したものとみるほかない。したがって,被告Dが自ら決裁印を押さず,否決意見を明確にしなかったことを前提とする原告の主張は採用することができない。

そして,前記(イ)説示のとおり,被告Bがとった本件第2融資を持ち回り常務会決議の方法で承認を得るという異例の措置により,被告Dが,常務会構成員らに対し,本件第2融資の問題点を説明する機会を奪われた状況の下で,本件第2融資が持ち回り常務会決議の方法で承認されたことに照らすと,被告Dにおいて,取締役や監査役に対し,本件第2融資の問題点を説明する義務があるとの原告の主張は,その前提を欠くものというほかない。

また,被告Dが本件第2融資にかかる稟議書等一件書類を受領したのが平成4年11月26日であり,本件第2融資が実行されたのがその4日後の同月30日であることに,前記(3)エ(ウ)説示のとおり,取締役会招集権を有しない取締役は,招集権者に対する招集請求から早くとも5日を経過するまでは取締役会を招集することができないことを併せると,被告DがEに対し,本件第2融資を阻止するための取締役会の招集を請求したとしても,これを阻止することは不可能だったといわざるを得ないから,被告Dにおいて,取締役会を招集する義務があったということもできない。

(5)  前記説示に反する被告A,同B及び同Cの主張に対する判断(以下,本項では,これら3名を総称して「被告ら」という。)

ア 被告らは,本件各融資の回収可能性が著しく低かったとしても,本件各融資を承認したことが,当時の状況からは違法と断ずることはできず,また経営判断として善管注意義務等違反に該当しない旨主張し,その根拠として,①本件各融資が「政界」にa銀行及びその取締役らに対する誹謗中傷記事が掲載されることを中止してもらった見返り融資であり,政策的に実行される必要があったこと,②a銀行が平成4年8月当時,経営状況の悪化から信用不安の状態にあり,同行の代表取締役であったFがKに対して約束した本件各融資を実行しないことになれば,少なからず混乱が生ずるとともに,暴力団の介入を招き,これが表面化すれば,ますますa銀行に対する信用不安が増大すること,③本件各融資を実行するまでの時間的に切迫した状況で本件各融資に代わる手段を想定することができなかったこと,④a銀行の代表取締役であるE及びFが本件各融資を実行する決意が固かったこと,⑤本件各融資によるb土地開発への信用供与額はa銀行の総資産額に占める割合のごくわずかにすぎないこと,⑥本件第1融資については,融資額に見合う担保が徴求されていたことを挙げている。

しかし,銀行が,不特定多数の者から預金として預け入れられた資金等を他に融資するという業務の特殊性及び金融システムの根幹を担うという公共性を有することにかんがみると,当該銀行やその取締役らに対する誹謗中傷記事の掲載中止の見返りという目的によって,前記(2)説示のとおり回収可能性に欠ける本件各融資を正当化することは到底許されないといわざるを得ない。したがって,被告らの前記①主張の点を本件各融資の違法性及び被告らに対する善管注意義務等違反の成否に当たり,考慮することはできない。また,前記のような銀行の業務の特殊性や公共性にかんがみると,本件各融資におけるb土地開発への貸付額がa銀行の資産に占める割合が低いことをもって,回収可能性に欠ける融資取引を正当化することも到底許されないというべきであるから,被告らの前記⑤主張の点も本件各融資の違法性及び被告らに対する善管注意義務等違反の成否に当たり,考慮することはできない。

他方,本件各融資を実行しなかった場合に生ずる混乱等を避ける必要があり,かつ,本件各融資以外に混乱を避ける策がなかったとの被告らの前記②及び③主張の点については,被告らが本件各融資を承認するに当たりこれらの点を検討したことを認めるに足りる証拠がなく,被告らがこのような考慮をしたとは認められないから,被告らが,これらの点に関する経営判断を根拠にして善管注意義務等違反を否定することは許されないというべきである。また,前記のような銀行の業務の特殊性及び公共性にかんがみると,融資を拒絶した場合の混乱防止及び信用不安発生の防止のための融資であったとしても,このことをもって回収可能性に欠ける融資をすることを正当化することはできないというべきである。したがって,いずれにせよ,被告らの前記②及び③の主張の点については,本件各融資の違法性及び被告らの善管注意義務等違反の成否の判断に当たり,考慮することはできない。

また,被告らの前記④主張の点については,善管注意義務等違反と損害との間の相当因果関係の存否に関する主張としてはともかく(この点については後述する。),善管注意義務等違反の存否については,取締役としての任務を放棄し自己保身を図ることを正当化するための弁解にすぎないから,被告らに対する善管注意義務等違反の成否を判断するに当たり,考慮することができないのは明らかである。

そして,本件第1融資については融資金額に見合うだけの担保物件があったとの前記⑥主張についても,前記(2)ア(ウ)説示のとおり,本件第1融資に対する担保としては極めて不十分であったことに照らし,採用できない。

イ 被告A及び同Cは,融資審査担当の常務取締役ではなかったから,善管注意義務等の負担は軽減されるべきであり,融資審査を担当していた被告D及び同Bが適正妥当な職務執行を行っていると信頼して職務を行ったものであるから,善管注意義務等違反には該当しない旨主張する。

しかし,a銀行のように融資の際に営業店,本部審査部などがそれぞれの立場から重畳的に情報収集,分析,検討を加える手続が整備されていた(前提事実(3))場合,融資審査を担当しない常務取締役は,各部署の行った情報収集,分析及び検討に依拠した上で,自らの判断を行うことが許されると解されるが,このことは,担当外の取締役が,担当取締役の判断をそのまま是認することを許容するものではなく,取締役は,たとえ担当外の職務であっても,各部署が行った情報収集,分析及び検討を前提とした上で,自らその適否について判断する義務があると解されるべきところ,前記(1)エ(カ)認定及び前記(3)ア,ウ説示のとおり,被告A及び同Cは,本件常務会において,本件第1融資に関する説明資料が全く存在しない状況において,担当の常務取締役である被告Bから慎重に審議すべきであるとの意見が出ていたにもかかわらず,資料を徴求したり,質問したりすることなく,本件第1融資を承認したものであり,被告D及びQの情報収集,分析及び検討の結果すら見ることなく,しかも,融資審査担当の常務取締役である被告Bの意見すら無視したものであり,このような被告A及び同Cの承認の態様に照らすと,担当外の職務であることを理由に善管注意義務等違反を否定することはできない。

また,前記(4)ア,ウ説示のとおり,被告A及び同Cは,本件第2融資については,稟議書等の一件書類を見て,その問題性を十分認識できる状況にあったことに照らすと,担当外の案件であり,担当である被告Bがこれを承認していたことをもって,善管注意義務等違反がなかったということはできない。

(6)  小括

以上によれば,被告A,同B及び同Cについては,本件各融資の承認に当たり,善管注意義務等違反があったと認められる。これに対し,被告Dについては,善管注意義務等違反があったとは認められない。

3  争点(3)(相当因果関係の有無及び損害額)について

(1)  前記2説示のとおり,被告A,同B及び同C(以下では,これら3名を総称して,「被告ら」という。)が,本件常務会において本件第1融資について異議を述べずこれを実行させ,また,持ち回り常務会決議により,本件第2融資を承認したこと自体が善管注意義務等違反を構成することからすれば,かかる善管注意義務等違反によって実行された本件各融資により,b土地開発に貸し付けられた金額全体が,被告らの善管注意義務等違反によって生じた損害になるというべきである。

これを本件についてみると,証拠(甲17,26,33)によれば,本件第1融資により融資金額3億6000万円から初回の利息669万6000円及び印紙代等10万4200円を控除した3億5319万9800円が,本件第2融資により融資金額2億3000万円から初回の利息101万2000円を控除した2億2898万8000円が,それぞれa銀行からb土地開発に現実に交付されたのであり,被告らの善管注意義務等違反によりa銀行に生じた当初の損害額は,本件各融資により現実に交付された上記金員の合計である5億8218万7800円である。

そして,前提事実(7)のとおり,a銀行は,b土地開発から,本件第1融資の弁済として2億円の支払を受けるとともに,預金債権を相殺することにより本件第1融資につき2万6274円を回収しており,この合計2億0002万6274円については,本件第1融資によって生じたa銀行の損害が填補されたということができる。また,a銀行は,b土地開発及びLから,本件第2融資の弁済として合計1億0100万円の支払を受けるとともに,前記預金債権を相殺することにより本件第2融資につき3万3868円を回収しており,この合計1億0103万3868円については,本件第2融資によって生じたa銀行の損害が填補されたということができる。これら填補額の合計は,3億0106万0142円である。

また,前記2(1)イ(ア),オ(イ)認定の各事実,証拠(甲79,80)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,別紙物件目録1記載の土地及び同目録2記載の土地のうち平成4年11月17日にb土地開発が任意売却し,担保解除された部分を除くものについて,競売申立てをし(和歌山地方裁判所平成10年(ケ)第326号事件),上記各土地は,平成11年6月25日,3960万円で競落され,原告は,同年10月19日の配当期日において,2057万3807円の配当を受け,これを本件第2融資の残元本に充当したことが認められる。したがって,この本件第2融資の残元本に充当された2057万3807円については,本件第2融資によって生じた損害が填補されたということができる。

さらに,前提事実(8)のとおり,原告は,本件各融資の実行に当たり善管注意義務等違反があったとして,E及びGからも,被告らと連帯して本件損害賠償請求をしていたところ,E及びGと本件訴訟において和解し,これまでEから2631万6200円,Gから1900万円の支払を受けており,この合計4531万6200円により,本件各融資にかかる損害が填補されたということができる。

したがって,被告らの善管注意義務等違反により生じた損害の現在額は,本件各融資の貸付金額合計5億8218万7800円から,b土地開発及びLからa銀行が回収した金員合計3億0106万0142円,原告が競売手続によって回収した2057万3807円並びに原告がE及びGから受領した金員合計4531万6200円を控除した2億1523万7651円を下ることはない。

(2)  前記説示に反する被告らの主張に対する判断

ア 被告B及び同Cは,常務会付議案件の最終決裁権者でありa銀行の代表取締役頭取でもあるEと,これを推進していた代表取締役副頭取のFが,常務会における承認を受ける前から本件各融資の実行を決定し,b土地開発にも約束しており,翻意する様子もなかったのであり,仮に被告らがいかなる手段を講じたとしても,本件各融資を阻止することは不可能であったから,被告らの善管注意義務等違反と本件各融資が実行されたことによりa銀行に生じた損害との間には,相当因果関係は認められないと主張する(この点は,被告Aにも影響する。)。

しかしながら,証拠(甲44ないし46,48,49,51,53ないし55,57,64,乙1ないし4,19)によれば,Eは,本件各融資には消極的であったものの,FがKやJと共同して自分を頭取から退任させようとする動きをとることを警戒するあまり,本件各融資を承認したことが認められる。他方,前記2(1)エ(イ),(エ),(カ),オ(カ)認定のとおり,本件各融資を推進していたFは,本件各融資の実行に当たり,本件常務会での承認を得るために,被告D,同B及び同Aに対し,事前に本件常務会において本件第1融資を承認するよう求めたり,本件常務会において本件第1融資の承認を求めるために提案をしており,また,本件第2融資に当たっても常務会での承認を得ることを企図して,被告BがGを介して交付した常務会付議案件議事録に最初に承認印を押捺したのである。これらの事実にかんがみると,被告らが,本件常務会において本件第1融資に対する反対意見を明確に述べたり,本件第2融資に関する持ち回り常務会で承認印を押捺しないなどして反対意見を明確に示せば,Fは,常務会での承認を得て本件各融資を実行するという形式を取れなくなるため,本件各融資の実行が困難になるということができるし,これら反対意見によってEが本件各融資を否決したとしても自らの頭取の地位を守ることができるとの認識を有し,本件各融資の実行を承認せず,その結果,本件各融資を阻止することが可能であったということもできる。したがって,被告らの主張は採用することができない。

イ 被告B及び同Cは,本件各融資には平成8年9月13日当時において,本件各融資につき回収見込額5898万4000円の担保不動産があったのであり,原告は,この不動産を既に処分し本件各融資にかかる貸付金の一部を回収したと推察されるから,この5898万4000円については,損害額から控除されるべきであると主張する(この点は,被告Aにも影響する。)。そして,甲32によれば,平成8年9月13日当時,別紙物件目録1,2記載の各不動産の一部(同目録2記載の土地のうち平成4年11月17日に担保解除された部分を除く。)からの回収見込額が,5898万4000円であったことが認められる。

しかし,前記(1)説示のとおり,被告らの善管注意義務等違反による損害は,本件各融資の実行により発生するとともにその額は確定するというべきであり,その後の返済等による融資金が回収されたことは,損害の填補にすぎないというべきである。また,このような損害の填補は現実にされた場合か填補されることが確実である場合に限られるというべきである。

これを本件についてみると,前記(1)認定のとおり,原告は,上記各土地について競売申立てをし,これが競落された結果,平成11年10月19日の配当期日において,2057万3807円の配当を受け,これを本件第2融資の残元本に充当したのであり,この2057万3807円については,本件第2融資によって生じた損害が現実に填補されたということができるが,これを超えて,上記各土地にa銀行ないし原告のために根抵当権が設定されていたことによって,損害が現実に填補されたり,填補されることが確実であるということはできない。

したがって,被告B及び同Cの主張は,上記配当額を超える額については採用できない。そして,原告は,上記配当額を控除して本件請求をしているし,前記(1)の損害額の認定は,上記配当額を控除したものであるから,被告B及び同Cの主張によっても,本件各融資によって生じた損害の残額は変わらないというべきである。

ウ 被告B及び同Cは,原告とEが本件訴訟により和解し,Eが7400万円につき支払義務を負い,この支払義務については,E所有の不動産により担保され,早晩回収が見込まれるから,この金額について,本件各融資によってa銀行に生じた損害から控除されるべきであると主張する(この点は,被告Aにも影響する。)。

しかし,前記イ説示のとおり,損害の填補による控除は,損害の填補が確実にされることが見込まれる場合か現実にされた場合に限って認められるべきところ,E所有の不動産がEの原告に対する7400万円の上記支払義務の担保に供されているとしても,Eの上記債務の支払ないし回収が確実になったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって,被告B及び同Cの上記主張は採用できない。

エ 被告B及び同Cは,b土地開発が,a銀行に対し,本件各融資の利息の支払として3454万7583円をそれぞれ支払っており,この金額は,本件各融資によってa銀行に生じた損害を填補したものであると主張する(この点は,被告Aにも影響する。)。

b土地開発が金額はともかくとして前記(1)認定の天引き利息以外に本件各融資の利息の一部をa銀行に支払ったことは原告も認めるところであるが,しかしながら,b土地開発は,a銀行との間の本件各融資にかかる消費貸借契約に基づき,上記利息をa銀行に支払うべき義務があり,その履行として利息の支払がされたのであるから,これをもって本件各融資によりa銀行が被った損害の填補と認めることはできない。よって,被告B及び同Cの主張は採用できない。

オ 被告らは,①本件各融資は,Fが周囲の反対意見を押し切る形で主体的に推進し,最終決裁権者である頭取のEがこれを承認したものであり,②被告らは本件各融資に至るe開発ないしKとの交渉にも全く関与していなかったこと,③原告が,Fの遺族らを本件訴訟の被告とせず,④Eとの間では,本件訴訟において,Eが1億円の支払義務を負うにとどまる和解をしたことに照らすと,被告らの責任の範囲は,本件各融資に対する寄与度又は現時点においての被告らの寄与度に応じた割合に限定されるべきであると主張する。

しかしながら,被告らの本件損害賠償債務は連帯債務とされており(商法266条1項柱書),この連帯債務とはいわゆる不真性連帯債務であると解されるから,原告が債務者の1人であるEと債務免除を含む和解をしたとしても,これとは無関係に,原告から被告ら各自に対し,本件各融資につき生じた全損害について,損害賠償請求できるものと解される。

また,前記2(3)ア,ウ,(4)ア,ウ説示のとおり,被告C及び同Aは,本件第1融資に当たっては,融資先の信用状態について質問したり必要な資料を徴求したりするという取締役として基本的な義務を怠った重大な善管注意義務等違反があったというべきであるし,本件第2融資に当たっては,一件書類を見て同融資が回収可能性に欠ける違法なものであることを認識し又は認識することが容易であったにもかかわらずこれを承認したという重大な善管注意義務等違反があったというべきである。他方,前記2(3)イ,(4)イ説示のとおり,被告Bは,本件第1融資については,審査部担当の常務取締役として,また,本件第1融資の問題点を知る者として,本件常務会において,その問題点を明確に指摘すべき義務を怠ったという重大な善管注意義務等違反があったというべきであるし,本件第2融資に当たっては,回収可能性に欠ける違法な融資であることを認識していたにもかかわらず,これをあえて持ち回り常務会決議の方法で承認を得させようとし,実質的に本件第2融資を推進したという重大な善管注意義務等違反があったというべきである。このように被告らの善管注意義務等違反が重大なものであることに照らすと,被告らの責任の範囲をその寄与度に限定することは,取締役の違法行為を助長する結果となり,取締役の違法行為により損害を受けた会社を保護するとともに取締役の違法行為を防止するという商法266条1項5号の趣旨を没却することとなるから,被告らが主張する事情を考慮しても許されないというべきである。

したがって,被告らの上記主張も,採用することができない。

4  結論

以上の次第で,被告A,同B及び同Cは,原告に対し,商法266条1項5号に基づき,各自本件各融資によって生じた前記3(1)認定の損害残額2億1523万7651円のうち2億1423万7651円及びこれに対する上記被告らに対する本件訴状送達の日の後である平成11年3月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

よって,原告の本件請求は,被告A,同B及び同Cに対する請求については理由があるからこれを認容し,被告Dに対する請求については理由がないからこれを棄却して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 礒尾正 裁判官 秋本昌彦 裁判官 成田晋司)

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