和歌山地方裁判所 平成13年(行ウ)4号 判決 2003年7月22日
主文
1 被告が原告に対し平成9年3月28日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償年金を支給しないとした決定及び同月25日付けでした同法による葬祭料を支給しないとした決定をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は,原告の負担とする。
第2事案の概要
1 事案の要旨
原告は,夫であった亡A(以下「A」という。)が,自宅で左脳内出血(以下「本件疾病」という。)を発症しその後死亡したことにつき,Aの本件疾病による死亡は,同人の業務に起因するものであるとして,被告がした遺族補償年金及び葬祭料の不支給決定の取消しを求めた。
これに対し,被告は,原告主張の業務起因性を否認し,Aが本件疾病を発症する前に業務による明らかな過重負荷を受けていたということはできず,また,Aには本態性高血圧症及び高脂血症といった基礎疾患を有しており,Aはこれらの基礎疾患が自然的に増悪したために本件疾病を発症したのであり,本件疾病及びこれによるAの死亡は,同人の業務に起因するものであるということはできないから,被告のした前記各不支給決定は適法であるとして争っている。
2 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲1,4,5,15,乙2ないし4,7,9,証人B,原告本人)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1) 当事者等
Aは,C(大正7年6月16日生)及びD(昭和8年9月23日生)の子として,昭和29年4月2日出生した。
原告は,Aの妻である。
(2) Aの経歴及び業務内容等
Aは,昭和48年4月1日に日本電信電話株式会社(本件疾病発症当時の商号。以下「NTT」という。)の前身である日本電信電話公社に入社し,和歌山西電報電話局(昭和48年4月から昭和59年3月まで),近畿電気通信工事事務所(昭和59年4月から昭和61年1月まで),関西ネットワーク支社(昭和61年2月から昭和63年3月まで)の各勤務を経て,昭和63年4月から和歌山支社技術センタにおいて,電話回線の増設,変更等の必要から架線敷設工事を行うための設計図面の作成,工程集計,物品要求(支給材料のリスト作成)積算(費用見積),工事入札業者への説明等を行う線路技術設計担当の業務に従事し,平成3年4月から,和歌山設備建設センタにおいて,引き続き線路技術設計担当の業務に従事していた。
(3) Aの病歴,基礎疾患等
ア Aの血圧の推移は以下のとおりである。
file_2.jpg= : i Bases Z Blab (ABO8H) BRA Bae MR RS KoREイ Aは,昭和59年11月25日,和歌山生協病院において,マロリーワイス症候群との診断を受け,同日から同月27日まで同病院に入院し,治療を受け,退院後の同月30日まで通院治療を受けた。
Aは,平成4年7月27日,Y胃腸科・外科医院において,高血圧症と診断された。
Aは,平成5年9月20日,和歌山赤十字病院精神科において,不安神経症との診断を受け,同日から平成7年1月31日まで同センターにおいて通院治療を受けた。
Aは,平成6年2月10日,Z胃腸病院において,逆流性食道炎,表層性胃炎及び十二指腸炎との診断を受けた。
ウ Aは,本件疾病発症当時(後記のとおり平成7年2月11日),40歳,身長170センチメートル,体重62キログラムであった。
(4) Aの本件疾病発症前の業務内容の概要等
設備建設センタの線路技術設計担当部門は,平成7年2月当時,課長1名,主査10名,代務2名及び社員(Aを含む。)13名で組織されており,このうち,線路設計業務を担当していたのは,Aを含む社員9名,主査2名及び代務1名であった。
Aは,平成6年4月1日以降,積算期間を同年9月26日から同年10月18日までとする箕島別館工事,積算期間を同月19日から同年12月14日までとする加太別館工事,積算期間を同月15日から平成7年2月10日までとする山東別館工事等26件の工事を担当した。他方,Aと同年代(平成6年度当時40歳ないし42歳)の社員4名の担当した平均の工事件数は24件であった。
(5) Aの本件疾病の発症及び死亡
Aは,平成7年2月11日午前8時30分ころ,自宅洗面所で倒れ,同日,半昏睡状態で,和歌山赤十字病院救急救命センターに搬送され入院し,左脳内出血(本件疾病)との診断を受け,同日,開頭血栓除去手術を受けた。
Aは,平成7年4月15日,本件疾病に起因するストレス性潰瘍による消化管出血により死亡した。
(6) 原告による労災申請と同申請の却下等
原告は,被告に対し,平成7年9月18日,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき,遺族補償年金及び葬祭料の給付を請求したところ,被告は,Aの本件疾病が業務が有力な原因となって発症したものとは認められないとして,平成9年3月25日付けで葬祭料について,同月28日付けで遺族補償年金について,それぞれ給付しないとの決定をし(以下,一括して「本件各決定」という。),原告は,同月31日,本件各決定の通知を受けた。
原告は,本件各決定を不服として,和歌山労働者災害補償保険審査官に対し,平成9年5月23日,審査請求をしたところ,同審査官Eは,平成9年12月18日付けで,審査請求を棄却するとの決定をし,原告は,同月19日,上記決定の決定書の送付を受けた。
原告は,前記決定を不服として,労働保険審査会に対し,平成10年1月8日,再審査請求をしたが,同審査会は,平成13年3月29日付けで再審査請求を棄却するとの裁決をし,原告は,同年4月9日,上記裁決の裁決書の送達を受けた。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は,Aの本件疾病発症及び死亡が同人の業務に起因するものであるかといういわゆる業務起因性の存否の点である。
(原告の主張)
Aの本件疾病の発症及びこれに基づく同人の死亡は,後記のとおり,同人の高血圧症等の自然経過によるものではなく,異常な長時間労働及び担当業務が予定期間を徒過したことを原因とする精神的緊張を伴う状況等の業務に起因する過重負荷要因によることは明らかである。
(1) 業務の過重性
Aの雇用主であるNTTは,労働基準法に基づく雇用主の労働時間管理を怠り,実際の残業時間,休日出勤を正式に記録する資料を残していなかった。また,和歌山労働基準監督署もNTTの違法な労働時間管理の懈怠を放置していた。このような雇用主及び労働基準監督署の怠慢の結果生じた被災者の実際の労働時間に関する主張立証の困難を,被災者の遺族である原告の不利益に転嫁することは許されないというべきである。したがって,被災者の職場内での労働時間に関する原告の立証責任は軽減されるべきであり,①雇用主における過重労働を生み出す構造的問題に起因する他の労働者の労働実態,②NTTがAの本件疾病発症後に行った支援措置,③把握可能な一定期間における労働時間数,④原告及びAのNTTにおける同僚らの記憶等から,Aの労働時間さらには業務の過重性を確定しなければならない。
ア 過重労働を生み出すNTTの構造的問題と他の労働者の労働実態
NTTが昭和60年4月1日に日本電信電話公社から民営化した後,Aが担当していた線路設計業務の和歌山県内における担当者が3分の1から5分の1の人数に削減された。その結果,業務の下請化によって全体の業務量は,2分の1程度に減少したものの,1人当たりの業務量は,1.5倍ないし2.5倍に増加した。
その上,和歌山県内に15箇所あった設備建設センタが6箇所に削減されたため,和歌山設備建設センタにおける現場調査の範囲も拡大した。
また,光ファイバーによる電話回線が開発されてからは,新しい工事施工方法と設計方法,支給材料がめまぐるしく変化し,光ファイバー回線と従来のメタリックケーブル回線を接続する新しい技術や使用材料の開発による新技術が次々に導入されたため,従来の知識や技術では対応できず,常に新しい知識が設計積算業務に求められ,その結果,設計積算業務を一層過重なものにしていた。
以上のことから,NTTにおいては,平成5年ころから,会社が繁忙対策を打ち出さなければ,設計積算要員が全力で稼働しても必要業務を消化しきれず,業務に支障を来すおそれすら生じていた。
そして,現実問題として,Aばかりでなく,同人と同様に和歌山設備建設センタにおいて線路設計を担当していた労働者らは,正規に発令された残業及び休日労働以外に,記録されない残業,休日労働及び持ち帰り残業を恒常的に行っていた。
そして,このような恒常的な過重労働の中で,担当職員のうち1名は,めまいにより,平成6年12月28日から平成7年2月15日まで病休となり,同年3月20日から同年4月11日まで入院した。また,うち2名は,胃潰瘍を患っていた。
Aも,このような過重労働の中に長期間置かれたことにより,本件疾病を発症したのである。
イ NTTがAの本件疾病発症後に行った支援措置
Aが本件疾病を発症した後,NTTは,事態を重くみて,平成7年3月から,①担当業務消化に必要な時間外労働については,申し出があれば発令し,規制を設けない,②和歌山設備建設センタ内の他の担当部署から線路設計業務への支援を行う,③大阪第2設備建設センタへも支援の要請をする,といった措置をとった。これらの措置から,Aが本件疾病を発症した平成7年2月当時の線路設計業務担当者1人当たりの所定外労働時間を推計すると以下のとおりとなる。
(ア) 正規発令にかかる時間外労働の増加
線路設計業務担当者1人当たりの平成7年3月以前における正規発令にかかる時間外労働の時間は,1か月当たり平均約8時間であった。しかしながら,これが,同年4月から同年9月までの間においては,1人1か月平均17時間と増加した。この数値は,線路設計業務担当者の人数12名を前提としたものであり,現実に残業をしていたと思料される10名を前提とすると,1人1か月平均20.4時間の時間外労働を正規発令を受けて行っていたことになる。
(イ) 和歌山設備建設センタ他部署からの支援者による業務消化量
和歌山設備建設センタの他部署所属の7名が,平成7年4月から,線路設計,積算業務を行うようになった。この支援者7名の1か月平均の稼働日数は,75.2日であり,正規の労働時間数に換算すると564時間となる。しかも,この7名は,正規の残業発令を受けて時間外労働も行っており,1人当たりの1か月平均の残業発令時間数は8.3時間であり,支援者7名の合計残業発令時間は,1か月平均58.1時間となった。したがって,支援者7名は,1か月平均622.1時間に相当する労働を行っていたこととなり,これを従来の線路設計担当者12名で消化するとなると,1人1か月当たり51.8時間の時間外労働を行わなければならないこととなり,さらに,前記(ア)のとおり,時間外労働を現実にしていたと思料されるのが10名であることを前提とすると,1人1か月当たり62.21時間の時間外労働が必要となったと推計される。
(ウ) 大阪第2設備建設センタからの支援者による業務消化量
大阪第2設備建設センタ所属の4名が,平成7年4月6日から同年5月19日まで,和歌山設備建設センタの支援に来て,業務を消化した。この4名の延べ稼働日数は,101日であり,所定勤務時間数に換算すると,757.5時間となり,1か月当たり505時間となる。これを本来和歌山設備建設センタに所属している12名で行うとなると,1人1か月当たり平均42.08時間の時間外労働をすることによって,消化する必要があった。そして,現実に時間外労働をしていた10名でこれを消化するとなると,1人1か月当たり50.5時間の時間外労働が必要となる。
(エ) 小括
以上のとおり,Aが本件疾病を発症した後に行われた和歌山設備建設センタの線路設計業務に対する支援から,Aら正規の担当者がこれを所定時間外労働によって消化していた時間を推計すると,1人1か月当たり133.11時間(前記(ア)ないし(ウ)の合計)となる。
ウ Aの出勤時間
Aは,平日,毎朝午前6時30分ころ起床し,会社施設である和歌浦別館(以下「和歌浦別館」という。)へ出勤する際(平成7年1月12日,13日,17日,18日,19日,20日)は午前7時ころに自宅を出て,通常出勤する和歌山市宇須所在の事務所(以下「宇須別館」という。)に出勤する際は午前7時30分ころに自宅を出て,いずれも自動二輪車で約10分で職場に到着して,勤務を開始していた。したがって,和歌浦別館では,午前7時10分ころから,宇須別館では午前7時40分ころから就労していた。これは,Aが,前夜自宅で作成した文書や設計図書を,和歌山設備建設センタに1台しかないレーザープリンタで出力するため,誰よりも早く出勤する必要があったという合理的な理由に基づくものである。
エ Aの昼食休憩時間内の労働
所定の労働時間では,午後0時から午後1時までが昼食休憩時間とされていたが,Aは,この休憩時間内も,食事の時間を除き,仕事をしていたのであり,食事時間20分を控除した40分間の就労をしていたというべきである。
オ Aの職場における残業時間
所定労働時間では,午後5時10分終業とされていた。しかしながら,Aは,平成7年2月1日(水曜日)は午後6時30分,同月2日(木曜日)は午後7時,同月3日(金曜日)は午後6時,同月4日(土曜日)は午後7時,同月5日(日曜日)は午後7時,同月6日(月曜日)は午後6時,同月7日(火曜日)は午後8時,同月8日(水曜日)は午後7時,同月9日(木曜日)は午後8時,同月10日(金曜日)は午後7時にそれぞれ帰宅しており,自宅と職場とは,自動二輪車で10分の距離にあり,かつ,職場で着用している制服を着て通勤し,帰社後寄り道することもないから,前記帰宅時間の10分前まで職場で勤務していたということができる。
他方,平成7年1月におけるAの残業時間については,客観的な証拠はないが,恒常的に時間外労働を行っていたものであり,その時間は概ね1日2時間程度である。
カ Aの所定休日における労働
NTTでは,土曜日,日曜日,祝祭日及び振替休日が所定休日とされていたところ,Aは,正月休み明けの平成7年1月4日から本件疾病を発症した日の前日である同年2月10日まで,全ての所定労働日のみならず全ての所定休日にも出勤し,38日間連続して就労していたものである。
そして,Aは,所定休日においては,午前9時ころ自宅を出て,午後4時から5時ころ帰宅することが多かったことからすると,労働時間の算出に当たっては,午前9時10分から午後5時までとして算出するのが相当である。
キ Aの自宅における残業(いわゆる持ち帰り残業)について
Aは,早く帰宅したときは,夕食までの間に制服のまま机に向かい図面を広げて仕事をしており,夕食後も自室で仕事をしていた。夕食の時間が30分ないし1時間程度であり,夕食は午後7時から午後7時30分ないし午後8時までであり,Aの就寝時刻が早くても午後10時か11時ころであった。このことからすれば,Aは,帰宅後,就寝までの間に,食事時間及び入浴時間各30分ずつ並びに自宅での労働時間が長期にわたる場合にはその間30分の休憩時間があることを見込んで,帰宅後就寝までのその余の時間は,自宅で労働していたとみるべきである。このことは,「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の業務起因性判断のための調査票」(甲1の35頁ないし51頁)において,平成7年2月1日に3時間,同月2日に5時間30分,同月3日に4時間,同月5日に3時間30分,同月6日に4時間30分,同月10日に2時間30分の労働をしたと算定していることからも裏付けられ,この同月1日から10日まで10日間の平均労働時間が2時間18分であることに照らすと,それ以前においても,1日2時間程度は自宅において労働していたものとして労働時間を算定すべきである。
ク Aの本件疾病発症前1か月間の労働時間及び時間外労働の状況前記ウないしキの事実にかんがみると,Aの本件疾病発症前1か月間の労働時間は,別紙1のとおりであり,この31日間の総労働時間は,381時間となる。これから,1週当たり40時間の所定労働時間の31日分に相当する177時間08分を控除したAの31日間の時間外労働時間は,203時間52分となる。
これは,平成13年12月12日付け基発第1063号通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(以下「新認定基準」という。)において,業務と発症との関連性が強いと評価できるとされる1か月当たりの時間外労働時間100時間の2倍を超えるものである。
したがって,この時間外労働の時間からも,Aの本件疾病の発症及びこれによる同人の死亡が,業務に起因することは明らかである。
また,前記ア,イのとおり,Aは,恒常的に133時間以上の残業を行っていたのであり,このことからも,本件疾病の発症及び死亡が業務に起因することが裏付けられるというべきである。
ケ 労働時間以外の業務の過重負荷要因
Aの業務は,以下のとおり,①精神的緊張を伴うものであった上,②不規則な勤務であった。したがって,Aの労働は,その労働時間以上に過重な負荷を同人に与えるものであった。
(ア) 精神的緊張を伴う業務
Aの山東別館の設計積算は,平成7年2月10日が完成期日とされていたが,同工事の設計積算作業は予定どおり進捗せず,結果的に,その期限内に作業を完了することができなかった。そのため,Aは,本件疾病を発症する同月11日に至るまで,この設計積算作業を期限までに完成させようとし,また,期限を徒過したことによる精神的な緊張を強いられた。
また,同年1月17日に発生した阪神淡路大震災により寸断された電話線の復旧作業への応援派遣のため,和歌山設備建設センタ所属の線路技術設計担当職員も,同月18日から同月27日までは1ないし3名が,同月30日からは5名が,同年2月6日からは4名が,同月13日からは6名が派遣されることとなり,Aも同月20日から1週間の予定で派遣されることとなった。そのため,線路技術設計担当職員の人数は,通常時よりも一時的に減少し,業務処理のために残された職員はAも含めて相当繁忙な状況となっており,同人の応援が困難な状況の中,同人は困難な業務を継続していた。
さらに,Aが行った加太別館工事及び山東別館工事は,Aが習熟していた光ファイバーを用いたものではなく,メタリックケーブルを用いたものであったため,作成する工程調書や支給材料調書が全く異なるものとなった。そのため,Aは,不慣れな工事についての設計を強いられており,作業時間が増加するのみならず,精神的緊張を強いられた。
(イ) 不規則な勤務状況
Aは,山東別館工事設計の作業期間中の平成7年1月9日,当初予定になかった加太別館工事に関する監督引継書類の作成及び現場説明を行わなければならなくなった。そのため,Aは,前記(ア)のとおり,山東別館工事の提出期限を遵守しなければならないにもかかわらず,その作業を中断して,予定外の加太別館工事に関する作業をせざるを得なかった。
また,同月11日から同月20日までの間,和歌浦別館において,コンピュータによる線路土木設計システム(以下「CAPS」という。)を用いた設計の研修を受けるとともに,山東別館工事の設計図面をCAPSを用いて作成し,通常の設計図書には添付しないユニットケーブル図も作成していた。Aは,この時初めてCAPSを使用したのであり,また,CAPSの処理速度が遅かったこともあり,AのCAPSを使用した作業は,通常の作業より時間がかかることとなった。
(2) 業務以外の本件疾病に対する危険因子の欠如
以下に述べる事実関係にかんがみると,Aの本件疾病は,同人の高血圧の自然経過のみで発症したものとは考えられず,前記(1)で主張した過重労働によるストレスという特別の状況が介在して発症したものであることは明らかである。
ア Aが高血圧症であったとの指摘について
Aの血圧の推移は,前提事実(3)アのとおりであるところ,これらの数値は,検査というある程度被験者が緊張する中で行われるものであり,本来の数値よりも少し高い数値が出る傾向があるので,これらの数値が必ずしもAの本来の血圧を反映しているとは限らない。
また,Aの本件疾病発症に近接する時期である平成6年10月13日及び同年5月27日における血圧の数値は,いずれも軽症高血圧の範囲内にあった。さらに,Aに本件疾病発症後においても,右心房への負荷は著明でなく,心筋の動きは良好であり,左室肥大がないこと,網膜動脈のびまん性及び局所性の狭小化の所見は認められず,微量タンパクの所見もなく,血清クレアチニン数値も正常値の範囲内にあることに照らすと,Aは,臓器障害の他覚的徴候の明らかでない第Ⅰ期の高血圧にすぎなかった。そして,この程度の高血圧であれば,自然的経過のみで40歳という若年で本件疾病を発症することはあり得ない。したがって,Aの本件疾病は,高血圧症に起因するものということはできない。
イ Aの飲酒状況について
Aは,1週間に5日程度飲酒し,その量は,缶ビール2本程度であった。そして,少量のアルコール摂取は,ストレスを除去する効果があり,血圧に悪影響を及ぼすことはない。
したがって,Aが飲酒していたことが,同人の血圧上昇を招き,本件疾病を発症させたということはできない。
ウ Aの喫煙について
Aは,1日当たり煙草を約20本吸っていた。しかし,大量の喫煙により血圧が一過性に上昇することはあるものの,喫煙が高血圧の原因となるかという点は,現在のところ明らかとはなっていない。また,Aは,本件疾病発症当時,40歳と若年であり,この年齢であれば血管に弾力性があることからすれば,Aの喫煙量が,たとえ1日当たり30本程度であったとしても,これにより,同人の血圧が,自然的経過を超えるほどの悪影響を与えるとは考えられない。
エ Aの遺伝的素因について
Aの両親であるC及びDは,健康に日常生活を送っており,高血圧による身体的な症状はない。また,Aの兄弟にも高血圧症の所見はない。したがって,Aには高血圧の遺伝的素因はなく,かえって,特段の事情がない限り,Aも両親と同じ年齢くらいまで長生きしたということができる。
オ Aに高脂血症ないし肝機能障害の所見が見られたことについて
高脂血症は,脳出血の負の危険因子であり,Aが高脂血症であったことが本件疾病の原因となったとは考えられない。
他方,Aの肝機能については,その指標であるγ-GTPが,平成元年9月19日においては,135,平成2年1月25日においては,199,同年6月6日においては96といずれも高値を示しているが,同年1月25日から同年6月6日までの間に,その数値は半減しており,肝機能の回復傾向が窺える。また,肝機能の主要な指標であるGOTの数値は,平成元年9月19日において15単位,平成2年6月6日においては11単位,GPTの数値は,平成元年9月19日において11単位,平成2年6月6日においては6単位といずれも正常値を示している。したがって,Aの肝機能に異常があり,これが本件疾病を発症させたということはできない。また,Aの肝機能の数値は,いずれも本件疾病発症から5年ないし6年以上前のものであり,Aの肝機能がその後さらに改善された可能性もある。したがって,Aの肝機能の数値が仮に異常所見であるとしても,これを基礎として,Aに本件疾病発症当時肝機能障害があったということはできない。
カ Aの薬物服用
Aは,和歌山赤十字病院精神科から処方された精神安定剤であるセパゾン,レキソタン及びコンスタン,消炎剤であるメフェナム酸,慢性肝疾患の治療薬であるEPL,高脂血症,心身症の治療及び抑うつ剤として機能するハイゼット並びに血清脂質改善薬パントシンを服用していたが,血圧降下剤を全く服用していなかった。したがって,血圧降下剤を服用していた者がこれを中止した場合に生ずる血圧上昇という事態がAに生ずることはなかった。
(被告の主張)
本件疾病のような負傷によらない脳血管疾患が業務に起因するものといえるためには,疾病と業務との条件関係が,確立した医学的知見に照らし,明白なものであることを要するのみならず,その傷病等が業務に内在する危険が現実化したものであるという相当因果関係があることを要するところ,以下に述べるとおり,Aが従事していた業務は,過重なものではなく,本件疾病発症の危険が内在していたものということはできず,かえって,本件疾病は,Aの業務外の私的な危険因子が現実化したものにほかならない。したがって,Aの本件疾病と業務との間には,相当因果関係のみならず条件関係もないから,本件疾病の発症が,Aの業務に起因したものということはできない。
(1) Aの本件疾病発症前の勤務状況が過重なものとはいえないこと
ア 発症前1週間の業務従事の状況が過重なものではないこと
(ア) 労働時間及び睡眠時間
a Aの平成7年2月1日から同月10日までの間における出退勤時刻は以下のとおりである。これにNTT和歌山設備設計センタにおける所定の労働時間が,月曜日から金曜日まで(祝祭日を除く。)の午前8時30分から午後5時10分までとされ,昼食休憩時間が1時間とされていたことを併せると,Aの本件疾病発症前1週間(同月4日から同月10日まで)において,法定労働時間(週40時間)を超過する労働時間は,20時間30分にすぎない。
これに対し,原告は,Aが,①平日は午前7時30分から勤務していた,②昼食休憩は20分しかとっていなかった③帰宅後も自宅において仕事をしていたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はないし,これらの時間はいずれも使用者の指揮命令が及ばない時間であるから,Aに過重な負荷があったかどうかという観点から基準となる労働時間において,その時間に算入することは許されない。
file_3.jpgRRRRRKRKRKARK 000000000 999009000 HE A a we a a a COWOOHRORO BRR) (FR) Fa) TRRR KRRAAK {ooo G00000 HOOD 99990 eta ae a aa a a a Hoooocomnnaa TR ecnnemmnrnuns Siaaaaaaana URRERRR ERE PESOHDESERG a ~ooodooooooo anaeeooreaeb また,平成7年2月1日から同月11日までの間におけるAの睡眠時間は,以下のとおりであり,この間の平均睡眠時間は約8時間となるから,前記aで述べたAの時間外労働による疲労は,この睡眠により回復しており,疲労の蓄積は生じていないというべきである。
file_4.jpg490 o000R0 moc 69.69 69 09.69 416 09 ELCLELELLLL C0DD000OHr@ CRREREREEE - = Te Koonoonoodeo Waorwonaooor FR 7 4 2 A) La ° 3 ° ° Es 3 okie Oe Beri ti irik oO Sear Orr ong HARM EBAABK Meer Pe Koo MoooOOY Er OM HWORDO~r(イ) 負荷要因となるような作業の遅滞の不存在
Aが本件疾病発症まで担当していた山東別館工事については,平成7年2月1日から同月3日までの間,主査2名が設計作業の応援をし,Aの本件疾病発症当時,図面作成及び工程算出集計作業は完了しており,残工程としては,所要期間2日程度の最終確認と工事設計書及び契約要求書の決裁が残っている程度であった。
したがって,Aの作業が大幅に遅れていたということはできず,これが同人に対し精神的緊張を強いるなど過重な負荷を与えるものであったとは考えられない。
(ウ) 阪神淡路大震災後の復旧支援業務の影響
Aは,平成7年2月20日から,阪神淡路大震災の復旧支援業務に出張する予定であったが,前記(イ)のとおり,同人の山東別館工事に関する業務は,本件疾病発症当時において,あと2日程度で完了する段階に至っていたのであり,同人がその後作業を継続していたとしても,出張に出発する約1週間前には作業を完了していたと考えられる。したがって,Aの前記出張予定が同人に対し精神的緊張を強いるなど過重な負荷を与えるものであったとは考えられない。
イ 長期間に過重な業務に就労しなかったこと
(ア) 負荷要因となる労働時間ではないこと
Aの法定労働時間数である1週40時間を超える時間外労働時間数は,以下に述べるとおり,本件疾病発症直前1か月間においては64時間50分,直前2か月ないし6か月間においては,24時間43分ないし42時間25分であり,新認定基準に照らしても,業務と発症との関連性は弱いというべきである。
a Aは,阪神淡路大震災発生以前において,仕事は忙しくなく,通常の業務に通常の状態で勤務していたものであり,作業日報投入帳票等に記録されているほかを除き,休日労働をしていなかった。
b Aの1日の所定労働時間については,午前8時30分から午後5時10分の7時間40分労働とされていたが,始業開始前及び退勤時において一定時間自主的に就業していたことが窺われるものの,その時間数は,本件疾病発症前1か月において,多くとも1日当たり所定労働時間7時間40分を超えて2時間程度であったとみられる。
発症前2か月ないし6か月の期間についても,発症前1か月より時間外労働が多かったとする根拠はなく,発症前2か月ないし6か月の間においても,1日当たり,所定労働時間7時間40分を超えて多くとも2時間程度であったとみられる。
c Aが帰宅後も自宅で業務を行っていたとの原告の主張は,前記ア(ア)aのとおり,これを考慮することはできない。
d 発症前3週間(阪神大震災発生以後の期間)は,発症前1週間と同様の勤務状況にあったとみて,発症前1週間の労働時間数を基準に計算し,その他の期間における1週間当たりの労働時間数は,所定労働時間と時間外労働時間の合計に出勤日数を乗じた時間数により計算をするのが相当であり,これによって計算した結果は,別紙2のとおりである。
以上のようなAの労働時間に,同人が1日8時間程度の睡眠を確保していたこと,平成6年度において,同年8月12日から同年9月25日までの間は工事の予定がなく,正規の休日以外に年次休暇の取得もしていたことを併せると,Aの業務が特に過重であったということはできない。
(イ) 負荷要因となる勤務体制ではないこと
原告は,設計積算期間がサービス残業を前提に設定され,構造的に時間外労働及び休日労働を生み出す勤務体制になっていた旨主張する。
しかし,各工事に要する標準的な労働時間の総枠である総稼働時間数は,Aが行った佐田別館工事,天野別館工事,龍神別館工事,明神別館工事,高城別館工事,清川別館工事及び太田別館工事(以下これらを総称して「佐田別館工事等」という。)については834時間(併行作業のため合算),箕島別館工事については101時間10分,加太別館工事については266時間10分,山東別館工事については236時間40分であるのに対し,Aがこれら各工事に従事した設計積算期間のうち休日等を除いた所定労働日数に1日の所定労働時間7時間20分を乗じた所定労働時間は,佐田別館等工事については981時間20分,箕島別館工事については122時間40分,加太別館工事については314時間20分,山東別館工事については276時間となっており,いずれも所定労働時間数が総稼働時間数を上回っていることから,総稼働時間数が所定労働時間数よりも少なく設定されており,サービス残業を前提とはしていないことは明らかである。
また,Aは,平成6年8月12日から同年9月25日までの間は工事を担当しておらず,正規の休日以外に年次休暇の取得もしていたのであって,構造的に時間外労働及び休日労働を生み出す勤務体制になっていたとは到底いえない。
(ウ) 負荷要因となるような業務の併行がなかったこと
原告は,Aが山東別館工事関係の業務と加太別館工事関係の業務とを併行しており,これが業務の過重をもたらした旨主張する。
しかし,Aの加太別館工事関係の業務は,平成6年12月14日で実質的に終了しており,その後は平成7年1月9日に4時間の現場説明等を行ったのみである。したがって,業務の併行があったとしてもごく短時間にすぎず,過重な業務であったということはできない。
(エ) 負荷要因となるような不慣れな業務に従事していなかったこと原告は,山東別館工事がAに不慣れなメタリックケーブルの設計業務であり,業務の過重をもたらした旨主張する。
しかし,Aは,平成5年度及び平成6年度において,少なからぬ件数のメタリックケーブル系の工事を担当していること,メタリックケーブル系の工事と光ファイバー系の工事とで基本は変わらないこと,Aが線路設計を幅広く理解しており,山東別館工事も従来の工事と同程度のものであったことに照らすと,山東別館工事がAに業務の過重をもたらしたということはできない。
(2) Aの本件疾病の発症が業務外の私的な危険因子の現実化であること以下のとおり,Aは,高血圧症の基礎疾患を有し,医師から治療を指示されていたにもかかわらず,これを遵守しなかっただけでなく,飲酒及び喫煙を続けた結果,動脈硬化等の血管病変を進行させ,その自然経過の中で本件疾病を発症するに至ったものというべきである。
ア 高血圧症の存在
Aの血圧(前提事実(3)ア)は,平成3年6月10日から平成6年2月10日までの間(ただし,平成4年7月27日を除く。)においては,重症高血圧に該当する数値であり,平成2年1月25日,同年6月6日及び平成4年7月27日においては,中等症高血圧に該当する数値であり,平成元年9月19日,平成6年5月27日及び同年10月13日においては,軽症高血圧に該当する数値であった。したがって,Aは,中等症高血圧から重症高血圧に該当する高血圧症であったということができる。また,Aの高血圧症は,原因疾患が特定できない本態性高血圧症の可能性が高いものであった。
そして,重症高血圧は脳血管疾患発症の高リスクが,中等症高血圧は糖尿病以外の危険因子がある場合には脳血管疾患の高リスクがあるとされている。また,脳出血は,その大部分が高血圧を原因とする高血圧性脳出血であるところ,高血圧性脳出血の発症部位は,被殻が40ないし50パーセント,視床が10ないし30パーセントである。
以上によれば,Aは,長期間にわたり重症ないし中等症の高血圧の状態にあったのであり,本件疾病の発症部位が高血圧性脳出血の多発部位である左被殻であることからすると,本件疾病は,高血圧性脳出血の可能性が高いということができる。
イ 飲酒及び喫煙という生活習慣の存在
飲酒には血圧を上げる効果があり,血液凝固能や線溶系の変化,脳血管の収縮による脳血流の低下など多彩な作用機序を介して脳血管疾患や動脈硬化の危険因子となるところ,アルコール摂取量と脳出血発症率との関係をみると,脳出血発症率は,飲酒レベルの上昇とともに増加し,1日当たり日本酒1.5合未満の少量飲酒のレベルでも有意に高いという調査結果がある。また,喫煙についても脳出血についての危険因子になるとされている。
しかるに,Aは,飲酒を好み,ほぼ毎日晩酌をしていたのであり,その飲酒量は,平成5年9月20日当時において,1日当たり2合,本件疾病発症当時において1日当たり水割り4ないし5杯と相当の量であった。
第3争点に対する判断
1 認定事実
前提事実(1)ないし(5)のほか,証拠(甲1ないし3,10ないし14,18,乙2,3,6,9,10,証人B,同F,原告本人)によれば,以下の事実が認められる。
(1) NTT和歌山設備建設センタにおける勤務形態等
ア 勤務形態
NTT和歌山設備建設センタにおいては,所定の始業時刻は午前8時30分,所定就業時刻は午後5時10分とされ,午後0時から1時までの1時間が所定の休憩時間とされていた。また,毎週土曜日及び日曜日並びに祝祭日は所定休日とされていた。
従業員の出退勤の管理については,出勤簿,タイムカードといった客観的な資料を作成する方法はとられておらず,朝礼を実施し,管理者によって確認及び把握を行うこととされていた。
イ 労働時間の状況
労働者の時間外及び休日労働については,NTT和歌山設備建設センタとZ労働組合和歌山支社分会との間の労使協定により,同センタに勤務する者は,上記協定の範囲内で超勤命令を受ける勤務体制となっていた。そして,上記労使協定は,年間の総労働時間を1800時間とすることを目標としており,使用者が発令する残業時間を1か月当たり18時間以内に抑えることとされていた。そのため,管理職(課長)は,労働者から業務の都合による残業の申し出があった場合でも,上記労使協定の範囲内でのみ,残業を承認するのみであり,勤務表及びメンテナンスコストに記載される残業時間もこの承認された残業時間のみである。
しかしながら,職員は,管理職から承認を受けた残業時間及び休日出勤のみでは担当業務を消化しきれない場合,承認を受けることなく自主的に残業,休日出勤又は業務を自宅に持ち帰って行ういわゆる持ち帰り残業を行うことが多かった。
ウ 和歌山設備建設センタ線路技術担当課における業務の状況和歌山設備建設センタ線路技術担当課課長は,NTT和歌山支店から工事契約に基づく発注依頼を受けると,当該工事関係設計業務を同課の各担当者に割り当て,担当者は,原則として,専任で,当該工事関係の設計業務を完成まで行うこととされていた。
同センタ線路技術担当課においても,同センタの他部署と同様,工事設計完了日までに作業を完了させる必要があるものの,各担当者において所定の労働時間内では消化できないため,担当者の責任において,自主的に残業,休日出勤又は持ち帰り残業が行われている実態であった。
平成7年1月17日の阪神淡路大震災の発生後は,兵庫県西宮市等の電話回線の復旧のための業務支援として,課員が交代で出張することとなった。
(2) Aの勤務状況等
ア 業務内容及び業務量
Aは,和歌山設備建設センタ線路技術設計担当課に所属し,NTTが発注する工事に関する設計,積算業務に従事していたものであり,主な業務は,①線路設計図面の作成及び現場での測量作業,②工事請負に関する設計金額の積算,③支給材料の算出,準備要求,在庫の処理といったものであった。
Aは,昭和63年4月から,線路技術設計の業務を担当していた。線路技術設計の業務には,使用する回線のケーブルの種類に応じて,昭和62年から採用された光ファイバー系の工事とそれ以前からのメタリックケーブル系の工事の2種類があるところ,Aは,平成5年度において,光ファイバー系の工事を20件,メタリックケーブル系の工事を5件担当し,平成6年度において,光ファイバー系の工事を23件,メタリックケーブル系の工事を6件担当していた。そのため,線路技術設計を担当する同僚らは,Aを,業務経験は十分である一方,光ファイバー系の工事を得意とするもののメタリックケーブル系の工事は不得手であると認識していた。
Aは,平成6年12月15日から平成7年2月10日までの予定で,山東別館の工事に関する設計積算業務を担当していた。この山東別館の工事は,メタリックケーブル系の工事であった。
Aの山東別館工事の設計積算業務に遅れが生じ,同日までに設計書の完成が困難となっていたこと,Aが同月20日から阪神大震災の復旧支援のために西宮市に出張することが決定されたことから,同月1日から3日までの間,主査2名(W,X)が,Aの業務を手伝った。
Aは,山東別館工事に関する設計積算業務に着手する以前に,加太別館工事を担当し,平成6年10月19日から同年12月14日までの間,同工事の設計積算業務を行った。加太別館工事については,同月26日に見積書が提出され,同月27日に請負予定業者との請負価格の交渉がされ,同月28日に工事請負契約が締結され,平成7年1月17日に着工された。
Aは,平成7年1月9日午後1時から午後4時まで,加太別館工事につき,監督員を工事現場に案内し,工事の概要を説明した。Aは,同日ころ,加太別館工事に関する業務を和歌山設備建設センタ線路技術設計担当課の主査Gに引き継いだ。
イ 本件疾病発症前10日間(平成7年2月1日から10日まで)の勤務状況
(ア) 所定労働日(平成7年2月1日から3日及び同月6日から10日)
a Aは,所定労働日においては,午前7時30分ころ自宅から出勤していた。そして,Aの自宅(原告の肩書き住居地)から宇須別館までの距離は,自動二輪車で10分ないし15分程度のものであり,Aは,遅くとも,午前7時50分までには同別館に到着し,前日までに作成した設計図書や書類等を印刷して検討するなどの業務を始めていた。
b Aは,午後5時10分の終業時間後,同課課長の承認を得ずに残業をしており,平成7年2月1日は午後6時まで,同月2日は午後6時30分まで,同月3日は午後5時30分まで,同月6日は午後5時30分まで,同月7日は午後7時30分まで,同月8日は午後6時30分まで,同月9日は午後7時30分まで,同月10日は午後6時30分まで,それぞれ勤務に従事していた。
c Aは,帰宅後も自宅において山東別館工事の設計書の作成等設計積算作業をしており,平成7年2月1日には午後7時30分ころから午後10時ころまで(約2時間30分),同月2日には午後8時ころから午後10時ころまで(約2時間)及び午後11時ころから翌日(同月3日)午前2時ころまで(約3時間),同月3日には午後7時30分ころから午後10時30分ころまで(約3時間),同月6日には午後8時30分から午後11時ころまで(約2時間30分),同月10日には午後8時ころから午後10時ころまで(約2時間),それぞれ持ち帰り残業(合計約15時間)をしていた。
(イ) 所定休日(平成7年2月4日及び同月5日)
Aは,平成7年2月4日,午前9時ころ自宅から宇須別館に出勤し,遅くとも午前9時20分ころから午後6時30分ころまで同別館で山東別館工事の設計書作成等の設計積算作業を行い,同月5日,午前10時ころ自宅から同センタに出勤し,遅くとも午前10時20分ころから午後6時30分ころまで同センタで同工事の設計書作成等の作業を行っていた。
Aは,同日,午後8時30分ころから午後11時ころまで(約2時間30分),自宅において,山東別館工事の設計書作成等設計積算作業を行っていた。
ウ 本件疾病発症1か月前(平成7年1月12日)から同月31日までの勤務状況
(ア) 平成7年1月21日から同月31日まで
a 所定勤務日(平成7年1月23日から27日まで並びに同月30日及び31日)
Aは,前記イ(ア)a認定のとおり,所定労働日においては,午前7時30分ころ自宅から出勤し,遅くとも午前7時50分から業務を開始していた。また,Aは,午後5時10分の終業時間後,同課課長の承認を得ずに,連日1時間ないし2時間の残業をしていた。
b 所定休日(平成7年1月21日,22日,28日及び29日)
Aは,平成7年1月21日(土曜日),同月22日(日曜日),同月28日(土曜日)及び同月29日(日曜日)の4日間の所定休日において,午前9時ころ自宅から宇須別館に出勤し,遅くとも午前9時20分ころから少なくとも午後4時ころまで山東別館工事の設計書の作成等の設計積算作業をしていた。
(イ) 平成7年1月12日から同月20日まで
a 所定勤務日(平成7年1月12日,13日,同月17日から20日まで)
Aは,平成7年1月11日午後から同月20日までの間,CAPSを使用した設計書作成の研修を受けることとなり,同月12日及び同月13日並びに同月17日から同月20日までの間,和歌浦別館において,研修を受けるとともに,CAPSを使用して,山東別館工事に関する設計書を作成するなど設計積算業務に従事した。
Aは,この時初めてCAPSを使用した。そのため,Aの作業は,通常よりも時間を要することとなった。
Aは,この間,連日,午前7時ころ自宅から出勤していた。そして,Aの自宅から和歌浦別館までの間は,自動二輪車で10分ないし15分の距離であり,Aは,遅くとも午前7時30分ころから設計書の作成等の作業に従事し,同月13日は午前8時24分から午後5時16分まで,同月17日は午前8時35分から午後5時36分まで,同月18日は午前8時5分から午後6時51分まで,同月19日は午前7時59分から午後5時44分まで,同月20日は午前8時18分から午後6時5分まで,CAPSの研修を受けつつ,自らCAPSを使用して山東別館工事の設計書を作成した。
また,Aは,終業時刻の午後5時10分以降約1時間程度,CAPSの担当職員に対し,CAPSの使用方法等について,質問をしていた。
b 所定休日(平成7年1月14日から16日まで)
Aは,平成7年1月14日(土曜日)の所定休日において,午前9時ころ自宅から宇須別館に出勤し,遅くとも午前9時20分ころから少なくとも午後5時30分ころまで山東別館工事の設計書の作成等の作業をし,午後6時ころ帰宅した。Aは,同日,子であるHの中学校入学試験の試験開始に先立ち同女を激励し,試験終了後にその労をねぎらうため,同センタから自動二輪車で約20分の距離にある入試会場へ出かけた。
Aは,同月15日(日曜日・祝日)の所定休日において,午前8時ころ,Hを中学校入試の会場へ送った後,午前8時30分ころから少なくとも午後1時30分ころまで,宇須別館で,山東別館工事の設計書の作成等の設計積算作業をし,同日午後2時ころ,同女の中学校入学試験の面接試験に出席するため,帰宅した。Aは,この日,昼食をとらなかった。
Aは,同月16日(月曜日・振替休日)の所定休日において,午前9時ころ自宅から宇須別館に出勤し,遅くとも午前9時20分ころから少なくとも午後4時ころまで山東別館工事の設計書の作成等の設計積算作業をしていた。
エ 本件疾病発症前1か月より以前の勤務状況
Aは,平成6年12月29日から平成7年1月3日まで,年末年始に伴う休日を経て,同月4日から勤務を開始した。
Aは,平成6年中において,午前7時30分ころ自宅から宇須別館に出勤し,遅くとも午前7時50分から業務に従事し,概ね午後6時ころには帰宅していた。
オ 本件疾病発症時の状況及びその前後の事実関係
(ア) Aは,平成7年2月7日夜,原告に対し,自宅で頭痛を訴え,同月10日夜も,Hに対し,頭痛を訴えた。また,Aのいびきの音が,同月7日の同人就寝時から大きくなった。
(イ) Aは,平成7年2月11日,午前8時30分ころ起床し,NTT和歌山設備建設センタで山東別館工事の設計書作成等の作業を完成させるために,出勤の準備をしていたところ,午前8時40分ころ,自宅洗面所で倒れた。そして,Aは,午前9時47分ころ,意識障害(半昏睡)下で,救急車で和歌山赤十字病院に搬送され,CT検査の結果,左被殻に出血が認められたことから,同日,開頭血腫除去術を受けた。原告は,同日,同センタ線路技術設計担当課課長のIに対し,Aが入院した旨の連絡をした。
(ウ) Iは,原告に対し,平成7年2月13日,Aの山東別館工事に関する資料を渡すよう要求し,原告は,これをIに渡した。
(エ) 山東別館工事の設計積算作業は,Aの本件疾病発症当時,図面作成及び工程算出集計作業は完了しており,最終チェック並びに工事設計書及び契約要求書の決裁が残っている段階であり,概ね2日程度で作業が完了する状態にあった。
(3) Aの本件疾病発症以前の健康状態
Aの血圧の推移のほか(前提事実(3)ア),Aの本件疾病発症以前の健康状態は,以下のとおりである。
ア Aは,昭和59年11月24日,ウイスキーの水割りを5ないし6杯飲み,翌25日朝,嘔吐し,その吐物に血液が混入していること及び黒色便を認めたことから,同日,和歌山生協病院を受診し,マロリーワイス症候群との診断を受け,同日から同月27日まで入院加療を受け,同月30日に治癒した。同病院における検査では,γ-GTPが61と高値を示している以外は全て正常範囲にあり,Aに特段の基礎疾患ないし既往症は認められなかった。
イ Aが,平成元年9月19日の定期検診を受けたところ,同人のγ-GTPが135,中性脂肪が515,脂質に関するβ-リポ蛋白が841とそれぞれ異常値を示したが,それ以外は正常範囲内の数値であった。また,心電図検査では,左室肥大とされた。
ウ Aが,平成2年1月25日,NTT和歌山健康管理所において精密検査を受けたところ,γ-GTPが199と異常値を示した。
エ Aが,平成2年6月6日の定期検診を受けたところ,γ-GTPが96,中性脂肪が253とそれぞれ異常値を示したが,それ以外は正常範囲内の数値であった。また,心電図検査では,左室肥大とされた。
オ Aは,自覚症状は特になかったものの,NTTの定期検診で高血圧といわれるようになったことから,平成4年7月27日,血圧の測定及び薬の処方を求めて,Y胃腸科・外科医院を受診した。同医院院長Y医師は,同日,Aが持参した検査結果を基礎に,高血圧症と診断し,食餌内容の改善,たばこ,飲酒の減量を指示するとともに,血圧降下剤を処方した。また,前記Yは,Aの示した検査結果からは,肝機能障害及び高脂血症の所見もみられた旨述べている。Aは,同医院を一度しか受診しなかった。
カ Aは,平成5年9月20日,緊張場面での赤面,心悸亢進及び視力障害を訴えるとともに,不安不眠の自覚症状があったことから,和歌山赤十字病院精神科を受診し,不安神経症との診断を受け,抗不安剤を処方された。Aは,この抗不安剤の服用により,平成6年6月ころには,ほぼ前記症状が消失し,同年9月13日から平成7年1月31日までの同病院への通院に際しては,薬の処方を受けるだけであった。
なお,Aは,同病院での初診に当たり,自己の飲酒量を1日当たり2合,喫煙量を1日当たり30本と申告していた。
キ Aは,平成6年2月9日からしゃっくりと心窩部の疼痛を感じたことから,同月10日,Z胃腸病院を受診し,血圧検査,胃内視鏡検査,心電図検査,胸部レントゲン検査,血液検査及び尿一般検査を受け,逆流性食道炎,表層性胃炎及び十二指腸炎との診断を受け,消化器系の薬剤1週間分の処方を受けた。また,同医院における血圧検査の結果,前提事実(3)ア(コ)のとおりであり,高血圧症の存在が窺われ,また,血液検査の結果からは,高脂血症及び脂肪肝が窺われたが,心電図検査を含むそれ以外の検査において,異常所見は認められなかった。Aは,同医院を一度しか受診しなかった。
ク Aは,ほぼ毎日,夕食時に缶ビール2本程度を飲み,就寝前にウイスキー又は焼酎の水割りを少量飲んでいた。そして,Aの酒量は,平成6年末ころから徐々に増え始めた。
原告は,Aが本件疾病を発症し,和歌山赤十字病院に入院した際,同病院の看護師に対し,Aの嗜好として,飲酒量を1日当たり水割り4,5杯,喫煙量を1日当たり30本と申告した。
ケ Aは,前記オ認定のとおり,Y胃腸科・外科医院を受診した際,血圧降下剤の処方を受けたが,これ以外に血圧降下剤を服用しておらず,NTT和歌山健康管理所からは血圧降下剤の処方は受けておらず,同管理所からは高脂血症の治療薬としてEPL,ハイゼット及びパントシンの処方を受けていた。
Aが本件疾病発症当時において所持していたのは,前記EPL,ハイゼット及びパントシンのほか,和歌山赤十字病院精神科から処方された抗不安剤コンスタン及び解熱鎮痛消炎剤メフェナム酸であった。
コ Aは,本件疾病発症後の平成7年2月14日,和歌山赤十字病院で,心エコー検査を受けたところ,右心系への負荷は明らかにみられず,心筋の動きは良好とされ,異常所見は認められなかった。
(4) Aの本件疾病発症の原因に関する専門家の意見
ア Aの本件疾病を診断し治療したJ医師は,本件疾病は高血圧性の脳出血である可能性があり,Aの死因となった消化管出血は,本件疾病によるストレス性潰瘍に起因するものとの意見を述べている。
イ 和歌山労災基準局労災医員Kは,平成8年8月21日付けの意見書において,身体的にストレスに反応しやすい不安神経症及び本態性高血圧の既往症を有していたAが,業務経験の浅い不慣れな設計作業を連日集中的に行った結果,過重負荷となり,高血圧性脳出血の発症を著しく早めたと述べた。
Kは,和歌山労働基準監督署事務官Lからの再度の意見聴取に対し,①本件疾病は,既往の高血圧症及び高脂血症を基盤とした高血圧性の脳出血であり,②発症前の業務内容からして,この程度では一般的には業務が過重負荷となって高血圧性脳出血を自然経過を超えて発症させることはない,③Aは,不安神経症というストレスに反応しやすい性格を持っていたため,本件疾病を発症し,さらに,消化管出血によって死亡したと判断されるとの意見を述べたと,L作成の平成9年3月24日付け調査復命書に記載されている。
ウ 和歌山生協病院内科医長である証人Fは,平成9年10月31日付け意見書(甲1),平成14年10月21日付け意見書(甲18)において,①40歳という若齢で発症する脳出血としては,脳血管奇形,妊娠中の子癇,腎臓疾患に伴う悪性高血圧,薬物や肝硬変等の疾患に伴う出血傾向,放置された重症糖尿病,異常なストレスによる血管破綻が原因と考えられ,本態性高血圧症の自然経過が原因となることはあり得ないところ,Aには,仕事上のストレス以外に上記理由に該当するものがない,②両親であるC及びD並びに兄弟であるM及びNが,いずれも脳血管疾患を発症していないことからみても,Aが高血圧の自然経過のみで本件疾病を発症したとは考えられない,③Aが,少なくとも平成7年1月4日から同年2月10日まで38日間連続で勤務を継続していることや連日の持ち帰り残業に加え,阪神大震災の復旧支援活動として同月20日が出張が予定されている一方,同月15日に納期が指定されていることから,一層の業務の過重があったと評価されること等を理由として,Aの本件疾病による死亡は,業務に起因することの明らかな疾患であるというべきである旨述べるとともに,これに沿う証言もする。
エ 和歌山県立医科大学教授Oは,平成15年3月26日付け意見書(乙10)において,①Aは長期間にわたり高血圧の状態にあり,平成2年ころから治療を受けるよう指示されていたが,これに応じず治療を受けていなかった,②Aの高血圧症は,明らかな原因疾患が特定されておらず,本態性高血圧の可能性が高い,③Aの肝機能の数値は上昇を示しており,長期間の多量の飲酒習慣が疑われる,④本件疾病はAが長期間にわたる高血圧の状態にあったこと及び病巣が左被殻であることからすると,高血圧性脳出血の可能性が高い,⑤Aの高血圧の程度は,6年間の検診時の平均血圧が,収縮期152㎜Hg,拡張期108㎜Hgであることから,中等高血圧症であり,6年間にわたり血圧のコントロールのできていない若年性高血圧と考えられる,⑥Aは,身体的にストレスに反応しやすい不安神経症を有し,本態性高血圧のコントロールが十分できておらず,心血管系合併症を併発する可能性があったと考えられる,⑦本件疾病の発症時刻が午前8時40分ころであったことからすると,早朝の交感神経系の興奮により一過性の血圧上昇を来たし,高血圧性脳出血を発症した可能性が考えられる旨述べる。
(5) 前記各認定に反する当事者の主張に対する判断
ア 業務開始時間について
(ア) Aの平成7年1月21日以降の所定労働日における業務開始時間について,原告は午前7時40分であると主張し,被告は所定始業時刻の午前8時30分であると主張する。そして,証拠(甲1)には,原告が業務を開始したのは,午前8時30分ころからであるというP及びIの陳述記載やAが午前8時すぎに出社し,作業をしていたとする調査記録の記載がある。
しかし,Aが,毎朝午前7時30分に出勤していたという原告の供述ないし陳述記載(甲1)は,Aが,早い時間に出勤して,レーザープリンタにより設計書等を印刷する必要があったという点で合理的である上,同人の日常の習慣に関わるものであるから,その信用性は低いものではない。これに対し,証拠(甲1,証人B)によれば,Pは,Aが本件疾病を発症した後の平成7年3月にNTT和歌山設備建設センタ設計積算・所外設計担当課長に就任したことが認められ,それ以前において,PがAの勤務状況を観察し得る立場にいたことを認めるに足りる証拠はないことに照らすと,前記Pの陳述記載は採用できない。また,Aの本件疾病発症当時の上司であったIないし他の同僚等においても,Aより早い時刻に出勤していない限り同人の業務開始時間を把握することはできないところ,Iないし他の同僚等がAよりも早い時刻に出勤していたことを認めるに足りる証拠はないことに照らすと,Iの前記陳述記載ないし調査記録の前記記載もにわかに採用することができない。
他方,前記(2)イ(ア)a認定のとおり,Aが午前7時30分ころ自宅を出ていること,自宅と和歌山設備建設センタとの間がAが利用する自動二輪車で10分ないし15分程度の距離であることに照らすと,Aが常に午前7時40分から業務に従事していたということもできない。
そして,他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
(イ) 原告は,Aの平成7年1月12日及び13日並びに同月17日から20日までの間の和歌浦別館における業務開始時刻は午前7時10分であると主張する。また,被告は,前記(ア)同様,原告の業務開始時刻は,所定始業時刻の午前8時30分であると主張する。
しかし,Aが午前7時ころに出勤したという日常の所作に関する原告本人の供述を覆すに足りる証拠はないから,被告の主張は採用できない。
他方,前記(2)ウ(イ)認定のとおり,Aの自宅からCAPSのある和歌浦別館までの距離が,自動二輪車で10分ないし15分のものであることに照らすと,Aの業務開始時刻を常に午前7時10分とする原告の主張も採用することができない。
そして,他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
イ 昼休み時間中の業務従事の有無について
原告は,Aの就労時間につき,同人の昼食時間は20分間であり,その余の時間は,業務に従事していたと主張する。そして,証拠(甲1,証人B,原告本人)には,これに沿う陳述記載ないし供述部分がある。
しかし,前掲各証拠によれば,Aが昼休み時間中にも業務に従事していたという前記陳述記載ないし供述部分の根拠は,他の同僚ないし保険外交員からの伝聞ないし推測に基づくものと認められ,また,その内容もAが昼休み時間中も働いていたという抽象的なものにとどまっている。これらの事実によれば,前記陳述記載ないし供述部分はにわかに採用できず,他に,原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
ウ 平成7年2月1日から同月10日までの間の退勤時間について原告は,Aの平成7年2月1日から同月10日までの間の所定労働日における帰宅時刻が,同月1日午後6時30分,同月2日午後7時,同月3日午後6時,同月6日午後6時,同月7日午後8時,同月8日午後7時,同月9日午後8時,同月10日午後7時であることを前提として,Aは,いずれの日も,上記各帰宅時刻の10分前まで業務を行っていたと主張する。
しかし,前記(2)イ(ア)a認定のとおり,Aの自宅と和歌山設備建設センタとの間がAが利用する自動二輪車で10分ないし15分程度の距離であることに照らすと,Aが常に帰宅時刻の10分前まで勤務していたとする原告の主張は採用することができず,他に,前記認定を覆すに足りる証拠はない。
エ 持ち帰り残業の時間について
(ア) 被告は,Aが自宅において持ち帰り残業をしていたことを否認し,証拠(甲2)によれば,Aが山東別館工事の設計積算業務に使用していたフロッピーディスクの分析結果として,データの更新日時が概ね所定労働時間内となっていることが認められる。
しかし,証拠(甲1,証人B,原告本人)によれば,Aが使用していたフロッピーディスクは,平成7年2月13日には,Qに引き継がれ,引き続き作業が行われていること,データの更新日時及び作成日時を見ると,更新日時よりも作成日時の方が新しいものがあること,更新日時の正確性は,使用したワードプロセッサーにおいて設定された日時の正確性に依存することが認められる。これらの事実に照らすと,前記フロッピーディスクのデータの更新日時から,直ちに,Aの就労時間を認定することはできないといわざるを得ない。
そして,前記(2)ア認定のとおり,Aの山東別館工事の設計積算業務に遅れが生じており,完成期日の平成7年2月10日までにその完成が困難となっていたことに照らすと,Aが自宅において持ち帰り残業をしていたという原告の陳述記載(甲1)は信用できるというべきであり,他に,Aの持ち帰り残業の有無及び時間について,前記認定を覆すに足りる証拠はない。
(イ) 原告は,Aが,平成7年1月31日以前においても,1日2時間程度持ち帰り残業をしていたと主張する。そして,証拠(甲1,原告本人)によれば,Aが,自宅において作業をしていたことは認められる。
しかし,Aが,同日以前において,具体的にどの程度の時間持ち帰り残業をしていたかを認定するに足りる証拠はないから,後述する勤務時間の認定に当たっては,同日以前における持ち帰り残業の時間は算入しないこととする。
オ 休日出勤について
被告は,Aが,平成7年1月14日,同月15日及び同月16日の休日において出勤していたことを否認する。他方,証拠(甲1中のL作成の調査復命書)には,Aが,平成7年1月7日及び8日以降,本件疾病を発症するまでに延べ8日間の自主的な休日労働をしていたもので,上記3日間の休日労働はしていなかった旨,被告の主張に沿うかのような記載がある。
しかし,前記(2)ウ(イ)b認定のとおり,同月14日及び同月15日は,Hの中学校入学試験があり,この出来事との関連づけてされたAが休日出勤したという原告の陳述記載(甲2)ないし供述の信用性を低いということはできない。また,前記Lの調査復命書の記載は,その起算点や労働日が明確でない点は措くとしても,調査復命書が作成されたのが平成9年3月24日であることに照らすと,Lが振替休日であった平成7年1月16日を平日と誤信した可能性も否定できないから,Lの調査復命書の前記記載をもって,Aが同月14日から同月16日までの間休日出勤したことを否定することはできず,他にこれを覆すに足りる証拠はない。
なお,同月14日及び同月15日におけるAの勤務時間については,本件疾病の発症に近い時期(平成7年12月3日)にされ,信用性がより高いと思料される甲2の陳述記載によることとする。
他方,原告は,Aが平成7年1月7日及び同月8日にも出勤したと主張し,証拠(甲1,2,原告本人)にもこれに沿う原告の陳述ないし供述がある。
しかし,証拠(原告本人)によれば,原告自身,Aが前記各日に出勤したという明確な記憶を有しているわけではないことが認められることに照らすと,原告の前記陳述ないし供述部分はにわかに採用することができず,他に,これを認めるに足りる証拠はない。
2 脳血管疾患の発症と業務との間の相当因果関係(業務起因性)の判断基準
労災保険法1条,7条1項1号にいう「業務上の事由による労働者の死亡」及び労働基準法79条,80条にいう「労働者が業務上死亡した場合」とは,労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,単に死亡の結果が業務の遂行中に生じたとか,あるいは,死亡と業務との間に事実的因果関係があるというだけでは足りず,これらの間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする相当因果関係の認められることが必要であるところ,労災補償制度が,業務に内在又は随伴する危険が現実化した場合にそれによって労働者に発生した損失を補償するものであることからすると,当該発症が当該業務に内在する危険が現実化したことによるものと評価できる場合に,相当因果関係があるというべきであり,業務とそれに直接関連性のない基礎疾患とが協働して当該疾病が発症した場合において,業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして相当因果関係が肯定されるためには,当該業務に内在ないし随伴する危険が当該疾病の発症について相対的に有力な原因となっていることが必要であるというべきである。
そして,労働者が業務により肉体的,精神的に過重な負荷を受け,これにより当該基礎疾患が自然経過を超えて著しく増悪し,疾病を発症したと認められる場合には,当該業務に内在ないし随伴する危険が当該疾病の発症について相対的に有力な原因になっているものというべきである。
3 本件疾病と業務との相当因果関係(業務起因性)の存否
(1) 業務過重性の有無
ア 労働時間
Aの本件疾病発症前1か月間の労働時間は,前記1(2)イ,ウ認定のとおりであり,これを集計した結果は以下のとおりである。
(ア) 平成7年2月1日から同月10日まで(所定労働日数8日間)
a Aは,所定労働日(平成7年2月1日から3日まで,同月6日から10日まで)については,宇須別館において,遅くとも午前7時50分ころから勤務を始め,昼休みの1時間を除き,同月1日は午後6時ころまで(労働時間約9時間10分),同月2日,同月8日及び同月10日の3日間は午後6時30分ころまで(労働時間各約9時間40分),同月3日及び同月6日の2日間は午後5時30分ころまで(労働時間各約8時間40分),同月7日及び同月9日の2日間は午後7時30分ころまで(労働時間各約10時間40分)勤務していたのであり,この労働時間の合計は,約76時間50分であるということができる。
b Aは,上記期間中自宅において,持ち帰り残業を行っており,その時間の合計は,約15時間である。
c さらに,Aは,所定休日である平成7年2月4日には遅くとも午前9時20分ころから午後6時30分ころまで(約9時間10分),同月5日には午前10時20分ころから午後6時30分まで(約8時間10分),同センタにおいて山東別館工事に関する設計書作成等の業務を行っており,さらに,同日には,自宅で,約2時間30分の持ち帰り残業を行っていた。これらの時間外(休日)労働時間の合計は,同月4日及び5日の昼食休憩時間を仮に1時間と計算して,17時間50分である。
d 以上のとおり,平成7年2月1日から同月10日までのAの労働時間の合計は,約109時間40分となる。
(イ) 平成7年1月12日から同月31日まで(所定労働日数13日間)
a Aは,和歌浦別館に通勤した平成7年1月12日及び同月13日並びに同月17日から同月20日までの6日間については,遅くとも午前7時30分ころから勤務を開始し,昼休みの1時間を除き,同月12日,同月13日,同月17日,同月19日及び同月20日の5日間は,少なくとも終業時刻の約1時間後である午後6時10分ころまで(労働時間各約9時間40分),同月18日はCAPSの電源の切れる午後6時51分ころまで(労働時間約10時間21分)勤務していたのであり,この労働時間の合計は,少なくとも約58時間41分である。
b 他方,Aが宇須別館において勤務した平成7年1月23日から27日まで並びに同月30日及び同月31日の7日間については,遅くとも午前7時50分から勤務を開始し,昼休み1時間を除き,少なくとも終業時刻の1時間後である午後6時10分ころまで勤務していたのであり,各日の労働時間は約9時間20分であり,この7日間の総労働時間は少なくとも約65時間20分である。
c Aは,平成7年1月14日には,遅くとも午前9時20分ころから午後5時30分ころまでの間(約8時間10分),Hの中学校入学試験に関して2度にわたり中断したほかは,宇須別館において,山東別館工事に関する設計積算作業をしていたのであり,昼食時間を1時間,Hの中学校入学試験に関する中断時間を合計2時間とそれぞれ仮定すると,労働時間は約5時間10分である。
また,Aは,同月15日には,午前8時30分ころから午後1時30分ころまでの間(約5時間)昼食をとらずに前記作業を行い,同月16日,同月21日,同月22日,同月28日及び同月29日の5日間は,遅くとも午前9時20分ころから午後4時ころまで(約6時間40分)上記設計積算作業をしていたのであり,この5日間の労働時間の合計は,昼食時間を1時間と仮定して,約28時間20分であり,以上の6日間の労働時間の合計は約33時間20分である。
d 以上のとおり,平成7年1月12日から同月31日までの間のAの労働時間の合計は少なくとも約162時間31分となる。
(ウ) Aの本件疾病発症前1か月間における時間外労働の時間
以上によれば,Aが,本件疾病発症前1か月間である平成7年1月12日から同年2月10日までの労働時間の合計は,少なくとも約272時間11分となる。他方,この期間における所定労働日数が21日であり,法定労働時間が8時間であることからすると,所定総労働時間は168時間となる。したがって,Aのこの期間における所定外労働時間は,少なくとも約104時間11分にのぼることとなる。証拠(甲6ないし8,乙5,6)によれば,厚生労働省の依頼により,脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会が,平成13年11月16日付けで発表した脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書(以下「検討会報告書」という。)及びこれに基づき厚生労働省労働基準局長が定めた新認定基準には,発症前1か月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合には,業務と脳血管疾患の発症との関連性が強いと評価できるとされていることが認められることに照らしても,Aの業務が相当過重であったと評価することができる。
しかも,前記1(2)イないしエ認定のとおり,Aは,平成7年1月9日から本件疾病発症の前日である同年2月10日まで所定労働日のみならず所定休日も出勤して,連日山東別館工事の設計積算業務に従事していたのであり,証拠(甲7,乙5,6)によれば,検討会報告書及び新認定基準(甲7,乙6)に,休日のない連続勤務が続くほど業務と発症との関連性をより強めるとされていることが認められることに照らしても,Aの業務が過重であったということができる。
イ 業務内容及び勤務形態
前記1(1),(2)認定のとおり,NTT和歌山設備建設センタ線路技術担当課においては,担当者が原則として専任で割り当てられた工事に関する設計積算業務を担当することとされていたところ,Aは,山東別館工事を,平成7年2月10日までの設計積算期間で担当することとなったが,同工事は,Aの不得手とするメタリックケーブル系の工事であることや同年1月12日,同月13日,同月17日から同月20日までの間に,研修を兼ねて,A自身初めて使用するため不慣れであり,書類の作成に時間を要することとなるCAPSを使用して同工事の設計書等を作成することとなったことから,同工事の設計積算作業に遅れが生じ,同年2月1日から同月3日までの間,同工事の設計積算業務に当たり,主査2名の支援を受けた。しかしながら,同年1月17日に発生した阪神淡路大震災の復旧支援のために,課員が交代で出張することとなっていたことから,同年2月3日を最後にAは同工事の設計積算業務の支援を受けておらず,さらに,A自身も同月20日から前記復旧支援のための出張が予定されていた。そして,Aが本件疾病を発症した同月11日の時点で,同工事の設計積算業務は完成しておらず,概ね2日程度の作業を要する状況であった。
以上のとおり,Aは,不得手とされるメタリックケーブル系の工事の設計積算業務を期間内に完成させる必要があったところ,その作業が遅滞していた上,同僚らからの支援を受けることも困難な状況にあり,期間内の完成が困難となっていたのであり,現に期間内に完成させることができなかったのであるから,Aは,同工事の設計積算業務に従事するに当たり,業務の困難性と期限の切迫性という点で,相当程度の精神的緊張を強いられていたとみることができる。
ウ 小括
前記ア,イのとおり,Aは,本件疾病発症前1か月間において,連日業務を継続し,その労働時間は所定労働時間を少なくとも約104時間11分超過し,過重なものであったということができ,しかも,その期間内における労働の内容は,Aにとって不得意なものであるとともに,完成期限が切迫していた一方同僚等の支援を受けることが困難な状況にあり,相当程度の精神的緊張を伴うものであったということができる。以上によれば,本件疾病発症前1か月間において,Aは,過重な業務に従事し,身体的及び精神的にかなりの負荷を受けたものとみるべきである。
エ 前記説示に反する当事者の主張に対する判断
(ア) 原告は,Aの予定になかった加太別館工事に関する現場説明や,CAPSの研修を兼ねた同システムを使用した図面作成は,新認定基準において労働時間以外に負荷の要因に当たるとされる不規則な勤務にほかならず,Aの業務をさらに過重にした旨主張する。
しかしながら,Aに対するCAPSの研修が,同人の山東別館工事の作業予定を変更させるような態様で決定され又は実施されたことを認めるに足りる証拠はない。
また,加太別館工事に関する現場説明が,Aの作業予定を変更させるに至る態様で決定され又は実施されたことを認めるに足りる証拠はない。また,前記1(2)ア認定のとおり,加太別館工事に関する業務は,遅くとも,平成7年1月9日ころ,AからGに引き継がれており,Aの本件疾病発症前1か月間における業務の過重性に直接的には影響しないというべきである。
(イ) 被告は,Aが朝所定始業時刻より早く出社して勤務した時間,自宅における作業(持ち帰り残業)の時間は,使用者の指揮監督が及んでおらず,殊に持ち帰り残業については,私的な場である家庭で行われるものであり,労働密度は一般に低いものであるから,労働時間の計算に当たり,算入すべきではないと主張する。
しかし,前記1(1)イ,ウ認定のとおり,平成7年1月ないし2月当時,NTTにおいては,労使協定により,労働者1人当たりの正規の残業時間を1か月当たり18時間以内に抑えることとされている一方,管理職から正規に発令された残業時間のみで担当業務を消化しきれない場合に,労働者が自主的に残業ないし持ち帰り残業をすることが多かったことに照らすと,たとえ使用者の指揮監督の及んでいない時間における作業であっても,それは自己の担当業務の消化のためにやむを得ずされていたものにほかならないから,作業の身体及び精神に与える負荷は,使用者の指揮監督下における残業による負荷と変わらないものということができる。また,前記1(2)アないしウ認定のとおり,Aは,自らが担当する山東別館工事の設計積算業務に作業の遅れがあったことから,平成7年2月1日,同月2日,同月3日,同月5日,同月6日,同月10日と自宅において作業を行っていたのであり,同月10日が同工事の設計書の完成期日とされていたことを併せると,Aの自宅における作業の労働密度が低かったということはできない。
したがって,被告の前記主張は採用することができない。
(ウ) 被告は,Aが平成7年2月1日から同月10日までの間,平均約8時間の睡眠をとり,それ以外の日も概ね8時間の睡眠を確保していることからすれば,Aの時間外労働による疲労は,睡眠で回復し蓄積は生じていないから,この時間外労働が,業務起因性を有するほど過重なものになることはない旨主張する。そして,証拠(甲1,2,乙3)によれば,原告は,Aの睡眠時間について,同月1日午後11時ころ就寝し同月2日午前6時30分ころ起床し,同月3日午前2時ころ就寝し同日午前6時30分ころ起床し,同日午後11時ころ就寝し同月4日午前8時ころ起床し,同月5日午前0時30分ころ就寝し同日午前9時ころ起床し,同日午後11時30分ころ就寝し同月6日午前6時30分ころ起床し,同日午後11時ころ就寝し同月7日午前6時30分ころ起床し,同日午後8時30分ころ就寝し,同月8日午前6時30分ころ起床し,同日午後7時30分ころ就寝し同月9日午前6時30分ころ起床し,同日午後8時に一度眠り,同日午後10時から午後11時までの間は起き,そのころ就寝し同月10日午前5時30分ころ起床し,同月11日午前0時30分ころ就寝し,同日午前8時30分ころ起床した旨陳述していること,原告は,Aが本件疾病の発症により和歌山赤十字病院に入院した際,看護師に対し,Aの睡眠時間を午後10時から翌日午前6時までであり,よく眠れていると申告していたことが認められる。また,検討会報告書(乙5)には,「長期間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧の上昇などを生じさせ,その結果,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させる可能性のあることが分かる。」,「長時間労働に着目してみた場合,現在までの研究によって示されている1日4~6時間程度の睡眠が確保できない状態が,継続していたかどうかという視点で検討することが妥当と考えられる。」,「どのような健康状態においても人にとって1日7~8時間の睡眠が最も健康的であることを示している。これらのことから,その日の疲労がその日の睡眠等で回復できる状態であったかどうかは,現在までの研究によって示されている1日7~8時間程度の睡眠ないしそれに相当する休息が確保できていたかという視点で検討することが妥当と考えられる。」との記載がある。
しかし,証拠(乙5)によれば,長時間労働が脳血管疾患等に影響を及ぼす理由としては,睡眠時間の不足による疲労の蓄積による影響が大きい反面,①生活時間中での休憩,休息や余暇活動の時間が制限されること,②長時間に及ぶ労働では,疲労し低下した心理及び生理機能を鼓舞して職務上求められる一定の行動ないし成果を維持する必要があり,これが直接的なストレス負荷要因となることといった点もあることが認められる。したがって,Aが,本件疾病発症前10日間において,前記認定のような睡眠時間を確保していたとしても,それをもって,直ちに,労働によって生じたAの疲労が解消されることによって,Aの労働の業務過重性が失われるということはできない。
また,証拠(証人F)によれば,通常夜間の睡眠時においては血圧が低下するものの,夜中にも業務について無意識に緊張するような状況にある場合には,血圧が低下しないという事態が生ずることもあることが認められ,これに前記イ説示のとおり,Aが困難でかつ期限が切迫していたという緊張を伴う業務をしていたことを併せると,Aの疲労が前記睡眠によって解消され,労働の業務過重性を失わせるということはできないというべきである。
(エ) 被告は,Aはメタリックケーブル系の工事の設計積算業務に不慣れではなく,山東別館工事の設計積算業務においても,精神的緊張を強いられることはなかった旨主張する。そして,前記1(2)ア認定のとおり,Aは,平成5年度は光ファイバー系の工事を20件,メタリックケーブル系の工事を5件,平成6年度には光ファイバー系の工事を23件,メタリックケーブル系の工事を6件担当していた。また,証拠(甲1)には,①Aが幅広く線路設計を理解していた,②山東別館工事が特に異質な内容のものではなく従来の工事と同程度のものであったとのRの陳述記載があり,証人Bは,メタリックケーブル系の工事と光ファイバー系の工事とでは基本は変わらない旨証言する。
しかし,証拠(甲1)によれば,Rは,平成6年12月28日から病気により休暇をとっており,Aの平成7年に入ってからの勤務状況を把握していなかったこと,Rと同様にAの同僚であったS,T,U及びVは,いずれも,Aがメタリックケーブル系の工事を得意とはしていなかった旨陳述していること,Aの業務を支援した主査のWは,山東別館工事は工事積算の金額算出業務について相当手間がかかる旨陳述していることが認められ,これらの事実に照らすと,前記Rの陳述記載はにわかに採用できない。また,証人Bは,線路設計の業務の経験はあるものの,線路設計の業務内容についてはそれほど精通していないとも証言していることに照らすと,同証人の前記証言部分もまた採用できない。
そして,他に,Aがメタリックケーブル系の工事の設計積算業務を不得手としていたとの認定を覆すに足りる証拠はない。
(オ) 被告は,山東別館工事の設計積算業務は,Aの本件疾病発症当時,おおむね2日程度で完了する程度に進んでいたのであるから,負荷要因となるような作業の遅滞はなかった旨主張する。
しかし,前記1(2)ア,オ認定のとおり,Aの山東別館工事の設計積算業務は,現に作業に遅れが生じており,平成7年2月1日から3日までの間には,主査2名の支援を受けていたこと,本件疾病発症時点において現に作業が完了していなかったことに照らすと,被告の主張は採用することができない。
(2) 基礎疾患及び生活習慣が有する本件疾病発症の危険性の有無及び程度
ア 脳出血の危険因子(高血圧症,飲酒及び喫煙)
前提事実(3)ア,前記1(2)オ,(3)認定の事実及び証拠(甲1,19,乙1,5,10)によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 本件疾病は高血圧性脳出血の多発部位(40ないし50パーセント)である左被殻を病巣とするものであることから,高血圧性脳出血である可能性が高いと考えられる。
(イ) 脳出血の危険因子としては,高血圧のほか年齢,飲酒,喫煙,肥満,糖尿病が掲げられており,特に高血圧と飲酒が代表的な危険因子であり,これらの危険因子は,相乗的に作用するものである。
(ウ) Aの血圧の数値(前提事実(3)ア)は,日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン(平成12年)によれば,平成元年9月19日においては軽症高血圧,平成2年1月25日及び同年6月6日においては中等症高血圧,平成3年6月10日,同年10月28日,平成4年6月2日においては重症高血圧,同年7月27日においては中等症高血圧,平成5年6月1日,同年9月20日及び平成6年2月10日においては重症高血圧,平成6年5月27日及び同年10月13日においては軽症高血圧に該当するものである。
(エ) Aの高血圧は原因疾患の明らかでない本態性高血圧の可能性が高い。
(オ) Aは,高血圧に対する治療としては,平成4年7月27日にY胃腸科・外科医院を受診し,血圧降下剤の処方を受けたのみである。
(カ) 重症高血圧に該当する場合及び中等症高血圧に該当する場合において糖尿病以外の危険因子(飲酒,喫煙が含まれる。)があるときは脳血管疾患発症の高リスクがあるとされ,軽症高血圧に該当する場合において糖尿病以外の危険因子があるときは中等リスクがあるとされる。
(キ) Aには飲酒,喫煙の嗜好があり,飲酒量は平成7年に入って増加傾向にあり,1日の飲酒量は原告の申告によれば,本件疾病発症に近接する時期で,飲酒量が1日当たり水割り4,5杯,喫煙量が1日当たり30本であった。
(ク) Aは,昭和59年11月24日,多量の飲酒に起因するマロリーワイス症候群により入院加療を受けた。
(ケ) Aのγ-GTPの数値は,昭和59年11月24日には61,平成元年9月19日には135,平成2年1月25日には199,同年6月6日には96といずれも異常値を示し,また,平成元年9月19日には中性脂肪が515,β-リポ蛋白が841と平成2年6月6日には中性脂肪が253とそれぞれ異常値を示し,さらに,平成6年2月9日にZ胃腸病院で行われた血液検査では,高脂血症及び脂肪肝が窺われるとの所見であった。
(コ) Aの両親であるC及びDはいずれも高血圧である。
以上の各事実によれば,Aが遅くとも平成2年1月25日から平成6年2月10日までの間,血圧を測定する度に中等症高血圧又は重症高血圧症に該当する血圧の数値である上,遺伝的にもAは高血圧症であった可能性が高いといえる一方,Aは,血圧降下の治療としては,平成4年7月27日ころ血圧降下剤の服用をしたのみであり,特段の血圧コントロールの措置をとっておらず,かえって,病歴や検査結果からみる限り,脳出血の危険性を相乗的に増大させる多量の飲酒及び喫煙の嗜好があったということができる。
しかし,前記1(3)認定の事実及び証拠(甲1,18,19,乙2,10,証人F,原告本人)によれば,①脳に加えて高血圧の標的臓器とされる心臓,腎臓,眼底については,心臓に関しては左室肥大所見の有無,腎臓については尿蛋白の有無や血清クレアチニン値の増大の有無,眼底については網膜血管の高血圧性変化や動脈硬化性変化の有無を評価することにより,高血圧の持続による障害のレベルを測定することができるところ,Aにおいては,左室肥大の所見が平成元年9月19日及び平成2年6月6日の検査の時点では見られたものの平成6年2月10日のZ胃腸病院における検査では消失し,本件疾病発症後の和歌山赤十字病院の検査でも異常所見はみられず,尿蛋白は一貫して発現しておらず,血清クレアチニンの数値も正常範囲内であり,眼底については何らかの異常があったとの証拠はないこと,②血圧値による分類は必ずしも高血圧による臓器障害の程度を反映しておらず,これを反映する世界保健機構の専門委員会による病期分類が提唱されているところ,Aの状態は,前記病期分類においては,臓器障害の他覚的徴候が明らかではない第Ⅰ期に分類される一方,臓器障害の徴候があるものが第Ⅱ期と,脳卒中などの症状ないし徴候が発現する時期が第Ⅲ期と定められていること,③Aの場合,本件疾病発症当時の40歳という年齢の患者が脳出血を発症した場合にまず原因として通常疑われる脳血管奇形,腎性高血圧,重症糖尿病,薬物や他の疾患による出血傾向といった事情が存在しないこと,④C及びDは脳出血を発症していないこと,⑤血圧の数値は検査の際,緊張する等の理由により,実際の数値よりも高い値が出ることが多く,殊にAは不安神経症に罹患していたため,より数値が高く出る傾向にあったということができることが認められる。
以上の事実によれば,Aの血圧の数値は高いものの,それは検査に伴うものである上,同人の不安神経症によって高くなっている可能性がある一方,Aの臓器には,高血圧に起因する特段の他覚的な異常所見は見られないか消失しており,臓器障害の他覚的徴候は明らかではないということができ,また,遺伝的にみても,両親が高血圧であるにもかかわらず脳出血を発症していないことからAが特に脳出血を発症しやすい遺伝的素因を有しているとはいえないと評価できる。さらに,Aが他に高血圧性脳出血を発症しやすい腎疾患や糖尿病といった素因を有していないことに照らすと,本件疾病が,同人の高血圧症の自然経過を有力な原因として発症したということはできない。
イ 不安神経症について
K(殊にL作成の調査復命書中の前記部分)及びO(乙10)は,Aの罹患していた不安神経症が,Aの本態性高血圧症と併せて本件疾病の原因となった可能性に言及する。
しかし,前記1(3)カ認定のとおり,Aの不安神経症は,抗不安剤の服用により,平成6年6月までにほぼ症状が消失していたこと,Aは,平成7年1月31日まで同病院に通院し,抗不安剤の処方を受けていたことに照らすと,この不安神経症が本件疾病の有力な原因となったということはできない。
(3) 総括
以上のとおり,Aは,同人の経験からは困難な業務を期間内に行わなければならない一方,阪神淡路大震災の影響により同僚らからの支援を期待できないという精神的な緊張を伴う業務を,1か月間に所定労働時間を少なくとも104時間以上超過して行うという過重な業務を行っていた。他方,Aは,高血圧症であったということができ,また,飲酒,喫煙といった脳出血の発症する危険のある嗜好を有していたものの,臓器障害の他覚的徴候に欠けること,不安神経症も抗不安剤の服用により症状が消失していたことに照らすと,これらの私的な要因が有力な原因となって発症したということはできない。したがって,本件疾病は,Aの業務が過重であったことが相対的に有力な原因となって発症したものということができる。
そして,これに反するOの意見書(乙10)は,臓器障害の他覚的徴候に欠ける点やAの業務が過重であったことを看過する点で採用することができず,また,L調査復命書中のKの意見もAの業務が過重であったことを看過する点で採用できず,他に,前記認定を覆すに足りる証拠はない。
4 結論
以上によれば,Aの本件疾病の発症及びこれに起因する死亡と同人との業務との間には,相当因果関係が認められる。よって,Aの本件疾病の発症に業務起因性が認められないことを理由として,原告主張の遺族補償年金及び葬祭料を支給しないと決定した本件各決定は違法であって,原告の請求は理由があるから,本件各決定を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 礒尾正 裁判官 秋本昌彦 裁判官 成田晋司)