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和歌山地方裁判所 平成18年(わ)3号 判決 2007年4月25日

主文

被告人を懲役8年に処する。

未決勾留日数中300日をその刑に算入する。

理由

(被告人の生育歴及び判示第1の犯行に至る経緯)

被告人は,昭和31年7月26日,和歌山市で生まれ,小学校へ入学した昭和38年ころから,同市内の長屋で実母と二人暮らしをするようになったが,経済的に困窮し,実母が毎日のように仕事で夜遅くまで家を空け,実母から食事や衣服等を与えられず,しつけを受けることもなかったため,実母との親密な接触のないまま,放任されて育った。

被告人は,同年ころ,実母から父親と称する男性を紹介され,その男性が前記長屋を断続的に訪れていたが,小学校3年生に在学していた昭和41年ころから,同人に繰り返し陰部等を触られたり,性交を強いられたりするなどの性的虐待行為を受けるようになり,また,実母が連れてきた別の男性二人からも同様の行為をされ,うち一人からは強く殴打される暴行をも受けることがあったが,いずれも実母には知られず,自ら実母に被害を申告することもできなかった。

被告人は,中学校へ入学した後,昭和45年ころ,前記の性的な行為の意味が理解できるようになって強い衝撃を受け,自宅で服薬自殺を図ったが,未遂に終わった。被告人は,そのころ父親と称する前記男性の大工仕事仲間であったA(昭和24年生)と知り合って交際を始め,既に父親と称する前記男性は前記長屋へ出入りしておらず,実母も別の男性方で暮らすようになったことから,昭和46年ころ,大阪府泉南郡a町内でA及びその親族と同居するようになり,Aの子を妊娠したものの,実母がその妊娠に気付き中絶したが,その後もAとの性交渉の際,避妊措置を講じることはなかった。

被告人は,昭和47年3月,中学校を卒業した後,再びAの子を妊娠し,昭和48年11月に最初の男児を出産してAと結婚し,以後,昭和54年6月までに,同人との間に上記男児を含め4人の子をもうけたが,厳格な舅との折り合いが悪く,Aの生活態度等に対する不満もあったことから,次第に鬱屈した気持ちを募らせ,昭和57年ころ,Aの仕事仲間でかねてから面識のあったB(昭和28年生)と密かに交際を始め,性交渉を繰り返したが,この際も避妊措置を講じることはなかった。

被告人は,昭和58年10月ころ,胎動を感じて妊娠に気付き,胎児がBとの間の子で,もはや中絶できる時期にもないと思ったが,次第に,同人との婚外交際がAらに知れれば,家を追い出されて生活できなくなる可能性が高く,生んでも育てられず,また,子供を欲しいとも思っていなかったので,妊娠を周囲に気付かれないようにし,出産した子を殺して隠せば何もなかったことにできるなどと考えるようになり,妊娠による体型変化も少なく,周囲に妊娠を気付かれなかったため,同年12月15日ころ,嬰児を分娩するや,直ちに殺害した。しかしながら,その後も被告人は,避妊措置を講じることなくBとの性交渉を繰り返して二度にわたり妊娠し,昭和60年11月ないし12月ころ,A方において,密かに嬰児を分娩した際には,同様の理由から同児を殺害したが,他方,昭和62年秋ころ,被告人がA方で密かに胎児を分娩した際は,死産であったために殺害行為には及ばなかった。

被告人は,それでも,Bとの性交渉を同様に継続し,昭和63年秋ころにも妊娠したが,このときはAと離婚して家を出たい気持ちが強く,また,腹部の膨らみ具合をみても周囲に隠し通すことは困難であると考えたことから,Bとも相談の上,平成元年3月30日,男児Cを出産した。被告人は,同年4月,Bの子を出産したことなどが原因となってAと離婚し,以後Bと同居するなどしていたが,平成2年8月ころ,和歌山市bc番地所在のde号室にCと二人で転居し,Bから全面的に家賃や生活費等の援助を受けながら暮らすようになった。被告人は,もともと子供が欲しいと思っていたわけではなく,Cが成長するにつれ,養育意欲を失って育児を放棄しがちになり,Cを怒鳴り付けたり,その身体を手拳等で殴打したりすることが度々あった。

そんな中で,被告人は,平成4年夏ころ,胎動を感じて妊娠に気付き,胎児がBとの間の子で,もはや中絶できる時期にもないと思ったが,同児を生み育てる意欲がなく,むしろ疎ましく思い,これまでと同様に,妊娠を周囲に気付かれないようにし,もし胎児が生きて産まれてくれば,殺害するほかないと考えるようになった。

(罪となるべき事実)

第1被告人は,平成4年11月ころ,突如陣痛を感じ,前記de号室の浴室において,湯を張った浴槽内で嬰児を分娩した際,同児を殺害しようと決意し,殺意をもって,うつ伏せに浮かんでいた同児の両脇を両手で摑んで,その全身を湯に沈め,よって,そのころ同所において,同児を溺死させて殺害した。

(判示第2の犯行に至る経緯)

被告人は,平成4年12月ころ,前記de号室から同市fg丁目h番i号jk号室に転居した。被告人は,平成元年に出産したCが平成5年4月に幼稚園に入園し,時間に余裕ができると,外出してパチンコ等の遊びに興じる頻度が高まり,また,再会したAや,交際相手となった別の男性とも性交渉を繰り返したが,その際も避妊措置を講じることはなかった。被告人は,前記交際相手の男性と夜間飲み歩くなど,Bから与えられた生活費等を分不相応な遊興に充て,Cの養育をしなくなったことから,平成6年春ころ,BがCを引き取り,以後一人で暮らすようになった。

そして,被告人は,平成7年2月ころ,胎動を感じて妊娠に気付き,胎児が誰の子かは分からないものの,もはや中絶できる時期にはないと思ったが,前記のとおり気ままな生活を送る中で,同児を生み育てる意欲がなく,むしろ疎ましく思い,これまでと同様に,妊娠を周囲に気付かれないようにし,もし胎児が生きて産まれてくれば,殺害するほかないと考えるようになった。

(罪となるべき事実)

第2 被告人は,平成7年6月ころ,交際相手の男性が前記jk号室を訪れていた際,突如出産が切迫したため,同室四畳半和室において,いわゆる逆子(不全足位)であった嬰児を体外に引き出し分娩したが,前記男性に見つかる前に同児を殺害しようと決意し,殺意をもって,同児の頭部及び身体にバスタオルをかけて,その顔面及び後頭部を両手で力任せに押さえ付け,よって,そのころ同所において,同児を窒息死させて殺害した。

(判示第3の犯行に至る経緯)

被告人は,平成7年12月ころ,前記jk号室から同市lm番地のn所在のop号室に転居し,遊興生活を送る中で知り合ったD(昭和40年生)及びその親族と同居するようになった。被告人は,平成8年7月ころ,病院で診察を受けて妊娠に気付いたが,その妊娠を知ったDから結婚して子を産むよう繰り返し求められたことから,同年12月,Dと結婚し,平成9年1月24日,男児Eを出産した。なお,Eは,Bの子であり,被告人は,血液検査の結果によりそのことを知ったが,Dにはその事実を隠していた。その後,被告人は,Dにしばしば暴力を振るわれ,また,同人から生活費等を渡してもらえなかったため,同人に対し強い不満を抱き,同人に秘してBと会い,性交渉を繰り返すようになったが,その際も避妊措置を講じることはなかった。

そのため,被告人は,またもや妊娠してしまい,平成12年5月ころ,胎動を感じてこれに気付き,胎児がBとの間の子で,もはや中絶できる時期にもないと思ったが,Dに妊娠が知れれば,同人から激しい暴力を振るわれかねないばかりか,同人がBにも暴力を振るったり,慰謝料を要求したりするかもしれないなどとおそれ,また,同児を生み育てる意欲がなく,むしろ疎ましく思ったことから,これまでと同様に,妊娠を周囲に気付かれないようにし,もし胎児が生きて産まれてくれば,殺害するほかないと考えるようになった。

(罪となるべき事実)

第3 被告人は,平成12年8月ころ,明け方から次第に陣痛が強まるのを感じ,前記op号室において,布団の上で仰向けの体勢になって嬰児を分娩した際,同児を殺害しようと決意し,殺意をもって,自己の上体を起こして前記嬰児の頭部にバスタオル等をかけ,これを右手で強く押さえ付け,よって,そのころ同所において,同児を窒息死させて殺害した。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は,行為時においては平成7年法律第91号及び平成16年法律第156号による各改正前の刑法199条に,裁判時においてはそれらによる改正後の刑法199条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,平成7年法律第91号附則2条1項本文,刑法6条,10条により行為時法と裁判時法を比較し,軽い行為時法の刑によることとし,判示第2及び第3の各所為は,いずれも行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法199条に,裁判時においてはその改正後の刑法199条にそれぞれ該当する(なお,判示第2の所為は平成7年6月1日より前になされたものである可能性が否定できず,その場合は判示第1の所為と同じ条項に該当することになるが,平成7年法律第91号による改正の前後で法定刑に変更はなく,処断刑に影響するものではない。)が,これらは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるからいずれも刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとし,各所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し(各刑の長期は,いずれも行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これらは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。),以上は刑法45条前段の併合罪であるから,平成7年法律第91号附則2条2項前段,刑法47条本文,10条により犯情の最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重(行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法14条の加重の制限に従い,裁判時においてはその制限はされないが,これは刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)をした刑期の範囲内で被告人を懲役8年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中300日をその刑に算入し,訴訟費用は刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,3度にわたり,自ら出産した嬰児を,その直後に殺害したという事案である。

本件各犯行に至る経緯については,判示のとおりであるが,いずれの事件についても,被告人は,何ら避妊措置を講じることなく男性と性交渉を繰り返した末,中絶不可能な時期になって妊娠に気付いたが,もともと子供が欲しいと思ったこともなく,その子を生み育てる意欲がなかったことから,周囲に発覚していないことを奇貨として,そのまま隠し通し,胎児が生きて産まれてくれば殺害し,妊娠・出産した事実そのものをなかったことにしようなどと考え,分娩直後の嬰児を殺害したものであるところ,後記のとおり本件は被告人の特異な生育歴等が色濃く反映された犯行であり,その経緯や動機において酌むべき点が認められるとはいえ,被告人は,殺害直後等には,自分は鬼であるとか,堕落しているといった思いを抱いたこともあるのに,それによって自己の行動を改めるどころか,複数の男性と無思慮に性交渉をもつ傾向を維持し,結局嬰児の殺害を繰り返したものであり,被告人が出産して殺害しなかった子に対しても,判示のとおり,遊興等のため自宅に放置したり,身体的虐待を加えるなど,養育を放棄する態度に出ていたことも考慮すると,本件動機は誠に短絡的で身勝手極まりないものと評価せざるを得ない。

各犯行態様についてみても,被告人は,被害嬰児らに対し,躊躇なくその全身を水中に沈め,あるいは顔面や身体にバスタオル等をかけて力任せに押さえ付けるなどし,速やかな死を念じながら,絶命が確実になるまでそれらの行為を続けており,強固な殺意に基づく大胆かつ冷酷非情な犯行といえ,人命軽視も甚だしく,極めて悪質である。また,被告人は,出産前から嬰児を殺害するほかないと考えていたのであるから,本件各殺害方法には場当たり的な面がみられるとはいえ,各犯行の計画性は否定できない。さらに,被告人は,殺害した被害嬰児らの遺体をゴミ袋に入れるなどして人目に付かないところに隠すなどの罪証隠滅行為に及んでおり,事後の情状も非常に悪い。

しかも,被告人は,判示のとおり,本件以前に何度も出産経験があるだけでなく,本件と同様の嬰児殺を二度も行っていた上,同じく嬰児殺をする覚悟で出産に臨んだものの,たまたま死産であったために殺害行為に及ぶことを免れたこともあったこと等からすると,判示第1の犯行の時点でも,予想外の事態に直面して精神的に強く混乱したなどという事情は窺われず,客観的にみて,我が子を殺さざるを得ないと思い詰めるほど追い込まれた状況にもなかったのに,本件のように人の親としてあるまじき非道な行為に繰り返し及んでいるのであるから,この点に関する限り被告人の規範意識は著しく低いと断ずるほかない。

本件により,3人もの尊い命が失われており,そのこと自体極めて重大な結果であることはいうまでもないが,前記犯行態様等に照らすと,被害嬰児らが死に至るまでに味わわされた肉体的・精神的苦痛には甚大なものがあったというべきである。また,被害嬰児らは,当然のことながら,本件のような被害に遭わなければならないようないわれは全くなかったのに,本来であれば愛情を注いでくれるはずの実母の手にかけられ,その誕生直後に無限の可能性を秘めた未来を奪い去られているのであって,哀れというほかなく,この点でも被告人による本件各犯行は強い非難に値する。

加えて,本件は,母親が実子を繰り返し殺害した重大事犯であり,社会に動揺を与えた点も軽視できない。

以上に照らせば,犯情は誠に芳しくなく被告人の刑事責任は非常に重大である。

他方で,被告人は,判示のとおり,幼少期から常時自宅に放置され,食事や衣服も与えられないなど,実母から適切な保護と養育を少しも受けられなかった上,小学三,四年生以降,父親と称する男性を含む3名の男性から性交等を強いられ,暴力を振るわれるなどの虐待を数年にわたり継続的に受けていたもので,このような最重度のネグレクトや性的虐待が,被告人の人格形成に重大な影響を与え,他者を信頼して持続的な関係をもつことが困難で,無力感,絶望感,自己無価値感に支配され,無目的,無計画な行動をとる人格傾向を有するに至り,その人格傾向が,刹那的な満足を得るためだけに,複数の男性と避妊措置を講じないまま性交渉を繰り返すといった無分別で危険な性的行動に直結し,最終的に不都合な妊娠を否認し,出産後の嬰児に対する究極の虐待ともいうべき殺害に至ったものと認められるのであって,このような被告人の特異な生育歴に照らせば,本件動機・経緯にも酌量の余地は大きく,前記した被告人の規範意識の低さも本人にのみ帰責するわけにはいかないところである(なお,この点は検察官も本件求刑において十分考慮したものとみられる。)。

また,この点以外にも,本件各犯行が周到に計画されたものではないこと,避妊措置を講じないまま被告人と繰り返し性交渉に及ぶという男性らの無責任さも本件の遠因となっていることは否定できないこと,被告人が捜査段階の当初から事実関係を詳細に供述して捜査に協力し,身柄拘束中に被害嬰児らにそれぞれ名前を付けて死後の冥福を祈り写経をするなど,真摯な反省の態度を示していること,証人として出廷した被告人の内縁の夫であるBが,自分と血の繋がった被害嬰児らを被告人に殺害されたことを知ってもなお,社会復帰後の被告人を受け入れて生活を共にする旨述べ,その更生に協力する姿勢を示していること,被告人に前科前歴はなく,本件以外に特段の犯罪傾向はみられないこと,被告人には未成年の実子2名がおり,そのうち1名はいまだ10歳にすぎないこと等,被告人のために酌むべき事情も認められる。

したがって,これらの有利な事情を最大限に考慮した上,本件が近時における殺人罪の法定刑の引上げを伴う刑法改正前の事案である点を勘案したとしても,本件は,犯行の回数が三度にも及ぶなど他の嬰児殺の事案とは同視できない悪質性を有するものというべきであって,その刑事責任の重大さにかんがみた場合,被告人に対しては主文掲記の刑をもって臨むのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑) 懲役9年

(裁判長裁判官 成川洋司 裁判官 田中伸一 裁判官 下和弘)

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