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和歌山地方裁判所 平成4年(行ウ)1号 判決 1995年3月01日

原告 海南市

被告 和歌山市

主文

1  原告と被告との和歌山マリーナシティ埋立地周辺水域における境界は、別紙図面一のイ点を基点として、同図面上のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ルの各点を順次直線で結んだ線であることを確定する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告との和歌山マリーナシティ埋立地及びその周辺水域における境界は、別紙図面二のA点を基点として、同図面上のA1、B1、C1、D1、D2の各点(各点の位置は別添成果表のとおり)を順次直線で結んだ線(以下、「原告主張線」という。)であることを確定する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 原告の訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(主位的)

主文同旨。

(予備的)

(一) 原告と被告との和歌山マリーナシティ埋立地周辺における境界は、別紙図面一のイ点を基点として、同図面上のイ、ロ、ハ、ニ、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ルの各点を順次直線で結んだ線であることを確定する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告と被告とは、和歌山マリーナシティ埋立地(以下、「本件埋立地」という。)周辺の公有水面(以下、「本件公有水面」という。)において境界を接している。

二  原告と被告との間には、本件埋立地付近の境界線について争論があり、解決がつかないため、原告は、議会の議決を経たうえで、平成三年一一月二二日、和歌山県知事に対し、地方自治法九条一項及び九条の三第三項の規定(以下、地方自治法の規定については「地方自治法」の記載を省略し、条文のみを表示する。)に基づき、二五一条の規定による自治紛争調停委員の調停に付すよう申請したが、同知事は、本件を調停に付さず、同年一二月二一日、原告に対し、本件については調停に適しない旨の通知をし、裁定もしなかったため右境界争論はなお未解決である。

三  しかし、本件公有水面に係る原被告間の境界(以下、「本件境界」という。)は、原告主張線のとおり確定されるべきであり、その理由は次のとおりである。

1 歴史的・地理的根拠

(一)(1) 和歌山県は南北に伸びた半島性の県であり、東側は紀伊山地が走り、西側は海岸になっている。したがって、海岸に面した市町村、とりわけ和歌山県北部の市町村はおおむね東西方向に陸上境界があり、主に西に向かって発展してきたものである。

原告は、昭和九年五月、もとの黒江、日方、内海の三町と大野村とが合併してできた市であり、北に船尾山脈(梨木山脈)、南に長峰山脈(藤白山脈)が位置し、西は黒江湾が大きく湾入し、東部の低地に若干の農地が存在するという地形である。そして、原告にとって黒江湾は唯一西方に開けた海であり、旧町村時代以前の江戸時代から現在に至るまで黒江湾の埋立てを繰り返し、西に向かって発展してきた歴史的経緯を有している。

そして、原告の市役所、消防署、警察署、小学校・中学校・高校等の学校施設、旧裁判所、市民病院、商工会議所、国道四二号線等、原告の行政、経済の中枢部分がすべて黒江湾を埋め立てた右埋立地に設置されている。

本件埋立地はその黒江湾の西方、港湾法上は和歌山下津港港湾区域の海南和歌浦港区内にある。

(2) また、黒江湾内の海南港は主として原告の地場産業であった繊維・家具・木工・和傘・漆器等を運搬する船が利用していたものであり、黒江湾及びその西方地先水面は江戸時代から海運業を通して黒江の住民と密接な関係にあった。

(3) 更に、江戸時代においては、現在被告市域となっている毛見浦は、原告市域となっている船尾・黒江等と同じ日方組に所属し、同一の大庄屋の支配下にあった。そして、船尾山系の南側に毛見地区南岸と呼べるような地域は存在しなかったし、存在したとしても人が住めるようなところではなく、船尾山系の南側の毛見浦は、まとまりとしては船尾浦の一部と理解される地域であった。

また、江戸時代において、黒江湾内では毛見浦・船尾浦・名高浦・冷水浦らの各漁民が入会あって漁業を営んでいたが、このうち毛見浦の住民は天保九年ころには漁業を営んでいなかったことが窺われる。そして、明治四二年に内海浦漁業組合(海南市)が毛見浦・塩津浦・内海浦の三ケ浦を代表し、三ケ浦組合共同慣行専用漁業免許を得て漁業を営んでおり、昭和三年に右免許の更新申請をし、昭和四年に昭和二四年までの免許が下りているが、右更新申請書の添付書類を見ても組合員数・漁業実績において内海浦が毛見浦を圧倒していた。右三カ浦漁業組合は相互入漁仮契約を締結し、免許の下りた漁区以外にも入会って漁業を営んできている。また、内海浦に下りた免許は漁種及び漁業期間において毛見浦を圧倒しており、右は江戸時代からの慣行を踏まえてのものであると思われる。

このように原告の地域に居住していた住民は古くから黒江湾及びその西方地先水面を利用し、かつ、これと共棲してきたものである。

(4) したがって、かかる歴史的経緯を離れて、人工的な等距離線主義で境界を決定することは妥当でないばかりか、原告の区域の真西に新たな埋立造成がなされ(本件埋立地がまさにそれである。)、当該埋立地がすべて被告の区域ということになれば、右歴史的経緯にも反し、原告は西方地先水面を失い、出口をふさがれ、今後の発展可能性を閉ざされることになってしまう。

このような事態を避けるためには、既存の原告の区域の地先公有水面に新たに生じる土地は原告の区域に属すべきものとし、原告の地先水面を確保する必要がある。

(二) また、黒江湾の周辺はほとんどが原告市域であり、黒江湾の北側のわずかの部分(被告毛見字馬瀬地区)が被告の行政区域となっているに過ぎず、同地区は、大正末ころの埋立が行われるまでは、海岸線が山際まで接近している無人地区であった。しかも、右毛見字馬瀬地区(琴ノ浦地区)は地形的にも船尾山脈によって既存の被告の行政地域と隔てられ、いわば飛地となっている。

このため、同地区は、大正末ころに埋立が行われ人が居住するようになった後も、昭和四七年ころまでは、日常生活に欠かせない飲料水すら原告から分水を受けていた。また、同地区の小中学生は現在も原告の区域に存在する海南市立黒江小学校及び海南市立第一中学校へ通学し、原告は被告から教育事務の委託を受け、現在も右児童生徒の教育を担当しており、警察も海南警察署が管轄しているなど、原告の行政サービスを受けている。

更に、被告琴ノ浦地区住民の日常生活においても同地区の住民は原告の区域内にある船尾市場、日方商店街等を利用しており、同地区は、地理的・社会生活上の観点から見ても原告の行政区域に準ずる区域であるというべき位置にある。

したがって、被告にとって、琴ノ浦地区の地先の持つ意義は極めて小さい。

(三) 既存陸地と本件埋立地とは、二本の橋によって連絡されているが、そのうちの一本は原告の区域である旧第二工区北西端付近から本件埋立地の中央部分に架橋され、本件埋立地を東西に横断する幹線道路に直結している。

2 黒江湾に対する原告の管理・支配

(一) 昭和四一年三月三一日に竣功した本件埋立地の東側に位置する海南市船尾地先公有水面の一二一万五〇〇一・〇六平方メートルの埋立地(以下、「旧第二工区」という。)については、原告と被告との間で境界について紛争が生じ、双方から和歌山県知事に対して九条二項に基づく裁定申請がなされたが、結局、原被告の旧第二工区をめぐる公有水面に関する境界については確定されないまま、昭和四六年二月一六日に至り、裁定とは別に知事斡旋案が提示され、原被告双方がこれを受け入れたことにより、同月二六日、原被告間において、旧第二工区全域を原告の行政区域とすることを骨子とした協定が成立し、その旨の協定書(以下、「協定書」という。)が作成された。

(二) そして、旧第二工区については、九条の五の規定に基づき、海南市長において同市議会の議決を経たうえ原告の区域内に新たに生じた土地として確認し、その旨和歌山県知事に届出をし、右届出を受理した和歌山県知事においてこれを告示したこと及び二六〇条の規定による手続によって、何らの留保も伴わず、無条件で適法かつ確定的に原告に帰属したのである。

したがって、旧第二工区への行政権の行使とそのもとでの社会・経済活動の積み重ねにより、黒江湾に対する原告の管理・支配はますます増強されている。

(三) 本件公有水面を含む旧第二工区の西方地先公有水面において漂流物が発見・拾得された際、下津海上保安署は、原告市長が水難救護法二四条一項及び同法施行細則四条に定める漂流物拾得地の市長であると認識し、原告市長に通報がなされていた。

3 和歌山マリーナシティ建設事業のための埋立造成にあたっては、施行区域に漁業権を有していた地元漁民に対する漁業補償がなされたが、その際、原告の行政区域内に住所のある冷水浦漁業協同組合の漁民に対して、被告の毛見浦漁業協同組合の漁民に対する補償額を上回る数億円規模の補償金が支払われている。

4(一) 基礎的な地方自治体である市町村にとって、住民各自が同じ市や町や村の住民であるという一体感(ふるさと感覚)を有することができるということが何よりも重要であり、ことに本件のように新たな埋立造成がなされ、そこに多数の住民が居住することになるような場合には、この点についての配慮が特に要請されるところである。

(二) そこで、本件埋立地についてこれを見ると、本件埋立地と原告とは橋によって連絡され、原告の官署・繁華街等の中心部とも至近の距離にあり、容易に住民の一体感が醸成されると考えられる。そして、この理は、原告の既存の住民の側から見ても同様である。

また、モータリゼーションの発達にともない、高速交通機関との関係では、本件埋立地への進入経路としては、原告の区域内にある海南東インターチェンジ又は海南インターチェンジからの経路が最も近い。

5 黒江湾の西方にある防波堤は、昭和二六年から昭和四〇年までの間に構築され、更に琴ノ浦地区を水害から守るための波除堤は昭和三九年から昭和四一年に構築されたものであるが、原告は右構築にあたり、相応の負担をしている。

6 前記2(一)、(二)のとおり、旧第二工区は原告に確定的に帰属しているところ、右旧第二工区と被告琴ノ浦地区とは、水路をはさんで向いあっており、このような場合、両市の境界としては両市を隔てる水路の中点を結ぶ線が最も合理的な境界線である。

また、前記1ないし5の事情に加え、旧第二工区西側水際線は原告の西方地先水域への出口であること、元来黒江湾の北岸の水際線は東西の方向を示していることから、両市の境界線としては、これに沿った線であるべきであり、具体的には、旧第二工区北西端から対岸に真北に引いた線の中点を基準点として、そこから西方へ一八〇度の線を引いた線が両市の境界として、最も衡平妥当な線と考えられる。

したがって、本件境界は、別紙図面二のA点を基点として、同図面上のA1、B1、C1、D1、D2の各点(各点の位置は別添成果表のとおり)を順次直線で結んだ線と確定されるべきである。

四  よって、原告は、

1 九条一項に基づき、和歌山県知事に対し、付調停の申請をしたにもかかわらず、同知事より調停に適しない旨の通知を受けたものであるから、同条九項前段の規定に基づき、

2 右1記載のとおり、付調停の申請をしたにもかかわらず、申請をした日(平成三年一一月二二日)から九〇日以内に、和歌山県知事が調停に付さなかったものであるから、九条九項後段の規定に基づき、

3 九条の三第三項に基づき、和歌山県知事に対し職権により調停に付すことを求めたにもかかわらず、同知事より調停に適しない旨の通知を受けたものであるから、九条の三第六項、九条九項前段の規定に基づき、

原告主張線をもって、原被告間の本件境界を確定するよう求める。

(被告の本案前の主張)

原告の本訴は次のとおり訴訟要件を欠くもので不適法である。

一  境界に関する争論の不存在について

1 九条の三第三項の「公有水面のみに係る市町村の境界に関し争論があるとき」とは、公有水面のみに係る市町村の境界に関し関係市町村の間で客観的事実の主張に意見の不一致があり、これが原因となって第三者から見ても客観的に紛争があると認められる状態を生じている場合をいい、関係一市町村の主観的な判断で紛争があると認められる状態をいうのではない。すなわち、公有水面の一定の地点を自らの区域にしたいとする主張及びこれに反対する主張は単なる願望であって、法律上の「争論」と解することはできない。

なお、調停・裁定申請や境界確定訴訟を提起したことをもって「争論がある場合」とする、いわゆる形式的基準では、「争論ある場合」と定めた内容そのものが無意味なものになり、およそ基準たり得ない。とりわけ、九条の三が新設され、都道府県知事の職権による調停の制度が導入されたことにより、旧来のような申請の有無という形式的基準によって「争論がある場合」と「争論がない場合」とが区分できなくなったため、ますます右形式的基準は採り得ず、「客観的に紛争と認められる状態」という実質的基準が妥当するのである。

本件では、後記2のとおり本件境界に関する争論が解決されたにもかかわらず、原告が本件埋立地を自己の所属にしたいとの願望から、一方的に異を唱え、被告と根本的にその見解を異にするとか、被告の立場と相容れないなどというだけであって、「客観的に紛争と認められる状態」に該当せず、本件公有水面の境界をめぐって個別具体的な問題も生じていない。

2 本件境界に関する争論の昭和四六年における解決

(一) 本件公有水面は被告から原告、下津町を経て有田市に至る海岸線の西側に存する港湾法上和歌山下津港湾区域の一部である。

この区域は、明治以降、幾度となく埋立てが行われてきたところであるが、関係市町村間において埋立地の所属や境界をめぐっての争いは全く存在しなかった。

昭和三五年に入り、和歌山県が右区域内の旧第二工区を含む三か所の埋立てを計画し、埋立免許の出願をなし、和歌山県知事はこれを受けて右のうち旧第二工区を含む二か所の埋立てについて原被告の両市議会に公有水面埋立法上の諮問をなした。そして、旧第二工区については昭和四一年三月三一日竣功した。

(二) ところが、旧第二工区の所属について、原被告間に見解の相違が生じ、原告は陸上境界延長主義及び陸上境界点と下津町戸坂白岩を見通す見通し線主義による境界線(別紙図面三前回海南市主張線)を主張し、被告は等距離線主義による境界線(別紙図面三前回和歌山市主張線)を主張した。原告主張の境界線によれば、旧第二工区はその北西すみの部分約三〇〇〇平方メートルのみが被告に所属することとなり、他方、被告主張の境界線によれば、約三〇万平方メートルが被告の所属となる。

そこで、和歌山県の仲介で原被告間の協議が昭和四一年一一月一八日を第一回とし、同四四年一月三一日まで前後一〇回にわたって行われたが、結論が得られなかったことから、原被告は、昭和四四年八月一五日、和歌山県知事にそれぞれ裁定を申請した。

和歌山県知事は右裁定申請を受け、昭和四四年八月、境界審議委員三名を委嘱し、同委員は、原被告から事情聴取を行うなど早期裁定のための努力を行ったが、その後一年以上にわたり裁定がなされないまま事態が推移した。

そして、昭和四五年秋ころ、原被告から早期裁定を求める要望がなされたことなどから、和歌山県知事は、右裁定作業の経過を踏まえ、原被告と折衝を重ねた結果、原被告は、知事の斡旋によりこの問題を解決することとなった。斡旋に際しては、一つの埋立地に行政区域が異なる飛び地ができることは住民の社会生活上の便宜から好ましくないこと、しかし、原被告いずれの主張によるも旧第二工区内には被告に所属する行政区域が生ずること、他方で旧第二工区の先端地先に新たな埋立の可能性のあることが考慮された。その結果、昭和四六年二月一六日、和歌山県知事から原被告に対し、旧第二工区の中に被告の行政区域が存在することを認めつつ、旧第二工区全域を一応原告の行政区域とすることとし、他方、旧第二工区先端地先の新たな埋立地は被告の区域に所属する旨の斡旋案が提示された。

(三) 原告は、この斡旋案の提示を受けるや原告市議会の全員協議会を開催してこれを受諾することとし、被告も被告市議会総務委員会の決議を経て、これを受諾することとなった。その結果、昭和四六年二月二六日、協定書と覚書(以下、「覚書」という。)が原被告両市長により、同時に締結されるに至った。

協定書と覚書は一体をなす文書であり、覚書は協定の一部をなすものである。協定書自体には本件境界について直接触れてはいないが、覚書前文には「第二工区埋立地の先端地先に新たな埋立が行われた場合の当該埋立地の所属関係等につき、将来争論がないよう」とあり、協定書・覚書を締結し、埋立地の所属を決めることによって問題の解決を図り、結果的に境界を定めたのである。すなわち、協定書第2項の「両市の留保関係を解く」とは、「新たな埋立が計画され、実施に着手するとき」に被告の所属とされた新埋立地が現実化することから、その時点において、旧第二工区・新埋立地についての原被告それぞれの自己の所属となるべき部分についての留保関係をなくし、確定的に、旧第二工区は原告の、新埋立地は被告の所属とする趣旨である。そして、境界に関しては、被告としては従前の等距離線主義をすべて譲ったわけではなく、旧第二工区の存する部分について原告の主張する線に譲歩したものであり、他方原告も被告が譲歩した以外の部分については被告の主張する等距離線主義に合意したものである。そして更に、右合意を前提としつつも、住民の社会・経済生活上の便益から飛地を作らないとの考慮が大きく働き、原告の主張線によっても旧第二工区の北西部分約三〇〇〇平方メートルは、被告の所属となるにもかかわらず旧第二工区の全体が原告の所属とされたのである。

協定書・覚書の締結の経緯や締結当時の当事者の意思からすれば、将来において両市の間に紛争が再燃することを認めつつ一時的に問題を棚上げするだけのためにこれを締結したものとは考えられず、協定書・覚書は、本件境界に関する一方の主張を肯定することなく両市の主張をそれぞれ考慮したうえ将来の埋立てを視野に入れて両市の境界紛争の解決を図ったものである。

このような合意の結果、本件境界に関する争論は解決され、本件境界は、原被告間の陸上境界線の水際点つまり温山荘がその北西道路と接する線と水際線との交点を起点として旧第二工区までは等距離線主義により、旧第二工区の存する部分はその北側、西側の水際線により、更に旧第二工区の南西側公有水面は等距離線主義により、本件境界に関する被告の主位的主張の線と確定されたものである。

(四) 右のとおり、協定書・覚書の締結によって本件境界の問題は解決され、争論はなくなったことから、和歌山県知事は、右協定書・覚書の締結を受けて、原告に旧第二工区の竣功認可通知を行った。

原告市長は、九条の五に基づき、市議会の議決を経て旧第二工区につき新たに生じた土地の確認をしたうえ、同年三月八日、和歌山県知事に対し、確認の届出をなし、同月三〇日、和歌山県知事はその旨告示した。なお、原告は、二六〇条に基づき、旧第二工区につき、字の区域と名称を、市議会の議決を経て定め、和歌山県知事に届出をなし、和歌山県知事はこれについてもその旨告示した。被告はこれら行政上の手続については前記合意を遵守し何らの異議申出もしなかった。

以上の経過に基づき、原告と被告は右の合意を守り、約二〇年間は本件公有水面について何らの争いもなく経過した。

(五) なお、右のとおり裁定申請時の議会の議決、全員協議会・総務委員会の承認、及び協定書・覚書の締結を受けてなされた九条の五の議会の議決を経ていること、協定書・覚書の締結自体裁定手続とは全く別個になされたものではなく、裁定手続が継続している中で裁定権者である和歌山県知事の斡旋のもとに裁定に代えてなされたもので、協定書・覚書は九条二項の「裁定」に準ずるものと解することもできること、新埋立地の位置は、その南側は航路・泊地によって画され、東側は旧第二工区によって画され、新埋立地の特定にかけることはないことからすれば、協定書・覚書は有効である。

(六) 本件公有水面に係る過去の経緯は以上のとおりであり、協定書・覚書の締結によって本件公有水面に係る原被告間の本件境界に関する争論が存在しなくなっているのであるから、争論の存在を前提とする本件訴えは、訴訟要件を欠き、不適法である。

3 仮に、協定書・覚書の締結によって本件境界が定められたものでないとしても、右締結による合意は、<1>旧第二工区は原告の所属とし、<2>地先の新埋立地の所属は被告の所属とすることを内容とする。<1>は締結当時の問題であり原告にとって有利な事項であり、<2>は将来の問題であり原告にとっては不利な事項であった。原告は自己に有利な<1>を前提に、旧第二工区について九条の五の新しく生じた土地の確認の手続きをとり、被告は右合意に基づいてこれに異議をさしはさまず、すなわちこれを争わないという状態を原告は利用してきたのである。この状態は約二〇年間にわたっている。

そして、原告は自己に不利な<2>が現実化したことから、<1>と対応関係にあった自己に不利益な<2>の合意部分のみを否定して<2>について争論を作り出したものである。この争論の作出は、右合意により培われてきた約二〇年間の平穏を乱し、右合意を前提として積み上げられてきた各種の行政上の行為の安定をも害するものであり、右合意を信じてきた被告に対する強い背信行為である。原告は合意の一部である<1>を利用して自己の利益を図っておきながら、対応する自己に不利益な<2>の合意を否定して合意に反する主張を本訴においてなすものである。しかも、本訴において原告が主張する境界線は、<1>による結果を前提としていることは明白である。このような原告の行動による争いは九条の三第三項にいう「争論」に該当しないし、仮に該当するとしてもこの原告の主張は、公法の領域にも妥当する信義誠実の原則ないし禁反言の原則に照らし許されるべきではなく、本件訴えは却下されるべきである。

二  地方自治法が定める市町村の公有水面のみに係る境界確定の訴えの出訴要件の欠如

1(一) 九条の三が定める出訴要件

地方自治法は九条において、「市町村の境界に関し争論がある場合」につき、その確定手続を定めるが、その境界が「公有水面のみに係る境界」の場合については、同法は九条とは別に、九条の三を設けてその特例を定め、陸地の場合と異なる簡易な手続きをとっている。

すなわち、九条の三第三項において、公有水面のみに係る境界に関し争論があるときは、まず「行政的手段」として、都道府県知事は<1>職権により調停に付し、<2>当該調停により確定しないとき又はすべての市町村の裁定することについての同意があるとき、の二つの場合に裁定することができると規定している。

したがって、同法が公有水面のみに係る境界の争論につき、解決の行政的手段を認めるのは、右<1>の調停と<2>の裁定のみである。<1>の調停については、条文上明白なように「職権」による調停のみを認め、市町村の「申請による」調停を認めていない。申請による調停を認めていないことは、九条の三第三項が条文上も、「第九条第一項及び第二項の規定にかかわらず」としていること、「職権により」と明記されていること、更に法九条の三第六項が、法九条九項の前段を準用しながら、同項後段(調停又は裁定を申請した日から九〇日以内に調停に付されないとき、調停により境界が確定しないとき若しくは裁定がないときの三つの場合にも、裁判所への出訴を認める)を準用していないことからも明白である。

そして、「司法的手段」について、九条の三第六項は、九条九項前段を準用しているから、知事が「調停又は裁定に適しないと認めてその旨を通知」したときに、関係市町村は裁判所に市町村の境界確定の訴えを提起することを認めている。

(二) 九条の三の立法趣旨<1>

(1) 九条の三は、公有水面のみに係る市町村の境界に関する争論の単なる早期解決を目指したものではなく、公有水面である間の行政的解決を目指したものである。すなわち、同条は、公有水面のみに係る境界の確定につき、解決の期間として「公有水面である間」とし、解決の方法として「手続の簡素化」すなわち「(陸地と比べより積極的な)行政的解決」を目指したものなのである。このことは、九条の三を新設した昭和三六年の地方自治法の改正(以下、「三六年改正」という。)当時の安井謙国務大臣の三六年改正法の提案理由からも明白である。

そして、九条の三が、いわば一般法である九条に対し公有水面にのみ係る境界の確定につき特別法として制定された規定である以上、その解決期間が「公有水面である間」となるのは当然であって、本条の主たる狙いは、「(陸地と比べより積極的な)行政的解決」を図ることにあり、この目的のため、知事により強い権限を付与したものである。

また、公有水面のみに係る場合でも九条が適用されるのであれば、二つの手続が併存し、何ら簡素化されないことになり、右改正法の提案理由と明らかに齟齬する結果となる。

(2) 三六年改正前の地方自治法においては、公有水面のみに係る境界の場合も九条が適用されていたため、申請がなければ行政的解決手続を開始することができなかったばかりでなく(九条一項)、一つの市町村からの申請で調停が開始されても、これが不調となった場合には、別にすべての関係市町村から裁定することの申請がない限り、知事は裁定することができなかった(九条二項)。九条においては、一市町村からの申請は、行政的解決の端緒ではあるが、決して行政的解決に直結するものではなく、一市町村でも行政的解決に反対であれば、その解決は司法的解決に移行せざるを得ない。すなわち、九条による行政的解決は、そのイニシアティブが関係市町村にあるのである。

しかるに、従前、公有水面埋立地の所属について、関係市町村の意見の不一致から、埋立の竣功後長期にわたって埋立地の所属が決定せず、行政上種々の支障が生じている例が少なくなかったうえ、公有水面のみに係る境界の場合、<1>陸地となっていないので、具体的な利害関係が少ない、<2>陸地の境界に比べ、明確な資料等があることが少なく、その確定はいわばより創設的であって行政的解決を図り易い、<3>単純な形状(平らな水面)をなしているので、境界確定の原則の樹立とその応用による解決が可能である、<4>公有水面のみに係る境界の場合には、多くは、埋立と関連するので、公有水面埋立法との関連を図る必要があり、埋立の問題(埋立を免許するか否か等)は、高度に行政的判断によるところが多く、公有水面における境界問題の解決も第一次的には行政的性格を有していると考えられる、<5>三六年改正当時、大規模な埋立が増加する事態が予想されたので、これに対処する公有水面のみに係る境界の確定手続を必要としたなどの特殊性があることから、三六年改正によって九条の三を新設し、陸地の場合よりも積極的な行政による解決を期待して、知事に陸地の場合以上に強いリーダーシップを与え、都道府県知事の方から積極的に公有水面のみに係る境界争論を解決できるようにしたわけである。

(3) 右の趣旨は、市町村の境界の確定に関する規定の沿革を見ても、十分首肯できるものであり、三六年改正によって、いわば一般法である九条に対し特別法として九条の三を制定し、公有水面のみに係る境界に限り新しい境界確定制度を創設したものである。換言すれば、三六年改正前の九条の適用範囲のうちから公有水面のみに係る境界の確定を除外し、新制度を創設したものであって決して新制度を付加したものではない。

(三) 九条の三の立法趣旨<2>

(1) 境界は市町村の区域を画するものであるところ、現在右区域には、領海内の海域が含まれると解されており、これを前提とすれば、九条の「境界」は、陸地における境界に限らず、公有水面における境界も含まれることになるようにも考えられる。

しかし、市制町村制の制定当初においては、当時の状況を反映して、普通地方公共団体の区域はまさに地域すなわち陸地のみが考えられており、地先水面には市町村の行政権は及ばず、埋立地は当然に市町村の区域に混入することなく独立して存在し、これを接続する市町村の区域に編入するか独立の市町村を設置するかは、権限を有する者、すなわち内務大臣・知事の自由であると考えられていた。

そしてその後、逐次多くなりつつあった海面の埋立地の法律上の取扱いの必要性や、沿岸係留船舶の居住者に対する課税権、選挙権等の問題解決の必要性等から、何らかの形で海域における市町村の支配権を認めなければならないという行政上の必要もあり、普通地方公共団体の区域には海域を含むとする積極説が提唱され、判例を生んだが、消極説も依然としてあった。

そのうえ、公有水面が五条の区域に含まれるのであれば、その公有水面の中に埋立等で新たに陸地を生じたときは、当然当該市町村の区域内のことであり、特に編入処分は必要としないはずであるが、現実には、内務省・自治省は右埋立地について所属未定地編入処分を行ってきた。

このように、三六年改正前の段階においては、公有水面は五条の区域に含まれるが、少なくとも七条、九条との関係では、陸地と同様には考えられておらず、公有水面に生じた埋立地については、陸地となった時点で、所属未定地編入処分により、その所属を決めていた。

すなわち、三六年改正前においては、公有水面である段階では、区域といっても潜在的なものであるのに対し、境界は市町村の区域を画する顕在的・具体的なものであるから、公有水面には区域を前提とする具体的な境界の問題は考えられず、九条の手続がそのまま適用されるとは考えられていなかった。

また、自治省においては、従前九条の境界確定は当該土地の所属が確定していることを前提とし、その境界に争論がある場合や判明していない場合の手続と考えられていた。したがって、公有水面にできた埋立地ですら、その所属が確定していない以上、九条は適用できないと考えられていたわけであり、まして埋立竣功前の公有水面である間は、九条による争論の解決はあり得ず、同条は適用されていなかったのである。

(2) ところで、所属未定地編入処分は、明治四四年の市制町村制以来の制度であるが、三六年改正前の地方自治法は、その七条一項で「市町村の廃置分合又は市町村の境界変更は、関係市町村の申請に基づき、都道府県知事が当該都道府県の議会の議決を経てこれを定め、直ちにその旨を自治大臣に届け出なければならない。所属未定地の市町村の区域への編入も、また、同様とする。」と規定していた。

ここでいう所属未定地とは、領海内に新たに生じた島、水面の埋立地又は河口の寄せ州等のように一定の広がりを持つ土地にして、いずれかの市町村の区域に所属すべきものであるが、未だにその所属を確認する手続のとられていないものをいい、「所属未定地編入処分」とは、この所属未定地が所属すべき市町村を確認する一種の確認的性質を有する行政処分であるとされている。

ただ、海域その他の水域においては、「区域」といっても、市町村の境界は事実上必ずしも判明でない場合が多いことの結果として、数市町村の境界にわたる埋立地等については、所属市町村の多少とも明らかでない土地の所属を明らかにするという創設的要素が認められ、所属未定地編入処分は、市町村の境界変更と全く同じ手続で行うものとされていたのである。

このように、所属未定地編入処分は、市町村の廃置分合・境界変更と同様の手続により行うとされた結果、関係市町村の申請に基づいて行わなければならず(三六年改正前の七条一項後段)、同条の解釈として文理上、「関係市町村」とは、当事者たる市町村全部をいうと解され、都道府県知事は、申請どおり(処分の時期を除く)の内容によって、処分を行うか否かを単純に決しなければならず、修正はできないと解されていたので、同一の埋立地等について二以上の市町村が、それぞれ、自らの区域に所属すべきことを主張し、申請する場合には、処分のしようがなく、数市町村の境界にわたる埋立地の所属について争論がある場合の解決には、実行を期し難い状況にあった。

そして、公有水面である間は、具体的な行政権が及ばず、埋立完了後、すなわち陸地となった後、所属未定地編入処分が行われて初めて具体的な行政権が及ぶものであるから、この所属未定地の編入処分をより円滑に行うためには、陸地となる以前の段階で、将来の所属すべき区域を確定することが望ましい。そのために、公有水面の間で境界が判明しないものは、その段階で明確にさせるべく、境界について争論がある場合でも、これを事前に解決することとし九条の三を規定したのであり、同条は、いわば「所属未定地編入処分に関する争論」を「事前に解決」する規定である。また、九条の三は、境界を確定する意味で、従前の所属未定地編入処分の創設的要素を代替するから、従前の確認的要素たる編入処分を九条の五として明確にしたのである。

そして、九条の三と九条の五を有機的に連結させるため、九条の四を規定し、訓示規定とは解されるが、知事に対する措置を義務づけたのである。

(3) 以上のとおり、九条の三の立法趣旨は、三六年改正前の七条一項後段の所属未定地編入処分では解決できない事態に対する対応策の新設であって、三六年改正前の九条の手続の不都合の是正ではない。

(四) 九条の三の「かかわらず」の文言の解釈について

「かかわらず」とは、しばしば用いられる法令用語であり、通例は一般原則である規定を排除して特例を定める場合に用いられる。九条の三もこれに該当し、境界に関する一般原則たる九条の規定を、公有水面のみに係る場合に限ってこれを排除した規定にほかならない。

右用語を、当該問題とされている事項について、一定の条件の有無を問うことなく、という意味で用いていると解釈できるのは、本来の原則規定が存在せず、他と関連がなくそれ自体独立した規定の場合である。

九条の三第四項は、同条が公有水面のみに係る場合であるから、水面でなく、俗にいう陸地となった以上、本来同条は適用のないところ、本来の同条の適用要件である公有水面のみに係るとの一般原則を排除して同条を適用するというものであって、同条三項と同様、「かかわらず」との文言を通常の用語例として使用しているのである。

仮に、九条も適用される、すなわち申請権がある場合の立法技術としては、当然右通例の用語例に反するので、これを明確にするために九条の三第三項は、「公有水面のみに係る市町村の境界に関し争論があるときは、第九条第一項及び第二項の規定に定める他、・・・」となるはずであり、それで何らの不都合もない。

ちなみに、九条の三第一項及び二項にも「かかわらず」の用語が使用されており、これが七条の規定を排除する趣旨であることは明白である。

(五) 公有水面のみに係る境界の確定につき九条も適用されるとした場合の矛盾

(1) 公有水面のみに係る境界の確定につき、九条の三の他に、九条の規定の適用も認めたとすると、いわば一般原則たる九条に公有水面のみに係る境界の場合は、九条の三の解決手続が付加されたと解することになる。

しかし、両手続が認められているとすると、新設された九条の三の規定が意味あるのは、争論がありながら、関係市町村から付調停の申請がないという場合のみとなる。三六年改正がこのような趣旨でないことは、所属未定地編入処分を廃止したことからも明らかである。また、九条一項の調停は、すべての関係市町村からの申請である必要はなく、一つの市町村でも申請ができるから、九条の三が適用される場合はほとんどないに等しく、同条を新設した意味がなくなる。

(2) 九条の四は、九条の三が公有水面の埋立に事前に対応するための特例措置を規定したことに照応して、その速やかな運用を促すべく、自治大臣又は都道府県知事に対する訓示規定を置いたものと解され、九条の三が付与した知事のイニシアティブを裏打ちするものである。

仮に、公有水面のみに係る境界の確定について、九条も適用されるものとするならば、関係市町村に付調停の申請権があるわけであって、ことさら九条の四のような名宛人を知事とする規定を設ける必要性は乏しい。

(3) 九条の三第四項は、同条三項に基づく裁定は、当該公有水面の埋立の竣功の認可又は通知がなされるときまですることができると定めるが、公有水面のみに係る場合も九条の重畳適用を認めるとすると、九条の三第三項に基づく職権による裁定がこの制限に掛かるのに、九条二項の申請に基づく裁定は期間制限がなく、いつまでも裁定が可能という結論にならざるを得ない。しかし、申請の有無のみでこのように異なる結果となることは、法の全く予定していないことである。また、右事態は、問題の境界が公有水面のみに係る境界であるにもかかわらず、申請により手続が始まれば、陸地になった後までも解決しない場合もあり得ることになり、境界紛争の早期解決の趣旨にも反する結論となる。

(4) 九条の三第三項の条文上、職権裁定ができるのは当該調停すなわち職権により付された調停が不調になった場合であることは明白である。したがって、仮に九条の重畳適用を認めた場合は、同条の調停申請に基づく調停の不調は、九条の三第三項の「当該調停の不調」に該当しないので、知事は職権裁定をすることが出来ず、また九条に基づく調停とはいえ調停が不調である以上、重ねて職権により調停に付することも矛盾であり知事は調停に付することもできず、ひいては職権裁定もできなくなる。つまり、九条の重畳適用を認めると、同条の付調停申請があった場合には知事は結果的に九条の三の職権を行使することができなくなるので知事の権限を奪う結果となるのである。これでは公有水面のみに係る場合に職権裁定ができることを認めた三六年改正の趣旨に反する。

なお、右の不当な結果を回避するため、九条の付調停申請があった後も、知事は九条の三の職権調停ができるから問題はないとすることはできない。なぜなら、申請とは、行政庁が諾否の応答をすべき義務を負うものであって、九条の申請に対しては、知事は同条所定の調停に付するか、調停に付するに適しない旨の通知をするかを義務付けられているところ、九条の申請を契機として九条の三の職権調停をすることは、九条の申請に対する応答義務を果たしたことにならないため、申請者は、職権調停の手続きが進行しているにもかかわらず、九条九項に基づき九〇日間の期間経過により裁判所に対し確定訴訟を提起することができ、その結果職権付調停の手続きと確定訴訟の手続きとが並行して行なわれるという不当な結論を認めざるをえなくなるからである。

(六) 以上によれば、公有水面のみに係る市町村の境界に関する争論については、九条の三のみの適用があり、九条の適用は九条の三によって排除されていると解するべきである。

なお、右のように解すると、仮に、客観的に「争論」があり、「当該埋立により造成されるべき土地の所属すべき市町村を定める必要があるとき」に知事が職権を発動しなかった場合には、公有水面である段階では、争論が解決しない場合もあり得ることとなるが、それ故にこそ、三六年改正では、九条の四を同時に新設し、できるだけ公有水面である間に行政的解決を義務づけたのであって、公有水面である段階では行政権の裁量に委ねたのが地方自治法の趣旨である。また、陸地となった時点で、九条により行政的な解決を求め得ることはもちろん、最終的には裁判所による司法的解決も求められるのであるから、「公有水面のみに係る境界」の確定に関する九条の三について、前記のとおり解釈することは、十分その合理性を是認されるものである。

2 以上を前提に原告の本件訴えの地方自治法上の根拠についてみると、本件境界に関する争論は、公有水面のみに係る市町村の境界に関する争論であるから、前記1のとおり、九条一項の適用が排除されており、九条一項に基づく調停申請がなされたとしても、当該調停申請は不適法な申請であるから、九条一項を前提とした同条九項前段に基づく原告の主張は、主張自体失当である。

また、前記1のとおり、本件境界に関する争論には調停の申請権を市町村に認めていない以上、行政庁の期間徒過はあり得ず、九条九項後段に基づく原告の主張も、主張自体失当である。

3(一) また、公有水面のみに係る市町村の境界に関し、九条九項前段により、境界確定訴訟が起こせるのは、調停又は都道府県知事による裁定等の行政的手段による解決が不成功に終わったとき、あるいは都道府県知事においてこれらの行政的手段によることを不適当と認めてその旨を関係市町村に通知したときであると解されているところ、これは申請を前提とした九条でいうところの「調停又は裁定に適しない」の意味であるから、同条項を準用する九条の三第六項の場合には、申請権がなく、先行する行政的手段がない以上、行政的手段による解決が不成功に終わった場合はあり得ず、問題となるのは、知事が行政的手段によることを不適当と判断した場合に限られることになる。

(二) しかるに、和歌山県知事は平成三年一二月二一日付け「境界に関する調停の申請について」と題する通知(以下、「本件通知」という。)において「過去の経緯等を勘案いたしますと職権による調停に付す必要はない」とし、協定書・覚書締結の事実について記述した後、以後二〇年間にわたって協定書・覚書の内容が維持されてきたこと、したがって、「当該協定書及び新埋立地を和歌山市の区域に所属するものとする当該覚書を尊重し、遵守すべきものと考えます。」と述べている。

つまり本件通知は、協定書・覚書が締結され、境界について争論がない状態が続いてきているとの判断にたって、付調停の必要がないと判断しているもので、争論があることを前提として行政的解決によるよりも、より一層司法的解決に適するとの判断をしたわけではない。

(三) また、九条九項前段又はこれを準用する九条の三第六項の「調停に適しない旨の通知」は、いやしくも行政庁の行う通知であり、その結果出訴が可能となるという一定の法的効果が結びつく行政行為であるから、形式上の要件が整っているとともに内容も明確である必要がある。仮に、本件通知が「調停に適しない旨の通知」であるならば、通知の内容として明確にその旨述べられているはずであるが、本件通知にはかかる明確な文言は存しない。本件通知はこのような観点からも到底右各条に定める「調停に適しないものと認めてその旨を通知した」ものと認めることはできない。

本件通知は、地方自治法上定められたものではなく、したがって、一定の法的効果に結びつく行政行為ではなく、原告からの平成三年一一月二二日付けの付調停の要望に対し、原告から知事に対する付調停の申請は不適法なものであり、知事としてはこれを受領できず、かつ、職権による調停に付す必要もないことを理由を付して回答したに過ぎない。

(四) なお、仮に知事の右判断が不当であったとしても、九条の三に関する限り、同条に基づく知事の判断の内容の当否と本件通知の地方自治法上の法的効果は全くの別論であって、知事の判断の不当を理由として本件通知の持つ法的効果をすり替えたり、その判断を創設したりすることはできないから、右判断の不当は決して法規の解釈を左右するものとはなり得ない。

(五) 以上のとおり、本件通知により和歌山県知事が原告に通知したのは、地方自治法の規定に則り、市町村に調停申請権がないことを前提に、これを受理せず、単に調停に「付すことができない」旨を通知したのであって、九条の三の準用する九条九項前段の調停するに「適しない」旨、すなわち、行政的解決が不適当であると通知したものではない。

したがって、九条の三第六項、九条九項前段に基づく出訴もまた許されない。

4 結局、本件訴訟は、公有水面のみに関する境界の確定の訴えとしては、九条の三第六項、九条九項前段の訴訟要件を欠いており、不適法であるから、却下されるべきである。

(被告の本案前の主張に対する原告の認否反論)

一  本件境界に関する争論の不存在について

1 被告の本案前の主張一1の主張は争う。原告と被告との間には本件境界について争論が存在する。すなわち、

(一) 原告と被告とは、本件埋立地付近の陸地と水面において境界を接しているが、本件埋立地の埋立工事が完了した暁には、本件埋立地に原告の区域が相当程度存することになるにもかかわらず、被告は原告の右主張を認めようとせず、本件埋立地は、すべて被告の区域に属することになるとの態度に終始している。

(二) すなわち、本件公有水面上の原被告間の境界について、昭和六三年一一月七日付け公文書(海庶第五一五号)をもって、原告より被告に対し、「当該埋立地は、明らかに海南市の地先水面に位置するものであり、本市の行政区域に所属すべき部分が大きく含まれている」として、両市間の境界が本件埋立地の中を通ることになる旨の見解を通知したところ、被告は、平成元年三月二九日付け公文書(和総第一六〇号)をもって、「本市は、昭和四六年二月二六日付けの協定書及び貴市から提出されました覚書に基づき、当該埋立地は、本市の区域に所属するものと把握しています」との回答をなし、原告の境界に関する主張を全面的に否定する態度を明らかにした。

(三) その後、原告が被告に対し、平成二年一二月一九日付け内容証明郵便をもって、本件埋立地の所属問題は白紙のままである旨通知したところ、被告は、平成三年一月一一日付け文書(和総第九一五号)をもって、本件埋立地は被告の区域に所属するものであるとの見解を重ねて表明した。

(四) 更に、原告は被告に対し、平成三年一〇月一八日付け内容証明郵便をもって、本件埋立地に係る公有水面については、原告の区域である旧第二工区埋立地の北西端により対岸の被告毛見地区へ真北に引いた線の中点から真西に引いた直線が原被告間の境界である旨具体的に主張したが、被告は、同月三一日付け文書(和総第八七一号)をもって、従前通り、本件埋立地は「当然に本市の区域に所属するもの」であるとの回答を寄せたばかりか、「以後、本件に関しこうした申出のなきよう通知いたします」と、原告との話し合いさえ拒絶する態度を明らかにした。

(五) 以上のとおり、本件埋立地の中を両市間の境界が通る旨の原告の主張に対し、被告が明確にこれを否定し、あくまでも本件埋立地全域が被告の区域に所属すると主張したことは、たとえ被告が具体的な境界を示さなかったとしても、実質的には双方が客観的に相容れない境界線を主張して争っていたのであるから、原告と被告との間において、公有水面のみに係る境界に関し争論があることは明らかである。

(六) なお、市町村の境界が判明でない場合に、その境界を決定する手続を、争論がある場合と争論がない場合に分かつのは、旧市町村制以来のことであり、その由来は、更に徳川時代にまで遡るといわれている。

そして、現行地方自治法にいう「争論」の意義について、これを関係市町村間に境界について意見の不一致があり、関係市町村のいずれかから、都道府県知事・裁判所などの権限ある機関に対し、調停・裁定申請や境界確定訴訟の提起があったことといった形式的基準から判断する立場によっても、原告が和歌山県知事に対して付調停の申請をし、更に、境界確定訴訟まで提起している本件の場合に、争論が存在することは明らかである。

2(一) 被告の本案前の主張一2(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は、原被告いずれの主張によるも旧第二工区内に被告に所属する行政区域が生ずること、旧第二工区内に被告の行政区域が存在することを認めつつとある点を除いて認める。原告は、境界確定の一方法として見通し線主義を主張したが、旧第二工区内に被告の所属地が存在することを認める趣旨ではなかった。

(三) 同(三)の事実のうち、協定書と覚書が一体をなす文書で、覚書が協定の一部をなすこと、右協定書・覚書によって本件境界に関する争論が解決され、境界が確定したこと、協定書・覚書の解釈に関する主張は争うが、その余の事実は認める。

(四) 同(四)の事実のうち、協定書・覚書の締結によって本件境界の問題が解決され、争論はなくなったことは争うが、その余の事実は認める。

(五)(1) 同(五)の主張は争う。すなわち、覚書は、原告市議会の議決を経ておらず、地方自治法の規定する要件を欠いていること、覚書の締結を地方自治法によりその手続が厳格に規定されている裁定に準ずると評価することは不可能であること、新埋立地は全く特定していないことからすれば、無効である。

(2) 仮に覚書が有効なものであるとしても、協定書及び覚書のいずれにも本件公有水面に係る境界の点については何ら触れられていない。なるほど協定書には、「この埋立地(旧第二工区)の全域を海南市の行政区域とすること」と記載され、また覚書には「新埋立地は、和歌山市の区域に所属するものとする。」と記載されてはいるが、いずれにせよ、旧第二工区をめぐって存在した境界に関する争論は棚上げにして、当面の区域の帰属の問題についてのみ政治的決着を図り、境界に関する争論については先送りしたものであったといわねばならない。

二1  被告の本案前の主張二はすべて争う。

2  九条と九条の三第三項との関係

(一)(1) 三六年改正前においても、判例・通説は、普通地方公共団体の区域に海域(領海)が含まれると解しており、この領海における普通地方公共団体の区域を画するものが公有水面上の境界である。そして、領海における普通地方公共団体の区域というものは、陸地に付属するものとして普通地方公共団体の区域の一部をなしているものであって、陸地を離れて領海のみが独立して普通地方公共団体の区域をなすことはあり得ないという特殊性を有する。

すなわち、既存陸地における区域が確定している以上、その陸地に付属するものとして、当該普通地方公共団体の領海における区域も自ら定まるという性質を有するものであるから(改正の前後を通じて、陸地を離れた領海のみの普通地方公共団体への編入手続を定めた規定がないのはそのためである)、そのようにして定まっている領海の区域を画する境界に関し、関係する市町村間において争論が生じた場合に、九条の規定による境界確定手続きをとり得たことは当然のことといわねばならない。

なお仮に、従前九条を適用して公有水面のみに係る境界に関し、調停あるいは訴訟によって境界の確定がなされた実例がなかったとしても、そのことが直ちに、改正前において、公有水面のみに係る境界争論につき、九条一項に基づく付調停の申請ができなかったことを意味するものではない。

(2) また、九条が適用されるためには、その前提として埋立地の所属が確定している必要があるということはない。

なぜなら、改正前においても、公有水面上の境界をめぐって争論があり得たことはいうまでもないところであり(埋立ての場合が典型であろうが、海底の土地利用等も考えられる)、そのような場合、所属を確定しようにも、新たな土地が生じていない以上、その区域の所属を確定するための制度はないのであるから、仮に右のような前提が必要と解すると、三六年改正前においては、公有水面上の境界をめぐる紛争について、地方自治法は何らの解決の手段も用意していなかったという容認し難い結論が導かれることになるからである。

更に、公有水面埋立の場合に限定して考えてみても、埋立が竣功して陸地となった後においてすら、埋立地の所属が確定しない以上、九条の適用はなかったとすると、新たな埋立地が生じていながら、その埋立地の境界をめぐって関係市町村間に紛争が生じている場合には(通常、所属未定地編入処分による解決は期待できないから)、関係市町村間において妥協が成立しない限り、いつまでたっても境界紛争は解決できないことになる。しかも、事実上解決できないというにとどまらず、法制度上、紛争を解決するための担保が全くなかったという不合理な結論を導くことになるからである。

(3) 三六年改正前の七条一項後段は、隣接する市町村間において、公有水面上の境界確定がなされないまま埋立地が造成された場合に、これを「所属未定地」とし、「編入処分」により解決しようとしていたものであって、埋立て前の段階で、公有水面の境界を確定することを否定する趣旨ではない。

(二) 九条の三新設の立法趣旨

(1) 以上のとおり三六年改正により九条の三が新設されるまでは、公有水面上であろうと陸上であろうと、市町村間の境界に関し争論がある場合には、九条の適用があり、知事はいずれかの関係市町村からの申請がなければ調停に付することができず(九条一項)、また、裁定をしようとしても、すべての関係市町村の申請に基づく調停により境界が確定しない場合か、すべての関係市町村から裁定を求める旨の申請がない限り、裁定を行うことができなかったのであり(九条二項)、九条の三制定時、九条一項及び二項の規定が活用されず七件が未解決で放置されていた。このように、そもそも争論がありながら関係市町村が九条一項及び二項による調停又は裁定の申請をせず、したがって、所属未定地の編入申請もなく、いつまでも未解決で放置される事態が数多く存在したので、そのような事態を防止するため九条の三が新設されたのである。

そして、公有水面埋立の場合、埋立工事の竣功後においては、法律上あるいは事実上の利害関係を有する者が飛躍的に増加し、境界をめぐる争論が解決しないことによって各方面に及ぼす影響も甚大となることから、その竣功前の、未だ公有水面の段階において、境界に関する争論を早期に解決する必要が大きいため、関係市町村からの申請がなくとも、知事が職権により調停あるいは裁定をなし得る道を開くこととしたものである。

(2) なお、九条の三以下の新規定は、九条に比べ、知事により積極的な関与を求め(九条の四)、そのための手段として、職権付調停・裁定の権限を与えている(九条の三)が、これは、普通地方公共団体の存立の基礎である区域を画する境界をめぐって争論が発生し、これが未解決のまま放置されることによる国家的・社会的不利益を、争論による混乱が一層拡大する前に、公有水面の段階において解決することによって防止するという目的を達成するための一つの手段を与えたに過ぎず、その権限付与自体が自己目的でないことはいうまでもない。

(三)(1) 以上の立法趣旨に鑑みれば、九条の三の規定が新設された後においても、公有水面のみに係る市町村間の境界に関し争論がある場合には、関係市町村は、九条一項に基づき、知事に対し、自治紛争調停委員の調停に付するよう申請する権利があるというべきである。

なぜなら、もしも右のような解釈をとらず、公有水面の段階においては、九条の三のみが適用され、九条の適用が排除されているとすれば、市町村間の境界に関し争論がある場合において、九条の四の規定に反して、知事が職権による調停に付さなかった場合には、たとえ関係市町村が調停による争論の早期解決を望んだとしても、埋立工事が竣功するまでの間は九条一項による付調停の申請をすることができず、いたずらに時間が経過するのを待つしかないことになってしまう。

これでは、三六年改正により九条の三の規定が新設されるまでであれば、公有水面の段階においても九条一項に基づき、関係市町村から知事に対して付調停の申請をすることができたのに、九条の三新設以後においては、関係市町村は付調停の申請をすることができず、九条の三の規定が新設されたことによって、かえって従前よりも紛争の解決が長引くことになるという奇妙な結論を容認せざるを得なくなってしまう。

さらにいえば、そもそも埋立が予定されていない公有水面に係る境界について争論が発生した場合で、知事が職権を行使しない場合には、結局知事が考えを改めるか、争論につき解決の意欲を持つ別の知事の就任を待たざるを得ないことになってしまう。

このような根本的な欠陥を認めざるを得ない解釈を認めることはできない。

(2) また、区域は普通地方公共団体の本質的構成要素であり、境界はその区域の範囲を画する意義を有する。換言すれば、境界は市町村の行政権行使の空間的限界を画するものであるとともに、市町村の構成員である住民から見れば、普通地方公共団体の構成員としての資格を認められるための基準を画するものである。このように、普通地方公共団体やその住民にとって死活的に重要な意義を有する境界をめぐり、隣接する市町村間に争論が生じた場合には、早期に衡平妥当な境界を確定するための諸制度が用意されなければならず、また、現行制度の解釈にあたっては、そのような認識が解釈の指針となるべきである。

したがって、公有水面のみに係る境界確定手続において、九条の三のみならず、九条も適用され、当該市町村に申請権が認められるべきと解することは、地方自治の本旨に基づくものであり、公有水面であることを理由に市町村から申請権を奪うことは憲法に反するものであって、許されるべきことではない。

(3) なお、右のように解したからといって、関係市町村による付調停の申請という知事と無関係の行為によって、九条の三によって付与された知事の職権調停・職権裁定の権限を奪うことにはならない。九条一項は何も九条の三の適用を排斥していないからである。

すなわち、九条一項の申請があっても知事が積極的に解決の意欲を示して九条の三によって与えられた権限を行使して職権調停、職権裁定に乗り出せばよいのである。そして、知事が解決に意欲を示さない本件の事案のように職権調停、職権裁定をしない場合、九条一項が適用されるのである。

つまり、九条一項も九条の三も知事が行うことであって、そういう意味では重畳的に知事に与えられた権能で排他的関係に立つものではなく、九条の三第三項は、知事が積極的に行動する場合の規定であって、公有水面の段階において、知事が何らの対応もとらない場合には、九条一項に基づき、関係市町村に、知事に対して調停に付すよう申請する権利が認められているのである。

(4) なお、九条と九条の三との重畳適用を認めたからといって、九条の四の規定が無意味となるわけではない。九条の三以下の諸規定が新設されたのは、埋立地が竣功して陸地となってしまった後には、利害関係が錯綜し解決が困難となるため、未だ水面の段階において早期に境界問題を解決するためであるが、関係市町村に付調停の申請権があるとしても、必ずしも公有水面の段階でいずれかの市町村が申請権を行使するという保障はなく、埋立計画が進行しながら、争論解決のめどがつかないという事態もありうるのであり、九条の四が知事に対して積極的な措置を命じているのは、立法の趣旨から見て当然のことだからである。

(5) なお、九条と九条の三の重畳適用を認めると、九条の三の職権調停や裁定を為しうるのは「竣功の認可又は通知」があるまでという制限があるのに対し、九条の申請によって始まった手続きにはこのような制限がないが、このことは、九条の三第三項が公有水面の特殊性に鑑みて裁定の要件を特に緩和したことの実質的根拠が失われているのであるから(つまり、既に陸地となっているのであるから)、すべての関係市町村の申請を要するとすることには十分な理由があり、何ら不合理なことではない。

(四) 九条の三第三項の「かかわらず」の文言の解釈

(1) 九条の三第三項の「第九条第一項及び第二項の規定にかかわらず」という文言は、その後に続く「都道府県知事は、職権によりこれを第二五一条の規定による調停に付し、(中略)これを裁定することができる」との関連において解釈する必要がある。

そして、九条一項及び二項は、知事が調停に付し、あるいは裁定をするには、関係市町村からの申請が必要であると定めているのに対し、九条の三は、その特例として、公有水面のみに係る市町村の境界に関し争論があるときは、知事に対し、職権により調停に付することを認めるとともに、裁定をするための要件も緩和しているのであって、決して九条一項及び二項の適用を排除しているわけではない。

(2) また、九条の三第四項においても、立法者は「かかわらず」との文言を使用しているが、この「かかわらず」という文言は、境界変更または境界の裁定につき、竣功認可又は通知がなされるまでの間は(たとえ、現実に埋立地が陸地といえる状態になっていても)、これをすることができるとして、境界変更又は裁定の要件を緩和するという趣旨で使用されているのであって、決して前三項の適用を排除するといっているのでないことは明白である。

このような同一条文の隣り合った項において使用されている同一の文言を、全く別異に解することは不自然であり、特段の理由のない限り、同一の文言は同一の意味内容を有するものとして解釈すべきである。

(3) したがって、九条の三第三項の「かかわらず」も、同条四項の「かかわらず」と同様、本来の要件を緩和するという趣旨において使用されているのであって、「関係市町村からの申請がなくとも」という趣旨に解釈しなければならない。

(五) 以上のとおり、公有水面のみに係る市町村の境界に関し争論がある場合にも、九条一項に基づき、関係市町村は知事に対して調停に付するよう申請する権利を有するものであるから、知事が調停に適しない旨の通知をしたとき、又は付調停の申請をした日から九〇日以内に調停に付されないときには、九条九項前段又は後段の規定に基づき、関係市町村は、裁判所に境界の確定の訴えを提起することができる。

三  調停に適しない旨の通知の存在

1 関係市町村からの申請に基づく調停の場合でも、また、知事の職権による調停の場合でも、知事は必ず調停に付さねばならないわけではなく、「調停に適しないと認めてその旨を通知」することが認められているのであるが、その、調停又は裁定に適さない場合とは、争いが純粋に法律的な効力の判定に係る場合の他に、双方の主張が強硬であり調停や裁定のように、最終的な確定力を持たない手段では到底妥結する見込みはなく、いずれは司法的手段に持ち込まれることが予想できるような場合もこれにあたると解されている。

2 本件の場合、原告が平成三年一一月二二日、和歌山県知事に対し、九条一項及び九条の三第三項の規定に基づき、二五一条の規定による自治紛争調停委員の調停に付するよう申請したのに対し、同知事は、同年一二月二一日、原告に対し、本件通知により「過去の経緯等を勘案いたしますと、職権による調停に付す必要はないものと考えます。」と伝えている。

このように、和歌山県知事は法的に無効な覚書を法的な吟味をすることなく独断で有効なものとして本件埋立地を被告の区域に所属するとしたいがために作為的に「調停に付す必要がない」との通知をし、よってもって、九条一項に基づく原告の申請権を無視し、かつ、原告からの求めがあったにもかかわらず、九条の三による自らの職務権限を行使しなかったもので、これは九条の四による職務上の義務を放棄したものといわざるを得ない。

3(一) 確かに、本件通知中には、「調停に適しない」との表現がなく、「調停に付す必要はない」と記載されるにとどまっているが、本件通知が九条九項前段の「調停に適しない旨の通知」であるか否かは、同規定の趣旨等を総合考慮したうえで合理的に判断されるべきであって、単に通知中に「調停に適しない」との文言が使用されているか否かによってのみ判断されるべきものではない。なぜなら、もしも、右文言がないからとの理由によって、九条九項前段の要件に該当しないということになれば、知事がたまたま使用した文言次第で出訴できたりできなくなったりするという、恣意的かつ不安定極まりない事態となってしまうが、地方自治法がそのような事態を容認しているとは到底解することができないからである。

(二) ところで、九条の四は、紛争の早期解決のために、知事に対し、職権調停などの措置を講じるべき義務を課している。しかも本件は、原告と被告の間において、その境界に関し争論が存し、しかも、その争論のよってきたる所以が、もっぱら覚書の法的効力についての見解の相違に由来するものであること、更に双方の主張が強硬であって、いずれは司法的手段による解決に持ち込まれることが十分予想し得るものであったことなどから考えて、九条の四に基づく義務を負っている和歌山県知事がした本件通知をもって、九条の三第六項、九条九項前段にいう「調停に適しない旨の通知」と評価すべきである。

(三) 更に、九条以下の諸規定を合理的に解釈すれば、地方自治法は、市町村間の境界に関して争論がある場合には、まず、知事による付調停や裁定という行政的手段による解決に期待し、もしも、右手段による解決が不可能か、あるいはそもそも行政的手段による解決にそぐわない場合には、関係市町村に対し、裁判所へ境界確定訴訟を提起することを認めることによって、最終的には司法的手段による紛争解決の道を保障しようとしているのである。なぜなら、このように解さなければ、境界に関する市町村間の紛争を永久に解決し得ないことになりかねず、国法上、黙視することのできない結果を招来することになるからである。

したがって、境界に関して争論があるにもかかわらず、原告からの調停申請に対し、知事が「調停に付す必要はない」と通知してきた本件の場合には、付調停や裁定という行政的手段による解決の道がすべて閉ざされたことに帰着し、もはや原告には、司法的手段による解決を求めるしか道がなくなったのであるから、知事による本件通知をもって、九条九項前段にいう「調停に適しない旨の通知」と評価すべきである。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一項の事実は認める。

二  同二項の事実のうち、原告が和歌山県知事に対して調停を申請したことは認めるが、その余の事実は争う。

三  同三項について

1 前文の主張は争う。

2 同1について

(一) (一)(1)の事実のうち、和歌山県が南北に伸びた半島性の県で、東側に紀伊山地が走り、西側が海岸になっていること、原告がもとの黒江、日方、内海の三町と大野村とが合併してできた市であること、原告の西に黒江湾が位置し、同湾の埋立てが繰り返されたこと、本件埋立地が港湾法上和歌山下津港湾区域の海南和歌浦港区内にあることは認めるが、その余の事実は争う。

(二) (一)(2)の事実は知らない。

(三) (一)(4)の主張は争う。

(四) (二)の事実のうち、被告の琴ノ浦地区は昭和四七年ころまでは原告から飲料水の分水を受けていたこと、同地区の小中学生は現在も海南市立黒江小学校及び海南市立第一中学校に通学していることは認めるが、その余の事実は争う。

(五) (三)の事実のうち、本件埋立地と既存陸地とが二本の橋によって連結されていることは認める。

3 同2(一)の事実のうち、黒江湾に対する原告の管理支配が増強されていることは争うが、その余の事実は認める。2(二)の事実は知らない。

4 同3の事実のうち、本件埋立造成区域に漁業権を有していた地元漁民に対する漁業補償がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

5 同4(一)、(二)の主張は争う。

6 同5の事実は知らない。

7 同6の事実のうち、旧第二工区と被告琴ノ浦地区が水路をはさんで向いあっていることは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

(被告の本件境界に関する主張)

一  区域(境界)の確定の一般的基準

1 普通地方公共団体の区域(境界)につき、五条一項は、「普通地方公共団体の区域は、従来の区域による。」と定め、これは、地方自治法の施行にあたって存在する区域を同法のもとでの区域として引き継ぐ旨規定したものと解釈される。

そして、右従来の区域とは、明治四四年の市制(町村制)一条、同二一年の市制(町村制)三条、同一一年の郡区町村編成法二条がそれぞれの従来の区域を引き継ぐものであったことから、地方自治法施行当時の従来の区域とは、結局江戸時代の区域ということとなる。

2 昭和六一年五月二九日最高裁判所判決(民集四〇巻四号六〇三頁・以下、「六一年判決」という。)によれば、境界確定の訴えにおいて境界を確定するには、<1>境界につきこれを変更又は確定する法定の措置が既にとられている場合は、その法定の措置によって定まった境界による、<2>法定の措置がとられていない場合は、江戸時代における当該係争地域における支配・管理・利用等の状況を調べ、そのおおよその区分線を探究しそれを基準として境界を確定する、<3>右の区分線を知り得ない場合は諸般の事情を考慮してもっとも衡平妥当な線を見いだしてそれを境界と定める、とする。

ところで、公有水面(海域)が地方公共団体の区域に含まれるか否かは古くから議論されてきたものであり、実務上も昭和一一年の判例(行判昭和一一年一二月二八日行録四七輯六五七頁)で右が肯定されるまではむしろ否定的に解釈されており、三六年改正により九条の三ないし九条の五の規定が新設されて初めて立法的に解決されたものである。このような経緯からも明らかなとおり、江戸時代においてはもとより、明治・大正時代においても、公有水面上の地方公共団体の区域(境界)というものが具体的に事実として存在していたといえるかは甚だ疑問である。

ただ、公有水面も地方公共団体の区域に含まれるとの解釈が学説・判例上も、また実務上も通説となったことにより、公有水面上の境界を見いだし確定する必要を生じることとなり、そのような場合に、六一年判決は、普通地方公共団体の境界確定についての一般的基準を示したものとして、本件にも妥当する。

3 そして、本件境界の確定にあたっては、背景・動機、目的、経緯や埋立後の利用状況、更にはいかなる行政権がどのような形で行使されるか(行政権行使の状況)なども考慮されねばならない。

二  法定の措置による本件境界の確定

前記のとおり協定書・覚書は、九条二項に定める「裁定」に準ずるもの、ひいては六一年判決のいう「法定の措置」に準ずるものである。したがって、本件境界は、協定書・覚書により結果的に定まった境界線である。

三  境界確定に際し考慮されるべき歴史的経緯

1 本件の場合、仮に協定書・覚書が六一年判決にいう法定の措置に準ずるものでないとするならば、江戸時代末期における関係市町村の支配・管理・利用の状況を調べ、これを基準として境界を確定すべきことになる。そして、「紀伊続風土記」、享保四年の「日方組大指出帳」、正平一二年二月一九日の「船尾郷棟別郷用途等免状」、正平一二年四月一〇日の「秀久、頼右連署用途請取状」などの資料からみると、平岩と野島の西端を結ぶ線が現在原告の区域とされる船尾と被告の区域とされる毛見の海上境界と考えられていたと思われる。

もっともこれらの古文書から直ちに船尾と毛見の行政区域を定めることは資料が乏しく困難であるが、これらの古文書から見ると黒江湾を二分する形で船尾と毛見の陸地からほぼ等距離に境界線が考えられていたことが分かる。

2 一方、協定書・覚書及びそれが締結されるに至った一連の経緯や合意の事実は六一年判決の示す区分線を見いだすにつき考慮されるべき極めて重要な歴史的沿革であり、かつそれのみにとどまらず境界線を決めるについての重要な諸事情を包摂した基準となるものといえる。なぜなら、協定書・覚書の締結に際しては、原被告及び和歌山県知事三者間において、当該地域におけるそれまでの歴史的沿革に加え、行政権行使の実情や将来の住民の社会・経済生活上の便益や地勢上の特性等の自然条件や地積などの諸般の事情を考慮したうえ、旧第二工区及び新埋立地それぞれの所属を決定し、境界を定めたものだからである。

3 漁業法(明治四三年法律第五八号、以下、「明治漁業法」という。)においては、地区漁民の歴史的な当該地区の地先水面についての排他的な漁業権を、同法五条において地先専用漁業権として制度化している。

この地先専用漁業権は、当該地区の地先水面に限ってその地先水面を専用して漁業をなし得る排他的権利であり、その漁場の範囲は当該地区が歴史的に排他的に支配・管理をしてきた区域が基本となっているものである。このような一定範囲の地先水面に対する排他的な支配・管理の事実は境界を定めるにつき考慮されるべき事情となり得るものである。

本件公有水面付近における明治漁業法に基づく地先専用漁業権としては、昭和一五年に毛見浦漁業協同組合(当時は毛見浦漁業組合)がその免許を受けており、その漁場区域の東側及び南側の線は、本件において被告が予備的に主張する等距離線主義に基づく線に極めて近似するものとなっている。冷水浦漁業協同組合の地先専用漁場はその南側に位置するものであった。

ただ、右毛見浦漁業協同組合の地先専用漁場においても冷水浦漁業協同組合の組合員が漁をした事実があるようであるが、これは毛見浦漁業協同組合との間の入漁契約に基づくものであり、冷水浦漁業協同組合がその海面につき地先専用漁業権を有していたものではない。

なお、現行漁業法に基づく共同漁業権は境界を定めるにつき何ら参考となるものではないが、旧地先専用漁業の歴史的な経緯は、現在の共同漁業権の中にも形を変えてその影を落としている。

すなわち、冷水浦漁業協同組合と毛見浦漁業協同組合は、現在の共同漁業権を共有するにつき協定を締結しており、その協定書によると、「甲(毛見浦漁業協同組合)の旧地先専用漁業場内において(は、甲が)いかなる事業を行うとも乙(冷水浦漁業協同組合)は異議を申出る事が出来ない」、「乙の旧地先専用漁業場内において(も同様に、乙が)いかなる事業を行うとも甲は異議を申出る事が出来ない」と定めている。そして、この原則を踏まえた上で、「御膳岩以南は甲乙操業の自由を認める」としている。

四  境界確定に際し最も衡平妥当な線を見出すにあたり考慮されるべき事由

1(一) 協定書・覚書作成当時においては、被告のみならず原告も更には和歌山県知事らもそれが法的に有効なものと認識していたのであり、被告が、本件埋立地については争いなく被告の所属とされるべきものと信頼するに至ったことは極めて当然のことであった。

(二) そのため、被告は、本件埋立地に関連した上・下水道事業等に巨額の資金を投じており、被告が右信頼を覆されることによる不利益は、上下水道事業に対する投下資金ばかりでなく、本件埋立地に関する税収など計り知れない。

(三) これに対し、原告が、右被告及び知事の信頼を覆し、本件訴えを提起せざるを得ない特段の事由は原告の願望以外ない。しかも、原告は、協定書・覚書により、旧第二工区を自らの所属として、旧第二工区についての昭和四五年度までの固定資産税等の累計課税約三億円を収納するとともに、その後も現在に至るまで多額の税収を得ている。当時、原告は、財政再建準用団体として赤字解消に悩んでいたものであるが、右約三億円の収納により、右再建団体の指定の解除を受けることとなったのである。

2(一) 本件埋立がなされるに至った背景・動機

和歌山県においては、関西国際空港設置に伴い、急速な国際化への対応と関連施設整備の促進が課題とされ、また、近畿圏においても生活水準の向上や休日の増加を背景として、余暇ニーズは多様化高度化を伴い急激に高まりつつあり、こうした余暇活動の充実を図るための施設整備の促進が必要となった。

そこで、和歌山県は昭和六一年一二月に、昭和七五年を計画期間とする第四次長期総合計画を策定して国際化への対応と余暇ニーズに応えることとなった。同計画は産業の全般的な興隆を図る計画、方針を謳っているほか、その部門別計画中「第九節、観光」の欄において、「海洋レクリエーションは、将来大幅な伸びが予想されるため潮騒・黒潮ゾーンなどにマリーナ等海洋産業を誘致するとともにマリノベーション構想等を推進し、海洋リゾート基地、マリンパークシティを構築する。またこれらと他の資源施設との有機的連携を図ることにより、国際リゾートゾーンの形成を図る」とし、いわゆる海洋リゾート基地構想を策定している。

そして同じく昭和六一年一二月に和歌山県は「関西国際空港関連施設整備大綱」の趣旨を踏まえ、関西国際空港の立地を県勢の発展に積極的に活用することを目的とした「地域整備計画」を作成した。これは関西国際空港の立地に伴い、空港機能の波及が直接及ぶと考えられる、いわば臨空圏域ともいうべき紀北地域を原則として対象とし、国土軸、空港軸、地域軸の三軸の整備と紀ノ川テクノバレー計画、コスモパーク加太計画、国際観光基地計画など七項目の主要プロジェクトを実施する内容のものであった。

このうち「国際観光基地計画」においてその具体的内容として海洋レクリエーション基地の建設が打ち出され、対象地域を和歌浦湾から友ケ島とし、その整備内容としてマリーナの整備、多目的広場の整備、フィッシングパークの整備等が盛り込まれた。また関連する主要事業として港湾の整備が掲げられ、和歌山下津港(毛見地区)に、県、民間等による「物流及びマリーナ施設の整備」計画を具体化するに至った。

(二) 本件埋立の目的

以上のごとき経過・背景のもとに、観光、レクリエーションの充実、経済活動の活性化、積極的な国際化への対応を図るための海洋リゾート基地構想を具体化することとなった。

そこで、この観点に立って県内の地勢的特性を考慮すると、県勢発展の基盤整備の場として環境に留意した沿岸域における積極的開発が最も望ましいこととなった。

特に関西国際空港に近接する和歌浦湾は、古くは万葉記紀の時代から風光明媚な景勝地として知られており、自然に恵まれた比較的静穏な海域は海洋レクリエーションの好適地である。他方において、近年この地域の観光客の数に停滞傾向が見られ、これの増大を図る必要があった。

こうしたことから、和歌浦湾に国際的都市近郊型レクリエーションコンプレックスつまりレクリエーション施設用地や国際交流文化施設用地、埠頭用地の各々の目的を持った用地が同一の場所に立地し複合化されることによって相乗効果が発揮されるものを創造することとなった。国際化と観光レクリエーションの充実を図り、併せて地域の活性化、産業の振興を促進するため和歌山マリーナシティを早急に埋め立て、建設することとしたのである。

本件埋立てはこのような関西国際空港整備に伴う国際化への対応、レクリエーション施設の充実、和歌浦湾の活性化が目的であり、黒江湾の発展は本件埋め立ての目的とは全く関係がない。

(三) 本件埋立地の位置選定

和歌山マリーナシティの位置は、右埋立事業の目的を達成するため、以下の諸条件を満たす必要があった。

イ 多彩な海洋レクリエーションを展開できる位置にあること。

ロ 新しい臨海型の観光基地としての位置付けができること。

ハ 地域の国際化に対応した波及効果を積極的に受けることが可能な位置にあること。

そこで、以上の条件を満たす区域は、紀北地域において和歌山下津港港湾区域内に限定され、中でも和歌浦湾一帯は美しい海岸線を持ち、優れた海浜環境を有し、和歌公園等周辺のレクリエーション施設整備と一体となった大きな相乗効果が期待できることから、和歌山市毛見地区の海上と決定したものである。

(四) 本件埋立地の埋立の経緯

和歌山県知事は、昭和六一年四月、「総合保養地域整備法」の施行を目前に控え、松下興産株式会社に海洋性リゾート計画の検討を要請していたが、昭和六二年三月、同社は「マリーナシティ計画」を発表、その後同年五月の「総合保養地域整備法(リゾート法)」の施行に時を合わせ、和歌山県と松下興産株式会社が「和歌山マリーナシティ計画」を発表した。

和歌山県は、更に右「和歌山マリーナシティ計画」と同時期の昭和六三年三月に「和歌山県海域利用構想基礎調査報告書」をとりまとめた。この調査の目的は、和歌山県は約六〇〇キロメートルに及ぶ海岸線を有するところ、和歌山県の地域、経済、社会の振興を図るため、この利用の可能性に富んだ海洋をいかにして活用していくかが課題であるとの認識のもとに、沿岸域利用の可能性について概略構想を作成し、地域振興の観点から海洋性リゾートレクリエーションを中心とした海洋利用の指針作りを目指すことを目的としたものであった。そしてその内容は我が国及び海外の海洋レクリエーションの現状を調査し、他方において和歌山県の沿岸域の現状を把握したうえ和歌山ゾーンにおける整備構想として和歌浦海洋総合レクリエーション基地を設け、その一つとして国際化の動きに対応し、和歌山下津港毛見地区の埋立予定地については、ヨットハーバー、スポーツ施設、リゾートマンション、国際会議場等を備えた国際的都市近郊型リゾート基地の建設を推進することが構想された。

ところで、かような和歌浦湾における国際リゾート基地構想は、従前の港湾法に基づく和歌山下津港港湾計画の変更をもたらすものであった。そこで、和歌山下津港港湾管理者である和歌山県知事は、昭和六〇年八月港湾審議会第一一〇回計画部会の議決を経た和歌山下津港の港湾計画の一部について関係機関等の意見を聴取し、昭和六二年一一月港湾審議会第一二一回計画部会の議を経たうえこれを変更した。

右変更書によれば、主要な変更理由は、海洋性レクリエーションの要請の変化並びに社会経済情勢の変化等に対応して、毛見地区のマリーナ計画及び土地利用計画等を変更する必要が生じたためとされているが、いずれも被告の毛見地区についての変更である。

更にその後、和歌山県は昭和六五年を目標年次とした「和歌山県長期総合計画・中期実施計画」を策定し、主要プロジェクトの一つとして和歌山マリーナシティの建設を実施することとした。

この中期実施計画によれば、和歌山マリーナシティの建設プロジェクトは、近年の国民生活の質的向上、余暇時間の増大を背景とした海洋レクリエーション需要の増大、多様化に対応し、和歌山県の持つ海洋空間を利用することを目的としている。

特に和歌浦湾は風光明媚な景勝地であり、比較的静穏な海域を有しているが、近接地に建設される関西国際空港のインパクトを受けて、高親水性や景観重視を理念とする国際的な都市近郊型海洋性レクリエーションコンプレックスの創造を目指すということである。

そして、かような背景、目的のもとにその実施計画の概要が明らかにされており、これによれば和歌山マリーナシティ建設の位置は、「和歌山市毛見地先」と規定され、その事業主体は、国、県、民間の三者であり、総事業費は約八〇〇億円と見積もられている。

和歌山県知事は、和歌山下津港港湾管理者の長に対し、昭和六三年八月一〇日、和歌山市毛見地先の公有水面について公有水面埋立法に基づく埋立免許を申請した。

右申請を受けて港湾管理者の長である和歌山県知事は、同法三条の地元市町村長として和歌山市長に対してのみ意見聴取した。そして、昭和六四年一月六日右埋立免許が認可されるに至った。

その結果、平成元年四月から和歌山マリーナシティ建設工事が着工され、埋立工事が開始された。同年六月には、和歌山県、松下興産株式会社によるいわゆる第三セクターの「和歌山マリーナシティ株式会社」が設立された。

マリーナシティ建設工事は第一期工事として北地区、第二期工事として南地区に二分して工事が進められたが、平成四年四月第一期工事が完成した。その結果、北地区について地方自治法所定の手続が行われ、字名を和歌山市毛見字馬瀬地区として被告の行政区域とされた。

(五) 本件埋立地の利用予定

本件埋立地は、現在のところ北地区が埋立完了しており、また、平成六年三月には南地区の完工が予定されている。その埋立全体面積約四八・三ヘクタールには、関西国際空港の開港をにらんで被告に所属する和歌浦湾の中にレクリエーションコンプレックス、つまりレクリエーション施設用地や、国際交流文化施設用地などが同一場所に立地し、複合化されることによって各施設が互いの機能を補完し、相乗効果が発揮されてあらゆる人々の多種多様な利用ができるよう計画されている。ここには原告に所属する地域やその地先水面と主張する黒江湾との直接の関連性は全くない。

(六) 本件埋立地に対する行政権行使予定

現在の計画にしたがって自治体の行政権の行使の状況を見ると次のとおりであり、本件埋立地は被告の行政区域に含まれていることは、より明らかというべきである。

住民・居住者の日常生活に密接な関係を有する行政の面では、まず埋立地に至る上水道・下水道の施設管理を被告が行っている。そのうち上水道事業については、被告の秋葉山配水池から被告の和歌浦水道管橋、紀三井寺水管橋を経由し、更に被告名草浜から架橋される毛見一号橋を通って全埋立地に送水される。その工事は既に平成四年度に終了しており、その費用約一〇億二八〇〇万円を被告が全額支出している。また、下水道事業については、埋立地から毛見一号橋を通って被告の中央終末処理場に送られ処理されることとなっており、その工事は現在進行中である。工事費用は被告、和歌山県及び国の補助金で賄われる。うち被告の支出金は約二四億七一〇〇万円の予定となっている。したがってまた、これらの使用料金の徴収も被告が行うものである。

本件埋立地の住民・居住者の子女の義務教育は、小学校については被告の和歌山市立浜の宮小学校で、中学校は和歌山市立明和中学校で行われる。

被告は本件埋立地を含む名草地区全域について、消防行政を行うため、本件埋立地に消防出張所を設置することとしている。被告はこの消防出張所の建物建築等のため、約四億五一〇〇万円の事業費を支出することになっているが、今後、より高度の化学消防車の設置なども検討してゆくこととなっている。

原告は本件埋立地について格別の行政権行使は何ら予定されていない。

3 原告は、本件埋立地について平成三年一一月二二日、九条一項又は九条の三第三項の規定に基づくと主張して知事に対し調停の申立てをしたが、同年一二月二一日、知事より協定書・覚書は尊重し、遵守すべきものであり調停に付すことはできず、付す必要もないとされた。本来の裁定権者である知事が協定書・覚書による合意を尊重しているのであって、この事実もまた衡平妥当な線を決める重要な事実というべきである。

以上、二ないし四の事情によれば、本件境界は被告の主位的主張線と確定されるべきである。

五  仮に右諸事情が本件境界を確定するにあたって何ら考慮されるべき事情とはなり得ないものとするならば、以下の理由により等距離線主義に基づき境界を確定すべきである。

1 公有水面における境界の場合には、六一年判決の挙げる種々の事情そのものが極めて乏しく、係争地域の歴史的沿革なども通常はこれを見出し難く、行政権行使の実情や行政機関の管轄なども不明確であり、地勢上の特性等の自然条件もその水際線の形状はともかく、公有水面そのものは極めて単純な平面であるといわざるを得ない。

本件が右のような公有水面上の境界確定である以上、考慮されるべき事情を見出すことが極めて困難であるから、合理的な基準の定立とその応用による解決が求められる。

そして、右のような公有水面上の境界確定の基準は、学説上多数の主義が提唱されているが、衡平妥当の観点からするならば、等距離線主義こそが何ら特別の合意又は決定を待つことなく、地形上から自然にしかも常に一義的に導き出し得る唯一の方法であり、しかも、公有水面上の各地点は、より近くの水際線の地方公共団体の区域に含まれるとするものであって、公有水面の形状が湾・入江・湖など閉鎖的であるときに深刻な地先権の衝突をもっともよく調整する点で、最も一般的かつ衝平妥当な原則であるということになる。

これに対し、陸上境界延長線主義は、水際線付近の陸上境界が曲線であったり折線部分が短いときは極めて妥当性を欠くこととなる。垂線主義は、垂線を立てるべき基線(海岸の大体の傾向線)を定めることに困難を生じることとなる。これは、完全中心線主義においても同様である。また、中点連結線主義も両岸を結ぶ点をどこにとるかで行き詰まってしまうものである。更に、単純中心線主義や等面積主義が全く合理性を有しないことや、道路主義が一般的な基準となり得ないことはいうまでもない。見通し線主義は、そのような合意なり慣行なりがあることが前提であり、水上境界延長線主義も、確定した水上境界が存在することが前提であり、本件ではいずれも採用することができない。

2 本件公有水面(旧第二工区を含む)は、主にもと黒江湾と呼称された閉鎖的海面の湾口部分であり、等距離線主義がその長所を発揮し得る形状であり、また、本件境界確定にあたっては、等距離線主義以外の基準をもって区分線を見出すことがより合理的な事情があるわけではない。それに加えて、ことに本件境界の場合、前記三1(一)の古文書類が等距離線主義に近い形で考えられている。

更に、既に中世において黒江湾に毛見地区が海上の領域を有し、船尾地区もまた同様で、江戸時代に至ると、冷水地区も一定の海上領域を有していたことが窺われる。そして、これらの海上領域を区分する基準としては、「海上半分」・「海半分」などの基準が用いられているところ、これは、当時における測量技術上の問題にもよるものであろうが、閉鎖的な湾においては海上を真ん中あるいは中ほどで分けることが衡平・妥当であると認識されていたことを如実に示すものであり、この海上を真ん中で分けるという考え方は、等距離線主義にも連なるものである。また、毛見浦漁業組合の専用漁業権の漁場区域図によっても等距離線に近い。更に最近では昭和四四年当時の海南市都市計画図、海南港平面図も黒江湾を二分する形で海上境界が引かれているのであるから、それまでの歴史的沿革や一般の認識に照らしても等距離線主義が妥当している。

3 ところで、等距離線主義を適用する場合にはどの時点における水際線を基に等距離線を求めるかが問題となるが、本件においては旧第二工区の紛争発生前(旧第二工区埋立前)を基準としてその当時の水際線を基に等距離線を求めるべきである。

確かに、六一年判決によると、江戸時代若しくは明治時代当初に遡ってその区分線を見出すべきこととなり、観念的ではあってもその当時から海上境界が存在したものとすれば、江戸時代末期若しくは明治時代当初の水際線をもとに等距離線を見出すことがより論理的であることとなる。しかしながら、その後もたびたび埋立が繰り返されてきた本件公有水面などにおいては、その水際線によれば、全く争いのない陸上境界すら動かさざるを得ないこととなりかねない。このような点からするならば、紛争発生時、すなわち本件においては旧第二工区の帰属が争われたわけであるから、その旧第二工区埋立前の水際線によるのが衡平・妥当である。

そして、右水際線が定まることにより、当然に、主張する境界線の基点は、温山荘がその北西側道路と接する線と水際線の交点(原告被告間の陸上境界線が右水際線に至る点)、すなわち別紙図面一のイ点となり、その線上のどの点においても、その点から原被告の右水際線上の最も近くにある点への距離が相等しい線が原被告の本件境界であり、更に、その境界線の終点は、本件紛争解決に必要にして十分な範囲で境界が確定されるべきことからして、別紙図面一のル点となる。

4 なお、地先の尊重を掲げている紛争解決事例においては、その解決手法としては、等距離線主義あるいは等距離線主義とは明示しないものの、実質的には等距離線主義によると思われる考え方を基本としながら他の要素を加味するという方法によっているものが多く見られる。

これは、等距離線主義と地先の尊重は何ら矛盾するものではなく、等距離線主義は紛争当事者双方の地先を合理的にまた衡平に調整する機能を有するものであり、等距離線主義によって確定した境界は紛争当事者双方の地先を衡平に尊重した結果となるからである。

したがって、旧第二工区の紛争発生前(旧第二工区埋立て前)の水際線に基づき、原告と被告との陸上境界線が右水際線に至る点(原告被告の陸上境界線と右水際線の交点)を基点として、等距離線主義により求められる線、すなわち被告の予備的主張線をもって本件境界と確定されるべきである。

(被告の本件境界に関する主張に対する原告の反論)

一  前記のとおり、覚書を裁定に準ずるものとみなすことはできないし、六一年判決にいう「法定の措置」とは、明治一一年太政官布告第一七号郡区町村編制法、明治二一年法律第一号町村制、明治四四年法律第六九号町村制及び地方自治法に定められた手続きに基づき町村の廃置分合又は境界の変更若しくは境界の確定が為された場合に限定して述べているのであって、無限定に使用されている概念ではなく、知事の斡旋に基づく協定書、覚書が右「法定の措置」に該当しないことは明らかである。また、原被告間の境界について前記太政官布告第一七号郡区町村編制法以下の各法令によって境界変更をし、又は境界を確定したことはなく、いかなる意味においてもこれを法定の措置に準ずるものと解することはできない。

二  協定書、覚書及びそれが締結されるに至った一連の経緯は、六一年判決のいう歴史的沿革にはあたらない。また、覚書が締結された経緯は、政治的なものであり、覚書に関しては、法的に有効か無効かが判断されるべきであり、無効とされた場合は、境界の確定にあたり、何ら斟酌されるべきでない。また、知事斡旋案及びそれと同一内容の協定書では、旧第二工区の「地先に新たな埋立が行われたとき、和歌山市は積極的にこの地域の開発に取り組む」というだけで新たな埋立地の帰属については何ら触れられていない。

三  原告は、被告が本件埋立地に投資する以前の昭和六三年一一月七日以降、被告に対して、本件埋立地について原告の行政区域に所属すべき部分が大きく含まれている旨の主張を繰り返しなし、更に和歌山県知事に対しても、昭和六三年八月三〇日以降、公有水面の埋立てに関して地元市町村長として原告市長の意見を徴されるよう申し出、平成三年一一月二二日付けで地方自治法上の付調停の申請までしている。

したがって、被告としては、本件埋立地について争論があり、将来裁判において本件埋立地の一部について原告の区域が認められることがあり得ることは予想されたはずであるから、それを無視して本件埋立地に投資したからといって、そのことが本件境界を定めるにあたって何ら斟酌されるべきではない。

原告は、これまでたびたび本件埋立地に原告に帰属すべき区域が存在することを主張してきたにもかかわらず、これを無視されてきたために費用負担すべき機会がなかったというに過ぎず、本件埋立地内の原告に属する区域が確定すれば、応分の負担をする。

四1  関西国際空港の設置によって影響を受けるのは被告に限られるわけではなく、現に、原告においても、昭和五五年七月二日に、市議会に「関西新国際空港対策特別委員会」を設置し、昭和五八年四月三〇日まで、関西国際空港の開設に伴う原告への影響・対策等を協議してきた。

また、関西国際空港埋立てのための土砂が被告加太地区から採取されてはいるが、その事実と本件埋立地の区域の帰属との間には何らの関連性もない。

2  和歌山県の作成した「関西国際空港地域整備計画」によれば、その対象地域は紀北地域と明示されており、この紀北地域に被告のみならず原告も含まれることは、右整備計画を一覧すれば明らかであるが、同整備計画末尾「関西国際空港関連地域整備計画図」に明示されているとおり、同整備計画の対象地域たる紀北地域とは、具体的にいえば、被告、原告、橋本市、海草郡(下津町、美里町、野上町)、那賀郡(粉河町、桃山町、岩出町、那賀町、打田町、貴志川町)及び伊都郡(かつらぎ町、高野口町、高野町、九度山町、花園村)の三市、一三町、一村のことである。

右整備計画においては、「紀ノ川テクノバレー計画」、「コスモパーク加太計画」、「国際観光基地計画」の三プロジェクトのほか、「ナンロクサイエンスパーク計画」、「和歌山臨空都市計画」、「地場産業都市計画」、「生鮮食料品供給基地計画」なども策定されており、紀北地区の総合的な発展を目指したものが右整備計画にほかならない。

また、右整備計画中の「主要事業」として、「和歌山下津港(毛見地区)」に「物流及びマリーナ施設の整備」が掲げられているが、これは和歌山下津港港湾区域内の和歌浦海南港区(他に、和歌山港区、下津港区、有田港区などがある)の一部を便宜的に「毛見地区」と称したに過ぎず、本件埋立地への原告側陸地からの連絡橋を長らく「毛見二号橋」という、誰が見ても不適切な仮称で呼んできたのと同工異曲である。

3  埋立必要理由書で本件埋立ての必要性として謳われているのは、「地域の活性化と地場産業の振興に資するとともに、新たな産業構造の形成等、活力ある和歌山県を構築する」ということであって、右「地域の活性化」とは、「和歌浦湾の活性化」のみを意味するのではない。

本来、県が策定する総合計画は、単に開発がなされるその地域のみにとどまらず、当該地域を取り巻く周辺地域への経済的、文化的波及効果を十分視野に入れ、「(周辺地域をも含めた)地域の活性化」を図り、ひいては県勢の発展を期するものであって、本件「和歌山マリーナシティ」埋立計画も、そのようなものとして理解しなければならない。

それに、そもそも黒江湾は和歌浦湾の一部と考えるべきであって、現に、平成二年一二月に策定された和歌山県の「総合保養地域の整備に関する基本構想-“燦”黒潮リゾート構想-」においても、重点整備地区として、被告、原告、下津町が「和歌浦湾地区」として指定されている。

また、本件埋立地を「和歌山市毛見地区」とするのは、(たとえ県の刊行物にそのように記載されているとしても)単なる独断に過ぎない。公有水面上の一定の水域を特定の市町村の区域に所属するかのように呼称することがあったとしても、それはあくまで便宜的なものであって、何ら地方自治法上の根拠を有するものでないことは明白である。

現に、「和歌山下津港湾事務所管内図」を見ると、本件埋立地付近を「海南地区」と呼称しており、必ずしも「毛見地区」なる呼称が一般化しているわけではない。

確かに、和歌山マリーナシティ計画が進展し、原告と被告との間の争論の存在が明らかとなるにつれて、和歌山県は、本件埋立地付近の水域をことさらに「毛見」なる被告の一字名をもって呼称しようとしてきたようであるが(被告側から本件埋立地に架橋する橋まで「毛見二号橋」と仮称していたほどである。)、和歌山マリーナシティが計画される以前に、本件埋立地付近の水域を「毛見地区」あるいは「毛見地先」と呼称していたというような事実はなく、かえって、「海南地区」なる呼称が用いられていたほどである。このことは、特定水域の呼称はあくまで便宜的なものであって、時日の経過によって(時には意図的としか思えぬ表現に)変わっていくこともあることを示しており、何らその地域の市町村への帰属を示すことにはならない。

更に、通常和歌浦湾を取り巻く沿岸自治体が、被告、原告、下津町の二市一町であることは常識に属することであり、和歌浦湾が被告に所属しているなどということはない。

4  本件埋立地の帰属をめぐって原被告間に紛争が生じ、訴訟において係争中である今日、被告が主張する行政権行使の状況とは、本件埋立地の全域が被告の区域に帰属することを前提とした一方的な被告の予定に過ぎず、本件境界を確定するにあたって考慮されるべき重要な要素とみなすことはできない。

五  等距離線主義について

1 公有水面又は埋立地における境界決定の手法については、<1>陸上境界延長線主義(水際線における陸上境界をその方位角により単純に延長)、<2>水上境界延長線主義(水上境界線をその方位角により単純に延長)、<3>垂線主義(陸上境界線と水際線の交点から、水際傾向線に対して引いた垂線)、<4>単純中心線主義(埋立地の東西南北端に接する緯線、経線によって方形を作り、その中心線)、<5>完全中心線主義(水際線の傾向線に平行な線を埋立地に無数に引き、その中心を結んだ線)、<6>みお・浅瀬・タールヴェーク主義(水面下の土地の最深部を結んだ線)、<7>中点連結線主義(両岸水際傾向線にいくつかの一点を一対ずつとり、その中点を連結)、<8>等距離線主義(双方の水際線から等距離にある点を無数に設定し、この点を結んだ線)、<9>見通し線主義(境界の基点から他の一定地点を見通した線)、<10>等面積主義(対象地域を等面積になるように分割)、<11>道路主義(道路上に境界を求める)、<12>平行線主義、<13>面積衡平主義等多数の手法が提唱されてはいる。このうち、<1>の陸上境界延長線主義を適用して境界争論を解決したものとしては、函館市と磯上町の境界変更、東京都大田区と品川区の大井埠頭埋立地の境界が、<3>の垂線主義により解決されたものとして、大阪府堺市と高石市の境界変更が、<9>の見通し線主義により解決されたものとして、静岡県富士市と蒲原町の境界及び岡山県邑久市町と牛窓町間の錦海湾干拓地の境界が、<6>のみお・浅瀬・タールヴェーク主義により解決されたものとして、長崎県森山村と吾妻村の境界が、<7>の中点連結主義により解決されたものとして、秋田県大潟村設置処分が、<8>の等距離線主義により解決されたものとして、久六島の青森県編入処分が、<13>の面積衡平主義により解決されたものとして、国際司法裁判所北海大陸棚事件判決(一九六九年)がある。

以上のとおり、公有水面及び埋立地等をめぐる境界争論については様々な方法により解決されてきており、未だ定まった手法はないのであって、等距離線主義を唯一正当な方法とするのは誤りである。

また、等距離線主義に基づいてなされた判決は一件も存在せず、境界争論について当事者に対し法的拘束力を有するものでもない。

なお、等距離線主義は本来水上境界を定める基準として機能しうるものであり、公有水面が埋め立てられ、陸地となった場合には適用がなく、埋立地をめぐる境界争論においては、既に存在する埋立地上の道路、工作物、水路等に基づき、衡平の観点から境界線が引かれているのが実情である。

2(一) 等距離線主義は、対岸市町村の間の線(向い線)を引くには適するが、隣接市町村との間の線(隣り線)を引くには適しない場合がある。

オランダ、デンマーク及び西ドイツ(当時)の間で争われた北海大陸棚事件は、等距離線主義の適用が、隣接する国の沿岸の地形により著しく不均衡を生ずることから争いとなったものである。

すなわち、等距離の原則を機械的に適用すると沿岸の地形如何によって大陸棚の画定、配分はある国にとって有利となり、他の国には不利となる。その沿岸が地形的に凸状をなしている国は境界線が外側に末広形となって、その大陸棚は増大し、反対に、その沿岸が凹状をなしている国は、境界線が内側に縮まり、大陸棚は減少することになるからである。

北海大陸棚判決は、次のような内容である。<1>等距離線主義(等距離の原則)を境界確定方法とする国際慣習法が成立していることを否定して、等距離線主義による境界確定の主張(オランダ・デンマーク)を否定した。<2>境界確定は、衡平の原則に従い、かつ、すべての事情を考慮して合意により行われるべきである。そして、衡平の原則から見れば、等距離線主義の適用は沿岸の凹凸によって間違いなく不衡平を生むものであることが指摘されている。また、右判決は衡平の原則との関係で、大陸棚の範囲と関係国の沿岸の長さに相当程度の釣合が必要であることを指摘している。

本件に即していえば、等距離線主義の適用は以下のとおり著しく妥当性を欠くものである。

和歌山県の位置する紀伊半島は南北に伸びた海岸線を持ち、海岸に面する市町村、とりわけ和歌山県北部の市町村はおおむね東西方向に陸上境界があり、それぞれ海岸線を確保している。

原告の地形は、この海岸線が黒江湾によって大きく内陸に食い込む形をなしており、沿岸は凹状をなしている。これに対し被告は原告との陸上境界の海岸に接する部分で船尾山脈の尾根筋から大きく南西方向へ下り、御前岩から琴ノ浦地区にかけて大きく凸状をなしている。他方、訴外下津町も内陸部から海に向けて大きく凸状をなしている。原告の沿岸の凹状の地形は前記北海大陸棚事件における西ドイツの沿岸の地形の比ではない。

このような地形に等距離線主義を適用することは、著しい不均衡を生ずるものであって、衡平の原則に反する。

(二) 等距離線主義は、公有水面に対する管理・支配が均等になされている場合には妥当しても本件のような場合には妥当しない。

すなわち、被告の海岸線は、北は大阪府岬町との境界から南に延々と続いているのに対し、原告は黒江湾が唯一西方に開けた海である。原告にとって黒江湾及びその西方に開けた海面の重要性は被告のそれと比べて格段の違いがある。

被告が地先水面を主張する琴ノ浦地区は、大正年間までは人家もなく、海岸線が山際まで接近している無人地区であった。大正末からの埋立後は社会経済的、市民生活上は大きく原告に依存しており、琴ノ浦地区の地先の重要性は原告の黒江湾に対する地先の重要性に比べれば極めて小さいものである。また、黒江湾における原告と被告の海岸線の割合は原告一一、被告一であり、黒江湾に占める原告と被告の沿岸の長さは、原告の沿岸が圧倒的に長い。

等距離線主義によれば、旧埋立地に被告の行政区域が大きく食い込む形となっているが、原告の玄関先ともいうべき場所に被告の行政区域が大きく食い込んでくるというのは極めて不自然かつ不衡平であることは明らかである。

第三証拠<省略>

理由

一  被告の本案前の主張について

1  市町村の境界に関する争論の存在

(一)  地方自治法九条一項又は九条の三第三項の「市町村の境界に関し争論があるとき」とは、関係市町村の間で境界に関し客観的事実の主張に意見の不一致があり、これが原因となって客観的に紛争と認められる状態を生じている場合をいうものと解される。

(二)  争いのない事実、原本の存在及び成立に争いのない甲第一及び第八号証、成立に争いのない甲第二ないし第六号証、証人阪東旦舒の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件公有水面において原告と被告は境界を接しているところ、原告市長から被告市長宛の昭和六三年一一月七日付け公文書(海庶第五一五号)により、原告は被告に対し、本件公有水面に造成を予定された本件埋立地には原告市域に属する部分が含まれているので、本件埋立地の所属に関する協議を行うよう申し入れた。

(2) しかし、被告は、被告市長から原告市長宛の平成元年三月二九日付け公文書(和総第一六〇号)をもって、本件埋立地は被告の市域に所属する旨の回答をし、所属問題の協議を行うことを拒否した。そこで原告は、平成二年一二月一九日付け内容証明郵便をもって、本件埋立地の所属問題は白紙のままである旨被告に通知したところ、被告は、平成三年一月一一日付け文書(和総第九一五号)をもって、本件埋立地は被告の市域に所属するものであるとの見解を重ねて表明した。

(3) そのため、原告は被告に対し、平成三年一〇月一八日付け内容証明郵便をもって、本件境界は、旧第二工区の北西端より対岸の被告毛見地区へ真北に引いた線の中点から真西に引いた直線であり、その境界線の南の部分が原告に所属する旨具体的に主張したが、被告は、同月三一日付け公文書(和総第八七一号)をもって、原告の右主張を否定し、従前通り、本件埋立地は被告に所属するものであるとの回答を寄せた。

(4) そこで、原告は、同年一一月二二日付けで和歌山県知事に対し、九条一項及び九条の三第三項に基づき自治紛争調停委員の調停に付するよう申請をしたが、和歌山県知事は、右申請の日から九〇日以内に本件境界の争論について調停に付さなかった。

(三)  右(二)の事実、とりわけ右(二)(3)のとおり、原告が本件公有水面における原被告間の具体的な境界線を主張したのに対し、被告が右境界線を否定し、それがため本件埋立地の右境界線以南の区域の所属について原被告間で意見の不一致が顕在化するなど重大な利害関係の対立が存在していることからすれば、右(二)(4)の申請時、ひいては本件訴訟においても本件境界に関し原被告間に前記(一)の意味での争論があることは明らかである。

(四)  なお、一旦判決等の法定の措置によって市町村の境界が確定したとしても、後にそれとは異なる境界を一方の市町村が主張し、他方の市町村が既に確定された境界を主張して両者とも譲らない場合、最終的には既に確定していた境界が両市町村の境界と再度確定されることになるとはいえ、両市町村の境界に関し具体的・客観的事実について意見の不一致があり、相当な利害対立が生じている以上、市町村の境界に関し争論があること自体は否定できないものと考えられる。したがって、仮に被告が主張するように協定書・覚書が有効でかつそれによって昭和四六年二月当時本件境界に関し原被告間で一旦争論が解決されていたとしても、それが本件境界を確定するについて考慮されるべき事由であることは格別、前記(一)の意味での争論の有無を判断するについては何ら斟酌されるべき事由にはあたらないから、右の点について検討するまでもなく、本件境界に関する争論の存在は肯定される。

(五)  また、市町村の境界に関し争論がある場合とは、前記(一)のとおり一定の事実状態を指すものであるから、右の事実状態がたとえ原告の信義則ないし禁反言の法理に反する行動によって生じたものであるとしても、これにより、「争論」に該当しないということはできないし、争論の存在は訴訟要件として職権調査事項であるから、被告の前記一の3の主張は、主張自体失当である。

2  地方自治法が定める出訴要件の充足

(一)  成立に争いのない乙第二七及び第五八号証によれば、本件埋立地は平成四年五月一日に第一工区の竣功認可が、平成六年五月二〇日に第二工区の竣功認可がなされていることから、本件訴えが提起された平成四年二月二一日の時点においては、本件境界に係る争論は、公有水面のみに係る市町村の境界に関する争論であったことが認められる。

(二)(1)  右のような公有水面のみに係る市町村の境界に関する争論について、裁判所に市町村の境界の確定の訴えを提起することができるのは、九条の三第六項によって準用される九条九項前段の要件を充足した場合のみならず、九条九項後段の要件を充足した場合もまた右訴えを提起できるものと解すべきである。すなわち、公有水面のみに係る市町村の境界に関し争論がある場合には、九条の三のみならず九条もまた適用があると解すべきである。その理由は以下のとおりである。

(2) 三六年改正によって制定された九条の三の立法の目的は、従前公有水面埋立地の所属について、関係市町村の意見が一致しないまま、九条一項による調停、二項による裁定の申請がなされず、埋立ての竣功後も相当長期間にわたって埋立地の所属が決定しないことから、行政上種々の支障が生じている事例が少なくないことに鑑み、公有水面の段階においてできるだけ速やかに関係市町村の境界の決定、変更又は確定をしようということにある。右目的のため、同条三項は、市町村の境界に関し争論がある場合について規定した九条一項、二項の特例として、公有水面のみに係る市町村の境界に関する争論について、申請がなくとも職権によって二五一条の自治紛争調停委員の調停に付する権限や、右調停不調の場合あるいは関係市町村の同意があれば職権によって裁定をすることができる権限を知事に付与する旨規定したのであるが、これにより、九条一、二項の適用を排除したものと解するのは相当でない。

すなわち、被告は、公有水面のみに係る境界の場合、<1>陸地となっていないので具体的な利害関係が少ない、<2>陸地の境界に比べ境界の確定がより創設的で行政的解決を図り易い、<3>単純な形状なので境界確定の原則の樹立と応用による解決が可能である、<4>公有水面埋立との関連を調整する必要があることを理由に、九条の三は、公有水面のみに係る市町村の境界について知事による積極的な行政的解決を規定したもので、九条一、二項による市町村の調停・裁定の申請権を排除していると主張するが、埋立ての竣功の認可又は通知によって直ちに具体的な利害関係が生じるものではないし、<2>、<3>の理由も埋立ての竣功の認可又は通知の前後で直ちに変化するものではないし、<4>の理由についても市町村の境界紛争解決のために付与されている調停・裁決の申請権を奪う理由とすることはできないことは明らかである。

そして、公有水面のみに係る市町村の境界に関して争論があるが、知事が九条の三で付与された権限を行使しない場合には、右争論に九条の適用を認めることが、公有水面の段階においてできるだけ速やかに右争論を解決しようとした九条の三制定の目的により合致することは明らかである。

また、九条の四は、公有水面の埋立てが行われる場合に、知事に対し、当該埋立てにより造成されるべき土地の所属すべき市町村を定めるため必要があるときはできる限り速やかに九条の三所定の措置を講ずべきことと定め、知事に対し職権による付調停、あるいは採決を義務付けていると解されるが、これを理由として、公有水面のみに係る境界についての争論については、知事が右の措置を講じない以上、市町村は九条一、二項に基づく調停、裁定を知事に申請することができず、埋立ての竣功又は通知がなされるまで、境界についての争論解決の途を閉ざされてしまうと解するのは相当でない。その他、公有水面のみに係る市町村の境界について争論がある場合に、市町村が自ら積極的に境界に関する紛争を解決するために付与されている九条一、二項の調停・裁定の申請権を奪う実質的な理由を見出すことができない。

そして、このように解したからといって九条の三第三項によって付与された知事の権限を制約することにはならない。すなわち、調停に付する権限についてみれば、同条項が知事に付与したのは、申請がなくとも職権によって調停に付する権限であるところ、調停に付した以上、九条一項も九条の三第三項もいずれも二五一条の自治紛争調停委員の調停として全く同じ手続で進行するものであるから、九条一項に基づく調停と九条の三第三項の調停とは結局調停に付する契機に違いがあるに過ぎず、市町村に申請権を認めたからといって知事の権限を不当に制限するなどということはないのである。また、九条の三第三項の調停が不調に終わった場合に職権によって裁定をする権限についてみても、前記のとおり九条の三第三項の職権付調停も九条一項の申請に基づく付調停も、調停に付された後の手続に変わりがないうえ、市町村の自治権の尊重という点では、職権裁定を行う以前に調停手続を経ることで、当該市町村議会の意思を十分斟酌するという点が重要なのであって、その調停が職権によって始まったものか申請によって始まったものかで区別する理由はないことからすれば、九条の三第三項の職権裁定の要件である「当該調停」とは「二五一条の規定による調停」すなわち自治紛争調停委員の調停を意味するに過ぎないと解すべきであるから、公有水面のみに係る市町村の境界については、九条による市町村の申請に基づいて付された調停についても、知事の職権裁定は可能であり、九条の重畳適用を認めても、九条の三第三項で知事に付与された職権裁定の権限を制約することにもならないからである。

したがって、公有水面のみに係る市町村の境界に関する争論について、九条の三第三項のみならず、九条もまた適用があると解するのが相当である。

(3) なお、三六年改正以前には、普通地方公共団体の区域に海域が含まれるかについて積極消極の両説が対立していたことに由来してか、九条一項の「市町村の境界」に公有水面上の境界が含まれるかについて疑義が存し、公有水面のみに係る市町村の境界争論について実務上同条項が適用されず、埋立完了後埋立地について所属未定地編入処分によって処理されてきたものの、同条項の適用が明確に否定されていたわけではなく、むしろ九条の二の「市町村の境界」には公有水面上の境界が含まれると考えられていたうえ、三六年改正によって普通地方公共団体の区域に海域が含まれることを前提として立法上統一されたのであるから、三六年改正後の九条一項を解釈する際には、従前の行政実務上の取扱いに拘泥すべきではない。

また、九条の三第三項が知事の積極的な関与により公有水面の段階で早期に境界争論を解決することを目指したのは、右段階では未だ利害関係が抽象的で争論が先鋭化していないためより円滑な解決が期待できることによるからであり、九条の四は右期待を実現するために知事がその職務権限を積極的に活用することを要請する訓示規定であって、公有水面のみに係る市町村の境界争論について九条の重畳適用を認めることと何ら矛盾するものではない。

更に、公有水面のみに係る市町村の境界争論に九条の重畳適用を認めると、九条の三第三項に基づく職権による裁定は、同条四項により当該公有水面の埋立ての竣功の認可又は通知がなされるときまでしかなし得ないのに対し、九条二項の裁定は右期間制限に服しないことから、いつまでも裁定が可能ということになるが、九条二項の裁定には、当該市町村の議会の議決を経た申請があることが前提とされ、当該市町村の自治権が九条の三第三項の裁定の場合と異なり十分に尊重されていることからすれば、右違いは合理的な区別であって、九条の重畳適用を否定する理由とはならない。

なお、九条の三第六項は、九条九項前段を準用し、後段を準用していないが、九条の三第三項により知事による職権付調停が開始された事案について九条九項後段の準用がないのは当然の理であって、これにより、九条の三が九条の適用を排除していると解することもできない。

(三)  右(二)のとおり、公有水面のみに係る市町村の境界争論については九条の三のみならず、九条もまた重畳適用があると解されるところ、前記1(二)(4)のとおり、原告は平成三年一一月二二日付けで和歌山県知事に対し、本件公有水面のみに係る境界争論について自治紛争調停委員の調停に付するよう申請をしたにもかかわらず、右申請の日から九〇日以内に和歌山県知事が調停に付さなかったものであるから、本件訴えは九条九項後段の出訴要件を充足していることは明らかである。したがって、その他和歌山県知事からの調停に適しない旨の通知の有無について検討するまでもなく、本件訴えは適法であり、被告の地方自治法の出訴要件に関する本案前の主張もまた失当である。

二  そこで、原告と被告との本件境界について判断する。

1  境界決定の基準

地方自治法は境界決定の手続については規定があるものの、その決定の基準については何ら規定をしておらず、わずかに五条一項で「普通地方公共団体の区域は、従来の区域による。」と規定しているに過ぎない。そして、右従来の区域とは、明治四四年法律第六八号の市制一条、同六九号の町村制一条、同二一年法律第一号の町村制三条本文、同一一年七月二二日太政官布告第一七号郡区町村編成法二条がそれぞれ市及び町村の区域については従来の区域を引き継ぐこととしているので、地方自治法施行当時の従来の区域とは、結局江戸時代のそれによるということとなる。なお、以上の各法令には、一定の場合に市町村を廃置分合し又は市町村の境界を変更する手続きが定められている。したがって、市町村の境界を確定するにあたっては、既に地方自治法を始めとする右各法令上の法定手続により境界が変更・確定されたことがある場合にはそれによることはいうまでもなく、右法定の措置がとられていない場合には、まず、江戸時代における関係市町村の当該係争地域に対する支配・管理・利用等の状況を調べ、そのおおよその区分線を知り得る場合には、これを基準として境界を確定すべきものと解するのが相当である。そして、右の区分線を知り得ない場合には、当該係争地域の歴史的沿革に加え、明治以降における関係市町村の行政権行使の実情、国又は都道府県の行政機関の管轄、住民の社会・経済生活上の便益、地勢上の特性等の自然的条件、地積など諸般の事情を考慮のうえ、最も衡平妥当な線を見出してこれを境界と定めるのが相当である(六一年判決参照)。

2  法定の措置の不存在

(一)  争いのない事実、成立に争いのない甲第七、第三〇、第四八号証、乙第一二号証の一ないし六、第一六及び第一七号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる乙第一〇及び第一八号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件公有水面は港湾法上和歌山下津港湾区域の一部であり、この区域は、明治以降、幾度となく埋立てが行われてきたところであるが、関係市町村間において埋立地の所属や境界をめぐっての争いは全く存在しなかった。

(2) ところが、昭和四一年三月三一日に竣功した本件埋立地の東側に位置する旧第二工区の所属について、原被告間に見解の相違が生じ、これを解決するため和歌山県の仲介で原被告間の協議が昭和四一年一一月一八日を第一回として、同四四年一月三一日まで前後一〇回にわたって行われたものの解決に至らず、原告は同年六月二〇日、九条二項に基づき境界についての裁定申請をなすべきことを市議会で可決し、被告も同年七月四日、市議会で同様の議決をなし、同年八月一五日、原被告より和歌山県知事にそれぞれ裁定申請がなされ、更に同四五年秋ころ、原被告より早期裁定を求める要望がなされた。

(3) こうした中で和歌山県知事は、右争論について裁定をせずに政治的決着を図ることとし、原被告に対して境界自体には触れず、旧第二工区は一応原告の所属とし、将来旧第二工区の西側に埋立地が生じたときは右新埋立地を被告の所属とすることを骨子とする斡旋案を提示したところ、原告市議会の全員協議会及び被告市議会総務委員会の各決議の結果、同四六年二月二六日、原被告は右斡旋案を受諾して同日付けの原被告市長作成名義の協定書及び原告市長作成名義の覚書を作成し、これを取り交わした。

(4) そして、右協定書には、原被告は、旧第二工区の中に被告の区域が潜在的に存在することを認めるが、現時点においては右区域が被告の所属とすることを留保して旧第二工区の全域を原告の区域とし、旧第二工区の地先に新埋立地が計画され、実施に着手するときに右留保関係を解く旨を協定するとの記載があり、右覚書には、原告は、新埋立地の所属関係について将来争論のないよう海南市の意志を明確にするとして、右新埋立地は被告の区域に所属するものとするとの記載がある。

(二)(1)  右(4)及び成立に争いのない乙第一九ないし第二三号証によれば、原被告の両市長は、昭和四六年二月一六日の協定により、旧第二工区を当面は原告の区域とし、旧第二工区内に存在するはずの被告の区域と新埋立地に存在することになるであろう原告の区域とを将来交換する旨合意することで、昭和四六年当時の争いを政治的に解決したものと認められるが、右のとおり旧第二工区及び新埋立地の所属については合意したものの本件公有水面上の境界そのものについては何ら合意がなされてはいない。

(2) しかも、前記(一)(3)のとおり、右合意がなされるにあたっては、原被告の市議会の議決を経てはおらず、何ら法的根拠を持たない原告市議会の全員協議会などの議決を経たに過ぎないのであって、境界を変更ないし確定するための地方自治法所定の手続が何ら履践されていないのであるから、右合意は法的拘束力を有すると認める根拠はなく、政治的なものに過ぎないことが明らかである。

(三)  したがって、昭和四六年二月一六日の原被告の両市長によって締結された協定は、本件境界を変更ないし確定する法定の手続とは到底認められない。

また、そのほか過去に本件境界について変更ないし確定する法定の手続がとられたことは認めることができない。

3  成立に争いのない甲第四六号証、第四七号証の一、二、弁論の全趣旨から真正に成立したと認められる甲第四五号証、証人寺西貞弘の証言によって真正に成立したと認められる乙第五四号証及び同証言によれば、江戸時代における本件公有水面に接続する陸地は、現在被告の区域である毛見浦と原告の区域である船尾浦、黒江村などを含む日方組なる行政組織によって支配・管理されていたことが認められるが、本件全証拠によっても本件公有水面上を右日方組あるいはそこに含まれる各村ないし浦がいかなる支配・管理を及ぼしていたかは詳らかではなく、ましてや本件公有水面上のそれら各村・浦の区分線のおおよその所在はおろか、そもそも右区分線が存在したのかすら明らかではない。

なお、成立に争いのない甲第一八、第一九、第六四及び第六五号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したと認められる甲第二〇号証並びに証人高岡楠太郎の証言によれば、江戸時代より原告の地場産業の漆器等が黒江港から頻繁に海上輸送され、海上交通が盛んであったことが窺われるが、右は黒江港に対する原告の支配・管理を推認させるものの、その航路上に該当する本件公有水面に対する管理・支配を推認させるものではない。

したがって、江戸時代における本件公有水面に係る関係市町村の支配、管理、利用等の状況から、本件境界のおおよその区分線を知ることはできない。

4  以上のとおりであるから前記1の基準によれば、諸般の事情を考慮し、最も衡平妥当な線を見出すことになるが、証人高岡楠太郎の証言によれば、江戸時代においては「磯漁は地付き根付き次第なり、沖は入会」といわれていたことが認められ、陸地に極めて近接する公有水面は原則として当該水面が接続する陸地に付随すると長らく考えられてきたことが窺われることからすれば、本件のように公有水面のみの境界線を確定する場合には、当該公有水面に近接して接続する陸地の地先は当該陸地の区域にできるだけ含ましめること、すなわち地先の尊重ということが考慮すべき重要な要素であるといえる。

そして、右地先の尊重という観点からすれば、公有水面上のある一点をいずれの区域に属させるかを決定するには、その点がいずれの区域の陸地に近いかを判断し、より近い方の陸地の区域に所属するとして確定するのが最も衡平妥当な考え方であるというべきであり、右考え方に基づき境界を決定するのが等距離線主義、すなわちその線上のどの点においても、その点から両市町村の水際線上の最も近くにある点への距離が等しいような線を境界とする考え方である。

なお、等距離線主義による場合には、確かに沿岸の凹凸によって公有水面上の面積に広狭の差異が生じることは避けられず、極端な場合には公有水面上の区域が狭い範囲に画されてしまうことになって、公有水面に向けての発展がある限度で閉ざされてしまうことになる。しかし、そもそも海域等の公有水面に面していない普通地方公共団体であれば、右のような発展可能性というものが当初から存在していないし、他方、公有水面に向けての発展可能性がある普通地方公共団体の場合にもそれが無限に続くのではなく、最大でも領海の範囲に画されているのであって、その意味では発展可能性といっても普通地方公共団体に常に無限に保障されているものではなく、その自然的条件によって広狭の差異があるものとして存在するに過ぎないというべきである。そして、現行の地方自治法上、普通地方公共団体の区域がすべて同じ面積とされているわけではないのであるから、公有水面に面した複数の普通地方公共団体のそれぞれの地先水面を合理的理由のある基準で平等に尊重していった結果、単にその沿岸の地形のため公有水面上の区域に広狭の差異が生じたとしても、それは沿岸の地形という自然的条件の違いによるものであって、これをもって不平等かつ不合理な考え方であるとは到底いえない。

したがって、公有水面上の境界を確定するには、歴史的経緯、従来の行政権行使の実情等に鑑み、右等距離線主義によることのできない特段の事情がない限り、右等距離線主義に基づいて確定するのが相当である。

5  ところで、等距離線主義を適用する場合にはどの時点における水際線を基に等距離線を求めるかが問題となるが、本件においては旧第二工区の帰属についての紛争発生前(旧第二工区埋立前)を基準としてその当時の水際線を基に等距離線を求めるべきである。

確かに、観念的ではあっても江戸時代末期若しくは明治時代当初から海上境界が存在したものであり、地先に水面が帰属するとされていたのであるから、その当時の水際線を基に等距離線主義によって境界を見出すことが前記1の基準からすれば、より論理的であるようにも思われる。しかしながら、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第一四及び第一六号証によれば、その後も本件公有水面を含む海域は、近世以降はたびたび埋立てが繰り返されて水際線が変更されてきているため、江戸時代末期若しくは明治時代当初の水際線によるときは、これまで全く争いのなかった原被告間の既存の陸上境界と齟齬をきたすこととなってしまう。そして、右既存の陸上境界に基づく現在までの原被告の各行政権行使の実態を特段の事情として、陸上部分については、江戸時代末期若しくは明治時代当初の水際線を基にした等距離線主義によって導かれる境界線を修正し、既存の陸上境界線に一致させたとしても、それだけでは、原被告間の陸上境界線と水際線との交点と、等距離線主義によって導かれる公有水面上の境界線と水際線との交点が一致せず、その限りで公有水面がその接続する陸地とは別の行政区域に属するという結果を招来することになりかねない。これは、地先水面をその接続する陸地にできるだけ含ましめるという地先の尊重の理念に合致するとはいい難いうえ、既存の陸上境界に基づいてその地先水面に及ぼしていた原被告の現在までの行政権行使の実態を無視することにもなる。他方、江戸時代末期若しくは明治時代当初には、公有水面上の境界は観念的なものに過ぎなかったことはもとより、郡区町村の区域に海域が含まれるとまでは認識されていなかったため、公有水面上の右観念的境界は現実には意識すらされていなかったうえ、そもそも公有水面上の境界は、陸上境界と比較しても、より潜在的、抽象的なものに過ぎず、境界に関する争論が生じるなどの必要に迫られなければ顕在化、具体化されないという陸上境界とは異なった特殊性を有している。

右のような事情によれば、公有水面上の境界を等距離線主義によって導くにあたって基礎とされる水際線を江戸時代末期若しくは明治時代当初のそれとするよりも、公有水面上の境界を顕在化、具体化する必要が現実化した時点のそれとするのが、明治以降までにおける関係市町村の陸上及び公有水面上に対する行政権行使の実情にも合致し、衡平・妥当な線を導くことができるのであって、前記1の基準にも合致するといえる。そして、本件において公有水面上の境界を顕在化、具体化する必要が現実化した時点とは、旧第二工区の帰属が争われ、本件公有水面上の境界の争論が発生した時点であるから、その旧第二工区埋立前の水際線を基礎として等距離線主義により公有水面上の境界を導くのが相当である。

6  そこで、旧第二工区埋立前の水際線に基づき、等距離線主義により境界線を導くと、旧第二工区内に右境界線が導かれることになってしまう。しかしながら、争いのない事実、成立に争いのない甲第三三号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和四六年二月二六日の原被告間の協定書・覚書作成による政治的協定の締結を受け、同日和歌山県知事から原告市長宛に旧第二工区の竣功認可通知がなされ、その後地方自治法上の手続きを経て旧第二工区は原告の区域として現在に至るまで原告が行政権を行使してきた実態及び、これを被告においても異議なく承認してきたことが認められる。そして、右実態を無視して等距離線主義によって境界線を導くと、地方行政の執行、住民生活に見過ごすことのできない相当な混乱を引き起こすことが容易に予想されることからすれば、右実態を尊重すべきことは等距離線主義を修正すべき特段の事情にあたる。

したがって、旧第二工区埋立前の水際線に基づき、等距離線主義によって導かれる境界線は、旧第二工区内に及ぶ部分については、旧第二工区の水際線に沿って被告側に迂回する形で修正されるべきである。

7  右6の事情のほかには、本件全証拠によっても等距離線主義を修正すべき特段の事情は認められない。

弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第二七号証の一ないし六及び弁論の全趣旨によれば、平成五年五月一〇日に本件埋立地の南防波堤東方の海上で発見された流木について、下津海上保安署が原告市長に通報し、原告がこれを処理していることが認められるものの、右は単発的な行政権の行使であって等距離線主義を修正すべき特段の事情としての実態を備えたものではない。

また、漁業権はもともと市町村の区域とは関係のないものであるから、本件埋立地が造成された公有水面上に原告の区域内に住所のある冷水浦漁業協同組合が漁業権を有していたと原告が主張する点も、等距離線主義を修正すべき特段の事情とはならない。

なお、原告が主張する黒江湾の埋立てを繰り返してきたという歴史的経緯にしても、前記甲第一四号証によれば、右埋立てをしてきた区域は、等距離線主義によって導かれる境界線によっても原告の区域とされるところである以上、右は等距離線主義を修正すべき特段の事情にあたらないことは明らかである。

8  以上のとおりであるから、本件境界は、原被告間の陸上境界線と水際線との交点を基点とし、等距離線主義によって導かれる線を基本として、旧第二工区内に係る部分を旧第二工区の北側及び西側の水際線と修正した線、すなわち別紙図面一のイ点を基点として、同図面上のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ルの各点を順次直線で結んだ線であると確定するのが相当である。

三  よって、本件境界については主文のとおりと確定することとし、訴訟費用については、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林醇 中野信也 新谷晋司)

別紙図面一<省略>

座標変換計算書(xy→BL)

<変換与件>

座標系:6   Bo=36-00-00.0000 Lo=136-00-00.0000

〔計算結果〕

点名     X      Y   →   B        L   真北方向角

J1(ル) -205149.100 -76022.380 → 34-08-51.6992 135-10-31.8433 0-27-46.1896

J2(ヌ) -205213.870 -75513.750 → 34-08-49.7298 135-10-51.7203 0-27-35.0072

J3(リ) -205243.870 -75350.230 → 34-08-48.7986 135-10-58.1134 0-27-31.4071

J4(チ) -205241.630 -75152.380 → 34-08-48.9227 135-11-05.8367 0-27-27.0728

J5(ト) -205248.100 -74962.030 → 34-08-48.7619 135-11-13.2698 0-27-22.8979

J6(ヘ) -205254.030 -74912.030 → 34-08-48.5824 135-11-15.2236 0-27-21.7990

J7(レ) -205261.370 -74850.140 → 34-08-48.3601 135-11-17.6421 0-27-20.4387

J8(タ) -205229.130 -74533.960 → 34-08-49.4880 135-11-29.9756 0-27-13.5279

J9(ヨ) -205166.570 -74342.630 → 34-08-51.5677 135-11-37.4257 0-27-09.3697

J10(カ) -205043.520 -74334.060 → 34-08-55.5638 135-11-37.7223 0-27-09.2497

J11(ワ) -204879.310 -74309.710 → 34-09-00.9000 135-11-38.6223 0-27-08.8065

J12(ヲ) -204688.930 -74289.170 → 34-09-07.0845 135-11-39.3656 0-27-08.4612

J13(ハ) -204490.600 -74276.280 → 34-09-13.5252 135-11-39.8077 0-27-08.2879

J14(ロ) -204468.060 -74270.640 → 34-09-14.2582 135-11-40.0209 0-27-08.1767

J15(イ) -204282.290 -74260.100 → 34-09-20.2906 135-11-40.3752 0-27-08.0479

J16(ホ) -204626.019 -74734.617 → 34-09-09.0120 135-11-21.9550 0-27-18.2592

J17(ニ) -204525.840 -74278.300 → 34-09-12.3809 135-11-39.7397 0-27-08.3128

別紙図面二<省略>

成果表

位置

北緯

東経

34°9′17″970

135°11′36″985

A0

34°9′11″993

135°11′36″985

A1

34°9′14″981

135°11′36″985

34°9′15″310

135°11′33″292

B0

34°9′11″260

135°11′33″292

B1

34°9′13″285

135°11′33″292

34°9′11″480

135°11′22″700

C0

34°9′9″160

135°11′22″700

C1

34°9′10″320

135°11′22″700

34°9′9″012

135°11′21″955

D0

34°9′11″664

135°11′21″955

D1

34°9′10″338

135°11′21″955

D2

34°9′10″336

135°10′38″377

位置

距離

A~A1

92.073メートル

A1~B1

108.055メートル

B1~C1

286.253メートル

C1~D1

19.087メートル

D1~D2

1116.135メートル

位置

距離

A~A0

184.145メートル

B~B0

124.779メートル

C~C0

71.486メートル

D~D0

81.688メートル

別紙図面三<省略>

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