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和歌山地方裁判所 平成7年(行ウ)4号 判決 1998年9月30日

和歌山市吹上一丁目五の一四

原告

園村滋

右訴訟代理人弁護士

細川喜子雄

竹原大輔

右竹原訴訟復代理人弁護士

粟井寛治

和歌山市湊通丁北一丁目一

被告

和歌山税務署長 武田清明

右指定代理人

種村好子

長瀬顕

三田村義信

田村学

小坂雄二

福本光記

丸田昭和

森川泰宏

大久保昭男

松谷幸三

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、

1  平成六年二月四日付でなした平成三年分の所得税(修正申告分)にかかる重加算税の賦課決定処分

2  同日付でなした平成三年分の所得税(修正申告分)にかかる更正処分

3  同日付でなした平成三年分の所得税(更正処分分)にかかる重加算税の賦課決定処分

4  平成六年二月二八日付でなした平成三年分の所得税(修正申告分)にかかる延滞税の督促処分

5  平成六年三月一〇日付でなした平成三年分の所得税(更正処分分)にかかる延滞税の督促処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実等(認定事実は末尾に認定に供した証拠を示す。)

1  本件の課税の経緯等は、別表記載のとおりである。

2  原告は、左記各土地及びその土地上の立木等(以下「本件土地等」という)を所有していた。

(一) 和歌山市薗部字新林一六五五番二山林三万七六八五平方メートル

(二) 和歌山市薗部字新林一六六五番一山林九一〇〇平方メートル

(三) 和歌山市薗部字新林一六八二番一山林七七四一平方メートル

3  原告は、平成三年一〇月二一日付で、訴外和興開発株式会社(以下「和興開発」という。)との問で、本件土地等を代金合計一〇億四二〇〇万円で売却する旨の売買契約を交わした(以下「本件売買契約」という)。

4  本件売買契約代金は、一億円が前もって手付金として支払われ、残額九億四二〇〇万円は平成三年一一月二九日原告に支払われた。その上で和興開発は同日付で原告に対し、本件売買に係る所得税、県市民税、その他の租税公課及び手数料等の費用に関しては、全て和興開発の責任において申告、納税及び支払をすることを確約し(以下「本件特約」という)、その納税資金にあてる趣旨で、原告は、その受領した売買代金のうちから、二通の小切手で合計三億二〇〇〇万円を、仲介に入った野志幸雄(以下「野志」という。)に交付した。野志は、その後右金員を和興開発の代表取締役であった前田喬(以下「前田」という。)に交付した(平成三年一二月三日一億六〇〇〇万円、平成四年三月一〇日一億六〇〇〇万円)。(手付金が支払われたこと及び納税資金が野志及び前田に順次交付されたことにつき、甲二、四ないし六、乙三、五、七、一一、一四、一六、証人野志幸雄、原告本人)

5  前田ないし前田の委任を受けた税理士則岡信吾(払下「則岡」という。)は、原告名義で平成三年分の所得税として六八六二万一六〇〇円、県市民税として二〇五九万八四〇〇円を申告、納付した。しかし、右納税額八九二二万円は、右の三億二〇〇〇万円から支払われたが、残余の二億三〇七八万円は原告に返還されることはなかった。(県市民税の納税額につき甲四、五)

6(一)  原告は、前田や則岡とともに、本件売買契約について、脱税等の容疑で大阪地検や大阪国税局に何度も呼び出され、取調べを受けたが、不起訴となった。

(二)  原告は、野志に依頼し、平成五年一二月二二日、左記の計算で平成三年分所得の修正申告(以下「本件修正申告」という。)を行い、新たに一億三七七三万三九〇〇円を所得税本税として和歌山税務署に納付した。

(1) 譲渡金額合計 一〇億四二〇〇万円

(2) 譲渡原価(譲渡金額の五%) 五二一〇万円

(3) 譲渡費用 二二三〇万円

(4) 長期譲渡所得特別控除 一〇〇万円

(5) 長期譲渡所得 九億六六六〇万円

(6) 雑損控除額 一億三三四二万八九三五円

(三)  右雑損控除額について

野志に交付した納税資金から実際の納税額を差し引いた金額二億三〇二二万円(実際は前記5のとおり二億三〇七八万円であるが、本件修正申告において計算の誤りがあった。)は、横領されたものであって、所得税法七二条の雑損控除の対象となるとして、右金額から同条所定の差引額を控除した額を雑損控除額として、本件修正申告がなされた。

6(一)  被告は、平成六年二月四日、本件修正申告に対し、これに対応した重加算税の賦課決定処分を行うとともに、右の雑損控除を否定し、平成三年分所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及びこれに対応した重加算税の賦課決定処分を行った。

(二)  被告は、平成六年二月二八日、本件修正申告にかかる延滞税の納付の督促を本税完納までの期間をすべて延滞と計算し一七七九万四七〇〇円として行った。

(三)  被告は、同年三月一〇日、本件更正処分にかかる延滞税の納付の督促を本税完納までの期間をすべて延滞と計算し四六三万円として行った。

(四)  原告は、平成六年四月一日に右(一)ないし(三)の処分を不服として被告に対し異議申立をしたところ、三月を経過しても異議決定がなされなかった。

(五)  原告は本訴請求と同旨の裁決を求めて、国税不服審判所長に対し、平成六年二一月四日付で審査請求を行ったが、平成七年六月一六日付で棄却の裁決がなされ、同年七月一一日ころ裁決書が送達された。

二  争点

1  原告が納税資金として交付した三億二〇〇〇万円について、前田ないし前田の委任を受けた則岡税理士が、不当に低い金額で申告し、所得税六八六二万一六〇〇円及び県市民税二〇五九万八四〇〇円を納付するのみで、残額二億三〇七八万円が原告に返還されなかったことが、前田の横領による原告の損害として、雑損控除の対象となるかどうか。

(一) 前田の行為が横領に当たるかどうか。

(1) 原告の主張

原告は、和興開発との間で、本件売買について本件特約を結び、右特約に基づき、本件売買にかかる納税資金と使途を限定して、野志を通じ三億二〇〇〇万円を交付し、前田がこのうち実際に納税した残額二億三〇七八万円を委託外の目的に費消したのであるから、前田の行為は横領に該当し、雑損控除の対象となる。

(2) 被告の主張

<1> 原告と前田らとの間には何ら委託信任関係はなく、前田らの行為が横領に該当する余地はなく雑損控除の対象とならない。

<2> 原告は、野志に対し、本件土地の売買契約に関する一切の手続を処理することについて包括的な権限を与え、そのような委託信任関係に基づき、納税資金等のため前田に交付するように三億二〇〇〇万円を預託したものであり、そして金銭の性質上、右預託の時点で右金員の所有権は野志に移転しているというべきであるから、前田が野志から交付を受けた右金員を他に費消したとしても原告に対する横領となる余地はなく、雑損控除の対象とならない。

<3> 野志及び前田は、平成三年一一月二九日の時点で、原告の所得税等の申告を過少に行い、実際の納税額と右の三億二〇〇〇万円の差額はこれを自己のものとする意図があったにもかかわらず、その意図を秘して、納税時期に野志から前田に渡し、右金員を納税にあてる旨嘘を言って、原告を欺罔して、原告から野志が右金員を預かったものであり、前田らの行為は詐欺であって、横領ではなく、雑損控除の対象とならない。

(二) 原告に前田の横領による損失が発生したかどうか。

(1) 被告の主張

仮に前田の行為が横領に該当するとしても、原告は、右横領に基づき、前田、和興開発及び野志に債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権を有するところ、平成三年の年末段階で、同人らは、いずれも資力がないとは認められないから、結局原告に右横領による損失は発生しておらず、雑損控除をすることはできない。

(2) 原告の主張

前田及び和興開発は、平成三年末当時その所有不動産に多額の抵当権が設定されており、債務超過の状態であった。

(三) 損失の発生時期

(1) 被告の主張

前田らの横領事実の発生時期は、三億二〇〇〇万円のうち二億三〇七八万円が納税資金に使われなかったことが確定したときであるから、平成三年度所得税の納付期限である平成四年三月一六日である。

(2) 原告の主張

前田は、三億二〇〇〇万円を不法に領得する意思で、平成三年一二月三日、一億六〇〇〇万円を受領しており、同日損失が発生している。

仮に、平成四年三月一〇日受領した一億六〇〇〇万円について、横領行為が右受領日であるとしても、恒常的な所得がなく、たまたまある年度において譲渡所得が生じるにすぎない原告のような場合には、形式的に横領行為が次年度にまたがるからとの理由で雑損控除も次年度に計上すべきとすることは、本人の意思に基づかない損失の補填としての雑損控除を認めた意義を失わせることになるから、前田の横領行為は一連のものとして考えて平成三年度の所得について雑損控除を認めるべきである。

2  原告が納税事務を委託した前田、和興開発ないし則岡(以下「前田ら」という。)がした原告の確定申告につき、偽装又は隠ぺいがあり、これを理由として原告に対し重加算税賦課処分をすることができるか。

(一) 本件修正申告分について

(1) 被告の主張

<1> 原告は、和歌山税務署に提出する前の申告書を見て署名押印していること、和興開発による本件土地等周辺の買収について本件売買と同様の脱税が行われており原告もこの情報も得ていたはずであること、野志から同和団体を通じて申告することを聞いていること、及び、違法と認識しながら本件売買について契約書を二通に分割するという国土利用計画法の脱法行為をしていることに加え、納税通知書により税額が極めて安いことを認識しながらあえて不問に付していること、分割納付かと考えたと言いながら平成四年四月一六日以後一度も所得税が預金口座から引き落とされていないことを認識していながら放置していたことなどの原告の確定申告後の行動によれば、原告には本件売買契約にかかる確定申告につき隠ぺい又は仮装の故意があったことは明らかである。

<2> 仮に、原告に右隠ぺい又は仮装の故意がなかったとしても、納税義務者は、申告手続を第三者に委任する場合には、その第三者が適法に申告することに注意を払う義務ないし適正に監督する義務があり、右第三者が申告手続に関し、税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部の隠ぺい又は仮装を行った以上、納税義務者において右第三者の選任監督について過失がないと認められる場合を除き、申告の効果は納税者に帰属するとともに、重加算税賦課の要件を満たすと解するべきところ、原告は、和興開発との問で納税資金三億二〇〇〇万円につき納税その他に使用して過不足があっても過不足分を相互に請求しない旨の念書を本件特約として交わしていること、取引の実体と異なる二通の売買契約書の作成に関与したり、自己の印鑑を前田に預けたりしており、また、前田がどのような人物又は団体に納税申告手続を委ねるのかについて直接の申告代理人の選任も含めて全面的に前田に委ねていたし、事前に聞いていた税額より著しく低額の納税通知書を受領しながら、野志ないし前田に確定申告の内容を確認し、修正申告をするなどの適切な申告手続をしていないことからすれば、原告に前田ないし和興開発及びそれらの復代理人ないしは履行補助者の選任監督について過失がある。

(2) 原告の主張

<1> 前田ないし則岡は、原告に事前に何らの相談もすることなく、勝手に過少申告をしており、原告に隠ぺい又は仮装の故意はない。

<2> 原告は、和興開発との間で、原告が預託する三億二〇〇〇万円において和興開発が所得税等の申告、納税及び支払を行い、右預託金で不足の場合も和興開発の負担において納税する旨の本件特約を結んだ上、右金員を同人に交付、委託しており、原告はむしろ正しい納税額を上回る金員を納税用として委託したのであるから、原告において、右納税資金を委託した時点で、適正に納税されると考えるのが当然であり、これ以後については、前田らの行った申告手続につき、前田らと同視することのできない事情があると評価すべきであるし、原告に前田らに対する監視監督義務はない。

(二) 本件更正処分分について

(1) 原告の主張

本件更正処分分についての重加算賦課決定は、本件修正申告が隠ぺい又は仮装に基づかないものであるから、その要件がない。

(2) 被告の主張

本件更正処分分に対する重加算税賦課決定も、前田らの確定申告時の隠ぺい又は仮装の行為及びこれについての原告の故意ないし前田らに対する監督義務違反を理由とするものであって、隠ぺい又は仮装による本件修正申告を理由とするものではないから、その要件を充足している。原告が重加算税の対象となる確定申告について、本件修正申告をしたが、被告が右修正申告中の雑損控除を否認して本件更正処分をしたために、重加算税賦課決定が本件修正申告分と本件更正処分分の二つに分かれたに過ぎない。

3  国税通則法六一条一項二号所定の延滞税の額の計算の基礎となる期間の特例の適用があるか。

(一) 原告の主張

確定申告について前田らによってされた過少申告につき原告に故意はなく、その効果が原告に帰属しないことは、前記のとおりであるから、本件修正申告分及び本件更正処分分いずれも国税通則法六一条一項一号所定の特例が適用され、延滞税の計算期間は法定申告期限の翌日から一年間に限定される。

(二) 被告の主張

前田らによってされた確定申告が偽りその他不正の行為によるものであり、その効果が原告に帰すべきことは前記のとおりであり、しかも、原告は、大阪国税局査察部及び大阪地方検察庁の合同調査の結果更正があるべきことを予知して修正申告をしたものであるから、本件修正申告分及び本件更正処分分いずれも国税通則法六一条一項一号所定の特例は適用されない。

第二争点に対する判断

一  認定事実

証拠(甲一ないし六、乙一ないし一六、一七の1及び2、一九の1及び2、証人野志幸雄、原告本人)、弁論の全趣旨及び前記争いのない事実等によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和六三年ころから、和興開発から本件土地等の売却を持ち掛けられていたが、具体的な交渉をする前にこれを断っており、右売却話を相談した野志からは、平成三年初めころ、売却しない方がよいとの助言を得ていた。野志は、原告が高校教諭をしていたころの教え子であって、税理士でありかつ不動産会社等の代表取締役をしており、原告は以前から確定申告をしてもらっていた。

2  原告は、その後、本件土地等の周辺の土地の大部分が和興開発に買収されたことを知り、原告の長男とも相談して本件土地等を売却することを考慮しだしたところ、和興開発から原告の説得を依頼された野志から、平成三年初秋ころ、右売却話を世話すると言われ、原告は和興開発との交渉を野志に任せることに同意し、併せて、野志に、原告の弟が一反当たり一五〇〇万円(坪五万円)で和興開発に所有土地を売却したことを話した。

3  野志は、平成三年九月末ころ、前田及び則岡と会って、本件契約について交渉し、前田らから坪五万円総額八億円の提示があったのに対し、本件売買にかかる租税を和興開発において負担することを要求したところ、前田らが難色を示した。前田らと野志は、最終的に、租税を原告と和興開発で折半することにして、原告の手取り額を七億円と確定し、これに納税資金三億二〇〇〇万円及び野志の仲介料のうち原告側の部分二二〇〇万円を加算した総額一〇億四二〇〇万円を本件土地等の代金額とし、野志は和興開発から仲介料として二〇六〇万円(一〇億円の二パーセント及び消費税相当額)の支払いを受けることを合意し、野志が前田から手付金として一億円の小切手を預かって原告の承諾を得ることになった。前田は、売買代金が膨らんだことや自己の資金繰りが苦しいことから、本件契約にかかる確定申告手続を和興開発に任せてもらい、同和団体を通じて脱税することにより租税負担を圧縮しようと考え、野志に対し、知っている団体を通じて申告するから税金の申告を任せてほしい旨頼み、野志は、同和団体のことと察し、前田が脱税しようとしていることを認識したが、これを承諾した。

4  野志は、その二、三日後、原告に対し、原告の手取額が七億円になることや納税手続を和興開発が全部することを伝えて、承諾を得、手付けとして前記小切手を交付した。野志は、その際、原告から税金のことは大丈夫なのかと尋ねられたので、原告を安心させるため、納税資金を野志において預かっておくと答えた。野志は、その後、前田に対し、原告の承諾を得た旨を伝え、税金分の三億二〇〇〇万円を野志において預かることの承諾を得た。

5  野志は、その二、三日後、国土法による届出のため、原告から認印を借りて届出書類を作成し、借りた印鑑は分筆等に必要とのことで和興開発従業員に渡した。

6  前田は、平成三年一〇月上旬ころ、野志に対し、野志に対する仲介料を売買代金の一パーセント(一〇〇〇万円)上積みするから野志への預け金を半額にしてほしいと頼み、両者間で、一旦野志が三億二〇〇〇万円を預かり、直ちに半分を前田に交付することを合意した。

7  野志は、平成三年一〇月二一日ころ、国土利用開発法を潜脱するため和興開発において土地と立木の二通に分けて用意された売買契約書に原告の署名押印を得て、和興開発にこれを交付し、本件土地等の本件売買契約書が作成された。

8  原告、野志及び前田は、平成三年一一月二九日、本件契約の決済のために集まり、原告が臨席する前に、野志が前田から買主側と売主側の仲介手数料合計五二六〇万円を受領し、原告の臨席を得て、前田が、原告に対し、売買代金残額九億二〇〇〇万円を四通の小切手で支払い、野志がそのうち額面一億六〇〇〇万円の小切手二通を受領し、原告は、前田に本件土地等の関係書類を引き渡した。その際、前田と原告は、相互に、納税手続は全て和興開発の責任において処理し、納税資金に過不足が生じた場合も相互に請求しない旨の念書を交わして本件特約を結んだ。野志は、和歌山県商工信用組合和歌山支店に、自己名義で、受領した納税資金のうち一億六〇〇〇万円を定期預金とし、一億六〇〇〇万円を普通預金とした。

9  野志は、平成三年一二月三日、前田に対し、一億六〇〇〇万円を交付し、前田名義の預かり証を受領した。

10  野志は、平成四年二月初めころ、原告の持参した資料によって、原告の確定申告書のうち、譲渡所得以外の所得の部分を記載して和興開発に交付し、前田は、則岡に依頼して、右申告書に、売買代金を圧縮して三億二九八八万円とし、必要経費を四六四九万四〇〇〇円、長期譲渡所得金額を二億八二三八万六〇〇〇円と補充し、原告の確定申告(税額六八六二万一六〇〇円)を行うとともに、右必要経費の内訳として造成・側溝他三〇〇〇万円、埋立解体費一〇〇〇万円、仲介・測量・登記費他六四九万四〇〇〇円と記載する等した譲渡内容についてのお尋ね兼計算書を提出した。前田は、野志に対し、同年三月上旬ころ、一億六〇〇〇万円を交付してくれるよう頼み、同月一〇日ころ右金員を受領した。

前田は、平成四年四月一四日、原告名義の普通預金口座に右所得税額を振込入金し、右金額が同月一六日右口座から引き落とされ、所得税として納付された。

11  原告は、平成四年四月ころ、所得税額を六八六二万一六〇〇円とする所得税の領収通知書を受領し、これを確認して不相応に低額だと思ったが、分割で納付するのかと考えて、野志に右領収通知書を持参し、その際分割納付かどうか尋ねると、野志は頷いたものの、明確に肯定する返事はしなかった。野志は、原告から受領した領収通知書の税額が著しく低額であるのに驚き、前田に電話をしたが、不在で連絡が取れず、その後二、三度連絡を取ろうとしたが、連絡がつかないままになった。原告は、同年五月中旬ころ、長期譲渡所得額を二億八二三八万六〇〇〇円と記載する等した市県民税納税通知書を受領し、これも野志に持参した。

12  原告は、平成五年一〇月二六日、本件売買について国土利用計画法違反として大阪地方検察庁の取調べを受け、野志も参考人として同月二八日同庁の取調べを受けた。同庁及び大阪国税局査察部は、同年一一月一一日、所得税法違反として、原告に対し、強制調査に着手した。野志は、同年一二月八日、原告は、同月一四日、それぞれ大阪地方検察庁の取調べに対して、本件売買について修正申告したい旨供述し、原告は、同月二二日、本件修正申告及び納税手続をした。

二  争点1(一)について

1  本件特約の趣旨について

本件特約は、本件売買についての適正な所得税及び県市民税相当額を十分賄える三億二〇〇〇万円を納税資金として野志が預かるのにもかかわらず、右預り金に不足が生じた湯合は和興開発の負担において処現する旨合意されており、この事実と証拠(甲一ないし三、五、六、乙五、六、証人野志)によれば、前田は、既にこの時には脱税をして租税負担を圧縮するつもりであり、野志も、これを認識しており、本件特約の念書は、確定申告が更正処分を受けることになった場合に付加税等の追徴も和興開発に負担してもらう内心の意図もあって、野志が準備したものであることが認められる。

他方、証拠(甲一ないし五、乙五、一六、証人野志、原告本人)によれば、本件特約は、原告が、以前に所有土地を売却した際納税手続を委託した仲介人が租税を納付しなかったトラブルがあったことから、本件売買についても納税手続に不安を持っており、そのため本件売買が不成立に終わることを恐れた野志において、その主たる目的は、原告に納税手続について心配する必要がないと納得させるために、準備したものであり、野志は、同様の恐れから、原告に対して、本件売買契約締結までには、和興開発が同和団体を通じて納税手続をすることを知らせていないことが認められる。

したがって、前田においては、本件特約時に脱税することを前提としており、野志においてもこれを認識していたのであるが、本件特約がその情を知らない原告との間で納税手続が問題なく行われると信じさせるために締結されたことに、納税資金として野志が預かる金額は、適正な所得税及び県市民税相当額であることや、納税手続を委託する場合には適法な納税手続を委託することが当然であることを併せ考慮すると、本件特約は、原告が和興開発に対し適法な納税手続をすることを委託したものと認められ、それ以上に、本件特約が和興開発が脱税することを前提とした上で、前田らに三億二〇〇〇万円のうち納税資金として使用した残金は前田らが自由に費消して良いという内容の特約であったとはいえない。

2  前田らの横領の成否について

原告が、平成三年一一月二九日、和興開発との間で、野志の手配によって、本件売買にかかる所得税及び県市民税の納税手続を適正に行う旨の本件特約を締結し、野志が納税のため必要となるまで納税資金三億二〇〇〇万円を預かっておくこととして、同日小切手で受領した本件売買代金残金九億二〇〇〇万円から右金員に相当する小切手を野志に交付した事実や証拠(甲一、四、乙一一ないし一三、一六、証人野志、原告本人)によれば、原告は、本件特約及び納税資金の管理についての合意に基づき、野志が納税まで右納税資金を保管し、和興開発において納税手続は適正に行われるであろうと信頼していたものと認められる。他方、前田は、既に同年九月末の時点で、本件売買代金が予定以上に高額になったことから、脱税によって納税費用を圧縮する意思を持っており、原告から交付される三億二〇〇〇万円の相当部分を他に流用する意思があったし、三億二〇〇〇万円の納税資金のうち一億六〇〇〇万円については、既に同年一〇月上旬には、野志が受領した直後に、資金繰りに流用するため交付を受けることを野志と約していた事実や証拠(甲六、乙六)によれば、本件特約締結当時において、前田には、本件特約等を履行する意思はなかったものと認められる。他方、野志は、同年九月末の時点で、前田から団体を通じて納税手続をする旨を告げられており、額までは知らなかったにせよ前田が脱税をしようとしていることを認識していたし、既に同年一〇月上旬には、前田との間で、前記の通り一億六〇〇〇万円を受領直後に前田に交付することを承諾している。以上によれば、前田は、本件特約に従って、三億二〇〇〇万円を正規の租税ないし納税費用に必要な支出をする意思もないのに、これあるように装って、原告との間で本件特約を締結し、一部情を知っているが巨額の脱税を予定しているとまでは知らない野志に右金員を交付させ、更に、平成三年一二月三日一億六〇〇〇万円を、平成四年三月一〇日ころ一億六〇〇〇万円をそれぞれ野志から交付を受けたものである。

したがって、野志が右金員を受領した時には既に、前田においてゆくゆくはその金員を野志から交付を受け、本件特約外の用途に費消する意思すなわち不法領得の意思を有していたのであるから、右各金員の占有の始めから自己のものとする意思であり、右各金員は委託信任関係に基づく前田の占有にあるものではない。よって、前田の行為は、詐欺に該当することは格別、横領に該当するものではないと言うべきである。

なお、原告は、前田に当初から過少申告の意思があったとしてもその意思内容は抽象的なものであつて実際過少申告するのか、どれ位するのかは確定申告の結果によるしかないから、平成三年一一月二九日時点では不法領得の意思は認められないと主張するが、証拠(甲六、七の1ないし3、八の1及び2、乙六)によれば、和興開発の所有土地にも、前田の所有土地にもそれぞれ多額の根抵当権が設定されていたほか、前田は街金融に手形を割り引いてもらっており、借金返済に追われる状態であったこと及び前田が前渡しを受けた一億六〇〇〇万円を前田個人の借入金の返済に充てたことが認められ、納税資金と限定されている使途を逸脱し借入金返済に充てる意思自体不法領得の意思というべきであるし、前田及び和興開発の右経済状態からすれば、前渡しを受ける一億六〇〇〇万円をこれら借入金の返済に充ててしまえば、他から資金を手当する見通しはなく、これと同額或いはそれ以上の額を脱税しなければならないことは前田は十分認識していたと推認できるから、このような前田の認識をもって、三億二〇〇〇万円の詐取につき不法領得の意思を認定するに十分である。

よって、争点一については、その余の点について判断するまでもなく、原告の主張は理由がない。

三  争点2(一)について

1  前田らの隠ぺい又は仮装について

前田らは、前記一認定事実10記載のとおり不正な確定申告をしており、確定申告書及びお尋ね兼計算書のこれらの虚偽の売頁代金及び必要経費の記載は、仮装に該当する。

2  原告に前田らの隠ぺい又は仮装について認識があったかどうかについて

被告は、原告は、和歌山税務署に提出する前の申告書を見ているし、野志から同和団体を通じて申告することを聞いているから、前田らの隠ぺい又は仮装について認識があったと主張し、証拠(甲五、乙五、七、一四)によれば、原告が、平成五年一〇月二八日、検察官による取調べにおいて、野志の事務所において、長期譲渡所得を三億円足らず、所得税額を約六八〇〇万円と記入した確定申告書を見た上で、野志から同和団件を使って申告するので低額である旨説明を受け、所得税を脱税することになることは分かっていたが、右確定申告書に押印した旨を供述していること、及び、野志が、同月二八日及び同年一二月八日の検察官による取調べ並びに同年一一月二五日の大阪国税局収税官吏の質問調査において、それぞれ、原告に対し申告は和興開発により同和の団体を通じてしてもらうことになっていると告げていた旨供述していることが認められる。しかし、証拠(甲四、乙八ないし一三)によれば、原告は、同年一二月八日、大阪国税局収税官吏の質問調査において、前記検察官の取り調べの際初めて確定申告書を見たのであり、確定申告書の住所氏名の記載及び押印も原告によるものではなく、印影は原告が例年使用していた印鑑によるものとは異なる旨供述していること、同月一四日、検察官による取調において、確定申告書は見たことがなく、署名押印もしていない、平成五年になつて、野志から和興開発が同和を使って申告したと聞いた旨供述していること、平成三年度の原告の確定申告書の原告名義の記名押印が、原告の署名並びに平成三年度の修正申告書、検察官作成の調書及び大阪国税局収税官吏作成の質問てん末書に押印されている原告の印影と異なることが認められる。以上によれば、原告の平成五年一〇月二八日の前記供述は、確定申告書には原告が日常使用している印鑑とは異なる印章が押捺されていること並びに原告がその他の検察官又は大阪国税局収税官吏の取調べ及び当裁判所においても一貫して確定申告書は見たことがないと供述していることに照らすと、採用できず、他に原告が金額の記入された確定申告書を見たことやその他確定申告の内容を知っていたと認めるに足りる証拠はない。

3  原告に申告代行者(前田ら)の選任監督について注意義務があるか及び右注意義務違反があるかどうかについて

原告は、和興開発との間で、本件特約を結んだ上、正しい納税額を上回る資金三億二〇〇〇万円を前田らに交付、委託しており、この後は原告はむしろ正しい納税額を上回る金員を納税用として委託したのであるから、前田らに対する監視監督義務はないと主張する。しかし、重加算税は、納税義務違反の発生を防止し、徴税の実を挙げるため違反者に対して課される行政上の措置であり、代理人等の第三者を利用することによって利益を享受する者は、それによる不利益をも甘受すべきであるとの原則が適用されるというべきであるから、第三者に納税資金を預託して申告手続を委ねた場合には、その受任者において、国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部の隠ぺい又は仮装が行われた以上、その受任者及び復代理人ないし履行補助者の行為を含めて、その選任及び監督について納税者に過失がないと認められる場合を除き、重加算税の賦課要件を充足するものというべきであり、単に第三者との聞でその一切の責任において申告納税する旨合意し、税理士を通じて納税に十分な額の金員を交付したからといって、右選任、監督の義務が消滅すると解すべきではなく、一切の事情を考慮して、意義務違反となる過失の存否を検討すべきである。

証拠(甲二ないし五、乙五、一〇ないし一四、一六、一七の1及び2、一九の1及び2、証人野志、原告本人)によれば、原告は、本件売買については、仲介人が、売主の手取りを基に税金や仲介人の手数料等の費用は、買主の責任において行わせる「何にも知らず」という売買方式でする意識であり、原告の手取り七億円をもらえばそれでよいと思っており、各種の手続は全て野志に任せており、後のことは特に関心がなかったこと、本件特約について念書を交わしているが、これも野志に言われて署名したものであり内容もあまり理解していないこと、平成三年二月二九日に売買代金の決算が行われて納税資金三億二〇〇〇万円が野志に交付された後は右資金がいつどのように交付されたのか野志や和興開発に報告を求めていないし、報告を受けてもいないこと、例年は、野志からその年の確定申告書について説明を受けた上で、原告自身が右申告書に押印していたのに、平成三年度分については、野志の事務所に領収証等を持参したのみで確定申告書を確認の上押印することをしなかったこと、納税資金として三億二〇〇〇万円を用意していることは野志から聞くなどして知っていたのにこれより著しく低額の納税通知書を受領しながら、野志に対し、分割かなと確認したのみで、野志から明確な返答を得ることなく、確定申告の内容を確認することもなかったこと、所得税は原告の妻が管理する通帳からの引き落としとなっており、その通帳を確認すれば、以後引き落としはなく分割納付になっていないことが容易に判明したこと、平成五年初めころには野志から和興開発が同和団体を通じて申告した旨を聞いており、確定申告が適正に行われたかどうかに疑問をもってしかるべきであったことが認められ、これらの事実によれば、結局、原告は、本件売買にかかる確定申告手続につき、野志に任せきりであり、納税義務者本人としての監督義務の懈怠があったというべきであり、また、確定申告後も、確定申告が適正に行われていないことは容易に判明したのであるから、修正申告をするなど、適正な納税手続をすべきであったのにこれを怠っており、原告には、納税手続の代行者である前田らの選任監督につき過失があったというべきである。

以上によれば、前田らは、原告の確定申告について隠ぺい又は仮装を行っており、この効果は原告に及ぶというべきであるから、本件修正申告分についてされた重加算税賦課決定は適法である。

四  争点2(二)について

原告は、更正処分分についての重加算税賦課決定は、原告の平成五年一二月二二日付修正申告が隠ぺい又は仮装に基づかないものであるから、その要件がないと主張する。しかし、原告は、大阪地方検察庁及び大阪国税局査察部が、所得税法違反として、原告に対する強制調査に着手した後、野志と前後して検察官の取調を受けて初めて、本件売買について修正申告したい旨供述し、その後になって右修正申告をしたものであり、右修正申告は、申告にかかる国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものであるというべきである。本件のように、申告について更正があるべきことを予知して修正申告がされた場合に、右修正申告にも過誤があり、更に更正がされた場合には、修正申告により納付すべき税額と更正により納付すべき税額の双方を国税通則法六八条一項所定の過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額として重加算税を賦課すべきものと解すべきである。なぜなら、同条項は、同法六五条五項の適用がある場合を除き同条一項の規定に該当する場合において、納税者の納税申告書が隠ぺい又は仮装に基づくときは、過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額について重加算税を賦課すると規定し、申告について更正があるべきことを予知してされた修正申告として同法六五条五項に該当しない場合は、修正申告により納付すべき税額について重加算税が賦課されることは明らかであるところ、たまたま修正申告に隠ぺい又は仮装によらない過誤があり、修正申告により納付すべき税額が圧縮されている場合に、本来修正申告すべきであった更正された税額について重加算税を賦課することができないとすることは不合理であるからである。

以上によれば、前田らが原告の確定申告について隠ぺい又は仮装を行い、その効果が原告に及ぶことは前記三のとおりであるから、本件更正処分分についてされた重加算税賦課決定は適法である。

五  争点3について

前田らは前記一認定事実10記載のとおり不正な確定申告をしており、確定申告書及びお尋ね兼計算書のこれらの虚偽の売買代金及び必要経費の記載は、偽りその他不正の行為にも該当する。

前田らの偽りその他不正の行為の効果が原告に帰すべきことは前記三1ないし3と同様であり、しかも、原告は、前記四記載のとおり更正があるべきことを予知して修正申告をしたものであるから、修正申告分及び更正処分分いずれも国税通則法六一条一項一号所定の特例が適用されない。

第四  よって、原告の請求はいずれも理由がないから主文のとおり判決する。(弁論終結平成一〇年六月一七日)。

(裁判長裁判官 東畑良雄 裁判官 和田真 裁判官 大垣貴靖)

別表 課税の経緯

○ 平成3年分の申告等の状況

<省略>

○ 分離長期譲渡所得の金額

<省略>

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