和歌山地方裁判所 昭和31年(ワ)62号 判決 1962年2月27日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金六、五〇〇、〇〇〇円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
(一) 原告は<互>建設工業企業体(民法上の組合)の代表者であり自己の名をもつて右共同体の請負つた請負代金の請求及び受領の権限を有するものである。
(二) 右共同体は被告発注に係る左記(イ)、(ロ)の工事を落札し被告との間で左記の通り請負工事契約を締結した。
(イ) 昭和二八年度国災第三九一号日高川筋堤防復旧工事、工事場所和歌山県日高郡御坊町大字名屋地内、請負代金一七、八五二、〇〇〇円、契約日時昭和二九年一月一二日、工事期間一五〇日、着手日同年一月一三日、完成日同年六月一一日
(ロ) 昭和二八年度国災第三七七号第二工区日高川筋堤防復旧工事、工事場所同郡矢田町入野地内、請負代金二六、九五〇、〇〇〇円、契約日時昭和二九年二月三日、工事期間一五〇日着手日同月四日
ところが右(イ)の工事は被告の不手際のため土地買収問題が解決せず工事施行が遅れ、また(ロ)の工事も日高川の出水等のやむを得ない理由で右期間は延長された。そこで右企業体は昼夜兼行で右工事を進めていたところ、被告は何等正当の理由がないのに昭和二九年七月一九日突如右企業体に対し工事中止命令を発し、同年八月一日右(イ)の残工事を訴外大津吉弘に、(ロ)の残工事を訴外狩谷庄次郎に夫々発注し、企業体より前記各工事を取上げた。
(三) 企業体と被告との間に締結された前記各請負契約の際取交した契約書によると、その第一一項には「被告は必要がある場合には工事を一時中止し又はこれを打切ることができる」との記載があり、同じく第一三項には「第一一項により生じた企業体の損害(企業体の責に帰する事由による場合を除く)は双方協議して損害額を定め、被告は企業体の損害を賠償しなければならない。」と定められている。したがつて被告は同項に基き被告の一方的都合による本件工事打切により企業体の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
(四) 而して企業体は右工事打切までの間に(イ)の工事につき金一二、六九四、〇五〇円を、(ロ)の工事につき一〇、二五一、七八〇円を支出したところ、被告より支払を受けた金額は右(イ)の工事につき金七、四二四、〇〇〇円、(ロ)の工事につき金八、二三一、六八五円であるから、差引(イ)の工事につき五、二七〇、〇五〇円、(ロ)の工事につき二、〇二〇、〇九五円の損害を蒙つたことになる。ところで被告は右損害の協議に応じないから、企業体は被告に対し右損害全額の賠償を請求し得るものというべきである。よつてこゝに被告に対し右(イ)の損害額のうち金五、〇〇〇、〇〇〇円と(ロ)の損害額のうち金一、五〇〇、〇〇〇円の支払を求める。
と述べ、被告の主張に対し、「原告は本訴の当初においてその請求原因として被告との本件工事請負契約に基き企業体が立替えた前記金額の支払を求める旨の趣旨不明確な主張をしたのであるが、その後これを右請負契約第一三項に基く損害賠償の請求と釈明したものであり、その間に請求の基礎に変更のないのはもとより請求自体も終始変らない。したがつて被告主張の時効の抗弁は理由がない。而して企業体は昭和二九年七月二二日被告申入の工事打切を承諾した事実はなく、もとより被告主張の如き方法で工事費の清算をすることに同意した覚えはない。のみならず被告の主張する工事出来高の算定なるものは杜撰極まる一方的なものであり、ことに被告は企業体に対し工事打切を命じた際企業体所有の資材、機具等一切をその儘工事現場に残置しこれを残工事施行者に使用させるよう命じながら、これを右出来高算定に含ませていない。したがつて被告主張の出来高算定額は到底承服することはできない。」と述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、本案前の主張として、「原告は本訴の当初はその請求原因として企業体が被告に立替支払つた金員の支払を求めると主張しながら、昭和三三年一月二二日に至りこれを企業体と被告との間の工事請負契約に基く損害賠償の請求に変更したが、右請求の変更は請求の基礎に変更がある場合に該当するから許さるべきではない。」と述べ、次に本案に対する答弁として、
(一) 原告主張(一)の事実はこれを認める。
(二) 原告主張の(二)の事実中原告主張の日時企業体と被告間に原告主張の(イ)、(ロ)の如き内容の工事請負契約がなされたこと、及び昭和二九年九月一九日被告が右企業体に対し工事の打切を命じたこと、はこれを認めるが、その余の事実はこれを争う。なお右(イ)の工事については昭和二九年五月一日設計変更により双方合意の上請負金額を金一五、九九三、〇〇〇円、完成期を同年七月一一日に夫々変更された。而して、企業体は同年六月頃から労働者に賃金を支払わなかつたゝめ労働者が座込をし、その結果工事は停頓し仕事は一向に捗らなかつた、そこで企業体は被告に対し右(イ)、(ロ)の各工事の完成期日の延期を求めたが、出水期をひかえ地元民から工事促進につき強い要請もあつたので、被告は、右延期を承諾せず同年七月一九日企業体に対し工事の中止を命じ、同月二二日企業体の全員に出頭を求め右各請負契約の解除を申入れたところ、企業体及びその場に出席の原告もこれを了承した。而して右工事代金の清算は当時の慣習に従い被告において工事の出来高を調査して算定する約であつたため、その後間もなく被告が原告にも立会を求め(原告は何故かこれに立会わなかつた)これを調査したところ、(イ)の工事の出来高は金八、四四九、〇〇〇円、(ロ)の工事の出来高は金六、九五五、〇〇〇円であることが確認された。ところが被告はすでに工事代金の内入として(イ)の工事につき金八、四二五、〇〇〇円、(ロ)の工事につき金八、二八三、〇〇〇円を支払つていたので、(イ)の工事についてはなお金二四、〇〇〇円を支払うべきことになるが、(ロ)の工事については金一、三二八、〇〇〇円過払となり、右(イ)(ロ)を併せると差引金一、三〇四、〇〇〇円の払戻を受けなければならない計算になる。なお被告は工事打切の際企業体に対し資材や機械機具等の残置を命じたことはないから、右出来高算定にあたつてこれを考慮にいれなかつたのは当然である。
(三) 被告は企業体が本件工事に関し原告主張の如き支出をしたとの事実を争うものであるが、仮にかゝる支出があつたとしても本件工事の打切は被告の都合により請負契約書第一一項に基いてしたものではなく、企業体の責に帰すべき事由により右工事の続行が不可能となり企業体と契約した目的が達成できなくなつたので、双方合意の上でしたものであるから、被告は右契約条項第一三項に基く損害賠償の義務のないことは明らかである。しかも前記工事打切の際の合意に基き被告のなした出来高調査によれば、被告は却つて企業体に対し過払をした結果になつているのであるから、原告の本訴は失当である。
(四) 仮に以上の被告の主張が容れられないとしても、被告の企業体に対する請負契約に基く損害賠償債務の履行期は昭和二九年七月二二日であるから、その後三年の時効により消滅すべきところ、原告が右損害賠償の請求をなすに至つたのは原告が本訴において請求原因を変更した昭和三三年一月二二日であるから、当時右債務はすでに時効により消滅している。
と述べた。
立証(省略)
理由
原告が昭和三一年二月一六日当裁判所に提出し同年六月一日の第二回口頭弁論期日(第一回は延期)に陳述した本件訴状によると本訴の請求原因は<互>建設工業企業体と被告との間の本件工事請負契約に基きその工事に関し企業体が被告のために立替支出した金員の支払を求めるというにあつたが、その後同年七月一八日に陳述した第一準備書面では右請求を損害賠償請求であると釈明し、更に昭和三三年一月二二日陳述の準備書面により本訴請求原因を本判決事実摘示の如く釈明補充したことは、記録に徴し明らかである。そうすると原告の本訴請求原因は、立替金という文句を用い或いは損害賠償の請求であるというも、要するに右企業体と被告との間に締結された工事請負契約に基き企業体が右工事のために支出した金員の支払を求めるに帰着するから、もとより請求の基礎に変更のあるときにあたらないこと明らかである。そうすると原告の右請求の変更は許さるべきものである。
而して原告主張の(一)の事実及び(二)の事実中右企業体と被告との間に原告主張の(イ)、(ロ)の如き工事請負契約が締結されたこと、被告が昭和二九年七月一九日右企業体に対し右請負工事の中止命令を発し同月二二日該工事は打切られたこと、企業体と被告との間に締結された工事請負契約書にはその第一一項及び第一三項に夫々原告主張の如き記載があることは、いずれも当事者間に争なく、なお証人土岐隆三の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第二号証に証人土岐隆三の証言によると前記(イ)の工事については同年五月一日双方合意の上請負工事代金を一五、九九三、〇〇〇円に、また工事完成期日を同年七月一一日に夫々変更された事実が認められる。
原告は、「本件工事打切は被告の都合により一方的になされたもので、したがつて原告は請負契約書第一三項に基きこれにより企業体に生じた損害の賠償を請求し得る。」と主張し、これに反し被告は、「右工事打切は企業体の責に帰すべき事由により双方同意の上でしたもので、なおその際右工事費の清算は被告のなす工事の出来高調査により算定する約であり、右調査結果の算定によるとむしろ被告の過払となつているから、原告の本訴は許されない。」と主張するので、以下この点について検討する。
成立に争のない乙第三号証同第九号証に証人土岐隆三(一、二回)同田淵佐一郎同高木元吉同田中良同大津吉弘同湯川勝の各証言を綜合すると、<互>建設工業企業体は被告より前記(イ)、(ロ)の各工事を請負つてその工事を進めたが、その後資金難等から工事人夫に対する賃金不払が生じ、それがため人夫等の座込等があつて工事は約定の期日までに到底完成する見込がなくなつたこと、被告は、雨季をひかえて地元民から工事の促進につき強い要請もあり右企業体に対し右工事の促進を督励したが、工事は一向に捗らず同年七月半頃には人夫が集らず工事の続行が不可能となつたので、工事の性質上放置することができず、遂に請負人をかえることを決意し、同月一九日右企業体に対し工事中止命令を発し、更に同月二二日右企業体の構成員全員に出頭を求め、同日出頭した右企業体の代表者であり事実上右工事を担当していた原告及びその場に出席の構成員全員に対し右工事の打切を申入れ、これに対し原告等も右工事を遅延した責任上やむを得ずこれを承諾し、なお右工事打切に伴う工事費の清算については工事の出来高を調査算定してこれを決めることを了承した事実を認めることができ、証人川出太郎同寺本千代一(一、二回)の各証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
ところで右企業体と被告との工事請負契約書第一一項及び第一三項の約定は被告の都合により一方的に工事を打切る場合の定めであることその文言自体から明らかであるから、双方合意による工事の打切の場合には右条項によるべきではなく、もつぱら打切の際当事者が合意した内容によつて決めるべきものである。したがつて仮に企業体において工事打切当時被告より受領していた請負代金以上の出費があつたにしても、これを右条項に基く損害として被告に請求することは許されないものといわねばならない。
ところで本件工事打切の際企業体と被告間において工事の出来高は被告が一方的に認定して決定することまでの合意がなされたことはこれを認めるに足る証拠なく、又被告発注に係る工事についてはかゝる清算方法によるとの慣習ないしは慣行があつたとの事実も認め難いから、工事出来高の認定は当時者が協議してこれを定むべく、若し協議がとゝのわないときは工事の出来高を客観的に判定して決定する趣旨のものと解すべきである。そして本件工事の出来高については証人飯島十郎同土岐隆三(第一回)同高木元吉の各証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証同第一一号証以外にこれを判定する資料なく、右乙第七号証同第一一号証はその記載内容から正当なものと思料されるところ、右乙第七号証同第一一号証によると、(イ)の工事の出来高は金八、四四九、〇〇〇円、(ロ)の工事の出来高は金六、九五五、〇〇〇円と認定するのが相当である。一方証人土岐隆三の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、二同第一〇号証の一、二によると、被告は右工事打切までに企業体に対し(イ)の工事の請負代金の内払として金八、四二五、〇〇〇円、(ロ)の工事の請負代金の内払として金八、二八三、〇〇〇円を支払つていた事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると右(イ)、(ロ)の工事を通じ被告は企業体に対し金一、三〇四、〇〇〇円の過払をした結果となること計数上明らかである。なお被告が本件工事打切の際右企業体に対しその有する資材や機械機具一切を工事現場に存置を命じ、その後右残工事を請負つた大津吉弘等にこれを使用させたとの事実は、これを肯認するに足る証拠がないから、右工事出来高を算定するにつき、被告が右資材や機械類の損耗を考慮に入れなかつたのは当然である。
そうすると原告の本訴請求の許されないことは明らかであるからこれを棄却することゝし、民訴法第八九条を適用し、主文の通り判決する。