和歌山地方裁判所 昭和35年(モ)9号 判決 1960年4月13日
和歌山県日高郡由良町大字大引五番地
申立人
和歌山石灰鉱業株式会社
右代表者代表取締役
小倉俊雄
右訴訟代理人弁護士
中村健太郎
東京都中央区銀座東七丁目六番地
被申立人
東京興材株式会社
右代表者代表取締役
加納一雄
右当事者間の昭和三五年(モ)第九号仮処分決定取消申立事件に付いて当裁判所は左の通り判決する。
主文
当裁判所昭和三五年(ヨ)第五号仮処分事件に付いて昭和三五年三月二四日為された仮処分決定は申立人において被申立人に対して金一五〇、〇〇〇円の担保を供するときはこれを取消す。
訴訟費用は被申立人の負担とする。
この判決は仮りに執行することができる。
事実
申立人訴訟代理人は担保を条件とする主文第一項記載の仮処分決定取消及び主文第二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、右申立の原因として、被申立人は主文第一項記載の仮処分事件において別紙目録記載の物件について「別紙目録記載の物件について申立人(仮処分申請人)の占有を解いてこれを被申立人(仮処分申請人)の委任する執行吏に保管させる。執行吏は被申立人の申出があつた場合には右物件の現状を変更しないことを条件として被申立人の指定する工員の代表者に使用させた儘保管させることができる」旨の仮処分命令を求め、昭和三五年三月二四日その旨の仮処分決定を受け、同月二五日右仮処分命令を執行した。
申立会社は昭和一七年九月一〇日設立せられ、資本総額金二、〇〇〇万円の石灰石の採掘販売を目的とする会社であつて、和歌山県日高郡由良町に本店を有する外東京都内及び大阪市内に支店を設け石灰石鉱山を本店近傍に所有し、右石灰石鉱山より石灰石を採掘し、これを製鉄所、製鋼所、化学工業会社、セメント工業会社等に販売納入するを業とし、現在職員一二名、工員二七名を擁し、一ケ月の採掘販売高は約金三、〇〇〇、〇〇〇円に及ぶものである。その主要な石灰石納入先としては(1)河合石灰工業株式会社の手を経て住友金属工業会社、(2)星光商事株式会社の手を経て株式会社中山製鋼所、(3)英進興業株式会社の手を経て尼崎製鉄株式会社及び大和製鋼株式会社、(4)三久海運株式会社の手を経て株式会社久保田鉄工所、同栗本鉄工所及び旭硝子株式会社、(5)直接に販売するものとして日本セメント株式会社等がある。
本件仮処分の目的物件は申立会社の石灰石鉱山において採掘した石灰石をクラッシャ(粉砕機)で粉砕し之を貯蔵庫に貯蔵し、受注によつて右貯蔵庫から船積のため棧橋まで搬送し輸送船に積込む工程において、クラッシャーから貯蔵庫までと貯蔵庫から積込棧橋までの石灰石の搬送に用いられる搬送用のベルトであつて、いずれもその長さ九〇米である。申立会社は前記仮処分により仮処分目的物の使用を差止められた結果、石灰石の搬送を差止められる結果となり、申立会社の石灰石の採掘及び搬送の操業は停止となり引いてはその全営業活動は停止状態に陥ることになる。本件仮処分の目的であるコンベアー、ベルトは価額僅かに金一五〇、〇〇〇円に過ぎないものであつて、右金額の支払が担保さるれば被申立人の前記仮処分による被保全利益は保全せられるに反し申立会社は右仮処分によつて商品の売買契約の履行を妨げられ、申立会社が長年に亘つて築いた得意先を失うのみならず、売買契約不履行による損害賠償の請求を受けることになり、申立会社は経済的に致命的打撃を受け、引いてはその職員従業員及びその家族の生活に支障を来すことになる、また一面石灰石の発注先である製鉄、製鋼化学工業等の生産会社の生産も阻害せられ、社会的にも産業的にも由々しき事態を惹起する。
以上の次第で、被申立人の仮処分の被保全利益は金銭的担保によつて保全せられるに反して、申立人の右仮処分によつて蒙る損害は被保全利益と比較にならない多大なものがあり、本件は仮処分の取消を求めるに足る特別の事情がある場合にあたるので、右仮処分決定の取消を求める為め本申立に及んだ。
と述べ、
疏明として疏甲第一、第二号証、同第三乃至第六号証の各一、二、三及び同第七号証を提出し証人中井三千穂及び同山地康の訊問を求めた。
被申立人は適法な呼出を受けながら口頭弁論期日に出頭しなかつた。
理由
被申立人が申立人に対して申立人主張の仮処分決定を受けこれを執行したこと及び右仮処分目的物の価格が約一五〇、〇〇〇円であることは昭和三五年(ヨ)第五号動産仮処分事件における被申立人の動産仮処分命令申請書に徴して明らかである。然るに公文書であるから真正に成立したと認める疏甲第二号証、証人山地康の証言により真正に成立したと認める同第三乃至第六号証の各一、二、三並びに証人中井三千穂及び同山地康の右証言によれば、申立人は右仮処分を受けることによつて月額三、〇〇〇、〇〇〇円を超える石灰石の採掘販売の営業活動を全面的に阻害せられ、その職員一二名、工員二七名の生活に支障を来すおそれがあり、その得意先である数多の製鉄、製鋼、セメント製造、硝子製造等の各工業会社は原料の入手が困難となりその操業を阻害せられることを認めることができる。従つて仮りに前記仮処分の目的物であるコンベアー、ベルトが被申立人の所有であつて申立人が不法にこれを占有使用しているとしても、被申立人の右仮処分による被保全利益は右ベルトの価格相当の担保を供することによつて保全せられるに反し、申立人の右仮処分によつて蒙る損害は右被保全利益の額と比較にならぬ多大なものがあり、民事訴訟法第七五九条にいわゆる仮処分債務者に担保を立てしめて仮処分を取消すを相当とする理由がある場合に当ると云うべきである。
よつて民事訴訟法第八九条、第七五六条、第七四八条、第五四八条を適用し主文の通り判決する。
和歌山地方裁判所御坊支部
裁判官 長瀬清澄