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和歌山地方裁判所 昭和37年(ワ)274号 判決 1973年8月01日

原告

糸川高

右訴訟代理人

真田重二

被告

和歌山興業株式会社

右代表者

糸川誠一

右訴訟代理人

月山桂

主文

原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因事実は、全部当事者間に争いがない。

二抗弁(別紙第一乃至第一二物件目録記載(略)の各不動産の売買)に対する判断

1  抗弁1(一)の事実(訴外糸川芳一郎の後見人在任)は、当事者間に争いがない。

2  原告の親族会員として昭和一一年六月一六日訴外糸川善之助、児玉楠太郎及び糸川芳一郎の三名が選任されたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば同年一〇月五日右楠太郎辞任に伴う後任に訴外糸川宏が、右糸川芳一郎後見人就任に伴う後任に糸川秋造が、<証拠>によれば、同一六年一二月一二日右善之助死亡に伴い後任に訴外糸川定義がそれぞれ選任されたことが認められる。次に<証拠>よれば、原告の後見監督人として昭和一一年一〇月六日訴外太田長之助が、同二二年一一月一〇日右長之助死亡に伴う後任に訴外糸川幸太郎がそれぞれ選任されたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

3  本件不動産につき昭和一一年頃から本件訴訟の口頭弁論終結までの間に、別紙第一乃至第一二物件目録記載のとおり、分・合筆及び地目変更がなされたことは<証拠>によつて認められる。

4(一)  別紙第一、第四、第六、第七、第一二物件目録及び第五物件目録4記載の各不動産について

<証拠>を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(イ) 訴外糸川亀之助はその生前において、訴外山田岸太郎から金一〇三、〇五〇円を借り受け、別紙第一、第四、第六、第七、第一二物件目録及び第五物件目録4記載の各不動産を含む物件を売渡担保に供し、その履行期限を昭和一一年一二月二五日とする所有権移転請求権保全の仮登記をしていたが、同一〇年一二月二九日被告会社を代表する権限を有する取締役の糸川芳一郎は、右亀之助との間で同一一年一二月一五日迄の間に同人が右債務を徐々に分割して山田岸太郎に支払い、右仮登記を抹消することを条件として、右物件を代金二〇万円で買受ける契約を結び、右亀之助が被告会社の取締役であつたことから、商法の規定に基づき同日被告会社の監査役児玉楠太郎の承認を得ていたところ、その後右亀之助生存中に右物件の一部たる別紙第一物件目録記載2・3、別紙第四物件目録記載2の各不動産については、前記仮登記が抹消され右売買契約の条件が成就した。

(ロ) 右亀之助の死後、山田岸太郎に対する右債務の支払資金をうるため、原告の後見人糸川芳一郎は昭和一一年一二月一〇日訴外南海信託株式会社から金一〇五、〇〇〇円を借受け同金員で右債務全額を支払い訴外山田岸太郎の前記仮登記を抹消すると共に前記物件(前記条件の成就した物件を除く)に原告所有の土地一一筆、建物五棟を加えた不動産を右南海信託株式会社からの借入金の担保に供し、同社のため抵当権の設定及び停止条件付代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記をした。そして、同日被告会社の代表権を有する取締役の糸川秋造と原告の後見人糸川芳一郎との間で、前記亀之助と被告会社間の条件付売買契約に関し、履行期限を同一四年一二月一五日とし、訴外南海信託株式会社の右抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記を抹消することを条件として代金を一六八、〇二〇円とする旨の変更契約を締結し、右糸川芳一郎が被告会社の取締役であつたことから、同日右契約締結につき被告会社の監査役池永斉吉の承認及び原告の親族会(同会員糸川善之助、糸川秋造、糸川宏の賛成)の同意を得た。次いで原告の後見人糸川芳一郎において、右南海信託株式会社及びその承継会社である三和信託株式会社に対して、同一七年一二月一五日迄の間に数回にわたつて徐々に右借用金全部の返済をなし、右売買契約の条件が就成した。

(二)  別紙第二及び第八物件目録記載の不動産について

<証拠>を総合すると、昭和二二年一〇月二八日被告会社を代理して取締役の九鬼千代治が原告の後見人糸川芳一郎から別紙第二及び第八物件目録記載の不動産を代金六九、二三九円二〇銭で買受け、右売買契約締結につき同年二月二五日被告会社の監査役池永斉吉、糸川宏の承認を、同年一〇月二八日原告の親族会(同会員糸川宏、糸川定義の賛成)の同意を得たことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  別紙第三物件目録記載の不動産について

<証拠>を総合すれば、昭和二二年一二月二〇日被告会社を代理して取締役の九鬼千代治が原告の後見人糸川芳一郎から別紙第三物件目録記載の不動産を代金一九、七七〇円で買受け、右売買契約締結につき同日原告の親族会(同会員糸川宏、糸川定義の賛成)の同意及び被告会社監査役の池永斉吉、糸川宏の承認を得たことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(四)  別紙第五物件目録記載(但し、4を除く)の不動産について

(イ) 別紙第五物件目録記載1乃至3の不動産について

<証拠>を総合すれば、昭和二一年六月三〇日原告の後見人糸川芳一郎は親族会(同会員糸川宏、糸川定義の賛成)の同意を得て、別紙第五物件目録記載1乃至3の不動産を訴外井口淑子に売却したが、移転登記が未了であつたところ、同二二年一〇月頃同女の希望から被告会社は同社所有の土地と右物件を交換する契約を結び、原告名義から直接被告会社へ中間省略登記がなされたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(ロ) 別紙第五物件目録記載5乃至11の不動産について

<証拠>を総合すれば、昭和二八年一一月一日被告会社の代表取締役である九鬼千代治が原告の後見人糸川芳一郎から別紙第五物件目録記載5乃至11の各不動産を代金四〇三、八三八円で買受け、右売買契約締結につき同日原告の後見監督人糸川幸太郎の同意を、同年一二月二〇日被告会社取締役の承認を、それぞれ得たことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(五)  別紙第九物件目録記載の不動産について

<証拠>を総合すれば、昭和二九年九月二〇日被告会社の代表取締役九鬼千代治が原告の後見人糸川芳一郎から別紙第九物件目録記載の不動産を代金七三、七七五円で買受け、右売買契約締結について同月一〇日被告会社取締役会の承認を、同月二〇日原告の後見監督人糸川幸太郎の同意をそれぞれ得たことが認められ他に、右認定を覆すに足る証拠はない。

(六)  別紙第一〇及び第一一物件目録記載の不動産について

<証拠>を総合すれば、昭和三〇年一一月二九日被告会社の代表取締役九鬼千代治が、原告の後見人糸川芳一郎から別紙第一〇及び第一一物件目録記載の不動産を代金一〇〇、〇〇〇円及び金五八、〇〇〇円でそれぞれ買受け、右売買契約締結につき同月二五日被告会社取締役会の承認を、同月二九日原告の後見監督人糸川幸太郎の同意をそれぞれ得たことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

なお、右(二)の売買については原告の後見監督人太田長之助が、右(三)、(四)の(ロ)、(五)、(六)の売買については原告の後見監督人糸川幸太郎がそれぞれ原告を代理した旨の売買契約書が作成せられているが、前掲各証人の証言、被告代表者(糸川芳一郎)尋問の結果と弁論の全趣旨によれば以上認定の如く後見人芳一郎が原告を代理して決定したもので右書類は形式を整えたにすぎないことが認められる。

三再抗弁に対する判断

(一)  訴外糸川芳一郎を原告の後見人に選任した親族会の決議無効の主張について

再抗弁1の事実のうち、訴外糸川亀之助がその生前和歌山無尽株式会社の取締役会長であつたこと、同人の死亡後その名義の株式に対する昭和一一年度配当金三六五円等を、訴外糸川芳一郎、同糸川善之助の両名が受領してその引渡をなさないことを理由として、原告が右両名を被告として昭和一一年八月三日和歌山区裁判所へ配当金引渡請求訴訟を提起し、同庁昭和一一年(ハ)第六五一号事件として係属したことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで、旧民法九〇八条六号(同法九四六条三項によつて準用される場合をも含む)にいう「被後見人に対して訴訟を為し、又は為したる者」とは、その訴訟係属が後見人(親族会員)選任の前後を問わず、また当該訴訟における原・被告たるの地位を問わないが、ただ単に被後見人との間に形式的に訴訟が係属したというだけでは足りず、その内容において、実質上被後見人との間で利害が相反する関係にあることを要すると解すべきである。そして本件における配当金引渡請求訴訟などのように、財産上の給付を求める訴訟はその性質上一方が請求し、他方がそれを拒む関係にあるから、一見利害が相反する訴訟のように考えられるけれどもその請求原因たる事実が存せず、訴の提起維持を事実上支配する者において、請求が理由のないことを知つているか、知らないとしても知らないことにつき過失がある場合等特別の事情が存する場合には、後見人(親族会員)が右訴訟に応訴することはやむを得ない措置として合理性があるのみならず、被後見人の利益を害することにならないので、実質上利害相反しないものというべきである。

そこで、右のような特別な事情の有無について判断するに、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

訴外糸川亀之助は、明治四三年頃紀陽織布株式会社を創立したのをはじめとして、和歌山無尽株式会社ほか数社を設立して和歌山県財界で活躍していたが、大正末期から昭和の初期にかけての世界的な大恐慌によつて、昭和五年頃右紀陽織布株式会社も倒産の巳むなきに至つた。そこで、右亀之助は、債権者の追求を免れるため、同一〇年一二月二六日被告会社を設立したが、資産総額五一七、〇二七円八四銭に対して、負債総額一、二〇一、九八五円九銭という当時としては莫大な借財を残して同一一年五月六日に死亡した。ところが、生後一ケ月の原告を抱えた実母糸川志津子は、当時満二八年の女性で右事業等に関係したこともなく、債権者らとも面識がなく、右の如き莫大な負債整理を到底なし得る能力もなかつたことから、債権者側の強い要望もあつて、同年六月二六日頃原告の財産管理権を辞退した。そして、同年七月二九日開催された原告の親族会(同会員糸川芳一郎、同糸川善之助の賛成)において、右糸川亀之助の次女糸川婦美子の婿養子で永年亀之助の事業経営に協力し前後の事情に詳しい訴外糸川芳一郎が原告の後見人に選任され、右負債整理に着手した。ところが、その後右糸川志津子は、右財産管理権辞退の意思を覆し、同女の実父でその当時原告の親族会員であつた訴外児玉楠太郎において、右糸川芳一郎を後見人に選任した親族会の決議無効確認の訴(昭和一一年(ワ)第九四号)及び同年八月一日後見人糸川芳一郎、後見監督人太田長之助を相手にその職務執行停止及び糸川志津子を親権代行者とする仮処分(昭和一一年(ヨ)第三五号)をした。また、右糸川志津子も、原告の親権者として、同年八月三日、右糸川芳一郎、糸川善之助の両名に対して、前記配当金引渡請求訴訟を提起するに至つた。ところが、右訴の請求原因である右芳一郎及び善之助が配当金等を受領した事実はなく、そのことは当時和歌山無尽株式会社で調査すれば容易に判明することであつた。かくて、その後間もない同年九月二六日右糸川志津子、児玉楠太郎と糸川芳一郎との間で、

1  糸川志津子は後見人たるの地位を辞して実家(児玉家)に復し、児玉楠太郎も親族会々員を辞任し、共に将来親族会々員に選任されることのないように民法(旧)九〇八条の欠格事由を作出すること、

2  原告の後見に関する諸般の手続並びに親族会員選定手続履践につき、何人も妨害の手段に出ないこと、

3  糸川芳一郎は糸川志津子に対して慰謝料及び原告の養育料として金七、五〇〇円を支払うほか、既に志津子が持出した亡亀之助所有の骨とう品等物品を志津子の所有とすること、

4  和歌山地方裁判所昭和一一年(ワ)第九四号親族会決議無効確認事件、同庁昭和一一年(ヨ)第三五号仮処分申請事件はこれを取下げること、

5  糸川志津子は原告親権者として糸川芳一郎、糸川善之助に対して提起した前記配当金引渡請求事件において、その請求原因記載の事実に行違いがありたることを発見したため、糸川芳一郎に対する関係においては双方円満了解を遂げ、これを取下げること、

を内容とする示談契約が成立し、双方において右条項の履行がなされ、同年一〇月六日開催された原告の親族会において、同会員糸川善之助、糸川宏、糸川秋造の賛成を得て、糸川芳一郎が原告の後見人に選任され、糸川善之助に対する前記配当金引渡請求の訴はそのまま取下げられずに維持されたが、一審で請求原因たる事実がないとの理由で原告の敗訴に終つた。

右認定に反する証人児玉楠太郎の証言はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、本件配当金引渡請求訴訟は、原告の母糸川志津子が前記楠太郎と相はかつて、その請求原因事実の理由がないことを知つているか、又は相当な注意をすれば知り得たに拘らず、糸川芳一郎、糸川善之助の両名に対して原告の後見人、親族会々員たるそれぞれの欠格事由を作出し、ひいては自分らの利益をはかることを主な目的として提起したものと推認でき、その後右訴訟の理由がなかつたことを前提とし、右志津子が相当額の金品をうけること等を内容とする示談契約が成立し、その履行もなされて右紛争は円満に解決されるに至つたこと、糸川善之助に対する関係では、右訴は、その後取下げられてはいないが、訴提起の目的、請求の理由なきことその他の事情は右のとおりで、結局一審で原告が敗訴していることから考えると、糸川芳一郎、糸川善之助の両名の右配当金引渡請求訴訟に対する応訴は実質的にみて原告との間に利害が相反する関係に立たないものというべく、糸川芳一郎は原告の後見人としての、糸川善之助はその親族会々員としてのそれぞれの資格に欠けるところがないから、糸川芳一郎を後見人に選任した親族会決議はその瑕疵がなく、有効になされたものというべきである。

よつて再抗弁1は理由がない。

(二)  利益相反行為等の主張について

<証拠>を総合すれば、訴外糸川芳一郎は、昭和一〇年一二月二六日に開催された被告会社の創立総会において取締役に選ばれ、その後の同二三年四月三〇日代表取締役に就任し、以後その地位にあつたこと及び判示二、4認定の経過によつて、右糸川芳一郎は原告の後見人として、被告会社を代表する権限を有する取締役の糸川秋造等との間で、別紙第一乃至第一二物件目録記載の不動産を被告会社に売却(別紙第一物件目録2・3、第四物件目録2、第五物件目録1乃至3は除く)したことが認められ、成立に争いのない甲第二号証の一も右認定を動かすに足りず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、後見人が被後見人の財産を処分する行為が利益相反行為に該当するか否かは、もつぱらその行為自体において客観的に後見人に利益であり、被後見人に不利益であるか否かによつて判断すべきであつて、その行為の動機や行為の相手方たる第三者の利益相反の実質的事情に関する知、不知の如きは右利益相反の有無を左右するものではないと解すべきところ、判示二、4で認定した事実関係からすると、原告の後見人糸川芳一郎が別紙第一乃至第一二物件目録記載の不動産(別紙第一物件目録2・3、第四物件目録2、第五物件目録記載1乃至3を除く)を被告会社へ売却した行為は、それ自体が客観的に後見人に利益で被後見人に不利益なものということはできない。(もつとも、必要がないのに売却したとか、売買が不当に低い価格でなされたとか、売却代金の使途が不当である等後見人の任務に背く行為があり、これによつて被後見人に損失を被らせているのであれば、そのことを理由に後見人に対して損害賠償を請求することができる筋合であるが、それは別問題である)。さらに、原告主張のように右関係者がそれぞれの資格を使いわけたとしてもそれによつて法律上無効となるいわれはなく、売買の履行である所有権移転登記手続については利害相反を生ずることがない。よつて再抗弁2も理由がない。

四よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(伊藤利夫 喜久本朝正 大谷正治)

<物件目録>略

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