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和歌山地方裁判所 昭和38年(わ)128号 判決 1963年7月22日

被告人 西田平

昭一六・一一・一生 土工

主文

被告人に対し刑を免除する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人はかねて和歌山県有田郡湯浅町湯浅二四六〇番地土木建設業兼糞尿汲取業小松清太郎方において土木として働く傍ら臨時に糞尿汲取の自動三輪車の運転手として働いていたところ、昭和三八年五月三〇日午前四時三〇分頃、小松方の糞尿汲取の仕事に出かけたところ、途中、小松の使用人窪某から今日は休んでくれと言われ折角朝早く起きて支度をして出て来たのに帰れとは余りに勝手すぎるやり方であると思つてひどく小松に対し憤慨し、同日夕刻更に小松方より明日糞尿の方の仕事に来るようにとの伝言を受け、人を押したり引いたりすると思つて立腹し、同日頃職業安定所の紹介で和歌山市内所在の某運輸で自動車修理工として働けることになつたので来月一日から働こうと思い、翌三一日小松方において今迄働いた賃金の清算をして貰い、湯浅町国鉄駅前附近で終日パチンコ等をして遊び更に飲酒をして帰途急に昨日小松方よりの仕事を断わられたときのことを思い出して小松に対して怒りを覚え、同人所有の糞尿運搬船を放火し鬱憤を晴そうと決意し、同日午後九時過ぎ頃、同町湯浅北浜一番地先通称北港に繋留中の人の現在せざる同人所有の糞尿運搬船栄福丸(一二屯)に赴き、同船機関室上部の約四〇糎四方の木蓋を取りのけ、その窓から機関室に降りエンジンの傍の船床の上に自分の着ているワイシヤツと白色のズボンを脱いて置き、それに所携のガソリン約一lを撒いて再び甲板に戻り、所携のマツチの軸木に点火すると共に同軸木を右機関室の窓口から下方の前記衣類を目がけて投げつけたところ、火は衣類に燃え移り、一時に発火して炎は右窓口より約三〇糎も上つたので、その火勢を見て俄かに悔悟の念にかられ火炎の納まるのを見て、自ら機関室に入り、顔面および両手に火傷を負いながら消火に努め、更に附近住民の協力を求めてこれを消火して放火を中止したため、機関室内の床板等一部を燻焼しただけで放火の目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第一一二条、第一〇九条第一項に該当し、右は中止未遂であるところ、情状につき按ずるに、被告人が本年四月三〇日当裁判所において窃盗、公文書偽造、同行使、詐欺未遂罪により懲役一年六月、三年間の保護観察付執行猶予に処せられたのに拘らず、その一ヶ月後に本件の罪を犯し、改悛の情の甚だ稀薄なること、本件放火の方法が揮発油使用の危険なものなること等情状の上に軽視し難いものがあるが、然し本件犯行は右前科の罪と罪質を異にすると共に飲酒酩酊の結果、前日早朝作業に出かけたとき就労を断わられたということに再び怒を発した偶発的犯行なること、そして特に重要な点は犯罪の実行に着手後直ちに悔悟の念にかられ、身の危険を顧みず、狭隘な機関室に身を挺して飛び込み、顔面や両手等に全治約一〇日間を要する火傷を負いながら消化に努め、略その目的を達し、更に近隣の者の応援を求めて完全消化に努めた結果殆んど被害が発生しなかつたこと、被害者も被告人の処罰を求めていないこと等を考慮するときは、被告人に対し相当情状を酌量すべき点があるが、再度の刑の執行猶予を付し得ない本件においては重き前刑の執行猶予の取消の結果を来たす懲役の実刑を科することは些か重きに失する感がありよつて中止犯奨励の法の精神をも汲み刑を免除するを相当と認め同法第四三条但書により被告人に対し刑を免除することにする。

よつて、刑事訴訟法第三三四条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 中田勝三 尾鼻輝次 住田金夫)

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