大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和44年(ワ)321号 判決 1971年4月15日

原告

六尾オスヱ

ほか三名

被告

布施安造

主文

一、被告は、

1  原告六尾オスヱに対し金一二八万一、九四七円および内金一一六万一、九四七円に対する昭和四四年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告六尾武千代に対し金一一七万三、八三一円および内金一〇五万三、八三一円に対する昭和四四年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告六尾すみ子に対し金一〇一万三、八三一円および内金八九万三、八三一円に対する昭和四四年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  原告辻百々代に対し金一〇一万三、八三一円および内金八九万三、八三一円に対する昭和四四年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの平等負担、その二を被告の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、

(一)  被告は、

1  原告六尾オスヱに対し金二四五万四、七七八円および内金二一八万六、一六二円に対する昭和四四年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告六尾武千代に対し金一九七万八、一八五円および内金一七〇万七、四四一円に対する昭和四四年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告六尾すみ子に対し金一六〇万三、一八四円および内金一四五万七、四四〇円に対する昭和四四年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  原告辻百々代に対し金一六〇万三、一八四円および内金一四五万七、四四〇円に対する昭和四四年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、交通事故の発生

訴外六尾武一は、次の交通事故に因り死亡した。

1  日時 昭和四三年一二月一六日午後九時五五分頃

2  場所 大阪府泉南郡岬町淡輪四三五一番地先国道二六号線路上

3  加害車輌 普通貨物自動車(和四に九七九五号)

4  加害者の運転者 被告

5  事故の態様 被告は、前記国道を大阪市方面より和歌山市に向け南進中、たまたま進路前方の同国道を東より西方へ歩行横断していた訴外六尾武一を跳ね飛ばし、脳挫傷の傷害を負わせ、その結果同月二一日午前八時死亡させた。

二、帰責原因

(一)1 自賠法第三条の運行供用者責任

被告は、前記加害車輌を所有し、自らこれを運転し自己の営業に使用していたものである。

2 予備的に民法第七〇九条による不法行為責任を主張する。

(二) 過失の内容

前方不注視。

すなわち、自動車運転業務に従事するものは、常に前方を注視し安全を確認して進行すべき注意義務があるところ、被告はこれを怠つたため進路前方を横断中の訴外武一を発見することができず同人を跳ね飛ばし本件事故を惹起するに至つたもので、本件事故の発生につき過失がある。

なお、詳細は抗弁に対する答弁一、のとおりである。

三、損害

本件事故により生じた損害は、次のとおりである。

(一) 訴外亡六尾武一に生じた損害

1  逸失利益 金六五五万八、四八八円

(イ) 訴外武一は、本件事故当時、建築現場の監督として働き、月平均金六万二、二五〇円、年間金七四万七、〇〇〇円の給与をうけていた。

同人の生活費は、月額金二万円を超えるものではなかつたから、生活費の年額は金二四万円となる。

そして、訴外武一は、事故当時健康な五二才の男子であつたから、なお一一年は就労して前記収入を得られた筈である。すなわち、ホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、右利益の現価を算出すると次のとおりである。

(747.000円-240.000円)×(就労期間11年のホフマン係数8.590)=現価4.355.130円

(ロ) 更に訴外武一は、終身恩給(増加恩給、恩給法第二条、第四六条第一項)の支給を受けていたもので、その年額は二一万〇、七三二円であつた。これは本人が死亡するまで得られるものであるところ、五二才の男子の平均余命(昭和四一年簡易生命表)は二一、九一年であるから、訴外人は右の期間、前記恩給額の支給を受けることができる筈である。右期間の恩給額につきホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して現価を算出すると、次のとおりとなる。

<省略>

(ハ) 以上合計金六五五万八、四八八円となる。

2  損益相殺

いわゆる自賠責保険により金三〇〇万円の支払いがなされた。それでこれを、訴外武一の右逸失利益の内金に充当して控除する。

(二) 原告ら各自に生じた損害

1  葬式費用 金二五万円

原告武千代は、訴外武一の葬式費用として合計金二五万円を負担支出した。

2  慰藉料 合計金二九九万九、九九八円

訴外武一は、原告オスヱの配偶者であり、その余の原告らの父に当るところ、同訴外人の不慮の死によつて受けた原告らの悲嘆や精神上の苦痛は筆舌に尽し難いものがある。これを金銭に評価すれば、原告オスヱについては金一〇〇万円、他の原告らについてはそれぞれ金六六万六、六六六円を下らないものである。

3  弁護士費用 金八三万〇、八四五円

被告は、本件事故に対する損害賠償につき誠意がなく任意に履行しないので、原告らは本訴提起と追行とを原告代理人に委任した。

そして、着手金として金一五万円(原告オスヱは金五万円、同武千代は金一〇万円を負担)を支払い、報酬として判決認容額の一〇パーセント相当額を支払う旨約した。

四、原告らの相続

原告オスヱは、訴外武一の配偶者として相続分三分の一、その余の原告らはいずれも子として、それぞれ相続分九分の二の割合で訴外武一の前記損害賠償債権を相続した。

五、原告らの債権額

(一) 原告オスヱ分

亡武一の債権の相続分 金一一八万六、一六二円

慰藉料 金一〇〇万円

弁護士費用着手金 金五万円

同報酬 金二一万八、六一六円

合計 金二四五万四、七七八円

(二) 原告武千代分

亡武一の債権の相続分 金七九万〇、七七五円

慰藉料 金六六万六、六六六円

弁護士費用着手金 金一〇万円

同報酬 金一七万〇、七四四円

葬式費用 金二五万円

合計 金一九七万八、一八五円

(三) 原告すみ子分

亡武一の債権の相続分 金七九万〇、七七五円

慰藉料 金六六万六、六六六円

弁護士費用報酬 金一四万五、七四四円

合計 金一六〇万三、一八四円

(四) 原告百々代分

亡武一の債権の相続分 金七九万〇、七七五円

慰藉料 金六六万六、六六六円

弁護士費用報酬 金一四万五、七四四円

合計 金一六〇万三、一八四円

六、よつて、被告に対し

原告オスヱは、損害金二四五万四、七七八円および弁護士費用を控除した内金二一八万六、一六二円に対する訴状送達の翌日である昭和四四年九月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延利息金

原告武千代は、損害金一九七万八、一八五円および弁護士費用を控除した金一七〇万七、四四一円に対する訴状送達の翌日である昭和四四年九月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延利息金

原告すみ子は、損害金一六〇万三、一八四円および弁護士費用を控除した内金一四五万七、四四〇円に対する訴状送達の翌日である昭和四四年九月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延利息金

原告百々代は、損害金一六〇万三、一八四円および弁護士費用を控除した内金一四五万七、四四〇円に対する訴状送達の翌日である昭和四四年九月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延利息金の各支払を求める。

と述べ、抗弁に対し、

一、本件事故は、被告が一日の仕事を終え疲労して帰宅中に惹起した事故である。

本件事故現場は、一直線で見透しは十分きくところであつたが、当時被告は優に時速六〇キロメートルを超える速度で進行しており、事故現場附近で対向車に眩惑された際一時停止・徐行の処置をとらなかつた上、前方注視を欠いたため、早期に訴外武一を発見することができず、約二五メートルの距離に接近してはじめて訴外人に気づいたが、時既に遅く自己の運転する貨物車を訴外人に激突させ約七メートルはね跳ばすに至つた。そして、被告は、これまでスピード違反等の道路交通法違反等十数回もある常習者であつたものである。

これに対し、訴外武一は、左目の障害はあつたが、常日頃交通事故に対する配慮・注意も人並み以上であり、本件においても右方の交通の確認を怠つたものとは思われない。また、訴外人は、酒には強く、深酒は厳に慎しみ、これまで泥酔状況を見た者はおらず、本件においても訴外人の飲酒が注意力散漫を招いたとは考えられない。本件はしらふの者でも避け得られなかつた状況にあつたものである。

本件事故現場から被告の主張する左右の横断歩道までは二〇〇メートルないし三〇〇メートルもあり附近の住民は勿論一般人もわざわざ遠く離れた横断歩道まで廻り道することは通常考えられない。現場は歩行者横断禁止区域ではない。被告のいう横断歩道外横断という表現は誇張に過ぎる。

以上要するに、本件事故は、被告の一方的過失に基因する事故というべく、過失相殺に供すべき原告の過失はない。

二、(1) 被告は、亡武一の就労可能期間経過後である六四才以降七三・九一才までの増加恩給受給権喪失に基づく逸失利益については、その期間の訴外人の生活費月額金二万円を控除して算定すべしと主張するが、そもそも生活費控除ということは労働収入ある場合にはじめて考慮されるべき事柄であつて、恩給はその性質上労働なくして得る所得であるから、それより生活費を控除すべきではない。

武一の恩給は年額金二一万〇、七三二円であるから、月額二万円の生活費を控除すべきものとすれば、年額二四万円となり恩給年額を越える結果となり、いかにも不合理である。恩給は生活費と何ら関係なく受給を許される収入の筈であるから、それより生活費を控除して損益相殺すべきものとする理由はない。

(2) 訴外武一死亡の結果、前記増加恩給受給権は喪失したが、原告オスヱだけは、亡武一の妻として、年額金七万五、六二八円の扶助料を受けることになつた。右事実は被告の主張するとおりである。

ところで、原告ら四名は、それぞれ亡武一の恩給受給権喪失による逸失利益を相続するわけであるが、原告オスヱについては前記事情が存するので、右相続分より年額金七万五、六二八円の割合の扶助料額を控除して損益相殺されても止むをえない。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告らの各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、

答弁として、

一、請求原因第一項の主張は認める。

二、同上第二項の(一)のうち、被告が本件加害車輌を所有し、自らこれを運転し自己の営業に使用していたものであることは認める。しかし、その余の主張は争う。

同項(二)の過失の内容は争う。

三、同上第三項の各主張は、争う。ただし、同項の(一)の(2)の主張、すなわち本件損害金に対し、いわゆる自賠責保険より金三〇〇万円が支払われている事実は認める。

四、同上第四項の主張のうち、原告オスヱが訴外武一の配偶者として相続分三分の一、その他の原告らがいずれも訴外人の子として相続分九分の二の割合で、訴外人の地位を相続した事実は認めるが、その余は争う。

五、同上第五項の主張は争う。

六、同上第六項の主張は争う。

と述べ、抗弁として、

一、過失相殺について

本件事故の発生には、被害者である訴外武一の過失も加功しているから、損害額算定については同訴外人の過失を斟酌すべきである。

本件事故現場は、大阪市および和歌山市をつなぐ幹線として交通量の極めて多い国道二六号線上の道路であり、附近道路の左右には人家がなく、照明もない個所であつて、夜間人が横断ないし歩行することの稀な場所である。そして、本件現場から北方および南方約二〇〇メートルの地点にはいずれも横断歩道の設備があり、本件現場からは道路の西側に特別の用件がある場合のほかは、北方または南方のいずれかへ歩行し、右横断歩道を利用すべき状況にあつたのである。

ところで、訴外武一が、何故原告主張の如き遅い時刻に、本件事故現場にいたかは不明であるが、当夜同人の知合いに通夜があり、これに出席して飲酒し、その後右事故現場に到つたものと推認される。

そして、同人は、本件事故現場道路を西側へ横断しようとしたものの如くに見られるが、右地点の西側周辺に特別の用件があつたとも考えられないので、同人はおそらく南海電鉄淡輪駅に赴く途中ではなかつたかと推測される。そうすれば、同人は事故現場を横断するのではなく、北へ約二〇〇メートル歩行し、通称峯地蔵の横断歩道を利用すべきであつたのである。歩行者は、できる限り横断歩道を横断すべきであり、横断歩道のない個所を敢えて横断するにおいては、左右の安全を十分確認した上で慎重にかつ速やかにこれを行うべきである。特に交通量の多い道路においては右の点が強く要請され、夜間暗い場所であれば尚更である。

訴外武一は、飲酒の上、夜間で暗く、前述のとおり交通量の多い、横断歩道のない個所を敢えて横断しようとしていたものであり、しかもその安全の確認は事故発生状況からみて不十分であつたと推認される。同訴外人は、傷害の部位からみて、被告車に背を向けていたことが認められ、このことは安全確認の不十分さを示すだけではなく、あるいは同人は道路を横断していたのではなく南方に向つて道路を歩行していたのではないかとも考えられるのである。被害者武一の過失は決して少なくない。損害額の算定に当つては、右過失を大きく斟酌すべきである。

二、損益相殺等について

(一) 訴外武一の生活費について

訴外人は、本件事故当時、妻と二人の子と同居していた。二人の子は、いずれも既に就職して収入を得ていたのである。このような家族状況および当時同居していた原告すみ子(四女)もやがては他へ嫁することを考え併せると、事故当時から将来にわたる生活費の月額は、訴外人の収入の少くとも五〇パーセントを下らないと認められる。原告らが請求原因三、の(一)の1の(イ)において主張する、訴外人の収入から控除すべき生活費は、少額に過ぎる。また、原告らは、請求原因三、の(一)の1の(ロ)において、訴外人は、就労期間後も死亡に至るまで恩給を受けることができる筈であるとして、その後の逸失利益を請求する。しかし、右主張どおり恩給を受給できるものとしても、同人の生活費を控除し、損益相殺すべきものである。そして、その生活費の額は、同人の六四才以降という高令に鑑み、一ケ月金二万円を下らないものといわねばならない。

(二) 訴外武一の恩給について

(1)  被害者武一は、受領した恩給を全部自ら費消していたものであるから、右恩給を失つても、逸失利益とはならないというべきである。何故なら、同人が費消していた以上は残存すべき純益がないからである。

(2)  仮に、訴外武一の恩給受給権の喪失をもつて逸失利益となると考えても、前述のとおり、同人のその間の生活費は損益相殺されるべきである。

(3)  更に、原告オスヱについては、右恩給額を基礎として算出した同女の逸失利益額より、同女が得ている扶助料額を損益相殺により控除すべきである。

恩給法によれば、扶助料の額は、恩給の二分の一であり、増加恩給を得ている場合は更にこれに若干が加算されるのである。原告オスヱが右扶助料を得るようになつたのは、訴外武一が恩給受給権者であつたところ、同人が死亡したことを原因とするものである。原告オスヱの得た扶助料は、訴外武一の恩給が同人の死によつて形がかわつたものと理解することができ、原告オスヱは武一の死によつて同額の利益を得ることになつたものである。

原告オスヱの得るべき扶助料の現価は、次の算式に示すとおり、少くとも金一六七万九、九五五円あり、これを前記過失相殺後の額から控除すべきである。

二一〇、七三二円(恩給年額)×〇・五×一五・九四四(原告オスヱの余命年数のホフマン式現価率)=一、六七九、九五五円

と述べた、〔証拠関係略〕

理由

一、(一) 請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

(二) 被告が本件加害車輌を所有し、自らこれを運転し、自己の営業に使用していたものであることは、被告の認めて争わないところである。そして、被告が本件事故の発生につき無過失であるとの主張も立証もないのであるから(却つて、後記の如く、被告は本件事故発生につき過失がある。)被告はいわゆる自賠法第三条にいう加害車輌の運行供用者として、本件事故による損害の賠償責任を負担するものといわねばならない。

二、被告の過失および過失相殺の主張について

いずれも〔証拠略〕を綜合すると、被告は、前記日時頃、前記普通貨物自動車を運転し、前記国道二六号線を南進中、前記大阪府泉南郡岬町淡輪四三五一番地附近の通称峯地蔵を通過後対向して北上してくる大型トラックと離合するに際し、自車の前照灯を下向きにしたため進路前方の照射範囲が短くなり、かつ右対向車輌の前照灯の照射により眩惑されて視力を奪われ一時前方注視が困難となつたにもかかわらず、漫然同一速度で進行を継続したところ、右対向車輌と離合直後、折柄進路前方約二五メートルの道路中央部附近を横断歩行中であつた前記六尾武一にはじめて気づき急制動するとともにハンドルを右に切つて衝突を避けようとしたが及ばず、自車左前部を前記の如く武一に激突させるに至つたものであることが認められる。しかして、右認定の如く、進行中自車の前照灯を下向きにしたためその照射範囲が短くなり、かつ対向車の前照灯の照射により眩惑され、一時前方注視が困難となつたような場合には、自動車運転者たるものは、視力が回復し、進路前方の見透しが可能になるまで直ちに最徐行するか一時停止して事故の発生を未然に防止するべき注意義務があるものというべきであるところ、前記認定によれば、被告が右注意義務を怠つたため、被害者武一の発見が遅れ、本件事故を惹起するに至つたものであり、被告に過失があること明らかである。

ところで、〔証拠略〕によれば、本件現場は、大阪市と和歌山市を結ぶ、交通量の多い国道二六号線上にあり、その北方約二〇〇メートルの地点は、信号機で交通整理が行なわれている前記峯地蔵交差点があること、そして、武一は、前記認定の如く、午後九時五五分頃という遅い時刻に右国道を東から西方へ横断中であつたところ、南進して来た被告運転の貨物自動車に衝突せしめられたものであることが認められる。(武一が前記の如き夜間遅い時刻に如何なる用件あるいは事情で本件現場の国道に至り西方へ横断しようとしたのかは、これを明確にする証拠はなく、この点の被告主張は推測の域を出ない。)

しかして、道路を横断しようとする歩行者は、横断用に設置された交差点がある場合には、当該交差点を横断するべきであり、みだりに横断歩道でないところを横断すべきではない。しかもやむをえず横断歩道のある交差点以外の箇所を横断するに当つては左右の交通の安全を十分確認した上出来るだけ速やかに横断を行うべきである。ところが、武一は、前記の如く北方約二〇〇メートルの地点に交差点があるにもかかわらず、右横断歩道を利用しなかつたものであり、しかも〔証拠略〕によつて推認される前記衝突直前の武一の挙動等によれば、武一は右横断に当り前記国道の交通の安全等にはさ程注意を払わないで歩行していたものの如くに推認されるのである。被害者武一が横断歩道のある交差点へ赴いてこれを利用する労を惜しみ、横断するに当つて尽すべき注意を十分に果さなかつたことが本件事故を招いた一因と考えられる。

そこで、本件事故の発生に加功した加害者たる被告と被害者武一との過失割合を案ずるに、前記認定の諸般の事情よりすると、加害者を八とすれば、被害者二の割合と認めるのが相当である。

従つて、加害者である被告が被害者側である原告らに賠償すべき損害額を算定するに当つては、訴外武一の右過失を斟酌すべきものといわねばならない。

原告らは、それぞれ、本件損害額のうち、そのほゞ八割に当る額については債権を取得したものと見るのが相当である。

三、損害

(一)  訴外亡六尾武一に生じた損害

1  逸失利益について

(イ) 〔証拠略〕を綜合すると、訴外六尾武一は、生前妻オスヱの姉の夫に当る訴外坂井政一経営の土建業坂井組に勤め、現場監督などをして働き、平均月収(税込み)五万五、四五七円(円未満四捨五入)年収にして六六万五、四八四円を得ていたこと、また同居家族は妻オスヱ、長男武千代および四女すみ子との四人暮しであり、子供等はそれぞれ働いていて収入があり、武一の生活費として月平均二万円、従つて年間二四万円を超えない額の出費を必要としていたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、訴外武一は、本件事故当時健康な五二才の男子であつたから、前記の如き職業に従事するとしてもなお一一年間は就労・稼働して右認定の収入を得られたものと考えられる。従つて武一は、本件事故による死亡の結果得べかりし筈の右収入を喪失したものといわねばならない。

右逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価を算出すると次のとおりである。(年収665,484円-生活費年額240,000)×就労可能年数11年のホフマン係数8.590=3,654,908円(円未満四捨五入)すなわち、右現価は金三六五万四、九〇八円となる。

(ロ) 〔証拠略)を綜合すると、亡武一は今次大戦に出征して負傷し、本件事故当時増加恩給として年額二一万〇、七三二円を受給していたことが認められる。前記の如く、武一は本件事故による死亡当時五二才であつたところ、第一二回生命表によれば、男子五二才の平均余命は二一・三四年であることが認められるから、武一はなお二一・三四年の余命を残していたことが明らかである。そして、右恩給は受給権者が死亡するまで支給されるものであるから、武一は右余命期間の恩給受給権を喪失し同額の損害を蒙つたものというべきである。

ところで、右逸失利益を算定するに当り、当該期間の生活費を控除すべきか否かに関し当事者間に見解の対立がみられるが、元来逸失利益の計算上被害者本人の生活費を控除するのは、生活費は本人が生存していれば当然支出を必要とされるものであり、収益の元本ともなるものであるところ、死亡によりこれを必要としなくなるからである。すなわち、被害者は、当該不法行為により損失を蒙る反面、支出を免れる利益もあるからこれらの損益を相殺することが不法行為法上の要請である衡平原則に適うものであり、生活費は、右にいう支出を免れる利益に当るからである。本件恩給受給権の喪失による損害についても同様に考えるべきであり、武一の生活費はこれを控除して損害額を算定すべきである。恩給受給権が原告の主張する如き特殊な性質を有する収入であるとしても、別異に解釈しなければならない理由はない。

しかしながら、逸失利益の算定上控除すべき生活費の額については、更に検討しなければならない。

すなわち、逸失利益算定上被害者本人の生活費の控除を要するとしても、本人の就労可能期間経過後の生活費が常に就労可能期間中の生活費と同額でなければならぬかは、また別個に考えて然るべきである。

一口に生活費といつても、その内容は必ずしも明確ではなく、具体的には種々の費目が掲げられるであろうが、概括的に大別すれば生存に必要な最低生活費部分と収入を獲得する源泉である労働力維持に要する費用部分とに分けることが可能である。そして、本人が就労可能期間中に支出する生活費は、右の分類による費用全部であるが、就労可能期間を経過後は、生存に必要な最低生活費部分のみが支出されているとみるべきである。従つて、逸失利益算定上控除すべき生活費も、就労可能期間後は、右の意味の最低生活費部分のみ考慮すれば足りるのである。

ところで、本件においては、武一は、前記の如く、就労可能期間中である本件事故当時月二万円の生活費を必要としたというのであるから、諸般の事情を考慮すると、武一の稼働期間経過後の最低生活費は月々一万円宛とみるのが相当である。

そこで、武一が恩給受給権を喪失したことによる逸失利益をホフマン式計算法により中間利息を控除して算出すると、次のとおりとなる。

(A) 五二才から六三才まで就労可能期間中の利益現価、ただし、この間の生活費は、前記(イ)で控除ずみである。

恩給年額210,732円×就労可能期間11年のホフマン係数8.590=1,810,188円(円未満四捨五入)

(B) 六四才から七三才(一才未満四捨五入)までの、右(A)の期間経過後の、余命期間中の利益現価

(恩給年額210,732円-生活費年額120,000円)×(52才から73才までの21年間のホフマン係数14.103-52才から63才まで11年間のホフマン係数8.590)=500,206円(円未満四捨五入)

(C) すなわち、恩給受給権の喪失による利益現価は、合計二三一万〇、三九四円となる。

(ハ) 以上のとおり、訴外武一の蒙つた逸失利益は、(イ)および(ロ)の合計金五九六万五、三〇二円である。

2  過失相殺

訴外武一には前叙の過失があるので、これを斟酌すると、武一の取得した損害賠償債権は、1の(ハ)のほゞ八割に当る金四七七万二、二四二円(円未満四捨五入)である。

3  一部支払

ところで、原告らは、本件損害につきいわゆる自賠責保険により金三〇〇万円の支払いを受けているので、これを右逸失利益の内金に充当した旨主張するところ、右自賠責保険による支払いの事実は、被告も認めて争わないし、弁済充当の関係についても明らかにこれを争わないので、原告主張のとおり弁済充当が行われたものと認めるべきである。

すなわち、右充当後における武一の債権額は、金一七七万二、二四二円となる。

(二)  原告ら各自に生じた損害

1  葬式費用

(イ) 〔証拠略〕によれば、訴外武一は、前記の如く、本件事故後の同年一二月二一日に死亡したが、原告武千代は自ら亡父武一の葬儀を営み、その費用として約二五万円を支出したことが認められ右認定に反する証拠はない。

しかして、〔証拠略〕によつて認められる武一生前の社会的地位、職業等の諸事情を綜合して考えると、原告武千代が負担した葬式費用のうち本件事故と相当因果関係内にある損害は、金二〇万円と認めるのが相当である。

(ロ) しかして、訴外武一には、前叙の過失があるので、これを斟酌すると、原告武千代が葬式費用につき損害金として主張し得る債権額は、その八割に当る金一六万円となる。

2  慰藉料

前叙の如き本件事故の態様、そして〔証拠略〕を綜合して認められる、武一生前の社会的地位、職業、収入、武一家族の生活状況あるいは原告らの武一との身分関係ならびに前叙の武一の過失等を斟酌して考察すると、原告らがそれぞれ武一の妻として、子として、武一の本件事故死により甚大な精神的苦痛を蒙つたであろうことは推測するに難くなく、これを慰藉するには、原告オスヱについては金八〇万円、他の原告ら各自についてはそれぞれ金五〇万円を以つてするのが相当である。

3  弁護士費用

(イ) 原告らは、被告に対し前叙の如き損害賠償債権を有するのであるが、弁論の全趣旨によれば、被告が本件賠償に誠意を示さないため、原告らはやむなく本訴の提起と追行とを原告代理人に委任するに至つた。そして、着手金として金一五万円(原告オスヱは内金五万円を、同武千代は内金一〇万円を立替払いした。)の支払をなし、成功報酬として判決認容額の一〇パーセント相当額を支払う旨約したことが認められる。そして右事実のほか、本件事案の難易、本訴追行の経過等の諸事情を綜合すると、原告らが原告代理人に対し負担した右債務(原告ら各自の分割債務)のうち本件事故と相当因果関係内にある損害は、金六〇万円(原告ら各自につき金一五万円宛)と認めるのが相当である。(着手金立替分は、原告ら間において別途に清算すべきである。)

(ロ) しかして、訴外武一に前叙の過失があるので、これを斟酌すると、原告らが弁護士費用につき損害金として主張し得る債権額は金四八万円(原告ら各自につき金一二万円宛)となる。

四、相続

請求原因第四項の主張は、当事者間に争いがない。

五、原告らの取得した債権

(一)  原告オスヱ分

1  亡武一の取得した損害賠償債権の相続分 金五九万〇、七四七円(円未満四捨五入)

2  慰藉料 金八〇万円

3  弁護士費用 金一二万円

4  〔証拠略〕を綜合すると、原告オスヱは訴外武一が本件事故により死亡したことにより、武一の配偶者として、昭和四四年一月から年額金七万五、六二八円の公務扶助料の給付を受けていることが認められる。ところで、不法行為により死亡した者の得べかりし恩給利益喪失の損害賠償債権を相続した者が、当該被害者の死亡により、扶助料の受給権を取得した場合には、当該相続人が請求することができる損害賠償額は、扶助料額の限度において減縮すべきものと解するのが相当であるから(最高裁判所民事判例集第二〇巻第四号四九九頁)、本件においても原告オスヱが相続した恩給受給権喪失による損害賠償債権額は、オスヱの取得した扶助料額の限度において減縮すべきである。(将来取得すべき扶助料も損害賠償額減縮の要因となると解すべきである。)

しかして、原告オスヱが、武一から相続した、右1の損害賠償債権額中、恩給受給権喪失による損害賠償債権の占める額は、次のとおり、金二二万八、八〇〇円(円未満四捨五入)である。

590,747円×2,310,394(前記三の(一)の1の(ロ)の(C))/5,965,302(前記三の(一)の1の(ハ))=228,800円(円未満四捨五入)

また、〔証拠略〕によれば、原告オスヱは、大正五年六月生生れで、本件事故当時五二才であり、第一二回生命表によれば、なお二五・一一年の平均余命があり、その間少くとも前記認定額の扶助料を取得する筈であるから、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して、右期間の扶助料額の現価の算出すると、次のとおり、金一二〇万五、八一三円(円未満四捨五入)となる。

75,628円×25年(1才未満四捨五入)のホフマン係数15.944=1,205,813円(円未満四捨五入)

そうすると、オスヱの取得し、かつ取得すべき扶助料額が、前記相続による損害賠償債権額中の恩給受給権喪失による債権額金二二万八、八〇〇円をはるかに超えるものであること明らかであるから、原告オスヱの相続した恩給受給権喪失による損害賠償債権は全額扶助料によつて差引きされ減縮されるものといわねばならない。すなわち、前記1の相続分は、金三六万一、九四七円を残すのみとなる。

5  以上の2、3および4の残金合計金一二八万一、九四七円

(二)  原告武千代分

1  亡武一の取得した損害賠償債権の相続分 金三九万三、八三一円(円未満四捨五入)

2  慰藉料 金五〇万円

3  葬式費用 金一六万円

4  弁護士費用 金一二万円

5  以上の1、2、3および4の合計 金一一七万三、八三一円

(三)  原告すみ子分

1  亡武一の取得した損害賠償債権の相続分 金三九万三、八三一円(円未満四捨五入)

2  慰藉料 金五〇万円

3  弁護士費用 金一二万円

4  以上の1、2および3の合計 金一〇一万三、八三一円

(四)  原告百々代分

1  亡武一の取得した損害賠償債権の相続分 金三九万三、八三一円(円未満四捨五入)

2  慰藉料 金五〇万円

3  弁護士費用 金一二万円

4  以上の1、2および3の合計 金一〇一万三、八三一円

六、以上のとおりとすれば、被告は、原告オスヱに対し、損害金一二八万一、九四七円と弁護士費用を控除した内金一一六万一、九四七円に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四四年九月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延利息金を、原告武千代に対し損害金一一七万三、八三一円と弁護士費用を控除した内金一〇五万三、八三一円に対する前記昭和四四年九月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延利息金を、原告すみ子に対し損害金一〇一万三、八三一円と弁護士費用を控除した内金八九万三、八三一円に対する前記昭和四四年九月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延利息金を、原告百々代に対し損害金一〇一万三、八三一円と弁護士費用を控除した内金八九万三、八三一円に対する前記昭和四四年九月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延利息金を支払うべき義務あるものというべく、原告らの本訴各請求は右の限度においていずれも理由があるからこれを認容し、原告らのその余の各請求はいずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 諸富吉嗣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例