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和歌山地方裁判所 昭和48年(む)98号 決定 1970年5月11日

主文

原裁判を取り消す。

理由

第一、本件準抗告の趣旨並びに理由は、和歌山地方検察庁検察官雪下陽中作成の「準抗告及び裁判の執行停止申立書」記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第二、当裁判所の判断

一、本件勾留請求の適否

(一)  一件記録によると、被疑者が昭和四八年五月八日午前九時一〇分和歌山西警察署司法巡査により、和歌山簡易裁判所裁判官が被疑者に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき発した逮捕状により逮捕されたこと、所定手続を経て同月九日午後一時五〇分被疑者の送検を受けた和歌山地方検察庁検察官が同日午後三時一〇分和歌山地方裁判所裁判官に勾留請求をしたこと、同裁判所裁判官(以下原裁判官という)において、本件勾留請求が違法であるとしてこれを却下し、被疑者の釈放を命じたことが認められる。

(二)  原裁判官が本件勾留請求を違法としたことの要旨は、被疑者が本件逮捕状による逮捕の手続に先立って、同月七日午後一時五〇分以前に同一被疑事実である覚せい剤取締法違反について事実上逮捕されていたと認められるから、刑事訴訟法二〇三条一項の要件である被疑者の身体拘束時から四八時間以内の送検手続履践がないというにある。

被疑者は同月六日午前一〇時五〇分道路交通法違反(無免許運転)の現行犯人として逮捕されたが、右逮捕の際に押収した無免許運転の自動車内からビニール入りの「覚せい剤らしき粉末七袋」、銀紙包入りの同様粉末二二包、紙包の同様粉末一包、銀紙製薬包紙、大中小ビニール袋二三枚、注射器類、毛抜、棒秤一個、鋏二本、手帳二冊、手紙一通、メモ一枚が発見され、被疑者から任意提出を受けて領置された。右道路交通法違反被疑事件は、和歌山県警本部交通機動隊が捜査を担当していたところ、右「覚せい剤らしき粉末」発見を端緒とする被疑者に対する覚せい剤取締法違反被疑事件を和歌山西警察署防犯課に引続いた。西警察署防犯課では、右領置の粉末等の鑑定を同日又は翌日犯罪科学研究所に嘱託し、七日午後三時四〇分前記粉末計一二・五一二グラムが覚せい剤粉末である旨の回答を得て、同日和歌山簡易裁判所に覚せい剤取締法違反被疑事件につき、これらを資料として被疑者に対する逮捕状を請求し、同日同裁判所裁判官から逮捕状が発せられた。そして被疑者は同月八日午前八時五五分道路交通法違反被疑事件について身柄を釈放されたが、同日午前九時一〇分覚せい剤取締法違反事件について発せられた逮捕状により改めて逮捕された。

ところで原裁判官は道路交通法違反については、すでに六日のうちに取調が終了しているから身柄拘束の必要は逃亡防止に限られるところ、被疑者の身許が六日には判明していたから逃亡の恐れは消滅し、従って同法違反について被疑者の身柄拘束を継続する必要が消滅したのに、新たに覚せい剤取締法違反の嫌疑が発生したために身柄拘束の必要が発生したものと認められるとしたうえ、この頃に覚せい剤取締法違反被疑事件について事実上の拘束が開始されたと判断し、前記結論に到達している。

(三)  しかし、被疑者は本件に先立ち、昭和四七年中に有印公文書偽造(他人の運転免許証の改ざん)、同行使、道路交通法違反、業務上過失傷害(二回の無免許運転による速度違反、一回の無免許運転による交通事故)、覚せい剤取締法違反(覚せい剤所持)を犯した嫌疑で公訴提起を受け、同被告事件で保釈中であること、被疑者は少年時代から窃盗等の非行を重ねて教護院、少年院に収容され、成人後二回懲役刑保護観察付執行猶予の判決を受けたほか、六回の道路交通法違反(無免許)等で罰金刑に処せられ、このうちには昭和四八年一月一九日の無免許運転事件もあること、本件の道路交通法違反(無免許運転)で現行犯逮捕された前日の五月五日市内で自動車の無免許運転中速度違反を犯し検挙されるや、松本孝一名義の運転免許証(写真が被疑者の容貌に酷似)を示し、松本孝一として速度違反のみの交通違反原票に署名し、指示に従い翌六日(日曜)朝県警本部交通機動隊に自動車を運転して出頭したこと、この際前記松本名義の免許証を持参せず、間もなく松本でないことが判明するに至ったこと、同年三月一〇日、四月二八日レーダー速度測定機による速度違反を現認された自動車を運転した者が被疑者であることが五月七日に判明したこと、運転自動車は被疑者所有であることなどが一件記録並びに被疑者を被告人とする前記被告事件記録によって明らかである。これら事実並びに道路交通法違反による現行犯逮捕の後自動車から前記覚せい剤等が発見されたことを被疑者は了知したことからすると、無免許運転の常習者と疑われる被疑者に対する道路交通法違反についての取調が現行犯人逮捕をした六日のみで終了したとは認められないのみならず、被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当の理由があると認められるから(逃亡の恐れは事件ごとで区別されないことは事柄の性質上当然である)、道路交通法違反事件について被疑者の逮捕を継続する理由と必要が全く失われていたと認めることはできない。そうとすると、道路交通法違反事件について逮捕継続の必要が消滅したことを前提とし、その消滅後の逮捕継続は事実上覚せい剤取締法違反被疑事件についての逮捕と同視すべきであるとする原裁判官の判断は当を得ないといわねばならない。なお司法警察員が道路交通法違反につき身柄付のまま送検をせず、五月八日朝に被疑者を釈放したことは、併存すること自体は禁止されていない二個の逮捕状態を謙抑的に避けようとしたものに過ぎないと解されるから、右結論を左右するものではない(もっとも五月七日に発布された逮捕状を八日朝に至って執行したことは、本件の場合妥当とはいい難いけれども、このことから直ちに右逮捕状発布時に遡って覚せい剤取締法違反被疑事件の逮捕が事実上開始されていたものとは到底解せられない)。

二、勾留理由の存否

一件記録によると、被疑者が法定の除外事由がないのに昭和四八年五月六日午前一〇時五〇分頃和歌山市小松原通り一丁目一番地和歌山県警察本部前において、自己運転の乗用自動車(和五五に八〇六一号)の車内にフェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する粉末三〇包計一二・五一二グラムを所持したとの覚せい剤取締法違反罪を犯したことを疑うに足る相当な理由があるものと認められる。そして本件被疑事実の内容、罪質並びに大量の覚せい剤(約四〇〇回施用分に相当する量)や、棒秤、包紙その他の品物を所持していたことから、被疑者が覚せい剤事犯へ深く関与していると窺えること、覚せい剤の入手先が確認できていないこと及び被疑者の前歴、生活状態など一件記録に現われた諸事情に照らすと、被疑者が逃亡し、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認めることができる。

三、以上の次第であるから、本件勾留請求を却下した原裁判は相当でなく、これに対する本件準抗告は理由があるから刑事訴訟法四三二条、四二六条二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大西一夫 裁判官 杉山英巳 大谷正治)

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