和歌山地方裁判所 昭和52年(行ウ)5号 判決 1979年10月29日
和歌山市黒田一二番地
原告
株式会社東洋精米機製作所
右代表者代表取締役
雑賀和男
右訴訟代理人弁護士
沢田脩
和歌山市湊通り北一丁目一番地
被告
和歌山税務署長 坂口一男
右指定代理人
山中忠男
同
嶋村源
同
高橋正行
同
竹田二郎
同
吉田真明
同
本田恭一
同
坂田暁彦
同
小林敬
同
小林修爾
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、原告の昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日までの事業年度の法人税確定申告について、昭和五一年五月二二日付で原告に対してなした申告期限延長申請却下の処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五一年五月一四日付で、被告に対し、昭和五〇年度分(昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日までの事業年度分。以下、これに準ずる。)法人税確定申告の延長申請をしたが、被告は昭和五〇年五月二二日右申請を却下(以下、「本件処分」という。)した。
2 原告は、同月三一日、被告に対し、本件処分について異議申立をしたが、被告は同年七月二三日右申立を棄却した。
3 原告は、同年八月六日、国税不服審査判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、昭和五二年四月二七日、右請求を棄却した。右審査請求を棄却した理由の要旨は、(一)和歌山地方検察庁では、原告から証拠物の閲覧申請があれば閲覧させ、また決算に必要な書類で公判上必要なものは謄写させ、公判上必要でないものは還付している情況が認められる、(二)本件事業年度の前である昭和四八年度分の法人税申告について、原告は既に確定申告書を法定期限までに提出していて、右年度と本件事業年度との間に特に事情の変化は認められない、というものである。
4 しかし、本件処分に至る経緯は次のとおりである。
(一) 原告は、法人税違反嫌疑により、昭和四七年八月三日大阪国税局から、昭和四八年四月一二日及び同月二五日和歌山地方検察庁から、計三回にわたって決算上必要な殆んどの書類を押収され、その後、その一部について仮還付を受けたが、なお大部分の書類は領置されたままで、その閲覧、謄写もままにならなかった。
そのうえ、本件確定申告に是非とも必要なノート(国税局領置番号押証第六二四-一、検察庁領置番号昭和四八年領第四一五号符第五八七の一号。以下「無題ノート」という。)は、和歌山地方検察庁に保管されている筈であり、原告はかねてより特に無題ノートの閲覧を求めているのに、右検察庁はその所在が明らかでないため、現在捜索中であるとの釈明をしている。
右無題ノートには、原告と財団法人雑賀技術研究所及び雑賀慶二との継続的な特許料支払等に関する取決めが記載されており(昭和四七年七月末から同年八月二日まで関係者で話し合った結果合意された。)、原告が担当検察官から受け取った右ノートのコピーはその一部で肝要な部分を全て欠き、右ノートが閲覧しえぬ状況では、昭和四七年度、同四八年度分の決算確定は不可能であり、従って、その法人税の確定申告をなしえなかった。
(二) そこで、原告は被告に対し、昭和四七年度分法人税確定申告について申告期限延長申請をしたところ、被告は、昭和四八年五月二九日、これを認めて、申告期限を同年七月三一日と指定した。次いで、原告は被告に対し、同月二日右同様の申請をし、被告は、同月三〇日、これも認めて申告期限を同年九月三〇日と指定した。更に、原告は被告に対し、同月二五日、右同様の申請をしたが、被告は、同月二七日、右申請を却下した。
(三) 原告は、右却下処分に対する異議申立を準備したが、右指定期日までに確定申告はもとより異議申立をすることも到底不可能なので、被告職員に処理について相談したところ、不利益な取扱いはしないので概算でもよいから申告するようにとの教示を受けたため、原告は、右教示に従って、同年一〇月一日、被告に対して、取りあえず昭和四七年度分法人税について「仮申告書」と題する書面を提出し、右書面に「添付書」と題する書面を添付して、右申請は不本意であり、一応の提出にすぎないことを表明する一方、昭和四八年一一月二七日、被告に対して、右却下処分について異議申立をしたところ、被告は、昭和四九年三月一日、右却下処分を取消し、あらためて申告期限を同年五月三一日と指定し直した。
(四) 原告は、同年四月三〇日、右昭和四七年度分に昭和四八年度分を加えた双方年度分の法人税確定申告について、前同様の理由をもって申告期限の延長申請をしたが、被告は、同年五月三〇日、右各申請を却下した。
(五) そこで、原告は、同月三一日、被告に対して、昭和四八年度分について「確定申告書」と題する書面を提出し、更に、同年六月七日、右書面が昭和四七年度分の前記仮申告書と同趣旨であることを表明するため、「添付書」と題する書面を提出する一方、右各却下処分に対して異議申立をした。
5 以上のように、原告が押収を受けた書類のうち、未だ仮還付を受けず、また閲覧を受けていないもののうちに決算確定に必要なものがあるのに、被告は誤って、決算に必要な書類で公判上必要なものは謄写させ、公判上必要でないものは還付していると認定し、また、原告は、昭和四七・四八年度分法人税について、被告職員の教示に従ってやむなく仮りの申告をしたにすぎないところ、被告は誤ってこれらを確定申告と認定し、右誤った認定を前提にして本件処分をしたのであるから、この点で本件処分には違法がある。
よって、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3は認める。
2 同5は争う。
(一) 原告は、昭和四八年一〇月一日及び昭和四九年五月三一日に、それぞれ昭和四七年度分及び昭和四八年度分の法人税確定申告書を被告に提出し、各各申告書には各事業年度に係る貸借対照表及び損益計算書を、特に昭和四八年度分については各勘定科目内訳書をも添付している。このように、昭和四七・四八年度分について有効な確定申告をしているのであるから、昭和五〇年度について確定申告ができない理由はない。
(二) 本件無題ノートが押収されて、昭和五〇年度末までに三年余り経過しているのであるから、当事者間が再協議して取決め金額等を改めて確定することは十分可能であるし、右取決めに係る特許権については押収後の昭和四七年八月三日以降も原告はそれを使用して営業を続けているのであるから、早急に右措置を講ずるべきで、右ノートがないことを理由にいつまでも確定申告しえぬとする原告の主張は失当である。
(三) 原告に対する大阪国税局の書類押収の際も、昭和四七年度分の基本的な会計帳簿については、当初から原告に保管させる措置がとられ、その後の事業年度の各取引に係る書類は押収の対象となっていないし、また、押収された帳簿等で決算に必要なものは、原告に閲覧させるよう配慮が施されていたのであるから、昭和五〇年度分の確定申告に、何ら支障はない。
(四) 仮りに、無題ノートに記載されていたという内容が確定しえないのであれば、当事者間で暫定的な取決めをして決算するか、資料紛失により当事者間で取引金額に争いがあるとして除外のうえ決算するか、或いは相当の見積額で決算し、後日金額が確定した事業年度において修正決算するのが一般の慣行であり、原告も右慣行にならって決算すべきである。
第三証拠
一 原告
1 甲第一ないし第六号証、第七号証の一、二、第一一ないし第五六号証、第六〇号証、第六一ないし第六三号証の各一、二、第六五ないし第七四号証
2 証人滝本敏彰
3 乙第三号証の一、二の成立は不知。その余の乙号各証の成立(第四ないし第三一号証については原本の存在も)を認める。
二 被告
1 乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第三一号証
2 甲第三四ないし第四五号証、第五五号証、第六一号証の一、第六二号証の一の成立は不知。第六三号証の一は官署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知。その余の甲号各証の成立(第一一ないし第一五号証、第六〇号証、第六五ないし第六八号証については原本の存在も)を認める。
理由
一 本件処分等の概要
請求原因1ないし3は当事者間に争いがない。
二 本件処分に至る経過
1 成立に争いのない甲第一六ないし第二一号証、第二四号証、第三一号証、第三三号証、第四七ないし第五一号証、第五三、第五四号証、乙第一、第二号証、原本の存在及び成立につき争いのない甲第一三、第一四号証、乙第四号証、第二四ないし第三一号証(ただし、甲第一三、第一四号証、乙第二五号証、第二八ないし第三一号証についてはその一部)、証人滝本敏彰の証言(ただし一部)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和四四年度ないし昭和四六年度分の法人税法違反の嫌疑で、昭和四七年八月三日大阪国税局から多数の帳簿類等を押収されたので、昭和四七年度分の決算をなしえず、従つて同年度分法人税の確定申告ができないとの理由をもつて、被告に対しその申告期限延長申請をしたところ、被告は昭和四八年度五月二九日これを認めて、申告期限を同年七月三一日と指定した。次いで、原告は被告に対し、同月二日右同様の申請をしたところ、被告は同月三〇日これを認めて、申告期限を同年九月三〇日と指定した。
(二) 原告は、更に同月二五日右同様の申請をしたが、被告は同月二七日これを却下したので、原告経理担当者において被告職員に処理方を相談したところ、同職員から「後日、申告に誤りのあることが分れば、修正申告や更正申告ができるのだから、期限には概算でも構わないから申告するように。」との教示を受けた。
(三) そこで、原告は、還付を受けた帳簿類、押収後に作成した帳簿、伝票類等を参照して、できる限りの範囲で損益計算をし、法定の記載事項を印刷してある確定申告の用紙を用いて「仮申告書」と題する書面を作成し、これに損益計算書、貸借対照法のほか別紙1記載の「添付書」を付けて、同年一〇月一日被告宛提出した。なお、右「仮申告書」には法定の記載事項のほか、還付金額、還付を受けようとする銀行についての記載もある。
(四) 大阪国税局長は、原告の昭和四七年度分法人税徴収事務につき引継ぎを受け、同月一日原告の右「仮申告書」に基づいて一五四万八、八〇〇円を還付することとし、これを他年度の未納法人税に全て充当したうえ、同月二〇日右充当した旨を原告に通知したが、これに対して原告が異議を申し立てた形跡はない。
(五) ところで、原告は同年一一月二七日前記(二)の却下処分に対して異議申立をしたところ、被告は昭和四九年三月一日右却下処分を取消し、改めて申告期限を同年五月三一日と指定し直した。
(六) 原告は、同年四月三〇日、右昭和四七年度分に昭和四八年度分を加えた双方年度分の法人税確定申告につき、前同様の理由で申告期限延長申請をしたが、被告は同年五月三〇日これを却下した。
(七) そこで、原告は同月三一日被告に対し、昭和四八年度分について前記(三)と同様の様式によつて「確定申告書」と題する書面を提出し、更に同年六月七日別紙2記載の「添付書」を被告宛提出するとともに、右(六)の却下処分に対して異議申立をしたが、同年九月六日、原告は既に確定申告をしており、異議申立の利益を欠くとして右申立は却下された。
(八) ところで、大阪国税局長は同年九月一一日、原告の昭和四八年度分について還付手続をとり、還付金合計七八〇万四、一二九円を他年度の未納法人税に全て充当し、その旨原告に通知したところ、同年一一月五日原告は右充当処分に対して異議申立て、他方、大阪国税局長は、同年一二月二七日右充当処分を取消したうえ、改めて昭和五〇年一月三〇日、還付金合計額を八一七万八、〇二九円とし、そのうちから四万八、一〇〇円を原告の他年度未納法人税に充当して残額八一二万九、九二九円を原告が「確定申告書」で指定する銀行に振込み、その旨原告に通知し、それに先だつ同月二一日右異議申立を却下した。
原告は、国税還付金振込および充当処分に対しても異議申立をし、その理由として昭和四七・四八年度分の法人税確定申告期限延長申請に対する前記(七)の処分に対する審査請求の裁決に影響を与える虞れがあるとし、右裁決に影響を与えないのであれば異議申立を却下して構わない旨付記した。右異議申立は同年四月三〇日却下された。
以上のとおり認められ、右認定に反する甲第一三、第一四号証、乙第二五号証、第二八号証、証人滝本敏彰の供述の一部は措置できない。
2 以上認定の事実から、前記昭和四八年度分の「確定申告書」が法人税法に定める確定申告に該るか否かについて判断するに、右申告書は法人税法七四条で定める方式を具備し、また内容においても帳簿類等が押収されていて正確な決算ができなかつた事情にあるとはいえ、手許にある資料に基づいて可能なかぎりで概算による決算をし、その決算に基づいて記載をしたものである。
原告は、右申告書を提出した後に申告期限延長申請の却下処分に対して異議申立をするとともに、「添付書」(甲第三三号証)を提出しているのであるが、右「添付書」は右申告書が確定申告でない旨主張しているのではなく、概算の決算に基づく申告であるため将来不利益な処分がなされるのではないかと危懼し、更正の際原告に対して不利益な処分をしないよう要望したものと することができるし、また、確定申告があつたことを前提にしてなされる還付手続に対する異議申立(甲第四八号証、第五三号証)も、前記申告が確定申告でないことを理由にしているのではなく、昭和四七年度及び同四八年度の申告期限延長申請に対する却下処分について原告が国税不服審判所長に対してなした審査請求の裁決の、何らかの影響を与えるのではないかと危懼し、還付手続が裁決に影響を与えないのであれば原告も右還付手続に異議がない旨述べているのであつて、原告は、確定申告したことを前提にして、概算に基づく決算であることを理由に将来不利益な処分を受けないために、種々の手段を講じているというべきである。右事実は、申告期限延長申請に対する却下処分について原告が何らの異議も申立てていなかつた時期において、昭和四七年度分の法人税につき還付、充当手続がとられた際、原告は右手続に何らの異議もなかつたことからも窺える。
従つて、前記「確定申告書」は国税徴収手続の単なる参考資料といつた性格のものではなく、確定申告とみるべきである。
三 本件処分の違法性の存否
以上のように、原告は昭和四八年度分について概算にせよ決算を確定し、その決算に基づいて右年度の確定申告をしており、また、昭和四九年度以降の各取引等を記載した帳簿類等は原告の手許にあるのであるから、本件は法人税法七五条一項に定める「やむを得ない理由により決算が確定しない場合」には該当せず、従って、本件処分には何らの違法性も存しない。
四 結論
よって、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 惣脇春雄 裁判官 高橋水枝 裁判官 竹中良治)
別紙1
本申告書(四七、四、一~四八、三、三一)は一部省略或は概算の決算に基く申告書であります。
この件に関し過去三回にわたる申告期限延長申請に際し、説明し、ことさら説明の必要のないかも知れませんが念の為、左記の事を申し添えます。
当社が決算確定が出来ない理由は御署にも充分理解され、前二回の申告期限延長の申請が認められたのであります。今回(四八年九月二五日付)の申請ではどう言う訳か却下され、やむなく御署署員岡氏等の口頭による教示通り、概算による申告となったのであります。
本申告書に対しては、将来和歌山地方検察庁より決算に必要な物件が還付された後、修正申告もしくは更正の請求の必要性が起るべきものと予想されますが、これらについても提出期限が定められており、当社が不利益を受けるのではないか等当社は危惧しています。
御署署員岡氏等の説明によると当該申請の却下に際し、御署内で充分合議した事であるので事情は充分解かっている。
従って当該申告書を提出する事によって当社が不利益を受ける様な行政処分はないからとの事です。しかし、この事は、文書による解答でなく法的根拠も弱いと思われるので、概算による本申告は不本意です。従って申告期限の延長申請の却下処分に対する異議申立を準備中でありますが、時間的な余裕もない事等を考慮し、一応本申告書提出に及んだ次第です。
尚、申告書及び添付書類についても不足書類がありますが、後で提出する予定です。
別紙2
本申告書(昭和四八年四月一日~四九年三月三一日事業年度)は一部省略或は概算の決算に基く申告書であります。
この件に関し、再々にわたる前事業年度(昭和四七年四月一日~四八年三月三一日)の申告期限延長申請に際し、説明し、ことさら説明の必要はないとも思いますが、念の為左記の事を申添えます。
前事業年度については、当社が決算確定出来ない理由は、御署にも充分理解され、前三回の申告期限延長が認められたのであります。昭和四八年九月二五日付の申請では一度は却下されましたが、これに対する当社の異議申立が認められ、四九年五月三一日迄の指定通知を受けています。
本事業年度(昭和四八年四月一日~四九年三月三一日)についても、昭和四九年四月三〇日付の申告期限の延長申請書で、前事業年度で説明した書類が必要な事は申し上げております。しかし、その後決算に必要な資料の還付又はコピーも受けられないまま、申告期限も近づいて来たので、四月三〇日付で延長申請を提出したのですが、申告期限間近になっても回答が得られず、処理に困り、回答の依頼を昭和四九年五月二八日付にて提出し、四九年五月三〇日に却下通知を受け取る状態でした。この様な状態で正確な申告が出来る筈もなく、やむなく本申告書を提出した次第です。
本申告に対しては将来和歌山地方検察庁より決算に必要な資料のコピー又は還付された後、修正申告若しくは更正の請求の必要性が起るべきものと予想されますが、更正の請求については提出期限が定められており、又前回、昭和四八年九月二七日付の却下に際し、御署署員岡氏等の説明では、当該、申請の却下に際し、御署内で充分合議した事であるので充分解かっている。従って、当該申告書を提出する事によって当社が不利益を受ける様な更正決定等の行政処分はないとの事でした。しかし、この事は文書による解答でなく、又今回はこの説明もなく、本申告書提出によって当社が不利益を受けるのではないか等危惧しています。
従って、申告期限の延長申請の却下処分に対する異議申立を準備中でありますが、結論を待つ余裕もない事等を考慮し、一応本申告書提出に及んだ次第です。