和歌山地方裁判所 昭和55年(行ウ)2号 判決 1982年9月08日
和歌山市紀三井寺七三六番地の九
原告
株式会社大和パッケージ
右代表者代表取締役
福本旭
右訴訟代理人弁護士
香川公一
和歌山市湊通り丁北一丁目一番地
被告
和歌山税務署長
木村富
右指定代理人
高須要子
同
太田吉美
同
畑川純
同
豊田誠次
同
城尾宏
同
木下昭夫
同
杉山幸雄
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が原告に対し昭和五三年六月三〇日付でなした昭和五〇年分以降の法人税の青色申告承認の取消処分はこれを取消す
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、肩書地を営業の本拠(以下、原告方という。)となし、高級美術印刷、合成樹脂関係製品の販売を業とする法人であり、被告から青色申告書提出の承認を受けていた。
2 原告は昭和五〇年分、及び昭和五一年分の法人税につき青色申告書により確定申告をなしたところ、被告は原告に対し、昭和五三年六月三〇日付で昭和五〇年分以降の法人税の青色申告の承認を取消す処分(以下、本件処分という。)をした。その処分理由は、税務調査に際し、原告が青色申告者としてその義務につき備付け、記録文は保存すべき帳簿書類を被告係官に提示せず、法人税法一二七条一項一号に該当する、というものである。
3 原告は、これを不服として、異議申立並びに審査請求をそれぞれの法定期間内になしたが、いずれも棄却され、大阪国税不服審判所長は昭和五五年三月一五日付で棄却の裁決書謄本を原告に送付した。
4 しかし、本件処分は、次の理由により違法であるから取消されるべきである。
(一) 帳簿書類の不提示はない。
原告は帳簿書類を備付け、記録、保存していたところ、昭和五二年一一月一四日被告係官が原告方に臨場し、法人税法所定の質問検査権を行使する旨告げた。原告の顧問税理士である岡平蔵、同岡八重子は、右調査に際し、常に主要な帳簿書類等を大きな紙袋の中に入れて応接し、被告係官に対し、帳簿書類が法定の方法に従って備付け、記録、保存されているかどうかの帳簿等の正確性の調査であれば提示をする旨述べ、右帳簿書類等を机の上に並べかけた。しかるに、被告係官はこれをおしとどめ、調査は帳簿書類の正確性確認の調査ではなく、いわゆる所得調査であると言明して所得調査としての帳簿書類の提示を要求したので、岡平蔵、岡八重子税理士及び原告代表者(以下、原告代表者らという。)は被告係官に対し、所得調査であるならばその具体的理由を開示してほしい旨求めたところ、被告係官は調査の具体的理由の開示を拒否した。以後四回にわたり同様のことをくり返した揚句、本件処分に至ったものであるが、以上のとおり原告代表者らは被告係官に対し、帳簿書類が適法に備付け、記録、保存されているかどうかの調査であれば、理由開示の問題にこだわることなく、帳簿書類を提示する旨述べ、かつ帳簿書類を机の上に並べかけたにもかかわらず、被告係官においてこれを拒否したため、帳簿書類を提示するに至らなぬったのであるから、原告に帳簿書類の不提示はないというべきである。
(二) 被告係官の質問検査権の行使は具体的調査理由の開示がなく、強権的、高圧的態度でなされた違法、不当なものである。
税務職員の質問検査権は、一般的、抽象的に各税法上の諸規定によってのみその権限根拠を与えられたものであり、その具体的行使は憲法の諸規定及びその理念のもとに行政庁の恣意と独断を排する手続と方法による必要最小限度のもののみが合法性を与えられると解すべきであって、国民は絶えずその合法的権限行使のみを許容し、違法あるいは違法な疑いのあるものに対しては、その理非を明確にするため当該係員に合法的根拠及びその正当性の根拠をただすことが要請されている。従って、質問検査権の行使に当っては、当該納税者について特に調査しなければならないだけの具体的必要性が存在する場合でなければこれをすることができず、しかも検査の実施に当っては、納税者に対し、検査理由を具体的に開示する必要がある。しかるに本件において、被告係官が採った態度は、原告の理由開示の要求をかたくなに拒否し、強権的、高圧的態度に終始した違法、不当なものであるから、これの是正を求めたことによる帳簿書類の一時的不提示が仮にあったとしても、このことを理由とする不利益処分は許されないものと解すべきである。
(三) 帳簿書類の不提示は法人税法一二七条一項一号の取消事由に該当しない。
法治主義の原則からすれば、帳簿書類の不提示を青色申告承認の取消事由とするにはその旨の明文の規定を必要とするものというべきところ、法人税法一二七条一項一号は、青色申告承認の取消事由として帳簿書類の「備付け」、「記録」又は「保存」の違反を挙げているが、「提示」の違反は規定していないから、帳簿書類の不提示を理由とする取消は許されない。
(四) その附記理由が不備である。
本件処分の附記理由の要旨は、原告が調査に際し帳簿書類を提示しなかったことが、帳簿書類の備付け、記録又は保存が法人税法一二六条に定めるところに従って行われていないことになるというのである。
しかしながら、右の程度の附記理由では、単に法人税法所定の規定違反というのと同一であって具体性に欠けるものといわざるを得ないし、又備付け、記録、保存義務のうちどの義務違反をいうのかも明確でなく、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制する理由附記制度の根本趣旨に照らすと、処分理由が不特定であるといわざるをえない。
(五) 本件処分は、適正手続の保障を欠き、他事考慮として違法なものである。
前記のとおり本件は、被告係官が原告代理者らに対し調査理由を開示するなどして協力を求めることなく、強権的、高圧的態度で調査に臨んだことに起因して発生したものであって、その非と責任はあげて被告にある。それにもかかわらずいきなり反面調査を強行したうえ、部下職員の一面的口頭報告のみをうのみにして職員の行き過ぎ行為を無視し、明確な論拠もないまま一方的に納税者を不利益扱いする本件処分は、税務署の思いどおりの従順な納税者作りを志向する不法目的を有する処分として違法である。又、仮に異議段階で右事情がはっきりした場合といえども、その段階で本件処分を取消すべきであって、全体として信義則違反のそしりを免れえないものである。
5 よって、本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の(一)のうち、被告係官が昭和五二年一一月一四日原告の営業の本拠に臨場し、質問検査権に基づき質問する旨申述べたこと、その際、調査は所得調査であって、帳簿書類が法定のやり方で記帳されているかどうかの調査ではないと述べたこと、同(四)のうち附記理由の要旨が原告主張のとおりであることは認め、その余は争う。
三 被告の主張
1 本件処分の経緯
(一) 被告所部の上席国税調査官稲垣高志(以下、稲垣係官という。)は、昭和五二年一一月一四日午前一〇時ころ、原告の法人税並びに源泉所得税調査のため、原告方に臨場し、原告代表者に税務調査に来た旨を告げ、原告の(自)昭和四九年四月一日(至)昭和五〇年三月三一日事業年度から(自)昭和五一年四月一日(至)昭和五二年三月三一日事業年度までの三事業年度分の青色申告に係る備付け帳簿書類の提示を求めたところ、原告代表者らは、「具体的な調査理由の開示」及び「調査事項の開示」がないとして、一切の帳簿書類等を提示せず、同係官の質問、検査に応じなかった。
(二) 稲垣係官は、その後昭和五二年一一月一八日、同年一二月一二日、昭和五三年一月二七日(この日は同係係官の上司である統括国税調査官辻博が同行)の三回にわたり原告方に臨場して帳簿書類の提示を求めたが、原告代表者らは従前と同様の理由で提示を拒否した。
(三) 被告は、原告に対し、昭和五三年六月六日付、翌七日到達の「注意書」と題する書面をもって、来る六月一三日午前一〇時ころ臨場するので帳簿書類を提示し、質問・検査に応じられたい、もし帳簿書類の提示がない場合には青色申告の承認を取消す場合がある旨通知したうえで、同日辻、稲垣両係官を差し向けたが、原告代表者らはなおも一切の帳簿書類等を提示しなかった。
(四) 以上のとおり、原告が正当な理由なく帳簿書類等の提示をしなかったのは、法人税法一二六条に規定する青色申告者の帳簿書類の備付け等が行われていないことになるから、被告は同法一二七条一項一号に該当するとして本件処分を行った。
2 本件処分の適法性
(一) 青色申告制度は、納税者の正しい記帳慣習の確立を基礎として、それにより合理的な申告納税制度の実現をめざすものであり、そのために納税者に完備した帳簿書類の備付け、記録、保存及びそれに基づく決算を義務づけ、その反面、所得計算上あるいは納税手続上各種の特典が認められているものである。それ故、青色申告の承認を受けた者は、右特典を受ける前提として正しい帳簿書類の備付け、記録、保存をしなければならず、右承認をした税務署長が必要に応じて承認を受けた者において右の義務を履行しているか否かを調査できるのは当然である。そして、税務署長は、法人税の青色申告の承認を受けた者が法人税法一二六条一項所定の義務を履行していない場合には、右承認を取消すことができる(同法一二七条一項一号)とされている。
従って、同法一二六条一項所定の備付け等の義務とは、青色申告の基礎としての適合性を有する帳簿書類を備付け、記録、保存すべきことをいうのであるから、備付け等とは帳簿書類に対する調査がなされた場合、当該職員においてこれを閲覧検討し、帳簿書類が青色申告の基礎としての適格性を有するものか否かを判断しうる状態にしておくことを意味する。
本件において、原告が被告係官の再三の要求にもかかわらず、帳簿書類を提示しなかったことは前述のとおりであり、これにより被告としては、原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が大蔵省令の定めるところに従って正しく行われていることを確認することができなかったのであるから、当該帳簿書類が当該帳簿書類が当時客観的にどのような状態にあったかにかかわりなく、法人税法一二七条一項一号の青色申告承認取消事由に該当するといわねばならない。
(二) 税務職員の質問検査権は、納税義務者の申告の適否について、収入あるいは特定の支出についての合理的な根拠に基づく疑いのある場合に限られるのではなく、適正な申告を担保し課税の公平適正な適用を図るためその行使が客観的に必要である場合においては、常になし得るものであり、又その行使にあたって相手方に対し事前通知並びに調査の理由及びその必要性を開示しなければならない旨の規定はないから、これを質問検査権行使の手続的要件と解する根拠はない。。
従って、被告係官が原告代表者らに対し行った質問検査権の行使には何ら違法はなく、原告が調査理由の不開示を理由としてした帳簿書類の提示拒否が正当なものといえないことは明らかである。
(三) 原告は、本件処分の附記理由が不備である旨主張する。
しかしながら、青色申告承認取消処分については、処分の通知書に取消の基因となった事実と当該事実が法人税法一二七条一項各号のいずれに該当するかを附記すれば足りると解されるから、右附記理由に不備はないというべきである。
3 以上のとおり、本件処分には違法な点はなく、適法である。
第三証拠
一 原告
1 甲第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第五号証
2 証人岡平蔵、同北野弘久、原告代表者
3 乙号各証の成立を認める。
二 被告
1 乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証
2 証人稲垣高志、同辻博
3 甲第五号証の成立は不知。その余の甲号各証の成立は認める。
理由
一 請求原因1ないし3の事実、並びに被告係官が昭和五二年一一月一四日原告方に臨場し、質問検査権に基づき質問する旨述べたこと、その際調査は所得調査であって帳簿書類が法定のやり方で記帳されているかどうかの調査ではないと述べたこと、本件処分の附記理由の要旨が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない乙第二号証の一、二、証人岡平蔵(一部)同稲垣高志、同辻博の各証言、原告代表者尋問の結果(一部)を総合すれば、本件処分に至る経緯として次の事実が認められる。
1 被告所部の上席国税調査官稲垣高志(以下稲垣係官という。)は、原告の法人税並びに源泉所得税の調査のため、事前通知をしたうえ、昭和五二年一一月一四日午前一〇時ころ、原告方に臨場し、原告代表者らに対し、身分証明書及び質問検査章を提示して税務調査に来た旨を告げ、原告の(自)昭和四九年四月一日(至)昭和五〇年三月三一日事業年度から(自)昭和五一年四月一日(至)昭和五二年三月三一日事業年度までの三事業年度分の青色申告に係る備付け帳簿書類の提示を求めたところ岡平蔵税理士から具体的な調査理由の開示を求められたので、所得の確認である旨回答した。しかし同税理士は理由が具体的でないとして納得せず押問答となったため、結局その日は帳簿書類を提示してもらえなかった。
2 岡平蔵税理士は、同月一八日午前一〇時ころ、調査のため再度原告方を訪れた稲垣係官に対し、「どこがおかしいのか言わなければ帳簿は見せられない。」等と言って、前回と同様帳簿書類の提示を拒否した。
3 稲垣係官は、同年一二月一二日、岡税理士の事務所に赴き、帳簿書類の提示を求めたところ、従前と同様の理由で拒否されたため、引続き原告方に赴き、原告代表者にも同様提示を求めたが、原告代表者は「岡税理士に全部任せているので、同税理士と稲垣係官の上司との間で話し合ってみて欲しい。」等と応答した。
4 稲垣係官は、上司である統括国税調査官辻博(以下、辻係官という。)と共に昭和五三年一月二七日、原告方に臨場し、原告代表者らに対し、所得金額の確認であること、数年間調査をしていないこと等を調査理由として開示し帳簿書類の提示を求めたが、原告代表者らの了解をえられずその提示を拒否された。
5 このため、被告は、同月末から反面調査を行う一方、同年六月六日付、翌七日到達の「注意書」と題する書面をもって、「来る六月一三日午前一〇時ころ臨場するので、帳簿書類を提示し質問・検査に応じられたい。もし帳簿書類の提示がない場合は、法人税法一二六条に定める青色申告に係る帳簿書類の備付け及び記録又は保存がないものとして、同法一二七条一項一号の定めに従い青色申告の承認を取消す場合がある。」旨通知したうえで、同月一三日辻、稲垣両係官を差し向け、右両名において提示がなければ青色申告の承認を取消す旨再度警告したが、結局提示を拒否されたため、本件処分に及んだ。
以上の事実が認められ、証人岡平蔵の証言、原告代表者尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲証人稲垣高志、同辻博の各証言に照らしたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 そこで、本件処分の違法性の存否について検討する。
1 原告に帳簿書類の不提示はないとの主張について
証人岡平蔵の証言によれば、原告代表者らは調査の都度被告係官が提示を求めている原告の三事業年度分の総勘定元帳三冊と振替伝票三綴を紙袋に入れて、これを持参して応接していたのであって、昭和五二年一一月一八日、昭和五三年一月二七日、同年六月一三日には、青色承認のための調査であれば、提示する用意がある旨言明し、税理士岡八重子が紙袋の中から右帳簿書類を取り出して机の上に並べかけた(六月一三日には、一〇分ないし二〇分間係官の面前に並列した。)ところが被告係官は青色承認のための調査ではない、あくまでも所得調査だとしてこれを押しとどめ見ようともしなかったというのであるが、右証言は、以下の理由により措信できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
すなわち、原告代表者らは、当初から申告所得の確認という説明のみでは調査理由にはなりえないと主張し、より具体的な調査理由の開示がない限り帳簿書類の提示には応じられない旨言明していたのであるから、被告係官が原告代表者らを納得させるだけの理由を開示しない限り、自ら進んで帳簿書類を提示するということはまず考えられないところ、本件全証拠をもってしてもそのような理由開示があったものとは認められないこと、又仮に帳簿書類が提示され係官の面前に並列されたとすればそれまで提示拒否により困惑していた係官としては、調査の目的如何にかかわらず、まずは閲覧したいと思うのが当然であり、岡証言のごとき被告係官の行動というのは極めて不自然といわざるをえないからである。
もっとも、証人辻博は岡八重子の横に紙袋が置いてあった旨証言しているのであるが、仮にその中味が証人岡平蔵の証言の如き総勘定元帳、振替伝票だったとしても、これをもって被告に対し帳簿書類を提示したということはできない。ただし、青色申告承認の基礎となる「帳簿書類」とは右帳簿のみではなく、各勘定科目ごとに作成されているいわゆる補助簿をも含まれるのみならず、帳簿書類を「提示」したというためには、税務職員がこれを閲覧検討しうる状態におくことが必要であると解されるからである。
2 被告係官の本件質問検査権の行使は、具体的な調査理由の開示がなく、強権的、高圧的態度でなされた違法、不当なものであるから、帳簿書類の一時的不提示が仮にあったとしても、これを理由とする不利益処分は許されないとの主張について
法人税法一五三条に規定する税務職員の質問検査権の行使は、納税義務者の申告の適否について合理的な根拠に基づく疑いのある場合に限られるものではなく、諸般の具体的事情に鑑み、客観的に必要であると判断される場合には認められるものであって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、又その行使にあたって相手方に対し調査の理由ないし必要性を具体的、個別的に開示することも法律上の要件とされているものではない。
本件において、被告係官は、前記のとおり、原告代表者らに対し、税務調査の事前通知を行い、身分証明書及び質問検査章を提示し、調査理由として所得金額の確認であること、数年間調査をしていないこと等を開示したうえ、青色申告に係る帳簿書類の提示を求めたものであって、その他本件にあらわれた一切の事情を参酌しても、本件質問検査権の行使が違法、不当であることを窺わせるものはないから、結局、原告の提示拒否は正当な理由があるものとは認められない。
3 法人税法には、帳簿書類の不提示を青色申告承認の取消事由とする旨の規定がないから、法治主義の原則からして帳簿書類の不提示を理由とする青色申告承認の取消処分は許されないとの主張について
青色申告制度は、納税者が自ら所得金額及び税額を計算し自主的に申告して納税するいわゆる申告納税制度の下で、適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであり、そのために法は、青色申告の承認を受けた者に対して一定の帳簿書類の備付けを義務づける反面、納税手続上あるいは所得計算上各種の特典を付与している。すなわち、青色申告の承認を受けている内国法人は、大蔵省令で定めるところにより、帳簿書類を備え付けてこれにその取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存しなければならず(法人税法一二六条一項)、これに違反した場合には、税務署長は右承認を取消すことができる(同法一二七条一項一号)とされているのであるが、他面、法人税法は税務官庁に対し、税務行政上、帳簿書類を尊重するよう義務づけている。即ち、同法一三一条は青色申告者に対する推計課税を禁止し、一三〇条一項本文は税務署長が青色申告者の申告した課税標準等について更正する場合には、当該申告者の帳簿書類を調査し、その調査により課税標準等の計算に誤りがあると認められる場合に限り、更正をすることができる旨規定し、同条二項は青色申告者に対する更正の通知書には更正の理由を附記すべきことを規定し、しかも同項は、単に更正に係る勘定科目とその金額を示すだけでなく、そのように更正した根拠を、帳簿書類の記載以上に信憑力がある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすべきことを規定したものと解されており(最高裁昭和三八年五月三一日判決)、更に同法一五三条は、国税庁の職員等は法人税に関する調査について必要があるときは、帳簿書類を検査することができる旨を規定しているのであって、これらの各規定からすると、青色申告者が法律によって備付け、記録、保存を義務づけられている帳簿書類は、青色申告者自身がそれによって、自己の納付すべき税額等を計算し、申告するための前提としての機能を有するとともに、税務官庁による税務調査に供せられ、申告内容の適否を検討すべき資料とされることが予想されているものということができる。従って、青色申告者は、帳簿書類を備付け、記録、保存する義務を負うのは勿論、税務調査のため税務職員より帳簿書類の提示を求められた場合には、右調査を受忍し、速やかに帳簿書類を提示すべき義務を負っているものと解するのが相当である。
確かに法人税法一二七条一項は、帳簿書類の提示拒否を明示的に青色申告承認の取消事由として掲げてはいないが、そもそも青色申告者の帳簿書類を備付け、記録、保存すべき義務調査に際しそれを税務職員に提示すべき義務のあることを前提としたものであることは前記のとおりであり、両者は不即不離の関係にあるものというべく、従って帳簿書類の備付け、保存の義務のなかには、帳簿書類を提示すべき義務も含まれていると解するのが相当である。のみならず税務当局が、帳簿書類の備付け、記録、保存が法令に従って正しく行われているか否かを調査し判断するためには、納税者から当該帳簿書類の提示を受けてこれを閲覧することが必要不可欠であるといわねばならないから、同法一二六条一項の備付け、保存の義務には、税務職員の同法一五三条に基づく質問検査に応じて帳簿書類を提示する義務をも当然に包含しているものと解すべきである。
又、以上のように解さなければ、青色申告者が帳簿書類の提示を拒否した場合、法人税法一二七条一項に帳簿書類の提示拒否が青色申告承認の取消事由として明示的に掲げられていないからといって、同法一六二条二項の罰則の適用のみにとどまるとするならば、税務当局としては、青色申告者が帳簿書類の提示を拒否する限り青色申告承認の取消もできず、さればといって青色申告者に対する推計課税が禁止されていること(同法一三一条)により、推計課税による更正もできなくなって適正な課税が妨げられるという極めて不合理な結果を招くことにもなる。
以上の理由により、納税者が税務職員の質問検査権に基づく帳簿書類の提示要求にいわれなく応じなかった場合には、当該帳簿書類が当時客観的にどのような状態にあったかにかかわりなく、帳簿書類の備付け、保存が法令に従って行われていないということができ、法人税法一二七条一項一号に該当するものとして、青色申告承認の取消事由になると解するのが相当である。
4 附記理由の不備の違法があるとの主張について
法人税法一二七条二項は、税務署長が青色申告の承認の取消処分をする場合には、青色申告の承認を受けている法人に対し、書面によりその旨を通知し、その書面には、取消処分の基因となった事実が同条一項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない旨規定しているが、右は、取消処分が同条一項各号のいずれによるかを附記するのみでなく、取消の基因となった事実をも処分の相手方において具体的に知り得る程度に特定して摘示すべきことを規定したものと解される。
これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第一号証によれば、本件処分の通知書には、原告が被告係官による帳簿書類の提示要求に応じなかった事実を、その日時、場所等を特定して具体的に摘示したうえ、右事実は帳簿書類の備付け、記録、保存が法人税法一二六条に定めるところに従って行われていないことになるものとして、同法一二七条一項一号により青色申告の承認を取消す旨記載されていることが認められるから、事実記載につき具体性、特定性を欠くものということはできない。
又、同法一二七条二項は、当該基因事実が同条一項各号のいずれに該当するかを記載すべき旨規定するに止まり、一号該当の場合に、「備付け」、「記録」又は「保存」のいずれの義務違反があるかまで記載すべきものとはしていないから、この点をとらえて本件の附記理由が不備であるということはできない。
5 本件処分は適正手続の保障を欠き、他事考慮として違法なものであるとの主張について
前記のとおり、本件処分に至る経緯並びに本件処分の違法性の存否について検討したところによれば、本件処分の論拠は十分明確であることが認められるから、原告主張のような不法目的を有する恣意的処分であるとはいえず、又本件処分の決定に際しその内部手続に慎重さを欠いた違法があることを認めるに足りる証拠も存しない。
以上の次第で、原告の主張はいずれも理由がなく採用できないから、本件処分には原告主張の違法はない。
四 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鐘尾彰文 裁判官 高橋水枝 裁判官 角隆博)