和歌山地方裁判所 昭和59年(ワ)353号 判決 1991年2月27日
原告 冨士原拓
<ほか一六六名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 岡本浩
同 中川利彦
同 市野勝司
同 上野正紀
同 岡田栄治
同 田中征史
同 山﨑和友
同 山本栄二
同 良原栄三
同(昭和六〇年(ワ)第三〇三号事件については原告ら訴訟代理人岡本浩復代理人) 阪本康文
原告ら訴訟代理人岡本浩復代理人弁護士 由良登信
同 福本富男
同 池内清一郎
同 小野原聡史
被告 日本国有鉄道清算事業団
右代表者理事長 石月昭二
右被告訴訟代理人弁護士 西迪雄
同 高野裕士
被告訴訟代理人西迪雄復代理人弁護士 富田美栄子
被告指定代理人 高柳輝雄
<ほか五名>
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、別紙損失額一覧表中各原告に対応する損失額欄記載の金員及びこれに対する、同一覧表番号1ないし101については昭和五九年一〇月六日から、同102ないし199については同六〇年六月二〇日から、それぞれ支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告はもと日本国有鉄道と称する公法上の法人であり、昭和六二年四月一日日本国有鉄道清算事業団と改称した(国鉄ともいう。)。
2 原告らは、被告に対し、別紙損失額一覧表支払額欄記載のとおり、被告和歌山線の乗車運賃として金員を支払い、被告はこれを利得した。
3 よって、原告らは被告に対し、不当利得返還請求権に基づき(附帯請求はいずれも訴状送達の翌日から)、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1の事実は認め、同2の事実は不知。
三 抗弁
被告は、原告らとの間で、別紙損失額一覧表契約日・乗車区間・支払運賃欄記載の内容の運送契約を締結した。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は認める。
五 再抗弁
抗弁事実にかかる運送契約は、以下の理由により、別紙損失額一覧表本来において支払うべき適正運賃欄記載の金額を超える限りにおいて一部無効である。
1 (国民の交通権について)
国民は、自らの生活をよりよく向上させ、ひいては住みよい国土を建設する手段としての全国的交通網を国家に対して要求する権利を持つものと解される。これは、移動の自由(憲法二二条一項)幸福追求権(一三条)生存権(二五条一項)の集合であり、交通権と称することができる。
交通権の実現のための手段たる交通機関は、全国土にはりめぐらされ、かつ統一化された体系をもつものであるとともに、一部の者の独占的利用に供されるものでなく、かつ、大量・正確・快適たることを求められるのであって、これらの要請を満たしうるものは、全国的・統一的な鉄道網をおいて他にない。
そして、かような鉄道網の建設維持発展は、私企業のよくなしうるところではなく、交通の公共性に鑑みても、公有鉄道が要求されるところである。
国民が国に対し全国的・統一的鉄道網を要求する権利を有することは、鉄道国有法一条及び鉄道敷設法一条に具体化されている。
2 (国鉄・和歌山線の意義)
(一) 国鉄は、右のような公有鉄道として設けられたものであり、産業の発展、国民の生活向上等の使命を帯びるものである。
(二) 和歌山線は、紀北・紀の川筋における唯一の鉄道であり、交通渋滞にとらわれることなく大量に輸送できる唯一の交通機関であって、幼児・老人・運転免許不保持者等交通弱者といわれる人にとっては必要不可欠な路線である。
3 (格差運賃の違法性・憲法一四条、国有鉄道運賃法違反、交通権侵害)
(一) 国鉄設立以前を含め、国有鉄道の運賃については、明治四〇年以降、次の各原則が採用されてきた。
(1) 全国一律賃率制・総合原価主義
賃率を路線ごとあるいは地域ごとに設けることなく、全ての路線を一体として経営の採算を考え、全ての路線に同一の賃率を適用する。
(2) 対キロ運賃制
一キロ当たりの賃率を定めて、これに乗車区間のキロ程を乗じ、個々の具体的運賃を算出する。
(3) 遠距離逓減制
遠距離を乗車する旅客が有利になるように、乗車距離に応じて賃率を数段階に分け、遠距離の賃率をより低くする。
(二) 国鉄における運賃は、財政法三条及び財政法三条の特例に関する法律に基づき、国有鉄道運賃法(運賃法という。なお、以下、法規はいずれも前記運送契約締結当時のものとする。)によって規制されていたが、同法は右の全国一律賃率制を採用していた。
すなわち、同法一条二項は、運賃決定の原則の第一に「公正妥当であること」を掲げるとともに、三条は、賃率を営業キロごとに定める旨規定しており、これらは全国一律賃率制を導くものと解される(なお、運賃法九条は、運賃及び料金の適用に関する細目について国鉄が定めうるものとしたに過ぎず、同法一〇条の二第一項も、地方交通線の割増運賃の根拠規定とはなりえない)。
一般に、郵便・電気・ガス・水道などの公共サーヴィスは、それが国民の日常生活に不可欠なものであり、国民に大きな影響を与えるため、直接国が所有し、あるいは国の公的規制を受け、一定水準のサーヴィスの提供が義務づけられている。このことは、その公共性に照らし、国鉄の運賃についてもあてはまるものというべきであって、移動距離に応じた一律の負担のみが唯一の価格原理である。
さらに、この原則は、法の下の平等を定めた憲法一四条の要請でもある。
(三) しかるに、被告は、昭和五九年四月、その内規たる族客営業規則(昭和三三年九月二四日日本国有鉄道公示三二五号。営業規則という。)を改正して賃率を改定し、日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(再建法という。)八条一項に基づいて地方交通線に選定された全国一七五線区について、幹線とは異なる割高な賃率を別紙営業規則抜粋のとおり定め、昭和五九年四月二〇日よりこれを施行した(なお、同六〇年四月に賃率の改定が行われている。)。
(四) 右の営業規則は、運賃法の前記条項に反するとともに、国民をその住む地域によって差別するものとして憲法一四条に反するものであり、かつ、前記の交通権を侵害するものであるから、これに従ってなされた運送契約は、違反の限度で無効である。
4(格差運賃の違法性・憲法七三条六号、八四条、財政法三条違反)
(一) 公企業の役務に対する手数料は、その事業の経営又は公物の管理が国の独占に属する場合には、法律上は報償であっても、国民の自由意思に基づかずに決定・徴収されるものとして、実質的には租税的性質をもつことになり、憲法八四条の適用の対象となるところ、被告の運賃はこれに該当する。
(二) また、財政法三条は「法律上又は事実上国の独占に属する事業における専売価格もしくは事業料金についてはすべて法律または国会の議決に基づいて定めなければならない。」としており、国鉄運賃は、この規定からも法律または国会の議決によって定めるべきことが要請されている(財政法三条の特例に関する法律は、物価対策の見地から財政法三条の適用範囲を限定したが、ここでも「国有鉄道における旅客及び貨物の運賃の基本賃率」は除外されている。)。
(三) ところが、運賃法は、一〇条の二第一項において、「当分の間、普通旅客運賃の賃率(中略)は、第三条第一項(中略)の規定にかかわらず、運輸大臣の認可を受けて日本国有鉄道が定める賃率又は運賃による」と規定するところ、この規定は、賃率又は運賃を法律又は国会の議決によらず、運輸大臣の認可を受けて国鉄が定めうるとしたものであって、憲法八四条に違反するものであるとともに、一般的・包括的委任として、憲法七三条六号に違反する。そして、これに基づいて格差運賃を定めた営業規則は、財政法三条に違反する。
5(異賃率換算通算方式の違法性)
(一) 運賃法三条は、普通旅客運賃につき、営業キロを基準として計算することを定めており、同法七条の二は、営業キロにつき、同条二項に定める特殊の場合を除き、実測キロによらなければならないものと定めている。
同法七条の二は、本文において、営業キロを実測キロを基礎として定めるものとしているが、同条但書は「既設の線路等に接近し、又は並行して新設され、又は増設された線路等における隣接する駅の区間については、当該既設の線路等において相当する駅の区間がある場合には、その相当する駅の区間の距離を基礎として日本国有鉄道が運輸大臣の承認を受けて定めるキロ数によることができる。」と定めているから、その反対解釈として、本文の場合においては、国鉄が実測と異なったキロ数を定めることはできないものと解される。
また、運賃法一〇条の二は、運賃法三条、七条の二を法規範上の前提としつつ、賃率についてのみ同条三項の限定を付し、かつ当分の間という限定を付して、運賃法定主義を緩和する目的で規定されたものである。したがって、右一〇条の二第一項は、当分の間における賃率についてのみ、同法の他の法条に優先することが認められているに過ぎず、運賃は賃率に営業キロを乗じて計算しかつ営業キロは実測キロであることを変更する何らの根拠規範たりえない。また、同条第二項は、右の趣旨の第一項を前提とするものであるから、賃率を異にする線区が発生した場合に、それをまたがって乗車する乗客の運賃計算方法につき、営業キロすなわち実測キロを基礎とするという原則の中での選択を許したものに過ぎない。
(二) ところが、営業規則一四条の二、八一条は、国鉄の幹線と地方交通線とを連続して乗車する場合について、地方交通線の営業キロを一・一倍した数字(賃率換算キロ)と幹線の営業キロとを合計したキロ数(運賃計算キロ)により、幹線の普通運賃表に該当する運賃をもって、右地方交通線とそれ以外の営業線とを連続して乗車する場合の運賃とするものとしている(異賃率換算通算方式)。
これは、運賃の基礎に営業キロとは異なるキロ程を用いるもの(いわゆる擬制キロ)であって、右の運賃法の規定に反するものである。
6(地方交通線選定方法の違憲性・憲法七三条六号違反)
再建法八条一項は、地方交通線の選定について、「日本国有鉄道は、鉄道の営業線(幹線鉄道網を形成する営業線として政令で定める基準に該当するものを除く)のうち、その運営の改善のための適切な措置を講じたとしてもなお収支の均衡を確保することが困難であるものとして政令で定める基準に該当する営業線を選定し、運輸大臣の承認を受けなければならない。」と規定し、同法施行令(単に施行令という。)二条は、「法第八条第一項のその運営の改善のための適切な措置を講じたとしてもなお収支の均衡を確保することが困難であるものとして政令で定める基準に該当する営業線は、別表第一に掲げる営業線のうち、その区間における旅客輸送密度が八〇〇〇人未満であるものとする。」と規定している。
また、右の選定の前提となる営業線の区分は、施行令二条及び同別表によってなされている。
しかし、施行令の右規定の内容は、具体的には路線の廃止や運賃の値上げにただちに影響し(再建法八条二項、一三条)、国民の権利義務に直接かかわるものであって、いわゆる執行命令の範囲を超えるものであり、したがって法律の個別・具体的委任に基づくべきものであるところ、再建法の右規定は無限定・無内容であって、かような個別・具体的委任とは解しえず、憲法七三条六号に反する違憲無効のものである。
7(施行令二条及び同令別表の非合理性)
仮に、再建法八条一項に基づいて施行令で地方交通線の選定基準を定めることが許されるとしても、同令二条及び別表の定める基準は非合理的であり、委任の趣旨に反するものというべきである。
(一)(1) 施行令二条及び別表は、国鉄が営業上の便宜から用いていた「国有鉄道線路名称」(国鉄昭和二四年六月一日公示。線路名称という。)をそのまま政令の中に取り入れて営業線を区分し、その区間における旅客輸送密度が八〇〇〇人未満であるものをただちに地方交通線としている。
しかし、これは、地方公共交通機関としての交通線のあり方、地域開発や発展の将来展望、地域住民ことに交通弱者の依存度などについての考慮を欠くものであり、地域交通手段としての重要性はもとより、旅客輸送密度の点からも、地方交通線の認定が一般人の認識と食い違う場合が生じる。
(2) たとえば、山手線は環状線であると言うのが一般的理解であるが、線路名称では、品川から新宿を経由して田端までが山手線とされる。
また、東海道本線は東京・神戸間というのが一般的理解であるが、枝線が多数存在するため、枝線がたまたま線路名称で東海道本線になっていれば、その輸送密度にかかわらず地方交通線とはならないこととなる。例として、線路名称では、大垣・美濃赤坂間は東海道本線とされ、大垣・美濃神海間は地方交通線たる樽見線とされる。ところが、大垣・美濃赤坂間より、大垣・美濃神海間の方が列車本数も多く、輸送密度も高いという不均衡が生じている。
(3) これを和歌山線についてみると、その線区は王寺から橋本を経由して和歌山に及び、大和二見から分岐して川端までとされている。
(4) しかし、和歌山線という呼称、地域経済の観点からみても、一般的常識的な和歌山線の範囲は和歌山県下を横断する和歌山・橋本間である。そして、右の和歌山・橋本間の輸送密度からすれば地方交通線とされる理由はないにもかかわらず、奈良県下の王寺・五条間及び大和二見・川端間の輸送密度が低いことから地方交通線とされているのである。
(二) 施行令二条は、昭和五二年度から同五四年度までの間(基準期間)の旅客輸送密度(基準期間の旅客輸送量について算定した旅客営業キロ一キロメートル当たりの一日平均旅客輸送人員)が八〇〇〇人未満である営業線を地方交通線と定め、旅客輸送密度の算定につき当該区間における基準期間の旅客輸送量(人キロ)を基準期間の日数に当該区間における旅客営業キロを乗じて得た数値で除して算定するものとするとともに、施行令に基づく運輸省告示一三七号(告示という。)は右数値の算定は発売乗車券を基礎とするものと定めている(二条一項)。右算定方法に基づく和歌山線の基準期間における旅客輸送密度は七七八三人とされたため、同線は地方交通線に選定された。
しかし、右告示に定める発売乗車券を基礎とする算定方法は、定期乗車券等有効期間内の乗車回数が確定出来ないものや、周遊券乗車区間が確定できないものについては輸送の実態が把握できないものであるほか、以下のとおりの理由から著しく不合理であって、これに基づく選定は違法である。
(1) 無人駅からの乗客等、乗車券を所持しない無札の乗客については、着駅計算の取扱いがされており、乗車券が発売されないため、算入されないことになる。
(2) 乗り越し乗客の乗り越し分についても、(1)と同様である。
(3) 券売機による金額表示式乗車券については、乗車区間の表示がないため、通常の乗車券の発売量の割合で逆按分される取扱となっている。
したがって、ある駅からの券売機による金額表示式乗車券の複数営業線への按分については、無人駅は零又は極めて低い配分を受けるに過ぎない。
(4) 和歌山線は、上記基準期間において、全三二駅のうち九駅(二八パーセント)が無人駅であり、したがって、国鉄の算定した輸送密度は、実際と著しく相違するものである。因みに、和歌山線沿線住民の行った同線の無人駅についての乗車人員の実態調査によれば、被告の公表数値との誤差は最大一〇倍の開きがあり、許容しうる範囲を著しく超えていることが明白である。
(三) 施行令二条の定める八〇〇〇人の基準は、国鉄の資料に照らしても、「経営の改善のための措置を講じたとしても収支の均衡を確保することが困難であるもの」との再建法の基準に合致しないものであり、さらに少ない旅客輸送密度において収支均衡することは可能である。
3(和歌山線の「幹線鉄道網を形成する営業線」該当性)
(一) 和歌山線王寺駅は、施行令一条一号により幹線指定されている関西本線に連絡しており、他方、和歌山駅のある和歌山市は、基準日(昭和五五年三月三一日)における人口が一〇万人を超えている。
(二) 王寺・和歌山間の旅客営業キロは、基準日において、八七・九キロメートルである。
(三) 和歌山線において、基準期間(昭和五二ないし五四年度)におけるすべての駅間の旅客輸送密度は四〇〇〇人を超えている。
(四) 右(一)ないし(三)によれば、和歌山線は施行令一条二号に該当し、幹線指定を受けるべきものであるから、運賃法八条一項のかっこ書きに該当し、地方交通線たりえない。
六 再抗弁に対する認否及び被告の主張
1 再抗弁1の主張は争う。
2 同2の主張は争う。
3(一) 同3(一)の事実は認める。
(二) 同3(二)の主張は争う。
まず、再建法一三条は、「地方交通線の運賃については、地方交通線の収支の改善を図るために必要な収入の確保に特に配慮して定める。」として、運賃格差を認めている。
また、運賃法においても、昭和五二年一一月の同法改正により、国鉄が運輸大臣の認可を得て賃率等を変更しうるものとされ(一〇条の二第一項)、同法一〇条の二第二項は、「日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(昭和五五年法律第一一一号)第八条〔地方交通線の選定〕第一項の承認を受けた鉄道の営業線に係る普通旅客運賃の賃率が同項の承認を受けた営業線以外の鉄道の営業線に係る普通旅客運賃の賃率と異なるように定められた場合における……」と、格差運賃の導入を予定している。
なお、同法一条二項二号には、運賃等が「原価を償うものであること」との原則も定められている。
(三) 同3(三)の事実は認める。なお、この改正は、運輸大臣の認可に基づくものである。
(四) 同3(四)の主張は争う。
4 同4(一)ないし(三)の主張はすべて争う。
(一) 国鉄運賃について、もと財政法三条の適用があったことは原告主張のとおりであるが、前記運賃法一〇条の二の規定が設けられたことによって、財政法と異なる手続きによる運賃の改定方法が法定された以上、同法との抵触を論ずる余地はない。
(二) 国鉄の運賃は、その鉄道事業運営の対価であり、被告内部において収支適合させることとされ、当該事業に損益計算上の利益が生じても国の一般経費に充当されることにはならないから、その実質が租税にあたらないことは明らかであり、憲法八四条違反も起こりえない。
5(一) 同5(一)の主張は争う。
(二) 同5(二)前段の事実は認め、後段の主張は争う。
異賃率換算通算方式は、賃率の異なる線区ごとに賃率に乗車距離を乗じ算出した運賃を合算して算出する併算方式に比し、近距離割高が解消され、また、従来どおり遠距離逓減制の適用が可能となるなど、全体として旅客の利益となる合理的計算方法として、運賃法七条の二に照らしても許容されるものである。
6 同6の主張は争う。
再建法八条一項は、基本的原則を明示した上で、個別・具体的に地方交通線の選定を政令に委任したものであり、施行令は、同法の基本原則の範囲内において、法制定の経緯等も十分考慮して、合理的基準を設定したものであって、一般的・包括的委任ではない。なお、施行令で定められた基準は、同法制定の基礎となった運輸政策審議会・国鉄地方交通線問題小委員会の昭和五四年一月の「国鉄ローカル線問題について」と題する答申において指摘されたところに従い、国鉄がその経営改善のため、中小私鉄と同程度に運賃を改定し、あわせて合理化をおこなった場合に収支が均衡する輸送密度の目安として算出されたもので、かかる基準が地方交通線選定の基準として合理的であることは、再建法の審議に際し是認されていたところである。
7(一) 同7(一)のうち、(1)の事実、(2)の事実中山手線、東海道本線の区間が原告主張のとおりであること及び(3)の事実は認め、その余は争う。
施行令別表第一に定められる営業線の区分は、国鉄が長年にわたり使用し、社会的にも定着している線路名称を基礎とするものであり、その区分には合理性が認められるため、これに従った区分を採用したものである。他方、すべての駅間ごとの利用状況に厳格に対応させて細分化した運賃体系を設定することは非現実的であり、この点からも、右の区分を採用したことの合理性は明らかである。
(二) 同7(二)前段の事実は認める。
後段(1)の事実は、車内で乗車券が発売されない場合に限って認める。同(2)及び(3)の事実並びに(4)のうち和歌山線三二駅中九駅が無人駅である事実を認め、その余は争う。
無人駅からの無札乗客については、車掌により車内で発売される乗車券によって把握することができるのであり、また、着駅精算の乗客については、精算金額の全収入に占める比率が極めて低く、当該線区の人キロにほとんど影響を与えないことなどのため、発売乗車券を基礎として旅客輸送量(人キロ)を把握する方法においては計算から除外されている。
また、右方法は、地方交通線選定のために特にとられたものではなく、国鉄における従来からの統計処理の一般原則に則したものであって、関係資料の整備把握もそれに従ってなされている。したがって、この方法が完全な意味における輸送実態を反映していないとしても、全国的一般的処理上許容しうるものとして採用・運用されており、かつ、本件地方交通線選定にあたっては、そのような事情の存在を前提として、全線区について等しく適用される基準とされたものである(施行令の規定も、当然にこの方法を前提とするものである。)から、和歌山線についてのみ原告ら主張の些細な事情を考慮して別異に扱う余地はない。
旅客輸送密度の算出については、実際の乗車人員を一〇〇パーセント正確に把握することは技術的に不可能であるところ、以上の理由から、発売乗車券が最も客観的な指標として旅客輸送密度算定の基礎とされたのである。
(三) 同7(三)の主張は争う。
8 同8(一)、(二)の各事実は明らかに争わず、(三)の事実は否認、(四)の主張は争う。
和歌山線が、再建法八条に基づき、運輸大臣の承認を経て適法に地方交通線に選定されたことは、同線が施行令一条にいう「幹線鉄道網を形成する営業線」には該当しないとの判断を前提とするものであるから、右承認にかかる公定力を排してこの判断の当否を問う余地はない。
また、「幹線鉄道網を形成する営業線」たるためには、和歌山線の全区間についてその旅客輸送密度(施行令二条及び告示所定の算定方法による)が四〇〇〇人以上であることを要するところ、同線大和二見・隅田間の旅客輸送密度は三八三二人であるから、右要件にあたらないこと明白である。
9 格差運賃は、昭和四〇年ころからの赤字の累積による経営の困難への対応の一環として定められたものである。当時の国鉄においては、線区による利用状況の差が著しく、また、地方における中小私鉄やバスに比して国鉄運賃が極めて低額であるため、当該線区の経営に要する経費が収入を大きく上回り、運賃法上の原価補償に関する原則に反することはもとより、輸送市場の実態に照らしてみても、是正の必要があることに鑑み(昭和五七年度で、地方交通線の輸送量は全体の五パーセントに対し、赤字額は三〇パーセントを超える。)、再建法においてその対応が具体化されたものであって、その合理性は明白である。
七 原告らの反論
1 和歌山線を地方交通線として選定する措置は、国鉄が運輸大臣の承認を受けて行うものであるが、この承認は、いわば上級行政機関としての運輸大臣が、下級行政機関としての国鉄に対し、国鉄が法令に基づいて和歌山線を地方交通線として選定したことにつき同意を与えるものであって、行政処分性を有しない。したがって、運輸大臣の承認には公定力はない。
2 一般に旅客輸送量に占める通勤通学客の割合は大きいが、ことに和歌山線のような地方交通線についてはこのことが顕著であるところ、朝夕の通勤通学のラッシュ時においては、混雑のため乗車券の車内発売は殆ど不可能であり、現実に和歌山線でも、朝夕のラッシュ時の車内での発売はなされていない。
3 国鉄が赤字経営に転落し、約一〇年間にその額が単年度で約五〇倍、累計で約六〇〇倍にものぼったのは、新幹線の建設や設備の近代化など巨額の設備投資を専ら国鉄の借金によって行ってきたこと、すなわち、欧州諸国のように基本的建設費を国庫負担とすることなく、また、単年度ごとに政府の助成により赤字を解消する単年度整理方式をとらず、累積方式を採用してきたことにある。他方、地方交通線への格差運賃制の導入による増収額は数十億円であり、昭和五九年度運賃値上げによる増収の約三パーセント、国鉄の支払い利息の三日分にも満たないものであり、赤字の解消に役立たないばかりでなく、客離れを促し、地方交通線の収支をさらに悪化させるものでしかない。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実は《証拠省略》によって認められる。
二 抗弁事実は当事者間に争いがない。
三 交通権の主張について(再抗弁1)
原告らは、憲法一三条(幸福追求権)、二二条一項(移転の自由)及び二五条一項(生存権)を根拠に、国民が自らの生活をよりよく向上させ、ひいては住みよい国土を建設する手段としての全国的交通網を国家に対して要求する権利(交通権)を有すると主張する。
しかし、その根拠として掲げる憲法の右法条のうち、一三条は、憲法の基本的人権に関する総則的規定と解されるところ、その性質はいわゆる自由権に属し、原告らの主張するごとき、国家に対し積極的作為を請求する具体的権利をそこから導くことは困難であるし、仮に、同条がいわゆる社会権的性格を併有するとしても、その内容は極めて抽象的であり、憲法の他の規定または法律を介することなしに、右のような具体的権利を導くことはやはりできないものというべきである。同様に、二二条一項も、いわゆる自由権の一として、国家が国民の移転に対して容喙することを拒みうることをその内容とするものにとどまり、原告らの主張するごとき交通権の根拠とはなしがたい。さらに、二五条一項の生存権の規定については、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運用すべきことを国家の責務として宣言したにとどまり、個々の国民に対し具体的権利を付与したものではないと解される(最高裁判所昭和二三年九月二九日大法廷判決刑集二巻一〇号一二三五頁)。したがって、原告らの主張する交通権は、これを原告らの本件請求の根拠となるような具体的権利として考える限り、憲法上根拠づけることはできないものというほかない。
なお付言するに、仮に原告らの主張するごとき交通権を、国家の負う政治的責務の域を超えて、原告らの本件請求の根拠となるような具体的権利として認めるならば、これをすべての国民について等しく認めるべきことは憲法一四条から当然のことであるから、たまたま鉄道沿線に居住し、既にその便益を容易に享受できる者だけでなく、いかなる山間あるいは離島等の僻地に居住する者についても、同等の交通手段を、同等の運賃で直ちに提供すべき法律上の具体的義務が国家に課せられることとならざるを得ないが、このような論が非現実的で採りえないことは明らかである。
四 格差運賃の実体的違憲・違法性について(再抗弁3)
1 営業規則に原告ら主張の規定があることは当事者間で争いがない。
2 原告らは、国鉄の運賃については、全国一律賃率制が採られるべきところ、営業規則の右規定が、再建法八条一項に基づいて地方交通線に選定された線区について、同項にいう幹線と異なった賃率を定めていることはこれに反し、違憲・違法で無効である旨主張する。
3(運賃法違反の主張について)
まず、原告らは、運賃法が一条二項一号及び三条によって全国一律賃率制を定めており、国鉄運賃は、営業キロに応じて全国一律であるべきところ、営業規則の前記規定はこれに反するものである旨主張する。
しかし、運賃法が、原告ら主張のように全国一律賃率制を定めたものとは解されない。
(一) 明治四〇年以降営業規則の前記規定の制定まで、国鉄ないしその前身たる国有鉄道が、全国一律賃率制及び総合原価主義を採っていたことは当事者間に争いがない。しかし、運賃は鉄道利用の対価の性質を有するから、費用との権衡が考慮すべき要素となると解される(同法一条二項二号参照)ところ、等距離の移動であっても、それに要する費用は、地理的・社会的・経済的な種々の要因により、路線によって差が生ずることは経験則上容易に首肯できるところであり、この差に応じて、路線によって運賃に差を設けることには合理性を認めることができる。他方、全ての路線を一体として経営の採算を考えるという総合原価主義については、これを採用することの政策的当否はともかく、法規範にまで高められているとすべき根拠はなく、従前の国鉄ないしその前身たる国有鉄道が採用していたからといって、変更・放棄することが許されないものと解すべき理由にはならない(前記のように鉄道利用の実態に差があるにもかかわらず運賃を均等にすることは、自らの移動のための費用の一部を他の利用者に負担させることにつながるのであるから、場合によっては逆に「公正妥当」に反することすら考えられないではない。)。また、対価としての相当性の判断については、他にも他の交通機関との権衡、需給の関係等諸般の事情が影響することを否定できない。運賃法一条二項一号にいう「公正妥当」は、以上のような総合的判断を前提とするものというべきであって、移動距離に応じた一律の負担が唯一の価格原則であるとする原告らの主張は、その解釈につき狭きに失し、採用の限りでない。
なお、原告らは、公共サーヴィスについては料金が均等であるべき旨主張するが、政策的目標としてならともかく、法律的には何らの根拠のない主張というほかない。
(二) さらに、再建法(昭和五五年法律一一一号)一三条は、地方交通線の運賃につき、地方交通線の収支の改善を図るために必要な収入の確保に特に配慮して定めるものとするとして、地方交通線の運賃につき、幹線と異なった定めをすることを容認し、また、運賃法一〇条の二(昭和五二年法律八七号、同五五年法律一一一号)は、一項で、運賃の賃率につき、同法三条一項を暫定的にではあるが排除することとし、二項で、前項の場合において、再建法第八条第一項の承認を受けた営業線以外の鉄道の営業線に係る普通旅客運賃の賃率と異なるように定められた場合における普通旅客運賃の賃率を異にする鉄道の営業線を連続して乗車するときの普通旅客運賃の計算方法は、運輸大臣の認可を受けて日本国有鉄道が定めることとして、地方交通線における運賃の賃率を幹線におけるそれと異なって定めることを予定しており、営業規則はこれらに基づくものということができる。そして、法律の形成的効力において、再建法一三条及び運賃法一〇条の二の運賃法一条二項一号(昭和二三年法律一一二号)、三条一項(昭和五一年法律七五号)に優先することは、先法に対する後法の優先から明らかである。したがって、仮に原告らの主張するように、営業規則が運賃法一条二項一号及び三条一項に反するということがいえるとしても、右規則は、再建法一三条及び運賃法一〇条の二に基づくものといえる以上、違法とされるいわれはないものというべきである。
4(憲法一四条違反の主張について)
原告らは、営業規則の前記規定が憲法一四条に違反すると主張する。
その趣旨は、営業規則が、憲法一四条の趣旨に照らし、その根拠となる運賃法の予定する委任の範囲を超え、違法と評価されるというか、あるいは、運賃法の規定自体が違憲であるというかのいずれかに帰着するものと解される。
しかし、前者については、運賃法がそれ自体、格差運賃を予定していることは前記のとおりであるから、営業規則がこれを定めるのは、まさに委任の趣旨に沿ったものというべきである(なお、運賃法は国鉄による賃率決定に、運輸大臣の認可を要件として、一定の裁量権を付与しているものと解されるところ、格差の幅につき、国鉄の裁量権行使の逸脱・濫用の主張立証はない。)。
また、後者については、前記のとおり、諸般の事情の総合的判断に基づいて定められるべき運賃ないし賃率について、単純に全国一律であることのみをもって公正妥当とすべき理由はないから、憲法一四条違反の問題も生じえないものというべきである。
5 交通権侵害の主張は、交通権自体の具体的権利性が認めがたいこと前記のとおりであるから、当然に失当である。
五 格差運賃の手続的違憲・違法性について(再抗弁4)
1(租税法律主義違反の主張について)
原告らは、国鉄運賃には憲法八四条の適用があり、法律ないし国会の議決に基づいて決定すべきところ、運賃法が賃率の決定を国鉄に委ねているのは違憲である旨主張する。
そもそも国鉄運賃は、鉄道利用の対価の性質を有し、国がその経費を支弁するため国民から強制的に無償で徴収する金銭である租税にあたらないこと明らかであるが、公衆の日常生活を維持するために欠くことのできない公益事業であり、独占的形態を有するものの利用料は、その実質に鑑み、租税に準じて扱われるべきものと解され、国鉄運賃もこれにあたるものということができる。しかしながら、国鉄運賃を含むこれらの利用料については、法律に基づいて(財政法三条参照)これを定めることをもって足りるのであって、法律によって直接具体的金額を定めるべきことまで必要とするものとは解されず、具体的金額の決定につき、下位規範への委任も当然に許されているというべきである。そして、運賃法は、一条において運賃決定の基本原則を定めた上で、一〇条の二において、当分の間に限り、運輸大臣の認可を要件として、国鉄に賃率又は運賃の決定を委ねたのであるから、国鉄運賃は、法律に基づいて定められるものというを妨げず、違憲の主張は失当というべきである。
なお、憲法七三条六号違反をいう主張は、国鉄運賃の決定が法律で定めるべき事項であることを前提とするものであるところ、その失当であることは右にみたとおりであり、他にこの前提を採るべき理由もないから、当然に失当である。
2(財政法三条違反の主張について)
運賃法一〇条の二は、財政法(昭和二二年法律三四号)三条に対し、後法かつ特別法の関係にあり、したがって、その形式的効力において上位にあることは明らかであるから、同条違反の主張は失当である。
六 異賃率換算通算方式の違法性について(再抗弁5)
1 原告らは、営業規則一四条の二及び八一条に定める異賃率換算通算方式は、運賃法三条及び七条の二に違反すると主張する。
2 運賃法三条一項が、賃率は営業キロごとにこれを定めることを規定する(同法一〇条の二は、賃率の定めについてのみ三条一項を暫定的に排除しているものであって、右の運賃の計算方法までを排除したものではない。)ことは原告ら主張のとおりである。
3 しかし、運賃法七条の二は、営業キロにつき、運輸省令で定めるところにより、隣接する駅の区間ごとに、その距離を基礎として日本国有鉄道が定めるキロ数によるべき旨を定める。したがって、営業キロは、実測距離をそのまま取り入れるものではなく、国鉄が、実測を基礎に置きながら定めるというものであって、営業キロと実測とが異なりうることを当然に予定しているというべきである。そして、同条の趣旨から、営業キロが実測と無関係に定められることはもとより許されないものというべきであるが、そうでない限り、その決定につき、国鉄に一定の裁量を認めたものと解するのが相当する。
これを前記営業規則の規定についてみるに、同規則一四条の二によれば、異賃率換算通算方式では、幹線と地方交通線を連続して乗車する場合の運賃計算は、発着区間のうち地方交通線の乗車区間に対する営業キロを賃率化に応じて換算したもの(賃率換算キロ)に幹線の乗車区間に対する営業キロを加算したものによるものとされ、賃率換算キロは、地方交通線の乗車区間に対する営業キロに、地方交通線の第一地帯賃率と幹線のそれとの比を乗じて得るものとされるところ、同規則七七条及び七七条の二によれば、右の比は一・一となる。すなわち、異賃率換算通算方式においては、賃率換算キロを営業キロにいわば代用することとなるところ、賃率換算キロは本来の営業キロの一律一・一倍となっている。
このような賃率換算キロの定め方は、その基礎となる本来の営業キロが実測距離と一致し、またはこれを基礎とするものであり、しかも定められた賃率化が合理的限度内のものである限り、なお、実測距離を基礎とするものというを妨げない。そして、本件において定められた賃率比一・一は、合理的限度内のものと言い得るから、算出された賃率換算キロは実測距離を基礎とするものとみるべきである。
したがって、異賃率換算通算方式に関する前記営業規則の規定は、それ自体、右にみた国鉄の裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権の濫用にあたるものとは到底解することができず、また、他にこれが裁量権の逸脱・濫用にあたると解すべき事情の主張立証はない。
4 原告らは、運賃法七条の二但書が、営業キロと実測との乖離を容認する場合を定めていることの反対解釈として、それ以外の場合には、実測との乖離は認められない旨主張する。しかし、右但書は、新設ないし増設線については、既設の線路等において相当する駅の区間の距離を基礎として、当該新設・増設線の実測距離と無関係に営業キロを定めることができることを定めたものであって、前記のとおりなお実測距離を基礎とするものというべき賃率換算キロとは全く異なる制度であるから、これの反対解釈により、賃率換算キロが否定される関係にはないものというべきである。
七 地方交通線選定方法の違憲性について(再抗弁6)
原告らは、地方交通線の選定は、再建法八条二項、一三条に照らし、国民の権利義務に直接かかわるものであるから、その基準は法律によって定められるべきであるところ、施行令にこれを委任した再建法八条の規定は個別的・具体的委任とはいえないから違憲無効である旨主張する。
しかし、地方交通線の選定ないしその基準を、法律で定めるべき事項ということはできない。
すなわち、前記交通権についての判断から明らかなように、個々の国民に、国に対して鉄道の路線の新設ないし存続を請求する権利があるとは到底解されないから、国鉄の路線の新設・変更ないし廃止によって国民が受ける利害は反射的なものにとどまり、路線の廃止自体、これを利用する個々の国民の権利義務に何ら消長を来すものではないのであって、国鉄の経営政策にかかる事項というべきである。したがって、そのいわば前段階にあたる地方交通線選定の基準が国民に義務を課し、権利を制限するものとは到底解されない。
また、前記五でみたように、国鉄の運賃は、法律に基づいてこれを定めることをもって足りるのであって、その具体的内容については、下位規範への委任も当然に許されるというべきところ、再建法八条一項は、「その運営の改善のための適切な措置を講じたとしてもなお収支の均衡を確保することが困難であるものとして政令で定める基準」によって地方交通線を選定すべきものとしており、この規定は、政令で定めるべき基準の基本的原則を明示したものということができる。そして、施行令は、この原則に基づき、二条及び別表において基準を定めたものであるから、地方交通線選定の基準は法律に基づいて定められたものというを妨げず、何ら憲法に反するところはない。
八 施行令の非合理性について(再抗弁7)
1(線路名称によって営業線を区分することの合理性について)
原告らは、施行令が地方交通線選定の前提となる営業線の区分の基準としている線路名称につき合理性を欠く旨主張する。
施行令が線路名称を前提として定められていると解すべきことは、その規定の内容に照らして明らかであるところ、そもそも、運営の改善のための適切な措置を講じたとしてもなお収支の均衡を確保することが困難であるものか否かの判断の前提として、営業線のどの範囲を一体として把握するかは、収支均衡確保のための営業上の考慮に加え、その営業線を擁する地域との社会・経済的関係、さらには歴史的経緯等を総合的に考慮してなされるべきである。そして、この線路名称が従前より国鉄において、営業線区分の基準として慣用されていたものであることは弁論の全趣旨より明らかであり、このことは、右の趣旨における線路名称の合理性を推認させるものということができる。
一方、線路名称が全体として合理性を欠く旨の原告らの主張は、前記の考慮すべき事情の総合的判断を経ず、断片的・一面的な不合理を強調するものに過ぎず、仮にこれらの事情を前提にするとしても、施行令が、全体として合理性を欠いているとは到底解されない。
また、和歌山線の範囲についても、これが一般人の認識と乖離するからといって直ちに不合理であるといえないことは、前記の営業線区分の趣旨目的から当然であるし(和歌山線という名称が付されているとの一事をもって、その区間が和歌山県下に限定されるいわれはない。)、仮に原告らの主張する事情を前提にするとしても、従来国鉄において一体と捉えてきた(このことは弁論の全趣旨より明らかである。)和歌山線を分断して考えるべき理由はないものといわざるをえない。
2(発売乗車券を基礎にして、旅客輸送密度を算定することの合理性について)
原告らには、施行令にいう旅客輸送密度の算定につき、運輸省告示に定める発売乗車券を基礎とする算定方法を採ることは著しく不合理であって、違法である旨主張する。
しかし、そもそも、旅客輸送密度を厳密・正確に算定することが技術的に不可能であるか、著しく困難であることは、経験則上明らかであり、調査の趣旨目的、要する費用、方法の正確性等を総合して、採られた算定方法が合理的なものであれば足りるものというべきである。そして、右告示に定める、発売乗車券を基礎とする算定法方は、従前より国鉄の統計において多目的に利用されてきたものであることが認められ《証拠省略》、このことに照らすと、相応の合理性を有するものと推認することができる。
《証拠省略》には、原告ら主張に沿う部分があるが、右各供述及び《証拠省略》によれば、これらは、昭和四九年及び同五一年に各一日、和歌山線の一部の駅について私的に行った乗降客数の調査の結果を、昭和四八年及び五一年の国鉄の資料と対比した結果に基づくものと認められるところ、これら調査自体の正確性に疑問がありうるのみならず、これら調査は極めて限定されたものに過ぎないから、その資料としての価値にも充分な信頼を置くことはできない。発売乗車券を基礎とする算定方法において一定の誤差が生ずることはもとより否定できず、右各証拠からも、ある程度の誤差の存在を推認することはできないではないが、しかし、この誤差が著しく、前記の合理性を全く欠くような場合か、あるいは、これよりも正確性において優るとともに、費用等の観点を総合して明らかに発売乗車券を基礎とするより合理的といえる方法の主張立証のある場合でない限り、これを採用することが不合理であり、違法であるということはできないところ、前記各証拠によっても、発売乗車券を基礎とする計算方法についての前記推認を覆し、合理性を全く欠くとまで認めることはできないから(これに代わる方法の主張立証はない。)、これを違法ということはできない。
3(旅客輸送密度八〇〇〇人基準の合理性について)
原告は、施行令二条が、旅客輸送密度八〇〇〇人未満を地方交通線選定の基準としていることが、再建法八条の委任の趣旨に反する旨主張する。
再建法八条一項は、地方交通線選定の基準として、「その運営のための適切な措置を講じたとしてもなお収支の均衡を確保することが困難である」ことを掲げているが、この基準にあたるか否かの判断については、それが技術的・専門的であることに鑑み、法は政令の裁量に委ねたものというべく、この裁量の範囲を逸脱した場合にのみ施行令は違法となるものと解されるところ、このような逸脱を認めるに足りる証拠はない。《証拠省略》には、原告ら主張に沿う部分があるが、これらは、要するに、中小民間鉄道における損益分岐点となる旅客輸送密度を《証拠省略》のみを資料に算定した結果、八〇〇〇人を下回る数値が得られたというものに過ぎないところ、右算定の合理性・正確性に疑問がありうるのみならず、中小民間鉄道における損益分岐点が右判断における一資料となりうることは否定できないとしても、このことのみから、施行令二条の定める基準に裁量の逸脱があるとは到底いうことができない。
九 和歌山線の「幹線鉄道網を形成する営業線」該当性について(再抗弁8)
原告らは、和歌山線は施行令一条二号に該当し、「幹線鉄道網を形成する営業線」にあたるから、地方交通線に選定したのは誤りである旨主張する。
しかし、和歌山線各駅の旅客輸送密度が、基準期間においてすべて四〇〇〇人を超えると認めるに足りる証拠はないから、その余の点について判断するまでもなく、右主張は失当である。なお、《証拠省略》には、原告ら主張に沿う部分があるが、これらの証拠によれば、右は、前記発売乗車券を基礎とする算定方法とは異なる独自の調査に基づいて推計した結果に基づくものと認められるところ、前認定のとおり国鉄においては従来から発売乗車券を基礎とする算定方法が採られていたことに照らし、施行令も当然にこの方法を前提としていたものと解すべきであるから、これと異なる方法による算定結果をもって施行令の要件への該当性をいうことは無意味である。
一〇 以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 弘重一明 裁判官 安藤裕子 久保田浩史)
<以下省略>