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和歌山地方裁判所 昭和61年(行ウ)1号 判決 1988年9月28日

原告

松本博

右訴訟代理人弁護士

小田耕平

井上善雄

阪口徳雄

被告

松本一郎

右訴訟代理人弁護士

稲垣喬

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、高野口町に対し、七八三四万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文第一、二項と同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、和歌山県伊都郡高野口町町長であり、旧高野口中学校跡地の払下げに関する行政の責任者であった。

(二)  原告は、高野口町の町民である。

2(一)  被告は、昭和六〇年八月一三日、別紙物件目録記載の土地である旧高野口中学校跡地(以下、「本件土地」という。)を和歌山県(以下「県」という。)に四億八〇〇〇万円で払下げた。

(二)  本件土地の適正価格は、払下げ当時六億七〇四〇万円であった。

3(一)  本件土地払下げは、適正価格を大幅に下回る価格で行われたものであり、高野口町の「財産の交換、譲与、無償貸付等に関する条例」(昭和三九年条例第一三号、以下「本件条例」という。)に違反し、違法である。

(二)  本件条例三条は、高野口町は、他の地方公共団体その他公共団体において公用若しくは公共用又は公益事業の用に供するため、普通財産を他の地方公共団体、その他公共団体に譲渡するときは、これを時価よりも低い価格で譲渡することができる旨規定するが、右条例も地方公共団体の財産は適正な対価なくしてこれを譲渡してはならない旨定める地方自治法二三七条二項の趣旨に沿って限定して解釈、適用されねばならず、右条例は理事者に対し普通財産の処分における無制限の裁量を肯定したものということはできない。

(三)  その結果、単に普通財産の譲渡先が他の地方公共団体や公共団体であることから直ちに、「適正な対価によらない普通財産の譲渡」が許容されるのではなく、少なくとも地方自治法二三七条二項の趣旨から次の要件が存在する場合のみ許容されると解すべきである。

(1) 他の地方公共団体その他公共団体の当該普通財産の取得目的が、地元住民にも関係する公共性(公共目的)を有すること

(2) 当該普通財産を他の地方公共団体その他公共団体に「適正な価格によらない」で譲渡することによる利益が、当該普通財産を「適正な対価」(時価)により譲渡又は賃貸することによる利益と比較して、一見明白に優越していること

(3) 他の地方公共団体その他公共団体に譲渡した対価と「適正な対価」との差が、前記(1)の「公共性の目的」又は(2)の「優越的利益」に基づく価格の合理的範囲内にあること

(4) (3)の合理的範囲の基準については、本件条例二条が普通財産の交換における許容範囲として定める、価格の差がその高価なものの価格の六分の一をこえるときは交換することができない旨の規定と同一の基準が適用されること

(四)  本件土地の処分には、「適正な対価によらない価格」との差を埋める程度の高野口町の住民に関係するような公共上の利便の増進等の利益はない。

また、本件土地について存在するのは、和歌山県教育委員会が評価した六億七〇四〇万円という適正価格であり、これを仮に本件条例二条にいう「高価なものの価格」と類推した場合には、その価格の六分の一である一億一一六六万円の範囲内において時価を下回ることができるにすぎない。しかるに、本件土地の処分価格は、右の一億一一六六万円の範囲を七八三四万円下回っており、違法な払下げといわざるを得ない。

4  高野口町は、被告の違法行為により、少なくとも七八三四万円の損害を蒙った。

5  原告外二名は、昭和六一年一月二一日本件払下げ行為を是正するべく、高野口町監査委員に対して監査請求を行った(以下、「本件監査請求」という。)が、監査委員は、昭和六一年三月一四日本件条例には時価の制限がないことを理由として、本件払下げは差し支えない旨の監査結果を出した。

よって、原告は、被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、右違法な払下げの結果高野口町が蒙った損害(少なくとも)七八三四万円について高野口町に代位して損害の填補を求める。

二  被告の本案前の主張

1  原告は、現在橋本市に居住し、高野口町の住家は他に売却して空き家となり、同所に在住しないのに住民票をそのままとしているにすぎない。したがって、原告は高野口町町民ではないから、被告に対し、本訴を提起する適格を有しない。

一般に、住民の住所に関しては、これを住民票に基づき決するのが簡明であるが、本件原告のように従前の居住建物を土地とともに売却して住民票記載の場所に生活の根拠がありえない状況となり、しかも、その家族と別居して数年前から他の町で愛人と生活を続け、かつ、現に高野口町に在住する妻子のもとへ帰る意志もないような場合には、客観的にも主観的にも住民票の住居表示性は失われているものとして、その実体に即した考察に従い、その住民票所在の公共団体の長に対する住民訴訟を提起することは許されないものとみるべきである。

2(一)  原告は、昭和六一年三月一四日に高野口町監査委員の監査結果通知書の交付を受け、その結果を知った。

(二)  仮に、原告自身が右同日右通知書を受け取っていなかったとしても、原告は、本件監査請求に際して現実の住所、電話を明らかにせず、監査結果の通知方法について原告に質した監査委員らに対してその結果通知書を高野口町に在住する相請求人辻田に渡してもらって結構である旨の回答をしたことから、右監査委員らは、昭和六一年三月一四日朝、辻田に本件監査結果通知書を手交し、その公告に及んだものである。

(三)  原告は、昭和六一年四月一四日本訴を提起したもので、地方自治法二四二条の二第二項の出訴期間を遵守しなかった、したがって、原告による本訴提起は不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

1(一)  地方自治法一〇条一項は「市町村の区域内に住所を有するものは、当該市町村の住民とする。」と規定し、この住所の定め方について、住民基本台帳法四条は「……地方自治法第一〇条第一項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解してはならない。」と定め、地方自治法に規定する「住所」と住民基本台帳法により定められた住民票の「住所」とが一致することを明示している。

(二)  住民訴訟を提起することができる当該市町村の「住民」とは、当該市町村に「住民票」を置く住民でなければならないのであり、たまたま生活の一部がその他の市町村で行われている事実があるとしても、住民自らが住民票を移転させるか、市町村が職権に基づき移転させるかしない以上、住民であるか否かの判断は住民票の住所を基準にしなければならない。

(三)  以上の理由から、原告の本件訴訟に関する当事者適格について何ら問題はない。

2  本件監査結果は、昭和六一年三月一七日町役場において、原告とともに住民監査を行った辻田栄補に交付されたものであり、被告の主張するように同月一四日に受領した事実は全く存在しない。その結果、本件訴訟は、右受領日から三〇日以内に提起されており、地方自治法二四二条の二第二項に定める要件を充足している。

四  請求原因に対する認否及び反論(認否)

請求原因1(一)の事実は認め、同1(二)の事実は否認する。同2(一)の事実は認め、同2(二)の事実は否認する。同3の主張は争う。同4の事実は否認する。同5の事実は認める。

(反論)

1 高野口町は、昭和五七年九月、いわゆる財政再建団体の指定を解除されたが、公債比を制限する比率が二〇パーセントを上回る可能性があったため、昭和五八年には本件土地を売却して繰上げ償還の財源に充当し、その比率の低下を来すべく、その売却時期を検討していた。

他方、県は、昭和五九年ころから養護学校の建設を計画し、昭和六〇年に用地買収等の予算が可決されたが、交通の便等の立地条件を満たす場所として本件土地が適正であるとの判断により、高野口町に対しその協力をもとめたところ、同町町長である被告は、昭和六〇年二月から三月にかけ高野口町議会の全員協議会を開催し、養護学校誘地の場所、売却金額等を議会に相談した後、養護学校の設置について県と交渉を進めることを検討した。

高野口町は、昭和六〇年六月一一日、県教育委員会に対し土地評価意見書を提出したが、同委員会は同年七月本件土地の土地鑑定書(評価額六億七〇四〇万円、坪当たり一五万二〇〇〇円)を高野口町へ持参し、双方で協議の結果、同委員会から買収価格を四億八〇〇〇万円とする呈示があり、高野口町臨時議会は、同年八月一三日、右金額による本件土地の払下げ契約を認める旨の決議を行った。

2 本件条例三条によれば、町有の普通財産の譲渡について、これを他の地方公共団体に払下げる場合には「時価を下回ることができる」とされているところであり、これは、公共団体に譲渡することが結局は住民の利益となることを考慮し、その運用については町長の裁量事項としているものと認めるのが相当である。本件土地の譲渡は、右条項に従い、高野口町議会の議決を経たうえでなされたものであり、町長の裁量権を逸脱してはおらず何ら違法ではない。

原告は、町有の動産等の交換に関して、交換による差額が高価なものの価格の六分の一以下でなければならないとされているのを取り上げ(本件条例二条)、この制約が本件のような不動産の場合にまで及ぶとしているが、これは右条項の解釈の限界を越えるものである。

第三  証拠<省略>

理由

一被告は、その本案前の主張として、原告は高野口町の町民ではないから、被告に対し本件訴訟を提起する適格を有しない旨述べ、原告はこれを争うので、まずこの点について判断する。

1  地方自治法二四二条の二第一項は、本件訴訟のようないわゆる住民訴訟について、「普通地方公共団体の住民」が裁判所に対し訴えを提起することができる旨規定し、地方自治法一〇条一項は、「市町村の区域内の住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。」と定めているから、住民訴訟においては、その原告が当該地方公共団体の区域内に住所を有することが訴訟要件として必要である。

右「住所」の内容をいかに解釈すべきかについて案ずるに、民法においては各人の生活の本拠を住所とする旨定められているところ(民法二一条)、およそ法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をなすべき特段の事由のない限り、その住所とは各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当である。そして、地方自治法における住所について、これを別異に解釈すべき特段の事由を見いだすことができないのみならず、地方公共団体の執行機関及び職員による財政上の違法、不当な行為を予防、是正する権利を個々の住民に与え、その実効性を裁判所の判決によって確保しようとする住民訴訟の趣旨に照らしても、当該地方公共団体の区域内に生活の本拠を有し、その行政の運営について直接利害関係を有する者に原告となりうる資格を付与するのが妥当である。そうすると、地方自治法一〇条一項における住民とは各人の生活の本拠を指すものと解すべきであり、住民訴訟については、当該地方公共団体の区域内に生活の本拠を有する者が原告として右訴えを提起する資格を有するものというべきである。

2  右の点に関して、原告は、住民訴訟を提起することができる当該市町村の「住民」とは当該市町村に住民票を置く住民でなければならず、住民であるか否かの判断は住民票の住所を基準にしなければならない旨主張する。確かに、住民基本台帳法による住民票は、住民の届出に基づいて市町村長が作成するものであり、高度の公証的機能を有するものと認めることはできるが、その記載は住民の生活の本拠を推認する重要な一資料にすぎず、その生活の本拠を確定する唯一の絶対的資料であると認めることはできないから、右原告の主張はこれと相反する限度において採用することができない。

また、住民の住所に関する法令の規定は、地方自治法一〇条一項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない旨規定する住民基本台帳法四条の規定は、住民の住所に関する法令の規定がその「住所」に関しては地方自治法一〇条一項の規定と同義に解釈されるべきであることを規定したにとどまり、地方自治法一〇条一項の住民の住所が、常に住民票記載の住所によって決定されることまでを規定したものということはできない。

3  生活の本拠の有無は、①一定の地を生活の本拠とする意思と、②その地に常住(又は定住)する事実とによって認定されるべきであるところ、本件において、原告が高野口町に生活の本拠を有するか否か検討する。

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和四三年ころ、現在の妻と結婚して高野口町大字名倉九八〇番地の一所在の建物に住むようになり、住民票の住所を同所へ変更し、昭和四七年七月には同建物の所有権をも取得し、同所で時計屋を営んで生活していたが、妻が病気になったこともあり、昭和五八年ごろ妻と別居して橋本市桜町で別の女性と同棲するようになり、昭和六〇年九月二日には前記高野口町大字名倉九八〇番地の一所在の建物を伊都農業協同組合へ譲渡してしまった。他方、原告の妻及び子も右建物を出て高野口町大字大野の上知山に転居し、妻の母親の収入で生計をたててきた。現在、原告は、橋本市桜町から転居し、同市古佐田二丁目三番二二号において前記女性と同棲し、原告とその女性の二人の収入で生活している。原告は、一週間に一回程度妻や子の住む前記上知山の家に顔を出すとともに、子供の学資を援助するなどしているが、右女性との同棲を打ち切る考えはなく、現在の生活を今後も継続する意思を有している。

以上の諸事実を総合すると、原告は、橋本市において前記女性と同棲しはじめて以降、高野口町に生活の本拠を有しなくなったものというべきである。<証拠>によれば、原告は、現在の妻の母親の本家において経営する伊都郡高野町大字高野山所在の印刷会社の役員として働き、収入を得ていること、前記のとおり、一週間に一回程度高野口町に住む妻子のもとを訪れていること、原告の住民票記載の住所は高野口町大字名倉九八〇番地の一となっていること等の事実が認められるけれども、原告が高野口町に生活の本拠を有しないとする前記認定を覆すに足りない。

4  以上によれば、原告は、本件監査請求を行った当時及び本件訴えを提起した当時、高野口町の住民ではなかった事実が認められ、したがって、原告は本件について地方自治法二四二条の二第一項の規定する原告適格を有しないものといわなければならない。

二よって、本件訴えは不適法であるから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官弘重一明 裁判官安藤裕子 裁判官高橋譲)

別紙物件目録<省略>

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