和歌山地方裁判所新宮支部 平成17年(ワ)34号 判決 2006年5月25日
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原告
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同訴訟代理人弁護士
池田慶子
東京都千代田区丸の内二丁目1番1号
被告
アコム株式会社
同代表者代表取締役
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同訴訟代理人弁護士
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主文
1 被告は,原告に対し,79万0139円及びうち57万3828円に対する平成18年3月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,108万9234円並びにうち57万3828円に対する平成18年3月21日から支払済みまで年6分の割合による金員及びうち20万円に対する平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,貸金業者である被告から継続的に金員の借入と返済を繰り返してきたが,弁済額につき利息制限法所定の制限利率で引き直し計算をした結果,発生している過払金について,被告が悪意であり,かつ,過払利息に商事法定利率の適用があるとして,主位的に不当利得返還請求権に基づき,被告に対し,別紙1の最終取引日の「残元金」欄記載の過払金57万3828円及び「未収過払利息」欄記載の利息21万6311円の合計額79万0139円並びに前記57万3828円に対する利得後の平成18年3月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の各支払を求め,予備的に被告の取引経過不開示による債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権として同額の支払を求め,さらに被告の取引経過不開示による債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権として慰謝料20万円及びこれに対する弁済期後ないし不法行為日である平成8年4月22日から平成18年3月20日までの民法所定の年5分の割合による遅延損害金9万9095円の合計額並びに前記20万円に対する平成18年3月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。
これに対し,被告は,原告との間の各取引経過は争わないが,調停に代わる決定による既判力に基づく請求権の遮断,各不法行為につき3年の時効期間による消滅時効の抗弁を主張するほか,原告の請求を全般的に争っている。
1 前提となる事実(争いのない事実のほか,文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 被告は,株式会社であり,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)に基づく登録を受けた貸金業者である(争いのない事実,弁論の全趣旨)。
(2) 原告は,被告との間で,金銭の借入及び返済を繰り返してきたものであり,その金融取引の経過は,別紙1の各「年月日」欄に対応する各「借入金額」欄及び各「弁済額」欄記載のとおりである。
(3) 原告と被告は,平成8年4月22日,松阪簡易裁判所平成7年(ノ)第121号債務弁済協定調停事件(以下「本件調停」という。)において,別紙2のとおりの調停に代わる決定(民事調停法17条)を受け(以下「本件決定」という。),同決定は確定した(争いのない事実,弁論の全趣旨)。
(4) 被告は,原告に対し,平成18年4月27日の本件口頭弁論期日において,後記2(1)ウ(イ)及び2(2)イの各消滅時効を援用するとの意思表示をした。
2 主たる争点
(1) 過払金相当額及び過払利息相当額の請求について
ア 不当利得返還請求権(主位的請求)
(ア) 過払金返還請求権が本件決定の既判力による制限を受けるか(本件決定は,錯誤により無効となるか)。
(被告の主張)
本件決定は,原告の被告に対する,平成8年4月22日当時の38万6302円の給付義務を内容としており,本件訴訟は,その金銭債権の不存在を理由とする不当利得返還請求であるから,本件決定の既判力により基準時以前の不当利得については請求できない。したがって,原告の不当利得返還請求権は,同日において38万6302円の債務が残っていることを前提に,平成8年4月23日以降,利息制限法所定の制限利率に引き直して計算した結果生じたものに限られるところ,かかる計算の下では,原告は,現在も2万4302円の債務を負っており,原告は被告に対し,不当利得返還請求権を有していないことになる。
調停に代わる決定は,訴訟上の和解と異なり,裁判所による公権的紛争解決方式であり,当事者双方のために衡平に考慮し,一切の事情を見て,職権で事件の解決のために必要な決定をするものであり,判決と同様の性質を有するものであるから,錯誤無効の主張は許されない。
したがって,原告が,本件決定を覆そうとするならば,錯誤無効の主張ではなく,再審によるべきである。
(原告の主張)
調停に代わる決定の効力は,裁判上の和解と同一と定められている(民事調停法18条3項)。そして,裁判上の和解の効力について,判例は大審院から最高裁判所まで一貫して,制限的既判力説が採られている。調停は,訴訟行為たる性質を有する反面,私人の間の私法上の合意たる性質をも有するから,その合意が瑕疵ある意思表示によるものであるときは,無効ないし取り消されるべきである。
したがって,調停に代わる決定につき,要素の錯誤がある場合には,錯誤無効の主張が許される。
そして,原告は,本件調停の期日において,調停委員から50万円の債務が元金30万6091円,損害金8万0211円に減るため,月1万円の分割返済が可能かとの説明を受け,さらなる減額を求めたが認められず,また,被告の従業員からは取引開始当時からの取引経過の開示を受けたり,過払金があるとの説明は受けなかった。
原告は,当時,生活に窮しており,もし,本件調停期日において,既に原告が過払いの状態にあったことを知っていれば,原告は,本件決定を受け入れず,確定させることはしなかった。
したがって,原告には,本件決定を確定させたことにつき,要素の錯誤があり,本件決定は無効である。
(イ) 被告は,悪意の受益者(民法704条)か否か
(原告の主張)
被告は,みなし弁済規定の適用についての主張立証を何らしていない。そして,原告の個々の貸金契約の取引が利息制限法所定の制限利率を超えた約定利率によってなされていたことは当事者間に争いがないから,制限利率を超える約定利息の取得について法律上の原因がなかったことについて被告の悪意が認められる。
(被告の主張)
「みなし弁済が認められないこと」という外形的・客観的事実と,「みなし弁済が認められないことを認識していたこと」という内心的・主観的事実とは,別の事実であるから,前者が認められることから直ちに,後者が認められるとは限らない。
被告は,主観的事実としては,制限利率を超えた約定利息をみなし弁済にあたるものと信じて返済を受けていたのであるから,仮に被告に過払金返還債務があるとしても,被告は悪意の受益者ではなく,善意の受益者というべきである。
(ウ) 過払金の利息につき商事法定利率(商法514条)の適用があるか否か
(原告の主張)
被告は,商人であり,商人が営業のために行った金銭消費貸借契約から生じた過払金返還債務は,商事契約の履行によって生じた関係を清算するものである点において,商事債務である商事契約解除による原状回復義務と経済的機能が共通であり,かつ,債権者が債務者に対し非商人よりも高い率の利息の支払を期待しうることからすれば,かかる過払金返還債務については,商行為によって生じたものに準ずるものとして,商法514条が類推適用されるものと解するのが相当である。
(被告の主張)
仮に被告が悪意の受益者にあたるとしても,過払金返還債務につき支払うべき民法704条の「利息」については,商事法定利率によるべきではなく,民法所定の利率によるべきである。
不当利得は,当事者間の利得と損失との均衡を図る制度であるから,一方に法律上の原因のない利得があっても,他方にこれに対応する損失がなければ不当利得とならない。そうすると,受益者である被告が商人であり,年6分の割合による運用をすることができたからといって,損失者である原告が商人でないのに年6分の割合による運用をすることができたはずはなく,多くても年5分の割合による運用をすることができたにすぎない。したがって,原告の損失すなわち得べかりし利益の喪失は,年5分の割合にとどまる。
また,過払金債権が民法上の不当利得返還請求権であることからすれば,法定利率の適用にあたっても,民法所定の年5分の利率が適用されるべきである。
イ 債務不履行に基づく損害賠償請求権(予備的請求1)<取引経過不開示による債務不履行責任の成否>
(原告の主張)
仮に前記過払金返還請求権が本件決定の既判力により遮断されるとしても,そもそもそのような遮断は,平成8年4月22日当時の本件調停期日における被告の違法な取引経過不開示に基づくものであり,原告は,過払金及び過払利息と同額の損害を被ったものであるから,原告は被告に対し,原告及び被告間の金銭消費貸借契約に基づく付随義務違反としての過払金相当額の損害賠償請求権として57万3828円及び過払利息相当額の損害賠償請求権として21万6311円並びに57万3828円に対する弁済期後の平成18年3月21日から支払済みまで年6分の割合による金員の各支払を求める。
(被告の主張)
判例上,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿に基づいて取引経過を開示すべき義務を負うのは,貸金業者が債務者から取引経過の開示を求められた場合だけであり,貸金業者が,債務者から取引経過の開示請求も受けていないのに,自主的にあるいは定期的に取引経過を開示すべき義務はない。
本件では,債務者である原告が,本件調停期日において,貸金業者である被告に対し,取引経過の開示を求めた事実は認められないから,本件決定による遮断効は,被告の違法な取引経過不開示によるものとはいえない。
また,取引経過の不開示と原告の主張する過払金相当額及び過払利息相当額の損害とは相当因果関係がない。
よって,被告は,原告に対し,取引経過不開示を理由とする損害賠償義務を負わない。
ウ 不法行為に基づく損害賠償請求権(予備的請求2)
(ア) 取引経過不開示による不法行為責任の成否
(原告の主張)
仮に前記過払金返還請求権が本件決定の既判力により遮断されるとしても,被告による前記イで主張した取引経過不開示の不法行為により,原告は,過払金及び過払利息と同額の損害を被ったものであるから,原告は被告に対し,原告及び被告間の金銭消費貸借契約に基づく付随義務違反としての過払金相当額の損害賠償請求権として57万3828円及び過払利息相当額の損害賠償請求権として21万6311円並びに前記57万3828円に対する弁済期後の平成18年3月21日から支払済みまで年6分の割合による金員の各支払を求める。
(被告の主張)
前記イの(被告の主張)に同じ
(イ) 消滅時効の成否
(被告の主張)
仮に原告が本件調停の際に,被告に対し,取引経過の開示を求めた事実があったとしても,それは遅くとも本件決定のあった平成8年4月22日であり,被告の不法行為責任は,平成11年4月22日の経過をもって,時効消滅している。
(原告の主張)
被告の取引経過不開示による不法行為は,原告訴訟代理人弁護士に対し取引経過を開示した平成17年10月14日まで続いたので,継続的な不法行為(取引経過不開示という作為義務違反)があったといえ,時効消滅はしていない。
(2) 取引経過不開示による損害賠償請求(慰謝料請求)について
ア 取引経過不開示による債務不履行責任ないし不法行為責任の成否
(原告の主張)
平成8年4月22日の本件調停当時,被告は,原告からの開示請求にもかかわらず,一部である昭和63年11月2日からの取引経過しか開示しなかった。被告が,昭和57年12月7日からの取引経過を開示していれば,過払金の存在が明らかとなり本件決定はなされなかったはずである。
しかるに,被告が取引経過開示義務に違反して取引経過を一部開示しなかったことにより,原告は,本来受け取るべき過払金を受け取れず,支払う必要のない分割金の支払を余儀なくされた。また,被告の不開示という作為義務違反行為は,原告訴訟代理人弁護士が開示を求め,回答した平成17年10月14日までの約9年間にもわたっており,このような被告の取引経過不開示による原告の精神的損害は,少なくとも20万円を下らない。
したがって,債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権として,20万円及びこれに対する弁済期後ないし不法行為日である平成8年4月22日から平成18年3月20日までの民法所定の年5分の割合による遅延損害金9万9095円の合計額並びに前記20万円に対する平成18年3月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
(被告の主張)
(ア) 前記(1)イの(被告の主張)に同じ
(イ) 被告が,本件調停の際,昭和63年11月2日からの取引経過を開示したのは,原告が,同日に一旦それまでの借入を完済して,被告との間の金銭消費貸借契約を解除し,被告との間で新たに金銭消費貸借契約を締結して50万円を借り入れ,本件調停当時,原告には,この昭和63年11月2日締結の金銭消費貸借契約に基づく債務のみが存在したからである。したがって,本件調停の際,被告が原告との取引経過を隠した事実はない。
イ 消滅時効の成否(不法行為に対し)
(被告の主張)
前記(1)ウ(イ)の(被告の主張)に同じ
(原告の主張)
前記(1)ウ(イ)の(原告の主張)に同じ
第3当裁判所の判断
1 過払金相当額及び過払利息相当額の請求について
(1) 争点(1)ア(ア)について
ア 本件決定の既判力の有無及びその内容について
民事調停法17条所定の調停に代わる決定は,当事者又は利害関係人が同法18条1項の期間内に異議の申立てをしたときは失効する(同条2項)とされ,かかる異議の申立てがないときは,その決定は裁判上の和解と同一の効力を有する(同条3項)とされており,その形式上は決定(裁判)ではあるが,その実質は受調停裁判所による最終的な調停解決案の提示であって,当事者等が異議の申立てをしなかったことは,そこに合意の存在が擬制され,調停に準じる性質を有するものと解される。
したがって,同決定が確定したときは,裁判上の和解と同一の効力として,調停と同様に原則として既判力を有するが,異議の申立てをしなかったことにつき,要素の錯誤等の実体法上の瑕疵が認められる場合は,当事者は,再審によらずに当該決定の無効を主張することができると解するのが相当である。
イ これを本件について検討するに,証拠(甲1,乙5,6)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
原告は,昭和50年過ぎころ,生活費が不足したことから,借入をするようになり,さらに昭和55年ころから,株式会社武富士,被告,株式会社プロミスなどから借入をするようになって,生活費の不足と借金返済のために負債が増加し,平成7年ころには,それぞれ株式会社武富士が総額約50万円で月2,3万円の返済,被告が同じく総額約50万円で月2,3万円の返済,株式会社プロミスが総額約30万円で月1万3000円程度の返済が必要となった。原告は,パート収入が月6万円程度あったが,生活費の不足を補うのは困難な状況にあったため,知人に相談した上,株式会社武富士と被告を相手方として,松阪簡易裁判所に対し,本件調停を申し立てた。
原告は,本件調停期日の席上で,調停委員から,被告に対する債務について,「もともと50万円でしたが,元金30万6091円,損害金8万0211円までに減ります。月1万円の分割払いで払えますか。」と説明された。原告は,前記武富士に対しても月1万円の支払いとの提示を受けたので,調停委員及び被告従業員に対し,「それでは生活できません。パートも6万円くらいで,夫も生活費を入れてくれないし,長男も働きません。娘にもこれ以上迷惑をかけられません。もうちょっと,何とかなりませんか。」とさらなる弁済額の減額を求めたが,調停委員は,「どうにもならん。」と回答したため,原告は,「仕方ありません。」と答えて了解した。
そこで,松阪簡易裁判所は,平成8年4月22日,本件決定をした上,同決定は,原告に対し,平成8年5月10日,送達された。その後同決定は,異議の申立てがなく確定した(弁論の全趣旨)。
ウ 以上の認定事実によれば,原告は,本件調停期日当時,既に多重債務の状態にあったもので,自己の債務額が法律に従って処理され,その結果軽減されることを期待して本件調停を申し立てたのであって,前記前提となる事実によれば,その時点で昭和57年12月7日からの取引について通算して利息制限法所定の制限利率で引き直し計算をすれば,既に21万1828円の過払いの状態にあったものと認められるところ,原告が,本件調停当時,そのような事実を認識していたのであれば,本件決定はなされず,あるいは本件決定につき異議の申立てをせずに確定させることはなかったものと優に認められる。
したがって,本件決定は,その前提につき要素に錯誤があって無効であると解するのが相当である。
よって,原告の被告に対する不当利得返還請求権としての過払金返還請求権は,本件決定の既判力による遮断を受けないこととなる。
(2) 争点(1)ア(イ)について
前記前提となる事実によれば,被告は,約定に基づき,利息制限法所定の制限利率を超えて,原告から利息の弁済を受けていたことを知っていたことは明らかであるところ,本件訴訟において,被告は,原告に対し,貸金業法に基づくみなし弁済規定の適用の主張すらしていないのであるから,被告が,原告から利息制限法所定の制限利率を超えた利息の弁済を受け,それが同法所定の制限利率に引き直すと過払いとなったときから,被告は,その不当利得について悪意の受益者であったと認めるのが相当である。
なお,被告は,本件訴訟におけるみなし弁済の主張立証の有無にかかわらず,みなし弁済が成立すると信じて返済を受けた旨主張するが,貸金業法に基づく登録を受けた貸金業者であり,膨大な取引の経験を有すると認められる被告が,個々の取引において,後にみなし弁済の主張立証をしなければ,利息制限法所定の制限利率を超過して受領した利息の部分は,累積することによって過払金となり得ることを弁済を受けた時点で十分認識していたことは優に推認できるから,被告の主張は採用できない。
(3) 争点(1)ア(ウ)について
前記前提となる事実によれば,被告の過払金の不当利得返還債務は,本来,商人(株式会社)である被告の貸付けと弁済の受領という商行為に起因していること,被告は,原告から受領した過払金相当額を他の取引に利用するなどして自らの営業のために利用し,収益を上げてきたものと推認することができることからすると,当事者間の公平の見地から,民法704条の「利息」との関係では,当該過払金返還債務についても商行為によって生じた債務に準じて扱うのが相当である。
したがって,過払利息の利率については,商法514条の類推適用により,商事法定利率年6分によるべきである。
(4) まとめ
以上により,原告の被告に対する主位的請求,すなわち,不当利得返還請求権に基づく過払金57万3828円及び過払利息21万6311円の合計額79万0139円並びにうち57万3828円に対する利得後の平成18年3月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の請求は理由がある。
2 取引経過不開示による損害賠償請求(慰謝料請求)について
(1) 貸金業者は,債務者から取引履歴(経過)の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるときなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴(経過)を開示すべき義務を負うものと解すべきである。そして,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴(経過)の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである(最判平成17年7月19日判例時報1906号3頁参照)。
(2) そこで,本件について検討するに,前記1(1)イの認定事実及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,平成8年4月22日,本件調停の席上で調停委員及び被告従業員に対し,提示された債務額のさらなる減額を求めた事実は認められるものの,原告が被告に対し,明示的に昭和57年12月7日からの取引経過について開示要求したものと認めるに足りないし,また,原告は,同席上あるいは本件調停後も,原告訴訟代理人弁護士によって開示要求がされるまで,被告に対し,具体的に昭和57年12月7日からの取引経過の開示を催促したり,苦情を述べるなどの開示要求をした前提での行動をとった事実もまた認められず,他に原告が被告に対し前記取引経過の開示要求をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,平成8年4月22日に原告が被告に対し,昭和57年12月7日からの取引経過について開示要求したとの前提に立って,被告の信義則上の取引経過開示義務違反による債務不履行ないし不法行為を根拠とする損害賠償(慰謝料)の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
第4結論
以上のとおり,原告の本件請求は,主文の限度で理由がある。
(裁判官 鈴木義和)
<以下省略>