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和歌山簡易裁判所 昭和32年(ろ)303号 判決 1958年2月06日

被告人 榎本竜三

主文

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を納めることができないときは金二百円を一日に換算したる期間被告人を労役場に留置する。

公訴第二事実については被告人は無罪

理由

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転者であるが、昭和三十二年五月一日午後三時二十五分頃貨物自動車和一せ一四三九号を運転し、時速約三十粁で和歌山市小松原通一丁目一番地先道路(県庁前道路)を東進中、およそ運転者たる者は運転中絶えず前方及びその左右を注視して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然進行した過失により岡崎貞夫(当四十六年)が自転車を運転して進路前方を右から左へ斜に横断していたのに気付かず、右自転車の約六米手前に接近して初めてこれを発見し、把手を右に切ると共に急停車の措置をとつたが、時機既に遅く、右岡崎に衝突転倒させ、よつて同人を翌二日午前七時半頃同市小松原通四丁目一番地和歌山赤十字病院において、脳底骨折による脳出血のため死亡するに至らしめたものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)(略)

公訴第二事実は

被告人は昭和三十二年七月十一日午後七時二十分頃貨物自動車和一せ一四三九号を運転して、時速約十五粁で和歌山市小松原通七丁目紀陽銀行堀止支店先交叉点に北からさしかかり、同所を左折しようとしたが、かかる場合運転者としては後方から接近しその左側を追い抜いて直進する車馬のあることは通常予想されるところであるから、左側を直進する諸車に対して、十分注意を払うべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り単に方向指示燈を点じたのみで、漫然左折にかかつた過失により、植松武義が原動機付自転車を運転して被告人の左側を直進しようとしたのに気付かず、同人に衝突転倒させ、よつて同人の足背外側腫脹の全治約十日間を要する傷害を負わせたものである。

というのであるが、取調べた各証拠並被告人の当公廷における供述を綜合すると、本件事故発生現場は交通の頻繁なる電車通りであつて、植松武義は当日午後七時二十分頃第二種原動機付自転車を運転し、時速三十粁位で和歌山市小松原通を南進し、小松原通七丁目紀陽銀行堀止支店三叉路の手前までさしかかつたところ、前方約三十米の地点を被告人の運転する貨物自動車が時速約十五粁位で先行し居り、右植松は同自動車は直進するものと速断し、これを追い越そうとしたのであるが、法規に従い右側を追い越すには後方から電車が進行し来る危険がある為、左側を追い越そうと計り追い越しの合図をすることなく、前車が直進するときはその左側を二尺の間隔を保つて追い越し得るものと信じ進行したところ、右三叉路の手前で前車が左折し始めたので把手を左に切ると共に急停車の措置を執つたが及ばず、前車の左側前部に衝突転倒し、植松は足背外側腫脹の全治約十日間を要する傷害を負うに至つたこと、被告人が左折に当り方向指示器を以て左折の合図をしたことが認められる。

よつて右事実関係から被告人の過失の有無を検討する。

およそ原動機付自転車の運転者が前方にある車馬を追い越そうとする場合は、やむを得ない場合の外前車の右側を通行しなければならないし、かつ後車は警音器その他の合図をして前車に警戒させ、交通の安全を確認した上でなければ追い越してはならないことは、道路交通取締法施行令第二十四条により運転者に課せられた注意義務である。殊に本件事故発生現場は、和歌山県道路交通取締規則第五条により、緊急自動車以外の自動車及び原動機付自転車の追い越しを禁止する場所として指定せられた場所であるから、追い越しそのものが、既に違法であり、植松が右法規を無視して追い越しを敢てしようとしたことに、本件事故発生の原因があるものと認める。

これに反し被告人は時速十五粁位に減速徐行し、予め方向指示器により左折の合図を為し左折にかかつたものであり、一応運転者としての注意義務を果したに拘らず、かかる事故の発生を見るに至つたもので畢竟後車の違法運転に基因するものであるから、本件結果の発生につき被告人に刑法上の過失責任があるとは認められない。

されば被告人に業務上の過失ありとする本件公訴第二事実は、犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三百三十六条により被告人は無罪。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 古川義一)

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