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大分地方裁判所 平成13年(行ウ)17号 判決 2003年3月17日

原告

被告

大分税務署長 谷口利夫

同指定代理人

粟田真記子

上野英二

金子健太郎

井上久幸

川岸義明

宿理昌彦

中島裕司

今村久幸

廣石光生

山内悟司

中野和徳

山口智幸

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告が原告に対し、平成11年1月13日付けでした原告の平成9年1月1日から同年12月31日まで(以下「平成9年分」という。)の所得税に係る更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件過少申告加算税賦課決定処分」という。)をいずれも取り消す。

2  被告が原告に対し、平成11年1月13日付けでした原告の平成9年分の課税期間の消費税及び地方消費税に係る各決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件無申告加算税賦課決定処分」という。)を取り消す。

第2事案の概要

本件は、大分市内で宿泊所を経営していた原告が、被告に対し、被告が原告に対してした本件更正処分及び本件過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件更正処分等」という。)及び本件決定処分及び本件無申告加算税賦課決定処分(以下「本件決定処分等」といい、本件更正処分等と併せて「本件各処分」という。)が違法であるとして、本件各処分の取消しを求めた事案である。

1  前提事実(以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾掲記の証拠によって認めることができる。)

(1)  原告は、肩書住所地において、Aという商号で宿泊業を経営していた者である(乙9、弁論の全趣旨)。

(2)  平成9年分の所得税について原告がした確定申告(以下「本件確定申告」という。)及び更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)、それらについて被告がした更正すべき理由がない旨の通知(以下「本件通知処分」という。)及び本件更正処分等、原告の異議申立て、それに対する被告の決定、原告の審査請求並びにそれに対する国税不服審判所長の裁決の経緯は、別表1(平成9年分所得税の課税の経緯表)記載のとおりである。また、原告がした平成9年分の課税期間の消費税についての確定申告、それについて被告がした本件決定処分等、原告の異議申立て、それに対する被告の決定、原告の審査請求及びそれに対する国税不服審判所長の裁決の経緯は、別表2(平成9年課税期間の消費税等の課税の経緯表)記載のとおりである。(甲1、乙1ないし5、弁論の全趣旨)

2  争点

(1)  本件更正処分等の適正手続違反等の有無(争点1)

(原告の主張)

ア 原告が本件確定申告をする際、大分税務署の職員が平成9年分所得税の確定申告書の内容を記入した上で、原告に記名押印を強制したものであり、大分税務署の職員は、原告が同申告書によって確定申告をする意思がなかったことを了知していたから、本件確定申告は、通謀虚偽表示により、無効である。

イ 原告は、大分税務署の職員の指導に従って、本件確定申告をしたにもかかわらず、その後、被告が増額の更正決定を行うことは、原告の行政に対する信頼を損なうものであり、適正手続に違反する。

ウ 被告は、原告が行った本件更正の請求に対して、税法には規定されていない所得税法234条の調査権を行使しており、また、その調査結果によって増額更正を行っているところ、これは、納税者の権利救済制度である減額の更正の請求を悪用した不利益処分であって、不利益変更禁止の原則あるいは適正手続に違反し、違法である。

(被告の主張)

ア 原告は、自らが持参したメモに基づいて、自ら署名・捺印して任意に本件確定申告書を作成し、提出したものであり、大分税務署の職員が、原告に対して確定申告を強制したという事実は存在しない。

イ 租税法律関係における信義則の適用は慎重であるべきで、租税法規の適用における納税者間の平等・公平という要請を犠牲にしてもなお課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するというような特別の事情が存する場合に、初めて適用されるべきである。

税務署職員が行う確定申告における助言、指導は、専ら行政サービスの一環として納税者のためその相談に応じて行われるものであり、もとより税額を判断するに足りるすべての資料が提供されるわけでもなく、その助言内容どおりの納税申告をすればその申告内容を是認するということまでを意味するものではないから、当該指導・助言が将来の課税処分を拘束することはない。また、納税者側においても、税額を判断するに足りる全ての資料を提供して指導を受けたのではない上、納税者において信頼を抱くことにもっともな事情があったとはいえず、仮に、信頼を抱いたとしても、その信頼を裏切られたことによって被る不利益は、法律の規定に従った正当な税額を負担しなければならいないというものにすぎない。したがって、そのような事情は、上記特別の事情には該当しない。

ウ 被告は、原告が行った本件更正の請求に対しては、前記のとおり本件通知処分をしている。被告は、これとは別に本件更正処分等をしているから、不利益変更には該当しない。

納税者から減額の更正の請求がされた場合において、その調査の過程で、納税者の申告が過少であった事実が判明したときには、適正課税及び税負担の公平の原則の観点からこれを放置することは許されない。そのようなときに、税務当局が国税通則法24条の調査を行い、増額更正をすることができない旨を規定した法規は存在しない。また、所得税法234条が定める質問検査権は、所得税に関する調査について必要があると判断される場合は行うことができ、その実施の細目については社会通念上相当な限度で行うことができるのであるから、納税者からの更正の請求がされていたとしてもその行使が制限されることはない。

したがって、被告が本件更正の請求に対する調査と同一の機会で、所得税法234条に基づく税務調査や国税通則法24条に基づく更正処分を行うことも許される。

(2)  推計課税の適法性の有無(争点2)

(被告の主張)

ア 原告は、確定申告及び調査(異議申立てに係る調査を含む。)の際に、乙上席調査官に対し、事業に係る経費としての金額を示したものの、従業員の給与、食材の仕入先・時期及び金額など具体的な算定根拠を明らかにせず、算定の基礎となった資料については、異議申立後の調査の際に、関係書類の一部を提示しただけで、経費の全部を確認できる領収書等の提示はしなかった。

このような状況下では、原告の事業所得の金額を実額により計算することが不可能であるため、所得税法156条に基づき、原告の事業所得の金額を推計の方法により算定する必要がある。

イ 被告は、原告が1日単位で宿泊料を定める一般旅客及び短期・長期滞在労働者等を相手とする簡易宿泊所を業として営む簡易旅館業の個人事業者であるとして、他の簡易宿泊所(簡易旅館業)を営むなど原告と事業ないし業種・業態が類似し、平成9年分の総収入金額が原告の事業所得の収入金額の0.5倍以上2倍以下であるなど事業規模が類似する青色申告者5件を抽出し、本件更正処分に係る平均特前所得率を21.6パーセントと算出した。

そして、被告が実額として把握した原告の収入金額6880万5147円に、上記平均特前所得率を乗じ、この金額から原告の妻に係る事業専従者控除86万円(所得税法57条3項)を控除して、原告の総所得金額を1400万1911円と計算した。

ウ 本訴の提起に伴い、工事関係者等の長期滞在者を主な宿泊客とする簡易旅館業を営む者(食事を提供しない者は除く。)を対象として、類似同業者の平均特前所得率を再調査したところ、その結果は、24.0パーセントとなった。これに基づいて原告の所得額を推計すると、その額は更正処分を上回る1565万3235円となるから、総額主義の下において、本件更正処分等は適法である。

エ 原告は、推計の合理性の有無に関して種々主張するが、本件については、原告に類似する業種・業態、事業規模の類似同業者を抽出して、その平均値により特前所得率を計算しているから、合理性の主張として欠けるところはない。また、従業員数等の通常程度の営業条件の差異は平均値を求める過程で包摂されるから、それが平均値による推計自体を不合理にならしめる程度に顕著なものでない限り、合理性を覆すことはできないというべきである。

(原告の主張)

ア 原告が営んでいるのは、簡易旅館業ではなく、労働者長期宿泊型の下宿業であるから、被告が、本件更正処分のために行った推計では、類似同業者の選択に問題がある。また、被告は、選択した類似事業者5件の売上高、従業員数、所得率等の具体的な表示をしないから、内容が不明の推計であって、合理性はない。

イ また、被告は、被告の主張ウにおいて、本件更正処分等の後の調査結果を援用して、本件更正処分等における所得率の算定に合理性がある旨主張するが、原告は本件更正処分等の適法性を争っているのであるから、本件更正処分等の根拠となった21.6パーセントの特前所得率の妥当性が立証されない限り、その所得率によってされた本件更正処分等は違法である。

なお、被告の再調査結果に基づく所得率の算定も、たまたま被告が抽出したデータによれば、そのような数値が算定されるということにすぎず、原告の所得率がその平均と合致すると推計するに足りる統計学上の根拠はなく、単なる便宜的数値にすぎない。

ウ 原告は、労働者に快適な宿泊施設を安価に提供することを目的とした事業を行っており、利潤の追求を目的とした事業を営んでいない。にもかかわらず、被告は、原告の特殊事情を全く考慮せず、営利を目的とする同業者比率によって実態と著しく乖離した推計を行っており、違法である。

(3)  貸倒損失の存否(争点3)

(原告の主張)

ア 原告は、平成9年10月7日、駐車場用地等に供する目的で、原告が経営する宿泊施設に隣接する土地である大分市大字上宗方の土地(以下、併せて「本件土地」という。)を丙外1名より取得した。原告は、本件土地の整地及び擁壁工事(以下「本件工事」という。)をB(丁が代表者として個人形態で経営している事業者である。)に発注し、同年中に工事代金3529万7609円を支払った。

イ Bは、資金繰りに行き詰まって倒産し、本件工事は行われないままに終わっており、前渡金は工事が実施されないまま回収不能となった。原告がBに支払った3529万7609円は、所得税基本通達51-12による事業用前渡金の貸倒損失に当たり、原告の平成9年分の事業所得の計算上、必要経費として控除されるべきである。

(被告の主張)

ア 貸倒損失の存在については、被課税者側で、その原因となる債権の発生原因、内容、帰属及び回収不能の事実等について具体的に特定して主張し、その存在をある程度合理的に推認させるに足りる立証を行う必要があるところ、原告から、本件工事契約が締結されたこと及び原告がBに対し工事代金を支払ったことを合理的に推認させるに足りる立証はされていない。

イ 仮に本件工事契約締結及び工事代金支払の事実があるとしても、本件工事契約は、本件土地の売主である丙及び戊と、本件土地の買主である有限会社Aが発注者として、請負人であるBに発注したものであり、原告は契約の当事者となっていない。

そうすると、原告による本件工事代金の支払は、原告が、有限会社Aに対する贈与としてなした第三者弁済とみるべきであり、また、原告が同社に対する求償権を有していたとしても、有限会社Aが平成9年中に倒産したなど同社からの債権回収が不能に陥った事実は認められない。

さらに、仮に原告がBに対する債権を取得していたとしても、Bが平成9年中に倒産したなどの事実も認められないので、同年中の貸倒損失の存在は認められない。

(4)  消費税等に係る本件決定処分等の違法性の有無(争点4)

(原告の主張)

原告は、大分税務署の職員から、原告の事業が非課税事業であると指導を受けたため、消費税の申告届出をせず、法定帳簿も作成・保管しなかったものであるから、消費税に関する本件決定処分等はいずれも著しく信義則に反する。

また、原告は、上記指導があったため、課税仕入れに係る帳簿を作成・保管せず、仕入控除を受ける機会を失ったのであるから、仕入控除を一切否定したままで、本件決定処分等を行うことは信義則に違反する。

(被告の主張)

前記のとおり、信義則を適用するためには、特別の事情が必要であるが、その判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後に上記表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の上記表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点を考慮する必要がある。

ところが、税務当局が行う税務相談は、専ら行政サービスの一環として税法の解釈、運用又は申告手続等について納税者のためその相談に応ずるもので、具体的な課税処分とは関わりがないし、当局の公式見解でもない。したがって、上記相談における回答は、将来の課税処分を拘束するものでもない。

そうすると、原告の主張を前提としても、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を示した事実は存在しないから、主張自体失当である。

また、大分税務署の職員が、原告に対し、原告の事業が非課税事業であると指導を行ったことはない。

第3当裁判所の判断

1  本件更正処分等の適正手続違反等の有無(争点1)

(1)  原告は、まず、大分税務署の職員が本件確定申告書の内容を記入し、原告に対して記名押印を強制したこと、原告には同申告書による確定申告の意思がなく、大分税務署の職員もそのことを知っていたこと等を主張するが、証拠(甲61、乙1、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件確定申告書は、原告が持参したメモに基づいて、自ら署名・捺印して任意に作成し、提出したものであることが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

したがって、原告には、本件確定申告書による確定申告の意思がなかった旨の上記主張は採用できない。

(2)  次に、原告は、大分税務署の職員の指導に従って、本件確定申告をしたにもかかわらず、増額の更正決定を行うことは、原告の行政に対する信頼を損なうものであり、適正手続に違反する旨主張する。

そこで、検討するに、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用によって、当該課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理、なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、上記法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて上記法理の適用の是非を考えるべきである。そして、上記特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに上記表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の上記表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠であるといわなければならない(最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決・訟務月報34巻4号853頁参照)。

この点、原告の主張は、原告が確定申告を行った際に、被告職員から受けた助言ないし指導に従って、申告したにもかかわらず、後に増額の更正処分を行うことが適正手続に反する旨の主張であるが、そもそも確定申告における助言、指導は、専ら行政サービスの一環として納税者のためにその相談に応じて行われるものであり、税務署の職員が税額を判断するに足りる資料を検討した上で提供されるものでもない。したがって、納税者において、その助言内容どおりの納税申告をすればその申告内容を是認するということまでを意味するものではなく、当該指導・助言について、当該課税処分を拘束するという効力を認めることはできないというべきである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(3)  また、原告は、被告が本件更正の請求に対して、所得税法234条の調査権を行使し、その結果、増額の本件更正処分等を行っているところ、これは、納税者の権利救済制度である更正の請求を悪用した不利益処分であって、不利益変更禁止の原則あるいは適正手続に違反し、違法である旨主張する。

そこで検討するに、被告は、本件更正の請求に対して、平成11年1月13日付けで更正をすべき理由がない旨の本件通知処分を行っており(乙3)、本件更正の請求に対して、直接、増額の更正処分等を行ったのではない。したがって、不利益変更の原則に違反するという主張は、それ自体失当である。

次に、国税通則法23条4項が規定する納税者からの更正の請求に対する調査の過程で、納税者の申告が過少であった事実が判明した場合について、同法24条の増額の更正処分を行うことを制限する旨を定めた規定は存在しない。むしろ、適正課税及び税負担の公平の観点からは、同条が予定する調査を行い、申告が過少であるか否かの検討をし、その上で、必要であれば同条に基づく処分を行うのが相当というべきである。したがって、税務当局が納税者側の更正の請求に対する調査とは別に、又はこれを並行して、同法24条に基づく調査を行うことも許容されるというべきである。

また、所得税法234条は、所得税に関する調査につき必要があるときは行うことができると規定されている(同条1項柱書)ところ、質問検査の範囲等の実施の細目については、社会通念上相当な限度でこれを行うことができるのであるから、納税者から更正の請求がされている場合に、同条が定める質問検査権を行使したとしても、それが直ちに違法になるということはない。

したがって、仮に、原告が行った本件更正の請求を一つの契機として、被告が所得税法234条の質問検査等の調査を行った上で、本件更正処分等を行ったものであるとしても、それが適正手続に違反するということはできず、原告の主張は採用できない。

2  推計課税の適法性の有無(争点2)

(1)  原告の総収入金額

証拠(乙7、8)及び弁論の全趣旨によれば、原告の平成9年分の事業所得の売上には、信用金庫の預金口座への振込等と現金売上とがあったが、被告の調査で確認できた収入は、信用金庫の預金口座に振り込まれた売上だけであり、その合計額は、次表のとおり、6880万5147円であり、被告は、これを原告の総収入金額として計上したことが認められる。

そうすると、原告の平成9年分の事業所得の売上は少なくとも6880万5147円であったと認められる。

<省略>

(2)  推計の必要性

所得税は、真実の所得金額(実額)に対して課税するが、信頼できる資料が存在せず、又は納税者の協力が得られないなどの理由により、課税庁が納税義務者の課税標準を正確に把握することができない場合は、合理的な推計方法で課税標準を算定することが許容されているところ、証拠(甲61、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、帳簿を一切作成しておらず、被告に対し、銀行振込による収入に関して預金元帳を提示しただけで、現金収入額や経費については、その明細が分かるような書類を一切提示せず、また、経費の全部を確認できる領収書等を提示しなかったため、被告は原告の課税標準を正確に把握することができなかったことが認められるので、本件においては、推計の必要性を認めることができる。

(3)  本件更正処分の計算根拠

弁論の全趣旨によれば、被告は、本件更正処分において、前記(1)のとおり、実額で計上した原告の総収入金額(6880万5147円)に対し、被告が抽出した類似同業者(青色申告者)の平均特前所得率(特前所得率とは、青色申告者の特典として認められている特別控除がなされる前の所得率である。)21.6パーセントを乗じて、事業専従者控除前の所得金額を推計し、この金額から、事業専従者控除額(86万円)を控除する方法によって、原告の平成9年分の事業所得の金額(1400万1911円)を算出したことが認められる。

(4)  推計課税の適法性の有無

ア 証拠(乙7ないし9、16ないし22)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 原告の経営するAは、1日3食の食事を提供する宿泊所であり、1日単位で宿泊する一般客も受け入れるが、工事関係者の長期滞在者を主な宿泊客とする簡易旅館である。

(イ) そこで、被告は、本訴提起後、原告が事業所を有する熊本国税局管内において、以下の条件を満たす者を類似同業者として抽出した。

a 工事関係者等の長期滞在者を主な宿泊者とする簡易旅館業を営む者(食事を提供しない者を除く。)

b 平成9年分の所得税の申告について、青色申告書を提出している者

c 平成9年分において事業所得に係る収入金額がいわゆる倍半基準(原告の収入金額の半額以上倍額以下)を満たしている者

d 平成9年を通じて、aの事業を継続して営んでいる者

e 災害等により経営状態が異常であったとは認められず、また、更正又は決定が行われた者のうち、当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者及び不服申立て又は訴訟が係属している者を除いた者

(ウ) その結果、抽出された類似同業者の総数は6件であり、その平成9年分における収入金額、特前所得金額及び特前所得率は、次の表のとおりであって、平均特前所得率は24.0パーセントと算出された。

<省略>

(かっこ内は、類似同業者を抽出した管轄税務署である。)

なお、上記特前所得金額を算出するについては、原告の場合、事業専従者が妻1名であったため、類似同業者に青色事業専従者が2名以上いる場合は、そのうち1名のみを専従者とし、その他の者に対して支給された青色事業専従者給与を給料賃金に振り替えて算出されている。

イ(ア) 上記認定事実によれば、ア(イ)の上記抽出基準は、原告の事業内容に基づいて設定されたものであり、当該基準により抽出された類似同業者は、原告と業種・業態及び事業規模等において類似性を有する上、その申告に裏付けを有する青色申告者であるから、上記推計の算出基礎は正確で、合理性を有するというべきである。また、証拠(乙16ないし22)及び弁論の全趣旨によれば、その抽出に当たって、恣意が介入していないことが認められる。

したがって、上記方法によって抽出された6件の類似同業者の平均特前所得率に基づいて原告の事業所得の金額を推計したことには合理性がある。

(イ) よって、原告の平成9年分の事業所得の金額は、次のとおり、1565万3235円と推計される。

68,805,147(収入金額)×24.00/100(平均特前所得率)-860,000(事業専従者控除額)=15,653,235

そして、弁論の全趣旨によれば、原告の平成9年分の所得は事業所得のみであることが認められるから、原告の平成9年分の総所得金額は、上記事業所得金額となるところ、この金額は、異議決定後の本件更正処分の総所得金額を上回っている。

(ウ) なお、原告は、被告が主張する平均特前所得率24.0パーセントは、本件更正処分後に被告が行った調査結果であり、本件更正処分の根拠とされた21.6パーセントの特前所得率の妥当性が立証されない限り、その所得率によってされた本件更正処分は違法である旨主張する。

しかし、課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、仮に、課税処分における税務署長の所得の認定等に誤りがあっても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法である(最高裁平成4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁参照)。

そうすると、本件では、再調査によって平均特前所得率が24.0パーセントと算定されているところ、本件更正処分による課税額は、再調査によって計算した推計課税額を下回っているから、本件更正処分の特前所得率21.6パーセントの妥当性を審理する必要はない。

(エ) また、原告は、原告が労働者に快適な宿泊施設を安価に提供することを目的とした事業を行っており、利潤の追求を目的とした事業経営を行っていないところ、被告は、このような特殊事情を考慮せずに、推計を行っているから合理性がないとも主張する。

しかしながら、原告が主張するような経営理念は、それ自体が直ちに同業者比率の平均値に吸収され得ないような、他の同業者の平均より格段に営業状態が悪くなるはずであるという営業条件の劣悪性等を基礎付ける特殊事情であるということはできない。

したがって、原告の上記主張も理由がない。

3  貸倒損失の存否(争点3)

(1)  原告は、平成9年10月ころ、原告が経営するAに隣接する土地(本件土地)を駐車場用地に供する目的で取得し、本件土地の整地及び擁壁工事(本件工事)をBに発注し、同年中に工事代金3529万7609円を支払ったが、Bは資金繰りに行き詰まって倒産し、本件工事は行われないままに終わり、前渡金は工事が実施されないまま回収不能になったから、原告がBに支払った3529万7609円が、事業用前渡金の貸倒損失に当たるとして、原告の平成9年分の事業所得の計算上、必要経費として控除されるべきである旨主張する。

(2)  この点、所得税法51条2項が規定する貸倒損失は、所得金額の算定に当たって控除すべきものであり、貸倒損失の有無が争われる場合には、所得の一定額の存在を主張する課税庁側において当該貸倒損失の不存在を立証すべき責任がある。しかしながら、貸倒損失は、取引の相手方の破産等の特別の事情がない限り生ずることのない、いわば特別の経費というべき性質のものである上、貸倒損失の不存在という消極的事実の立証には相当の困難を伴うものである。また、納税者においては、貸倒損失の内容を熟知し、これに関する証拠も保持しているのが通常であるから、納税者において貸倒損失の原因となる債権の発生原因、内容、帰属及び回収不能の事実等について具体的に特定して主張し、貸倒損失の存在をある程度合理的に推認させるに足りる立証を行わない限り、事実上その不存在が推定されるものと解するのが相当である。

また、同条項により貸倒損失として必要経費に計上できるのは、原則として、債権が法律上消滅した場合又はその債務者の資産状況、支払能力等からみて貸付金等の全額が回収できないことが明らかになったときなど法律上債権は存在するがその回収が事実上不可能である場合のいずれかに該当することが必要であるというべきである。

(3)  そこで、上記の見地から検討するに、証拠(甲2、5、乙29ないし31、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件土地は、有限会社Aが、平成9年10月27日、戊及び丙との間で売買契約を締結して購入し、同年11月11日もしくは同月21日付けで、所有権移転登記手続を経由したものであること、有限会社Aは、本件工事を終えて造成された状態で本件土地の引渡しを受ける予定であったが、本件土地の購入代金4950万円には、本件工事代金も含まれていたこと、本件工事代金の見積書の宛名が有限会社Aとされていることが認められる。

そうすると、上記認定事実に照らせば、本件工事契約は、本件土地の売買契約に付随して、同契約の当事者間で締結されたものと推認することができ、他に原告とBとの間で締結されたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、仮に、原告が本件工事代金を支払ったとしても、それは有限会社Aの債務を第三者弁済したにすぎず、原告は、同社に対し求償権を有することになるが、同求償権債権が平成9年中に貸倒になったことを認めるに足りる証拠はない。かえって、証拠(原告本人)によれば、同求償権債権は平成9年中に貸倒になっていないことが認められる。

また、原告は、Bに対し、本件工事代金として3529万円7609円を支払ったと主張するが、その代金額の根拠としてはB作成の見積書(甲5)を提出するにすぎず、弁済の根拠としても合計1966万2500円の約束手形の控え(甲32の1ないし17)を提出するにすぎない。原告は、残代金の1563万5109円については、現金でBに支払った旨供述するが、他方で、その領収書等は受け取っていないとも供述しており、結局のところ、上記代金全額について原告が支払ったか否かについても疑いが残るというべきである。

さらに、仮に原告が本件工事契約の当事者として工事代金を支払ったとしても、証拠(乙33、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、Bは、平成9年ないし平成10年ころまで、営業活動を行っていたこと、平成11年1月27日、丁を代表取締役として、有限会社Bに法人成りをしたこと、平成13年8月31日午後3時に破産宣告を受け、平成14年3月20日に破産廃止決定が確定したことが認められる。そうすると、かかる認定事実に照らせば、Bが平成9年中に債務超過状態に陥り、同年中に債権の回収が事実上不可能になったということはないと推認することができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(4)  以上によれば、いずれにしても、貸倒損失が生じたとする原告の主張は、ある程度合理的に推認させるに足りる立証がなされておらず、かえって貸倒損失は生じていないというべきであって、これを認めることができない。

4  本件更正処分等の適法性

(1)  そうすると、前記2(4)イ(イ)認定のとおり、原告の総所得金額は、異議決定後の本件更正処分の総所得金額1400万1911円を上回るものであるところ、原告の平成9年分の所得税に係る総所得金額から控除される金額としては、社会保険料控除10万1500円、生命保険控除5万円、基礎控除38万円がある(弁論の全趣旨)から、これらを、異議決定後の本件更正処分の総所得金額1400万1911円から差し引き、関係法令に従って計算すると、原告が納付すべき所得税額は281万1000円と計上されるので、本件更正処分は適法である。

(2)  次に、原告の平成9年分の所得税の納付すべき税額は281万1000円であるところ、本件確定申告による納付すべき税額は69万円であり、しかも、前判示したところによれば、原告が過少申告したことにつき正当な理由があると認められないから、国税通則法65条1、2項、118条3項により、過少申告加算税の額は28万3500円となり、本件過少申告加算税賦課決定処分も適法である。

5  消費税等に係る本件決定処分等の違法性の有無(争点4)

(1)  信義則違反の有無

原告は、大分税務署の職員から、原告の事業が非課税事業であるとの指導があったため、消費税の申告届出をしなかったし、課税仕入れに係る帳簿を作成・保管せず、仕入控除を受ける機会を失ったのであるから、本件決定処分等を行うことや仕入控除を一切否定したままで本件決定処分等を行うことは信義則に反する旨主張し、甲第61号証中には、原告が税務相談の際、大分税務署の職員から上記のとおりの指導を受けた旨の供述記載部分が存する。

しかしながら、甲第61号証の上記供述記載内容に照らせば、同供述記載部分を直ちに信用することはできず、他に原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。

また、前記のとおり、租税法規に適合する課税処分については、特別の事情がある場合に、初めて信義則の法理の適用を検討する必要があるところ、税務当局が行う税務相談は、専ら行政サービスの一環として納税者のために税法の解釈、運用又は申告手続等についてその相談に応ずるもので、具体的な課税処分とは関わりがないし、当局の公式見解でもないから、上記相談における回答は、将来の課税処分を拘束するものではないというべきである。したがって、仮に、原告主張の税務署職員が存したとしても、そのことから、本件決定処分等が信義則上違法となることはない。

よって、いずれにしても原告の上記主張は採用できない。

(2)  納付すべき消費税額等の計算

ア 証拠(乙7、8)及び弁論の全趣旨によれば、原告の平成9年分の売上6880万5147円中、平成9年1月1日から同年3月31日までの売上は1324万0505円であり、同年4月1日から同年12月31日までの売上は5556万4642円であることが認められる。

イ そうすると、原告が納税すべき消費税額は、平成9年1月1日から同年3月31日までの売上高1324万0505円について、100分の3の消費税率(平成6年法律第109号による改正前の消費税法28、29条)で割り戻して(100/103を乗ずる。)課税標準を計算し、これに消費税率100分の3を乗じて計算し、同年4月1日から同年12月31日までの売上高5556万4642円については100分の5で割り戻して(100/105を乗ずる。)課税標準を計算し、これに100分の4の消費税率(平成6年法律第109号による改正による消費税法29条、同附則7条)を乗じ、100円未満を切り捨てて得た額(国税通則法119条1項)に地方税法72条の77及び72条の83が定める地方消費税の税率(消費税額の100分の25)を乗じた額(100円未満は切り捨て。同法20条の4の2第3項)を合算して計算すると、次の計算表のとおり303万1400円となる。

<省略>

よって、本件決定処分は適法である。

ウ 事業者である原告から消費税の確定申告がされなかったため、被告が消費税賦課決定処分をしたことは前記のとおりであり、また、前判示したところによれば、申告がされなかったことについて原告に正当な理由があることを認めることはできない。そうすると、原告が納税すべき無申告加算税額は、納付すべき税額303万1400円について1万円未満の額を切り捨てた金額(国税通則法118条3項)に100分の15(同法66条1項)を乗じた45万4500円となる。

よって、本件無申告加算税賦課決定処分も適法である。

6  結論

以上によれば、異議決定で一部取り消された後の本件更正処分等及び本件決定処分等は、いずれも適法であって、原告の本訴請求は理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成15年1月14日)

(裁判長裁判官 一志泰滋 裁判官 細野なおみ 裁判官 家原尚秀)

別表1(平成9年分所得税の課税の経緯表)

<省略>

別表2 (平成9年課税期間の消費税等の課税の経緯表)

<省略>

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