大分地方裁判所 平成20年(行ウ)5号 判決 2011年8月08日
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,a港b東地区廃棄物処理護岸の整備事業に関して,名目を問わず,一切の公金の支出負担行為をし,支出命令をし,契約を締結し,もしくは履行し,又は債務その他の義務を負担することをしてはならない。
第2事案の概要
本件は,c県a市の地縁団体であるd区とa市の住民とからなる原告らが,c県の公金支出に関する最終責任者である被告に対し,被告が,国土交通省のa港e地区多目的国際ターミナル整備事業(以下「a港港湾整備事業」という。)によって生じる浚渫残土等を廃棄処理するために,c県から受けた公有水面埋立免許(以下「本件埋立免許」という。)に基づいて実施する海面埋立事業であるa港b東地区廃棄物処理護岸の整備事業(以下「本件事業」という。)に対して公金の支出負担行為,支出命令,契約の締結ないし履行,債務その他の義務負担行為(以下,これらの行為を総称して「本件財務会計行為」という。)をすることは地方自治法2条14項,同法138条の2,地方財政法4条1項の財務会計法規に違反する違法な行為であるとして,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,本件財務会計行為の差止を求めた事案である。
1 争いのない事実等
以下の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内に記載した証拠及び弁論の全趣旨により認定することができる。
(1) 当事者
ア 原告d区は,c県a市大字d浦に住所を有する住民によって構成された,地方自治法260条の2に基づき法人格を有する地縁団体である。
イ 原告d区を除く原告らは,c県a市の住民である。
ウ 被告は,c県の公金支出に関する最終責任者である。
(2) 本件事業の概要
本件事業は,被告が,平成5年のa港港湾計画の改訂に基づくb東地区の廃棄物処理事業の一期計画として,国土交通省がa市e地区に-14メートル岸壁を整備するa港港湾整備事業によって生じる浚渫残土及び公共事業によって生じる陸上残土を廃棄処理するために,c県a市大字d浦字新d1102番1及び同字f1099番の地先公有水面並びに同字新d736番,737番に接する無番地の地先公有水面(以下「本件埋立予定海域」という。)を埋め立てるというものであり,その埋立面積は6.1ヘクタールである(甲5,乙12)。
bはa市本土から北北東700メートルに位置し,a湾に浮かぶ周囲約22キロメートル,面積5.66平方キロメートルの離島であり,本件埋立予定海域及びc県a市大字d浦は,bのa市e地区の対岸付近である南東側に位置する(甲5,15)。
(3) 公有水面埋立免許
被告は,平成14年7月19日,本件事業を実施するためにa港港湾管理者であるc県(代表者c県知事)に対して公有水面埋立免許出願を行い,平成15年1月7日,公有水面埋立免許を受けた(以下,c県知事がしたこの免許処分を「本件免許処分」という。)(乙17,26)。
(4) 監査請求前置
原告らは,c県監査委員に対し,平成20年2月4日,本件事業に関し本訴請求と同旨の勧告を求める住民監査請求を行ったが,同年3月28日に請求は理由がないものとして棄却され,請求棄却の通知書は同年3月31日に原告らに送達された(甲1)。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
本件財務会計行為の違法性の有無
(原告らの主張)
(1) 本件事業の違法性
ア 本件事業の経済的合理性の欠如について
本件事業は,次のとおり,経済的合理性を著しく欠いているので,そのような本件事業に対して公金を支出することとなる本件財務会計行為は,財務会計法規(地方自治法2条14項,138条の2,地方財政法4条1項)に違反する違法な行為である。
(ア) 費用便益分析の結果について
c県が平成13年11月に実施した本件事業の費用便益分析の結果によると,本件事業の主要な費用は護岸建設費47億円のみであるのに対し,主要な便益は輸送費用削減額61.16億円,海面消失による負の便益2.43億円,土地の残存価値14.43億円とされている。
しかしながら,輸送費用削減の便益はa港港湾整備事業の費用便益分析においては費用として評価されているものであるから,これを本件事業における便益として評価し得るものではない。また,本来一体の事業であるa港港湾整備事業と本件事業とを2つに分断し,a港港湾整備事業において費用として評価されているものを本件事業における便益として計上することは,費用便益分析の手法について国土交通省から出された「港湾整備事業における費用対効果分析マニュアル」(以下「マニュアル」という。)が禁じる二重計上に該当して許されない。さらに,上記土地の残存価値も過大に評価されており,近隣の地価を前提として計算し直すと4.3億円ないし5.5億円程度でしかない。
被告は,費用便益分析はマニュアルに沿って実施されたと主張するが,c県による本件事業の費用便益分析における便益の計測方法はマニュアルに反しているし,マニュアルによれば計上すべき漁業補償費を費用に含めていない誤りがある。
なお,c県は平成13年5月にも本件事業の費用便益分析を実施しているところ,護岸建設費に消費税を入れていないなどの計算の誤りを正すだけで費用が便益を上回る。また,c県は,平成18年11月に実施した費用便益分析においても,代替処分費用を大幅に水増しすることで便益を過大に計算しており,海上輸送費用に使う土運船を大型化し,安全な押航方式を採用するだけで費用が便益を上回る。
以上より,本件事業の費用便益分析の結果は明らかに破綻しており,本件事業は採算割れの事業であるといえる。
地方自治法2条14項は,地方公共団体はその支出にあたって「最少の経費で最大の効果を挙げるよう支出しなければならない」として,民主性と並ぶ行政の指導原理である能率性の原則を定めている。これは,政策の意思決定は行政効果の測定に基づいて行うことが求められているところ,その際の判断基準となる原則であり,そのための手法として費用便益分析など計測可能な客観的基準によって能率の高低を計るというものである。そして,地方自治法2条14項を受けて,地方財政法3条1項は「地方公共団体は,法令の定めるところに従い,且つ,合理的な基準によりその経費を算定し,これを予算に計上しなければならない」,同法4条1項は「地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて,これを支出してはならない」として,合理性基準による予算計上と目的達成のための必要かつ最少の限度の支出という財務会計上の原則を定めている。したがって,公金の支出に関して費用便益分析を実施することは地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項の要請するところであるといえ,その結果,費用が便益を上回る,つまり採算割れになることは,これらの財務会計法規に違反する。
(イ) 行政機関が行う政策の評価に関する法律(以下,「政策評価法」という。)について
政策評価法により,本件事業のように47億円もの予算を投入する事業においては費用便益分析を実施することが法的に義務づけられているといえるところ,費用便益分析の結果と正確性,妥当性及び費用便益比(以下,「B/C比」という。)と事業の必要性との総合評価を厳密に検討すると,本件事業はB/C比が1.0未満となることが明らかな採算割れの事業である。
政策評価法は国の補助金を受けて実施される公共事業にも適用されるべきものであり,事前・事後評価においては採算割れを防ぐために便益が費用を上回ること,すなわちB/C比が1.0以上となることが求められる。本件事業は47億円もの予算を投入する事業であるから,費用便益分析はマニュアルに従って厳正に行われるべきであり,公表されたB/C比の具体的内容について検討した結果,B/C比が1.0未満となることが明らかになった場合には,採算割れとなることから,原則として当該事業の実施・継続は許されず,特に政策的必要性が顕著である等の特段の事情が認められない限り,当該事業に公金を支出することは,裁量の範囲を超えて違法となる。本件事業のB/C比を具体的に検討すると1.0未満となり採算割れとなるが,本件事業について特段の事情はないから違法である。
(ウ) 代替処分案について
本件事業はa港港湾整備事業によって生じる浚渫残土及び公共事業によって生じる陸上残土を廃棄処理するための海面埋立事業であるところ,c県によると,仮に本件事業によらないで,浚渫残土については海上を輸送して海洋投棄をする方法を採り,陸上残土についてはトラックで輸送して購入した水田に盛り土をするという代替処分案を採ると,約84億円の処分費用を要するのに対し,本件事業によると47億円の処分費用しか必要としないから,本件事業は経済的に合理的であるとされている。しかしながら,c県が計算した海上輸送費用,トラック輸送費用及び水田の一括購入費用は市価よりも大幅に水増しして計算されており,一般的な市価を前提として計算し直すと代替処分案には23.5億円程度しか必要としないから,代替処分案の方がより少ない費用で本件事業の目的を達することができるというべきであり,本件事業は著しく経済的合理性を欠いている。
(エ) a港港湾整備事業について
本件事業はa港港湾整備事業によって生じる浚渫残土及び公共事業によって生じる陸上残土を廃棄処理するための海面埋立事業であるところ,c県によるとa港港湾整備事業の主要な便益はチップ,原木及び石炭の輸送費用削減による輸入促進にあるとされている。しかしながら,c県南地区におけるチップ及び原木の需要は減少しているから,そもそも輸入促進のために港湾整備をする必要性がなく,仮に必要性があるとしても,a港e埠頭は既に十分な規模を有しているから,さらに整備をしてもチップ及び原木の輸入促進にはつながらない。また,石炭は専用埠頭を利用して荷揚げされるから,a港e埠頭を整備することと輸入促進とは全く関係がない。したがって,本件事業の前提となるa港港湾整備事業にはc県が主張するような便益はなく,a港港湾整備事業の費用便益分析の結果は明らかに破綻しているから,必要性がない事業というべきである。
このように必要性を欠いたa港港湾整備事業を前提とする本件事業は,著しく経済的合理性を欠いている。
イ 埋立免許の再取得ないし変更許可の必要性について
被告は,平成21年3月に行われたc県知事の定例記者会見において,「提案1(浚渫量削減+a港有効利用案)」(以下,「提案1」という。)を実施すると発表し,その結果,本件事業において処分することが予定されている浚渫土砂は33万立法メートルから8万3000立法メートルに,陸上残土は40万立法メートルから64万7000立法メートルになると想定されるとしている。そうすると,本件埋立免許の出願時とは異なる公共残土を処分することを予定していることになり,埋立の主要な目的は浚渫土砂の処分から陸上残土の処分へと変更されたといえる。埋立地の用途についても,住宅地や緑地として整備する必要性も予定もないことを被告や土木部長が公の場で認めるに至っているから,埋立地の用途が変更されたといえる。このように,本件埋立免許の出願時とは埋立の目的及び埋立地の用途が異なっており,計画内容に根本的な相違を来している以上,埋立免許の再取得,少なくとも変更申請が必要である。そして,埋立免許の再取得ないし変更申請の前提として,陸上残土の発生場所を踏まえて,埋立免許の変更許可が得られる程度の経済的合理性の検討が行わなければならない。
事業の基本的な内容に根本的な変更がありながら埋立免許の再取得ないし変更許可がなされていない現段階において,経済的合理性が認められない本件事業に対して公金支出をすることは許されない。
(2) 本件免許処分の無効・違法性
本件免許処分には,次のとおりの瑕疵があるところ,これらの瑕疵は重大であって本件免許処分は無効であるから,本件事業を実施することはできず,これに対して公金を支出することとなる本件財務会計行為は財務会計法規(地方自治法2条14項,138条の2,地方財政法4条1項)に違反する違法な行為である。
また,本件免許処分は次のとおりの瑕疵がある違法な処分であるところ,本件事業に関しては,被告自身がc県の代表として埋立免許を出願し,被告が港湾管理者として本件免許処分をしたのであるから,被告としては,免許出願者として又は免許処分者としていつでも免許出願を撤回したり免許処分を取り消すことができる。そうすると,被告は,地方自治法138条の2の誠実管理執行義務によって,違法な免許出願をただちに撤回し,違法な免許処分を自ら取り消すべきであり,そうすることなく,本件事業に対して公金を支出することとなる本件財務会計行為を行うことは財務会計法規(地方自治法2条14項,138条の2,地方財政法4条1項)に違反する違法な行為である。
ア 埋立地の用途について
公有水面埋立法2条2項3号によると,公有水面の埋立免許を受けようとする者は,免許権者である都道府県知事に対して提出すべき願書において埋立地の用途を記載しなければならないとされているところ,被告やc県土木建築部部長の発言からして,c県は本件事業の真の目的がa港港湾整備事業によって生じた浚渫残土等を廃棄処理することにあるにもかかわらず,上記要件を形式的に充足するために埋立地の用途を緑地と住宅用地の整備として記載し,その結果本件免許処分を受けることが可能になったものである。したがって,本件免許処分上の埋立地の用途については,形式的には特定された体裁は整えられているものの,実際には虚偽の用途が記載されたにすぎず,未だ特定されていないといわざるを得ないから,本件免許処分には公有水面埋立法2条2項3号に反する瑕疵がある。
イ 「国土利用上適正且合理的」の要件について
公有水面埋立法4条1項1号によると,都道府県知事は埋立免許の出願が国土利用上適正かつ合理的であると認められる場合でなければ免許処分をすることができないとされているところ,本件事業は以下のとおり必要性・公益性がないから,国土利用上適正かつ合理的とは認められず,本件免許処分には公有水面埋立法4条1項1号に反する瑕疵がある。
(ア) 緑地及び住宅地整備の必要性
bは過疎化の進んだ離島であり,住宅用地は大量に余っているから,本件事業を実施して住宅地を整備する必要性はない。また,ナイター設備完備の運動公園や芝生が敷き詰められた緑地公園が整備されているが利用者は非常に少なく,緑地整備の必要性もない。
(イ) 本件事業の経済的合理性
前記(1)のとおり,本件事業の費用便益分析の結果は明らかに破綻しており,採算割れの事業となっているから,本件事業は必要性・公益性がない。
また,経済的合理性を欠く場合には,「国土利用上適正且合理的」との要件を欠き,埋立免許は違法となる。
(ウ) 自然破壊
本件事業により本件埋立予定海域が埋め立てられると,自然が破壊され,本件埋立予定海域の豊富な海産物や希少種の貝類などが失われるから,本件事業は公益性がない。
(エ) 埋立の必要性
本件事業はa港港湾整備事業によって生じた浚渫残土及び道路建設によって生じた陸上残土を廃棄処理するための海面埋立事業であるところ,本件事業に伴う埋立は全く進展していないにもかかわらず,浚渫残土等の処理はほぼ終了していることからすると,埋立を実施しなくても本件事業の目的を達することができたというべきである。したがって,埋立を実施する必要性がなかったことは明白である。
(被告の主張)
(1) 本件事業の違法性に関する主張に対し
ア 本件事業はa港港湾計画に基づく行政計画であるから,計画内容は計画策定権者である地方公共団体の広範な裁量に委ねられているところ,次のとおり,本件事業は採算割れの事業とはいえないこと,代替処分案による方が少ない費用で事業を実施できるとの原告らの主張に理由がないこと,a港港湾整備事業の必要性がないとはいえないことから,本件事業について,行政に認められた裁量権の範囲の逸脱はなく,本件事業が違法でないことは明らかである。
また,広範な事務を行う地方公共団体の公金支出等は当該地方公共団体の裁量に委ねられているから,本件財務会計行為が財務会計法規に反して違法となるのは,当該財務会計行為が社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権の濫用に当たる場合に限られるところ,本件財務会計行為は,次のとおり,裁量権の濫用に当たらず,財務会計法規に違反しない。
(ア) 費用便益分析の結果について
本件事業については,事業主体であるc県が平成13年度及び平成18年度の2度にわたって再評価を行っており,いずれもc県事業評価監視委員会に対して事業継続の方針について諮問を行い,継続が妥当との答申を得ている。
再評価にかかる費用便益分析においては,合理的な内容を有するマニュアルに基づく適切な手法を用いて価格算定を行っており,いずれも便益が費用を上回る結果となっているから,採算割れの事業であるとはいえない。
本件事業は,公共事業において発生する浚渫土砂や陸上残土の処分場整備が事業目的であるから,輸送費を削減することは便益の一部であり,マニュアルにもこれを計上する旨が明記されている。輸送費削減の便益の算定において,土運船の選定は客観性を有する積算方法である工事積算基準に則っており,土運船の航行方式も積算基準で認められているものだから,海上輸送費用の積算にも誤りはない。そして,本件事業とa港港湾整備事業は異なる主体が行う別個の事業であるから,マニュアルに則って,個別に評価すべきものである。また,平成18年度に行った再評価では,マニュアルに則り,漁業補償費が費用として計上されている。
原告らの指摘する財務会計法規のうち地方自治法2条14項,地方財政法4条1項は,いわゆる最少費用最大効果原則を規定したものであるが,これらの規定は費用が便益を上回れば直ちに最少費用最大効果原則に違反することを規律するものではない。政策評価法を受けて作成されたマニュアルが事業の必要性等に関する視点等から事業再評価を行うこととするなど事業評価を単に費用便益比のみで判断するものではないことを規定しているように,地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の意義は他の法規との関係も考慮した上で決せられるものだから,政策評価法の趣旨等を踏まえれば,いわゆる最少費用最大効果原則が費用が便益を下回ることを硬直的に求めているものでないことは明らかである。
(イ) 政策評価法について
c県においては,公共事業の効率的な執行や透明性の一層の向上を目指して,県が事業主体となる公共事業について平成10年度から再評価を行っていたが,国土交通省の評価制度に合わせ,平成16年9月に「c県事業評価実施要領」を制定し,再評価,事前評価,事後評価を実施している。
同評価において,事業継続をなすべきかどうかの判断は,費用便益分析のみによるものではなく,c県や事業評価監視委員会等が判断基準としているように,①事業の必要性,②事業手法,工法の妥当性,③進捗状況,④事業実施環境,⑤社会経済情勢,⑥代替案の可能性という視点を総合的に判断してなすべきである。c県は,埋立規模,土砂発生地からの距離,埋立後の造成地の有効活用が図られること,a市をはじめとする関係者からの要望等がなされていること等を総合的に判断し,本件事業にかかる計画を策定しているのだから,本件事業の実施に何ら裁量権の逸脱はない。
(ウ) 代替処分案について
代替処分案の海上輸送費用は実効性がある輸送手段として土運船を前提とし,客観性を有する単価及び積算方法に基づいて算出されたものであるし,水田購入費用はa市内3地点の「田」の売買実績をもとに中間値を採用したものであって購入費用としては相当であるから,代替処分案の処分費用の算出には合理性がある。代替処分案による方が安価であるとの原告らの主張には理由がない。
公共事業を円滑に遂行するためには,公共工事の進捗やその時点における発生土砂の量を見極めながら,残土の処分場所を一定量以上常にストックしておくことが必要だが,大量の土砂を処分するための土地を確保することは困難である。なお,海洋投棄処分をなす場合には,海洋汚濁を防止するための対策にこれまで以上の費用を要する。
(エ) a港港湾整備事業について
a港港湾整備事業は国土交通省の直轄事業であって本件事業とは事業主体も異なる別個の事業であるから,a港港湾整備事業の事業評価によって本件事業の経済的合理性が決まるものではない。
なお,a港港湾整備事業により,石炭運搬については,大型船が直接専用埠頭に着岸できないため,海上で小型のはしけに積み替えられた後,はしけから専用埠頭へと荷揚げされている現状を改善するという効用がある。
また,a港港湾整備事業は平成19年度までの事業進捗率が約82.2%で,第三者評価機関である九州地方整備局事業評価監視委員会の評価においても継続が妥当とされている事業であり,c県が必要性があると判断し,a港港湾整備事業から発生する浚渫土砂を処分するために本件事業を行うことに何ら裁量権の逸脱はない。
イ 埋立免許の再取得ないし変更許可の必要性について
「提案1」を事業化して進める場合でも,「提案1」の浚渫範囲の見直し等によって浚渫を留保した範囲の浚渫土砂や公共工事によって発生する陸上残土の処分は依然として必要である。-14メートル岸壁の機能を完全に発揮させるには当初計画のとおりに浚渫することが必要であり,今回浚渫を留保した範囲の浚渫土砂については,本件事業に係る埋立によって処分を行うことになる。平成20年度にc県a土木事務所が取りまとめた資料によれば,a市内において110万立法メートルを超える陸上残土の処理計画が必要となっており,現時点における陸上残土処分場の不足は極めて深刻な事態となりつつある。このように,本件事業の前提事実に大きな変化はないから,本件事業に計画変更があったというものではない。
本件事業の実施にあたって残土の発生場所及び量が変更となるが,「埋立に用いる土砂等の採取場所及び採取量を記載した図書」は,公有水面埋立法13条の2の規定する変更事項に関する図書には該当しないから,同条による変更手続は必要ない。
また,本件免許処分に付された免許条件は行政行為の附款のうち負担であり,これにより必要とされる知事の許可を得ていないからといってただちに本件免許処分が違法ないし無効になるわけではないし,許可を受ける際に公有水面埋立法の免許基準を具備していることが要求されるものでもない。なお,c県は,本件事業再開の段階で許可手続をとることとしており,許可が得られる見込みである。
(2) 本件免許処分の違法性に関する主張に対し
本件免許処分には,次のとおり,原告らの主張するような瑕疵は認められず,裁量権の範囲を逸脱した違法はないから,重大かつ明白な違法があるとはいえず,本件免許処分が無効であるとの原告らの主張には理由がない。
また,先行する原因行為に違法事由が存する場合でも,その原因行為を前提としてなされた後行行為自体が財務会計法規上の義務に違反する場合に限って後行行為が違法となる(最高裁平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁)ところ,地方自治法242条の2第1項1号請求による住民訴訟において,無限定に行政行為一般の違法を争えるとすると,抗告訴訟制度や行政処分の公定力との整合性を欠く結果となりかねないから,公金支出の原因となるべき非財務会計行為の違法を争えるのは,当該非財務会計行為に重大かつ明白な違法がある場合に限られると解するべきである。また,そうでなくとも,原因行為に存する違法事由の内容及び程度が予算執行の適正確保の見地から看過し得ないものであるときに限られると解すべきである。そうすると,本件免許処分に重大かつ明白な違法はなく,また,本件免許処分に存する違法事由の内容及び程度が予算執行の適正確保の見地から看過し得ないものであるときに該当しないから,本件免許処分に基づく財務会計行為が地方自治法138条の2が定める知事の誠実執行義務に違反することはなく,本件免許処分の違法を理由に本件事業に関する財務会計行為が違法となる旨の原告らの主張は認められない。
ア 埋立地の用途について
本件埋立免許の埋立地の用途は,緑地と住宅用地の整備であると特定されている。「埋立地の用途」は埋立によって造成される土地の使用目的を特定するものであり,造成前の埋立予定地にすぎない公有水面の使用目的である土砂処分場の確保は「埋立地の用途」とは直接的な関係はない。
イ 「国土利用上適正且合理的」の要件について
公有水面埋立法4条1項1号は免許基準として「国土利用上適正且合理的」であることと規定しているが,これは当該埋立が国土利用上公益に合致する適正なものであることを趣旨とするものであり,埋立免許権者が当該埋立の必要性及び公益性の観点からする政策的判断において裁量の範囲を越えない限り,同号に違反するとはいえない。原告らの主張は,以下のとおり,いずれも理由がなく,免許権者の裁量の範囲を越えたともいえないものであるから,本件免許処分は公有水面埋立法4条1項1号に反しない。
(ア) 緑地及び住宅地整備の必要性
港湾空間を楽しむ場として,都市公園の整備を補完するためにも,レクリエーションを目的とした緑地公園を整備する必要性があるし,bにおいて人口増を実現するため,道路整備や護岸整備により集落内での車両通行の困難を払拭するとともに,若者の定住促進,高年者のU・Iターンの場としての住宅用地を確保する必要がある。
(イ) 本件事業の経済的合理性
前記(1)のとおり,原告らの主張には理由がない。
(ウ) 自然破壊
破壊されるとする自然の程度,その後の利用計画(藻場等の整備を含む),失われるとする海産物や希少種の貝類の内容等からすれば,本件事業に公益性がないとはいえない。
(エ) 埋立の必要性
a港港湾整備事業により発生する浚渫残土及び道路の整備に伴って発生する公共残土の処理が必要であるところ,a港背後陸地は市街地と工業用地等からなっており,大量の残土処理を行う場所が確保できない状況にあるから,本件事業によって埋立処分場を確保する必要がある。現状において浚渫残土等の処理は終了していないから,本件事業の目的は達成されておらず,埋立を実施する必要性があることは明白である。
第3当裁判所の判断
1 本件の事実関係
前記争いのない事実等,括弧内に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 平成5年の湾港審議会において,a港港湾計画の改訂が決定された。これによれば,5万G/T級の船舶が入港できる-14メートル岸壁をa市e地区に2バース整備するa港港湾整備事業を施工することにより,石炭,林産品等の外貨貨物を取り扱う公共埠頭を設置することになっている(甲5,乙12)。
(2) 本件事業は,a港港湾整備事業により発生する浚渫土砂及び公共事業から発生する陸上残土の埋立処分のための護岸の整備を,本件埋立免許を受けて,港湾法43条5号の規定による補助事業として国庫補助を受けて行うものである。本件事業は,平成9年度に運輸省に事業採択された。
(3) c県a市は,平成8年度に町づくりの指針として「b開発プラン」を柱の一つとする「a市海洋都市構想」を策定し,これを具体化するため,平成11年2月,c県の関係課等とb開発計画策定委員会を組織して「b開発計画」を策定した。
b開発計画は,島の自然や資源を最大限に活かした,実行可能な計画を立てることを最大目標として策定され,b独自産業構造の構築,魅力ある島の環境づくり,交流促進の活性化を,地域づくりの3大目標に据えている。本件事業による埋立地の整備計画は,環境整備・シンボル構築に重点のあるものとして,「憩いの中心づくり」,「くらしの中心づくり」のために宅地及び公園を配置する「重点プロジェクトメニュー」の一つに定められており,立地を活かして新しいbらしい景観を整備し,宅地提供により後継者となる若者のニーズに対応して離島を防止することを目的とするとされている(甲15)。
(4) c県は,平成13年5月,本件事業の再評価を実施し,同年6月,c県事業評価監視委員会は継続が妥当であるとの答申をした(甲17ないし19,乙14)。
(5) c県a市議会は,平成13年12月,a港の整備充実は地域経済の浮揚を図る上で緊急かつ重要な課題であるところ,本件事業はa港港湾整備において最も重要な役割を担うとともに,bの振興やa市の活性化を推進する上で欠かすことのできない重要な事業であり,地域経済に与える波及効果は計り知れないとして,本件事業の促進が図られるよう関係当局に対し強く要望する旨の決議を行った(乙13)。
(6) c県は,平成13年,本件事業について再評価を実施し,c県事業評価監視委員会は事業の継続が妥当であるとの答申をした(甲2,乙14)。
(7) c県は,平成14年7月,本件埋立免許の出願にあたり,水面に関する権利者として公有水面埋立法5条2号に規定された漁業権者であるc県漁業協同組合から同意を得た(乙18)。
(8) c県は,平成14年7月,本件埋立免許の願書を提出したが,同願書には,埋立地の用途が緑地,住宅用地であると記載されている(乙17)。
願書の添付図書である埋立必要理由書によれば,埋立の必要性は,①市民が水辺と親しむための緑地整備,②住宅用地の確保,③港湾整備及び道路整備に伴う土砂処分場の確保という,a港及びa市(b)において早期解決が求められている課題の解決にある。具体的には,①緑地整備は,a港全体として緑が不足している現状において,臨海部での総合的な公園・緑地の整備に対する強い要請のもと,a港の持つうるおい豊かなウォーターフロント空間としての資質を活用し,市民が親しむことのできる港作りを行うため,水際線と港の景観を生かした公園・緑地を整備する必要があるところ,a港港湾区域内の水際線や既存の陸域で用地を確保することが困難であることから,埋立によって新たに用地を確保する必要があるというもので,②住宅用地の確保については,過疎化と高齢化が進むbにおいて,若者の定住,Iターン等の新規定住を促進するため,受入れ地としての住宅地の確保が必須条件であるところ,陸域部での住宅用地確保が困難であることから,埋立によって新たに用地を確保する必要があるというもの,③土砂処分場の確保については,a港港湾整備事業により発生する浚渫土や,道路整備事業等により発生する陸上残土の処理が事業計画を進める過程で必要となるところ,a港背後陸域は市街地と工業用地等からなり,大量の残土処理を行う場所は確保できないため,緑地及び住宅用地の埋立地に処分することとしたというものである(甲16)。
(9) 本件埋立免許の出願を受け,a港港湾管理者であるc県は,告示縦覧を行って利害関係者の意見を求め(乙19),a市長,c県の農林水産部局及び環境部局,海上保安庁等関係者の意見を聴取し(乙20ないし24),本件埋立免許について国土交通省の認可を受けた(乙25)。
(10) 平成15年1月,a港港湾管理者c県(代表者c県知事)は,本件免許処分に際し,公有水面埋立法2条1項により,願書の添付図書のうち,埋立に用いる土砂等の採取場所及び採取量を記載した図書,埋立地の用途及び利用計画の概要を表示した図面等を変更して実施する場合は,a港港湾管理者c県代表者c県知事の許可を受けることとの免許条件を付した。また,同法13条により,免許の日から起算して3月以内に埋立に関する工事に着手しなければならない,埋立に関する工事に着手した日より7年3ヶ月以内に埋立に関する工事を竣工しなければならないとの指定を行った(乙26)。
(11) 本件事業は,平成12年に着工予定であったが,埋立予定地の地元から埋立反対の意見が出され,事業の必要性等を説明する地元調整を行ってきたため,工事着工が遅れ,平成17年1月に工事着手を行ったが,埋立予定地の地元からの反対行動を受けて,工事は中断した(乙29の2)。
(12) その間の平成16年12月,住民に対する説明のためにbを訪れた被告は,住民に対し,「この埋立をして住宅を造り,この地区の皆さんのための運動場を作るというのが目的だというふうにお話がありましたけれども,実際のところはもちろんそうではありませんで,大事なことはこのaの,いや嘘なんか言っていません。大事な目的はここに大きな船が入ってくるようにしようと。そのための土砂を海に戻そうと。」と述べた。同じ頃のc放送の取材に対し,当時のc県土木建築部部長は,埋立後の利用目的に関して,「bの開発計画というものがありまして,それが基になっているわけですね。で,港湾計画自体の中では土地利用は決まっておりませんで,まっ地元の方からこういう使い方がまだいいよ,こういうことをやってくれということであれば,我々もそれでできるかどうか検討していきたいというふうに考えています。」と答えた(甲32)。
(13) 平成17年3月,c県議会における本件事業の埋立地の用途等についての質問に対し,被告は,本件事業は岸壁整備等により発生する浚渫土砂や道路残土等を処分するためのものであり,本件事業の推進は県南地域の社会基盤を整備する上で必要であること,反対する地元住民の理解を得られるよう努力を続け,できるだけ早期に工事を再開したいと考えている旨答弁し,当時のc県土木建築部長は,本件事業は浚渫土砂や公共事業に伴う陸上残土の処分を目的とするものであること,b開発計画の中で埋立地の用途が住宅用地及び緑地と位置づけられていることを受け,本件埋立免許の出願に際して埋立地の土地利用計画を定めた旨答弁した(甲24ないし28)。
(14) 平成17年3月,「b東地区埋立護岸の整備を促進する会」は埋立に賛同したa市民約5万2000人分の署名簿を被告に提出し,工事の早期再開を要望した(乙28)。
(15) 平成18年11月,c県は本件事業の再評価を実施し,c県事業評価監視委員会は事業の継続が妥当であるとの答申をし,本件事業の早期完成の必要性から,適宜事業進捗を報告するよう求める意見を付した(甲34の2・3,68,乙29の1・2)。
(16) 従前,公共事業の建設発生土は他の事業に融通して処理するのが通例であったが,昨今の公共事業削減もあって,それが不可能となり,平成20年7月,国土交通省a河川国道事務所は,c県県南地方における公共事業の建設発生土の全量の受け入れ見通しが立たなかったとして,c県内では初めて,公共事業の建設発生土の受け入れ先を一般から募集した(乙42)。
(17) 被告は,平成20年7月7日の定例記者会見において,a港港湾整備事業により整備される-14メートル岸壁の早期供用のためにあらゆる方策の検討を始めると発表した。
(18) 被告は,平成21年3月23日の定例記者会見において,本件事業のあり方等に関して組織されたプロジェクトチームから提案された検討案の提案1ないし提案3のうち「提案1」をとることとして,平成21年度は国土交通省とも調整をしながら,平成22年度予算から計上して実行するとの考えを示した。「提案1」の内容は,浚渫する範囲を見直して土砂の量を必要最小限にまで減らし,-14メートル岸壁の横にプラントヤードを作り,そこで浚渫土砂の改良処理をし,-14メートル岸壁の埠頭用地に埋め立てることによって,-14メートル岸壁の早期供用開始を目指すというものである。
「提案1」の選定理由に関して,被告は,県南地域の発展のためには海陸両方の交通網の整備が重要であること,a市長,a市議会議長をはじめ,商工会や自治会などの代表者多数と会い,多くの市民が-14メートル岸壁の早期供用を強く望んでいるなどのいろいろな意見を聴く機会があったこと,県議会での意見にも注目してきたこと,被告自身の考えとしてもbの埋立が最適であるが,時間の経過により-14メートル岸壁の供用開始が遅れることは絶対あってはならないことなどから判断した旨述べた。
なお,「提案1」の方法を実施した場合には,本件事業において処分することが予定されている浚渫土砂は33万立法メートルから8万3000立法メートルに,陸上残土は40万立法メートルから64万7000立法メートルになると想定されるが,公共事業に伴い発生する陸上残土の発生場所及び量は時間の経過とともに変化するものである(乙34)。
2 本件財務会計行為の違法性の有無について
地方自治法242条の2の規定に基づく住民訴訟は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするところ(最高裁昭和53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号485頁参照),同法242条の2の規定に基づく住民訴訟において,当該職員の財務会計上の行為をとらえて同条第1項4号の規定に基づく損害賠償責任を問うことができるのは、たといこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,同原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られる(最高裁平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁参照)。そして,その理は,上記住民訴訟の目的とするところによれば,同項1号の差止請求においても同様に解される。
そこで,以下,本件財務会計行為に先行する原因行為である本件事業と本件免許処分が違法であるか否かについて検討し,次に,それらのいずれかが違法であった場合には,それが本件財務会計行為の違法を来すか否かについて検討することとする。
3 本件事業の違法性の有無
(1) 本件事業の経済的合理性の欠如に関する主張について
ア 原告らは,採算割れの事業である本件事業に対する本件財務会計行為は,直ちに地方自治法2条14項,地方財政法4条1項違反になると主張する。
しかしながら,本件事業のような公共事業の実施は,地方自治法1条の2第1項に基づき,同法2条2項,5項,8項の自治事務として行われているものであり,住民の福祉の増進を図るため,自治体としての自主的かつ総合的な政策判断の下になされるものであるから,地方公共団体の長には広範な裁量が与えられている。そうすると,たとえ費用便益分析を行った結果,便益が費用を上回ることがない,いわゆる採算割れの事業であったとしても,住民の福祉の増進を図るために公共事業を実施するとの政策判断をすることも許されるものであり,採算割れであることが直ちに事業としての違法を来すものということはできない。
地方自治法2条14項は,地方公共団体がその事務を処理するに当たって準拠すべき指針を定めたものであり,住民の福祉の増進に努めるとともに,最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならないとして,地方自治運営における能率化の基本原則を規定する訓示規定である。したがって,地方自治が住民の負担によって運営される以上は,能率化の要請によって各種事業効果を評価することが求められているといえるが,費用便益分析などの計測可能な客観的基準は,政策判断に当たっての一つの基準となるに過ぎないと解される。よって,本件事業が、仮に費用便益分析の観点からすると採算割れの事業であったとしても,直ちに同項に違反し,違法になるとはいえない。
また,地方財政法4条1項は,予算の執行に当たっての基本原則を定めたものであり,地方公共団体が同法3条1項に基づき法令の定めるところに従って合理的な基準により算定して予算に計上した経費について,個々の経費の支出目的を達成するために必要かつ最少の限度を超えて支出してはならない旨定めている。すなわち,同法4条1項は,政策判断の結果,実施することとなった事業の経費が,予算に計上されて執行されるに当たっての規定であって,政策判断そのものについての規定ではない。よって,費用便益分析の観点からみて採算割れの事業であっても,これを実施するという政策判断をすることが同項に反することにはならない。
したがって,原告らの,採算割れの事業に対する財務会計行為は直ちに地方自治法2条14項,地方財政法4条1項違反になるとの主張を採用することはできない。
イ 原告らは,本件事業は,具体的に検討すればB/C比が1.0を下回るから,採算割れの事業であり,政策評価法に反すると主張する。
しかしながら,政策評価法1条及び同法2条によれば,c県が行う本件事業には直接同法が適用されるものではなく,本件事業についてはc県公共事業評価実施要領に基づいて再評価が行われることとされている(甲65,乙36)。ただし,政策評価法は,政策の評価の結果を政策に適切に反映させることと規定しており(同法1,3条),政策の評価は公共事業実施・中止等の政策決定の資料とするためになされるものであるところ,これはc県が行うc県公共事業評価実施要領に基づく再評価についても同様である(甲65,乙36)。そして,c県公共事業評価実施要領や政策評価法上,政策の評価を実施した結果,B/C比が1.0を下回る場合には採算割れの事業として,特段の事情がない限り事業中止の再評価がなされる旨の規定や,事業中止の再評価がなされれば,それに基づく政策判断がなされるまでもなく当然に,当該公共事業を行ってはならない旨の規定は存しないし,そのように解することもできない(甲65,乙36)。
また,本件事業の再評価は政策評価法を受けて国土交通省が策定したマニュアルに準じて行われているところ,マニュアルによれば,この再評価は①事業の投資効果を含む事業の必要性等,②事業の進捗の見込み,③コスト縮減や代替案立案等の可能性の各視点から行うものとされており,B/C比のみが要素とされているものではない。これらの各視点から分析実施者において事業を継続するか中止するかという対応方針が作成され,評価実施者が総合的な評価により対応方針を決定することとなっている(乙15・3頁,乙35の1-2-7頁,弁論の全趣旨)。さらに,再評価にあたっては,事業を見直して継続する場合や中止する場合の既設構造物等の扱いを検討し,既投資額や中止に伴う追加コストの取扱いを明確にすることとなっている(乙54の5頁)。このように,マニュアルにおいても,B/C比が1.0を下回れば特段の事情がない限り事業中止の再評価がなされることにはなっていない。
したがって,具体的に検討するとB/C比が1.0未満になり,特段の事情もないから,本件事業は政策評価法違反の違法があるとの原告らの主張は採用できない。
ウ そこで,本件事業が上記アで判示した広範な裁量を逸脱した違法な事業に当たるか否か検討するに,確かに,本件では,原告ら提出の証拠(甲19,23,34の2・3,35,39,72,証人A)によれば,代替処分の実態に即して計算すると,代替処分案による方が安価である可能性が高いことが認められる。
しかし,a市が中心となって平成11年2月に策定したb開発計画において本件事業による埋立地確保が求められていること,a市議会において本件事業の促進が図られるよう関係当局に対し要望する旨の決議がなされたこと,本件事業の工事再開を求めてa市民約5万2000人分の署名簿が被告に対して提出されたこと,加えて,公共事業を行うためには発生が見込まれる陸上残土の処分先を確保しておく必要があるところ,受け入れ先を一般から募集するなど,c県の県南地方において公共事業による陸上残土の処理が困難となっていること(弁論の全趣旨)や,a港港湾整備事業により生じる浚渫残土の処理方法については費用の多寡以外の諸要素も考慮して処理方式が決定されるべきこと,さらには,平成13年度及び平成18年度にc県が本件事業の再評価を実施した結果,c県事業評価監視委員会は本件事業について継続が妥当との答申をしていることを考慮すると,仮に代替処分案による方が安価であったとしても,本件事業を実施することが地方公共団体の長に与えられた広範な裁量を逸脱した違法なものであるということはできない。
このことは,「提案1」が事業化されたことによって浚渫残土等の量が変更となった後の計画内容においても同様にいえる。
なお,原告らは,本件事業が採算割れの事業であると主張するとともに,本件事業による埋立地確保やa港港湾整備事業の必要性がないと主張するが,この点については,a市や同市の住民の一部は本件事業やa港港湾整備事業の実施を求めており,被告が上記「提案1」の実施を発表したのも,a港港湾整備事業によって整備される-14メートル岸壁の早期供用を多くの市民が要望している旨の意見をa市長らから聴き取ったことが背景の一つとなっている。
前記アのとおり,本件事業のような公共事業の実施は自主的かつ総合的な政策的判断の下になされるものであるから,本件事業が採算割れの事業であったとしても本件事業を実施するか否かについての判断・評価及び本件事業による埋立地確保やa港港湾整備事業の必要性に関する判断・評価は,地方公共団体の長の総合的な政策判断の対象となるものである。したがって,本件事業が採算割れの事業であったとしても本件事業を実施するか否か及び本件事業による埋立地確保やa港港湾整備事業の必要性についての判断・評価は,地方公共団体の長に委ねられた広範な裁量の範囲内にある政策判断に対する当・不当の問題に過ぎない。現行地方自治制度の下において,これら政策判断の当・不当の問題については,県民の代表である県議会の判断を尊重すべきであり,最終的には,これらの利益不利益が帰する県民が選挙を通じて判断すべきものである。
よって,原告らの主張は採用できない。
エ 以上より,本件事業の経済的合理性の欠如に関する原告らの主張は理由がない。
(2) 埋立免許の再取得ないし変更許可の必要性に関する主張について
原告らは,埋立免許の再取得ないし変更許可がなされることなく本件事業に対して公金支出をすることは許されないと主張する。
しかしながら,公有水面埋立法13条の2第1項は,都道府県知事が埋立区域の減少,埋立地の用途若しくは設計の概要の変更を許可できることを定めているが,埋立地に投入する土砂の発生場所及び量は,同条により許可を受けるべき事項に該当しない(乙51参照)。よって,「提案1」の事業化に伴って投入する土砂の発生場所及び量が変更となったとしても,本件埋立免許について同条による変更許可を受ける必要性はない。そして,変更許可を要しない以上,埋立免許を再取得する必要性も認められない。
原告らは,埋立地の用途が変更されたといえると主張するが,埋立地の用途に変更があったと認めるに足りる証拠はない。原告らの主張する被告や土木部長の発言は,後記認定のとおり,用途変更が可能である旨を発言しているにすぎず,具体的な用途変更が検討されているものではないから,これらの発言をもって用途が変更されたということはできない。
なお,本件事業の実施にあたっては,公有水面埋立法13条により指定された工事の着手及び竣功の時期並びに本件免許処分に付された条件により埋立に用いる土砂等の採取場所及び採取量を記載した図書(甲55)を変更して実施するための許可を受ける必要があるが,工事の着手及び竣功時期が遅れたのは埋立予定地の住民の反対運動によるものであるし,埋立に用いる土砂等の種類に変更はなく,浚渫残土の採取量と陸上残土の採取量及び採取場所が変更されたにすぎず,後記4アで判示するとおり,公有水面埋立法の免許基準判断においては,原告らの主張する経済的合理性は判断基準にならないから,これらの許可が受けられないとも考えにくい。
したがって,埋立免許の再取得ないし変更許可がなされることなく本件事業に対して公金支出をすることは許されないとの原告らの主張には理由がない。
(3) 小括
以上より,本件事業の違法性の有無に関する原告らの主張は理由がない。
4 本件免許処分の違法性の有無
(1) 埋立地の用途に関する主張について
埋立をしようとする者は都道府県知事に願書を提出して埋立免許を受けなければならない(公有水面埋立法2条1項,同2項)ところ,公有水面埋立法2条2項3号は,埋立地の用途を埋立免許の願書の記載事項としている。
原告らは,本件免許処分には埋立地の用途が特定されていない瑕疵があると主張するが,埋立地の用途は埋立によって造成される土地の使用目的を意味しており,前記1認定事実によれば,本件事業の埋立地の用途は,緑地及び住宅用地として特定されていることが認められる。
原告らは,本件事業の真の目的はa港港湾整備事業によって生じた浚渫残土等を廃棄処理することにあるから,緑地及び住宅用地という本件免許処分上の埋立地の用途は,形式的に体裁が整えられたに過ぎず,虚偽の記載であると主張する。しかしながら,浚渫残土等の処分場確保は埋立の目的の一つであり,埋立地の用途は埋立によって造成される土地の用途をいうから,両者は異なるものである。また,本件免許処分に先立って策定されたb開発計画において,埋立地に宅地及び公園を配置する埋立地整備計画が重点プロジェクトメニューの一つに位置付けられていることに照らせば,緑地及び住宅用地という本件免許処分場の埋立地の用途が虚偽のものと断ずることもできない。原告らの主張は,被告やc県土木建築部部長の発言を根拠とするが,被告やc県土木建築部部長の発言は本件免許処分後の発言であるし,その発言は,埋立の目的の一つである浚渫土砂処理の必要性を強調するとともに,埋立地の用途はb開発計画に従って特定したが,それは事後的に変更し得る旨を発言しているに過ぎないから,これをもって埋立地の用途の記載が虚偽のものであるとはいえない。
(2) 「国土利用上適正且合理的」の要件に関する主張について
ア 公有水面埋立法4条1項1号にいう「国土利用上適正且合理的」との免許基準を満たすか否かは,当該埋立自体及び埋立地の用途が国土利用上の観点からして適正かつ合理的かどうかで判断されるものであって,その判断については,埋立の必要性や公共性の高さと埋立による自然環境に及ぼす影響等とが比較衡量されて,合目的的な政策判断がなされることになるから,免許権者には,その意味での覊束裁量があり,その裁量を濫用・逸脱したときに,同号に違反し,違法となる。
したがって,原告らが主張する,埋立事業が経済的合理性を欠く場合には同号の要件を満たさないとの解釈は採用することができない。
イ これを本件埋立免許についてみると,埋立の必要性は,①a港全体として緑が不足している現状において,市民が親しむことのできる港作りを行うための緑地整備を行うこと,②過疎化と高齢化が進むbにおいて,若者の定住,Iターン等の新規定住を促進するため,住宅用地を確保すること,③浚渫土及び陸上残土の処理を行う土砂処分場を確保することからなり,埋立地の用途及び埋立自体について公共性があり,高い必要性もあるといえる。
そうすると,原告が主張するように,本件埋立予定海域が豊富な海産物に恵まれ,本件免許処分当時の調査では水産庁による当時の「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック」に掲載された希少種の生息は認められなかったものの,c県が作成した「レッドデータブックc~c県の絶滅のおそれのある野生生物~」において絶滅危惧種に分類されているヒナユキスズメガイ等が生息している海域であること(甲41ないし53,乙48)と比較衡量しても,本件埋立自体及び埋立地の用途が国土利用上の観点からして適正かつ合理的であるとの合目的的な政策判断をした免許権者の判断に,その裁量を濫用・逸脱した違法があるとまではいえない。
原告らは,bの現状からすれば緑地の整備及び住宅用地の確保の必要性はないと主張するが,a市が中心となって策定したb開発計画はこれらを必要であるとしており,原告提出の証拠(甲36)によれば,計画の実現性に疑問なしとはしないものの,その必要性がないとまではいえない。
また,原告らは,浚渫残土等の処理はほぼ終了していることからすれば本件免許処分の当初から埋立の必要性はなかったと主張するが,前記1認定事実によれば,「提案1」の事業化によって埋立地に投入する土砂の発生場所及び量が変更となったとしても,前記の埋立の必要性に影響を及ぼすものではないといえる。
(3) 小括
以上より,本件免許処分の違法性の有無に関する原告らの主張にも理由がない。
5 結論
以上のとおり,本件財務会計行為に先行する原因行為である本件事業及び本件免許処分はいずれも違法ではないから,これらの違法が本件財務会計行為の違法を来すか否かについて検討するまでもなく,本件財務会計行為が違法であるとする原告らの主張には理由がない。
よって,原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 一志泰滋 裁判官 今井弘晃 裁判官 吉田真紀)