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大分地方裁判所 平成20年(行ウ)9号 判決 2010年9月13日

主文

1  原告の主位的請求1項,2項及び予備的請求2項に係る訴えをいずれも却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

(主位的請求)

1  処分行政庁が原告に対して平成20年6月1日付けでした同年5月1日付け生活保護開始申請に対するみなし却下処分を取り消す。

2  処分行政庁は,原告に対し,平成20年5月1日付けで生活保護を開始し,29万220円及びうち4万8370円に対する同年5月2日から支払済みまで,うち4万8370円に対する同年6月2日から支払済みまで,うち4万8370円に対する同年7月2日から支払済みまで,うち4万8370円に対する同年8月2日から支払済みまで,うち4万8370円に対する同年9月2日から支払済みまで,うち4万8370円に対する同年10月2日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員,並びに同年11月から毎月1日限り4万8370円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

1  処分行政庁が原告に対して平成20年7月1日付けでした同年6月2日付け生活保護開始申請に対する却下処分を取り消す。

2  処分行政庁は,原告に対し,平成20年6月2日付けで生活保護を開始し,24万1850円及びうち4万8370円に対する同年6月3日から支払済みまで,うち4万8370円に対する同年7月2日から支払済みまで,うち4万8370円に対する同年8月2日から支払済みまで,うち4万8370円に対する同年9月2日から支払済みまで,うち4万8370円に対する同年10月2日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員,並びに同年11月から毎月1日限り金4万8370円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

原告は,平成17年3月以降被告から生活保護を受給していたところ,保護開始前から受給していた老齢基礎厚生年金(以下「本件年金」という。)を担保として,同年10月,年金担保貸付けを利用して貸付けを受け,一旦はこれを完済したが,再度年金担保貸付けを利用しようとしたところ,受給保護費との関係でこれが認められない見込みである旨を告げられたため,平成20年3月17日に,一旦生活保護廃止決定処分を受け,その上で,再度年金担保貸付けを利用した。

原告は,その後,生活に困窮したため,平成20年5月1日付けで処分行政庁に対し生活保護申請(以下「本件申請」という。)をしたが,a市福祉事務所(以下「本件福祉事務所」という。)の職員による調査の際,同月9日付けで生活保護申請を取り下げた(以下「本件取下げ」という。)。

その後,原告は,同年6月2日付けで再度生活保護申請(以下「本件再申請」という。)を行ったが,処分行政庁は,原告が生活保護法(以下「法」という。)4条が定める生活保護の受給要件を満たしていないとして,生活保護申請却下決定をした(以下「本件却下処分」という。)。

本件は,原告が,本件取下げは錯誤により無効であるから,本件申請については法24条4項によりみなし却下処分がされており(以下「本件みなし却下処分」といい,本件却下処分と合わせて「本件各却下処分」という。),本件再申請については本件却下処分がされているところ,本件各却下処分は,原告が生活保護の受給要件を満たすにもかかわらずなされた違法なものであるとし,主位的に,本件みなし却下処分の取消し並びに行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)37条の3第1項2号の義務付けの訴えとして本件申請日付けでの生活保護の開始及び同日以後に支払われるべき生活保護費とその各月支払期日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求め,予備的に,本件却下処分の取消し並びに本件再申請日付けでの生活保護の開始及び同日以後に支払われるべき生活保護費とその各月支払期日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。

被告は,これに対し,主位的請求1,2項及び予備的請求2項については不適法であるとして却下を求め,その余の請求については棄却することを求めている。

1  前提事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内に記載した証拠及び弁論の全趣旨により認定することができる。

(1)  平成17年3月2日,原告は生活保護申請を行い,被告は,同月14日,同月2日付けで生活保護を開始した(乙6)。

(2)  原告は,保護開始前から老齢基礎厚生年金(本件年金)を受給していたところ,同年10月,長男及び次男から援助を求められたため,本件年金を担保として60万円の年金担保貸付けを利用し,平成18年2月に支給される年金から2か月に1回5万円ずつを返済し,平成20年2月に完済した(甲2,15,乙6の平成18年6月23日及び平成20年2月15日の欄)。

(3)  原告は,平成18年10月4日,本件福祉事務所の職員に対し,今後一切年金担保貸付けを利用しないとの誓約書を提出した(乙8)。

(4)  平成20年3月12日,原告が本件福祉事務所の職員に対し,借金を返済するために再度年金担保貸付けを利用したいとの意向を伝えたところ,同職員は原告に対し,生活保護費は日常的な生活需要だけではなく臨時的需要も満たすに十分な額が支給されていることなどから被保護者が年金担保貸付けを受けなければならない理由が想定できないこと及び前記誓約書が提出されていることから認めることはできないと伝えた(乙6)。

(5)  同日,原告は,処分行政庁に対し保護辞退届を提出し,同月18日,処分行政庁は同月17日付けで生活保護廃止決定処分をした(乙6,9,10)。

(6)  原告は,借金返済等に充てることを目的として,再度年金担保貸付けを利用したところ,2か月ごとに支給される年金から毎回7万円が同貸付けの返済として差し引かれ,2か月ごとの支給額が3万3666円となったため,生活が困窮し,同年5月1日付けで処分行政庁に対し生活保護申請をした(本件申請。甲5の1,甲15,乙2,11の1ないし4)。

(7)  本件福祉事務所の職員であるA及びBらは,同月9日,調査のため原告宅を訪問したところ,原告は,同日付けで処分行政庁に対し「生活保護法による保護申請書取下げ書」を提出して本件申請を取り下げた(本件取下げ。乙1)。

(8)  原告は,同年6月2日,処分行政庁に対し,生活保護申請をした(本件再申請。乙12の1ないし4)。

(9)  本件福祉事務所は,同月27日,ケース診断会議を実施した上で,同月30日,本件再申請を却下することとし,同年7月1日,Bらは,原告宅を訪問し,原告に対し,複数回にわたる年金担保貸付けを利用した者による申請であり,法4条に定める保護の受給要件を満たしていないことを理由とする生活保護却下決定(本件却下処分)の通知書を渡した(甲1,乙13)。

(10)  平成20年5月ないし6月ころの原告の収入は,本件年金を満額受給していたとしても,最低生活費を下回っていた(甲3,甲5の1,乙13)。

(11)  原告は,b県知事に対し,同年7月14日付けで,本件各却下処分に対する審査請求を行ったが,b県知事は,同年9月29日,原告に対し,同審査請求のうち,本件みなし却下処分についての取消しを求める部分を却下し,その余の部分を棄却するとの裁決をした(乙16,17)。

(12)  原告は,同年10月17日,厚生労働大臣に対し再審査請求を行ったが,厚生労働大臣は,同年12月24日,同再審査請求のうち,本件却下処分の取消しを求める部分を棄却し,その余の部分を却下するとの裁決をした(乙18,19)。

(13)  原告は,同年10月21日,a市を被告として,本件各却下処分の取消しを求めるとともに,処分行政庁が生活保護を開始し,請求の趣旨記載の金銭の支払をすることを求める本件訴えを提起した。

2  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  本件みなし却下処分の存否(主位的請求)

(原告の主張)

原告は,本件取下げに際し,年金担保貸付けを利用したことで当然に本件申請が却下になる旨Aらから説明を受けたが,後記(2)ア(原告の主張)のとおり,同説明は法の誤った解釈に基づいてなされたものである上,Aらは,原告に対し,生活保護の受給が無理である旨執拗に言って本件申請の取下げを迫った。原告は,後記(2)(原告の主張)のとおり,生活保護の受給が可能であったにもかかわらず,Aらの上記説明等により生活保護を受けられないものと誤信して本件取下げをした。

よって,本件取下げは表示された動機の錯誤により無効であり,本件申請はこれに対する決定がなされていないものであるから,本件申請は,平成20年6月1日,法24条4項により却下されたものとみなされる。

(被告の主張)

本件福祉事務所の職員であるAらは,原告に対し,本件申請を取り下げるよう求めたり,錯誤に陥らせるような説明をしたことはなく,原告は真意でこれを取り下げたのであるから,本件取下げは有効であり,本件みなし却下処分は存在しない。したがって,主位的請求1項は存在しない処分の取消しを求めるものであるから,不適法として却下されるべきである。

(2)  本件各却下処分の違法性(主位的請求及び予備的請求)

ア 法4条1項該当性

(被告の主張)

(ア) 年金担保貸付けを利用し,その借入金を借金返済等のために費消した後,本来受給できるはずの年金を受給できなくなった場合は,実質的には生活保護費を借金返済等に充てることを目的として年金担保貸付けを利用していることとなるから,最低生活の維持のために利用可能な資産の活用を恣意的に忌避しているものとして,法4条1項の生活保護の受給要件を満たさない。

ただし,年金担保貸付けを利用したことにつき,社会通念上,真にやむを得ない状況にあったと認められる場合には,利用可能な資産としての年金の活用を恣意的に忌避しているとはいえず,年金担保貸付けを利用したことによって,法4条1項の生活保護の受給要件を満たしていないとは解されない(昭和38年4月1日厚生省社会局保護課長通知第10の問17参照)。

しかしながら,原告が,自らの生活保護の受給を辞退してまで成人した長男の借金の返済をすべき理由はないのであるから,年金担保貸付けを利用したことについて真にやむを得ない状況にあったものとはいえない。

(イ) 利用し得る資産,能力等を活用するという要件は,法4条1項に明記された要件であって,生活困窮者であってもこの要件を満たさない場合には,保護の要否を判断するまでもなく原則として生活保護は適用されないことになっている。

なお,法は,4条1項の補足性の原理に反する場合には一切保護しないとすれば不当な結果が生じる場合に備えて,同条3項によって具体的妥当性を図っている。

(ウ) 日常生活費に充当することが予定されている年金は,要保護者の最低限度の生活の維持のために活用されるべきものであり,本来的に法4条1項の「利用し得る資産」と評価されるものである。

(エ) 法2条は,「この法律の定める要件を満たす限り」法による保護を受けることができると規定するところ,「この法律の定める要件」のひとつが法4条であり,年金担保貸付け利用者は同条1項の受給要件に該当せず,「この法律の定める要件」を満たさないのであるから,本件各却下処分は法2条に反しない。

(原告の主張)

(ア) 原告のように年金を満額受け取っていても要保護状態にある者については,年金担保貸付けの利用の評価は保護の内容の判断に影響するだけで保護の要否に関わりはないのであるから,それを理由に保護を与えないことは違法である。

(イ) 法4条1項は,「保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」と規定するところ,年金担保貸付けを利用していて現に受給できない年金は,過去において利用し得た資産ではあるが,現在は利用できないのであるから,法4条1項の「利用し得る資産」や「その他あらゆるもの」に当たらない。したがって,年金担保貸付けの利用により年金が受給できなくなった者について,この点をもって同項の要件を満たさないとすることはできない。

(ウ) 生活保護を申請する前に年金担保貸付けを利用したために困窮した場合に,保護を開始しないとすることは,生活困窮の原因を理由に保護を開始しないのであるから,「すべて国民は,この法律の定める要件を満たす限り,この法律による保護を,無差別平等に受けることができる。」と定めた法2条に反し違法である。

(エ) 年金担保貸付けが法4条1項の要件を満たさないとされるのは,「実質的に保護費を借金返済等に充てることを目的として年金担保貸付けを利用している。」という悪質な目的を有する場合と解釈すべきであるが,原告はこれに当たらないから,法4条1項の要件を満たす。

(オ) 原告が年金担保貸付けを利用した理由は,糖尿病で療養中の長男の借金の返済のためであり,また,長男の高齢者虐待によるものであったから,原告が年金担保貸付けを利用したことについては,社会通念上真にやむを得ない状況にあった。

イ 法4条3項該当性

(被告の主張)

法4条3項の「急迫した事由がある場合」とは,生存が危うくされる場合その他社会通念上放置し難いと認められる程度に状況が切迫している場合をいうところ,本件取下げがなされた平成20年5月9日当時,原告の生活の見通しは立っており,本件再申請当時においても,固定電話及び携帯電話を所有し,通院も可能であった上,老人ホームへ入所することが可能であったし,また,これを勧められても拒否するほどであったから,「急迫した事由がある場合」に当たらなかった。

(原告の主張)

本件申請及び本件再申請当時,原告の収入は2か月おきに受給する年金3万3666円しかなかったのであり,急迫状況にあった。被告は,原告が施設に入所することが可能であったにもかかわらず入所を拒否したと主張するが,本件取下げ時ころ,原告の施設入所は不可能であったし,また,施設入所が可能であることを急迫状況否定の理由とするのは,居宅保護の原則を定めた法30条1,2項に反し許されない。

(3)  主位的請求2項及び予備的請求2項の訴えの適法性

(被告の主張)

ア 主位的請求2項について

主位的請求2項は,行訴法37条の3の義務付けの訴えと解され,主位的請求1項に係る処分が取り消されることを前提とするところ,前記(1)(被告の主張)のとおり,主位的請求1項に係る本件みなし却下処分はそもそも存在せず,取消しの対象とならないから,主位的請求2項は,行訴法37条の3第1項2号の要件を満たさないものとして却下されるべきである。

イ 予備的請求2項について

予備的請求2項も,義務付けの訴えと解され,予備的請求1項に係る処分が取り消されることを前提とするところ,前記(2)(被告の主張)のとおり,同項の請求に係る本件却下処分は適法であり取り消されないから,行訴法37条の3第1項2号の要件を満たさないものとして却下されるべきである。

(原告の主張)

ア 前記(1)(原告の主張)のとおり,本件取下げは錯誤により無効であり,本件申請については本件みなし却下処分がなされたこととなるところ,前記(2)(原告の主張)のとおり,本件みなし却下処分は取り消されるべきものであるから,主位的請求2項は行訴法37条の3第1項2号の要件を満たし,適法である。

イ 前記(2)(原告の主張)のとおり,本件却下処分は取り消されるべきものであるから,予備的請求2項は行訴法37条の3第1項2号の要件を満たし,適法である。

第3当裁判所の判断

1  争点(2)(本件各却下処分の違法性)について

(1)  法4条1項該当性について

ア 法4条1項は,「保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」と定めて,生活保護制度が資本主義社会の基本原則の一つである自己責任の原則の補足的役割を担うことを明らかにしているところ,年金は上記「その利用し得る資産」に該当するので,原告のように年金を満額受給しても要保護状態にある上記「生活に困窮する者が」,借金返済等に充てることを目的として年金担保貸付けを利用し,年金を満額受給できなくなった場合は,上記「その最低限度の生活の維持のために活用」していないことになり,法4条1項に該当しないといえる。

イ これに対し,原告は,年金を満額受け取っていても要保護状態にある者については,年金担保貸付けの利用の評価は保護の内容の判断に影響するだけで保護の要否に関わりはないから,それを理由に保護を与えないことは違法であると主張する。

この原告の主張は,法4条1項にいう「その利用し得る資産,能力その他あらゆるもの」(以下「利用し得る資産等」という。)を活用した場合には要保護状態とならない者がこれらを活用しなかった結果要保護状態となった場合は,法4条1項によって生活保護申請を却下できるが,利用し得る資産等を活用しても要保護状態にある者がこれらを活用しなかった場合は,法4条1項によって生活保護申請を却下することはできず,ただ,利用し得る資産等を活用しなかったことが生活保護の内容の判断に影響を与えるだけであるとの法4条1項の解釈を主張するものと解される。

しかしながら,法4条1項は「保護は,・・・活用することを要件として行われる。」と,利用し得る資産等を活用することを生活保護実施の要件とする旨明確に規定しており,利用し得る資産等を活用した場合は要保護状態にならない者とこれらを活用しても要保護状態となる者とによって取り扱いを異にしていない。

また,原告主張のような制度は立法論としては考え得るが,その場合の法4条1項の立法趣旨を前提とした生活保護の内容は,最低生活費(法8条2項参照)のうち要保護者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分(法8条1項参照)から活用しなかった利用し得る資産等の額を差し引いたもの(本件に即すると,最低生活費から年金額(年金担保貸付けによる返済額を含む。)を差し引いた金額)になるはずである。

ところが,法8条は,保護の基準及び程度について,単に「要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」と規定するにとどまり,保護の程度につき,それ以上に詳細な規定を置いていない。すなわち,法は,上記「不足分を補う程度」から利用し得る資産等を活用しなかった分を控除すべきことについては一切規定していないのであり,法8条によれば,法4条1項によって生活保護申請を却下できない場合の生活保護の内容は,最低生活費のうち要保護者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分(本件に即すると,最低生活費から年金額(年金担保貸付けによる返済額を差し引いた後の額)を差し引いた金額)を支給することになる。このことは,利用し得る資産等を活用しなかった額を加算して生活保護を行うことに他ならないが,このような結果は法4条1項の立法趣旨に明らかに反することになり,現行法が,原告主張のような制度を採用していないことを示しているといえる。

よって,原告の上記主張を採用することはできない。

ウ 次に,原告は,年金担保貸付けを利用していて受給できない年金は,過去において利用し得た資産ではあるが,現在は利用できないのであるから,法4条1項の利用し得る資産等に当たらないと主張する。しかし,原告は現に年金受給権を有するものであり,ただ,それを年金担保に入れることにより,それを活用していないのであるから,正に利用し得る資産を活用していないといえる。よって,この点についての原告の主張は採用できない。

エ さらに,原告は,生活保護を申請する前に年金担保貸付けを利用したために困窮した場合に,保護を開始しないとすることは,生活困窮の原因を理由に保護を開始しないのであるから,無差別平等の原則を定めた法2条に反すると主張するが,同条は,「この法律の定める要件を満たす限り」法による保護を無差別平等に受けることができると規定するものであり,年金担保貸付けを利用し法4条1項の要件を満たさない者は,「この法律の定める要件」を満たさないのであるから,これらの者について原則として保護を開始しないとすることは法2条に反するものではない。

オ 次に,原告は,年金担保貸付けが法4条1項の要件を満たさないとされるのは,「実質的に保護費を借金返済等に充てることを目的として年金担保貸付けを利用している。」という悪質な目的を有する場合と解釈すべきであり,原告はこの場合に該当しないから,法4条1項の要件を満たすと主張する。

しかし,前提事実及び証拠(証人A10項,甲15)によれば,原告の年金担保貸付け利用の目的は,長男の借金返済のため自己の知人から借り入れた借金の返済や,長男の家賃の滞納及び車のローンの返済等であり,原告は借金返済等に充てることを目的として年金担保貸付けを利用しているのであるから,原告が主張する上記解釈を前提としても,原告は法4条1項の要件を満たさないものと認められる。

したがって,この点についての原告の主張は理由がない。

カ また,原告は,糖尿病で療養中の長男の借金返済のためであったとか,長男の高齢者虐待によるものであったから,年金担保貸付けを利用したことについては社会通念上真にやむを得ない状況にあったと主張する。

しかし,要保護状態にある原告において成人している長男の借金を返済する目的で年金担保貸付けを利用することが,社会通念上真にやむを得ない状況にあったものとはいえない。

また,証拠(甲2,15,乙6,36)及び弁論の全趣旨によれば,平成19年9月当時,長男は原告に対し金を無心し,断ると暴言を吐いていたこと,原告が平成20年3月に再度年金担保貸付けを利用するようになった主な理由は,以前長男のために借金した知人からその返済を迫られたためであり,併せて,長男から金策を求められたためであること及びその時点では長男は暴言を吐かず,逆に,自分が働けるようになれば少しは原告の生活を助けることができると言ったこと,これに対し,原告は,断ると暴言を吐かれるのが嫌であったことと,長男の言を安易に当てにして,この金策に応じ,年金担保貸付けの一部を長男に交付したことが認められる。そうすると,原告が年金担保貸付けを利用した主な理由は知人から借金の返済を迫られたためであり,長男の暴言によって年金担保貸付けを強制されたとまではいえないのであるから,長男の高齢者虐待によって年金担保貸付けを利用したとか,年金担保貸付けを利用したことが社会通念上真にやむを得ない状況にあったということはできない。

したがって,この点の原告の主張を採用することはできない。

キ その他,原告は縷々主張するが,いずれも法4条1項に該当する根拠となり得ないものである。

よって,原告は法4条1項に該当しないといえる。

(2)  法4条3項該当性について

ア 法4条1項の要件を満たさない場合であっても,法4条3項によれば,「急迫した事由」がある場合には必要な保護を行うことを妨げるものではないとされるところ,同条3項が,法4条1項の要件を満たさない場合に生活保護を認めることができる例外規定であることからして,また,その文言に照らせば,同項の「急迫した事由」とは,生存が危うくされるとか,その他社会通念上放置し難いと認められる程度に状況が切迫している場合をいうものと解すべきである。

イ 本件申請について

そこで,本件申請について,「急迫した事由」の存否についてみると,証拠(甲5の1,甲15,24,乙35,36,証人A,証人B)及び弁論の全趣旨によれば,本件申請がなされたころ,原告の収入は2か月おきに受給する年金3万3666円のみであったが,弟の妻からのわずかながらの援助があったためか,日常生活用品がそろった居住場所があり,電気・水道のライフラインが確保されていたこと,手脚のしびれ,膝痛等の持病はあるものの,定期的に通院して薬をもらっており,手術等の予定もなかったこと,そして,今後長男の過払金が返ってくる可能性もあったことが認められる。

これらの事情に照らせば,本件申請がなされた平成20年5月ころにおいて,原告の生存が危うくされるとか,その他社会通念上放置し難いと認められる程度に状況が切迫していたとは認められず,原告について「急迫した事由」が存在していたとは認められない。

ウ 本件再申請について

証拠(甲15,乙13,証人A)によれば,本件再申請がなされた平成20年6月ころ,原告の収入状況は本件申請時と同様であって,長男の過払金返還の目処が立っておらず,また長男においても原告に対する債務の返済ないし扶養が困難であったと認められる。しかし,他方で,証拠(甲24,乙13,23ないし33,35,証人A,証人B)及び弁論の全趣旨によれば,そのころにおいても,弟の妻からのわずかながらの援助があったためか,原告宅のライフラインは確保され,携帯電話や自宅の固定電話は開通していた上,原告は,養護老人ホームへの入所が可能であったし,それにもかかわらず,これを拒否できる程度の生活状況にあったことが認められる。

これらの事情によれば,本件再申請がなされた平成20年6月ころにおいても,原告の生存が危うくされるとか,その他社会通念上放置し難いと認められる程度に状況が切迫していたとまでは認められず,「急迫した事由」が存在していたとは認められない。

なお,原告は,施設入所が可能であることを急迫状況否定の理由とすることは居宅保護の原則を定めた法30条1,2項に反し許されないと主張するが,法30条1項は,生活扶助の方法について施設等保護を例外的な方法とし,居宅保護を原則的な方法とする旨を定めた規定であり,同条2項はその施設等保護を強制できない旨を定めた規定であって,保護の要否の判断基準である法4条3項の「急迫した事由」の存否の判断基準を定めた規定ではないから,原告の主張を採用することはできない。したがって,急迫した事由が存するか否かの事実認定を行うに際し,施設入所が可能であるか否かの事実関係を考慮することは何ら問題がないというべきである。

エ 原告は,その他「急迫した事由」に該当する事実を縷々主張するが,それらの事実を考慮しても,上記イ及びウの認定を覆すには足りない。

よって,原告は法4条3項に該当しないといえる。

(3)  以上によれば,本件申請,本件再申請はいずれも法4条1項及び3項の生活保護の要件を満たさない。

よって,本件却下処分は適法であり,その取消しを求める予備的請求1項は理由がない。

2  争点(1)(本件みなし却下処分の存否)について

原告は,本件みなし却下処分が存在する根拠として,生活保護の受給が可能であったにもかかわらず,生活保護を受けられないものと誤信して本件取下げをしたものであるから,本件取下げは錯誤により無効であると主張する。

しかしながら,前判示のとおり,本件申請は法4条1項及び3項の生活保護の要件を満たさず,生活保護は受けられなかったのであるから,本件取下げに錯誤は存在せず,無効とはならない。

なお,原告は,取下げが有効となるための独自の4要件を主張して,本件取下げがその要件を満たしていないから無効であるとも主張しているが,同主張は独自の主張であって採用することはできない。

よって,本件みなし却下処分は存在しないから,その取消を求める主位的請求1項は不適法な訴えとなる。

3  争点(3)(主位的請求2項及び予備的請求2項の訴えの適法性)について

主位的請求2項及び予備的請求2項については,行訴法37条の3第1項2号の「当該処分又は裁決が取り消されるべきものであ」ることが訴訟要件となるところ,前判示のとおり,主位的請求1項及び予備的請求1項に係る本件各却下処分は取り消されるものではないから,主位的請求2項及び予備的請求2項に係る訴えはいずれも不適法である。

4  結論

したがって,主位的請求1項,2項及び予備的請求2項に係る訴えは不適法であるからこれらを却下し,その余の請求についてはこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行訴法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 一志泰滋 裁判官 今井弘晃 裁判官 佐藤智彦)

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