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大分地方裁判所 平成25年(ワ)347号 判決 2014年6月30日

主文

1  被告は,原告に対し,金3082万8897円及びこれに対する平成25年4月6日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用のうち参加によって生じた費用は被告補助参加人の負担とし,その余は被告の負担とする。

3  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文1項と同旨

第2事案の概要

原告は,A中学校(以下「本件中学校」という。)の生徒であったところ,本件中学校体育館内のバレーボール用支柱に設置されたステンレス製ネット巻き器を使用してバレーボールネットを張る作業をしていた際,当該ネット巻き器が急激に跳ね上がって顔面を直撃し,傷害を負った(以下「本件事故」という。)。本件は,原告が,本件中学校を設置する地方公共団体である被告に対し,公の営造物である上記支柱及びネット巻き器の設置又は管理に瑕疵があった,あるいは安全配慮義務を怠ったとして,国家賠償法(以下「国賠法」という。)2条1項,同法1条1項又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき,3082万8897円及びこれに対する本件事故の後である平成25年4月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  争いのない事実等

以下の事実は,いずれも当事者間に争いのない事実又は証拠等によって容易に認定することのできる事実であり,後者については,末尾に認定根拠を掲記する。

(1)  当事者等

ア 原告は,本件事故発生当時,本件中学校に1年生の女子生徒として在籍し,バレーボール部に所属していた(甲1の2,弁論の全趣旨)。

イ 被告は,本件中学校を設置する地方公共団体である。

被告補助参加人は,ステンレス鋳鋼業等を目的とする株式会社であり,本件事故の際に原告が使用していたステンレス製ネット巻き器(ステンレスネット巻きAK22300〔ハンドル付・ウォームギア方式・φ76.3支柱用〕。以下「本件ネット巻き器」という。)の製造業者である。(丙2,弁論の全趣旨)

(2)  本件事故の発生(甲1の2)

ア 日時 平成23年10月2日午前7時39分頃

イ 場所 本件中学校体育館内のバレーボールコート付近

ウ 態様 原告がバレーボール用支柱(以下「本件支柱」という。)に設置された本件ネット巻き器を使用してバレーボールネットを張る作業をしていたところ,本件ネット巻き器が急激に跳ね上がり,原告の顔面を直撃した。

(3)  原告の負傷

原告は,本件事故により,前額部挫創,頭蓋骨開放骨折,鼻骨骨折,脳挫傷の傷害を負った。

2  争点

(1)  本件支柱及び本件ネット巻き器の設置又は管理に瑕疵があったか

(原告の主張)

ア 本件支柱及び本件ネット巻き器は,いずれも「公の営造物」(国賠法2条1項)に当たる。

イ 本件ネット巻き器を含む設備は,本件支柱にネットを張る作業に供される物であり,本件中学校のバレーボール部員が本件ネット巻き器のハンドルを回すことは,その供用目的に沿った通常の利用方法にほかならず,本件ネット巻き器が本件支柱に固定され正常に作用することは,日常の部活動において当然の前提とされている。本件事故当時,中学1年生の女子生徒であった原告は,数名の生徒と共に,本件中学校の体育館において,同中学校教師の観察の下,バレーボールネットを張る作業をしていたのであり,特段変わった作業をしていたわけではないにもかかわらず,本件ネット巻き器が急激に跳ね上がり,その顔面を直撃した。このような本件事故が発生した事実及び当時の作業状況のみからでも,本件事故当時,本件ネット巻き器が危険な状態にあったことは明らかであるほか,本件ネット巻き器については,本件事故後の実験においても,急激にずれ上がることが確認されている。

また,被告補助参加人は,遅くとも平成18年10月31日以降は,本件ネット巻き器の同等品に,ずれ上がり防止用の六角穴付ボルトを新たに導入しているのであり,かかる防止措置がとられていなかった本件ネット巻き器については,ずれ上がりの危険性があった。

さらに,本件ネット巻き器は,本来,テニス用の支柱専用のものであるにもかかわらず,本件中学校では,設置又は管理が適切になされていなかったため,バレーボール用の本件支柱に転用して設置されていた上,本件ネット巻き器付属のものではないハンドルが使用されていた。

したがって,本件支柱及び本件ネット巻き器は,通常有すべき品質ないし安全性を欠いており,その設置又は管理に瑕疵があったというべきである。

ウ これに対し,被告は,本件ネット巻き器は適切に管理されていたと主張するが,業者による定期点検は,本件事故の3か月前に行われたものである上,平成23年9月21日に行われた日常点検は,簡易なものにとどまる。したがって,本件ネット巻き器について,適切な管理が行われていたとはいえない。

また,被告補助参加人は,本件ネット巻き器が,バレーボール用の本件支柱に転用して設置された上,本件ネット巻き器付属の専用ハンドルでないハンドルが使用されたことを理由として,原告は通常の用法に従って本件ネット巻き器を使用していなかったと主張するが,本件中学校においては,本件ネット巻き器をバレーボール用の本件支柱に設置し,専用のものではないハンドルが使用されていたのであるから,通常の用法に従って使用されていたかの判断に当たっては,本件中学校におけるこのような本件ネット巻き器の使用状況を前提として判断すべきであり,原告による本件ネット巻き器の使用方法は,通常の用法に従ったものと認定されるべきである。

(被告の主張)

ア 本件支柱及び本件ネット巻き器が「公の営造物」に当たることは,認める。

イ 設置の瑕疵について

本件ネット巻き器の同等品を用いて行われた実験では,通常よりも25%強めにネットを張ってもネット巻き器がずれ上がることはなかったため,本件ネット巻き器そのものに構造上の瑕疵があったとはいえない。

また,本件ネット巻き器は,販売当時,テニス用と明記されることなく販売されていた。テニス用の支柱とバレーボール用の支柱の太さは同一であり,かつ,テニスネットの方がバレーボールネットよりも大きく,そして重いことからすれば,テニスネットの負荷に耐えることができる本件ネット巻き器を,それよりも軽い負荷しかかからないバレーボールのネット巻き器として転用することに問題はない。したがって,本件ネット巻き器をバレーボール用の本件支柱に設置していたことをもって,設置の瑕疵があったとはいえない。

ウ 管理の瑕疵について

本件ネット巻き器については,平成23年7月4日に業者による定期点検が実施され,その際に,摩耗,亀裂,破損が存在しないこと,本件支柱との締付けに緩みが生じていないことが確認された上,増締めも行われた。また,同年9月21日に日常点検が実施された際にも,本件ネット巻き器に異常は認められなかった。このように,本件ネット巻き器は,適切に管理されており,管理の瑕疵があったとはいえない。

(被告補助参加人の主張)

原告は,本件事故当時,本件ネット巻き器付属の専用ハンドルを用いずに,別のハンドルを使用していた。当該専用ハンドルの全長は,85mmであるのに対し,原告が使用していたハンドルの全長は,108mmであり,専用ハンドルよりも23mm長い。そのため,てこの原理により,本件ネット巻き器にかかる負荷が,専用ハンドルを使用した場合よりも大きくなった。このように,本件事故は,通常予想される範囲を超える負荷が加えられて発生したものであるから,本件ネット巻き器が通常有すべき品質や安全性を欠いていたものとはいえない。また,本件ネット巻き器付属の専用ハンドルを使用すべきことは,購入者に対して送付している警告シールにも記載されており,この警告シールは,本件事故当時,本件ネット巻き器の支柱に貼付されていたものと考えられる。

また,本件ネット巻き器は,テニス専用のものである。テニスネットとバレーボールネットでは,その重量や大きさが異なり,ネット巻き器への負荷も異なるため,本件ネット巻き器は,テニスのネット巻き以外に使用することが禁止されており,購入者に対しては,その旨記載された取扱説明書や警告シールを送付していた。そうであるにもかかわらず,本件ネット巻き器は,バレーボールのネット巻き器として使用されていたのであるから,本件ネット巻き器は,通常の用法で使用されていたものではない。

したがって,本件ネット巻き器の設置又は管理に瑕疵はない。

(2)  被告に安全配慮義務違反があったか

(原告の主張)

被告は,本件中学校の設置者として,部活動中の生徒の安全に配慮すべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったため,本件事故が発生した。

(被告の主張)

争う。

(3)  過失相殺

(被告補助参加人の主張)

本件ネット巻き器のハンドルの使用に当たっては,ハンドルを奥まで差し込み,ゆっくり,慎重に回すべきであり,このことは,本件支柱に貼付された警告シールにも記載され,本件中学校の生徒に周知されていた。そうであるにもかかわらず,原告は,本件事故の際,本件ネット巻き器のハンドルをゆっくり慎重に回転させず,力任せに急激に回転させたため,本件事故が発生した。

したがって,かかる原告については,少なくとも5割程度の過失相殺がされるべきであり,その後に損益相殺がされるべきである。

(原告の主張)

原告は,数名の生徒と共に,本件中学校教師の観察の下,バレーボールネットを張る作業をしていたのであり,特段変わった作業をしていたものではない上,ネット張りの作業においては相当の力を加えることが予定されており,中学1年生の女子生徒が特段変わった方法によらずに本件ネット巻き器を巻いた場合には,これが跳ね上がることはない。

したがって,原告に過失はなく,過失相殺すべきでない。

(4)  原告の損害額

(原告の主張)

原告は,本件事故により,次の各損害を被った。

ア 両親による付添費      14万9900円

イ 入院雑費           2万8500円

ウ 入通院慰謝料        80万円

エ 後遺傷害による逸失利益 2346万3898円

原告は,本件事故により後遺障害等級第9級(外貌に相当程度の醜状を残すもの)及び同第14級(嗅覚の減退)に当たる後遺障害を負い,その症状固定時は平成24年6月20日として計算するのが相当であり,また当時13歳の中学生であった。

そうすると原告の後遺傷害による逸失利益は,賃金センサス平成23年第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男女計の全年齢平均年収額470万9300円を原告の基礎収入として,18歳から67歳までの期間につき,35%の労働能力を喪失したものとして算出すべきであり,次のとおり2346万3898円となる。

(計算式)470万9300円×(18.5651[54年のライプニッツ係数]-4.3295[5年のライプニッツ係数])×35%≒2346万3898円

オ 後遺障害慰謝料      690万円

カ アからオの合計     3134万2298円

キ 損害の填補

(ア) 原告が,平成23年12月5日から平成24年7月6日までの間に5回にわたって独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「スポーツ振興センター」という。)から支払を受けた金員のうち,原告の見舞金として受領した合計16万6530円を,カ項の元金3134万2298円から控除すると3117万5768円となる。

(イ) 原告は,平成25年4月5日にスポーツ振興センターから障害見舞金550万円の支払を受けた。

上記550万円を,(ア)項の元金3117万5768円に対する平成23年10月2日(本件事故日)から平成25年4月5日(上記障害見舞金の支給日)までの遅延損害金235万3129円,元金3117万5768円の順に充当すると,残元金は2802万8897円となる。

ク 弁護士費用相当損害額   280万円

ケ したがって,原告の損害額は,キ(イ)項の2802万8897円とク項の280万円の合計額である3082万8897円となる。

(被告の主張)

原告主張の各損害額のうち,両親による付添費,入院雑費,入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料については,認める。

その余の損害(逸失利益及び弁護士費用相当損害額)については,争う。

原告主張の損益相殺の対象となる金額及びその充当方法については争わない(第3回口頭弁論調書)。

(被告補助参加人の主張)

争う。

ただし,原告主張の損益相殺の対象となる金額及びその充当方法については争わない(第3回口頭弁論調書)。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件支柱及び本件ネット巻き器の設置又は管理に瑕疵があったか)について

(1)  証拠(甲1の2,甲2の2ないし5,甲3の2,3,乙1ないし7,丙2ないし7)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。なお,末尾に認定の主たる根拠を掲記する。

ア 本件ネット巻き器は,特殊ステンレスを材質とし,その重量は2.4kgであって,支柱固定金具を用いて支柱を挟み込み,六角穴付ボルト(M8×L30)を2個使用して支柱に固定する構造のネット巻き器である(甲2の4)。

イ 被告は,平成18年6月8日ころ,B株式会社(以下「B」という。)から,本件中学校のバレー用ネット締め金具として,本件ネット巻き器を購入し,これを本件支柱に設置した(甲1の2)。本件ネット巻き器は,これ以降,本件中学校において,部活動,授業,地域活動等に使用されていた(甲2の3)。

被告補助参加人は,平成18年12月ころ,本件ネット巻き器と同型のネット巻き器について,従来の取扱説明書(丙3)に加えて,新たに取付時の注意として,「本製品を安全にご使用して頂くために,ネット巻き(本件ネット巻き器と同型のネット巻き器を指す。以下,引用部分においては同じである。)を取り付ける際,支柱のストッパー(ボルトの頭部)をネット巻き本体の穴に入れて,お取付けください。」,「ネットを強く巻き過ぎると,ネット巻きがズレ上がる恐れがあります。」などと記載した書面(丙6)と,「本製品を安全にご使用して頂くために,パイプに付属のボルトを図のようにお取付けください。」,「ネットを強く巻き過ぎると,ネット巻きがズレ上る恐れがあるため,ズレ上り防止のボルトは必ず取付けてください。」などと記載した書面(丙7)を同封する措置を講じるようになったが,被告が本件ネット巻き器を購入した同年6月当時は,上記両書面(丙6,7)は同封されておらず,支柱に取り付けるずれ上がり防止用の部品(六角穴付ボルト〔M8×L12〕及びバネ座金)も,付属部品に含まれていなかった。そのため,本件事故当時,本件ネット巻き器については,上記両書面(丙6,7)記載のようなずれ上がり防止のための措置は講じられていなかった。(以上につき,甲2の2,3,丙3,6,7,弁論の全趣旨)

また,本件ネット巻き器については,本件事故に関する被告補助参加人等への調査が行われた平成24年11月26日当時には,テニス用の器具と明記した上で販売されていたが,被告が本件ネット巻き器を購入した平成18年6月当時は,その用途につき,テニス用,バレーボール用などといった明記は特にされていなかった。(甲2の3)

ウ 本件中学校においては,体育器具について,業者による年1回の定期点検及び同校の管理担当者による月1回の日常点検が実施されていたところ,本件事故の直近における各点検の結果は,次のとおりである(甲1の2,2の4,乙1ないし7)。

(ア) Bの従業員は,被告との委託契約に基づき,平成23年7月4日,本件中学校において,規定の仕様書等に従い,本件支柱及び本件ネット巻き器を含む各体育器具の安全点検(定期点検)を行ったが,同従業員は,本件支柱に異常を認めず,本件ネット巻き器についても,摩耗,外形上の亀裂・破損等は認めず,締付けの緩みを認めなかった。同社の担当者は,上記点検の際,点検手順に従い,本件ネット巻き器の増締めを行った。

(イ) また,本件中学校の体育器具の管理担当者は,平成23年9月21日,目視により,本件支柱及び本件ネット巻き器を含む各体育器具の安全点検(日常点検)を行ったところ,いずれについても,異常を認めなかった。

エ 本件中学校の教頭らは,本件事故の直後,現場付近にいた生徒ら(バレーボール部員)から聴取りを行い,今までバレーボールネットを張るときに本件ネット巻き器がぐらついたりしたことがないか尋ねたところ,全員が「ない。」と答えた(甲1の2)。また,このころ,本件中学校の体育館を利用するバレーボールやミニバレーボールの社会体育団体にも同様の質問を行ったところ,連絡の取れた3団体とも,「ない。」と回答した(甲1の2)。

オ 本件事故発生当時,本件ネット巻き器付属のものではないハンドルを用いて本件ネット巻き器が使用されていた。

被告補助参加人作成の本件ネット巻き器の取扱説明書(丙3)には,「使用上のご注意」欄に,「ワイヤーをワイヤーフックに掛ける前,ネット巻きのハンドル軸に専用ハンドルを差込み,回転具合を確認してください。」と記載されているほか,同取扱説明書の「取付け及び使用方法」の項目中には,「警告シールを支柱に貼付けます。」との記載があり,被告補助参加人作成の警告シール(丙4)には,「専用ハンドルを使用してください。」との記載がある。

カ 独立行政法人製品評価技術基盤機構(以下「NITE」という。)は,本件事故後の平成24年12月14日,本件事故の現場となった本件中学校の体育館において,本件中学校や警察署と合同で,本件ネット巻き器及びこれと同等品(本件ネット巻き器と同型の製品であるが,被告が購入した平成18年6月当時のものとは若干異なるもの)を,同中学校にあった本件支柱とは別のバレーボール用の支柱に取り付けるなどして,バレーボールネットを張る再現テストを行った(以下「本件合同調査」という。)ところ,その結果は,次のとおりである(甲2の4)。

(ア) 本件ネット巻き器の外観検査等

本件ネット巻き器は,本件合同調査の開始当初,本件事故当時の状況を保全すべく,ずれ上がったままの状態で本件支柱に取り付けられたままになっていた。外観上特に異常は認められなかった。本件支柱に固定する六角穴付ボルト2個の緩めトルク(緩めにくさの指標として使われる数字であり,所定の締結力を得るまで締め込んだねじ,ボルトを,緩め回転させるのに必要な最大トルク。なおトルクとは,力と距離の積で表される回転力を指す。また緩めトルクは,ねじやボルトがどの位のトルクで締め付けられているかを検査する際に,比較的容易に測定される検査値でもあるが,その検査値は実際の締付けトルクより低く測定される傾向がある。)は,上のボルトが13.9N・m(ニュートン・メートル),下のボルトが10.2N・mであった。

本件支柱から本件ネット巻き器を取り外したところ,本件ネット巻き器の内側に,文字の痕跡が認められるフィルム状のもの(本件支柱に貼付されていたシールが,本件ネット巻き器がずれ上がる際に削り取られたものと思料される。)と,本件支柱の塗料とみられる油状のものが認められた。

(イ) 通常どおりバレーボールネットを張った場合

本件ネット巻き器を別の支柱に取り付けた(本件ネット巻き器の支柱への取付けの締付けトルクは,上のボルトが23.0N・m,下のボルトが20.0N・m,緩めトルクは,上のボルトが18.2N・m,下のボルトが22.8N・m)上で,通常どおり(引張張力1891ニュートン〔193キログラム重〕にて)バレーボールネットを張ったところ,本件ネット巻き器は,ネットを張り終わると同時に,徐々に支柱をずれ上がり,支柱に設置されたストッパーで止まった。

これに対し,本件ネット巻き器の同等品を支柱に設置した(同等品の支柱への取付けの締付けトルクは,上のボルトが17.0N・m,下のボルトが21.1N・m,緩めトルクは,上のボルトが18.1N・m,下のボルトが18.7N・m)上で,通常どおり(引張張力1960ニュートン〔200キログラム重〕にて)バレーボールネットを張ったところ,同等品が,支柱をずれ上がることはなかった。その後,更にバレーボールネットの張力を2450ニュートン(250キログラム重)にまで上げたが,同等品が支柱をずれ上がることはなかった。

(ウ) 本件事故当時の緩めトルクで本件ネット巻き器を支柱に取り付けてバレーボールネットを張った場合

上記(ア)項の結果,本件事故当時の本件ネット巻き器は,緩めトルクにつき上のボルトが13.9N・m,下のボルトが10.2N・mで,本件支柱に取り付けられていたと思料されるところ,同トルクにて本件ネット巻き器を支柱に設置し,張力を測定しながらバレーボールネットを張ったところ,本件ネット巻き器は,張力が1274ニュートン(130キログラム重)となった時点から徐々に支柱をずれ上がり始め,支柱に設置されたストッパーの位置で止まった。

本件事故当時の本件ネット巻き器の緩めトルク(上のボルト13.9N・m,下のボルト10.2N・m)にて,本件ネット巻き器の同等品を支柱に設置し,張力を測定しながらバレーボールネットを張ったところ,同等品は,張力が1960ニュートン(200キログラム重)に至っても,更に締め上げて2450ニュートン(250キログラム重)に至っても,支柱をずれ上がることはなかった。そこで,同等品を更に低い締付けトルクにて本件支柱に取り付けることとし,同等品を締付けトルクにつき,上下ボルト共に5.0N・mにて支柱に取り付け,張力を測定しながらバレーボールネットを張ったところ,同等品は,張力が1666ニュートン(170グラム重)となった時点から徐々に支柱をずれ上がり始め,支柱に設置されたストッパーの位置で止まった。

(エ) 支柱のストッパーをはずした場合

本件ネット巻き器が本件事故時と同様に跳ね上がるかを確認すべく,支柱からストッパーを外した状態で,本件ネット巻き器を本件事故当時と同じ緩めトルクと思料される緩めトルク(上のボルトが13.9N・m,下のボルトが10.2N・m)にて,本件ネット巻き器を支柱に取り付け,張力を測定しながらバレーボールネットを張ったところ,本件ネット巻き器は,張力が1960ニュートン(200キログラム重)となった時点から支柱をずれ上がり始め,その後も巻上げを続けた結果,急激に跳ね上がった。最終的な張力は,2450ニュートン(250キログラム重)であった。

また,本件事故当時の緩めトルクより,倍近い力の緩めトルク(上下ボルト共に20.0N・m)にて本件ネット巻き器を支柱に取り付け,張力を測定しながらバレーボールネットを張ったところ,本件ネット巻き器は,張力が2352ニュートン(240キログラム重)となった時点からずれ上がり始め,その後も巻き上げを続けた結果,急激に跳ね上がった。最終的な張力は,2450ニュートン(250キログラム重)であった。

キ C警察が平成24年11月26日にNITEにファックス送信した本件事故に係る通知書(甲2の2)には,本件事故の原因として,「ネット巻きには,支柱に直接ボルトをねじ込むズレ上がり防止措置が導入されているものの,本機器(本件ネット巻き器)には同措置が取り付けられていない。このことが直接的原因と思料されるが,ズレ上がり防止措置を講じるべき法規制も存在しない。」と記載されている。

(2)ア  本件支柱及び本件ネット巻き器が「公の営造物」(国賠法2条1項)に当たることについては,当事者間に争いがない。

イ  第2の1の各事実,(1)項で認定した事実によれば,本件中学校は,体育館内のバレーボール用に設置した本件支柱に,バレーボールネットを張るために本件ネット巻き器を取り付けていたこと,原告は,本件支柱に取り付けられた本件ネット巻き器を使用してバレーボールネットを張る作業をしたところ,本件ネット巻き器が本件支柱を急激に跳ね上がったこと,本件ネット巻き器が急激に跳ね上がったのは,本件事故当時,2450ニュートン(250キログラム重)程度の張力が本件ネット巻き器にかかると,本件ネット巻き器が,急激に跳ね上がる状態になっていたたため((1)カ項)と十分に推認できることが認められる。

中学生が,バレーボールネットを張るに際し,張力につき,通常にバレーボールネットを張るより,多少強く2450ニュートン(250キログラム重)の張力がかかる程度に,本件ネット巻き器のハンドルを回すことは十分に想定されるところであり,この程度の張力で,本件事故当時,本件ネット巻き器が,急激に跳ね上がる状態であったのであるから,本件ネット巻き器は,通常有すべき安全性を有しておらず,その設置又は管理に瑕疵があったものと認められるというべきである。

(3)ア  これに対し,被告は,本件ネット巻き器の同等品で実験した場合に,それがずれ上がることはなかったから,本件ネット巻き器にも瑕疵がないと主張する。しかし,本件ネット巻き器の同等品に瑕疵がなかったということから,直ちに本件ネット巻き器の設置,管理に瑕疵がなかったと認めることはできないのであり,被告の上記主張は採用できない。

また,被告は,本件ネット巻き器は,定期的に検査がされており,異常が指摘されていないから,瑕疵がないと主張する。しかし,(1)項で認定した事実によれば,本件ネット巻き器は,通常,取付けに際して用いられると思料される((1)カ(イ)項)上下ボルト共に20.0N・mの緩めトルク((1)カ(エ)項)で,本件支柱に取り付けた場合でも,2352ニュートン(240キログラム重)の張力をかけると本件支柱をずれ上がる状態になっていたものと推認できることからすると,むしろ,定期点検,あるいは日常点検の方法に問題があったとも思料されるのであり,少なくとも,定期点検,日常点検にて異常が指摘されなかったことをもって,本件ネット巻き器に瑕疵がなかったとすることはできない。したがって,被告の上記主張は採用できない。

イ  被告補助参加人は,原告が本件ネット巻き器付属の専用ハンドルを用いずに本件ネット巻き器を回したために本件事故が発生したものであり,また,本件ネット巻き器を使用する際には専用ハンドルを用いるべきであることは本件事故当時に本件ネット巻き器の支柱に貼付されていた警告シールに記載されていたのであるから,本件ネット巻き器には設置,管理の瑕疵がないと主張する。しかしながら,本件中学校が,本件ネット巻き器でバレーボールネットを張るに際し,通常,本件ネット巻き器に付属するハンドルを使用していたことをうかがわせる証拠はなく,原告が,あえて,本件ネット巻き器に付属するハンドルを使用しなかった事実はうかがえない。そうすると,原告が,本件ネット巻き器付属のハンドルを使用しなかったことが本件中学校における本件ネット巻き器の通常の用法に反した使用になるとは認められない。したがって,被告補助参加人の上記主張を採用することはできない。

また,被告補助参加人は,本件ネット巻き器はテニスネット専用のものであって,これをバレーボールネットに転用したのであるから,本件ネット巻き器は通常の用法で使用されていないと主張する。しかし,前記のとおり,本件ネット巻き器は,バレーボール用ネット締め金具として本件中学校に納入され,本件中学校は,これをバレーボール用の支柱に取り付けていたものであり,部活,授業,地域活動等で使用されていたのであるから,このような本件中学校における本件ネット巻き器の用途からすれば,本件ネット巻き器をバレーボールネットに使用したことは,通常の用法に従ったものといえる。被告補助参加人の上記主張を採用することはできない。

2  争点(3)(過失相殺)について

(1)  被告補助参加人は,原告が本件事故の際に本件ネット巻き器のハンドルをゆっくり慎重に回転させず,力任せに急激に回転させたのであり,過失相殺を行うべき旨主張する。

(2)  1(2),(3)項のとおり,本件中学校は,体育館内のバレーボール用に設置した本件支柱に,バレーボールネットを張るために本件ネット巻き器を取り付けていたこと,原告は,本件支柱に取り付けられた本件ネット巻き器を使用してバレーボールネットを張る作業をしたところ,本件ネット巻き器が本件支柱を急激に跳ね上がったこと,本件ネット巻き器が急激に跳ね上がったのは,本件事故当時,2450ニュートン(250キログラム重)程度の張力が本件ネット巻き器にかかると,本件ネット巻き器が,急激に跳ね上がる状態になっていたたためと認められるが,他方,中学生の生徒が,バレーボールネットを張るに際し,張力につき,通常にバレーボールネットを張るより,多少強く2450ニュートン(250キログラム重)の張力がかかる程度に,本件ネット巻き器のハンドルを回すことがあることは十分に想定されるところであり,本件中学校等は,この想定のもとに,本件ネット巻き器等の物品の設置,管理をすべきであること,また,本件中学校は,上記の想定のもとに,本件ネット巻き器等の物品の使用方法につき生徒に対して指導すべきであるが,本件中学校が,本件ネット巻き器の使用方法につき,原告に対して,どのような指導をしたのかは証拠によっても明らかではないこと,本件ネット巻き器でバレーボールネットを張るに際し,通常,本件ネット巻き器に付属するハンドルを使用していたことをうかがわせる証拠はなく,原告が,あえて,本件ネット巻き器に付属するハンドルを使用しなかった事実はうかがえないことからすると,過失相殺をするのは不当である。

したがって,被告補助参加人の主張を採用することはできない。

3  争点(4)(原告の損害額)について

(1)  証拠(甲4の1~9,甲7の1の1・2,甲7の2の1・2,甲7の3の1・2,甲7の4の1・2,甲7の5の1・2,甲7の6の1・2,甲7の7の1・2,甲7の8の1・2,甲8,甲9)及び弁論の全趣旨によれば,原告は次のとおり,本件事故による傷害により入通院したことが認められる。

ア D病院脳神経外科

入院 平成23年10月2日から同月20日まで(19日間)

通院 平成23年11月7日,同月10日,平成24年1月5日,同年4月5日,同年8月2日,同月9日(計6日)

イ D病院形成外科

通院 平成23年11月10日,平成24年2月29日,同年4月5日(計3日。なお,平成23年11月10日,平成24年4月5日の通院については,上記ア項と重複する。)

ウ D病院耳鼻咽喉科

通院 平成23年10月14日

エ E病院耳鼻咽喉科頭頸部外科

通院 平成24年6月20日

(2)  両親による付添費及び入院雑費

原告が本件事故により,両親による付添費として14万9900円,入院雑費として2万8500円の各損害を被ったことについては,当事者間に争いがない。

なお,この点について,被告補助参加人は,原告主張の上記各損害額を争うが,これらについては被告の自白が,平成26年3月7日の第5回弁論準備手続期日において成立しているため,補助参加人の当該主張は効力を有しない(民事訴訟法45条2項)。

(3)  入通院慰謝料

本件事故による原告の傷害内容,治療期間及び経過等などの一切の事情を考慮すると,原告の入通院慰謝料は80万円とするのが相当である。

(4)  後遺傷害による逸失利益

証拠(甲4の6,甲4の8)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故による後遺傷害として前額部瘢痕による醜状及び嗅覚の減退を残すものであること,上記前額部瘢痕は,原告の外貌に相当程度の醜状を残すものであると認められる。そうすると,原告の労働能力喪失率は35%とするのが相当である。

また,上記証拠によれば,原告の前額部瘢痕の後遺障害は平成24年4月5日に,嗅覚の減退の後遺障害後者については同年6月20日に,それぞれ症状固定したことが認められ,原告は,本件事故当時中学生であった。

以上の事実からすると,原告の後遺傷害による逸失利益は,原告の主張するとおり,賃金センサス平成23年第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男女計の全年齢平均年収額470万9300円を原告の基礎収入として,18歳から67歳までの期間につき,35%の労働能力を喪失したものとし,中間利息控除の基礎となるライプニッツ係数を,症状固定時である13歳から67歳までの54年に相当する18.5651から,13歳から18歳までの5年に相当する4.3295を控除した値である14.2356として算出するが相当であり,原告の主張どおり2346万3898円となる。

(計算式)470万9300円×(18.5651[54年のライプニッツ係数]-4.3295[5年のライプニッツ係数])×35%≒2346万3898円

(5)  後遺障害慰謝料

(4)項を含め,後遺障害に関する一切の事情を考慮すると原告の後遺障害慰謝料は,690万円とするのが相当である。

(6)  (1)から(5)項の金員の合計額は3134万2298円となる。

(7)  損害の填補

ア 証拠(甲5,6,乙9の1・2,乙10の1~4,乙11の1・2,乙12の1・2,乙13の1~3)及び弁論の全趣旨によれば,スポーツ振興センターからの金銭の支払について,下記のとおり認められる。

スポーツ振興センターは,原告に対し,本件中学校校長を通じ,下記(ア)項から(オ)項のうち各a項に記載されている金額を治療費及び見舞金として支払った。原告は,このうち各b項に記載されている金額を,原告の入院料や診療費としてD病院に支払い,各c項に記載されている金額(各a項に記載されている金額から各b項に記載されている金額を控除した金額)を,見舞金として受領した。

(ア)a 平成23年12月5日に脳挫傷,頭蓋内に達する開放創併合あり,鼻骨開放骨折に対する同年10月分の治療費及び見舞金として17万9056円を受領(乙9の1)

b 同日,D病院に対して,平成23年10月2日から同月20日までの入院料として,1万7140円を支払(乙9の2)

c 原告が受領した見舞金  16万1916円

(イ)a 平成24年2月7日に脳挫傷,頭蓋内に達する開放創併合あり,鼻骨開放骨折に対する平成23年11月分の治療費及び見舞金として3932円を受領(乙10の1)

b 同日,D病院に対して,平成23年11月7日分(脳神経外科)及び同月10日分(形成外科及び脳神経外科)の診療費として,合計2950円を支払(乙10の2から4)

c 原告が受領した見舞金 982円

(ウ)a 平成24年4月2日に,脳挫傷,頭蓋内に達する開放創併合あり,鼻骨開放骨折に対する同年1月分の治療費及び見舞金として1万0368円を受領(乙11の1)

b 同月12日,D病院に対して,同年1月5日分(脳神経外科)の診療費として7780円を支払(乙11の2)

c 原告が受領した見舞金 2588円

(エ)a 平成24年5月7日に,脳挫傷,頭蓋内に達する開放創併合あり,鼻骨開放骨折に対する同年2月分の治療費及び見舞金として280円を受領(乙12の1)

b 同日,D病院に対して,同年2月29日分(形成外科)の診療費として210円を支払(乙12の2)

c 原告が受領した見舞金 70円

(オ)a 平成24年7月6日に,脳挫傷,頭蓋内に達する開放創併合あり,鼻骨開放骨折に対する同年10月分の治療費及び見舞金として3904円を受領(乙13の1)

b 同月4日,D病院に対して,同年4月5日分(形成外科及び脳神経外科)の診療費として合計2930円を支払(乙13の2,3)

c 原告が受領した見舞金 974円

また,スポーツ振興センターは,平成25年3月21日,本件事故による原告の各後遺障害のうち,前額部瘢痕による醜状については,独立行政法人日本スポーツ振興センターに関する省令23条別表の第9級の16「外貌に相当程度の醜状を残すもの」に,嗅覚障害については,同別表の第14級の9「嗅覚の減退のみが存するもの」にそれぞれ該当するものと認め,原告に対し,第9級の障害見舞金(550万円)を支給する旨決定した(甲5)。

原告は,平成25年4月5日,上記障害見舞金の支給を受けた(甲6)。

イ 原告は,平成23年12月5日から平成24年7月6日までの間,5回にわたってスポーツ振興センターから支払を受けた金員のうち,原告の見舞金として合計16万6530円を受領したところ,これを上記(6)項の元金3134万2298円から控除すると3117万5768円となる。

そして,原告は,平成25年4月5日,スポーツ振興センターから,障害見舞金として550万円の支給を受けたところ,これを,次の計算式のとおり同日までに発生した上記3117万5768円に対する民法所定の年5%の割合による遅延損害金235万3129円,元金3117万5768円の順に充当すると残元金は2802万8897円となる。

(計算式)

3117万5768円×(551日÷365日)×5%≒235万3129円

(8)  弁護士費用相当額

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は,280万円とするのが相当である。

(9)  (7)と(8)項の金員の合計額は3082万8897円となる。

(計算式)

2802万8897円+280万円=3082万8897円

4  結論

以上によれば,原告は,被告に対し,3082万8897円及びこれに対する平成25年4月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よって,原告の請求には理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮武康 裁判官 大島広規 裁判官 五味亮一)

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