大判例

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大分地方裁判所 平成5年(ワ)28号 判決 1993年8月31日

原告

漆間時

ほか四名

被告

門野喜一郎

主文

一  被告は、原告漆間時に対し金三三〇万七二四一円、原告井上清子、同姫野都代子、同漆間亮二、同福田美代に対しそれぞれ金九七万〇一九七円及び右各金員に対する平成三年九月二三日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告漆間時に対し、金九六二万〇八八一円及び内金九〇二万〇八八一円に対する平成三年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告井上清子、同姫野都代子、同漆間亮二、同福田美代のそれぞれに対し、金二四〇万五二一九円及び内金二二五万五二一九円に対する平成三年九月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車に衝突されて死亡した歩行者の相続人らが自賠法三条に基づいて損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1(事故の発生)

被告は、平成三年九月二三日午後六時三〇分ころ、普通乗用車を運転して福岡県京都郡苅田町大字尾倉二九九〇番地の二の国道一〇号線路上を進行中、不注意な運転により道路を歩行中の亡漆間定夫(以下「亡定夫」という。)に自動車を衝突させて、同人を死亡させた(以下「本件事故」という。)。

2(被告の責任)

被告は、加害車両を保有し、これを自己のための運行の用に供していたものであり、自賠法三条本文により、原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

3(相続)

亡定夫が平成三年九月二三日に死亡したことから、原告らは、原告漆間時が二分の一、その余の原告らがいずれも八分の一の割合で、亡定夫の損害賠償請求権を相続した。

4 (損益相殺)

原告らは、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険から金二〇七二万五八〇〇円を受領し、原告漆間時が二分の一、その余の原告らは八分の一づつを各自の損害に充当した。

二  主たる争点

1  本件事故による損害額

2  過失相殺の割合

第三争点に対する判断

一  本件事故による損害額(争点1)について

1  亡定夫の逸失利益(恩給分を除く。)

(1) 亡定夫は、本件事故当時満六八歳(大正一二年二月一二日生)の男性で、家族とともに事業を営んでいたものであり(有限会社大分計装〔以下「大分計装」という。〕の代表取締役)、本件事故当時の年収は、次のとおりであつた(甲二号証、甲九号証、原告漆間時本人尋問の結果)。

<1> 役員報酬(原告ら主張の額は年額金二一六万円) 金二一六万円

甲九号証、弁論の全趣旨によれば、亡定夫が大分計装から受けていた役員報酬は年額金二一六万円と認められる。

<2> 人夫に関する徴収金(原告ら主張の額は金一一五万九〇〇〇円) 金九一万一五二〇円

甲六号証の一ないし二二、甲七号証の一ないし一三、甲八号証の一ないし九及び原告漆間時本人尋問の結果によれば、亡定夫は、人夫経費・連絡費の名目で大分計装が雇つていた人夫からそれぞれ一人一日当たり金一〇〇〇円を徴収していたが、人夫への連絡は電話等で行つていたため、人夫経費・連絡費用等としてはさほどかかつておらず、右徴収金の大部分は亡定夫の収入になつていたこと(右人夫経費・連絡費用の割合は右徴収金の一割を超えることはなかつたと推認される。)、本件事故前の平成二年一月から平成三年八月までの二〇か月間に亡定夫が取得した人夫に関する徴収金は一六八万八〇〇〇円となり、一か月の平均額は金八万四四〇〇円となるから、亡定夫は人夫に関する徴収金として年額金一〇一万二八〇〇円を得ており、右徴収金のうちの九割(金九一万一五二〇円)は同人の実質的な収入となつていたと認めるのが相当である。

<3> なお、原告らは、亡定夫は原告漆間亮二の妻名義の給与分として年額金六〇万円を取得していたと主張し、原告漆間時本人尋問の結果中には、亡定夫は、大分計装の帳簿上、原告漆間亮二の妻名義の給与として支払つたこととして、年額金六〇万円を取得していたとする部分があるが、原告らが大分計装の帳簿関係として提出した甲九号証には右尋問結果に沿う記載がないから、右尋問の結果はにわかに信用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

<4> そうすると、亡定夫は、本件事故当時、合計金三〇七万一五二〇円を下らない年収(恩給分を除く。)を得ていたと認められる。

(2) 右年収額を基礎に亡定夫の逸失利益(恩給分を除く。)を計算すると、亡定夫は本件事故当時満六八歳であり、本件事故で死亡しなければ少なくとも七年間は就労可能であり、全期間について生活費として収入の四割を必要としていたと認めるのが相当であるから、その逸失利益(恩給分を除く。)をライプニッツ方式によつて計算すると、金一〇六六万三〇八八円(円未満切捨て。以下同じ)となる。

(計算式)

307万1520円×(1-0.4)×5.786(ライプニッツ係数)=1066万3088円

2  恩給分の逸失利益 金二七三万九九六〇円

乙一号証、原告漆間時本人尋問の結果によれば、亡定夫は軍人恩給として年額金四七万三五五〇円の給付を受けていたことが認められ、亡定夫は本件事故当時満六八歳であり、本件事故で死亡しなければ、本件事故後一四年間は生存し、右恩給を受給し得たと推認するのが相当であるが、前記認定の生活費の割合、恩給が恩給受給権者に対して損失補償ないし生活補償を与えることを目的とするものであることなどに照らすと、前記就労可能期間(七年間)以後は前記の稼働による年収がなくなる結果、生活費(307万1520円×0.4=122万8608円〔年額〕)が収入(恩給額)を上回るため得ることができたはずの利益はないことになるから、恩給分の逸失利益をライプニッツ方式によつて計算すると、金二七三万九九六〇円となる。

(計算式)

47万3550円×5.786(ライプニッツ係数)=273万9960円

3  亡定夫の逸失利益(原告ら主張の額は金一三五六万一三八三円) 金一三四〇万三〇四八円

以上の次第で、亡定夫の本件事故による逸失利益を合計すると、その額は金一三四〇万三〇四八円となる。

4  葬儀費用 金一二〇万円

原告らは、亡定夫の葬儀を執り行い、金一二〇万円を下らない費用を支出し、その費用は原告らが法定相続分に応じて負担しているところ(甲一〇号証の二、原告漆間時本人尋問の結果、弁論の全趣旨)、本件の証拠及び弁論の全趣旨から認められる諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は金一二〇万円と認められる。

5  文書代 金六一八〇円

原告らは、本件事故による損害を明らかにするため、亡定夫が診療を受けた病院から診断書、診療報酬明細書を取り寄せ、その費用として金六一八〇円を支出し、その費用は原告らが相続分に応じて負担した(甲三号証、甲四号証、弁論の全趣旨)が、その費用は本件事故と相当因果関係が認められる。

6  慰謝料(原告ら主張の額は金二四〇〇万円) 金二〇〇〇万円

本件事故の態様、原告の年齢等本件証拠及び弁論の全趣旨から認められる諸事情を考慮すると、亡定夫の慰謝料は金二〇〇〇万円が相当である。

二  過失相殺の割合(争点2)について

1  前記争いのない事実に甲一号証、甲五号証、被告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、片側二車線の交通頻繁な国道一〇号線(車道部分の幅は約一四・一メートル)の路上で、被告運転の加害車両の進行方向に向かつて左に緩やかにカーブし、左側にある歩道との車道との間には高さ約五〇センチメートル程の植込みとともに、間隔をおいて高さ約六メートル程の樹木が植えられていた。

(2) 被告は、本件事故現場の約一五〇メートルから二〇〇メートル程手前に設置されている信号機の表示に従つて停止し、その表示に従つて他の先行車両が発進した際、被告運転の加害車両のみが取り残される形で遅れて発進し、再び、本件事故現場の約一〇六メートル程手前の地点から注意散漫となつていた。

(3) 被告は、時速約五〇キロメートルから六〇キロメートルで進行中、本件事故現場の約六メートル手前になつて車道を横断しようとして歩道から車道に出ていた亡定夫を進路前方に発見したが、ブレーキを踏む間もなく、亡定夫に加害車両を衝突させた。

(4) 亡定夫は、飲酒した上、被告運転の加害車両の先行車両が本件事故現場付近を通過した後、道路を横断しようとして歩道から車道に出た直後に、被告運転の加害車両に衝突されて死亡した。

2  これらの事実によれば、本件事故は、被告が進路前方の安全を十分に確認しないまま、漫然と加害車両を進行させた過失と、交通頻繁な国道の横断歩道以外の場所を横断するに際して、通行車両の有無及びその動静に十分注意すべきであつたのに、これを怠つた亡定夫の過失とが競合して発生したものというべきであり、被告は本件事故現場の約六メートル手前になるまで歩道付近の亡定夫の存在に気が付かなかつたこと等前記認定の諸事情に照らすと、その過失割合は、被告の過失は八割、亡定夫の過失は二割と認めるのが相当である。

3  そうすると、原告らが被告に対して請求し得る金額は金二七六八万七三八二円となるところ、原告らは、前記のとおり、自動車損害賠償責任保険から金二〇七二万五八〇〇円の支払を受けたので、被告が原告らに賠償すべき損害額は金六九六万一五八二円(原告漆間時は金三四八万〇七九一円、原告井上清子、同姫野都代子、同漆間亮二、同福田美代はそれぞれ金八七万〇一九七円)となる。

4  さらに、弁論の全趣旨によれば、原告漆間時は、恩給受給権者である亡定夫の死亡により、扶助料の支給を受ける権利を取得したこと、本件事故により亡定夫の死亡した平成三年九月二三日から当審の最終口頭弁論期日である平成五年七月一五日までの間に合計金四七万三五五〇円の扶助料を受領し、あるいは受領することが確定していることが推認され(恩給法七二条以下参照)、原告漆間時の請求し得る損害賠償額の算定に当たつては、その損害賠償債権の中の恩給受給の利益に関する部分は、右扶助料額の限度において、当然減縮すべきであると解されるところ(最高裁昭和四一年四月七日第一小法廷判決・集二〇巻四号四九九頁、最高裁平成五年三月二四日大法廷判決・裁判所時報第一〇九五号一〇七頁参照)、原告漆間時が亡定夫の死亡により相続した損害賠償額債権中には金一〇九万五九八四円(273万9960円×0.8×1/2=109万5984円)の恩給受給利益喪失の損害賠償額が含まれているから、右債権額から同原告が受領した右扶助料額を差し引くべきであり、そうすると、原告漆間時が被告に請求できる損害賠償の額は、金三〇〇万七二四一円となる。

三  弁護士費用(原告らの請求額は金一二〇万円) 合計金七〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、原告漆間時については金三〇万円、原告井上清子、同姫野都代子、同漆間亮二、同福田美代についてはそれぞれ金一〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上の次第であり、原告らの請求は、原告漆間時について金三三〇万七二四一円、原告井上清子、同姫野都代子、同漆間亮二、同福田美代についてそれぞれ金九七万〇一九七円及び右各金員に対する不法行為の日である平成三年九月二三日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判官 村田渉)

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