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大分地方裁判所 平成8年(ワ)183号 判決 1998年8月24日

平成六年(ワ)第一一号原告

X1

外二四名

各事件原告ら訴訟代理人弁護士

德田靖之

鈴木宗嚴

平成六年(ワ)第一一号原告ら、同第一八〇号原告ら(亡A訴訟承継人らを除く)訴訟代理人弁護士

工藤隆

荷宮由信

被告

Y

右訴訟代理人弁護士

渡辺彬迪

主文

一  被告は、別紙一覧表1記載の各原告らに対し、同表「認容額」欄記載の各金員及びこれらに対する平成五年一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  亡A訴訟承継人ら以外の原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、前記一覧表記載の各原告らに生じた費用及び被告に生じた費用の同表「被告訴訟費用負担割合」記載の割合は被告の負担とし、その余は亡A訴訟承継人ら以外の原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、別紙一覧表1記載の各原告らに対し、同表「請求額」欄記載の各金員及びこれらに対する平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の経営する医院を受診し、被告からいわゆるペインクリニックを受けた患者ら一九名が、右治療における注射によりいずれもC型肝炎に罹患し、また被告医院の従業員が、右治療の際の使用済み注射針の洗浄等の作業によりC型肝炎に罹患したとして、右患者らのうち本訴提起後に死亡した二名の相続人ら及びその余の一七名、並びに右従業員一名が原告となり、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、各患者及び右従業員ら一人当たり各金二二〇〇万円、並びに不法行為の後である平成五年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求している事案である。

一  前提となる事実

1  被告は、肩書地においてC医院(以下「被告病院」という。)を経営していた内科医であり、一般内科治療の他に、リウマチや肩こり、腰痛等の患者の治療として、鎮痛剤、筋肉弛緩剤、解熱剤、消炎剤等を患部の皮下又は筋肉内に少量注射して、痛みの寛解を図る一種のペインクリニックを行っていた者である(争いのない事実、被告本人)。

2  平成六年(ワ)第一一号原告X25(以下「原告X25」という。)は、平成二年一月一六日から同年一二月一二日まで、被告病院に事務員として勤務し、当初は受付事務に従事し、間もなく被告の指示により、使用済みの注射器、注射針の洗浄等の仕事に従事するようになった者である(争いのない事実、原告X25本人)。

3  原告X25を除くその余の本訴各事件の原告ら(亡A及び亡Bの各訴訟承継人らを除く。以下、単に「原告ら」というときは右各訴訟承継人らを除いた意味で用いる。また、原告X25を除く原告らを「原告患者ら」という。)、亡A、亡B(以下それぞれ「亡A」、「亡B」という。)は、いずれも別紙一覧表2「被告病院の受診期間」、「治療目的」欄記載のとおり、被告病院に通院し、前記ペインクリニックを受けた者である(<証拠略>)。

4  原告ら、亡A、亡Bは、いずれも別紙一覧表2「C型肝炎感染判明時期」欄記載のころ、同表「型」欄記載のC型肝炎に感染していることが判明した(<証拠略>)。

5  亡Aは、本訴提起後の平成九年一二月二八日に死亡したところ、同人の姉である原告亡A訴訟承継人X9、同人の妹である同X10、同X11、同人の姉の子である同X12、同X13がその相続人である(争いのない事実)。

亡Bは、本訴提起後の平成一〇年二月一九日死亡したところ、同人の夫である原告亡B訴訟承継人X23、同人の子である同X24がその相続人である(争いのない事実)。

二  争点

1  原告ら、亡A及び亡BのC型肝炎への罹患の原因が、被告のペインクリニックであったかどうか。

2  被告の注射器具の使用、洗浄についての過失の有無

3  原告ら、亡A及び亡Bの各損害額

第三  争点に対する判断

一  争点1(原告ら、亡A及び亡BのC型肝炎への罹患の原因が、被告のペインクリニックであったかどうか。)について

1  本件の事実関係

証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) C型肝炎の病態、感染経路(<証拠略>)

(1) C型肝炎とは、ウィルス性肝炎のうち、C型肝炎ウィルス(HCV)によって感染、発症するものをいい、我が国では、従来非A非B型肝炎と診断されていたもののうち、平成二年一一月に導入されたHCV抗体検査により、右検査で陽性であるものをC型肝炎として診断するようになった。

日本血液センターで検査されたHCV抗体の年齢階層別の陽性率と人口統計から、我が国でのHCV抗体陽性者数は一五〇万人前後と推定されている。

(2) C型肝炎は、主として血液を介して感染するとされており、主な感染経路として、輸血のほか、注射針等の医療器具が使い捨てになっていなかった時期の医療行為、針治療及びこれらに伴う誤刺事故などの経皮感染が挙げられる。

ただ、平成二年一一月から、献血のスクリーニングにHCV抗体検査が実施されるようになったため、それ以降においては、輸血による感染の危険性は減少した。

また、一般的にC型肝炎ウィルス感染者の血液中のウィルスの量は極めて少なく、血液を介して感染する場合でも、B型肝炎ウィルスなどに比べると感染力が弱いとされており、日常生活においても、血液を介した感染以外の経路によって感染する危険性は低いとされている。

(3) C型肝炎は、急性肝炎の場合には感染から発症までの期間は、通常、一か月ないし三か月とされている。

C型肝炎ウィルスにより、急性肝炎を発症した場合、およそ五〇パーセントから八〇パーセントが慢性肝炎に移行するが、このように感染直後に急性肝炎への罹患が判明するほど自覚症状が強く出る事例はむしろ少なく、感染後、何らの自覚症状もないまま、年月を経て徐々に症状が進行していき、職場検診等の機会に行う血液検査で偶然にGOT、GPTなどの検査値が肝機能障害を示し、C型肝炎への罹患が判明するケースが多い。

なお、GOT、GPTの値は、急性C型肝炎の急性期が最も高く、慢性C型肝炎ではその値は炎症の程度により様々であり、一旦正常値に戻ったとしても、その後異常値を示すことがしばしばある。

(二) 被告の治療行為の状況

(<証拠略>)

(1) 被告は、昭和三〇年ころ、被告病院を開業し、平成四年七月ころ、右病院を廃業したが、この間、神経痛、リウマチ等の治療で来院する患者らに対し、前記前提となる事実1のペインクリニックを施行していたものである。

被告は、前記ペインクリニックを実施するに当たり、皮内注射用(マンツー針)、皮下注射用及び臀筋肉内注射用の三種類の注射針を用意していた。

そして、臀筋肉内注射の場合には、患者毎に針を替え、使い終わった針を煮沸消毒していたが、皮内注射、皮下注射の場合には、前の患者に注射した後、針を替えずに、消毒液等に浸した脱脂綿等で針を拭いて、次の患者への注射に再使用しており、その際、前の患者に注射した液が注射器に残存しているときには、その残りを注射していた。

また被告は、毎日、診察時間の終了後、使用の終わった注射器をまとめて、看護婦、従業員に煮沸消毒をさせていたが、その手順は、まず注射筒から注射針を取り外して一緒に、臀筋肉内注射器については消毒液に浸した後、水道水で洗浄し、煮沸器に入れて煮沸消毒するというものであった。

被告は、看護婦、従業員らに対し、煮沸消毒の際、注射器の変形を防ぐため、長時間煮沸しないように指示し、一回当たり五分程度で消毒させていた。

(2) 原告X25は、被告病院における就労期間中、被告の指示に従い、前記前提となる事実2のとおり、注射器、注射針の洗浄、消毒等の作業に従事していたが、その際、被告や看護婦らから、手袋をするようにとの指示は特になかった。

そして、原告X25は、注射針の洗浄作業を行う際、素手でトレーの中の注射針を掴んで洗っていたため、度々誤って手指に注射針を刺して傷を負っており、また、洗浄作業の際に先端の変形した針を選んで除いておくように看護婦から指示され、人差指でしごいて針の変形の有無を確認したときにも、誤って刺し傷を負うことがあった。

(3) 原告X25を除くその余の原告ら、亡A、亡Bが被告から前記ペインクリニックを受けた際の注射部位、方法、回数等は、別紙一覧表2「注射の部位、方法、回数」欄記載のとおりである。

(4) なお、被告は被告病院を廃業するまで、ディスポーザブル(使い捨て)の注射針を使用したことはない(平成二年の中ころから、医師会や学会の指示で、注射針を全て使い捨てに替えたとの被告本人の供述は、これに反する原告X25本人の供述、平成四年になってから被告病院を受診した原告X7の右認定に沿う供述記載(甲第八二号証)があること、使い捨てに替えた時期について、原告X25の業務災害認定の時期と整合させるために、供述を変遷させていることなどに照らし、採用することができない。)。

(三) 原告ら、亡A、亡Bの肝機能障害の発生

(<証拠略>)

原告ら、亡A、亡Bは、いずれも別紙一覧表2「C型肝炎感染判明前の肝機能の状態」のとおり、C型肝炎への感染が判明するまでは、肝機能は正常であるか、少なくとも異常を指摘されることはなかった。

ところが、同人らは別紙一覧表2「C型肝炎感染判明時期」のころの検査等において、初めて肝機能の異常を指摘されたものであり、その症状の内容、程度は同表「肝機能障害の程度」のとおりであった。

(四) 原告ら、亡A、亡Bの輸血、注射による治療等の経験

(<証拠略>)

原告ら、亡Aには、いずれも過去に輸血を受けた経験はなく、予防接種、血液検査の採血時等以外に、被告病院を除き、継続的に注射による治療を受けた経験もない。

なお、亡Bは、慢性関節リウマチの治療のため、平成五年一〇月四日から平成六年一〇月二一日まで九州大学生体防御研究所附属病院内科にも通院し、注射による治療を受けていたが、同病院では注射器は全てディスポーザブル(使い捨て)のものを使用しており、同病院で輸血等を受けたこともない。

2  原告ら、亡A、亡BのC型肝炎罹患の原因

(一) 前記1で認定した事実に基づいて、原告ら、亡A、亡BがC型肝炎ウィルスに感染した原因について検討すると、まず原告患者ら、亡A、亡Bは、いずれも被告病院において、継続的にペインクリニックとしての注射による治療を受けていたものであり、右治療の前後を通じて、右注射行為や他医での血液検査の際の採血行為等以外に、輸血など、C型肝炎ウィルスへの主な感染原因となり得る医的浸襲行為を受けた経験はない。

そして、急性C型肝炎の場合の感染から発症までの期間は、通常一か月ないし三か月とされているところ、原告X1、同X2、同X3、同X6、同X14、同X18、同X19については、いずれも右治療期間中に、、同X7、同X15、同X16、同X20についても、右治療期間終了後数日ないし一か月の間に、C型肝炎ウィルスへの感染、急性又は慢性のC型肝炎への罹患が判明したものであり、それ以前には肝機能は正常か少なくとも異常を指摘されることがなかった。

また、原告X4、同X5、同X8、亡A、原告X7、同X21、同X22、同X23は、被告病院での治療期間終了後、約四か月ないし五年余りの間に、C型肝炎ウィルスへの感染、慢性のC型肝炎への罹患が判明したものであるが、前記認定のとおり、C型肝炎ウィルスへの感染後、自覚症状のないまま徐々に症状が進行し、定期検診等の機会にC型肝炎への罹患が判明するケースが多いことなどからすると、右治療後の期間の長さのみをもって、被告の注射行為以外の感染原因が存在する可能性を認めることはできない(原告X21については、右治療終了後の平成二年九月に他医で胃切除術を受けた際、特に肝機能の異常は指摘されず、GOT、GPTの数値は正常範囲内であったことが窺われ、亡Bについては、右治療終了後の平成五年一〇月四日に他医で検査したところ、GOT、GPTの数値は正常値であったが、慢性C型肝炎ではGOT、GPTの値は炎症の程度により様々であり、一時的に正常値を示すことがしばしばあるから、右の事実のみから、原告X21、亡Bについて他の感染源の存在の可能性を肯定することはできない。)。

そして、被告のペインクリニックの際の注射行為の方法、態様が、少なくとも皮内注射、皮下注射については、前の患者に使用した注射針を、脱脂綿等で拭いただけで、次の患者にも再使用していくいわゆる回し打ちに近いものであったこと、原告患者ら、亡A、亡Bが、いずれも被告からそのような方法による皮下注射を受けたことからすると、同人らのC型肝炎への罹患の原因は、同人らが受けた被告のいずれかの注射行為の際に、同じ注射器による複数の患者への注射行為によって注射針に付着したC型肝炎ウィルスが、同人らの体内に侵入したことによるものと推認するのが相当である。

(二) また、原告X25も、右認定のペインクリニックにおける注射方法に加え、被告病院で注射針の洗浄、消毒作業に従事していた際に度々針の誤刺で手指に受傷していたこと、被告病院における就労期間中に急性C型肝炎を発症したものであり、それ以前には肝機能は正常であったこと、他の主なC型肝炎への感染原因が存在しないことなどに照らすと、右の注射針の洗浄、消毒作業中の手指へのいずれかの受傷時に、前記のとおり注射針に付着したC型肝炎ウィルスが、同原告の体内に侵入したことによるものと推認することができる。

(三) これに対し被告は、原告ら、亡A、亡Bの過去の性行為、歯科治療、集団予防接種による回し打ち的な注射行為、種痘における接種用メスの連続使用などによりC型肝炎ウィルスへの感染の可能性を主張するが、いずれも一般的な可能性を主張するに過ぎず、またC型肝炎ウィルスの日常生活における感染の可能性が低いこと、前記認定のとおり、原告ら、亡A、亡Bが、いずれも被告によるペインクリニックを受ける以前には肝機能障害を有していなかったことなどに照らし、採用することができない。

二  争点2(被告の注射器具の使用、洗浄についての過失の有無)について

1  原告患者ら、亡A、亡Bに対する過失

前記一の1(一)(C型肝炎の病態、感染経路)の(2)、同(二)(被告の治療行為の状況)の(1)、(2)、(4)で認定した事実に加え、日本肝臓病学会、日本消化器病学会等において、特定の医療機関あるいは特定の地域における患者や医療従事者にB型肝炎、あるいは非A非B型肝炎等が集中して発生し、その原因の一つとして、消毒不十分な注射器具の使用や誤刺事故を通じての院内感染が考えられる旨の報告がされ、被告も昭和四五年ころにはこのような症例の存在を認識しており、昭和五〇年代には、日本医師会からの通知等によって、かかる症例の存在は、全国の医療機関において周知の事実となっていたこと、我が国では昭和五六年ころから使い捨ての注射器が普及していたこと、昭和六〇年、同六二年に厚生省は、B型肝炎等の院内感染防止対策として、注射針は一回限りの使い捨てにするよう通知していることが認められる(<証拠略>)。

これらの事実を併せ考慮すると、被告には、原告患者ら、亡A、亡Bに対して、同人らのC型肝炎ウィルスへの感染の原因となった注射をするに当たり、注射による治療行為に従事する医師として、遅くとも前記厚生省の通知以後においては、注射針は患者ごとに十分な消毒を施した使い捨てのものを使用すべき注意義務があり、また右通知の前後を通じて(通知後は、使い捨ての注射器を使用することができない特別の事情があった場合に限る。)、一旦使用した注射器具は、十分な消毒を施した後でなければ再使用しないようにすべき注意義務を負っていたにもかかわらず、右のいずれも注意義務も怠った過失があるというべきである。

2  原告X25に対する過失

また、前記1で認定した事実によれば、被告には、原告X25のC型肝炎ウィルス感染の原因となった使用済み注射器の洗浄、消毒等の作業に同原告を従事させるに当たり、被告病院における注射器具の取扱いについて、まず誤刺事故による院内感染を防止するため、注射器は使い捨てのものを使用し、看護婦、従業員等を使用済み注射器の洗浄、消毒等の作業に従事させないようにするか、仮に特別の事情により使い捨ての注射器具を使用できず、従業員等を右洗浄、消毒等の作業に従事させるにしても、誤刺事故の危険を正確に認識させ、作業の際に手袋を着用させるなど、誤刺事故の危険を防止すべき注意義務があったにもかかわらず、右のいずれの注意義務も怠った過失があるというべきである。

三  争点3(原告ら、亡A及び亡Bの各損害額)について

1  包括一律請求による損害の主張、請求の当否

本訴各事件原告らは、原告ら、亡A、亡Bが、被告の過失によってC型肝炎に罹患した結果、生命、身体、精神、財産の全てにわたって、複雑、深刻かつ永続的な被害を被ったとし、これら同人らについて生じた損害の全てを包括するものとして、原告患者ら及び原告X25の合計二〇名につき、一律に一人当たり各二〇〇〇万円(この他弁護士費用相当額一人当たり各二〇〇万円)の損害額を主張している。

このような包括一律請求の形式による損害の主張、請求の当否について検討するに当たっては、原告ら、亡A及び亡Bらが罹患したC型肝炎の病態についての理解が必要となるところ、C型肝炎ないしC型慢性肝炎の病態及びその治療における特徴は、前記一の1の(一)で認定したほか、次のとおりであると認められる(<証拠略>)。

(一) C型慢性肝炎が自然に治癒する例は少なく、数パーセント未満と推測されており、治療による治癒率も一〇パーセント未満である(なお、C型慢性肝炎が治癒したという判断は、HCV抗体が検出されなくなることによってなされる。)、また、C型慢性肝炎患者の約三〇パーセントが肝硬変に移行し、肝硬変患者の三〇ないし四〇パーセントに肝癌が発生するといわれている。多数の肝硬変や肝癌の患者の病歴の解析結果によれば、典型的なケースでは、感染後二〇ないし三〇年で肝硬変、三〇ないし四〇年で肝癌へと進行することが判明している。

(二) C型肝炎ウィルスの感染力は弱いとされているものの、家族内感染の危険性が相対的に高いので、家族内での日用生活器具の共用を避けるなど、血液を介した感染を防止する対策が必要である。

(三) 現在、C型肝炎の治療法としては、抗ウィルス剤であるインターフェロンの投与が最も有効であるとされているが、アレルギー体質の者にインターフェロンを投与することはできず、インターフェロンを投与しても、C型肝炎ウィルスの種類や感染量によって効果に違いが出てくるといわれている。また、インターフェロンを投与した場合には、当初、発熱、節々の痛み、食欲減退、倦怠感等の副作用が発生し、以後、低頻度ながら、貧血、脱毛等の副作用が発生する場合がある。そして、インターフェロンについては、我が国では平成四年一月から三月にかけて、C型肝炎治療薬として健康保険の適用対象となったものであり、また右適用には、肝生検・肝組織診断の結果慢性活動性と診断されたことという保健診療上の制約があり、慢性活動性以外の非活動慢性C型肝炎、急性C型肝炎については、健康保険が適用されない。

このようなC型肝炎の病態等の特徴により、患者としては、インターフェロン等による治療費中の自己負担分(健康保険適用対象外分)、治療に伴う通院交通費、休業損害等の多額の財産的損害を余儀なくされるほか、病気による苦痛、将来の肝硬変、肝癌への移行や家族内感染に対する不安、更にはインターフェロンの激しい副作用(発熱、節々の痛み、脱毛、全身倦怠感等)による苦痛等、現在及び将来にわたって種々の精神的損害を被ること、慢性C型肝炎が治癒しない限り、右損害の発生が長期間に及ぶことが認められ(弁論の全趣旨)、これら多項目、長期間に及ぶ損害を個別に立証することは事実上困難である。また、将来肝硬変、肝癌に移行する可能性を現在の金銭に評価することも事実上困難である。

そして、本訴各事件の原告らは、右諸損害の個別項目(将来肝硬変、肝癌に移行した場合に発生する損害を含む。)について、将来の別訴提起等により請求する意思を有していないことが認められる(弁論の全趣旨)。

したがって、このような場合には、これらの諸損害を包括したものとして、一律の損害額を主張し請求することも許されるものというべきであり、これを前提として、原告ら、亡A、亡Bら各自の損害額を検討する。

2  原告ら、亡A、亡Bらの損害額

当裁判所としては、本件記録に現われた右の者らのC型肝炎に係る治療の期間、内容、支出等、各人の現在の年齢、現在の肝機能障害の有無、程度、将来における肝硬変、肝癌への移行の可能性、インターフェロン等の継続的投与による肝機能障害の改善、治癒の有無、右の者らが現に被り又は将来被ると認められる精神的苦痛の内容、程度その他口頭弁論終結時又は死亡時までの一切の事情を斟酌し(別紙一覧表3「損害額算定の基礎事情」)、かつ個別項目毎の損害について請求された場合との均衡をも考慮して、損害の公平な填補、分担の観点から、右の者らの損害額を別紙一覧表1「損害額」欄記載のとおり認定するものであり、この他、右の者らの各弁護士費用相当額の損害として、同表「弁護士費用」欄記載のとおりの金額(同表「損害額」欄記載の各金員の一割)が相当であると判断する。

四  以上によれば、本訴各事件原告らの請求は、別紙一覧表1「認容額」欄記載の各金員及びこれらに対する不法行為後の日である平成五年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官一志泰滋 裁判官山口信恭 裁判官大西達夫)

別紙一覧表1

原告氏名

請求額

(単位円)

損害額

(単位円)

弁護士費用

(単位円)

認容額

(単位円)

被告訴訟費用負担割合

(各原告らに

生じた費用)

(被告に

生じた費用)

原告X1

¥22,000,000

¥18,200,000

¥1,820,000

¥20,020,000

91%

原告X2

¥22,000,000

¥9,500,000

¥950,000

¥10,450,000

48%

原告X3

¥22,000,000

¥10,400,000

¥1,040,000

¥11,440,000

52%

原告X4

¥22,000,000

¥10,100,000

¥1,010,000

¥11,110,000

51%

原告X5

¥22,000,000

¥9,100,000

¥910,000

¥10,010,000

46%

原告X6

¥22,000,000

¥2,700,000

¥270,000

¥2,970,000

14%

原告X7

¥22,000,000

¥10,800,000

¥1,080,000

¥11,880,000

54%

原告X8

¥22,000,000

¥12,300,000

¥1,230,000

¥13,530,000

62%

原告X9

(亡A訴訟承継人)

¥5,500,000

(亡Aにつき)

¥20,000,000

(同左)

¥2,000,000

¥5,500,000

100%

原告X10(同上)

¥2,750,000

¥2,750,000

100%

原告X11(同上)

¥2,750,000

¥2,750,000

100%

原告X12(同上)

¥5,500,000

¥5,500,000

100%

原告X13(同上)

¥5,500,000

¥5,500,000

100%

原告X14

¥22,000,000

¥7,600,000

¥760,000

¥8,360,000

38%

原告X15

¥22,000,000

¥17,800,000

¥1,780,000

¥19,580,000

89%

原告X16

¥22,000,000

¥14,500,000

¥1,450,000

¥15,950,000

73%

原告X17

¥22,000,000

¥12,600,000

¥1,260,000

¥13,860,000

63%

原告X18

¥22,000,000

¥11,900,000

¥1,190,000

¥13,090,000

60%

原告X19

¥22,000,000

¥10,800,000

¥1,080,000

¥11,880,000

54%

原告X20

¥22,000,000

¥18,600,000

¥1,860,000

¥20,460,000

93%

原告X21

¥22,000,000

¥7,300,000

¥730,000

¥8,030,000

37%

原告X22

¥22,000,000

¥4,900,000

¥490,000

¥5,390,000

25%

原告X23

(亡B訴訟承継人)

¥11,000,000

(亡Bにつき)

¥17,200,000

(同左)

¥1,720,000

¥9,460,000

86%

原告X24(同上)

¥11,000,000

¥9,460,000

86%

原告X25

¥22,000,000

¥11,300,000

¥1,130,000

¥12,430,000

57%

(合計額)

¥440,000,000

¥261,360,000

59%

別紙一覧表2

別紙一覧表3

氏名

損害額算定の基礎事情

C型肝炎に係る治療の期間、内容、支出等

現在の

年齢

現在の肝機能障害の有無、程度

インターフェロン投与による治癒

将来における肝硬変、肝癌への移行可能性

現に被った、又は将来被る精神的苦痛

その他斟酌すべき事情

原告X1

入院期間合計約5週間、現在月1回通院、強力ミノファーゲンCを週2回投与、病院治療費自己負担分合計約40万円

60歳

GOT34、GPT38チモール、クンケル、AG比が異常値全身倦怠感、肝臓の半分が肝硬変様の症状を呈している。

リウマチ症状によりインターフェロンの投与が困難である。

左記症状より、通常のC型肝炎患者よりも高いと判断される。

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X2

入院期間69日(その間インターフェロン6週間継続投与)、現在月1回通院

62歳

GOT22、GPT18

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X3

入院期間合計約5か月、現在月1回通院

82歳

GOT17、GPT17

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X4

入院期間55日間(その間インターフェロン投与)、現在月1回通院、治療費自己負担分約16万円

69歳

GOT19、GPT13

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X5

入院期間合計約2か月半、その間インターフェロン(健康保険の適用対象と思料される。)投与。現在5か月に1回通院。

69歳

GOT18、GPT9

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X6

入院期間56日間(その間インターフェロン80回投与)、現在不定期に通院

62歳

GOT21.3、

GPT14.8

HCV抗体反応なし。

左記の状態より、インターフェロンの継続的投与によって治癒したものと判断される。

左記より、肝硬変、肝癌への移行可能性はない。

・インターフェロン副作用

原告X7

入院期間約55日間、その大部分につき自己負担なし、現在1、2か月に1回通院

63歳

GOT13、GPT13

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X8

入院期間78日間、平成6年10月21日まで通院、同入通院期間中インターフェロン投与、現在3か月に1回通院、治療費自己負担分約150万円

47歳

GOT18、GPT11

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

亡A

入院期間約4か月、その後も継続的に通院。入通院期間中インターフェロン(健康保険の適用対象と思料される。)、強力ミノファーゲンC継続的投与

(死亡時)

50歳

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

肝硬変に起因する胃静脈瘤破裂による失血のため、平成9年12月28日死亡。被告の過失により罹患させられたC型肝炎が上記肝硬変に移行したものと判断される。

原告X14

長期通院中(3か月に1回)

70歳

GOT34、GPT28

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X15

入院期間合計約80日間(その間強力ミノファーゲンC、インターフェロンを継続的に投与)、現在週1回通院、治療費自己負担分約100万円

42歳

GOT、GPTともに30~40だが、1年に1回150程度まで上昇。

C型慢性肝炎の症状を呈している。

肝硬変、肝癌へ移行する蓋然性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X16

入院期間約2か月、現在まで月2回の治療を11年間継続。インターフェロン継続的投与

50歳

GOT60、GPT80

C型慢性肝炎の症状を呈している。

肝硬変、肝癌へ移行する蓋然性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X17

入院期間合計約50日間(その間インターフェロンを約120回投与)。現在4週間に1回通院。治療費自己負担分約150万円

48歳

GOT、GPTともに60~70

C型慢性肝炎の症状を呈している。

肝硬変、肝癌へ移行する蓋然性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X18

入院期間合計約6か月、その間インターフェロンを約80回投与。現在週2回通院。治療費自己負担分約32万円

65歳

GOT40、GPT51

C型慢性肝炎の症状を呈している。

肝硬変、肝癌へ移行する蓋然性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X19

入院期間約4か月半。

67歳

GOT104、GPT108、全身倦怠感

C型慢性肝炎の症状を呈している。

肝硬変、肝癌へ移行する蓋然性がある。

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X20

入院期間合計約7か月。インターフェロン投与。現在年2回通院

47歳

GOT、GPTともに40~50

C型慢性肝炎の症状を呈している。

肝硬変、肝癌へ移行する蓋然性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X21

週2回の注射治療を現在まで継続

73歳

GOT19~21、GPT17

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

原告X22

通院検査のみ

42歳

GOT21、GPT23、疲労感

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

亡B

入院期間約5か月。その後継続的に通院加療。

(死亡時)

75歳

(平成8年12月18日)

GOT68、GPT56(死亡前)肝硬変

左記のとおり、死亡前にC型肝炎に起因する肝硬変に罹患。

・肝硬変への移行による精神的苦痛、感癌への移行に対する不安

肺炎による呼吸不全のため、平成10年2月19死亡。既往症としてリウマチ性肺臓炎もあり、C型肝炎ないし肝硬変と上記死亡との間の因果関係は認められない。

原告X25

入院期間合計約6か月(そのうち半月間インターフェロン投与)、現在月1回通院

55歳

GOT15、GPT11全身倦怠感

現在炎症は治まっているが、治癒はしていない。

再度肝炎症状を呈する可能性があり、その場合肝硬変、肝癌への移行可能性がある。

・インターフェロン副作用

・肝硬変、肝癌への移行に対する不安

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