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大分地方裁判所 昭和23年(ワ)242号 判決

原告 利光薫

被告 田中駒次郎

一、主  文

被告は原告に対し別府市大字別府字南町下二百六十二番地の一木造瓦葺二階建家屋一棟建坪二十八坪外二階二十三坪中別紙<省略>図面の朱線を以て画した部分を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「主文と同じ判決並に家屋明渡の点について保証を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告はその所有である主文記載の家屋(以下本件家屋と略称)を昭和八年一月十二日被告に対し、昭和十二年十二月末日迄の期限附で賃貸し、右賃貸期間満了の際、期間の定なき賃貸借にこれを変更した。しかるに、原告は曩に財産税約九万円を納入し、又妻国代が昭和二十一年十一月から死亡に至る迄約一年の長期に亘り肺患の爲国立病院に入院して治療に努めたので、著大な経費を要し、これらの入費を調達する爲原告は、昭和二十二年八月本件家屋等を抵当として、訴外別府農業会から金五万円を借入れたのを始として次々に借財を重ね、延滞利息の支拂もできない爲、負債額は莫大な額に上つた。加うるに、原告自身もその後間もなく肺結核に罹り、療養に専念せねばならなくなつたので、職業に就くこともできず、本件家屋を含む二、三の貸家から得らるる一ケ月約二千円の家賃金と、いわゆる賣り喰いとで生活を続けて來たがかかる生活にも行詰り、治療費にも事を欠くに至つたので、民生委員の斡旋により生活保護法による施療患者として入院療養に努めていたが、附添費その他自己負担に属する費用の支出に堪え兼ね、退院するのやむなきに至つた次第で、それ以來自宅療養に努めてはいるものの、現在では医師の命ずる注射、服藥等も思うに任せぬ実情である。他面家屋税その他税金の納付に迫られ、又前記借金の利息も滞る一方であり、とうてい弁済の見込はないのであつて、この儘推移せんか、原告一家はおそかれはやかれ自滅のほかなき窮状にある。そこで、原告は本件家屋か又は現に原告が居住する肩書住所地所在の家屋を他に賣却しその賣得金を以て負債を支拂うと共に剩余金を以て食料品店を営み窮状を打開すべく決意したのであるが、本件家屋のように現に借家人の居住する家屋はとうてい買受人がなく、又原告居住の右家屋は別府市の西端山麓近くに在り、商店に適しないので、これを賣却するほかなく、この家屋は原告がこれを明渡せば、直ちに賣買は実現する。そこで原告はその居住並に営業の爲是非共他に家屋を必要とする実情にある。しかるに、被告は本件家屋において現に繊維製品の販賣を業としているが、その店舗に使用している個所は僅に別紙図面中店の部分の一少部分であり、しかも、被告は妻と二人の小家族で十分の余裕がある上に原告が計画している食料品の店舗としても好適である。そこで原告としては、差当り本件家屋中請求の趣旨記載部分の明渡を求め度いので、昭和二十三年一月頃から度々被告に対し右に述べた窮状並にその打開の爲の計画を打明け、本件家屋中右部分の明渡を懇願すると共に、被告がこれを承諾してくれれば、便所等も新に増設する旨申出たのであるが、被告は狹隘で明渡の余地はないとか、被告自身が病臥中で病床を階上に移すことは到底できない重症にある(被告はそのように重症ではない)等の理由でこれを拒否し続けた。これは一面において賃借権の濫用であり又、信義、衡平の観念に反するものというべきである。以上の事実は原告が本件賃貸借の解約申入をなすに付正当の事由ある場合に該当するものと信じ昭和二十三年三月被告に対して、右賃貸借中請求の趣旨記載部分につき解約申入れをした。よつて、その後六ケ月の法定期間経過に因り、右部分に関する賃貸借は終了した。仮に右解約申入がその効力を生じないとしても、昭和二十二年三月原、被告間に本件家屋の一部明渡につき條件附の合意が成立した。すなはち原告はその頃本件家屋を含む合計三戸の貸家を所有していたが、前記の如く財産税の納付と亡妻の入院治療費の捻出に窮したので、その頃右三名の借主に対して、原告の窮状を述べ、これが打開について協力を求めたところ、訴外仲元寺千秋は賃借家屋の一部を原告に返還し、訴外猪塚某は自ら相当價格で賃借家屋を買受け原告の窮状打開に協力の態度を示すに至つたのであるが、被告も、原告の明渡懇請に対し「苦しい時は誰も同じ故その時はなんとかする」旨確約した。これは原告が経済的に窮地に陥つた場合は、少くとも本件家屋の一部明渡をなす旨の確約と解するのを相当とし、且又その範囲は一般の社会通念に照し妥当な部分を示すものとみるのほかはないのであるが、本訴明渡請求部分は少くともこれに該当するものと信ずる。そして、原告は現在経済的には全く行詰りの状況にあるのであるから、正に右明渡の合意に付した條件が到來したものということができる。仮にそうでないとしても、本件賃貸借には、賃貸人の承諾を得ない轉貸を禁止する旨の特約があるのに、被告は、原告の承諾を得ないで、本件家屋の一部を訴外田中鎭雄に轉貸し、同訴外人から一ケ月金三百円の賃料を受領しているので、原告は右轉貸を理由に本訴において右賃貸借解除の意思表示をした。よつて、原告は被告に対し本件家屋中請求の趣旨記載部分の明渡を求める爲本訴に及んだ次第である」と陳述し、被告の答弁に対し、「原告が昭和二十四年二月に被告から、金四千二百円を受領したことは認めるけれども、それは被告の主張するように賃料ではなくて、本件家屋使用の損害金として受領したものに過ぎないから、右金員の受領により原被告間に新な賃貸借が成立したものとなす被告の抗弁は理由がない」と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」という判決並に担保を條件とする仮執行免除の宣言を求め、答弁として、「原告主張事実中、被告が昭和八年一月十二日原告から本件家屋をその主張の賃貸期間の約旨で賃借し、右期間満了の際、期間の定なき賃貸借にこれを変更したこと、被告が本件家屋において繊維製品の販賣業を営んでいること、訴外田中鎭雄が本件家屋の一部に居住していること、昭和二十二年二、三月頃原告の賃借人である訴外仲元寺千秋が賃借家屋の一部を原告に返還し、訴外猪塚某は賃借家屋を自ら買受けたことは認めるけれども、その余の事実はすべて否認する。(一)原告は本件賃貸借の解約申入につき正当の事由がある旨主張するけれども、以下に述べる理由によつて、右主張が採用し得ないものであることは極めて明白である。すなはち、原告の経済状態が次第に惡くなつていることは被告としても爭はないが、それは主として終戰後の惡性インフレーシヨンの下において原告が働く能力を有し乍ら無爲徒食した結果にほかならないのであるから、これに因る苦痛は原告自らが甘受すべきであつて、その爲に被告に対して賃貸家屋の明渡を求めその犠牲を強いることは正当でない。而して原告は経済的に苦境に在るので、その生計費その他の費用を得る爲自己の居住家屋を明渡した上賣却し度い、これが爲自己の居住家屋に充てる必要上本件家屋の一部明渡を求めるというのであるから、経済上の観点よりすればそれは結局賃借人が居住していては家屋を高價に賣却できないから明渡せというのと何等異るところはない。そうとすると、この種の家屋は本來賃借権の負担があるのであるから、かような家屋を他に賣却する必要があるときは、賃借権附の儘これを爲すべきであり、賣却の爲賃借人にその家屋明渡を求めることは許されないものといわなければならない。のみならず、原告が單に経済的に苦境に在るという理由のみでたとえ一部にもせよ被告に賃貸家屋の明渡を求め、被告の有する住の安全を犠牲にすることは許さるべきでない。しかも原告は現住家屋を既に他に賣却して住居に困窮している訳ではないから、このことは一層明なことといわなければならない。次に原告はその窮状を打開する爲食料品店を開業する計画であり、その爲にも本件家屋の一部使用を必要とする旨主張するけれども、原告が仮にその主張の如く経済的に行詰りを來しているとしても、その打開の途は他にもあるのであつて、原告は本件家屋の全部又は一部を賃借権附の儘他に賣却することも可能であり、又原告の現住家屋や本件家屋を例えば担保に供して他から金融を得る途もあるのであるから、被告が原告の明渡要求に應じ得る余裕があれば兎も角、被告は後述の如くさような余裕はないのであるから、原告の右解約申入はこの点からも失当である。しかも、原告の食料品店開業計画は、当初は訴外小島某との間に或程度進行した模様であるが、それとても原告は同訴外人の右営業に家を提供して收益を挙げるというに過ぎないのであるから、名目は同訴外人との共同事業であるが、原告自ら本件家屋の使用を必要とするものではない。それかあらぬか、原告は前記のように訴外仲元寺千秋から賃貸家屋の一部明渡を受け乍ら、自らは使用することなく、これを他に賃貸してしまつたし、又原告は嘗て本訴明渡請求部分を他に賣却しかけたこともあるから、原告が眞実本件家屋の使用を必要とするか否かは頗る疑はしい。殊に原告はその主張によると、肺結核の爲療養中の身であるから別府市の繁華街に位する本件家屋に居住することは療養上むしろ避くべきことと考えられるのである。次に原告は本件家屋の一部明渡を被告に交渉したのに対し、被告は互讓の精神に欠け、原告の明渡懇願を拒否したと主張するけれども、昭和二十二年二月二十八日頃原告からその窮状を愬えられ賃借人として協力を求められた際、訴外仲元寺千秋がその借家の一部を原告に明渡し、又訴外猪塚がその賃借家屋を原告から買受けたことは前に述べたとおりであるが、被告においても原告に同情し自発的に賃料を從來の倍額即ち一月につき金六百円に値上を申出、原告の承認を得た。これは当時の被告としては相当な讓歩である。ついで昭和二十三年春頃以來数回に亘り原告との間に本件家屋賣買の交渉をし、被告も出來得ればこれを買受け度いと思つたのであるが如何にせん原告は自己の申出價格を固執して讓らない爲、遂に賣買は成立するに至らなかつた。しかも、原告は右賣買の交渉が不調に終るや、いきなり被告に本件家屋の一部明渡を迫り、その範囲も原告が一方的にきめて來たので、被告はその余りにも礼を失した態度に唖然とした程である。被告としても、勿論余裕があり又他に適当な家屋を入手出來れば原告の明渡要求に應じ度いのであるが、後述の如くそのような余裕はなく、又他に家屋を物色したが現在迄は希望を達成することができないでいるのであつて、決して原告の窮状に恬然としているわけではない。のみならず、被告は本件家屋を原告から借受けて以來既に十数年になるが、未だ一回たりとも賃料の支拂を延滞したことはなく、家屋に手を入れる際にも一々原告の承諾を得てこれをなして來たのであつて、賃借人としての信義に欠くるところはなかつた。而して被告は原告主張の如く本件家屋で繊維類の販賣店を営んで居り、又被告の養子田中鎭雄も被告と同居して荒物類の販賣をしているので、これらの店舗及び家族九名の住居として右家屋全部を必要とし、殊に被告自身は中風症の爲永年病床に呻吟しているので、原告主張部分を明渡せば差当り病室にも困る状況である。しかも、被告は本件家屋を唯一の生活の基盤として十数年に亘り営業に励み、既に相当の営業実績を挙げているのであるから、原告の求めに應じてたとい一部と雖も本件家屋を明渡せば、少くとも営業を縮少せざるを得なくなり、その打撃は甚大である。以上に述べた理由に因り本件家屋の一部に対する原告の解約申入は正当の事由を欠くものといわねばならないから、右解約はその効力を生ずるに由なきものである。(二)仮にそうでないとしても、原告の主張によれば、本件解約申入が六ケ月の法定期間を経てその効力を生ずるのは昭和二十三年九月であるが、原告は本件家屋に対する被告の継続使用について、その頃遅滞なく異議を述べていないから、借家法の規定により原被告間の賃貸借は更新を擬制せられ、現在も尚存続している。(三)仮にそうでないとしても、原告は昭和二十四年二月に被告から、それ迄の本件家屋の賃料七ケ月分(昭和二十三年八月分以降)計金四千二百円を受領しているから、これによつて、原被告間に新な賃貸借が成立したものといわなければならない。(四)原告は前記の如く被告が訴外田中鎭雄に本件家屋の一部を使用させていることを目して不法轉貸なりと主張するけれども、右鎭雄は被告の婿養子であり、固より被告とは世帶を同じくするものであるから、いわゆる轉貸に該当しないことは極めて明白である。仮に轉貸にあたるとしても、原告は当初からこれにつき何等異議を申出たことはないから、少くともこの轉貸について原告は暗黙の裡に承諾を與えていたものというべきである。以上に述べたところにより明かなように、原告の本訴請求はいずれにしても失当たるを免れない」と述べた。

<立証省略>

三、理  由

被告が昭和八年一月十二日原告から本件家屋を賃貸期間は昭和十二年十二月末日迄という約定で賃借し、右期間満了の際、期間の定なき賃貸借にこれを変更したことは、本件の当事者間に爭のないところである。

而して、証人藤野卯平の証言によれば、原告は昭和二十三年三月本件家屋中主文記載の部分について解約申入をしたことを認めるに十分である。そこで右解約申入につき借家法第一條の二にいわゆる正当事由の有無を檢討するのに、成立に爭のない甲第二乃至第七号証、乙第四号証、眞正に成立したものと認められる乙第三号証の各記載に証人藤野卯平、同河野正一、同衛藤正義、同仲元寺忠子、同外池卯之助、同田中千代(第一乃至第三回但しいずれも後記措信しない部分を除く)、同田中鎭雄の各証言に檢証の結果および原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は戰前写眞店を開業していたが、企業整備に遭つて廃業し、一時漁業組合に奉職していたところ、これも終戰後前任者が復員した爲退職のやむなきに至つた。ところが原告は青年の頃胸部疾患を患い身体虚弱であつた爲それ以來本件家屋を含む数軒の家屋の賃料收入により生活をしていたところ、戰後インフレの影響に因る諸物價の昂騰に伴つて生活費は増大し始め又昭和二十二年中財産税額金八万四千百五十六円二十四銭(加算税共)を賦課せられ、加うるに、亡妻が肺結核の爲その死亡に至る迄約一年間入院治療した爲出費が嵩み、これらの費用に充つる爲信用組合、無盡会社、その他から次々に借入をし、現在においては金利を加えその負債額は約四十万円に達して居ること、更に昭和二十四年十月頃以來原告自身も肺結核の爲臥床のやむなきに至り生活保護法による施療患者として入院治療に努めつつあつたが、付添費、養生費の捻出に困るようになつて、治癒に至らない儘退院し、目下自宅療養に努めているのであるが、原告の現在の資産は本件家屋を含む家屋五棟(貸家四棟、原告居住家屋一棟)を有するのみで動産類は諸税滞納の爲差押処分に遭つている程で、收入としては僅に右貸家の家賃及び貸間(原告居住家屋の一部を間貸している)の間代計金四千円程度に過ぎない爲生活費にも不足を來し治療費の捻出は固より前記の借金等の債務については、金利の支拂すら不可能の状態で、この際何等かの対策を構じない限り早晩経済的に破滅のほかなき状況に立至つていること、原告はこのような窮状に漫然手を拱いていた訳ではなかつたのであつて、昭和二十二年春、借家人である訴外仲元寺千秋からその賃借部分の一部明渡を受けて(この点は当事者間に爭なし)これを原告の義弟である訴外河野正一に賃貸し右正一から金五万円を借受け、又他の賃借人猪塚にその賃貸家屋を賣却して代金を受領し(この点は当事者間に爭がない)、更に前記の様に信用組合、無盡会社等から多額の借入をし、被告からは賃料を從來の倍額金六百円に値上の承諾を得て納税、借入金の返済、生活費の不足補填等に努めたけれども、とうてい追付かず、この上は残る本件家屋その他の所有家屋を処分してこれらの資金を調達する以外には最早その苦境を打開する方途を見出し難い迄に窮地に追込まれるに至つた。しかるに、賃借人の居住する家屋は買手がない現状である爲、原告としては自己の現住家屋を他に賣却するのほかはないので、原告はこの家屋を賣却処分して債務の弁済資金を得ると共にその幾分を割いて妻に小商賣でも始めさせ家計の不足を補う計画であるが、これとても賣却前に明渡をなすか又は賣渡後直ちに明渡を必要とするので、原告一家(同居家族妻及子供二人)の居住並に店舗に充てる爲、被告に対し本件家屋の一部明渡を求めるに至つたこと、他面被告は、昭和七年以來本件家屋で毛糸、繊維類の販賣を爲し(この営業の点は当事者間に爭がない)、相当の業績を挙げているが、昭和二十一年二月から被告の娘婿である訴外田中鎭雄一家が火災に遭つた爲被告方に同居して荒物雜貨商を営み現在別紙の間取構造を有する本件家屋に原告夫婦と右鎭雄一家七名(夫婦、子供五名)が同居しているのであるが、被告は永らく左側半身不随症及び高血圧症の爲臥床し、これが爲病室を必要とすること、右鎭雄は適当な移轉先を得れば他に轉居し度い考えであり、被告もこれに同意していること、本件家屋は別府市の商店街に位し商業店舗としては可成有利な位置に在ることをそれぞれ認めることができる。証人田中千代の証言(第一、二回)中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。以上の事実関係によれば、原告は本件家屋の使用を必要とする事情に在ることは明かであり、前段認定の如き各家族を有する原、被告をこの家屋に同居させそれぞれその一部を使用させることは同居に因る多少の不便を伴うとしても、別紙の間取構造からみて必ずしもできないことではない。そして右認定した諸事情を綜合すれば、本件家屋中主文表示の部分に対する原告の解約申入は正当の事由を具備するものというべきである。被告は(一)原告が経済的危機に陥つたとしても、それは原告が働く能力を有し乍ら無爲徒食した結果にほかならないから、これに因る苦痛は原告自らが負うべきであつて、被告に賃貸家屋の明渡を求めることは失当であると主張するけれども、前記に認定したように、原告が現在のように経済的に危機を招いたことは直接には主として財産税、亡妻の病気入院等原告自身の予期し難い事実に伴うものである。固より原告が無爲徒食していたこともその一因にはなるであろうが、これとても原告は前認定の如く胸部疾患を患い身体虚弱であつたのであるから、一概に原告のみを責めるわけにはゆかない。從つて被告の抗爭は理由がないものといわなければならない。(二)次に被告は、原告は自己の居住家屋を賣却する必要上その轉居先に充てる爲本件家屋の一部明渡を求めるというのであるから、経済上の観点よりすれば賃借人の居住する家屋はその儘では高價に賣却できないから、賣却の必要上賃借人に明渡を求めるというに異るところはない。從つてかような場合は被告主張の理由に因り解約申入の正当事由となし得ない旨抗爭するけれども、賃貸人が賣却の必要上賃借人に対し賃貸家屋の明渡を求めることは如何なる場合においても解約申入の正当事由となし得ざるものとしかく断定することはできないのであつて、その当否はあく迄賃貸人、賃借人双方の事情を比較檢討して決すべきであるから、本件の場合が仮にかような事例と経済上その趣旨を同じうするとしても、被告の主張するように一概に解約申入の正当事由となり得ざるものということはできない。(三)又被告は、原告は現に住むべき家がないというわけではなく、單に経済的に苦境に在るというに過ぎないから、本件解約申入は失当なりと抗爭するけれども、原告が現に住居を有することは原告もこれを認むるところであるが、前認定の如く原告はその経済的危機を乗切る爲その現住家屋を他に賣却処分するほか他に見出し得る方途はないのであり、しかもこれが爲には現住家屋の明渡が前提となり、少くとも賣却後直ちに明渡を余儀なくせられるのであるから、かような場合も解約申入の正当事由を肯定する一資料となり得るものと解すべきであつて、被告の主張は採用し得ない。(四)次に被告は、仮に本件解約申入が有効であり、從つて原告の主張によると、昭和二十三年九月に六月の法定期間が経過したとしても、原告はその後本件家屋に対する被告の継続使用について遅滞なく異議を述べていないから、原、被告間の賃貸借は更新せられ、尚存続している旨抗弁するけれども、証人藤野卯平の証言並に原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告は本件解約申入をなした後も引続き訴外藤野卯平を通じ被告との間に本訴請求部分の明渡について折衝を続け、被告の拒絶に遭つた爲、やむなく昭和二十三年十二月二十一日本訴を提起するに至つた(本訴提起の日時は記録上明白である)ものであり、從つて、原告は右解約申入後六月の法定期間を経過した同年九月頃にも右明渡の折衝を持続して、被告の継続使用につき異議を述べていたことを推認するに難くない。右認定に反する証人田中千代の証言(第二回)は措信し難く他に右認定を覆し被告抗弁事実を確認するに足る証左はないから、被告の抗弁は理由がない。(五)被告は又、原告は昭和二十四年二月被告から本件家屋に対する被告主張の賃料を受領したから、これにより、原、被告間に新な賃貸借が成立した旨抗弁し、原告が被告からその頃金四千二百円を受領したことは当事者間に爭がない。而して、成立に爭のない乙第一号証の一、二(家賃通帳)によると、原告が被告に交付した本件家屋の家賃通帳と認められる帳簿に「昭和二十四年二月十七日、昭和二十三年八月以降昭和二十四年二月迄七ケ月分計金四千二百円入金」という記載がなされているから、他に反証のない限りこれは一應本件家屋の家賃として原告が受領したものと認むべきであるが、しかし、原告本人の尋問の結果によれば、原告はかねがね家屋明渡の訴訟中は当該賃借人より賃料を受領することは避けた方がよいという注意を他から受けていたのであるが、税金等の納付に困り、本件訴訟の受任者である村田弁護士に諮つたところ、損害金として受領するのであれば差支えない旨教示を受けたので、被告に対し特にその旨を明にして延滞家賃相当額の損害金を受領したものであるが、その際被告より家賃通帳を出されたので便宜上受領証に代え、これに前記の記載をしたに過ぎないこをを認めるに十分である。右認定に反する証人田中千代の証言(第一回)は措信し難く、他に右認定を覆して被告の右抗弁事実を認めるに足る証左はない。そうとすると、原告の前記解約申入はその後六ケ月を経過したことは明かであるから、被告は原告に対し本件家屋中別紙図面の朱線を以て画した部分を明渡す義務ありといわなければならない。よつて、原告の本訴請求を全部正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して、主文のとおり判決する。

尚、本件につき、仮執行の宣言をすることは適当でないと考えるので、原告から右宣言の申立があつたが、当裁判所はこれをしない。

(裁判官 木本楢雄)

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