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大分地方裁判所 昭和24年(ワ)48号・昭24年(ワ)58号 判決

第四八号原告 井上ヒサコ

第五八号原告 大野フジ

被告 大野フジ

被告 井上ヒサコ

一、主  文

昭和二十四年(ワ)第四八号事件被告(同年(ワ)第五八号事件原告)が大分司法事務局所属公証人大倉熊太郎作成第三万一千九百八十二号執行力ある公正証書正本にもとずき大分地方裁判所所属執行吏阿南惟成に委任して、昭和二十四年二月二十二日別紙第一目録<省略>記載の動産についてなした強制執行はこれを許さない。

昭和二十四年(ワ)第四八号事件について当裁判所が昭和二十四年三月十二日なした強制執行停止決定はこれを認可する。

昭和二十四年(ワ)第五八号事件原告(同年(ワ)第四八号事件被告)の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は全部昭和二十四年(ワ)第四八号事件被告(同年(ワ)第五八号事件原告)の負担とする。

第二項の裁判は仮に執行することができる。

二、事  実

昭和二十四年(ワ)第四八号事件原告(同年(ワ)第五八号事件被告。以下單に原告と略称する。)代理人は、

請求に関する異議の訴につき、主文第一項同旨並に訴訟費用は昭和二十四年(ワ)第四八号事件被告(同年(ワ)第五八号事件原告。以下單に被告と略称する。)の負担とするとの判決並に主文第一項につき担保を條件とする仮執行の宣言を求め、家屋明渡請求の訴につき被告の請求を棄却し訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、請求に関する異議の訴の請求原因並に家屋明渡請求の訴の答弁として「原告は昭和二十三年四月頃かねて懇意の間柄である訴外堀江憲治から財産税納付のため金二十万円を貸して貰い度いと申込まれたが、当時原告はそれだけの現金を持たなかつたので、原告所有の別紙第二目録<省略>記載の各不動産を担保として貸すからこれを利用して他から金二十万円を限度として借受けるがよいと答え、同年四月十五日右各不動産の各登記済証、原告の印鑑、印鑑証明書、原告名義の委任状を渡した。そこで同訴外人は被告から金二十万円を借受けたのであるが、右のような諸物件が自分の手にあるのを奇貨とし、訴外織田茂なる者に命じて大分地方法務局所属公証人大倉熊太郎に対し、原告の名義を以て不動産賣買契約公正証書の作成を委嘱し、昭和二十三年四月十五日同公証人作成第三万一千九百八十二号を以て原告は被告に前記各不動産を代金二十万円で賣渡すこと、原告は同年六月十五日までに金二十万円を被告に支拂えば右各不動産を買戻し得ること、同日までに買戻をしなければ直ちに右各不動産を被告に引渡すこと、引渡を怠るときは被告に対し一日金七百円の割合による遅延損害金を支拂うこととする公正証書の作成を受け、次いで同年六月十五日に至つて訴外堀江憲治は被告から更に金十万円を借増すと共に前記公証人に依頼して前記公正証書原本の賣買代金二十万円を金三十万円に、損害金一日金七百円を金一千円に夫々訂正して貰つた。而して被告は原告に対し前記約旨に從い金十四万二千円の遅延損害金の債権があるとして右公正証書正本にもとずき大分地方裁判所所属執行吏阿南惟成に委任し、昭和二十四年二月二十二日原告所有の別紙第一目録記載の有体動産を差押えた。併しながら前記公正証書は訴外堀江憲治が原告の承諾なく勝手に作成したもので原告は何等これに関與していないから無効の公正証書である。そこで右公正証書にもとずく前記執行は許さない旨の判決を求めるため本件請求異議の訴に及んだものであり、被告の家屋明渡並に損害金の請求には應じ難い。」と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は請求異議の訴につき原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、家屋明渡請求の訴につき原告は被告に対し別紙第二目録記載の家屋を明渡し、且つ昭和二十三年六月十六日から右家屋明渡済まで一日金一千円の割合による金員を支拂うこと、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決並に担保を條件とする仮執行の宣言を求め、

請求に関する異議の訴の答弁並に家屋明渡の訴の請求原因として「被告は昭和二十三年四月十五日原告所有の別紙第二目録記載の各不動産を原告から買受け、その明渡期日を同年六月十五日とし、同日までに原告がこれを明渡さないときは翌十六日以降明渡済まで一日金一千円の割合による遅延損害金を被告に支拂うこと、右損害金の支拂を履行しないときは強制執行を受けるも異議ないことを合意し同日大分司法事務局所属公証人大倉熊太郎に委嘱し同公証役場で同公証人作成第三万一千九百八十二号を以て右同旨の不動産賣買契約公正証書を作成して貰つた。尤も右公正証書の作成を直接公証人に委嘱したのは訴外織田展通であるが、原告は同訴外人に対し前記各不動産の登記済証、印鑑、印鑑証明書等を渡したのであるから、仮に同訴外人に対し單に金融のため右各不動産を担保に供するだけの権限を與えたにすぎないとしても、被告は同訴外人が右各不動産の賣却についても権限を有するものと信ずべき正当の事由がある。從つて原告は民法第百九條第百十條により代理人たる同訴外人の行爲について一切の責任を負わなければならない、況んや本件公正証書についてはその草案作成後訴外織田展通において公証人大倉熊太郎の求めにより右草案を当時原告の居所であつた訴外堀江憲治宅に持参し原告の署名を得ようとしたところ、原告は眼鏡を所持していないので訴外堀江憲治の妻に原告の氏名を代書させた上原告自らその名下に捺印したものであるから、訴外織田展通が原告の代理として関與したのは單に右公正証書作成の準備行爲だけで、公正証書の完成は原告本人自らの関與によつて有効に行われたものである。蓋し、公証人法によれば公正証書の作成に当り嘱託者が署名捺印することを要する旨規定している(同法第三十九條)けれども、その署名捺印の方法及び場所については何等の制限もしていないから原告が右のように公証役場以外の場所で署名を代筆させ、自らその名下に捺印しても何等違法ではないからである然らば本件公正証書は有効でありその約旨にもとずく執行力を生ずるのは勿論であるから、被告が前記遅延損害金債権の執行として大分地方裁判所所属執行吏阿南惟成に委任して原告主張の日時その主張のような差押をしたのは当然であつて原告の請求異議の訴はその理由がない。次にいやしくも公正証書にもとずく契約が成立した以上右公正証書が金銭債務の部分につき執行力を有すると否とを問わず、契約そのものの効力は当然生ずるから原告は本件公正証書記載の約旨に從い別紙第一目録記載の各不動産のうち建物を被告に明渡すべき義務があるし又右明渡済まで一日金一千円の割合による遅延損害金を支拂うべき義務がある。右一日金一千円の遅延損害金の約定はもとより利息の定ではなく本件家屋は被告において他に轉賣する目的で買受けた関係上若し明渡がなければ右轉賣の目的は事実上達せられないから付した一種の違約罰である。從つて何等無効とさるべき理由はない。」とのべた。<立証省略>

三、理  由

被告が大分司法事務局所属公証人大倉熊太郎作成第三万一千九百八十二号公正証書正本にもとずき大分地方裁判所所属執行吏阿南惟成に委任して昭和二十四年二月二十二日原告所有の別紙第一目録記載の有体動産に対し差押をしたことは当事者間に爭のないところである。

而して原告の署名を除き眞正に成立したこと当事者間に爭のない乙第五号証、成立に爭ない甲第三号証、同じく乙第一乃至第四号証証人井上政治郎の証言、証人織田展通、首藤円平、堀江憲治、堀江照の各証言の一部、原告井上ヒサコ本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨を綜合すると、原告はかねて知り合いの訴外堀江憲治に対し同訴外人が他より金融を受けるために必要な担保物件として原告所有の別紙第一物件目録記載の各不動産を貸す約束をし、右各不動産の上に原告名義で担保権を設定するために必要な各登記済証、原告の印鑑並に印鑑証明を同訴外の使者訴外織田展通に渡したところ、右訴外織田展通は訴外堀江憲治に対し右各不動産を担保として他より金二十万円の融通を受けた場合右金員を一時自分に貸與せられたい旨懇請し訴外堀江憲治の承諾を得たので、訴外首藤円平を通じて被告に金融方を乞うたところ、被告の代理人訴外井上知道は別紙第一目録記載の不動産を担保とする金銭貸借には應ぜず買戻約款付賣買ならばこれに應ずる旨答えたこと、そこで訴外織田展通は昭和二十三年四月十五日大分地方法務局所属公証人大倉熊太郎役場において同公証人の面前で被告との間に(一)原告は被告に対し右各不動産を代金二十万円で賣渡すこと、(二)原告は昭和二十三年六月十五日までに被告に対し金二十万円を支拂つてこれを買戻すことができること、(三)同日までに買戻をしなければ原告は直ちに右各不動産を被告に引渡すこと、(四)原告が右引渡を怠るときは被告に対し一日金七百円の割合による損害金を支拂うことという約旨の買戻約款付賣買契約を締結すると共に、同公証人に委嘱して右約旨の不動産賣買契約公正証書の作成を受けたが、原告はその際前記公証役場に出頭せず、且前記公証人は原告と全く一面識もなかつたに拘らず、右公正証書には原告自身出頭し且右公証人は原告と面識あるものと記載せられたこと。而して右公証人は原告本人の署名捺印をとつて來るように前記訴外織田展通に命じたので、同訴外人は訴外堀江憲治方に原告未署名の前記公正証書原本を持参し同家に居合わせた原告に対し署名捺印を求めたところ原告は眼鏡を所持しないため読み書きができないので右公正証書の内容を何等確めることなく、訴外堀江憲治の妻訴外堀江照に頼んで原告の氏名を該当欄に代書させた上その名下に自ら自己の印鑑を押捺したことその後昭和二十三年六月十五日頃訴外織田展通は被告の承諾を得た上前記公証人に対し右公正証書原本の賣買代金額を金三十万円に、損害金額を一日金一千円に夫々訂正せられたい旨申入れたところ、同公証人はこれに應じ同訴外人持参の原告の印鑑を右原本欄外に押捺させて賣買代金額及び損害金額を夫々右申入れのように訂正したことを認めることができる。成立に爭ない甲第四号証の記載及び証人堀江憲治、大倉熊太郎の各証言中右認定に抵触する部分は信用し得ない。

そこで右公正証書の効力について判断するに、公証人法第二十八條第三十一條第三十二條第三十五條第三十六條第三十九條等には公証人が公正証書を作成する際、嘱託人又はその代理人の同一性又は権限を確かめ且証書の趣旨が嘱託人の意思と合致することを確保するために遵守すべき嚴格且詳細な規定をしているのであつて、このような手続に從つて作成されるが故に公正証書は民事訴訟法第五百五十九條第三号但書の範囲内において債務名義たる効力を認められているのである。ところが本件の場合のように実際の嘱託人は訴外織田展通であり原告は公証人と互に面識もなく且公証役場に出頭もしないに拘らず、原告自ら公証役場に出頭して嘱託をし而も公証人は原告に面識あるものと記載して公正証書を作成した上、公証人において前記訴外織田展通を原告の許に遣わし原告の記名捺印をさせて完成された公正証書の如きは、その形の上においては正に公正証書として成規の方式に欠けるところはないが、その実質において前記のような執行力を與うべからざるものであること明かである。

併しながら右のような場合公証人が実際上成規の方式を履践しなかつたことを理由として債務名義の効力を爭うのはいわゆる執行文付與に対する異議の方法によるべきであつて、請求に関する異議の訴によるべきではない。蓋し後者は債務名義に表示せられた請求権そのものが実体法上執行を許されないものであることを理由とする異議であるからである。

そこで更に進んで本件公正証書に表示された買戻約款付賣買の効力について判断をすると、原告が前認定のような経緯によつて訴外織田展通に対し本件各不動産の登記済証、原告の印鑑、印鑑証明、委任状等を交付したことは、たとえ前認定の通り訴外堀江憲治に金二十万円を限度とする債務の担保に供する権限を與えるだけの意思であつたとしても、その第三者に対する関係においては訴外織田展通に対し本件各不動産の処分につき一切の権限を付與する旨表示したと同視さるべきであつて、同訴外人がこれ等印鑑等を使用して善意の第三者との間に法律行爲をした場合同訴外人において原告の代理人たることを表示した上自己名義でこれをしようと或は直接原告名義を以てこれをしようと右法律行爲については原告がその責に任じなければならないと解するのが相当である(民法第百九條、第百十條参照)。從つて被告が訴外織田展通の権限につき惡意であつたことを認めるに足る証拠のない本件においては訴外織田展通が、昭和二十三年四月十五日公証人大倉熊太郎役場において同公証人の面前で被告との間に原告名義を以て締結した前記買戻約款付賣買は実体法上有効に成立したものといわざるを得ない(原告がその直後本件公正証書に前認定の通り記名捺印した行爲は公正証書の形式をととのえるためになされたものであつて、これにより被告に対し何等かの意思を表示し、被告がこれを受領することによつて前記賣買の合意がはじめて成立したものと解すべき証拠は見当らない)。

以上の次第であるから原告が本件買戻約款付賣買が実体上無効である理由として主張する事由は右賣買を無効ならしめるに足るものではないが、当事者の主張する範囲内において認定した契約がそれ自体民法第九十條に反するか否かは当事者の主張をまつまでもなく、裁判所が職務上当然判断しなければならないことであるのでこの点につき考えるに本件各不動産の当時における價格が少くとも金八十万円程度のものであつたことは証人井上知道の証言によつて明白であるのに本件賣買契約の結果被告は金二十万円を支出しただけで、若し二ケ月以内に原告が買戻をしない場合は時價少くとも金八十万円程度の右各不動産の所有権を取得した上尚且つ、右各不動産の引渡を受けるまでの間一日金七百円宛の遅延損害金の支拂を受け得ることとなるのであつて單なる賣買としてもその利得するところは余りに過当であるばかりでなく、その後本件契約の各不動産引渡期限である昭和二十三年六月十五日頃に至り被告は買戻期限にはふれることなく唯右代金額を金三十万円、損害金額を一日金一千円と夫々訂正することを承諾していること前認定の通りである事実に徴すれば被告の意図するところは法律的には買戻約款付賣買であつたにせよ実質的には原告の無思慮及び訴外織田展通の無責任に乘じて金二十万円の投資により前記のような過当な利殖を計ろうとするにあつたことを窺うに十分である。(証人脇坂安太郎、首藤円平、井上知道の各証言中これに反する部分は信用しない。)このような契約はいわゆる契約自由の原則の許容するところを逸脱するもので民法第九十條にいわゆる公の秩序善良の風俗に違反し全体として無効であると解するのが相当である。

然るに被告は本件公正証書の執行力ある正本にもとずき大分地方裁判所所属執行吏阿南惟成に委任し、原告主張のような強制執行をしたこと当事者間に爭のないところであるから右強制執行はこれを許すべきものではなく、原告の本件請求に関する異議は理由がある。又前記買戻約款付賣買が全体として無効であるとすれば原告は本件各不動産は依然原告の所有であり原告は右賣買契約上の本件各不動産引渡義務並に引渡遅延にもとずく損害金支拂義務を負わないこと明かであるから被告の本件家屋明渡並に損害金請求は理由がない。よつて原告の請求はこれを正当として認容し、当裁判所が昭和二十四年三月十三日なした強制執行停止決定はこれを認可することとし、被告の請求は全部失当としてこれを棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條仮執行宣言につき同法第五百四十八條第二項を適用して主文の通り判決する。尚原告は主文第一項の裁判について仮執行の宣言を求めているが右裁判は仮執行の宣言を付するに適しないものであるからこれを付さない。

(裁判官 川添利起)

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