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大分地方裁判所 昭和24年(行)29号 判決 1949年11月25日

主文

原告等の訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告が昭和二十四年三月二十九日の会議において大分県直入郡竹田町から同町豊岡地区が分離することを否決した議決を取消す。」「被告は右豊岡地区分離に関し大分県直入郡竹田町選挙管理委員会が地方自治法附則第二条第五項により為した報告に基き議決せよ。」「訴訟費用は被告の負担とする。」という判決を求めてその請求原因として大分県直入郡竹田町は、旧竹田町、旧明治村、旧岡本村及び旧豊岡村等が合併したものであるが、その合併の議は昭和十五年頃から起り明治、岡本両村は直ちに賛成したが豊岡村は歴史上、産業上、経済上の理由等から強硬に反対し続けた。しかるに時恰も戦時下であつた為軍官憲の圧迫干渉は言語に絶し遂に議員等は警察に収容せらるる等苛酷な迫害を受けた。かくして二ケ年に亘る愛郷の運動もその効なく、昭和十七年四月全村民悲憤の中に民意に反して竹田町に強制合併せられた。しかも右合併にあたつてはその条件として豊岡小学校講堂新築、町役場、竹田駅附近移転新築、農村振興政策等の公約があつたのに爾来今日迄この口約は全く履行せられていないのであつて竹田町は合併以来終始一貫して豊岡地区住民を欺き通したことになる。事茲に至れば豊岡地区住民としてはもはや竹田町に依存することは住民の福祉の為益なきことであり、自力によるの外方途がないことを自覚したのである。右合併は農村と同町の相互協力依存あつてのみ意義があるのに合併以来生業別対立は日を追つて激化し町政及その施策は常に各地区の我田引水に終始し挙町一致理想郷建設の希望は全くその前途を見失うに至りました。そこで豊岡地区住民としてはこれ以上竹田町と合併を続けることは不可能であるので昭和二十三年法律第一七九号地方自治法中改正法律(以下改正法律と略称)附則第二条に従つて竹田町から分離することに決意し同年十一月五日正規の手続を履み豊岡地区住民の投票に附したところ、有権者総数二千四十五名中有効投票千七百三十六票、無効十二票その内分離を可とするもの千四百五十六票、否とするもの二百八十票という結果が現はれ、茲に有効投票の過半数が分離に同意したので竹田町選挙管理委員会は昭和二十三年十一月十一日これを大分県知事に報告したところ、同知事は右報告に基きこの案件を被告議会に上程すべき手続をとらねばならないのに拘らず昭和二十四年三月二十九日の同県議会の最終日に至つて漸くこれを会議に上程してその可否を問うたところ、被告は同日二十五票対十九票を以てこれを否決してしまつた。しかし右議決は次に述べる理由によつて違法でありその効力はない。すなはち(一)改正法律附則第二条第一項は「昭和十二年七月七日から昭和二十年九月二日に至る迄の間において市町村の区域に変更があつたときは、その変更に係る区域の住民は第七条の規定にかかわらず本条の定むるところにより、従前の市町村の区域にその市町村を置き又は従前の市町村のとおりに市町村の境界を変更することができる。」と規定している。衆知の如く昭和十二年七月七日は支那事変勃発の日であり昭和二十年九月二日は降伏調印の日である。わが国は、この期間中戦争遂行の美名の下に軍官憲による国民に対する干渉至らざるはなく、民主政治は全く地を払つたのである。元来地方自治の如きは政府その他の干渉を受けずその地方住民の意思によつて自主的にこれを処理するのが地方自治の本旨であるが旧豊岡村の竹田町への合併はこの地方自治の本旨に反する強権的処置である。従つて新憲法に基き民主主義を徹底せしめる為には地方自治の本旨に基いて地方住民の意思を尊重し戦時中の不当な軍関係の圧迫干渉によつて強制的に設けられたあらゆる制約から地方住民を開放し民主主義の原理に従つて地方自治を行はしめる為に、昭和二十三年法律第一七九号を以て地方自治法附則第二条を設くるに至つたのである。そうとすると上述した同条の立法趣旨に鑑みれば地方住民が同条に基く適法な投票手続により有効投票の過半数を以て従前の区域にその市町村を置き又は従前の市町村のとおりに市町村の境界を変更することに同意を与へた以上はこの住民の意思は地方自治の本旨に従つて絶対に尊重すべく他より濫りに干渉すべき限りではない。憲法第九十二条は地方公共団体の組織及び運営に関する事項は地方自治の本旨に基き法律でこれを定むべきことを命じているから地方自治に関する法律がもしこれに反すればその法律は違憲である。この故に改正法律附則第二条の各項を解釈するにあたつてもその解釈の根本原則は「地方自治の本旨」にあるといわねばならないから右附則第二条第五項に「第三項の投票において有効投票の過半数の同意があつたときは、都道府県知事は選挙管理委員会の報告に基き、都道府県の議会の議決を経て市町村の廃置分合又は境界変更を定め内閣総理大臣に届け出なければならない。」とある規定に基いて都道府県の議会がこれを議決するに当つては、いやしくも市町村住民の投票手続が適法に行はれ、その過半数の同意があつたことが明白である限り地方自治の本旨に照しこれを否決する権能を有しないと解釈しなければならない。都道府県の議会がこれを否決し得る場合は投票手続が適法に行はるる等地方住民の意思が正しく表明せられない場合に限る。同項が単に「当該都道府県の議会の議決を経て」と規定するのみで特別の制限を設けない点よりしてその投票手続が適法に行はれたると否とを問はず、総ての場合にこれを否決するか可決するかは全く自由であるとの解釈は、地方自治の原則よりこれを肯定することはできない。もしこのような解釈が正しいとすれば、これはまさしく憲法第九十二条に違反するものと断じて妨げないであらう。これを実際的立場より考察しても地方住民が適法な投票手続によつて分離に同意したのに議会においてこれを否決すれば分離に同意した側の住民は従来にも増して反対側住民よりの圧迫干渉と軽侮とを招き地方自治はこれが為に従前以上に混乱に陥り住民相互の反目抗争に益々激化し遂に地方自治は破滅に陥ることは必至であつて、これでは地方自治の本旨に基いて制定せられた筈の改正法律附則第二条の立法精神は全く蹂躪せられる。この故に、政府においても昭和二十四年四月十二日総理庁官房自治課長より各都府道県知事宛に同条第五項に規定する議会の議決に関して特に指示しているがその要点は「本条立法の趣旨は主として戦時中半ば強制的に行はれた区域変更の結果が引続いて現在迄放置せられ、しかも議会勢力等の関係からして地方自治法第七条に規定する一般手続に従つてその是正を行うことが困難な事態を救済するための処置として、特別の手続を規定しかかる不合理の是正を関係地区住民の直接の意思によつて行う途を拓く為、特に期間を限つた臨時的立法である。従つて本条による区域変更の制度においては、右立法の趣旨から見て発案権のみならず、決定権も亦関係地区住民の直接の意思に委ねるものとみるべきであるから、本項による議会の議決は一般投票の結果によつて表明された関係地域の住民の意向に基いて行はれなければならない。尚第八軍司令部リーガル、アンド、ガヴアメント、セクシヨンにおいても同様の見解を有する。」というにあつて、この指示はまさしく原告等の見解と一致するものである。そうすると、豊岡地区の前示住民投票は全く正規の手続を経て行はれ、その間何等の不正不法はなく竹田町よりの分離を可とするもの過半数であるから被告は地方自治の本旨と改正法律附則第二条第五項の立法精神に鑑み尚又総理庁自治課長の右指示の趣旨に従いこれを否決する権能はないこと極めて明白であるから本件議決は違法であつてその効力はない。仮に同条第五項の立法趣旨が適法な過半数の住民投票があつた場合でも議会はこれを否決し得るものとすれば、それは憲法第九十二条の地方自治の本旨に基かない立法であつて、明に違憲であるから同条項は無効の法規なりというべく従つて被告が同条項に従い議決した本件議決は違法である。(二)被告のした本件議決は、大分県知事細田徳寿の連合国軍官憲に責任を転稼し且被告議会の審議権を拘束するが如き不当な発言に基いてなされたものであるから、違法でその効力はない。すなはち昭和二十四年三月二十九日の大分県議会速記録によると、細田大分県知事は本件豊岡地区外二地区の分離問題が被告議会に上程された際議員の質問に答へて発言しているがその中で同知事は「問題の豊岡外二地区が戦時中強制的な官憲の指導によつて必ずしも好まざるところと合併せしめられたという実状はよくわかつているので、右地区住民が分離を希望する限りにおいてはそれを最大限度に尊重すべきことは当然であるが右地区の分離を実現することはマツクアサー元帥書簡のいわゆる経済九原則に反し又グツト、リツチ大分地区進駐軍司令官の意向に反する。同年三月二十六日の市町村会会議に臨席したグツド、リツチ司令官は本件豊岡地区等の分離には反対である。と明言されたのである。現在占領軍当局の監督下にあるわが国においては進駐軍司令官の示された右反対意見はわれわれの金科玉条として法律以上の力を有し首長としてはこれを遵法尊敬せざるを得ない立場にあるから右分離には反対せざるを得ない。」という趣旨のことを答弁している。しかし改正法律第二条に基く市町村の廃置分合又は連合国軍最高司令官が日本憲法の領域内の問題として日本官民に対し憲法の条項に従い自ら現実の統治を行い得べきことを認めたものと解すべきであるから、かかる憲法の領域内の事項については、都道府県議会並に知事は各の職域において自己の全責任を以てその職責を全うすべきであつてその責任をかりそめにも連合国軍官憲に転稼してはならない。そうとすると細田知事の議会における前記の答弁は同知事の県政に対する自主性喪失を表白したもので、県政に対する自己の責任を連合国軍官憲に転稼した不当な発言であるといわざるを得ない。しかも本件議決をされた日の被告議会においては旧豊岡地区と竹田町との分離に関し賛成意見の発言はあつたが反対意見は細田知事の発言以外には議員から一言の発言もなく終始し採決の結果遂に分離は否決せられたのである。すなはら議員において一人の反対意見の表明もしないのに分離が否決せられたことは全く細田知事の前記発言に基くものといわざるを得ないから、本件議決はこの理由によつても違法でその効力なきものといわざるを得ない。

以上の理由によつて被告が昭和二十四年三月二十九日の会議において大分県直入郡竹田町から同町豊岡地区が分離することを否決した議決は違法であるからその取消を求める為行政事件訴訟特例法第一条乃至第五条に則り本訴に及んだ次第である。尚以上によつて明かなように本件議決は違法であるから本来ならば細田知事は地方自治法第百七十六条に従い本件を再議に付すべき義務があるのであるが右議決がされた経過に鑑み同知事においてこの手続をとることは到底これを期待し得ない。それでこのような場合は当初右分離に関し一般投票を求めた住民において、区域の変更を求め得べき公法上の権利に基き右議決の取消を求めると同時に被告議会に対して竹田町選挙管理委員会が改正法律附則第二条第五項によつてした報告に基き再議を為すべきことを要求し得るものと解するから右議決の取消に併せて行政事件訴訟特例法第六条に則り同条の関連請求として請求趣旨第二項の通り再議の請求をする次第である。と述べ被告の本案前の抗弁に対し(一)本件議決は法律に違反し本来無効のものであるが形式上は、議員の過半数の同意を得て有効として成立しているのであつて、この形式的有効性は、単に該議決の無効確認のみでは除去し得ない。行政事件訴訟特例法がその第一条において「行政庁の違法な処分の取消」なる文言を用いているのもこの理由に基くものとみるべきである。被告は無効な議決の取消を訴求することは、それ自体無意義であつて失当である。と抗弁するけれども右によつてこの抗弁が理由なきものであることは明白である。(二)被告は再議の請求は知事の一身専属権であるばかりでなく一般選挙人にこのようないわゆる民衆的訴訟を許容した特別規定がないから失当である。と抗弁するけれども新憲法の下においてはすべての法律上の争訟が司法裁判の対象となり得るのであつてそれが私権に関するものであると、公法関係の夫れであるとを問はないのである。そして新憲法第三十二条は「何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と規定し法の適用については裁判所がどこまでもこれを保障するという立場に立つている。本件豊岡町地区住民は改正法律附則第二条により正規の手続を経て分離の一般投票が成立したときは、竹田町から分離し得る政治的自由を与へられたのであつて、しかも前に述べた総理庁自治課長の指示によつても明かなように地区住民の右分離請求権は単なる発案権たるに止るものではなく決定権たる性質を有するものであるからこれこそ憲法第十三条による人民の基本的人権たる政治的自由権から派生した公法上の権利である。しかるにこの基本的人権は被告のした本件議決によつて侵害せられ大分県知事も亦この違法な議決に対し地方自治法第百七十六条によつて再議に附する救済手段を講じないのであるから原告等としてはもはや正当な法律の適用を保障する裁判所に訴へるより外にその基本的人権を守護する方途はないのである。被告は又本訴を目して民衆的訴訟であると主張するけれどもこの種の訴訟はかの一般選挙人から選挙又は当選の効力を争う訴を指称するのであつて、本件の如く人民の基本的人権の侵害を理由とする訴訟をいうのではない。しかも本件においては豊岡地区の住民で選挙人名簿に登録されている者の総数の三分の一以上が原告となつているのであつて、個々の選挙人が原告となつているのではないから通常の民衆的訴訟とは全くその趣を異にしている。よつて被告の右抗弁も亦理由がない。(三)次に被告は大分県知事は本件議決がされた後、即日旧豊岡地区を竹田町から分離せぬこととしその旨を告示(昭和二十四年大分県告示第百十号)しているから、原告等としては同知事を根手として右行政処分の取消又は再議に付すべきことを訴求すべきであつて、被告に対する本訴は筋違いである。又原告等は本件議決によつて直接何等その権利を侵害せられていないから訴の利益がない。と抗弁しているが大分県知事の右告示は単に県議会の議決があつた旨を告示するに過ぎないものであつて、行政処分たる性質を有しないことは極めて明かであるし仮に右告示が行政処分であるとしても本件議決が行政処分たるの性質を失うものではない。地方自治法第百七十六条において知事に県議会の違法な議決を打破する為訴を提起する途を開いていることからみても県議会の議決をそれ自体独立した行政処分と解するに足る根拠となり得る。従つて右抗弁も亦理由なきに帰する。と述べ本案の答弁に対し市町村の区域又は境界変更について地方自治法は従来第七条の規定を置いているのであるから改正法律附則第二条は第七条の限時的例外規定である。そして第七条による議会の議決は可否いづれにも自由に為し得る議決であるが右附則第二条の議決はこれと全くその性質を異にするのであつて、既に述べた同条立法の精神に照し議会において可否いづれにも決し得るという議決の自由を有する趣旨ではなく唯議会は県における最高の機関として恰も天皇が国会の立法を認証するのと同じく一般投票によつて自由に表明された市町村の境界又は区域変更を請求する住民の意思を確認乃至承認する意味において議決し得るに止るのである。そして同条はわが国の行政組織内に温存せられている戦力乃至は非民主的性格を徹底的に排除払拭せんが為にこのような市町村を解体して再出発せしめる必要があるという立法理由があるのであつてこれなくしてはわが国の平和的、文化的再建は勿論経済的再建すら実現せられないのであるから細田知事の本件豊岡地区分離反対は当を得ない。と述べた。

被告代理人は主文と同じ判決を求めその理由として(一)原告等は被告のした本件議決の取消を求める原因として右議決の無効を主張しているが無効の議決が取消さるるときは有効の議決になるというのであれば格別であるが無効の議決を取消すということはそれ自体無意義であつてかような請求は訴訟上許さるべきものではない。(二)大分県知事は昭和二十四年三月二十九日本件議決が為された後即日旧豊岡地区を竹田町から分離せぬこととしその旨を告示(同年大分県告示第百十号)した。従つて原告等としては同知事の右行政処分に不服であれば、知事を相手として右処分の取消を求めるか再議に付すべきことを求めるのが本筋であるのに単に知事の為す右豊岡地区分離不分離の行政処分の前提手続である本件の議決をした被告を相手取り本訴請求に及んだところに根本的な誤りがあるのであつてその為請求の趣旨と原告等との関係からみると本訴はいわゆる即時確定の利益を欠くものであり又議決と原告等との関係からみれば本件議決によつて直接には原告等の公法上の権利は侵害されていないから訴の利益を欠きいずれにしても本訴は失当である。(三)選挙権者がいわゆる直接請求(リコール)を為し得る事項は法律上限定せられ(地方自治法第二編第五章)地方自治法を始め他のいかなる法令にも選挙権者に県議会を被告としてその議決の取消又は再議の請求を為し得る直接請求権を認めた規定はないばかりでなく再議の請求は唯当該県の知事にのみ認められているいわば一身専属の権利であるから仮に本件議決について大分県知事がこれを再議に付する義務があるとすれば原告等は同知事を被告としてこれを請求すべきであつて被告に対してこれを請求することは筋違いである。以上の次第であるから本訴はいづれにしても無訴権の訴として却下を免れない。と述べ本案について「原告等の請求を棄却する。」「訴訟費用は原告等の負担とする。」という判決を求め答弁として原告主張事実中旧豊岡村が昭和十七年四月竹田町と合併し今日に至つていること、昭和二十三年十一月五日旧豊岡村の選挙人総数二千四十五票中有効投票千七百三十六票、その内分離を可とするもの千四百五十六票、否とするもの二百八十票を以て分離を可決し、同年同月十一日竹田町選挙管理委員会から大分県知事にその旨を報告したこと同知事は昭和二十四年三月二十九日旧豊岡村地区の分離について被告の議決を求めたところ、被告は同日二十五票対十九票を以て分離を否とする議決をしたこと、大分県知事細田徳寿が同日の被告議会で原告等の主張する趣旨の答弁をしたこと、昭和二十四年四月十二日附を以て総理庁官房自治課長より改正法律附則第二条の解釈運用について原告等主張の如き要旨の指示が都道府県知事に対して為されたことはいずれもこれを認めるけれどもその余の事実は否認する。本訴請求原因の構成は大別すると右附則第二条第五項の規定は分離しようとする旧町村がその選挙権者の分離についての賛否投票において過半数の同意を得た以上は都道府県議会は右投票の結果に反する議決を為し得ないのであつて、議会は単に右投票に示された住民の意思を確認する意味において議決を為し得るに止る。との解釈論と同項のいわゆる議会の議決が右の趣旨でないとすれば同条項は憲法第九十二条に違反する無効の法規であるから同条に基く本件議決も亦無効たるを免れない。仮にそうでないとしても、右議決は細田大分県知事のした被告議会の審議権を束縛するが如き不当な発言に基いてされたものであるから違法である。というに帰する。しかし右附則第二条第五項は、「第三項の投票において有効投票の過半数の同意のあつたときは選挙管理委員会の報告に基き都道府県知事は当該都道府県議会の議決を経て市町村の廃置分合又は境界変更を定め内閣総理大臣に屈け出なければならない。」と規定しその議決の方法について同法は固より他に何等の制限規定がないから右にいわゆる議決が文理解釈上一般の多数原理に従つて議員の自由な判断に基く議決権の行使を意味するものであることは一点の疑を容れない。

原告等の解釈は合議体の意思決定の根本である自由意思に基く議決権の行使による多数決制度という民主主義の根本原則を蹂躪するものというべきである。一体同項で知事が分離不分離の行政処分をする前提として議会の議決を必要とする規定を設けた立法の趣旨は分離を希望する市町村住民が井蛙的な考や感情に走つて公正な判断力を失い大局を誤る危険を防止是正すると共に分離について上級の地方自治体である県の意思を問はんとするにあるから同条は憲法第九十二条に違反するものではない。又原告等主張の如く被告が本件議決を為すに当り大分県知事がその審議権を束縛するような発言をしたとしても、被告はこれが為に現実にその審議権を束縛された事実はなく被告の議員は独自の判断でその議決権を行使して本件議決をしたのであるから右議決は適法である。従つて右議決の取消と再議の請求をした原告等の本訴請求は、いづれの点からしても理由がないから失当であると述べた。

(立証省略)

理由

先づ本訴の適否について検討する。大分県直入郡竹田町のうち旧豊岡地区は昭和十七年四月竹田町と合併し今日に至つていること、改正法律の施行後右地区住民は同法に則つて竹田町からの分離を決意し昭和二十三年十一月五日正規の手続を履み旧豊岡地区の住民投票に付したところ、原告等主張の如き投票の結果が現はれ有効投票の過半数が分離に同意したので竹田町選挙管理委員会から大分県知事にその旨を報告したこと同知事は昭和二十四年三月二十九日旧豊岡地区の分離について被告の議決を求めたところ被告は同日二十五票対十九票を以て分離を否とする議決をしたことは当事者間に争のないところであつて原告等が旧豊岡地区の選挙人の三分の一以上に当る者とし右議決の違法を理由としてその取消と被告の再議を求める本訴を当裁判所に提起したものであることは原告等の主張に照して明かである。しかし本訴は次の諸点において訴訟上の要件を欠き不適法たるを免れないのであつて以下にこれを述べる。

一、県議会は本来普通地方公共団体たる県の意思機関として執行機関たる知事に相対し県に関する事件につき県の意思を決定することをその任務とする機関であり例外的に地方自治法その他の法令により特にその権限とせられた事項を行うことかあるに止る。それであるから県議会は通常はその権限の行使について外部と交渉することはないのであつて県議会の権限の行使は直接国民の権利義務に影響を及ぼさないのを立前としている(知事が国の委任行政を行う前提として県議会の議決を要するものとする場合においても同様である。)この故に意思機関としての県議会の行為は特殊な場合を除いていはゆる行政庁の処分ということはできないのであつて本件議決も亦この例に洩れないものと解する。蓋し改正法律附則第二条第五項の規定に徴すれば、県議会は知事が問題になつている市町村の廃置分合又は境界変更の処分をする前提手続としてその可否につき上級地方公共団体としての県の意思を決定するに止るものと解すべきであるから被告のした本件決議はいわば知事と議会という行政機関相互間で一の機関から他の機関に対してなされる意思表示に過ぎないのであつて旧豊岡地区の分離についての原告等住民の権利関係に直接影響を及ぼす行為ではないからこれを以て行政庁の処分と解することはできない。原告等は地方自治法第百七十六条第二項により知事が議会の議決を違法と認めるときは議会を被告として裁判所に出訴し得ることを根拠として本件議決は行政処分たる性質を有すると主張するけれどもこれは一種の機関争議であつて特に同条のような特別規定がない限り当然には出訴し得べき事項とはいへないのであるから右の規定は反対解釈の根拠とはなり得ない。そうすると原告等が被告を相手取り本件議決の違法を理由としてその取消を求めるいわゆる抗告訴訟を提起することは許されないのであつて本訴は不適法といわねばならない。

二、仮に本件議決を原告等が主張するように行政庁の処分と解するとしてもその取消を求める本訴は訴の利益を欠き不適法である。

前段に述べたように被告は知事が旧豊岡村の分離につき処分をする前提手続としてその可否につき議決をするに止るのであつて本件議決はいわば行政機関相互間になされる意思表示たるにすぎないのであるから被告が旧豊岡地区の分離を否とする本件議決をしたからといつてこれが為に直に原告等が同地区の住民として右分離処分を請求し得る権利を毀損せられたとはいへない。すなはち改正法律附則第二条に照せば、右分離につき終局的な処分の権限を有する者は知事とみるべきであつて(知事の右分離並に不分離決定は行政処分たる性質を有する。)しかも地方自治法第百七十六条によれば知事は県議会の議決を違法と認めるときは再議に付し再議の結果が尚違法であれば出訴も許されている(同条の趣旨からみて議決が違法な場合これを再議に付し更に出訴することはむしろ知事の義務事項に属するものと解する)ことからみれば本件議決の後知事がこれを再議に付さず、右議決通りに旧豊岡地区不分離の処分を為して始めて原告等住民はそのいわゆる分離請求権を毀損せられたということができる。それ故原告等が大分県知事を相手として旧豊岡地区の不分離処分(乙第一号証によると大分県知事は本件議決の後即日右不分離処分をしその旨告示している)の取消を訴求するなら格別であるが被告を相手取り本件議決の取消を求める訴を提起することは特にそのような出訴を求めた規定のない以上(現在かような規定はない)訴の利益を欠くものというべきであつて本訴は不適法たるを免れない。

三、被告に対して本件豊岡地区の分離事件につき、再議を命ずる判決を求めることは本来許さるべきでないし、行政事件訴訟特例法第六条にいわゆる関連請求としてもこのような訴は許されない。

裁判所は専ら特定の行政処分が法規に従つて行はれたかとうか、すなはち行政処分の適法、違法を判断し得るに止り、これを以て本来の司法権の範囲とすべきであり、行政処分を違法なりとし当該行政庁に対し改めてその行政処分を為すべきことを命ずる判決をすることは司法権が不当に行政権を侵すこととなり三権分立の原則に反し裁判所の権限に属しないと、いわねばならない、かような訴は明文のない限り(本件についてもこのような規定は存在しない)許さるべきでないし又行政事件訴訟特例法第六条のいわゆる関連請求としても、許容さるべきでないことは極めて当然である。

以上によつて明かなように、本訴は結局訴訟上の要件を欠き、不適法たるを免れないから他の争点について判断をする迄もなくこれを却下すべきものである。そこで訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し主文の通り判決する次第である。(大分地方裁判所民事部)

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