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大分地方裁判所 昭和29年(わ)408号 判決 1958年2月06日

被告人 阿佐尾登

主文

被告人を懲役六月に処する。但し二年間右刑の執行を猶予する。

業務上横領の点は何れも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人はサルベージ業を営むもので、海上保安庁長官より別府湾内の所定海域に沈没せる爆発物、爆薬兵器、並びに其の部分品の引揚の許可をうけた南千秋の作業実施者として右の引揚に従事中、昭和二十九年三月四日頃別府港附近碇泊中の鹿川丸に於て山野秀芳、高田忠と共謀の上、右引揚物件たる銃砲弾約千発を前記長官の許可をうけることなくほしいまゝに之を解撤したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

昭和二十七年法律第七十二号第二条、昭和二十年運輸省令第四十号第四条の三、第五条、罰金等臨時措置法第二条、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書

無罪の理由

一、公訴事実

(一)  主たる訴因

被告人はサルベージ業広島海事株式会社の代表取締役であるが、海上保安庁長官より大分港外に海没せる日本政府所有に係る旧日本軍銃砲弾の引揚許可をうけた舞鶴工業所代表者南千秋名義で昭和二十九年二月上旬より其の引揚作業並びに引揚物件の保管等の業務に従事中、右事業資金に窮したところよりほしいままに同年三月五日頃より同月末日までの間前後四回に亘り別紙一覧表記載の通り別府市内に於て地金商清原豊光こと李相に対し、自己が大分港外より引揚げ業務上預り保管中の日本政府所有に係る銃砲弾類の所謂真鋳部分約九百五十貫を貫当り約六百五十円で売却して横領したものである。

(二)  予備的訴因

被告人はサルベージ業広島海事株式会社の代表取締役であるが、海上保安庁長官より大分港外に海没せる旧日本軍銃砲弾の引揚許可をうけた舞鶴工業所代表者南千秋の下請負人として同人のため昭和二十九年二月上旬頃より其の引揚作業並びに引揚物件の保管等の業務に従事中、右事業資金に窮したところよりほしいままに同年三月五日頃より同月末日迄の間前後四回に亘り、別紙一覧表記載の通り別府市内に於て地金商清原豊光こと李相に対し自己が大分港外より引揚げ業務上保管中の右南千秋所有に係る銃砲弾類の所謂真鋳部品約九百五十貫を貫当り約六百五十円で売却したものである。

二、当裁判所の判断

(一)  公訴事実中認定出来る事実

被告人の検察官に対する各供述調書(検第二十乃至二十三号)山野秀芳、高田忠、李相、初田行雄、南千秋の検察官に対する各供述調書(検第三、五、七、八、十、十一号)李相の司法警察員に対する供述調書(検第十二、十三号)差押調書(検第十五号)押収に係る爆発物件等引揚作業計画書(押検第三号)爆発物件等引揚作業変更許可書(押検第二号)を綜合すると「被告人はサルベージ業広島海事株式会社の代表取締役であるが、海上保安庁長官より別府湾内の所定海域に沈没している爆発物、爆薬兵器、並びに其の部分品の引揚げについて許可をうけた南千秋の作業実施者として昭和二十九年二月上旬頃より右の引揚作業に従事していた際、其の事業資金に困窮したので同年三月五日頃より同月二十七日頃までの間四回に亘り別紙一覧表記載の通り別府市内で地金商清原豊光こと李相に対し前記引揚に係る銃砲弾類の所謂真鋳部品を約九百五十貫、貫当り約六百五十円で売却した」事実を認めることが出来る。

(二)  主たる訴因についての判断

前記二(一)認定の被告人の引揚げた銃砲弾類(以下本件引揚物件と称す)が日本政府の所有に属するか否かが争点であるから先づこの点について判断する。

当公廷でした証人真鍋義隆、同佐藤小六、同長井芳雄の各供述を綜合すると本件引揚物件は旧日本軍の所有していた銃砲弾であるが、右は「昭和二十年九月二日付連合国最高司令官の指令第一号附属一般命令第一号陸海軍第六項(イ)」、及び「同月三日付指令第二号第五項(ロ)」、並びに「同月二十四日付日本軍から受領し、又は受領すべき資材、需品及装備と題する覚書第二項」、に基き米占領軍に引渡され米占領軍各司令官は戦争若は之に類する行動に本来若は専ら使用され、且平時の民需用に適しないものとして破壊を命ぜられ、米軍自ら又は日本政府に命じて之を海中に投棄したものである。従つて右は米占領軍に引渡された時日本政府の所有権は消滅し、更に米軍等によつて破壊の目的で海中に投棄された時其の所有権は何人からも放棄され無主の動産となつたものと言うべきである。

この点について当公廷でした証人真鍋義隆、同古海求の各供述第十二回公判調書中証人初田行雄の供述記載、押収に係る物品売払契約書(押第一号)海上保安庁警備救難部長の回答書、同庁総務部長の回答書(検第二十四、二十五号)によれば、前記物件は千九百五十年二月六日付日本政府宛連合国最高司令官覚書「戦時中の作戦により生ずる爆発兵器の処理に関する件」によつて連合国から日本政府に返還され日本政府はこの覚書に基いて予算、決算及び会計令臨時特例第五条第一項第十五号の規定で之等の物件を随意契約により引揚許可者に売渡して来たもののようではあるが、右の覚書、政令を以つてしても其れのみによつて直ちに前記物件の所有権を取得し、前記の法理を覆することは出来ないものと云はなければならない。

之を要するに本件引揚物件は海中に放棄された無主物であるから所有の意思を以つて先占する以外に其の所有権を取得出来ず、斯ゝる占有を欠く日本政府が之を所有している謂はれはないので之を前提とする本件公訴事実は爾余の判断をなすまでもなく結局犯罪の証明がないものと言うべきである。

(三)  予備的訴因についての判断

予備的訴因の要旨は「本件引揚物件が無主物としても被告人は南千秋の下請負人として右南の所有に帰せしめる意思で本件引揚作業を行つて来たので、其の引揚によつて右南は直ちに其の所有権を取得するので、被告人のした売却行為は当然右南の所有権を侵害する」と謂うものである。

従つて先づ被告人と南千秋の間に有効なる請負契約が締結されたか否かを判断する。

当公廷でした証人古海求の供述(記録三百十一丁)同真鍋義隆の供述(第二十一回公判、記録三百三十丁以下)同南千秋の供述(第二十三回公判、記録三百六十一丁)の各一部長野祐睦の検察官に対する供述調書(検第二十六号)によると南千秋と被告人は下請負契約又は雇傭契約を締結したもののようではあるが、右の証拠は何れも後記各証拠に照らし之を措信することが出来ず、他に右の事実を肯認するに足る証拠はない。

却つて南千秋の司法警察員、検察官に対する各供述調書(検第九乃至十一号)証人南千秋の第十七回公判調書中の供述記載部分、同人の当公廷(第二十三回)でした供述、初田行雄の検察官に対する供述調書(検第八号)被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書(検第十八号乃至二十三号)被告人の当公廷でした供述(第十九回公判)を綜合すると昭和二十九年一月初旬頃被告人は海上保安庁長官より大分港外の海没銃砲弾類の引揚許可を受けようと考えていたところ既に南千秋が其の許可をうけて居り当時同人は引揚能力等からして作業中止の状態にあつたことを聞いたので、海上保安部係官の紹介により同月二十日頃右南との間で「南千秋の許可名義により被告人が作業実施者として前記海域の海没銃砲弾類の引揚作業をすること。銃砲弾類の引揚、保管、解撤工場えの運搬等一切の作業及び其の経費は被告人の負担とし、解撤の為の国庫納金も南名義で被告人が支払うこと。右の引揚作業が収支償はない場合も南千秋はその責任を負はないこと。南千秋は所轄官庁に名義人として報告等をなし、被告人に収益のあつた場合は南千秋に其の報酬として収益の一部を配分するが、其の比率額等は暫らく引揚作業を実施し、其の経過に照した上協議決定する」旨の無名契約所謂「名義貸」契約が成立した事実を認めることが出来る。

前掲各証拠によれば本件引揚物件は何れも右認定の契約に基き被告人に於て引揚保管中のものである。

而して右引揚物件は二(二)認定の通り海中に投棄された無主の動産であるから所有の意思を以つて之を先占したものが其の所有権を取得することとなるが、前記認定の契約並びに前掲各証拠によつても南千秋が其の引揚に当り之に対し所有の意思をもつていたものとは認めることが出来ない。

然らば本件引揚物件の所有権が南千秋にあることを前提とする本件公訴事実も亦爾余の判断をなすまでもなく犯罪の証明がないものと言はなければならない。

仍つて業務上横領の点については何れも刑事訴訟法第三百三十六条後段に則り主文の通り判決した。

(裁判官 榎本勲)

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