大判例

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大分地方裁判所 昭和30年(ワ)271号 判決 1956年8月09日

原告 井上司 外七名

被告 肌野亀夫 外一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告らが別府市大字北石垣字椋ケ坂四二八番の一鉱泉地一坪内に湧出する温泉につき原告山本伝次は十分の二その余の原告は各自十分の一の鉱泉権を有することを確認する。被告らは原告らが右温泉を引湯することを妨害してはならない。訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求める。

第二、請求原因

一、別府市大字北石垣字椋ケ坂四二八番の一鉱泉地一坪は訴外和田友三郎の所有であつたところ、原告山本伝次は右鉱泉地より湧出する温泉に対する温泉権(その内容は後述する)につき温泉湧出と同時に十分の二の持分権を贈与に因り譲渡を受け現にこれを所有する。

二、原告挾間千治郎は昭和十七年十月九日右和田よりその所有する前記温泉権の十分の八の持分権のうちその一を買受け、昭和二十七年二月六日原告幸野不二夫において原告挾間より右持分権を売買に因り譲受け現にこれを所有する。

三、原告長田類作は昭和十八年三月十六日右和田よりその所有する右温泉権十分の七のうちその一を買受け現にこれを所有する。

四、訴外出口雅三は昭和十九年八月十日右和田よりその所有する右温泉権十分の六のうちその一を買受け昭和二十一年八月三十日原告高根スミヱにおいてこれを買受け現にこれを所有する。

五、訴外亡山本幸吉は昭和十九年十月十九日右和田よりその所有する右温泉権十分の五のうちその一を買受けたところ、昭和二十二年六月四日死亡し、三女である原告山本文代相続により右所有権を承継し現にこれを所有する。

六、訴外山本定丸は昭和十九年十一月一日右和田よりその所有する温泉権十分の四のうちその一を買受け昭和二十二年十月一日原告井上司において右山本よりこれを買受け現にこれを所有する。

七、原告江口吾一郎は昭和二十年中右和田よりその所有する右温泉権十分の三のうちその一を買受け現にこれを所有する。

八、原告挾間千治郎は昭和二十七年十二月十八日右和田よりその所有する右温泉権十分の二のうちその一を買受け現にこれを所有する。

九、原告らは以上のとおり右温泉権の共有持分権を取得してよりその持分に応じて引湯を継続してきたところ、被告らは右の事情を知悉しながら右温泉権を右和田より買受けたと称し昭和三十年六月十九日原告らのために設備してある分湯口を閉鎖し右温泉の引湯が右分湯口に流入しないように施設を施しこれを田溝に放流せしめ原告らの引湯を不可能ならしめている。

十、しかして所謂温泉権とは鉱泉地より流出する温泉につき増堀浚渫又は引湯等の利用をなし得る直接排他的な支配権であるからこれを所有するものはその妨害排除を請求し得る権能を有する。

よつて被告らに対し右温泉権の持分権を原告らが有することの確認並びに右妨害の排除を求める。

第三、請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求めた。

第四、請求原因事実に対する答弁並びに主張

一、訴外和田友三郎がもと原告ら主張の鉱泉地一坪の所有者であり、右和田が原告ら主張のような権利を有していたことは争わないがその余の事実は全部争う。

(一)  所謂温泉権なるものは鉱泉地について所有権その他の使用権を有するものにおいてはじめて所有し得る権利であること温泉法第三条によつて明らかである。ところが原告らは右鉱泉地について所有権その他これを使用し得る権利を取得した事実はなく、却つて被告両名において昭和三十年五月十六日前記和田友三郎より各二分の一の持分をもつて買受け即日その旨の登記をも了している。尤も昭和三十年八月二十日被告肌野はその持分の十一分の一を訴外塚本四郎に譲渡しその旨の登記をも経ている。

以上の次第で原告らにおいて右温泉権を取得する筈はない。

(二)  仮りに温泉権は鉱泉地につき使用しないものにおいても所有することが許されると解せられるとしても、温泉権は都道府県知事の堀さく許可を受けたものが取得する権利であつてこれが権利の譲渡について知事の認可を経てはじめて有効であるところ、原告らはその主張する権利の譲受について右の認可を経た事実はないから有効に権利を取得しない。

二、仮りに原告らにおいて右和田より右温泉権を譲受けたが認められ右の権利変動については前記認可を要せずして効力を発生するものとしても、右の認可なくしてはこれを第三者に対抗することはできないところ、被告両名は右鉱泉地の所有権を取得した日の翌日温泉権の譲渡を受けその後被告肌野は鉱泉地の持分の移転とともに右温泉権の二十二分の二を訴外塚本四郎に譲渡したけれども現在被告肌野は二十二分の九同林は二十二分の十一の各共有持分を有するものであり、しかも前記権利変動については昭和三十年六月十三日大分県知事の認可も得ているのであつて原告らはその権利変動につき被告らに対抗することはできない。

第五、被告らの主張に対する反駁

本件温泉権は別府市地方に存する慣習法上の物権であつてこれが権利変動を第三者に対抗する場合にも公示方法を履践することを必要としない。

そもそも別府地方においては明治四十二、三年頃より温泉の開発利用が行われ、温泉権そのものが土地と独立して売買の対象とせられてきたのであつてその後明治四十五年頃県令第三十二号により温泉取扱規則が定められ警察官庁に届出をなす制度が採用せられたがもとより第三者の対抗要件とせられたのではなく、したがつてその取扱も便宜的で共同所有の場合でも一人のみの届出をもつてこれを受理し、共有持分の厳格な届出の履行を求めていなかつた。しかしてまた鉱泉地の登記制度も徴税上の便宜から課税の公正を図る見地から設けられたもので決して温泉権利用者を確定せしめるものではない。したがつて実際取引の実情においては実質上の権利者をもつて温泉権利者となし登録の有無に拘りがない。また温泉法が昭和二十三年八月施行せられたけれどもこれまた単なる行政取締の見地から制定されたもので行政官庁に対する登録手続も実質上の権利の存在を確定し或いはこれをもつて第三者に対する対抗要件とするものではない。

仮りに被告ら主張のとおり温泉権の権利変動についても公示の要件を具備する必要があると解すべきものとしても被告らは原告らが権利を譲受けた事実を知りながら訴外和田友三郎より譲受けたことを仮装しているのであるから対抗要件の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しない。

仮りに仮装でないにしても原告らの権利取得の事実を知つていたのであるから正当の利益を有しない。

被告らが本件鉱泉地につき共有持分権を取得したことは争わない。

第六、証拠関係<省略>

理由

第一、(一) 別府市大字北石垣字椋ケ坂四二八番の一鉱泉地一坪がもと訴外和田友三郎の所有であり後に被告ら両名の共有取得するに至つた事実は当事者間に争いない。

そして成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、第四号証第六ないし第八号証の各一、二第二十二第二十三号証の各一ないし五第二十四号証の一ないし四によれば原告らが右鉱泉地より湧出する温泉につき後述の温泉権を有していた訴外和田友三郎から原告ら主張のとおりの経過で直接もしくは間接に原告ら主張の割合での右温泉権の共有持分権を譲受けた事実を認定することができ右認定に反する証拠はない。

(二) しかして大分県別府市地方においては湧出温泉につき増堀浚渫ないしは引湯等の利用をなし得る直接排他的な支配権が温泉権又は鉱泉権と称せられそしてこの権利はその鉱泉地と離れて独立して権利の対象となり、したがつて売買等取引の目的物となる地方慣習法の存することは当裁判所に顕著な事実である。それ故原告らの取得した前記権利もまた右の温泉権にほかならないから右の権利に対する侵害は権利者においてこれが排除の請求をなし得るものと言えよう。

(三) ところが被告らは右温泉権は鉱泉地の使用権を有するものにおいてはじめて所有し得る権利であるというけれども、その援用する温泉法は行政上の取締のために設けられた法規であり、私法上の権利内容について定めた法規ではなく他に被告らの主張を肯定すべき根拠は認められない。それ故原告らが鉱泉地について使用権を取得したことについては何らの主張立証はないけれども原告らの右権利取得の妨げとなるものではない。

次に被告らは温泉権は都道府県知事の堀さく許可を受けたものが取得する権利であつてこれが権利の移転についても知事の認可を経てはじめて有効となると主張し、原告らが前記権利変動について大分県知事の許可認可を得たことについて主張立証するところはないけれども温泉権の権利変動について都道府県知事の許可認可が効力発生要件と解すべき法令上の根拠なく被告らの見解は採用できない。

第二、被告らは原告らの右の権利変動は第三者に対する公示方法を欠き被告らに対抗できないと主張し原告らは右慣習法によつて認められる温泉権の権利変動については公示方法を履践するを要しないで第三者に対抗することができると反駁する。

ところで、直接排他的な支配権即ち対世的権利はその権利変動について第三者に対抗するには公示方法を履践することが必要と解するのが相当であり、このことは慣習法上認められる権利についても異らないものと解すべきである。もしそうでなければ何ら過失なくして右の権利変動を知らなかつた第三者もその対世的効力の故に不測の損害を蒙ることとなる。かような結果の招来を容認することは取引の安全を害するばかりでなく、民法上の諸物権について公示方法を定めて対抗要件としていることゝ権衡を失する。もとより公益その他の理由から公示の方法の履践を必要としないものとする場合もないではないが温泉権についてそれが慣習法上認められるものであつてもかような特別の理由の存在を考えることはできない。したがつてもし温泉権が公示方法の履践を必要としないとするならばもはやかかる権利を物権として創設する慣習法の存在を否定せざるを得ない。

以上の見地において本件をみるとき原告らは公示方法を履践したことについて何らの主張立証がないから原告らは前記権利の変動について第三者に対抗することはできない。

第三、ところが原告らは被告らは対抗要件の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しないと主張する。

成立に争いない乙第六号証の一、二と甲第二十三号証の一、四に弁論の全趣旨を綜合すると被告肌野は原告らが本件温泉権について譲受けた事実を知りながら右鉱泉地の所有者和田友三郎から温泉を譲受けた(後述のとおり仮装ではない。)事実が窺われしたがつて被告肌野からその一部を譲受けた被告林も右の事実を了知していたものと推測できるのであるが、物件の二重譲渡の場合後に譲渡を受けたもので他の一方が先に譲渡を受けたことを了知していたとしても対抗要件の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しないとは言えない。

尤も譲受人相互間において一方が他方の権利変動の事実を承認しこれを前提とする何らかの取引が行われているような場合には対抗要件の欠缺を主張しその権利変動を否認することは信義誠実の原則に反するものとして許容できないであろう。本件においてこのような取引の行われた事実について何らの主張立証がない。しかして被告肌野同林が被告ら主張のとおり本件温泉権を鉱泉地とともに訴外和田友三郎から順次譲受けた事実は成立に争いない乙第一ないし第三号証第六号証の一、二並びに証人和田友三郎の証言によつて認められる、被告らの右譲受けが右和田と通謀してなした仮装のものであることを認めるべき立証はない。よつて被告らは原告らの主張する権利変動について対抗要件の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に該当する。

第四、しからば原告らは被告らに対し本件温泉権の取得を対抗できないわけであるから爾余の点について検討するまでもなく本件温泉権の行使について妨害排除を求める権利を有しないものと言わねばならない。

第五、よつて右の妨害排除請求権の存在を前提とする本訴請求は失当であるから棄却すべきものである。訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男)

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