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大分地方裁判所 昭和34年(わ)122号 判決 1961年4月12日

被告人 佐伯金融株式会社

代表者 岩崎政見 外一名

主文

被告人岩崎政見を懲役八月に処する。

但し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人会社を判示第一の罪について罰金一六〇万円に、判示第二の罪について罰金一四〇万円にそれぞれ処する。

訴訟費用は全部被告人等の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人佐伯金融株式会社は金銭の貸付、金銭貸借の媒介等を営業目的とする会社で、昭和二十八年四月一日肩書地に本店を定めて貸金業を経営していたもの、被告人岩崎政見は同年四月一日より同会社の代表取締役として、その業務一切を統括して来たものであるところ、被告人佐伯金融株式会社の業務に関して法人税の逋脱を企て同人に於て

第一、昭和三十年四月一日より翌昭和三十一年三月三十一日までの事業年度に於ける被告会社の所得金額は二千三百六万四千四百五十八円で之に対する法人税額は九百二十万七百六十円であつたにも拘らず収入金の一部を別口預金として会社正規帳簿に取引の一部を除外し取引の真実を記載せる裏帳簿を設ける等して所得の一部を隠匿し、昭和三十一年五月三十一日所轄佐伯税務署署長に対し、右事業年度中の法人税確定申告を為すに当り、手伝人今泉安太郎を介して、被告会社の同事業年度中の所得金額は百四十万二百十二円で之に対する法人税額は五十三万五千八十円である旨過少に記載した虚偽の法人税確定申告書を提出し、以て右詐欺不正の手段により前記真実の所得金額に対する法人税額九百二十万七百六十円と右虚偽の申告所得金額に対する法人税額五十三万五千八十円との差額に相当する法人税金八百六十六万五千六百八十円を逋脱し

第二、昭和三十一年四月一日より翌昭和三十二年三月三十一日までの事業年度における被告会社の所得金額は一千六百三十九万五千七百九十三円で之に対する法人税額は六百五十三万三千二百八十円であつたにも拘わらず前同様収入金の一部を別口預金とし会社正規帳簿に取引の一部を除外し、取引の真実を記載せる裏帳簿を設ける等して所得の一部を隠匿し、昭和三十二年五月三十一日所轄佐伯税務署長に対し、右事業年度中の法人税確定申告を為すに当り、手伝人今泉安太郎を介して、被告会社の同事業年度中の所得金額は二百二万九千七百二十五円で、之に対する法人税額は七十八万六千八百八十円である旨、過少に記載した虚偽の法人税確定申告書を提出し、以て右詐欺不正の手段により前記真実の所得金額に対する法人税額六百五十三万三千二百八十円と右虚偽の申告所得金に対する法人税額七十八万六千八百八十円との差額に相当する法人税金五百七十四万六千四百円を逋脱し

たものである。

証拠(略)

弁護人の主張に対する判断

一、公訴棄却の主張について(略)

二、所得額の認定に違算があるとの主張について

(一) (略)

(二) 次に弁護人は、旧利息制限法においては制限超過の利息は「裁判上無効」であつたが、現行法では「法律上無効」とさるるに至つた、けれ共債務者が超過利息を任意に支払つた場合はそれの返還を請求することができない、ところで、この任意に支払つた超過利息についても、元本債務が残存する限り当然元本の弁済に充当さるべきものである。しかるに本件貸金については制限に超過する最低月五分を下らない約定利率により利子所得を算定し、公訴にかかる各年度の所得金額を認定している。それで本件公訴は課税の対象となる所得計算の基礎に誤りを犯していると主張するについて、

なるほど、任意に支払つた制限超過利息の処理について弁護人主張のような見解がないでもない、制限超過の利息と雖任意に支払われたものはこれが返還を請求し得ないもので、この点に関し新法の解釈を異にする必要は毫も認め難いので斯様な見解は当裁判所の採用しないところである。従つてたとへ元本債権が残存する場合でも制限超過利息をこれに充当して計算することは相当でない。したがつて又利息制限法に違反する超過利息、それは一種の違法所得に当るとしても、斯様な所得は窃盗、強盗等による所得とはその本質を異にし、その権利の法律的帰属には毫も及ぼさないものであるから、これを課税の対象とすることは何等違法とは謂へない。

三、脱税の犯意がないとの主張について

次に弁護人は、被告人岩崎は貸金業の経営に当つては多額の貸倒金の発生が予想されるので、権利発生主義による所得の申告と、これによる課税は不当、不合理であるばかりでなく違憲であると考へ、佐伯税務署直税課長と相談の上その諒解の下に、後日正確な計算をなし、これに基く正当な納税をなす意思の下に、差当り過少申告をなしたもので、法人税を不当に免れる意思を有していたわけではないと主張するについて

(1)権利発生主義による課税が合憲であることは後段説示のとおりで (2)被告人岩崎が本件所得の申告をなすに当り所轄佐伯税務署直税課長に申出でその諒解を得ていたことは当審第十一回公判廷に於ける同被告人の供述によつて明瞭であるが、当時同被告人において過少申告の認識を有していたことも又その自認するところであるから、斯様な場合はたとへ税務官吏の指示認容があつたとしても、それによつて犯意の成立を阻却するものとは解し難い。(3)のみならず被告人岩崎は、会社の裏帳簿である備忘録(前記押第十五号乃至第十八号)に取引の全部を記載し、公表帳簿である貸付金元帳、金銭出納帳(前記押第五号乃至第八号)には、確定申告の税額に合致するように右の備忘録から適宜その一部を抽出して記載し、(第十二回公判廷での被告人岩崎の供述)且多額の預金等について他人名義若しくは架空人名義として(押第九号乃至第十二号)、資産を隠匿しており、これについて被告人岩崎は前記のとおり会社の所得が判明しないように、ことさらに確定申告の所得や会社の公表帳簿にバランスを合わせる為にしたことを自認しているものであるから優に脱税の犯意を認むるに足る。

四、権利発生主義による所得額の認定は憲法に違反するとの主張について

更に弁護人は、所得額の認定に当り発生主義を貫くときは貸金業者は債務者が元利金の支払能力を失い現実には元金は勿論、利息さへ支払わないのに納税を強制される結果となり、国民の財産権を不当に侵害するもので明らかに憲法に違反すると主張するについて、

思うに法人税法第九条には単に「各事業年度の所得は各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」と定め、法人の損益の所属年度(発生時期)については税法上別段の規定がない。従つてこの点については税法の目的に照し、会計学上の原則を参酌して決定する外はない。而して会計学上においては、現実に現金の収支を以て損益の発生を定める現金主義と、現金の収支に関係なく、損益の発生を確認し得る事実があればそこに収益又は費用の成立ありとする権利発生主義との対立がある。けれども現金主義は素朴な原始的経営を処理する会計制度としては適したであろうが、著しく信用取引の普及した近代企業において各期の実際の損益額を正確に把握することは困難であり、且理論的にも、企業の収益又は費用の存否はすべて経済価値の獲得と喪失の有無によつて決すべきもので、直接に現金の収支とは関係がない筈である。又税法の目的からしても、現金主義によるときは、税法上の損益の発生、したがつて納税義務発生の遅速が、義務者の努力如何によつて左右されることになり、租税負担の公平を失する虞れがある。それ故に、損益の発生を確認し得る事実の成立した時を基準としてその帰属を定むる所謂発生主義に依るべきことは洵に相当であつて憲法に違反するものとは謂へない。のみならず証人杉野梅次の当公廷での供述(第三、四回公判)によれば、熊本国税局においては被告会社の所得の根本をなす利子所得の認定をなすに当り、純然たる発生主義によらずして、すべてその期の一、二ヶ月後に実現したもののみを未収利息として計上していることが明らかであると共に、貸倒れについてもこれを厳格に解せず被告人岩崎の供述を基礎とし所謂固定貸と目される個々の債務者について詳細調査の上大幅に貸倒引当金を認めていることが明瞭であるから此の点に関する非難は当らないと謂わねばならない。

以上の次第で諸点に関する弁護人の主張はいづれも採用し難い。

法令の適用

被告人岩崎政見の判示所為は各法人税法第四八条第一項に該るので所定刑中懲役刑を選択し、右は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で主文の刑を量定する。然し乍ら領収証書(被第三号乃至第一一号)によれば判示脱税額は既に納入されていることが明瞭であり、その他諸般の情状にかんがみ、被告人に対しては刑の執行を猶予するを相当と思料するので同法第二五条第一項を適用し本裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する。被告会社に対しては法人税法第五一条に従い同法第四八条所定の罰金刑の額範囲内で同会社に対し、それぞれ主文の罰金を課する。尚刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い訴訟費用は全部被告人等をして負担せしむる。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 島信行)

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