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大分地方裁判所 昭和34年(行)6号 判決 1962年12月15日

原告 有馬正純

被告 国・大分県知事 豊後高田市田染農業委員会

当事者参加人 金高ユミ 外四名

主文

一、被告大分県知事が別紙目録記載の各土地について昭和二三年一二月二日付でなした買収処分及び売渡処分はいずれも無効であることを確認する。

一、原告の被告豊後高田市田染農業委員会に対する訴を却下する。

一、原告の被告国に対する請求を棄却する。

一、当事者参加人等の請求を棄却する。

一、訴訟費用中

(一)  原告の支出にかかるもののうち三分の一並びに被告豊後高田市田染農業委員会及び同国の各支出にかかる分は原告の、

(二)  原告の支出にかかるもののうち三分の二及び被告大分県知事の支出にかかる分は同被告の、

(三)  参加人等支出にかかる分は参加人等の、

各負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は

被告豊後高田市田染農業委員会に対し、同被告が別紙目録記載の土地につき自作農創設特別措置法に基いて決定した買収計画及び売渡計画は無効であることを確認する。

被告大分県知事に対し、同被告が前記買収、売渡計画に基いてなした前記各土地に対する買収処分および売渡処分は無効であることを確認する。

被告国に対し、同被告が昭和二六年六月六日大分地方法務局豊後高田支局受付第一、二七八号を以て本件各土地について訴外金高小十のためになした自作農創設特別措置法第四一条による売渡を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求め

被告豊後高田市田染農業委員会、同大分県知事両名訴訟代理人は

本案前の答弁として

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本案に対する答弁として

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

被告国指定代理人は

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

当事者参加代理人は

別紙目録記載の各土地は当事者参加人等の所有であることを確認する。

訴訟費用は原告及び被告等の負担とする。

との判決をそれぞれ求めた。

二、原告訴訟代理人は請求原因として

(一)  原告は昭和二〇年一〇月四日当時の大分県西国東郡田染村(同村は昭和二九年六月一日同県豊後高田市と合併しその一部となつた)から別紙目録記載の各土地(以下本件土地と略称する―右のうち(ハ)の土地は従前は現在の豊後高田市大字平野字大迫三、二六六の三原野四反五畝九歩と合わせて一筆となつていたが昭和二六年四月一四日右二筆に分割されたものである。)を代金四五〇円で買受け即時右代金を支払つてその所有権を取得した。

(二)  しかるに右田染村が右売買による所有権移転登記手続をしないうちに自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)が施行され、田染村農地委員会(同委員会は昭和二七年一〇月二一日農地法施行と同時に田染村農業委員会となり、同二九年六月一日田染村の豊後高田市合併に伴い豊後高田市田染農業委員会となつた―以下これを被告委員会と略称する)は、本件土地を自創法第四〇条の二第四項に所謂牧野であるとして同二三年九月一〇日所有者田染村からの買収計画及び訴外金高小十を買受人とする売渡計画を樹立し、被告大分県知事(以下被告知事と略称する)は同年一二月二日右買収、売渡計画に基いて買収及び売渡処分をし、その買収令書は同二四年二月一五日前記田染村に、その売渡令書は同月二八日前記訴外人にそれぞれ交付され、被告国は同二六年六月六日大分地方法務局豊後高田支局受付第一、二七八号をもつて本件土地につき右訴外人のため自創法第四一条による売渡を原因とする所有権移転登記を完了した。

(三)  しかしながら、右買収、売渡計画及び処分は次の理由によつて無効である。

(イ)  本件各土地はいずれも自創法に謂う牧野ではない。すなわち右買収当時(イ)の土地は登記簿の表示も山林でその状況も殆んど全域に楢、クヌギ等の雑木が密生した純然たる山林であり(ロ)の土地は南側約三分の一は東西にわたつて松林約五〇パーセント、雑木林約五〇パーセント、北側約三分の二はそのうち東部約七〇パーセントが杉若干を含むクヌギ、楢、栗の雑木林、西部約三〇パーセントが杉、檜等の山林であり、また(ハ)の土地は殆んど全域に樹令約四〇年位の杉が植林されていた。

(ロ)  本件買収及び売渡計画は田染村農地委員会の決議に基かないで決定されたか、もしくは無効な決議に基いてなされたものである。すなわち

農地等の買収、売渡計画を樹立するには自創法及び農地調整法により農地委員会の議決を経ることを要するところ、本件買収、売渡計画に関する同農地委員会の第二五回議事録によれば、同委員会は原告が買受けた本件土地以外の田染村有地について原告所有地と田染村有地の境界を画定して分筆することを条件として買収及び売渡計画を樹立したことが明らかである。ところで当時田染村有地なるものは存在しなかつたのであるから、右委員会の決議は、結局存在しない土地についてなされたと謂わなければならない。

また右の決議には境界の画定及び分筆という停止条件を附されているが、その条件は成就されていない。尤もこの停止条件は初から不成就が確定していたのであるから、この点からも決議は無効である。仮りに右決議が本件土地についてなされたとするならば、右の議決は本件土地が原告の所有でないとの誤つた事実を前提としてなされたものであり、その錯誤は意思表示の要素に関するものであるから決議は無効であり、委員会における出席委員の全部又は一部の者において本件土地が田染村と原告との売買契約に含まれていないかのように装つて買収の決議をしたとしても、決議は議事録に表示された範囲においてのみその効力を有するものであるし、かかる不正な決議は無効である。

(四)  右(イ)、(ロ)の瑕疵はいずれも明白且重大であるから、本件買収及び売渡計画並に同処分は当然無効である。よつて被告委員会に対し右買収、売渡計画の無効確認、被告知事に対し買収売渡処分の無効確認を求める。

右無効の売渡を原因とする移転登記も同様の理由によつて無効であるところ、田染村から本件土地を買収し、訴外金高に売渡したのは農林省であるが、同省は行政行為の主体であつても不動産に関する権利の主体ではないから、右権利の主体たる国に対し、本件売渡による所有権移転登記の抹消を求める。

と述べ、

被告委員会及び被告知事の本案前の答弁に対し被告委員会が決定した買収及び売渡計画は、他の被告がなした請求の趣旨記載の各処分の基礎となつた重要な処分である。そして本訴によつて被告知事及び国のなした本件行政処分が取消されても、それのみでは被告委員会がなした本件処分は理論的には尚残存するとみるべきである。従つて爾後になされた一連の違法な行政処分の根源を断ち且つ将来に禍根を残さないために、買収及び売渡計画そのものの無効確認を求めることは、本件土地の所有者たる原告にとつて間接ではあるが重大な利害関係がある。

本件土地が田染村の基本財産であつたことは認めるが、原告と田染村との間に成立した本件土地に関する売買契約は有効である。仮りに所有権の移転を目的とする物権契約が未だ成立していないとしても、原告は田染村(現在の豊後高田市)に対し、本件土地の所有権を原告に移転すべきことを請求する債権を有し、右の権利を実現するために本訴請求をなす利益がある。

田染村は本件土地を原告に売渡すについて町村制第一四七条第二号による知事の許可を得ていた。仮に正式の許可書の交付を得ていなかつたとしても、事前に知事の内認可をうけ、また事後において村議会議事録写の送付などの方法によつて売渡処分の経過及び結果を報告し黙示の許可を得ていた。

仮りに知事の許可を欠きこの点において売買契約に瑕疵があつたとしても、右の瑕疵は昭和二二年五月三日町村制の廃止、地方自治法の施行と共に治癒し完全な効力を有するに至つた。知事の許可を得ない基本財産の処分は少くとも知事の許可を停止条件として効力を生ずべきものであると解しなければならない。そして右の停止条件は町村制を唯一の根拠とするものであるから、町村制の廃止と共に自然消滅し、本件売買契約は無条件に効力を生じたものと解さなければならない。

なお、本件売買契約が現行地方自治法下において効力を有すると主張する根拠として

旧町村制下においてなされた手続その他の行為は、地方自治法又はこれに基いて発する命令中の相当する規定によつてした手続その他の行為と見做されるから(地方自治法附則第一一条)、地方自治法による新たな手続その他の行為を要しない。

本件売買契約は旧田染村議会の承認を経ているから地方自治法上の効力要件に欠けるところがない。

の二点をあげることができる。

すべて法令の解釈や行為の効力は日本国憲法がその前文に挙げる理想と個々の規定に照して判断さるべきであるところ、本件売買契約の内容と手続は、憲法が地方公共団体を国の覊絆から解放して独立の権能を認めようとする地方自治の基本原則に適合するものとしてその効力を是認すべく、既往に遡つて許可の有無を云為することは却つて右基本原則に逆行するものといわなければならない。

また本件土地は採草地ではないから農地法に基く知事の許可を必要としないことはいうまでもない。

と述べた。

三、(一) 被告委員会訴訟代理人は

本案前の答弁として

(イ)  農地の買収及び売渡処分は農地委員会における買収及び売渡計画の樹立、縦覧告示、県農地委員会の承認、県知事の買収令書及び売渡通知書の交付という一連の行政行為によつてなされ県知事のなす買収令書及び売渡通知書の交付によつて完成する。

従つて行政処分の無効確認を求める訴は効力を発生する買収及び売渡処分を対象とすべきで売渡及び買収計画を対象とすべきではなく、また行政事件訴訟特例法第二条第三条は行政処分をなした行政庁を被告となし得ることを定めているが、右は行政処分の取消を求める訴につき適用されるべきもので、行政処分の無効確認を求める訴には適用がないと解すべきであるから、被告委員会を相手方とする本訴は不適法である。

(ロ)  原告は本件土地の所有者ではない。原告主張にかかる田染村と原告との間の本件土地に関する売買契約は存在しなかつた。仮りに右売買契約があつたとしても

元来本件土地は田染村の基本財産で且林野であつたからこれが売却処分には町村制第一四七条により大分県知事の許可を要する定めである。しかるに田染村は本件土地の売却処分につき同県知事の許可をうけていないから売買は無効で原告は所有権を取得していない。町村制は昭和二二年五月三日廃止されたが、無効な売却処分が右廃止によつて有効になる理由はなく、仮りに本件売買契約を知事の許可を停止条件とする売買契約とみるならば、右町村制の廃止は停止条件の成就ではなく、不成就の確定である。のみならず、本件土地は後述するように農地法第二条、第三条の採草地で、同法第三条によると採草地の所有権移転には府県知事の許可を要し、許可を受けないでなした売買はその効力を生じないと規定されている。そうして採草地の移転は農地調整法改正以前及び農地法施行以前の売買契約でも登記と引渡の双方が完了していないものについては法に従つて府県知事の許可がなければ其の効力を生じないと解するのが昭和二一年法律第四二号(農地調整法)第四条及び同法附則第二項、昭和二二年法律第二四〇号(農地調整法)第四条並に農地法第三条により正解と思われる。しかるに本件土地の売却処分については大分県知事の許可を得ていないから其の売買は効力を生じていないので原告に所有権がない。また知事の許可がなく本件売買契約が無効である以上、所有権を取得しないばかりでなく何等の債権的権利をも取得するものでもない。

右のように原告は本件土地について何らの権利を有するものではないから、原告は本件無効確認を求める利益がない。

(ハ)  本件土地は採草地であるが、仮りに明瞭に土地全部が牧野でなく僅少部分に樹木が立ち岩がある土地であつて山林か牧野かが明らかでない土地を牧野として買収、売渡をしたとしてもかような買収及び売渡処分の瑕疵は取消訴訟の対象とすべきで無効確認の対象とならない。そして取消訴訟としてはすでに出訴期間は経過しているからいずれにしても本訴は不適法であるといわなくてはならない。

本案に対する答弁として

原告の請求原因(一)の事実のうち、田染村が豊後高田市と合併したこと、本件土地のうち(ハ)の土地が分筆されたことを認め、その余は否認、同(二)の事実は認める、同(三)の事実は否認する。

本件土地は豊後高田市大字平野字大曲部落の住民が代々採草地として使用してきたもので原告主張のような山林ではない。昭和二〇年一〇月四日田染村が原告に売却したのは本件土地ではなく、後に分筆された豊後高田市大字平野字大迫三、二六六番の三原野四反五畝九歩にあたる土地である。従つて本件買収及び売渡計画は本件土地について有効に議決されたもので、原告主張のような瑕疵はない。仮りに本件土地が原告に売却されていたとしてもその売買契約は県知事の許可のない無効のものであるから、本件土地を田染村有地として決議することに何ら妨げとなるものではない。

と述べ

(二) 被告知事訴訟代理人は

本案前の答弁として

被告委員会の本案前の答弁(ロ)(ハ)と同旨

本案に対する答弁として

被告委員会の本案に対する答弁と同旨

を述べ

(三) 被告国指定代理人は

原告請求原因(一)の事実のうち原告が本件土地の所有権を取得したとの点を除きその余を認める。(二)の事実は認める。(三)の事実は否認する。

原告は被告に対し本件土地の売渡登記の抹消登記手続を求めているが、抹消登記の登記義務者は、当該登記の名義人であるから抹消登記手続の請求はその登記の名義人に対してなされるべきであつて、登記名義人でない被告国に対してかかる請求をなすことは許されない。

原告は本件土地の所有権を有しない。仮りに原告と田染村との間に本件土地に関する売買契約があつたとしても、本件土地は田染村の基本財産であつたから、町村制第一四七条第二号により県知事の許可を要するにも拘らず、右売買契約には大分県知事の許可がない。知事の許可なくしてなされた基本財産の処分は当然無効であり、原告は右契約によつて何等の権利をも取得しない。原告主張のように町村制の廃止によつて売買の効力が復活するものでないことは多言を要しない。本件土地が採草地であること、及び本件土地に関する買収及び売渡計画が適法有効に議決されたことについては被告委員会の答弁と同趣旨である。

と述べた。

四、当事者参加代理人は請求原因として

本件土地はもと大分県西国東郡田染村の所有であつたが、被告大分県知事は昭和二三年一二月二日自創法に基いて右土地の買収処分及び参加人等の被相続人訴外金高小十(昭和二四年一〇月一五日死亡)を買受人とする売渡処分をなし、同訴外人は右売渡処分により本件土地の所有権を取得した。しかして参加人金高ユミは訴外人の妻、同金高フサヨは訴外人の長男昇(昭和一九年一一月五日死亡)の妻、同金高新及び同金高信一は右昇の長男及び次男、河野ナツコは訴外人の長女であつて、いずれも訴外人死亡により本件土地を相続により取得し、各相続分にしたがつて共有するに至つたものである。しかるに原告は昭和二〇年一〇月四日田染村から本件土地を買受けたと称し、前記のとおり被告大分県知事の買収及び売渡の各処分の無効並びにそれに先行する被告田染村農業委員会の買収及び売渡の各計画の無効を主張している。そこで原被告間の訴訟の結果によつては参加人等の権利が害される関係にあるので当事者参加人として請求の趣旨記載の判決を求める次第である。

と述べた。

五、(証拠省略)

理由

一、被告委員会が昭和二三年九月一〇日本件土地を自創法第四〇条の二第四項にいわゆる牧野であるとして所有名義人たる訴外田染村からの買収計画及び訴外金高小十を買受人とする売渡計画を樹立し、被告知事は同年一二月二日右各計画に基いて買収及び売渡の各処分をなし、その買収令書は昭和二四年二月一五日田染村に、売渡令書は同月二八日金高小十に交付され、被告国は昭和二六年六月六日大分地方法務局豊後高田支局受付第一、二七八号をもつて右金高のため自創法第四一条による売渡を原因として本件土地の所有権移転登記手続を了したことは当事者間に争いがない。

二、まず被告委員会の本案前の抗弁について判断する。

原告は、被告知事に対する本件土地の買収及び売渡処分無効確認の訴におけると同一の理由をもつて、被告委員会に対し本件土地の買収及び売渡各計画の無効確認を求めるところ、自創法所定の買収(売渡)手続を組成する先行処分たる買収(売渡)計画、後行処分たる買収(売渡)処分に存する瑕疵が共通であれば、行政事件訴訟の判決が関係処分庁を拘束するとの行政事件訴訟法第三三条、第三八条(旧行政事件訴訟特例法第一二条)の規定に照らし、当事者としては右共通の違法事由を掲げていずれか一方の処分の適否の判決を求めれば足りることと、買収(売渡)計画が買収(売渡)処分に向けられた前提手続の一部にすぎないことを合わせ考えれば、当事者はその権利義務に直接かつより効果的な影響をもたらす買収(売渡)処分の無効確認を請求すれば足り、この訴と併せて買収(売渡)計画無効確認を求める利益を有しないと解せざるをえない。

してみれば、原告の被告委員会に対する本件訴はその利益を欠くものというべく、不適法として却下を免れない。

三、次に被告知事の本案前の抗弁について判断する。

(一)  同被告は、以下主張の理由により原告は本件土地につき何らの権利を有しないから、本件土地の買収及び売渡各処分の無効確認を求める利益なしとするので順次判断する。

(1)  原告、訴外田染村間に本件土地の売買契約は存しないとの点について。

成立に争いのない甲第一、第二、第七号証、第一三号証の一、二、証人安岡英雄、同後藤広義、同河野忠一の各証言によれば、訴外田染村長財前克己は同村国民学校々舎建築費捻出のため同村所有の本件土地を公売に付し昭和二〇年一〇月四日付をもつて原告との間に売買契約(以下本件売買契約という)を締結し即時代金四五〇円の交付をうけたこと及び同村々会は町村制第四〇条に基き同年一二月二四日本件土地を含む村有地の公売を議決したことが認められ右認定を覆えすに足る証拠はない。かかる場合同村長の本件土地処分行為は、あらかじめ村会の議決を経てなした場合と同一の効力を有するものと解するのが相当である。

(2)  本件土地が同村の基本財産であることについては当事者間に争いがないところ、本件売買契約当時施行されていた町村制第一四七条第二号によれば町村が基本財産を処分するについては知事の許可を要するものであつたことが明らかであるところ本件売買契約に当りその許可があつたと認めるに足りる何等の証拠もない。この点につき被告知事は、右の許可なくしてした本件売買契約は無効であると主張する。

よつて町村の基本財産の処分に知事の許可を要するとした所以を考えるに、町村の基本財産は町村財政の主要な礎石であつてその管理処分の如何によつては町村の健全な存立を左右するに至るものであるから国家の不断の後見的監督の下にその適正な管理処分をなさしめ、もつて町村財政の安定鞏固ひいては国家公共の利益の保持に遺漏なきを期する趣旨に出たものと解することができる。しかしさればといつて、町村は知事の許可なくしては基本財産の処分権能を有しないもの即ち右の許可なくしてなした基本財産の処分行為は法律上成立しないものと解すべきであろうか。なるほど当時の地方公共団体の存立目的よりして地方公共団体に対する国家の監督権は頗る強大であつたとはいえ、もともと基本財産の処分といつてもその性質は私法行為に属するものであること、しかも町村は独立した権利主体として基本財産の保有を認められており権利主体がその属する権利について処分権能を有することはその本来的性質に由来するものであること、更に上記の趣旨からする国家の町村に対する監督権は処分行為の成立を規制するまでに及ばずともその効力発生を規制する限度において優にその目的を遂げうるものであること等を併せ考えれば、知事の許可なくしてなされた基本財産の処分行為といえどもなんらの意味を有しないものと解すべきものではなく処分行為としては成立し、ただ効力の発生―本件でいえば権利移転の効果の発生―が知事の許可にかかつているものと解するのが相当であると考える。してみれば本件売買契約は有効に成立したと認めることができる。

(3)  さて、証人安岡英雄の証言によれば、売主である訴外田染村は本件売買契約締結後知事に対し前記の許可をうるべく奔走していたことが認められるのであるが、その許可のないまま、昭和二二年五月三日施行の法律第六七号地方自治法附則第二条により町村制は同日をもつて廃止され、以後は町村の基本財産の処分に関し知事の許可を要しなくなつたこと明らかである。

被告知事はこの点に関し、「町村制の廃止により本件売買契約に知事の許可をうることが不能になり即ち効力発生の条件が不成就に確定したから右契約は結局無効になつた」旨の主張をする。町村制第一四七条所定の知事の許可は、前段に述べた如く本件売買契約効力発生の条件とみるべきものであるが、しかし「法定の条件」であるから民法の条件に関する規定を当然に適用することができないし、仮に性質の許す限り準用すべきものとしても、町村制の廃止をもつて「知事の許可」なる条件が不成就に確定したと解することはできない。なぜなら町村制の廃止により右の条件の成就が法律上不必要になつたにすぎないからである。

(4)  ところで廃止された町村制第四〇条と昭和二二年法律第六七号地方自治法第九六条とは同旨の規定であつて、同法附則第一一条によれば田染村村会が町村制第四〇条に基いてなした本件土地の売渡処分に関する決議は地方自治法第九六条に基く決議としての効力が認められることとなる。しかして町村制の廃止により本件土地の処分の効力発生につき知事の許可を要しなくなつたこと前段説示のとおりであり、また同法(昭和二二年法律第六七号)第二一三条によれば「地方公共団体は法律又は政令に特別の定めがあるものの外、財産の…処分…に関する事項は条例でこれを定めなければならない」とあるところ、町村制廃止、地方自治法施行当時において、次記の問題を別としては本件売買契約の如き町村の基本財産処分の効力発生を規制した法律又は政令は見当らないし、かつまた当時田染村において同条に基き条例を制定したかまた仮にこれを制定したとしていかなる規定が置かれたかについて分明でない。そこで以上の点を背景にし、次記の問題を一応除外して本件売買契約の効力の消長を考えるに、町村制の廃止に伴いその効力の発生を妨ぐべき障碍が存しなくなつたと認むべきであるから、契約当事者の意欲するところに従つて直ちにその効力の発生を認めるに何らの支障はない。即ち、本件売買契約は昭和二二年五月三日完全な効力を生じ、本件土地の所有権は直ちに買主たる原告に移転したと解することができる。

(5)  これに対し同被告は、本件土地は採草地であり、採草地所有権の移転は農地調整法改正以前及び農地法施行以前の売買契約についても登記と引渡の双方が完了していないものについては知事の許可がなければ効力を生じない。しかるに本件売買契約については所有権移転の登記も土地の引渡もなく、かつ知事の許可もないから所有権は移転しないと主張し農地調整法(昭和二一年法律第四二号)第四条、同法附則第二項、同法(昭和二二年法律第二四〇号)第四条、農地法第三条を挙げる。しかし本件土地が採草地でなく山林であること後記認定のとおりであり、山林は農地調整法等による統制物件に該らないから、その所有権は昭和二二年五月三日の町村制廃止と同時に原告に移転したものといわなければならない。

(6)  してみれば原告に本件土地の所有権なしとし、本訴確認の利益を否定する被告知事の主張は理由がない。

(二)  また同被告は、本件買収及び売渡各処分に山林を牧野と誤認した違法ありとしても右誤認は具体的事案に照らせば明白というに足りないからその違法はせいぜい取消訴訟の対象となるにすぎないところ、右各処分に対する取消訴訟の出訴期間は既に経過したから本訴は不適法であると主張する。しかし後記認定のとおり右の瑕疵は重大かつ明白で、右各処分は無効確認訴訟の対象になるから右の主張も採用できない。

(三)  以上いずれの点からみても被告知事の抗弁は採用しがたい。

四、よつて本件買収及び売渡処分の効力について判断する。

成立に争いのない甲第三ないし第五号証、証人有馬惟純の証言により成立を認めうる同第一九号証の一ないし一七及び検証の結果(二回)並びに鑑定人松田為雄の鑑定の結果並びに証人後藤広義、同後藤才太郎、同有馬惟純の各証言、同三上要、同金高利光の各証言の一部、原告本人尋問の結果を綜合すれば、

(一)  本件三二六六番の一の地内には西の地域に〇、〇三九九ヘクタールの草原(検証調書にいう第一すすきが原、鑑定人松田為雄作成の鑑定書ではI号地として記載されている部分)、東の地域には〇、一二二六ヘクタールの草原(同上第三すすきが原、III号地)、三二六六番の二の地内には〇、〇九四二ヘクタールの草原(同上第二すすきが原、II号地)が存し、現在ではいずれの個所にも採草に適する萱を主体とした雑草の繁茂をみるのであるが、第一すすきが原の昭和二二、三年頃の状況は樹令二〇年前後のクヌギ、ネムノキ等の雑木が生立する樹冠疎密度五八%の山林であつて、もしこれが伐採されなかつたとすれば昭和三五年現在においては右疎密度は一〇〇%に達するものであつたところ、本件土地の所有権の帰属に利害関係ある地元大曲部落民が昭和二二、三年頃右すすきが原の雑木を伐採してしまつた(この伐採の点については第一回検証の際被告代理人の認めたところである)ばかりでなく、大曲部落民においてその後も屡々立木の伐採を行つたため現況の如き草原になつたこと、しかし右すすきが原は地理的にみて採草の困難な場所に位置し採草地として利用されているとは認め難いこと、また第三すすきが原は、証人為家勝美、同渡辺健吉、同後藤角治、同上田文吉の証言をも合せると、昭和二二、三年頃その一部が採草適地であつたことを認めえないわけではないが全体としては山林であつて樹令二〇年前後のクヌギ、ネムノキ等の雑木が生立しその樹冠疎密度は六二%であり、もしこれが伐採されなかつたとすれば昭和三五年現在においてはその疎密度は一〇〇%に達するものであつたこと、しかるに訴外三上要が昭和二八年頃もしくは同三〇年頃第三すすきが原に窯を築き製炭する際立木を伐採したほか、大曲部落民において屡々地上の立木を伐採したため現況の如き草原になつたものであること、更に第二すすきが原についてみると、昭和二二年当時樹令約三〇年の杉林であつてその樹冠疎密度は四五%、これが伐採されなかつたならば昭和三五年のその疎密度は四九%に達するものと推定されるところ、右杉立木は昭和二二年頃九州電力株式会社によつて伐採され、その後の昭和二五、六年頃大曲部落民がその伐採跡に約一、五〇〇本の杉苗を植林したが昭和三〇年頃地元農地委員会の勧告によつて伐採してしまつたので現況の如き草原になつたものであること、しかし右すすきが原は地理的にみて採草に極めて困難な位置にあり採草地として利用されているとは認め難いこと、並びに右三ケ所のすすきが原を除く本件その余の土地部分は本件土地面積の大部分を占めるのであるが、この状況をみるに一部には昭和一六年頃約二、〇〇〇本植栽された杉林(本件三、二六六番の一地内)があるほか大部分は昭和三五年現在において樹令一〇年ないし二〇年を主体とするクヌギ、ノグルミ等が密生し、その中に四〇年ないし五〇年生の松が点在していることが認められ、昭和二二年頃も相当繁茂した雑木林であつたと認めうること、

(二)  更に本件土地はもと田染村大曲部落の所有であつたがいわゆる林野統一により田染村の所有となり昭和一一年に同村のため所有権取得登記がなされたが従前のとおり同部落民の利用に任せられ、植林、立木採取のほか第三すすきが原の一部を主体とする採草適地の部分は採草のためにも利用されてきたこと、しかし昭和一二年頃からは採草のために必要な野焼は行われずまた、第二次世界大戦の開始頃からは人手不足のため近隣の部落におけると同様採草のための利用度が次第に低下し終戦後においては第三すすきが原の一部が多少利用される程度になつてしまつたこと、

(三)  以上(一)、(二)の点からみて、本件土地はその利用状況を全体的に観察すれば、とうてい「主として採草の用に供せられる」土地という状況になかつたこと、

を認めることができる。以上の認定に反する乙第二号証の記載、証人渡辺健吉、同為家勝美、同上田文七、同三上要、同金高利光の証言の各一部は前顕証拠に照らし措信し難い。

前記認定に照らせば、本件土地は山林であり、かつ買収、売渡計画の樹立された昭和二三年九月一〇日並びに本件買収売渡処分のあつた同年一二月二日当時の状況は山林と認めうること一見明瞭であつたと認定することができるから、被告知事がこれを牧野と認めてした本件買収、売渡処分には重大明白な瑕疵あるものといわなければならない。

してみれば本件買収、売渡処分は当然無効というべきであつて、原告の被告知事に対する請求は理由がある。

五、次に被告国に対する請求について判断するに、本件土地について前記のとおり訴外金高小十に対する売渡処分を原因とする同人名義の所有権移転登記が存するけれども、成立に争いのない甲第三ないし第五号証によれば右所有権移転登記は前所有者たる田染村から右訴外人に直接なされており、この間被告国は登記名義人になつていないこと明白である。従つて登記名義人でない被告国に対し所有権取得登記の抹消登記手続を求めることは失当であり、右請求は棄却を免れない。

六、続いて当事者参加人等の請求について判断するに、参加人等の本件土地所有権取得の前提である被告知事の買収処分及び売渡処分が前記のとおり無効であるので、参加人等が本件土地の所有権を取得するいわれがなく、参加人等の請求は理由がないことに帰する。したがつて参加人等の請求は棄却を免れない。

七、よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九四条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 島信行 藤原昇治 杉山伸顕)

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