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大分地方裁判所 昭和49年(む)110号 決定 1974年5月18日

主文

本件各請求を棄却する。

理由

一、本件準抗告申立の趣旨および理由は検察官提出にかかる準抗告申立書に記載のとおりであるから、これを引用する。

二、≪証拠省略≫によると、昭和四九年五月一三日大分地方検察庁検察官から大分地方裁判所裁判官西理に対し、被疑者Wは別紙記載の被疑事実第二、同Hは被疑事実第一をそれぞれ犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かついずれも刑事訴訟法六〇条一項二号に該当する事由があるとして、各被疑者につき勾留請求がなされ、あわせて罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとして各被疑者についての刑事訴訟法八一条による接見禁止等の請求もなされたところ、同裁判官は同日右各勾留請求についてはいずれも勾留の理由および必要があるとして各被疑者を勾留したが、右各接見禁止等の請求についてはこれを却下した。ところが右検察官は翌一四日、各被疑者らにつき、右裁判当時とは異なった事情が発生し、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとして再度大分地方裁判所裁判官杉山正士に対し各被疑者らについての接見禁止等の請求をなし、同月一五日同裁判官は右各請求につきいずれもその理由がないとしてこれらを却下した事実が認められる。

三、ところで、右事実によると、本件準抗告の申立は、同一の各被疑者の同一の各被疑事実についての勾留に関し、日を接し再度にわたって同様の接見禁止等の請求を行ないそのいずれもが却下されたところ、そのうちの後者の裁判に対して不服を申立てたものであることが明らかであるが、このように検察官が被疑者の接見禁止等の請求を行なって却下された場合、もしその裁判に不服があれば刑事訴訟法四二九条に従ってその取消と同時に所期の裁判を求めて準抗告の申立ができるにもかかわらず、その方法によることなく、先と同一内容の接見禁止等の請求を改めて行なうことは、先の裁判の後において当該被疑者につき接見禁止等の要件となるべき罪証隠滅のおそれが新らたに生じた場合でなければならず、先の裁判時と同一条件のもとでの請求の繰り返えしは許されないと解すべきである。

もしそうでなければ、検察官としては、一つの接見禁止等の請求がある裁判官のもとで却下されその裁判に不服がありながら、法が予定している不服申立の方法をことさら避け、先と同一内容の請求を再度行なうことにより、本来は準抗告審裁判所によって審理検討されるべき先の裁判についての当否の判断を、事実上当該裁判を担当した裁判官と同一レベルの裁判官に求めることで実質的に先の裁判の変更を目的とすることが可能となり、さらに極端には、同様の請求を何度でも繰り返し、もしくは特定の令状係裁判官を選択して改めて請求し直す等の方法さえとることができることになって、これらが不当であることは多言を要しないところである。

従って、右のような再度の請求を受けた裁判官は、先の裁判後において前記のような新しい事情が生じたことが明らかでない限り、当該請求について先の裁判と異った見解によって改めて別個の実体的判断をすることは許されないものというべきであり、先の裁判自体に対する準抗告の方法によらないでなされた後の請求を失当として却下する措置は是認されなければならない。

四、さて、本件についてこれをみるのに、検察官は、まず本件各被疑者について勾留請求を行なうと同時になした接見禁止等の請求がいずれも前記西裁判官によって却下されたのにこれに対しては準抗告の申立は行わず、そお直ぐ翌日に再び同一趣旨の請求を改めて行なったことは前述のとおりであるが、その理由とするところを本件記録に基づいて検討すると、本件準抗告申立書中の申立理由においてはとりたてて前記新しい事情が生じた旨の主張は見受けられないけれども、≪証拠省略≫によれば、「被疑者らの接見禁止処置が再び必要となったことについて」と題して、本件各被疑者はいずれも贈収賄事犯である各被疑事実の一部(饗応の趣旨)について極力否認しているところ、前記西裁判官の行なった勾留処分において、被疑者Hは代用監獄である大分警察署に、被疑者Wは大分刑務所(検察官の請求した勾留場所は別府警察署)にそれぞれ勾留されるに至ったが、右刑務所における勾留では被疑者に対する関係者等の面会及び書類の授受が全く自由であるため本件各被疑者が相通謀して罪証を隠滅するおそれが再び生じたとしており、一方で司法巡査作成の贈収賄被疑事件捜査報告と題する書面が本件接見禁止等の請求ないし準抗告の疎明資料として添付され、これによれば、本件各被疑者の勾留ならびに接見禁止等の各請求に関し、前記西裁判官が昭和四九年五月一三日に行なった各勾留質問の際、右両被疑者の戒護のため付き添っていた警察官が、同裁判官から勾留質問室よりの退室を指示され隣室において待機中、洩れ聞いた範囲内の勾留質問の状況として、同裁判官と右両被疑者との問答のかれこれが摘示されており、その内容をもって本件各被疑者に罪証隠滅のおそれが大きいことの証左とするもののごとくである。

(勾留質問に当り、被疑者に対する捜査機関の影響を遮断し、十分かつ任意の陳述を保障するため、戒護の警察官を暫時退室させることは実質上ときに用いられる方法であるが、その際の被疑者の陳述は本来は当該勾留に関する裁判の資料として用いられるものであり、その内容は立会いの裁判所書記官によって必要な限度で録取され勾留質問調書として作成されるものであるから、その調書の記載を離れ別室にあった警察官が傍受した被疑者の陳述ないし裁判官の発言のあれこれが捜査報告書の形にせよ別個に記録され、それが単に捜査官側の捜査の参考にするにとどまらないで、新らたな他の裁判の判断資料として利用しようとすることは、その内容の正確性に疑義があることを指摘するまでもなく、前記勾留質問の趣意に照らして好ましいことではない。)

そして、以上によると、検察官は、本件準抗告の対象となった再度の接見禁止等の請求について、一応前記西裁判官が行なった先の接見禁止等の請求についての裁判後罪証を隠滅すると疑うに足りる新らたな事情が生じたと主張するもののようである。

しかしながら、検察官が主張する新らたな事情というのは、前記のとおり西裁判官による本件各被疑者の勾留処分においてあわせてした接見禁止等の請求がともに却下されたうえうち一人の被疑者の勾留場所が請求どおり別府警察署留置所でなく大分刑務所に定められたその状況下で一般的に予想される罪証隠滅のおそれをいうにとどまるものであって、これらはまさに右西裁判官が行なった勾留ないし接見禁止等の請求に対する裁判そのものの当否こそ問題にしているものと理解され、そこには右各裁判後に生じた新しい事情の存在を認めることは到底できない。

なお、前記各勾留質問の際の各被疑者の陳述などは、当該勾留等の裁判自体の判断資料となったもので、これをもって新らたな罪証隠滅のおそれが生じたとみなし得ないことは言を俟たない。

しかして、本件記録を精査しても、前記西裁判官による本件各被疑者に対する接見禁止等の請求が却下された日の翌日になされた本件接見禁止等の請求の段階においては、いまだその後新らたに本件各被疑者について罪証隠滅のおそれが生じた形跡はついに見当らない。

五、してみると、検察官としては、先の裁判である前記西裁判官の接見禁止等の請求を却下した各処分に対して準抗告によって不服を申し立てるのは格別、その翌日になした再度の本件各接見禁止等の請求は、実質的には法の定めによらない方法で先の裁判の変更を目ざした請求とみなさざるを得ず、改めてその実体についての判断をまつまでもなく失当であることが明らかである。

結局、これらをいずれも理由がないものとして却下した前記杉山裁判官の原裁判は正当であって、本件準抗告の申立は理由がないから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項を適用してこれを棄却することとする。

よって主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 濱田武律 裁判官 甲斐誠 市川頼明)

<以下省略>

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