大分地方裁判所 昭和52年(行ウ)10号 判決 1978年7月19日
原告 江口徳義
被告 別府税務署長
訴訟代理人 中野昌治 石川公博 樋掛親男 岩本嘉昭 ほか三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 原告
1 被告が原告の昭和五〇年度分所得税につき同五一年四月一九日付をもつてなした更正処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は被告に対し昭和五〇年度分の所得税につき別表<1>欄のとおり還付を受けるための確定申告をしたところ、被告は同五一年四月一九日付で同表<2>欄記載の更正処分(以下本件処分という。)をなした。
2 原告は昭和五一年五月八日被告に対し本件処分につき異議を申立てたが、被告は同年八月一〇日これを棄却する決定をし、その旨原告に通知した。そこで原告は同年九月一〇日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は同五二年六月二三日これを棄却するとの裁決をし、同月二九日過頃その裁決書謄本が原告に送達された。
3 しかしながら本件処分は次の理由により違法であつて取消さるべきである。
すなわち、被告は、原告が昭和五〇年七月三一日大分地方裁判所を退職し、同五一年二月一七日国家公務員共済組合連合会(以下連合会という。)から支給を受けた退職年金六三万二〇八七円(以下本件年金という。)につき、昭和五〇年度の収入金額に該当するものとして本件処分をなしたものであるが、右金額は昭和五〇年度に支払を受けたものではないから、右年度中にはいまだ担税力を備えた経済的利益ということはできず、現実に原告が右年金を受領した昭和五一年度の収入金額とみるべきである。
したがつて本件処分は収入金額の帰属年度の認定を誤つた違法がある。
4 よつて請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1及び2の各事実は認める。同3及び4は争う。
三 被告の主張
1 原告の昭和五〇年度分確定申告書に記載された給与所得の収入金額二八三万〇二八四円は、原告が昭莉五〇年一月一日以降同年七月三一日付で退職するまでの間に大分地方裁判所長から受給した俸給の総額である。しかし、原告は、昭和五一年二月一七日付で、国家公務員共済組合連合会から、昭和五〇年八月分ないし同年一一月分の退職年金六三万二〇八七円を受領したところ、右年金も、次項に記載するとおり、昭和五〇年度の収入に計上すべきものである。そこで、被告は右年金を前記俸給の金額に加算し、給与等の収入金額を三四六万二三七一円としたうえ、給与所得の
金額(総所得の金額も同じ)二三一万九八九六円、課税総所得金額一〇五万八〇〇〇円、課税総所得金額に対する税額一一万四六〇〇円、税額控除の金額(年末調整後の源泉徴収税額である。)一一万七六〇〇円、還付金の額に相当する税額三〇〇〇円、差引納付すべき税額七万八三〇〇円とする本件更正処分をなし、その結果、更正処分により原告の納付すべき税額七万八三〇〇円について原告の申告にかかる還付金八万一三二四円をこれに充当し、残額三〇二四円を還付したものである。
2 右年度は、所得税法二九条一項ホに該当し、同法二八条一項の給与とみなされるものであるが、給与所得の計算上の収入金額は、所得税法三六条一項により、「その年において収入すべき金額」と定められているのであつて、その趣旨は、当該給与を受ける権利が具体的に確定したときにおいて収入金額と確定する旨を定めるものと解すべきであり、給与が現実に支払われたかどうかは、右決定の基準にならないものである。そして、国家公務員の退職年金受給権は抽象的には当該公務員の退職をもつて発生するが、これが具体的権利となるためには組合または連合会の決定が必要とされ(国家公務員共済組合法四一条右決定は連合会からの請求者又は受給権者に対する決定内容の文書による通知(同法施行規則一一四条の二五)年金証書の交付(同規則一一四条の二六第一項)及び年金証書受領者の連合会に対する年金受領書の提出(同規則一一四条の二六第二項)の各手続を経て完了する。
本件年金については、連合会は、原告に対し昭和五〇年一一月一七日付で年金証書を作成し、同年同月二〇日付支給決定の内容の通知書とともにそのころこれらを原告に交付し、同年一二月二四日原告より年金証書受領書の提出を受けたのであつて、原告に対する退職年金支給決定手続は昭和五〇隼中に完了した。
また本件年金のうち昭和五〇年八月分の支給期月は同年九月であり、同年九月ないし一一月分の支給期月は同年一二月である。(同法七三条四項本文)。
右のとおり本件年金の支給決定手続の完了及び本件年金の支給期月はいずれも昭和五〇年中であるから、原告の本件年金受給権は同年度で確定したものである。
なお、昭和五〇年一一月七日「一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律」が施行され、同年四月一日にさかのぼつて適用された結果、原告の年金額が増額されることとなり、右増額について、連合会は、昭和五一年一月一〇日付「年金の増額改定について」と題する文書で、改定後の年金額を原告に通知した。しかし、給与法の改正によつて年金額の算定の基礎となる俸給額に変動が生じ、これによつて年金額が増加する場合には、基本権たる年金受給権の場合に前記のような決定等の手続が必要とされるのと異つて、何らの処分を経ることなく、自動的に年金額が増加することになるのである。したがつて、このような増額分は、新給与法の施行とともに具体的に確定するものであつて、前記のような通知は、右確定について何らの意味も持つものではない。ただ、本件の場合には、新給与法は、前記のように年金決定通知書及び年金証書が原告に交付される以前に施行されていたのであるから、結局、右交付のなされた日において、増額分の権利も確定したことになるものというべきである。
3 原告は、確定申告書に、昭和五〇年分の源泉徴収税額(税額控除の金額)を一三万七九二四円と記載して申告したが、本件処分において控除を認めた源泉徴収税額一一万七六〇〇円は、連合会が所得税法一九〇条の規定により昭和五〇年八月分ないし同年一一月分の年金六三万二〇八七円に昭和五〇年分の俸給二八三万〇二八四円を加算したうえで年末調整をなしたのちの金額であつて、原告が右俸給から源泉徴収された所得税一三万七九二四円との差額二万〇三二四円は、昭和五一年二月一七日付で、年金の支給と同時に連合会から原告に還付されているのである。したがつて、右源泉徴収税額の認定にも、違法はない。
4 以上のとおり、本件処分は、適法である。
四 被告の主張に対する認否
被告の主張1の事実のうち、本件年金の帰属年度を争い、その余の事実は認める。同2の事実のうち連合会が被告主張のとおり年金支給決定・同改定の通知、年金証書の交付をなしたこと及び原告が年金証書受領書を提出したことは認める。
原告が連合会から配布された「共済年金のしおり」によれば、年金の初回給付は、年金証書受領書到達後所定手続を経て順次送金するものとされている。ところで、原告からの年金証書受領書は、昭和五〇年一二月二四日に連合会に到達したのであるから、その後所定手続をする期間が当然に必要とされるものであつて、そのような前提のもとに、連合会内部において、昭和五一年二月一七日を本件年金の具体的な支払期日とするものと決定され、同日原告に支給されたものである。したがつて、右のようにして決定された支払期日前である昭和五〇年度に本件年金の収入が帰属することはありえないというべきである。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで本件処分の適否につき判断する。
原告が昭和五〇年七月三一日付をもつて大分地方裁判所を退職し、国家公務員共済組合法に基き退職年金請求権を取得したこと、原告の退職年金支給の手続が被告主張のとおりなされたこと、本件年金が昭和五一年二月一七日に原告に支給されたことはいずれも当事者間に争いがない。
次に<証拠省略>によると、連合会は、昭和五〇年一一月一七日原告に対し同年八月より年金額一七八万五九六二円を支給する旨の決定をしたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ところで、国家公務員共済組合法による退職年金は、所得税法二九条一項ホに該当し同法二八条一項に規定する給与等とみなされるのであるが、その収入がどの年度に帰属すべきかを定める別段の規定はないので、同法三六条一項に従い、その年において収入すべき年金がその年の収入とされるものであるところ、右の「収入すべき金額」とは、収入すべき権利の確定した金額をいうものと解するのが相当である。そこで、本件のように初回の年金に関する権利がいつ確定するかについて検討するに、国家公務員共済組合法四一条によれば、退職年金給付を受ける権利は、その権利を有する者の請求に基いて、組合又は連合会がこれを決定するものとされ、その決定手続は、国家公務員共済組合法施行規則(昭和三三年一〇月一一日大蔵省令第五四号)により、所定の書類を添付した退職年金決定請求書の提出(同規則一一四条の六)、組合による審査・決定及び決定内容の文書による通知(同規則一一四条の二五)、組合からの所定の様式による年金証書の交付及び請求者からの所定の方式による年金証書受領書の提出(昭和五一年改正前の同規則一一四条の二六第一・二項)のように定められているのである。しかして、右決定手続は、職員が退職したことによつて発生した年金給付を受けるべき権利を確認し、これを具体化するための手続であつて、右給付を受けるためには右手続を経由することを要するとともに、その他には、特別の手続は定められていないのである。他方、国家公務員共済組合法七三条四項本文によれば、年金である給付は、毎年三月、六月、九月及び一二月においてそれぞれの前月までの分を支給する旨定められているのであるが、これを前記決定手続との関係でみると、初回給付は、決定手続完了当時すでに右所定のいずれかの支給期月が到来している場合には、直ちにその支給期月までの期間の初回年金を支給すべきものであるということになるのである。
これを本件についてみるに、前記のとおり、本件年金支給決定の手続は昭和五〇年一二月二四日までには完了したのであるから、同年一二月の支給期月中に、本件で帰属年度が争われている同年八月分以降同年一一月分までの年金の履行期が到来したことになるものといわなければならない。そして、このように、昭和五〇年度中に退職年金についてその支給に必要な手続が完了し、かつ履行期が到来している以上、右年金収入は、昭和五〇年度において収入すべき権利と確定した金額であると解するのが相当である。
なお、付言するに、本件の場合、原告に対し昭和五一年二月一七日付で支給された年金は、前記決定にかかる金額と異なり、昭和五〇年一一月七日施行の「一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律」に基いて増額された年金であることは、被告の自認するところであるが、このことは、前記収入確定時期の認定を左右するものではないというべきである。すなわち、右新給与法は、同年四月一日にさかのぼつて適用された結果、国家公務員共済組合法七六条二項所定の「俸給年額」に当然の変動が生じ、その結果、前記支給決定にかかる年金額は、何らの手続を経ることなく計算上当然具体的に増額されることになるものであつて、さらに組合において改定のために前記のような決定手続等を必要とするものではないからである。
<証拠省略>によれば、連合会は、昭和五一年一月一〇日付文書で、原告に対し、右増額改定がなされたことを通知した事実が認められるが、右通知は、前記判示のように当然改定されることになつた結果を報告したものにすぎないというべきであるから、これによつても前記判断が左右されるものではない。
原告は、原告からの年金証書受領書が昭和五〇年一二月二四日連合会に到達したのちも、連合会は、年金支給のため手続期間を必要とするのであつて、その結果、連合会は、本件年金の支給期日を昭和五一年二月一七日と決定してこれを支給したものであるから、同日以前に右年金収入の額が確定することはない趣旨の主張をするけれども、前記説示によつて明らかなとおり、右の現実の支給は、履行期を事実上経過したのちになされたものにすぎないというべきであつて、このような事由は、収入確定時期の判断に影響を及ぼさないものと解するのが相当である。
したがつて、本件年金収入が昭和五〇年度に帰属するとした被告の認定は、相当であるといわなければならない。
三 次に、原告の申告にかかる昭和五〇年分の源泉徴収税額(税額控除の金額)は一三万七九二四円であるところ、被告は、右金額を一一万七六〇〇円と減額認定したのであるが、連合会が前記年金を支給する際に被告主張のとおり年末調整をなし、源泉徴収税額のうち二万〇三二四円が原告に還付されたことは原告の明らかに争わないところであるから、原告は右事実を自白したものとみなすべく、そうすると、右滅額認定も正当なものであるといわなければならない。
四 以上によれば、被告が本件処分においてした認定、判断に原告主張のような違法はなく、右処分は、適法なものというべきである。
よつて、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田畑豊 加藤英継 石原敬子)
別表
区分
<1>確定申告額(円)
<2>更正額(円)
(一) 総所得金額
一、八三一、〇〇〇
二、三一九、八九六
(1) 給与所得の収入金額
二、八三〇、二八四
三、四六二、三七一
(2) 給与所得控除額
九九九、二八四
一、一四二、四七五
(3) 差引給与所得金額
一、八三一、〇〇〇
二、三一九、八九六
(二) 所得から差引かれる金額
一、二六一、三三四
一、二六一、三三四
(三) 課税総所得金額((一)-(二))
五六九、〇〇〇
一、〇五八、〇〇〇
(四) (三)に対する税額
五六、六〇〇
一一四、六〇〇
(五) 税額控除の金額
一三七、九二四
一一七、六〇〇
(1) 源泉徴収税額
一三七、九二四
一一七、六〇〇
(六) 申告納税額((四)-(五))
△ 八一、三二四
△ 三、〇〇〇
(七) 還付金の額に相当する税額
八一、三二四
三、〇〇〇
(八) 差引納付すべき税額
七八、三〇〇