大分地方裁判所 昭和57年(ワ)324号 判決 1986年1月31日
原告 池部寅夫
右訴訟代理人弁護士 安部万年
同 安東五石
被告 株式会社十電舎
右代表者代表取締役 牧キミ子
右訴訟代理人弁護士 牧正幸
主文
被告は、原告に対し、金一一〇六万九六一三円及びこれに対する昭和五七年四月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の主位的請求及び予備的請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、金一九八九万五七九三円及びこれに対する昭和五七年四月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
(本案前の申立)
1 本件訴を却下する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(本案の申立)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(主位的請求)
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五四年八月一一日午前一一時ころ
(二) 場所 佐伯市大字鶴望二三〇一の一国道二一七号線交差点
(三) 加害車両 訴外釘宮広(以下、「訴外釘宮」という。)運転の作業用普通貨物自動車(以下、「本件作業車」という。)
(四) 事故の態様 原告は、前記交差点において、訴外釘宮及び他の同僚二名と共に国道沿いの信号機の点検作業を行っていたが、原告が、本件作業車上に固定された折たたみ式作業台の上において信号機の電球取替作業を終えた後作業台上の後片付けをしている間に訴外釘宮が作業台を固定していたピン二本を抜き去ったため、作業台が傾き、原告が地上に落下した。
(五) 結果 右事故により、原告は頭部外傷二型、右下腿骨々折、左尺骨茎状突起骨折等の傷害を受けた。
2 責任原因
(一) 被告は、本件作業車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条により損害賠償責任を負う。
(二) 自賠法三条による責任が認められないとしても、本件事故は訴外釘宮において原告が作業台上にいることを確認せずに作業台固定用ピンを抜いた過失により惹起したものであり、訴外釘宮は被告の従業員であって被告の業務に従事していた際の事故であるから、被告は民法七一五条により損害賠償責任を負う。
3 損害
(一) 入院付添費 三三万六〇〇〇円
原告は、本件事故により昭和五四年八月一一日から同年一二月二〇日まで及び同五五年二月一二日から同年三月一〇日までの一六〇日間入院し、そのうち八〇日間原告の妻が付き添った。それを一日四二〇〇円として計算。
(二) 入院雑費 一六万円
一日一〇〇〇円として計算
(三) 交通費 九万八四〇〇円
原告は、昭和五五年一月四日から同年二月一一日まで及び同年三月一二日から同五六年二月六日までの間に五六日間通院を余儀なくされ、一回四〇〇円として二万二四〇〇円を要した。
また、原告の妻訴外池部美代子は、原告の入通院期間中に一九〇回の通院を余儀なくされ、一回四〇〇円として七万六〇〇〇円を要し、原告がこれを負担した。
(四) 休業損害 二五万四四三七円
原告は、本件事故のため、昭和五四年九月から同五五年三月までの七か月間休業を余儀なくされ、その間の得べかりし給与は一〇四万八七八九円(事故前三か月の平均月収は一四万九八二七円)となるが、その間被告より二七万一七七二円、労働者災害補償保険(以下、「労災保険」という。)より五二万二五八〇円の支給があったので、それを控除した休業損害は二五万四四三七円となる。
(五) 逸失利益 一五五七万二九二六円
前記1(五)記載の傷害による原告の後遺症は労災九級に認定されており、その労働能力喪失率は一〇〇分の三五に相当する。そして、原告は、後遺症確定時満三五歳であり、満六七歳までの三二年間の労働能力喪失による逸失利益は一五五七万二九二六円となる。
(六) 慰藉料 五八〇万円
原告は、前記のとおり、本件事故により入通院を余儀なくされ、その慰藉料として一八〇万円、前記後遺症による慰藉料として四〇〇万円の合計五八〇万円が相当である。
(七) 損害の填補
後遺症につき労災保険より二三二万五九七〇円が支給された。
4 よって、原告は、被告に対し、右損害金合計一九八九万五七九三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年四月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(予備的請求)
仮に、被告に、前記主位的請求2記載の責任原因が認められないとしても、原告は、被告に雇傭されその作業に従事中本件事故に遇ったもので、被告は、本件作業の如き高所作業においては、使用者として本件足場ピン抜きの際は、足場上の作業員の有無を確認し、作業員がいるときはピン抜きを中止させるなどし、そのための見張員を配置するなど労働契約上事故防止の安全配慮の注意義務があったものというべく、これをせず、釘宮が作業台上にいる原告を確認しないまま本件ピンを抜いた重大な過失により本件事故が発生したものであるから、被告は、契約不履行として、主位的請求記載のとおりの本件事故による原告の損害の賠償義務を負う。
二 被告の本案前の主張
本件事故に関し、昭和五四年一二月一一日、原告と被告との間で、「被告は原告の入院治療費等の一切を保障する。被告は原告の治療中の休業補償を保障する。被告は原告の将来の社員としての地位を保障する。」との和解が成立した。右は原告が被告との間で不起訴の合意がなされたものと認められるから、右合意に反する本訴は却下されるべきである。
三 被告の本案前の主張に対する原告の答弁
被告主張の和解内容は極めて抽象的で、慰藉料等の取り決めもなく、未だ後遺症の発生・程度も見込まれない段階での和解であり、また被告が刑事事件の発展をおそれて、穏便な処分を望み原告に和解をして欲しいと懇願したため作成されたにすぎず、しかも休業補償等もなされていないのであるから、前記和解が存在するからといって不起訴の合意があったものではない。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち(一)ないし(三)の事実は認める。同(四)のうち被告が作業台上で後片付けをしていたことは知らないが、その余の事実は認める。同(五)の事実は知らない。
2 同2の(一)の事実は認め、同(二)の過失は否認する。
3 同3の損害額は争うが、損害の填補額は全て認める。
4 予備的請求原因について、安全配慮義務違反があったことは否認する。
五 抗弁
訴外釘宮は、原告が同人に対し作業が終了した旨の合図をし、本件作業車の移動を促がしたので車を数メートル移動させたうえで本件ピンを抜いたのであり、かような合図をした過失が原告にあり、過失相殺がなされるべきである。
六 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1について
原告主張の日時・場所において、原告が本件作業車の作業台上から落下したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、原告が右事故により頭部外傷、右下腿骨々折、左尺骨茎状突起骨折等の傷害を受けたことが認められ、これに反する証拠はない。
二 本案前の主張について
《証拠省略》によると、本件事故に関し原告と被告との間で、昭和五四年一二月一一日付で、被告は、原告の入院治療費等の一切ならびに治療中の休業補償を保障し、また将来の社員としての地位を保障する旨、そして訴訟異議申立等をしない旨の示談書を作成したことが認められる。しかしながら、《証拠省略》によれば、原告は、右示談書作成日当時はいまなお本件事故による受傷の治療のため入院加療中であり、右示談書は訴外釘宮の刑事処分が軽くなることを主たる目的として、右同人が原告の同僚でもあることを考慮して、原告の意向を受けた原告の父親と被告との間で作成されたもので、その示談内容も抽象的で、また示談書作成時点では後遺症の程度も不確定で、その後も、後記のとおり、原告は治療のために入院していることなどが認められ、これを覆すに足る証拠はない。
右事実関係によると、示談書中に、前記のとおり、訴訟異議申立等をしない旨の内容が記載されているからといって、訴訟による一切の損害賠償を許さないとすることは、当事者の合理的な意思に合致せず、公平の観念にも反すると言わざるを得ず、被告の本案前の主張は採用することはできない。
三 本件事故の態様について
《証拠省略》並びに前記一の事実を総合すると以下の事実が認められる。
被告は、電気に関する諸工事の請負を主たる業とし、大分県佐伯市内において交通信号機の保守点検作業を請負っていた。昭和五四年八月一一日、被告の従業員である訴外御手洗實、同竹中正和、訴外釘宮及び原告の四名は被告の命を受けて佐伯市大字鶴望二三〇の一、国道二一七号線にある通称一本松交差点における信号機の保守点検整備作業に従事し、現場において訴外御手洗實は信号制禦機の保守点検を、訴外竹中正和は歩行者用灯機の電球取替・清掃を担当し、原告は訴外釘宮と組んで本件作業車を用いて車両用灯機の電球取替・清掃を担当していた。
本件作業車の構造は別紙のとおりであって、普通貨物自動車の荷台に太さ約四センチメートルの建築現場用鉄パイプを用いて地上高約四・四メートルの二段式作業足場が組み立てられており、荷台上約一・八メートルの地点で折りたたむことができ、折りたたむ際は運転席後部付近のピン二本を抜くことにより容易に折りたたむことができる。作業台足場は鋼線とロープを用いて車体に固定されている。通常走行の際はピン二本を抜いて作業台足場を折りたたんだ状態で移動し、作業現場において足場を組み立て、ピン二本で固定し、地上高約三・八五メートルの作業台足場に作業員が乗って作業をすることになっている。
本件事故当日の本件現場における作業は、原告が作業台足場に乗り、車両用灯機の保守・点検・整備を、訴外釘宮が主として車の移動並びに作業台足場の組み立て・収納をそれぞれ担当していたが、前同日午前一一時ころ、原告は本件交差点における車両用灯機の電球取替・保守・点検等を終えたのでその旨訴外釘宮に合図をした。訴外釘宮は、本件交差点の車の通行量が多いため他車の通行に支障をきたさないように数メートル前方に移動し、道路左側端に本件作業車を寄せ停止した。原告は作業台足場において工具類の後片付けを始めたが、訴外釘宮は原告が作業台足場上にいるのを失念し、確認をしないまま足場を倒すためピン二本を抜いたところ、足場が車体後方に倒れ、原告が地上に落下し受傷した。
右事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
四 被告の責任
前認定によると、本件作業車は、被告の業務の一つである交通信号機の保守・点検等のために荷台に作業台足場が取り付けられており、通常走行時には足場が倒され、作業時には足場が組み立てられる構造となっていることが認められ、右によると作業台足場は本件作業車の固有の装置と認められ、右作業台足場を組み立てたり倒したりする作業は自賠法二条二項にいう「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」に該当するものと解するのが相当である。そして被告が本件作業車の所有者であることについては当事者間に争いがなく、また原告は、被告の従業員として本件作業に従事していたにすぎず、運転補助者と認められないから、被告は自賠法三条により本件事故による損害を賠償する責を負うものというべきである。
五 受傷・治療経過について
《証拠省略》によると、原告が本件事故により頭部外傷2型、右下腿骨々折、左尺骨茎状突起骨折等の傷害を受け、昭和五四年八月一一日から同年一二月二〇日まで入院し更に抜釘のため同五五年二月一二日から同年三月一〇日まで入院したこと(計一五九日間)、同五四年一二月二一日から同五五年二月一一日まで及び同年三月一一日から同五六年二月六日までの間(実通院日数五六日)通院治療を受けたこと、同五六年二月六日をもって症状固定と診断されたが、後遺障害として右足関節障害(背屈マイナス一〇度、底屈三〇度)及び右手関節障害(背屈、掌屈ともに四〇度)が残存していること、が認められ、これを左右するに足る証拠はない。
六 損害
1 入院付添費
傷害の部位・程度からして付添を要する程のものであったと認めることはできず、原告の付添費の請求は失当である。
2 入院諸雑費 九万五四〇〇円
原告の入院中の一五九日間少なくとも一日につき六〇〇円の諸雑費を必要としたものと認められる。
3 交通費 二万二四〇〇円
原告について通院五六日につき一日四〇〇円をもって相当と認められるが、原告の妻については必要性を認めることはできない。
4 休業損害 七五万八三七円
《証拠省略》によると、本件事故当時原告は被告に雇傭され、事故前三か月の平均月収として一四万六〇八七円の給与を受けていたこと、本件事故のため昭和五四年九月から同五五年三月まで約七か月間にわたりほとんど就労できなかったこと、その間被告から二七万一七七二円の支払を受けたのみでその余の支払を受けられなかったことが認められ、右事実によると原告の就労不能による損害は七五万八三七円となる。
5 逸失利益 一〇〇四万九五二六円
原告は、前記認定のとおり本件事故による症状が昭和五六年二月六日固定したが、後遺障害の部位・程度を考慮すると、原告は後遺障害のためその労働能力を三五パーセント喪失し、それは症状固定時の年令である三五歳から六〇歳まで二六年間継続するものと認められるから、原告の前記収入額を基礎として右後遺障害による逸失利益をホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると一〇〇四万九五二六円となる。
(14万6087円×12か月)×0.35×16.3789≒1004万9526円
6 慰藉料 三〇〇万円
原告の前記入・通院の状況、後遺障害の内容・程度等の諸事情を総合すると、原告の本件事故による慰藉料の額は三〇〇万円と認めるのが相当である。
7 過失相殺について
被告は、訴外釘宮が本件ピンを抜くにあたり原告が作業終了の合図をしたことが原告の過失として考慮されるべきものであると主張するが、前記三認定の事実によると原告の合図は単に作業終了の合図であり、これにより訴外釘宮に本件作業車を他車の通行の妨害にならない場所に移動するように促したに過ぎず、右合図をしたことをもって、原告の過失と認めることはできず、他にこれを認めるべき証拠もない。
8 損害の填補
原告が本件事故につき労災保険より総額二八四万八五五〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、これを前記損害額から控除する。
そうすると、原告の損害は一一〇六万九六一三円となる。
七 予備的請求について
原告は、本件事故について被告の安全配慮義務に欠ける点があった旨主張し、契約不履行による損害賠償を求めるが、仮に右事実が認められるとしても、その損害額が前記認定の損害額を上回るものと認めるに足る証拠はないから、この点においてすでに予備的請求は理由がないものと言わざるを得ない。
八 そうすると、原告は、被告に対し、一一〇六万九六一三円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年四月一八日(訴状送達の日の翌日)から右支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いが求められる筋合であるから、原告の請求をこの範囲で認容し、その余の主位的請求及び予備的請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 森真二)