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大分地方裁判所 昭和60年(行ウ)2号 判決 1987年4月15日

大分県竹田市大字小塚字塩井343番地

原告

農事組合法人竹田養豚組合

右代表者理事

野尻文夫

大分県竹田市大字竹田字殿町2074番地1

被告

竹田税務署長 櫻井芳喜

右指定代理人

吉松悟

外5名

主文

一  本件訴え中,被告が昭和58年3月31日付けでした過少申告加算税及び重加算税の賦課決定並びに昭和58年12月22日付けでした更正処分のうち法人所得金額1781万2066円,納付すべき法人税額238万9300円を超えない部分の各取消請求にかかる訴えを却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が,原告の昭和55年4月1日から昭和56年3月31日までの事業年度の法人税について,昭和58年3月31日付けでした過少申告加算税及び重加算税の賦課決定を取り消す。

2  被告が,原告の右事業年度の法人税について,昭和58年12月22付けでした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文第1項及び第3項同旨

2  本案の答弁

一 原告の請求を棄却する。

二 主文第3項同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は,昭和55年4月1日から昭和56年3月31日でまの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税につき,別紙「課税の経緯一覧表」(以下「課税一覧表」という。)の確定申告欄記載内容の青色法人税確定申告書(以下「確定申告書」という。)を,法定期限内の昭和56年5月31日付けで被告に提出した。

その後,被告は,原告が昭和58年3月23日に本件事業年度の法人税について,課税一覧表の第二修正申告欄記載内容の修正申告書を提出して,修正申告したとして,昭和58年3月31日付けで課税一覧表の第一賦課決定欄記載内容の賦課決定(以下「本件一の賦課決定」という。)を行い,さらに,昭和58年12月22日付けで課税一覧表の更正処分記載内容の更正決定(以下「本件更正処分」という。)及び同表の第二賦課決定欄記載内容の賦課決定(以下「本件二の賦課決定」という。)を行った。

2  原告は被告に対し,昭和58年5月17日,本件一の賦課決定について異議申立てを行い,また,昭和59年1月13日,本件更正処分及び本件二の賦課決定について異議申立てを行い,被告が本件更正処分及び本件二の賦課決定についての異議申立てを審査請求として扱うことを適当と認める旨を通知してきたので同年1月31日にこれに同意したところ,国税不服審判所長は昭和60年1月29日右審査請求を棄却した。

なお,原告は,本件一の賦課決定について国税通則法に規定する異議申立て及び審査請求をしていない旨主張したが,右のとおり,昭和58年5月17日,異議申立書を二葉作成し,その一葉を被告に提出して,異議申立てを行っている。

3  原告は,昭和58年2月ころ,本件事業年度の法人税について,課税一覧表の第一修正申告欄記載内容の修正申告書を被告に提出し,被告もこれを受理しながら,修正申告として扱わず,原告代表者をして,納税地,法人名,代表者住所,代表者の自署捺印,経理責任者の自署捺印,事業種目の各記載欄に記入押捺させた修正申告書用紙に,竹田税務署の職員が勝手に課税一覧表の第二修正申告欄記載内容を記入して,右内容の修正申告(以下「第二修正申告」という。)をしたことにしたものであって,これに基づく本件一の賦課決定は違法である。

また,本件更正処分は,原告代表者野尻文夫及び訴外野尻哲が原告に対して有する未収利息,未払い報酬のうち8084万8127円を昭和54年4月1日から昭和55年3月31日までの事業年度(以下「本件前事業年度」という。)において処理する条件のもとに債務免除をしたにもかかわらず,これを無視して債務免除益を本件事業年度の所得に加算して,原告の法人税を過大算定した違法なもので,したがって,また,本件更正処分を前提とした本件二の賦課決定も違法である。よって,原告は,本件一の賦課決定,本件更正処分及び本件二の賦課決定の取り消しを求める。

二  本案前の主張

国税に関する法律に基づく処分の取消の訴えは,不服申立前置主義を採用し,かつ,本件一の賦課決定には異議申立て,審査請求ができるにもかかわらず,原告は,本件一の賦課決定について異議申立て及び審査請求を行っておらず,これを経ずに訴え提起を認め得る例外的な事情も存しないから,本件一の賦課決定の取消請求にかかる訴えは不適法である。

また,取消訴訟の対象は,「行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為」であるが,申告納税方式を採る法人税にあっては,納付すべき税額は納税者の申告によって確定し,納税者は右申告に係る税額の法人税を納付すべき義務を負担するに至るのが原則であり,この理は修正申告にもそのまま妥当するのであって,修正申告がなされた後,税務署長によって増額更正処分がなされた場合,申告額の限度で既に納付すべき税額が確定しているから,増額更正処分の取り消しを求め得る範囲は既に確定した納税額を超える部分に限られるところ,原告は本件事業年度の法人所得金額1781万2066円,納付すべき法人税額238万9300円と修正申告しているのであり,右金額をそれぞれ超えない部分の取消請求にかかる訴えは不適法である。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中,原告が本件一の賦課決定について異議申立てを行ったことは否認し,その余は認める。

3  同3の事実は争う。

なお,原告は課税一覧表の第一修正申告欄記載内容の修正申告書を被告に提出したが,それには新たな支払利息が計上されていたため,被告が原告代表者野尻文夫の出頭を求めて,昭和58年3月23日,同原告代表者の持参した帳簿(証書貸付元帳)を基にして右申告書の内容を確認したところ,既に確定申告書に計上してある支払利息の一部であることが判明したので,原告代表者にその旨を説明し了解を得たうえ右申告書を無効とし正式に受理せず,被告において,原告の本件事業年度の修正申告書を新たに作成し,その内容を説明したうえでこれを原告代表者に交付し,その提出を求めたところ,原告代表者はその内容を確かめたうえで,記名捺印してこれを被告に提出したものである。

四  抗弁

1  本件一の賦課決定の適法性

被告は原告が昭和58年3月23日に行った第二修正申告に基づいて本件一の賦課決定をしたのであって,適法な処分である。

2  本件更正処分の適法性

原告の本件事業年度の所得金額は,原告の第二修正申告に係る所得金額(課税一覧表の第二修正申告欄記載金額)に次の(一)を加算し,(二)を控除した金額となるから,被告が昭和58年12月22日付けで行った本件更正処分は適法である。

(一) 加算金額 8255万5538円

(1) 債務免除金 8084万8127円

原告は,昭和55年6月30日,原告代表者野尻文夫及び訴外野尻哲から未払金債務の一部である8084万8127円の債務免除を得たにもかかわらず,債務免除益を本件前事業年度の所得に計上しているが,これは本件事業年度における債務免除益として計上すべきものであるからである。

(2) 所得税額 170万7411円

原告は,第二修正申告において,利子所得の支払いを受けるに際して源泉徴収された源泉所得税170万7411円を営業外費用の支払利息として計上して所得金額の損金として処理しながら,法人税額の控除税額としても計上し,結局二重に控除しているため,これを所得に加算すべきであるからである。

(二) 控除金額 8084万8127円

前項の(1)のとおり,債務免除益8084万8127円は,本件事業年度において計上すべきものであったから,本件前事業年度においてはこれを益金から減額すべきで,その旨の減額更正処分を行い,その結果,本件前事業年度において右同額の欠損金が発生し,これが本件事業年度に繰り越されたため,これを控除すべきであるからである。

以上により,原告の本件事業年度の所得金額は,第二修正申告において申告された1781万2066円に右加算金額を加え,右控除金額を控除した1951万9477円となり,また,右所得金額に対する法人税は,278万1900円となり,被告が本件更正処分において認定した課税一覧表の更正処分欄記載内容の各金額となる。

3  本件二の賦課決定の適法性

原告の本件事業年度の所得金額及び法人税金額が右のとおりであり,原告はさらに39万2600円の法人税を納付すべきであるから,被告は原告に対し,右金額に対する過少申告加算税の本件二の賦課決定を行ったのであって右決定は適法である。

五  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  被告の本案前の主張について判断する。

1  被告は,本件一の賦課決定については,異議申立て及び審査請求のいずれもなされておらず,かつ,これをなすことなく取消しの訴えを提起することのできるような例外的事情も存しないから,本件一の賦課決定の取消請求にかかる訴えが不適法である旨主張するので,まずこの点について判断する。

被告が,原告に対し,昭和58年3月31日付けで本件一の賦課決定を行ったことは,当事者間に争いがなく,国税通則法115条1項によれば,同項1ないし3号所定の事由がある場合でない限り,原則として,異義申立てについての決定及び審査請求についての裁決を経た後でなければ,本件一の賦課決定の取消しを求める訴えを提起することができないものであるところ,本件一の賦課決定について右決定及び裁決のいずれも経ていないことが,弁論の全趣旨により明らかである。

そこで,国税通則法115条1項1ないし3号所定の事由があるか否かについて検討する。

成立に争いのない乙第5ないし第10号証,第17ないし第19号証,第20号証の1,2,第21号証,官署作成部分についてはその成立につき当事者間に争いがなくその余の部分については原告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第12号証,証人佐藤勉の証言により真正に成立したものと認められる乙第22号証,同証言,原告代表者尋問の結果,弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  熊本国税局管内税務署文書取扱規程(乙第19号証)には,税務署に到達した文書はすべて総務係において受け取り,到達した日付及び受け取った旨を表示するスタンプ印を文書に押捺したうえ,照会文書等回答を要する文書については「要処理文書整理簿」に登載し,そののち各課等に配付するものとする旨の規定があり,国税庁長官が定めた異議事務提要(乙第20号証の1,2)には,異議申立書が総務係から各課等に配付されたときは,各課等において,前記スタンプ印押捺の有無を確認したうえで,「一般事務整理簿(異議申立て)」に登載するものとする旨の規定がある。これらの規定では,以上の手続を収受手続と称し,前記スタンプ印を収受日付印と称している。

竹田税務署においても,およそ右各規定に副った取扱いがなされていたが,職員数が少いこともあって,総務係の職員に代わって他の職員が,文書を受け取りこれに収受日付印を押捺するという取扱いのなされることもあった。右日付印の押捺後,要処理文書整理簿に記入し,その文書を調査部門の統括官に配すると,統括官が各係にこれを配布する。配布された各係,すなわち法人関係であれば法人用の一般事務整理簿に記入して収受(受理)手続を了えていた。

(2)  原告代表者野尻文夫は,昭和58年5月17日,本件一の賦課決定に対し不服があるから異議を申し立てる旨記載のある異議申立書(甲第12号証,以下「本件異議申立書」という。)を竹田税務署に持参して被告に提出した。

同税務署の総務係の職員もしくはこれに代って文書を受け取り収受日付印を押捺することを許容されていた他の職員は,同日,原告代表者野尻文夫が提出した本件異議申立書を受け取り,これに同日付の収受日付印を押捺したが,要処理文書整理簿及び一般事務整理簿のいずれにも,その登載はなされていない。

(3)  ところで,竹田税務署においては,異議申立書が受け取られこれに収受日付印が押捺された後であっても,要処理文書整理簿及び一般事務整理簿に登載される前つまり異議申立書の収受(受理)手続が完了する前に,異議申立人から異議申立てを取り止めたい旨の申出があったような場合に限っては,取下げの書面を徴することなく,異議申立書そのものを持ち帰らせることにより,異議申立てが存在しなくなったものとして処理するという取扱いがなされることもあった。

(4)  訴外佐藤勉は,昭和55年7月から昭和58年7月までの間,竹田税務署に勤務して法人税の調査,指導の職にあり,原告の税務調査も行った者であるが,昭和58年5月17日に本件異議申立書が提出された直後ころ,右申立書をみて原告代表者野尻文夫に電話したところ,第二修正申告についての更正の請求も別途行うつもりであるというので,第二修正申告についての更正の請求は,右修正申告を基礎としてなされた本件一の賦課決定に対する異議申立てを、実質的には含む関係にあるという趣旨の説明をした。

ちなみに,本件一の賦課決定は,第二修正申告における課税標準等及び税額等を基礎としているので,第二修正申告における課税標準等及び税額等が更正されれば,これに応じて,本件一の賦課決定に係る課税標準及び納付すべき税額を変更する再賦課決定もしくは新たな賦課決定がなされることになるから,第二修正申告について更正の請求をすれば,更正がなされる限りにおいて,本件一の賦課決定も是正され得るという関係にある。

(5)  訴外佐藤勉は,昭和58年5月19日,竹田税務署を訪れた原告代表者野尻文夫に対し,手許にあった本件異議申立書を返戻し,原告代表者野尻文夫は,これを持ち帰った。

訴外佐藤勉は,本件異議申立書については,収受日付印が押捺されているものの,要処理文書整理簿及び一般事務整理簿に登載されておらず,収受(受理)手続がいまだ完了していなかったことから,前記当時の竹田税務署での取扱いの実情のもとで,これの持ち帰りをさせることにより,異議申立てについて審理をする必要がなくなるとの判断に立って,持ち帰らせたものである。

他方原告代表者野尻文夫は,税理士でもあり,訴外佐藤勉の前記電話での説明の趣旨を理解したうえで,本件一の賦課決定に対する異議申立ての手続において不服の主張をするのを取り止め,これに代えて,第二修正申告についての更正請求の手続において,不服の主張をすることにして,右返戻に応じ,持ち帰ったものであり,現に,その後は,被告に対し,第二修正申告についての更正請求をする一方で,本件一の賦課決定に対する異議申立てそのものについての審理決定は求めていないし,本件一の賦課決定に対する審査請求もしていない。

(6)  原告は,昭和58年6月2日第二修正申告について更正の請求をし,同年9月2日更正すべき理由がない旨の通知処分を受けると,同月21日これに対する異議申立てをし,同年12月20日これが棄却されたため,昭和59年1月13日審査請求をしたが,その後同年10月18日,審査請求を取り下げた。

右に認定したところ,とりわけ,原告代表者野尻文夫が返戻を受けて本件異議申立書を持ち帰るに至った経緯,その際の同人の意思内容,その後の同人の対応からすると,同人が,本件一の賦課決定に対する異議申立てを取り止める自らの真実の意思をもって,本件異議申立書の返戻を受けこれを持ち帰ったことが明らかであり,かつ,要処理文書整理簿及び一般事務整理簿のいずれにも登載されていない受理手続中途の段階で異議申立書そのものが返戻され持ち帰られているという点において,異議申立の意思を喪失したことが手続的にも明確であるということができる。

右にみたように,異議申立書の提出による到達後,行政庁の所定の受理手続過程の中途において,異議申立人が自らの真意に基づき異議申立の意思を喪失し,行政庁から異議申立書の返戻を受け,これを持ち帰ったような場合にも,なお,右異議申立書の到達のみを根拠に,行政庁に右異議申立自体について審理を開始すべき義務が生じるものとすることは合理的でなく,むしろ右異議申立書は受理されるまでに至らなかったものと解するのが相当である。したがって,本件においては,原告代表者野尻文夫が本件異議申立書の返戻を受けこれを持ち帰ったことにより,本件異議申立書は受理されるまでに至らなかったものと認められる。

以上のとおり,本件一の賦課決定に対し,異議申立ては当初より不存在であったことに帰し,国税通則法115条1項1号所定の事由がある場合には当たらない。

なお,原告が第二修正申告について更正請求をしその拒否処分に対し不服申立てをしたこと,第二修正申告についての更正がなされる限りにおいて本件一の賦課決定も是正されうる関係にあることは,前示のとおりであるが,右不服申立ても結局取り下げられているのであるから,右不服申立てのなされたことをもって,もとより同項3号所定の事由がある場合に当たるとすることもできない。

その他,同項1ないし3号所定の事由がある場合に当たる事情は認められず,本件一の賦課決定の取消請求にかかる訴えは,同条項に違反した不適法なものというべきである。

2  被告は,修正申告後に増額更正処分がなされた場合,この更正処分のうち修正申告によって既に確定している課税標準,税額については取消訴訟の範囲に含まれないところ原告は昭和58年3月23日課税一覧表の第二修正申告欄記載内容の第二修正申告を行ったから,右申告によって確定された所得金額1781万2066円,納付すべき法人税額238万9300円を超えない部分の取消請求の訴えは,不適法である旨主張するので判断する。

増額更正処分は課税標準又はこれに基づく税額を全体として確認する処分であって,更正にかかる税額等の脱漏部分を追加確認する処分ではないものの,更正処分の法律効果の点からいうと,修正申告による税額等の確定の効力を全面的に失わせて新たに納税義務の範囲を確定する効力を生ぜしめるものではなく(国税通則法29条1項),増差額に関する部分だけ右のような効力を生ずるものであるから,納税者は,修正申告により既に確定している税額等についてまで,後になされた増額更正処分を取り消す法律上の利益はないというべきである。

そこで,本件更正処分が昭和58年12月22日付でなされたことは当事者間に争いがないので,原告が課税一覧表の第二修正申告欄記載内容の第二修正申告を行ったか否かについてみるに,成立に争いのない甲第3ないし第8号証,第15号証,乙第3号証中の納税地,法人名,代表者自署押印の各欄の記載,印影及び官署作成部分についての成立に争いがなく,その余の部分につき証人佐藤勉の証言により真正に成立したと認められる乙第3号証,前記乙第5ないし第10号証,右証言,原告代表者野尻文夫尋問の結果(但し,後記する信用し得ない部分を除く。)によれば,次の事実が認められる。

竹田税務署の職員である訴外佐藤勉は,昭和58年1月ころ原告の税務調査を行い,原告の本件前事業年度,本件事業年度及び昭和56年4月1日から昭和57年3月31日までの事業年度について,保険収入洩れ,貸倒損失の否認,雑収入洩れ等を指摘し,その旨の「否認事項」と題する書面(甲第15号証)を原告代表者野尻文夫に渡して右三事業年度の修正申告を求めたところ,同原告代表者もこれを納得して修正申告することを約した。

原告代表者野尻文夫は,東京都内で税理士1名,事務員1名を雇って税理士事務所を営んでいたため,訴外佐藤勉の指摘を受け,その旨を右税理士事務所の者に伝えるとともに借入金利息の計上洩れを調べてそれも含めて被告に修正申告するよう指示し,同第2月末ころ右三事業年度について三通の修正申告書(甲第3ないし第5号証)を郵送させた。

しかし,訴外佐藤勉が郵送されてきた右三通の修正申告書を点検したところ,調査内容と異なり新たな支払利息が計上してあったため原告代表者野尻文夫に再確認したうえ,正しい修正申告書を提出して欲しい旨の電話連絡をし,右修正申告書の受理を保留にした。

訴外佐藤勉は,同年3月23日,原告代表者野尻文夫に竹田税務署へ来てもらい,新たに計上された支払利息は認められないとの判断のもとに,前記調査の結果に基づき申告書用紙に右三事業年度の修正申告内容(本件事業年度については課税一覧表の第二修正申告欄記載内容である。)を記入し,その内容を同原告代表者に説明して署名捺印して提出するように求めてところ,同原告代表者は,右内容の計数が記入された右申告用紙の納税地,法人名,代表者自署押印,代表者住所,経理責任者自署押印,事業種目の各欄(但し,本件事業年度の提出用修正申告書〔乙第3号証〕には,納税地,法人名,代表者自署押印の各欄のみである。)に記入及び署名捺印して修正申告書(甲第6ないし第8号証は控えであり,乙第3号証は被告に提出された本件事業年度のものである。)を被告に提出して修正申告を行った。

なお,原告は,昭和58年5月31日,第二修正申告に対して更正の請求を行ったが,同年9月2日更正すべき理由がない旨の通知処分を受け,これに対して同月21日被告に異議申立てを行ったが,同年12月20日棄却され,さらに昭和59年1月13日国税不服審判所長に対して審査請求を行ったが,同年10月17日右審査請求を取り下げた。

以上のとおりであって,これに反する証拠は次に説示するとおり信用し得ない。

すなわち,原告代表者野尻文夫尋問の結果中には,訴外佐藤勉が原告代表者野尻文夫に対し,署長が心配しておりこのままでは局に書類を送らねばならないし,また,債権放棄の金額が違っており直さないと会計検査でひっかかる旨述べて竹田税務署に出頭することを求め,同原告代表者が出頭して,今回の修正申告は訴外佐藤勉の指示どおりの内容であり,ただ計上洩れの支払利息を新たに追加して申告したに過ぎないと述べると,同人は支払利息の計上洩れを調査の段階でなぜいわなかったのかと述べたうえ,とにかく悪いようにはしないからといって,白紙の申告用紙に署名することを求めたので,同原告代表者はこれに応じた旨供述する部分がある。

しかし,原告代表者野尻文夫尋問の結果によれば,原告代表者野尻文夫は,昭和26年12月に税理士の資格を取得して以来税理士業務に従事しており,税務処理には精通していることが認められるのであって,そのような者であれば,担当の税務署職員が新たな支払利息を計上した修正申告書を受理せず,かつ,再度修正申告書の提出を求めているのであるから,新たに計上された支払利息を否認する趣旨であることは容易に分かるはずなのであって,同職員が悪いようにしないからといったので白紙の申告書用紙に署名捺印した旨の供述内容は,税理士業務に精通した者の行動としては極めて不自然,不合理なものであり,また,前記乙第5号証,第7号証,原告代表者野尻文夫尋問の結果によれば,同原告代表者は,同年3月23日に行った修正申告について更正の請求を行っているが,その理由は,訴外株式会社文伸社が2000万円の末払を債権放棄したが,その後これを撤回したから負債として処理して欲しいというものであること,原告は,更正すべき理由がない旨の通知処分に対して,異議申立てを行っているが,その理由は,右理由の他に同原告代表者が税務署職員から脅迫に近い慫慂を受け,同職員の作成した書類に捺印を迫られてできた修正申告書によって行われたもので,問題のある修正申告であるというものであることが認められ,訴外佐藤勉が原告代表者野尻文夫をして,白紙の申告書用紙に署名捺印させたうえ,無断で計数を記入し第二修正申告の修正申告書(乙第3号証)を作成したとの主張はしていないのであって,右供述は証人佐藤勉の証言に照らして信用できないばかりでなく,その供述自体が不合理な内容であり,かつ,本件訴えの提起後に突如主張,供述しはじめたことであって,とうてい信用し得ない。

したがって,前記認定のとおり,原告は昭和58年3月23日本件事業年度の所得,税額につき,課税一覧表の第二修正申告欄記載内容の修正申告書を竹田税務署に提出して第二修正申告したから,右内容の所得,税額については既に確定し,原告は,本件更正処分のうちこれを超えない範囲について取り消す法律上の利益はないというべきであって,本件訴え中の所得金額1781万2066円,税額238万9300円を超えない部分の本件更正処分を取り消す訴えは不適法である。

二  本件更正処分が昭和58年12月22月付けでなされたことは前示のとおりであり,また,本件二の賦課決定が右日付けでなされたこと,原告が昭和59年1月13日本件更正処分及び本件二の賦課決定について異議申立てを行い,その後右異議申立てを審査請求として扱う旨の被告の通知に対して同年1月29日同意し,国税通則法89条1項により右異議申立てが国税不服審判所長に対する審査請求があったものとみなされたこと,国税不服審判所長は昭和60年1月29日付けで右審査請求を棄却したことは当事者間に争いがない。

三  原告は,本件更正処分が本件事業年度の所得を過大認定しているから違法であり,したがって,また,本件更正処分を前提としてされた本件二の賦課決定も違法である旨主張するので,以下この点について判断する。

1  本件更正処分について次に検討する。

(一)  債務免除益の計上洩れについて

(抗弁2(一)(1)及び(二))

法人税法22条2項は,当該事業年度の益金の額に算入すべき金額として「資産の販売,有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供,無償による資産の譲受け」等に係る収益の額と規定し,それは収益が実現したものをもって所得の計算に取り入れるという意味をもつとともに,その実現がいつ行われたかを示す認識基準としての原則である権利確定主義を採用していると解され,債務免除のごとき法律行為により生ずる利益は,その法律効果発生時に収益が実現したものと解されるところ,債務免除は相手方のある単独行為であり,債権者が期限,条件を付さない限りはその意思表示が債務者に到達したときにその効力が生じ収益が実現するものである。

そして,成立に争いのない甲第14号証,原告代表者野尻文夫尋問の結果によれば,原告代表者野尻文夫は原告に対する2000万円の利息債権及び5824万8127円の報酬債権を,訴外野尻哲は原告に対する360万円の報酬債権を有していたが,右両名は右金額の債務を免除する旨記載した内容証明郵便(甲第14号証)を昭和55年6月30日に発信して,総額8184万8127円の債務免除(以下「本件債務免除」という。)を行ったことが認められる。

もっとも,原告は,原告代表者野尻文夫及び訴外野尻哲が本件前事業年度に債務免除益(以下「本件債務免除益」という。)を計上することを条件として本件債務免除を行った旨主張し,前記甲第14号証,成立に争いのない甲第2号証,原告代表者野尻文夫尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第1号証,右尋問の結果によれば,原告代表者野尻文夫及び訴外野尻哲は,本件債務免除を行う旨記載した書面(甲第14号証)に,原告が本件債務免除益を昭和55年3月末日に生じたものとして処理するよう求める記載をしていること,原告代表者野尻文夫及び訴外野尻哲は,昭和59年11月16日付け申立書(甲第1号証)をもって,原告を相手方として竹田簡易裁判所に即決和解の申立てを行い,同年12月11日,相手方である原告の代表者である訴外野尻桂子とともに右裁判所に出頭して,原告代表者野尻文夫が原告に対する2000万円の利息債権及び5824万8127円の報酬債権を,訴外野尻哲が原告に対する360万円の報酬債権をそれぞれ有すること,右両名が昭和55年3月31日本件債務免除をしたこと,原告は本件債務免除により生じた本件債務免除益を本件前事業年度において計上することをそれぞれ確認する内容の和解を成立させたことが認められ,これらの事実によれば本件債務免除益は本件前事業年度に計上すべきかのようである。

しかし,右事実をもって,原告代表者野尻文夫及び訴外野尻哲が本件債務免除の効力発生を,昭和55年3月31日に遡及させる条件を付して本件債務免除を行ったとは認め得ず,単に本件債務免除益を本件前事業年度に計上するように求めたに過ぎないものというべきであるし,そもそも意思表示の効力は相手方に到達した時にその効力を発生するのが原則であって(民法97条1項),その効力を遡及させて当該意思表示のなされる前にその効力を生じさせることは法律に特別な規定がない限り許されないものであって,債務免除に条件,期限は付すことができるにしても,債権者の一方的な意思表示により,その効力を過去の時期に遡及させることまでは許容されないのである。

また,前記甲第1,2号証,第5,6号証,第14号証,成立に争いのない乙第1号証,第12号証,原告代表者野尻文夫尋問の結果によれば,原告代表者野尻文夫は,本件債務免除益を本件事業年度の所得に計上すべきであると判断し,昭和56年6月2日,原告の本件事業年度の確定申告を行い,確定申告書(乙第1号証)の添付書類である勘定科目内訳明細書の「雑益雑損等の内訳書」の「雑益等」欄に本件債務免除益を計上し(但し,その金額は原告代表者野尻文夫が7847万1510円,訴外野尻哲が360万円としている。),かつ,本件事業年度の決算報告書中の損益計算書にも本件債務免除益を「特別損益の部」に雑益として計上していた(その金額は本件債務免除益額を含む1億2525万1714円としている。)が,昭和58年3月23日本件前事業年度の修正申告をした際,本件債務免除益のうち8084万8127円を本件事業年度の所得から本件前事業年度の所得に計上替えしたこと,原告が被告から昭和58年12月22日付けで本件前事業年度の所得から本件債務免除益のうち所得に計上されていた右金額を減額する旨の更正処分を受け,その金額だけ本件事業年度に繰り越される欠損金が増加したが,他方,本件更正処分により本件債務免除益のうち右金額を本件事業年度の所得に加えられて課税されたため,原告代表者野尻文夫及び訴外野尻哲は,本件更正処分を取り消す証拠を得るため和解調書を作成しようと企図して,昭和59年11月16日ころ即決和解の申立てを行ったこと,訴外野尻哲は原告代表者野尻文夫の兄であり,訴外野尻桂子は同原告代表者と内縁関係にある者であることが認められ,また,訴外野尻哲が昭和58年8月23日に,訴外野尻桂子が同年3月24日に原告の理事に就任したことは本件記録から明らかであり,これらの事実に前示の即決和解が原告代表者野尻文夫,訴外野尻哲及び訴外野尻桂子によってなされたことを総合すると,原告代表者野尻文夫は,原告の本件前事業年度の所得から本件債務免除益(但し,その金額は8084万8127円である。)を減額する更正処分がなされたため,さらに本件事業年度の所得からも本件債務免除益を減額させ,本件債務免除益に対する課税を免れる目的のもとに,原告に対する本件更正処分を取り消そうと企図し,内縁関係にある訴外野尻桂子及び兄である訴外野尻哲と通じて,訴外野尻桂子を原告の代表者に仕立てて即決和解を行ったと推認せざるを得ないのであり,このような目的で,しかも本件債務免除がなされた後4年半近く経過した時期に,当事者が相通じてなされた過去の事実を確認するような即決和解が,本件債務免除益の計上事業年度を決定するうえにおいて考慮するに値しないことは明らかである。

したがって,前記認定のとおり,原告代表者野尻文夫及び訴外野尻哲は昭和55年6月30日に本件債務免除の意思表示を記載した内容証明郵便を発信しており,原告に右意思表示が到達したのは右以降であることが明らかであるから,本件債務免除の効力は原告に右内容証明便の到達した本件事業年度に発生したものというべきであり,本件債務免除益は本件事業年度の所得に加算すべきである。

そうすると,前記のとおり,原告は昭和58年3月23日の第二修正申告において,本件前事業年度の所得に本件債務免除益のうち8084万8127円を計上しているから,被告が昭和58年12月22日付けで本件前事業年度の所得から本件債務免除益のうち右金額を減額する更正処分を行ったことは適法であって,本件事業年度の所得に本件債務免除益8184万8127円を加算すべきであり,また,前記甲第6号証,乙第12号証によれば,本件前事業年度の所得から,本件債務免除益のうち8084万8127円を減額した結果,右金額だけ本件事業年度に繰り越す欠損金が増加したことが認められるから,本件債務免除益のうち右金額を本件事業年度の所得から控除すべきこととなる。

(二)  所得税の計上漏れについて

(抗弁2(一)(2))

所得税法174条により内国法人の利子等に課税された所得税は,法人税の額から右所得税の額を控除し得る(法人税法68条1項)が,右所得税の金額は当該事業年度の所得金額の計算上損金に算入し得ない(同法40条)ところ,前記乙第1号証,第3号証によれば,原告は,本件事業年度の確定申告において,所得税170万7411円を法人税から控除し,かつ,右所得税の金額を所得金額に加算しているにもかかわらず,第二修正申告においては,右同様に右所得税額を法人税から控除しながら所得に加算していないことが認められるのであって,原告は第二修正申告において,右所得税の金額を所得金額の計算において損金として扱いながら法人税からも控除しているから,右所得税の金額を本件事業年度の所得に加算すべきことになる。

(三)  以上のとおり,原告の本件事業年度の課税所得は,前記認定の第二修正申告によって確定した1781万2066円に本件債務免除益8184万8127円及び法人税から控除している所得税170万7411円を加算し,本件前事業年度の繰越欠損金のうち8084万8127円の増加分を減額した2051万9000円(国税通則法118条により千円未満を切り捨てた金額,当該条項を記載するとき以下同じ。)となり,また,原告代表者野尻文夫尋問の結果,弁論の全趣旨(原告は,被告が所得に税率23%を乗じて税額算定していることを,争っていない。)によれば,原告は昭和56年法律第12号による改正前の法人税法(以下「改正前法人税法」という。)2条7号に規定する「協同組合等」「協同組合等」(同法添付の別表第三記載の農事組合法人である。)に該当することが認められるから,右所得金額に対する法人税の額は,改正前法人税法66条3項により右所得金額に100分の23を乗じた471万9370円から所得税額170万7411円を控除した301万1900円(国税通則法119条1項により100円未満を切り捨てた金額,当該条項を記載するとき以下同じ。)となり,さらに,右税額は,前記認定の第二修正申告の税額(238万9300円)よりも62万2600円多額となるから,右金額を納付すべきことになるところ,被告が本件更正処分によって確定した所得金額,税額及び納付すべき税額は,課税一覧表の更正処分欄記載のとおり,右各金額よりも少額である。

したがって,本件更正処分には原告の所得及び税額を過大に認定した違法はない。

2  本件二の賦課決定について検討するに,前示のとおり,原告の本件事業年度の法人税は,第二修正申告によって確定した法人税の額よりも62万2600円多額となるから,右金額に100分の5の割合を乗じた3万1100円(国税通則法119条1項)を過少申告加算税として課すべきところ(同法65条1項),被告は本件二の賦課決定により1万9600円の過少申告加算税を課したに過ぎないのである。

したがって,本件二の賦課決定には原告主張の違法はない。

四  よって,本件訴え中,本件一の賦課決定及び所得金額1781万2066円,法人税額238万9300円を超えない部分の本件更正処分をそれぞれ取り消す訴えは不適法であるから,これを却下し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江口寛志 裁判官 岡部信也 裁判官西田育代司は,転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 江口寛志)

<以下省略>

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