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大分地方裁判所 昭和63年(行ウ)2号 判決 1992年3月02日

原告 利光五月

被告 大分労働基準監督署長

代理人 白石芳明 後藤聰 伊藤大蔵 久保田哲生 ほか五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対して昭和五九年三月三一日付でした労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)による療養補償給付及び遺族補償給付並びに葬祭料(以下「本件給付等」という。)を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  利光二郎(以下「利光」という。)は大分市今津留三丁目一番一号所在の株式会社大分放送(以下「大分放送」という。)に雇用され、後記の死亡時まで技術局次長として勤務していた者である。

原告は利光の妻である。

2  利光は、昭和五八年一〇月三一日、大分放送の送信管理部員ら三名(以下、この四名を「利光ら」という。)とともに、一泊二日の予定で大分県日田市大字堂尾にある西日田テレビジョン中継局(以下「本件中継局」という。)の予備電源設置工事のため、日田市に出張(以下「本件出張」という。)し、第一日目の業務終了後に日田市中ノ島町にある日田簡易保険保養センター(以下「保養センター」という。)に宿泊した。

利光は、保養センターの三階三一〇号室(以下「本件客室」という。)で午後六時頃から同八時半頃まで夕食をとった後、午後九時過ぎに保養センターの二階から三階に通じる階段(以下「本件階段」という。)において転倒し(以下「本件事故」という。)、頭部を打撲した。

利光は翌日(一一月一日)午前七時四〇分頃、本件客室内の布団の中で昏睡状態となっているところを、保養センターの従業員に発見され、救急車で日田市内の日田中央病院に運びこまれた。同病院では外傷による頭蓋内血腫の疑いを抱いたため同市内の一ノ宮脳神経外科病院に転送し、同病院で頭蓋内血腫除去手術をしたが、利光は同月二六日に右急性硬膜外血腫で死亡した。

3  原告は、利光の死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対して労災法に基づく本件給付等の支給を請求した。被告は、利光の死亡は業務に起因した負傷によるものとは認められないとして、昭和五九年三月三一日付で本件処分をした。

原告は、本件処分を不服とし、大分労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたところ、同審査官は昭和六〇年一二月一〇日付で右審査請求を棄却したため、原告は更に労働保険審査会に対して再審査請求をしたが同審査会は昭和六三年四月二七日付で右再審査請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決書は同年五月一九日に原告に送達された。

4  利光の死亡は、次の理由により業務上の事由によるものと認めるべきである。

(一) 本件事故時において、利光は、宿泊を必要とする出張業務に従事して保養センターに宿泊していたのであるから、事業主の支配下にあったものである。したがって、本件事故は利光の業務遂行中に発生したものである。

(二) 利光が本件事故に遭ったのは、宿泊者の利用に供されている保養センターの階段を昇降するという、通常の宿泊に付随する行為をしていたためであるから、本件事故は利光の業務に起因して発生したものである。

もっとも、利光は約二時間半かけた夕食時間中に飲酒した(以下「本件飲酒」という。)。すなわち、利光は焼酎をお湯割で二合を超えない程度飲んだものであるが、酒に強かった利光はこの程度の飲酒量なら軽く酔うくらいのものであり、夕食終了から三〇分以上経過した後に発生した本件事故時には、それすら醒めていたはずであるから、本件飲酒の影響で本件事故が発生するはずはない。

(三) 本件階段は、踏み面がリノリウム状のものでできているためスリッパ履きで昇降すると滑りやすく、また踏み面に滑り止めが出っ張る状態で取り付けられていたため躓くことがあり、昇降者が転倒するなどの危険性をもつ構造のものであった。右(一)記載のとおり利光は業務遂行中であったものであるから、宿泊した施設の設備が有していた危険性に起因して発生した本件事故は、それが利光の出張中になされた私的行為ないし恣意的行為によって生じたものであっても、業務起因性を有するというべきである。

よって、本件処分は違法であるから、原告はその取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  請求原因4の(一)の事実中、利光が本件事故時において業務遂行中であった点を否認し、その余は認める。

同4の(二)の前段の事実中、本件事故が業務に起因する点を否認し、その余は認める。

同4の(二)の後段の事実中、飲酒量は争うが飲酒の事実は認め、飲酒が本件事故に関係しない点は否認する。

同4の(三)の事実中、本件階段に危険性があった点及びこれによって本件事故が発生した点は否認し、その余は争う。

3  利光の死亡は、次の理由により業務上の事由によるものと認めることはできない。

(一) 労働者は出張中、その全過程について事業主の支配下にあるから、出張過程の全般について業務遂行性が潜在しているものである。しかし、出張中の労働者は事業主の管理下を離れているため、私的行為ないし恣意的行為など様々な行為が行われうる。したがって、出張中の労働者が出張者として通常予想しえない態様にある場合には、これに業務遂行性を認めることはできない。

(二) 利光らは、保養センターの本件客室において夕食をした際、焼酎(二五度のさつま白波、一・八リットル瓶)一本及びビール(大瓶)二本を注文し、そのうち少なくともビール二本と焼酎八合以上を飲んだものである。

(三) 利光はそのうちビールをコップ一杯と焼酎を少なくとも二合以上飲んだものと推測される。これによって、利光はかなり酩酊した状態となって、本件階段を昇降しようとしたため、本件事故に遭ったものである。

(四) 以上のとおり、利光は出張中の宿泊施設内において出張業務に直接かかわりのない飲酒行為に及んで酩酊し、それが原因となって階段の昇降時に転倒したものであるから、飲酒という積極的な恣意的行為によって利光の出張に基づく業務遂行性は中断されたものであり、また本件事故は飲酒による酩酊を原因として発生したものであるから、業務起因性もないものである。

第三証拠<略>

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、利光の死亡原因たる本件事故が、業務上の事由にあたるか否かについて判断する。

1  認定事実

<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件出張の予定

大分放送において、送信管理部は大分県内各所の中継局の保守管理を担当しており、利光以下の部員は一か月に数日業務のため各中継局に日帰りあるいは宿泊して出張していた。利光は、昭和五八年一〇月三一日から宿泊先を保養センターとする一泊二日の予定で、日田市大字堂尾にある本件中継局においてIFノッチフィルター取付け及び予備電源設置工事をするため、送信管理部員中西光正(以下「中西」という。)、同梅崎利治(以下「梅崎」という。)、総務部車両係甲斐康義(以下「甲斐」という。)とともに、出張することとなった。

(二)  出張第一日目の作業経過

利光らは、甲斐の運転する大分放送の取材車で、昭和五八年一〇月三一日午前一〇時頃、大分市内の大分放送本社を出発し、日田市内の日田支局に立ち寄った後、午後二時前に本件中継局に到着した。利光らは、本件中継局でノイズ測定、IFノッチフィルターの取付け、放送機の特性測定、予備電源の接続工事、動作テスト等の作業(以下「本件作業」という。)を約三時間かけて実施して、作業結果の確認作業を翌日することとし、予定した当日の作業を同五時頃に完了して、本件中継局を出た。利光らは、同五時一五分頃、光岡にあるモニター店(梶原電化サービス)に立ち寄って、同五時二〇分頃に宿泊予定の保養センターに取材車で到着した。

(三)  保養センターでの行動

保養センターに到着後、利光らは案内された本件客室にはいり、甲斐、利光、中西の順に入浴し、午後六時頃から本件客室で揃って夕食を始め同八時頃に終えた。それまでに利光は客室外にある保養センターの公衆電話から大分市内の自宅に電話をかけた。同八時半頃に保養センターの従業員が食事の片付けをして床を敷くと、中西、甲斐、梅崎は適宜に就寝してしまって利光の動静には注意していなかった。

(四)  夕食時の状況

利光らは、夕食として保養センターの宿泊定食(魚フライ、鯉の洗い、山菜とろろ汁等)三人前、天ぷら定食一人前、トリモモ唐揚げ三人前、オムレツ一皿を注文し、これに加えてビール(大瓶)二本と焼酎(二五度のさつま白波、一・八リットル瓶)一本を注文した。利光らはまずビールで乾杯し、その後、料理を食べながら梅崎がビールを飲み、残る三人が焼酎を飲んだ。その量は、中西と甲斐がそれぞれ焼酎を三合くらい飲み、利光は中西がつくったお湯割の焼酎を何杯か飲み、その量は一合半ないし二合程度であった。午後八時半頃に、保養センターの従業員が夕食の後片づけをしたときには、焼酎は瓶の底に数センチくらい残っていた。後片づけをしている間に保養センターの従業員は、利光らが和やかに話し合いながら夕食をしていたように感じた。利光らが中継局の保守管理のため県下に出張して宿泊したときはこのようにして夕食をとることが多かった。

(五)  本件事故前後の利光の挙動

梅崎は、夕食後うたた寝をしたが、午後九時頃目を覚まし、エレベーターで五階にある浴場へ行こうとして、三階のエレベーター前でソファに腰を掛けていた利光と出会った。利光が梅崎に「どこにいくのか」と問いかけたので、同人は「風呂へ行きます」と答えて別れた。その際に梅崎は、利光について会話も普通で特別な異常があるようには思わなかった。

梅崎は、入浴を終えて、同九時二五分頃に三階エレベーター前に戻ってきたが、ソファーに利光の姿はなく、同九時三〇分頃に本件客室に戻って就寝したが、その時にも利光は戻ってきていなかった。

その後、甲斐は夜中に目を覚ました時に、中西は午前三時頃にトイレに立った時に、それぞれ、利光が布団に寝て大きな鼾をかいているのを聞いた。

(六)  本件事故の具体的な発生状況

本件事故の発生状況については、利光が本件階段のどの場所で、昇降のいづれの行為中に、どのような原因でどのようにして転倒し、どこに衝突したものかなどの具体的な事実関係及び利光がなんの目的で本件階段を通行していたのかは、総て不明である。しかし、本件階段を翌日に見たところでは、どこにも本件事故の形跡らしいものは残っていなかった。

本件事故後、保養センターの調査では当夜保養センターに外部から侵入者があったこと、内部の者で喧嘩などの争いがあったこと、利光が館外に出ていったことなどを示す形跡もなかった。

また、本件階段の形状は別紙添付図面一及び二記載(<証拠略>)のとおりであり、勾配が急なものでもなく、滑り止めが出っ張っているものでもなく、左右で形態が異なるものの両側に手摺が設置されている。

本件事故発生までに、保養センターの宿泊客が本件階段で転倒その他の事故にあったことはなかった。

(七)  本件事故直後の利光の行動

保養センターの警備員友成代吉(以下「友成」という。)は、本件事故当日一階のフロントにいたところ、午後九時五〇分頃、年配の宿泊客が来て二階と三階の間にある階段の踊り場で、客が寝ていて起こしても返答がない旨を知らせた。友成がその客の案内で踊り場へ行ってみると、別紙添付図面二記載のように三階へ昇る階段の方向に頭部を向け、二階へ降りる階段の方向に足を向ける姿勢の利光が、自力で両手を床につき腰を浮かせて立つところであった。友成が声を掛けると、利光は「だいじょうぶ。OBSの者だ。」と返事をした。友成の見たところ、利光は浴衣がかなり乱れてはいたが、その場に持物が散乱したり、争ったような形跡もなく、意識もはっきりしているようであった。友成は、利光がかなり酒を飲んだような臭気をさせていると感じたため、酔って寝ていたものだろうくらいに思った。友成は、利光と並んで二階へと階段を降りたが、利光が階段の手摺りを持ち、ゆっくりゆっくり歩むため、かなり酩酊しているように感じた。また、そのとき利光は目もすわっているように感じられた。二階の階段入口で友成が再度声を掛けると、利光は大丈夫と言って廊下の方へ歩いていったので、友成もフロントへ引き返した。

(八)  利光のスリッパについて

友成は踊り場で利光がトイレのスリッパを片方だけ履いているのを見た。その後、友成が館内巡回をした時、本件階段の踊り場にトイレのスリッパのもう片方が残っているのを見た。翌朝、利光の異常が発見されて大騒ぎとなった後に、保養センターのボイラーマン佐藤賢正は本件客室の入口にトイレのスリッパの片方があり、残りの片方が右踊り場にあるのを発見した。佐藤が調べてみると、三階のトイレには、備え付けられているスリッパ全部が揃っており、二階のトイレには備え付けられている四足のスリッパのうち三足しかなく、不足するスリッパの代わりに客室用のスリッパが一足揃えて置いてあった。

(九)  本件事故の翌朝の状況

本件事故の翌朝は、午前六時から六時半にかけて、甲斐と中西が相次いで起床し、利光と梅崎がまだ寝ているようなので、それぞれ一階のロビーへ行った。同八時頃、保養センターの従業員が本件客室へ床をあげに来て、梅崎と利光を起こそうとしたところ、梅崎は起きたが、利光は大きな鼾をかいて起きようとしないことから、その異常が発見され、救急車を呼ぶなどの事態となった。

(一〇)  利光の受傷部位及び身体条件等

利光は、本件事故によって、右耳上部側頭部の頭蓋骨骨折、右肩下骨折、右足首捻挫、右肩・右上腕部打撲、左踵部創傷の傷害を負った。

利光は、身長一六四・五センチ、体重約五三キロの体格であって、毎日、マラソンをするなどしており、本件階段を昇降することについて危険を生じるような身体的な条件はなかった。利光は、以前から家庭で晩酌として焼酎二合をお湯割で飲んでおり、酒は好きでもあり強い方であった。本件出張の第一日目の業務中において、利光に身体的な異常が生じたこともなかった。

2  業務上の事由の存否

以上の認定事実に基づき、利光の死亡が業務上の事由にあたるか否か検討する。

(一)  労働者の死亡が業務上の災害によるものと認められるためには、災害が労働者の業務遂行中に業務に起因して発生したことの要件(業務遂行性及び業務起因性)が存在することを必要とする。そして、業務遂行性の有無は災害時に労働者が労働関係上において現に事業主の支配下にあるか否かによって定められるべきであるから、労働者が災害時に具体的業務に就いていたことを必要とするものではない。業務起因性の有無は、災害と業務との間に相当因果関係があるか否かによって定められるべきところ、労働者が具体的業務行為あるいはこれに付随する行為を行うなどしていて災害が発生した場合には、反証のない限り、それが業務に起因して発生したものと事実上推定されることになるものである。

また、労働者が宿泊を伴う出張をしている場合は、出張中の労働者は事業者の管理を離れてはいるが、その用務の成否、遂行方法などについて包括的に事業主に対して責任を負っているものであるから、出張の全過程について事業主の支配下にあるということができる。したがって、出張先で宿泊している間は、出張者が所定の宿泊施設内で行動している限りでは、原則として事業者の支配下を離れていないこととなり、業務遂行性が認められることとなる。しかし、宿泊中は自由行動が通常許されているから、労働者の個々の行為は私的な性質のものに止まっているため、これらの行為中に生じた災害については原則として業務起因性が認められることはないものである。ただし、出張に伴う宿泊に当然付随する行為は私的な行為ではなく出張自体に当然付随する行為というべきであるから、これらの行為中に災害が生じた場合は、反証のない限り、業務起因性が事実上推定されることになるものである。

(二)  そこで、まず業務遂行性について検討する。

前記認定事実によれば、本件出張の目的は第一日目に本件中継局において作業を実施し、第二日目にその作業結果を確認するというものであって、利光らは第一日目に予定された作業を総て完了し、翌日に残された業務に備えて宿泊すべく、保養センターに来たものと認められる。

次に、前記認定事実によれば、利光らが飲酒したのは、保養センターの客室内で夕食をする際であり、そのために注文したのは全部でビール(大瓶)二本と焼酎(一・八リットル瓶)一本であり、その飲み方は最初にビールで乾杯した後、梅崎がビールを他の三名が焼酎を、それぞれの食事に合わせて適宜に飲んだものであり、その間において大声を上げたり騒ぐなどのこともなく、和やかな雰囲気で歓談したものである。食事終了後に、保養センターの従業員が床を敷くと、利光を除く三名はそれぞれ夜更け前に就寝したものであり、利光も本件事故後に本件客室へ戻ってきて、既に就寝していた他の三名に迷惑をかけることなく、自己の布団に入って就寝したものである。

右にみたところによれば、利光らは、要するに、出張先の宿泊施設内において互いの慰労といささかの懇親の趣旨で夕食とともに飲酒したものと認められる。

このような飲酒場所、飲酒目的、飲酒量、飲酒態様、飲酒時の状況、飲酒後の行動等を、前示の利光らの本件出張業務遂行状況に照らしてみるならば、利光らの飲酒行為は、利光らの主観的な面においても、また、行為の客観的な面においても、宿泊中の出張者が、事業者に対して負う出張業務についての包括的な責任を放棄ないし逸脱した態様のものに至っているとは認められない。したがって、利光は、本件飲酒によって事業者の支配下から離れたことにはならないというべきである。

他に利光が業務遂行性を失ったことを認めるべき証拠はないから、本件事故時において、利光には業務遂行性があったと認められる。

(三)  次に、業務起因性について検討する。

前記認定のとおり、本件事故の具体的な態様は明らかでないものの、本件階段で転倒したことによって、利光は右耳上部側頭部の頭蓋骨骨折、右肩下骨折、右足首捻挫、右肩・右上腕部打撲、左踵部創傷の傷害を負ったものである。このような利光の受傷状況、部位及び程度によれば、利光は本件階段の昇降時に転倒した際に、階段の段鼻、手摺り、壁面、あるいは踊り場の床に身体の右側部分を激突させたものと推認される。そして、利光の受傷のうち主要なものが頭蓋骨および右肩下の骨折であることと、利光が腰や手あるいは肘などには受傷していないことによれば、利光は転倒した際、腰から先に倒れるあるいは咄嗟に手などで頭部等を庇うなどの動作をしていなかったことが推認される。

ところで、本件階段の形状等は前記認定のとおりであって、危険性のあるものではなく、しかも両側に手摺が設置させているから、普通に階段を昇降している者が足を滑らせるなど何らかの事情で体勢を崩して転倒しかけた場合、反射的に何らかの方法で、頭部や肩が段鼻等に激突することを避け得るはずのものである。しかるに、利光はこのような防御的な動作をすることなく、前記のように頭部と肩を階段のどこかに激突させる姿勢で転倒したものである。したがって、利光は転倒時に頭部等の身体の重要部分を庇うなどの自己防衛反射に欠けることがあったものと推認すべきである(<証拠略>)。

さらに、前記認定事実によれば、利光は保養センターに到着して夕食を始めるまで何らの異常もなかったものであるから、右のような反射的な防御行為を欠いた転倒事故が発生するためには、夕食開始時以後に利光が自己防衛反射を欠如することとなる原因が生じたはずのものである。前記認定の事実によれば、利光は、本件事故の約一時間ないし約二時間前までにコップ一杯程度のビールと一合半ないし二合程度の焼酎を飲んでいたものであり、本件事故後に二階方へ降りて行き、次いで、エレベーターを利用するか、再び本件階段を昇るかの何れかの方法で三階の本件客室に戻ったものと推認されるが、その間ずっと片方の足にだけトイレのスリッパを履いていたものであるから、これらの事実によれば、利光はその程度は明らかではないものの、本件飲酒によって酔っていたものと推認される。そして、利光は介抱に来た友成に対して、だいじょうぶだとのみ答えて転倒の原因について特に説明していないことによれば、本件事故が第三者等によって引き起こされたものではなかったものと推認される。そうとすれば、本件飲酒の影響によって、利光は自己防衛反射を欠如して本件転倒事故を発生させたのではないか、との疑問を否定することはできない。

したがって、本件事故は利光が飲酒によって酩酊していたために発生したものであって、そうでなければ発生しなかった可能性がある。そうすると、利光に業務遂行性が認められることから、直ちに本件事故の業務起因性を推認することを、許すべきでない反証がある、というほかはない。

なお、証人中西光正、同甲斐康義及び同梅崎利治は、利光が本件階段を通行した目的に関連して、夕食中に出張業務に関した事柄で大分放送あるいは三笘司法書士に電話をかけに室外へ一度か二度出たことがあったようだと供述するが、前掲証拠によれば、利光が夕食時以降にそのような電話をすべき事情もなく、実際どちらにも電話をかけていなかったことが認められるから、利光が夕食中のみならず本件事故時において、出張業務に関する事柄で外部に電話をしようとしていたと認めることはできない。また、右三名の証人は、利光らはテレビの画像の状態によっては夜間でも保養センターから本件中継局に赴き作業をするつもりで、夕食をしながらテレビの画像をチェックしていたとも供述するが、そのような心積もりであったとしたら夕食時に飲酒する筈がないと思われる(逆に、夜間に本件中継局に行くことになる可能性があったならば、飲酒すること自体が許されない。)したがって、利光が本件階段を昇降した目的が本件出張に関した事柄で電話をかけるためであったと認めることもできないし、夕食時においても利光らが本件出張についての具体的な業務に従事していたものとも認められない。

また、前記認定事実によれば、本件階段が原告主張のような危険性を有していたものとは認められないから、請求原因4の三で原告が主張するところは、その前提を欠き採用できない。

(四)  まとめ

以上のとおりであるから、本件事故は業務上の事由によるものとは認められない。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山昌一 楠本新 山本和人)

別紙 図面一、二<略>

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