大分地方裁判所佐伯支部 事件番号不詳 判決
本籍並住居
佐伯市東灘区九千四百三十六番地
佐伯機帆船運送株式会社
代表者取締役
松井博文
大正四年九月二十日生
右の者に対する法人税法違反被告事件につき当裁判所は検察官事務取扱副検事某、立会い取調べ次のように判決する。
主文
被告人は無罪
理由
本件公訴事実は
「被告人は昭和二十二年九月二十日頃より佐伯機帆船運送株式会社代表者取締役社長として勤務し同会社の経理一切の管理をしているものであるが同会社の事業年度である昭和二十二年九月二十日より昭和二十三年三月三十一日迄の間、会社が収入したる燃料取扱手数料外三件十五万千二百三十二円を会社の益金に計上せず別途預金し不正の行為により法人税八万九千七百十八円を免れたものである」というにあつて「燃料取扱手数料外三件」とは一、運送取扱手数料 二、雑収入中会社設立前の運送手数料 三、大分地区船主運送取扱株式会社佐伯出張所帳尻残との検察官の釈明がある。
よつて審按するに公訴事実中、燃料取扱手数料外三件十五万千二百三十二円を会社の益金として計上してないことは明白であるが右の燃料取扱手数料外三件の十五万千二百三十二円は果して法人税法の会社の益金として計上すべきものか否か、以下の理由により計理に暗いものには判断に苦しむ。
第一、証拠を検する証第一号はもと佐伯機帆船株式会社(以下本件会社と略称す)の前身ともいうべき大分地区船主運送株式会社佐伯出張所の帳簿と認められるものであるがこれには「以上ノ利益金ヲ佐伯機帆船会社利益へ振廻ス」と記載しあり、証第二号には「重油鑵五円取扱料特殊船組合費徴収簿、本形船(本組合員)組合費昭和二十二年度後期分第二期分二六口此ノ金四万四千四百三十二円也昭和二十三年五月四日右本日収入ス」等の記載がある、これによりこれ等の資金が何故本件会社の所有に帰属するか、果して本件会社の益金として計上すべきものか疑問がある。
第二、本件会社設立の経緯を見るに他の所謂営利会社とは聊かその性質を異にする、元来大分県佐伯地区南海部地区の貨物海上運送はその全部が殆んど薪と木炭といつても過言ではないが、これ等の貨物の運送は農林省の方針として法人でなければ(個人としては)許可しないので同地区の各船主はその許可を受けるため本件会社を設立したのである。
よつて会社の方針として経理はなるべく農林省より支給せられる事務処置料によつて之を賄い、足りない分を運搬手数料その他によることにしているのでこの運搬手数料や燃料取扱手数料は、いわば会社経費の予備費ともいうべき性質を有し、会社ではこれを条件附船主負担金と称している。
敍上のように起訴事実の燃料手数料外三件の計理上の性質については相当の考究すべき点があるのでこれを会社の益金に計上しないという理由で直に被告人に法人税を免れる不正行為をなす意思ありと認定することはできない、故に本件において被告人に対し法人税法第四十八条の不正行為ありとなすには須く客観的に二重帳簿の作成その他不正行為と認められる行為あることを要するが、これを認定する証拠がない又被告人には自己において不正行為をなすという認識がない、被告人は起訴事実に対しその冒頭陳述において卒直に、事実は「相違ありませんがそれは悪意ではなく私達は計理に暗く法律を知らなかつた為にこんなことになつたのであります」と告白している、被告人には自己の行為が不正行為であるという認識がないといわねばならぬ。
尤も被告会社は起訴事実の燃料手数料外三件の十五万千二百三十二円は別途預金をなし、これを事務所建築工費の一部に使用していることは証拠により認められる(証第五号建築請負契約書、証第六号保険料金領収証)がこれは一応会社名において事務所建築をなし後日その所有は会社財産にするか株主共有のものにするかを決定する意識を持つているのでこの事実のみで被告人に不正行為ありと認定することは無理である、要するに本件は被告人が会社の代表者として不正行為を為したという証明がないので刑事訴訟法第三百三十六条を適用して主文のように判決する然しながら現下の国家情勢に鑑み納税の義務の特に重大なる所以を深く認識し、計理に不審の点等があつたら所轄官庁に照会連絡する等の手続を講じて今後絶対にこの種の過誤なきことを期する心掛けが必要である。