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大分地方裁判所豊後高田支部 昭和45年(ワ)17号 判決 1974年1月31日

原告

近藤春利

右訴訟代理人

近藤新

被告

城秀子

右訴訟代理人

加来義正

被告

小泊次子

被告

中川武信

被告

岸本康則

主文

一、原告の主位的請求を棄却する。

二、1原告と被告等との間において、原告が被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則に対し、同被告等から別紙第一物件目録記載不動産についての同被告三名の各持分5/18(計5/6)を大分県知事の許可を条件(法定条件)として譲り受ける旨の契約上の権利を有することを確認する。

2 原告の予備的請求のその余の部分をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告等の各負担とする。

事実

一、当事者の求める判決

(一)  原告

(甲)  主位的申立

(1) 原告と被告等との間において、別紙第一目録記載の不動産が原告の所有であることを確認する。

(2) 被告城秀子は、前項不動産につき農地法第三条による大分県知事の許可申請手続に協力せよ。

(3) 被告城秀子は、右不動産につき農地法第三条による大分県知事の許可を得たうえ、原告に対し昭和三七年一二月一八日売買を原因とする所有権移登記手続をなせ。

(4) 被告城秀子は、別紙第二物件目録記載の建物を収去し、別紙第一物件目録記載の不動産中別紙第三表示の斜線部分畑29.752平方メートルを明渡せ。

(5) 訴訟費用は、被告の負担とする。

旨の判決および仮執行宣言申立

(乙)  予備申立

(1) 原告と被告等との間において、別紙第一物件目録記載の不動産につき、その持分5/6が原告の所有であり、同1/6が被告城秀子の所有であることを確認する。

(2) 被告城秀子は、前項の不動産について農地法第三条による大分県知事の許可を得たうえ、原告に対し、持分5/6につき昭和三七年一二月一八日売買を原因とする所有権移転登記手続をなせ。

(3) 被告城秀子は、別紙第二物件目録記載の建物を収去し、別紙第一物件目録記載の不動産中別紙第三表示の斜線部分畑29.752平方メートルを明渡せ。

(4) 訴訟費用は、被告等の負担とする。

旨の判決および仮執行宣言の申立

(二)  被告等

(甲)、(乙)いずれに対しても

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決申立

二、当事者の主張

(一)  原告

「主位的請求原因」

(1)  別紙第一物件目録記載の不動産(農地)は、亡訴外岸本新市の所有であつたが、昭和三七年三月一二日同人の死亡に因り、同人の妻亡岸本キクノが1/3、子の被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則および右新市と先妻との間の子被告城秀子の四名が各1/6宛の相続分で右新市の遺産である右農地を共同相続した。

なお、その後同四〇年一〇月六日右キクノも死亡したので同人の相続分は被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則の三名がこれを均分相続し、右被告三名の相続分は各5/18となつた。

(2)  原告は、同三七年一二月一八日、被告全員を含む右相続人等との間に別紙第一物件目録記載の農地を大分県知事の許可を条件として代金一〇万円、内金三万円は即時払い、残金七万円は所有権移転登記完了後支払うという約旨で買い受け(譲り受け)る旨の契約を締結し、右内金三万円を支払つた。

(3)  しかして、原告は被告等より右農地の引渡しを受け、荒地となつていた同土地を開墾したうえ、蜜柑樹を植栽し、今日まで支配管理して来ている。

(4)  ところが、その後被告等は、言を左右にして右農地の譲渡について知事への許可申請ならびに所有権移転登記手続に応じない。

因みに、原告は被告等に対し、同四五年四月一〇日残代金七万円を弁済供託した。

(5)  然かのみならず、被告等は同四五年二月九日にいたり、原告の権利を害する結果となることを知りながら、遺産分割協議により右農地を被告城秀子の単独所有と定める旨の遺産分協議書を作成し、同月二六日右被告城秀子名義に相続による所有権移転登記を経由し、かつ同被告は同四五年四月五日右農地中別紙第三表示の斜線部分畑地(29.752平方メートル)上に木造トタン葺倉庫(8.64平方メートル)を無断で建築し、同農地を不法に占有している。

(6)  よつて、主位的請求趣旨記載の判決を求める。

「予備的請求原因」

仮りに、前記売買(譲渡)契約に際し被告城秀子だけが承諾しなかつたとしても、同被告以外の他の被告の持分5/6が原告の所有に帰したことは明らかである。

よつて、主位的請求が認められないことを条件として、予備的に、予備的請求趣旨記載の判決を求める。

(二)  被告等

「主位的請求原因に対する認否」

(1)は認める。

(2)は、原告主張の日時、同主張のような売買(譲渡)契約が被告小泊次子、同中川武信両名と原告との間に結ばれたこと、同被告等が原告から代金内金三万円を受け取つたこと等の事実は認めるが、その余は否認する。

(3)は、原告が本件農地を支配管理していることは認めるが、その余は否認する。

(4)は、原告が残代金七万円の供託をしたことのみ認め、その余の事実は否認する。

(5)は、被告等が原告主張のような遺産分割協議(ただし、原告の権利を害する結果となることを知りながらとある点は否認する)をし、被告城秀子が本件農地を単独取得し移転登記ずみであること、同被告が右農地内に原告主張の建物を建築し、同主張の敷地を占有していること(ただし、右占有が不法であるとの点は否認する)等の事実は認める。

「予備的請求原因に対する認否」

否認する。

「主位的請求原因に対する抗弁」

(1)  分割前の遺産は、共同相続人の合有であり、相続人全員の意思によらなければ処分し得ないものである。

しかるところ、相続人中被告城秀子は、終始本件農地の売買に反対しておつたものであり、同岸本康則は、右被告城秀子を含む相続人全員において異議がないならば右農地の譲渡に同意する旨の条件付売買の意思を表示しておつたものであるところ、右被告城秀子に異議があつたものであるから、右条件は成就せず該意思表示は効力を生じなかつたものであり、また同訴外亡岸本キクノは当時精神病で意思能力がなく正常な財産上の行為をなす精神能力を欠いだ状態にあつたもので、同人名義の委任状や印鑑証明書は被告小泊次子が勝手にその手続をしたので、右キクノは全く関与していなかつたものである。

したがつて、一部相続人がなしたに過ぎない遺産分割前の本件農地についての売買(譲渡)は無効である。

(2)  仮りに(1)の抗弁が認められないとするも、本件農地は、昭和四五年二月九日被告等共同相続人四名が協議して被相続人亡岸本新市の遺産を分割した結果被告城秀子が単独取得したものである。

(三)  原告

「被告等の抗弁に対する認否」

(1)は否認する。

本件農地の処分は、被相続人である亡訴外岸本新市の負債弁済と訴外亡岸本キクノの生活費充当資金をつくるためであつて、右キクノの生活の面倒をみる相続人には遺産全部をやるとの話があつたほどで、被告小泊次子が遺産の管理処分を委されており、被告城秀子、同岸本康則も当時はこれを承知しておつたが、後になつて苦情を言い出したに過ぎないものである。

また亡訴外岸本キクノも本件契約締結当時は元気で精神状態に何らの異常がなく、病気になつたのはその後のことである。

仮りに被告城秀子だけが承諾しなかつたとしても、同被告以外の他の持分5/6が原告の所有に帰したことは明らかである。

(2)  被告等四名が昭和四五年二月九日遺産分割協議により本件農地を被告城秀子の単独取得と定めた外形的事実は認める。

「被告等の抗弁(2)に対する再抗弁および仮定再抗弁」

民法第九〇九条によれば、遺産分割は相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずるが、これにより第三者の権利を害することはできないと定められておるので、遺産の分割に当つては相続開始から分割時までの間に遺産中の特定財産についての共同相続人の持分に権利を取得した者がないか否かを調査し、かかる第三者がある場合には同人が取得したところの右持分についての権利は当該共同相続人に分配されたものとしてこれを遺産の中から除外し爾余の分について分割を実施しなければならないものである(我妻栄ほか・判例コンメンタール相続法一四四頁)ところ、被告等はこれを無視して分割を実施し原告が取得した別紙第一物件目録記載の農地に対する被告等のもと持分(もし、被告城秀子が関与しておらないとすれば同被告を除く爾余の被告等のもと持分)についての権利をもすべて右被告城秀子の単独取得と定めたものであるから該遺産分割は右民法第九〇九条但書の法意に違反し無効である。

仮りに無効でないとしても、同被告は右財産(もしくは爾余の被告等のもと共有持分)の分割取得を、同分割前に同財産について権利関係をもつにいたつた第三者である原告に対しては主張し得ないものである。

(四) 被告等

「原告の再抗弁および仮定再抗弁に対する認否」

民法第九〇九条但書により第三者が遺産分割の遡及効を受けないとされていることは認めるが、その余は否認する。

相続開始時から遺産分割時までの間において、共同相続人から遺産中の特定財産についての持分を譲り受けた第三者があつても、遺産分割に当りその譲り受け持分を除外して遺産の分割協議をしなければならないというようなことは民法第九〇九条但書の要求しておるところではないから、本件遺産分割には何ら無効となるような瑕疵は存しない。

「再々抗弁」

遺産分割によつて第三者の権利は害されないとされるが、この場合第三者の権利は登記等の対抗要件を具えていることが必要であつて、かかる対抗要件を欠く第三者の権利は遺産分割の遡及効から保護されないものであるところ、原告は該持分について未だ移転登記を経ておらないのであるから、遺産分割により本件畑地を取得し、かつこれについて所有権移転登記を経由した被告城秀子に対し該持分についての権利を主張するに由ないものである。

(五)  原告

「被告等の再々抗弁に対する認否」

原告が本件畑地について未だ所有権移転登記を経由しておらないことは認める。

「再々々抗弁」

民法第九〇九条但書所定の第三者の権利について、被告等主張のごとく、一般的には登記等対抗要件の具備が必要であるとしても、本件の場合被告等の遺産分割協議は原告の権利を詐害する目的に出たものであつて、被告城秀子はいわゆる背信的悪意の第三者に該当するから、右遺産分割前に原告が取得した権利に対しその登記欠缺を主張し得ないものである。

「仮定再々々抗弁」

仮りに、以上の見解が認められないとするも、被告等の右遺産分割協議は、同人等(もし、被告城秀子が関与しておらないとすれば同被告を除く爾余の被告等)が緊急の金員入手のため本件畑地を原告に執拗に懇請して買い受けてもらい、原告がこれに多大の労力・資金を投じ辛苦して蜜柑園に改良造成したのを、その事実を了知しながら登記未了を奇貨として被告城秀子の単独取得としたものであるから、明らかに信義則に違反し、かつ権利の濫用であつて無効である。

(六)  被告等

「原告の再々々抗弁および仮定再々々抗弁に対する認否」

いずれも否認する。

本件農地の譲渡は、前記のごとく共同相続人中の一部の者がなしたもので、もともと無効だつたものであるから、被告等の本件遺産分割は毫も信義則違反ないし権利の濫用となるべき筋合いのものではない。

三、証拠<略>

理由

一<略>

二<前略>

すなわち本件についてこれをみれば該畑地に対する被告城秀子を除く爾余の各被告の共有持分合計5/6については、同被告等と原告との間に知事の許可を条件とする売買(譲渡)契約が成立しておるものといわねばならない。

そうすると、被告等の抗弁(1)はその理由がないものといわなければならない。

三つぎに、被告等は、昭和四五年二月九日同被告等共同相続人四名が被相続人亡岸本新市の遺産についての分割協議により右遺産に属する本件農地を被告城秀子の単独取得と定めたので、該畑地は遺産分割の遡及効(民法第九〇九条本文)により相続開始の時にさかのぼつて同人の所有に帰したものである旨主張し、原告は相続開始後遺産分割までの間に遺産中の特定財産について共同相続人が有する持分について権利を取得した第三者は民法第九〇九条但書により遺産分割の遡及効を受けず、同分割によつて害されないものとされておるのであるから、共同相続人は遺産の分割に当つてはそれまでに右のような第三者を生じていないか否かを調査し、もしそのような第三者を生じておれば同人が取得したところの右持分についての権利は当該共同相続人に分配されたものとして、これを遺産の中から除き爾余の分割を定めなければならないものであるところ、被告等はこれに違反して原告が取得した該畑地に対する被告等の持分(もし、被告城秀子が関与しておらないとすれば同被告を除く爾余の被告等の持分)についての権利をもすべて右被告城秀子の取得と定めたものであるから、該遺産分割は右民法第九〇九条但書の法意に違背し無効である旨主張するので審接するところ、原告主張のごとく共同相続人中の一人もしくは数人が遺産中特定の財産について有する持分を他に処分した場合には、共同相続人は遺産分割に際しこれを前提としなければならず、これに拘束されるものであるとする考え方(我妻・唄・判例コンメンタール相続法一四四頁、有地・新民法演習5親族相続二二三頁等参照)も存するが、我国の遺産分割は総合的清算主義に立つており、民法第九〇九条但書も遺産分割前に共同相続人中の一人もしくは数人により処分された遺産中の特定財産についての共有持分が総合的に分割の対象となることを前提とした上での第三者の保護規定であるとみなければならないから、かかる被処分持分は遺産の中から除外して分割を実施しなければならないものであるという考え方はむしろ右総合的清算主義の原則に反しこれを認めることができないものであり、ただ実際の資産分割協議に際しては共同相続人中の一人もしくは数人による分割前の特定遺産上の持分処分が存する場合は分割後の権利関係の複雑化を避けるため可及的に該処分を考慮に置いて分割案を定めるのが妥当であるという分割技術上の方法論としての意味をもつに過ぎないものであるというべきである(加藤・注釈相続法(上)二〇九頁、川井・注釈民法(25)三〇六頁等参照)から、原告の右再抗弁は採用に由ない。

尤も遺産中に第三者がそれについての持分を取得した特定財産のほかにもなおかなりの財産があつて、必らずしも右特定財産を持分処分者以外の相続人に分割取得させなければならないような事情がなく、かつ該相続人に分割するときは、対抗要件等の関係から前記第三者は右特定財産上の持分権を失う結果となるような場合にこれを知りつつ敢えて該財産を右相続人に分割するようなときは、他の事情と相俟つて該遺産分割が信義則違反となり得る場合のあることは自ら別である。

四つぎに、原告は被告等の遺産分割が仮りに無効ではないとしても、被告城秀子は右分割による該畑地(もしくは爾余の被告等のもと共有持分)の取得を同分割前の権利取得者たる原告に対しては主張し得ないものであり、またこの場合原告が右取得権利について移転登記等対抗要件を具備していないとしても、被告等の遺産分割協議は原告の取得権利を詐害する目的に出たものであつて被告城秀子はいわゆる背信的悪意の第三者に該当し、原告の右権利に対しその登記欠缺を主張し得ない立場にあるものであるから、右結論に消長はない旨主張するので検討するに、原告は前記のごとく、被告城秀子を除く爾余の被告三名との間に、同被告等から、同人等の本件畑地についての各持分5/18(計5/6)を大分県知事の許可を条件として買い受ける(譲り受ける)旨の契約を締結ずみであるから、一種の法定条件付権利を有するものというべきであり、かつかかる権利といえども民法第九〇九条但書所定の第三者の権利に該当しないものではないが、それが遺産分割の遡及効から保護されるためには、移転登記等対抗要件の具備を必須とするものといわねばならない(川井・注釈民法(25)三〇五頁参照)ところ、原告が右権利について未だ登記(かかる権利も不動産登記法第二条第二号二段にいわゆる将来において確定すべき請求権に該当するものとして仮登記によつて保全できることは勿論である)を経ておらず、反面被告城がその分割取得の権利について登記ずみであることは当事者間に争いのないところであり、また被告等の遺産分割協議が原告の権利を詐害する目的に出たとの点については立証が十分でなく、被告城秀子をもつていわゆる背信的悪意の第三者とは断じ難い(したがつて同被告は原告の登記欠缺を主張するうえにおいて何ら妨げられるところはない)ので、結局原告の本件畑地についての取得権利は民法第九〇九条但書による保護を受け得ないものといわなければならず、この点についての原告主張も失当というべきである。

五つぎに、原告は以上の主張が認められないとするも、被告等の右遺産協議は、同人等(もし被告城が関与しておらないとすれば同被告を除く爾余の被告等)が金員入手の緊急の必要から原告に執拗に懇請して本件畑地を買い受けてもらい、原告がこれに多大の労力・資金を投じ辛苦して蜜柑園に改良造成したのを、その事実を了知しながら未登記を奇貨として被告城の単独取得と定めたものであるから、明らかに信義則に違反し、かつ権利の濫用であつて無効である旨主張するので判断するところ、<証拠略>を綜合すると、本件畑地はその所有者であつた被告等の前主亡訴外岸本新市生存中同人から何回となく原告の実父近藤休次および原告に対し、これを買い受けてもらいたい旨の交渉があり、さらに右新市死亡後同人の農協関係負債の返済ならびに同人妻キクノの生活費捻出等に窮した被告小泊次子等の直接もしくは区長近藤春義、近隣者前山サカエ等を介してのの再三の買い受け方懇請(なお、被告等は、当時右買い受け方申入れは相続人全員の総意であると申していた)によりついにこれを断わりきれず、右近藤休次が原告を代理して該畑地を買い受けることになつたものであるが、当時右畑地は荒廃していたため買い手がなく、代金の一〇万円という価格もむしろ適正価格をかなり上廻わつていたこと、また被告等は原告から右買受け代金の内払いを受けることによつて一応差し迫つた農協負債の金利を支払うことができてその窮状から脱したこと、しかして右新市死亡当時右畑地には二〇年生位の蜜柑樹が約一〇〇本前後生立していたが、肥培・給水・消毒その他の手入れ管理が極めて悪かつた(因みに蜜柑畑は年間八、九回消毒しなければならないもので、もし右消毒を二年位怠ると悉皆荒廃してしまうものである)ため、「ヤノネ」「ワタカイガラ」「赤ダニ」「サビダニ」「テンギュウ」等の病虫が一面にはびこり、また「トキワ」の雑草がいつぱいに繁茂しておつて該蜜柑畑は荒廃し、蜜柑樹は枯死寸前の状態にあつたこと、原告は被告等の窮状に同情し右畑地を買い受けた(知事の許可未了のため、正確には買い受け契約を締結した)ものの、当初はどこから手入れしてよいやらもわからないような状態であつたが、まづ三ケ月計画で完全消毒をはかることにし同期間稠密なニコチン消毒を実施して在来の蜜柑樹中五九本を甦生させ、さらに三四本の根継ぎ、七四本の新植を行い、つぎに同畑地内に五ケ年計画で長さ四メートル、巾・深さ各一メートルの規模の塹壕を順次堀り続けその一壕ごとに四、五〇貫の茅、鶏糞等を埋め込み、かつ昭和四三年度までは耕土の乾燥防止および保温のため毎年多量の敷藁を施す等肥培管理につとめ、また前記ニコチン消毒完了後の一般消毒として害虫のアカダニには「モレスタン」及び「ケルセン」、同ソウカ病には「トツプジン」及び「ベンレート」、同コクテンには「デラン」及び「ダイセン」同カイガラ虫には「エルサン」「スプラサイド」及び「マシン油」、同サビダニには「タイセン」同ハダニには「シトラソン」等の駆除薬液の撒布を励行し、かつ熟果期前後には石灰硫黄剤を投与する等細心の注意を配つた結果満七年三ケ月を経過した同四五年秋頃にいたりようやく全面的に結実が期待されるようになつたこと、しかして右満七年有余の間に原告が本件畑地(蜜柑畑)の更生改良のために投入支出した労力、資材、諸掛等は、すくなくとも労賃五四万五、二〇〇円、肥料代一九万六、五八〇円、材料費五万五、〇〇〇円、薬剤費一三万四、五〇〇円、農具費三万一、五〇〇円、敷物費五万七、三〇〇円、運賃五万七、五〇〇円、特別施設費一八万八、〇〇〇円合計一二六万五、五八〇円に達し、その間の果実収入一九万一、七〇〇円を差引いて一〇七万三、八八〇円の純出捐となり、これに大分県における果樹園更生改良費の基準金利額を加算すると出捐総額は一三九万四、四八六円となること、被告等は右のごとく原告が本件畑地を買い受け孜々営々として満七年三ケ月その改良造成に努力し、ようやくその労が酬いられ、商品として売れる蜜柑の結実が近く全面的に期待されるにいたつた同四五年二月九日右の事実を了知しながら、遺産分割協議により同畑地を被告城秀子の単独取得と定めたこと、亡訴外岸本新市は本件蜜柑畑のほかに、水田約五反、畑約四反を所有し、生前その一部を被告小泊次子等に贈与したが、右遺産分割当時なお本件蜜柑畑のほかに水田約五反、畑約二反が残つておつたこと、原告は被告等の右遺産分割時まで何回となく同人等に対し、右畑地の譲渡について大分県知事への許可申請協力ならびに原告名義への所有権移転登記手続方について協力方を懇請しておつたが、前記代金の配分をめぐつて被告等間の意見調整が付かず、そのため右協力も得られず移転登記は勿論知事の許可も未了のまま推移して来たこと、被告城秀子は昭和四〇年六月頃は代金全額の単独取得だけを要求していたが、逐次右要求額をエスカレートして同四五年三、四月頃原告及び同人の父近藤休次が円満解決のため同被告方を訪れ、前記代金額にさらに同額金員を上積みしこれを祝儀名義で贈与する(したがつて実質的代金額は二〇万円となる)旨申し出たのに対しても、同被告の夫訴外城久ならびに同人が同人側の交渉役として連れてきていた石井という同僚巡査が交々「それでは桁が違う、頭を切替えて来にや駄目だ」などと強圧的な熊度で応酬し、また右久はその前後妻の被告秀子に「先方の値段は桁が違うが、金で片付けられたら片付けてもよい」などと言い含め、金次第では原告父子の右申出でに応じてもよいという態度であり、なお右被告秀子は警察官である夫久に従つてその任地を転々としており右遺産分割当時は東国東郡国東町に居住しておつたので、本件畑地を取得しても自らこれを耕作管理することは至難な状況にあつたので同被告の右農地取得はその耕作乃至所有が目的ではなく、遺産分割に因りこれが単独所有名義を取得したうえ、原告からの追払い金を吊り上げることが本意であつたものとみられること、被告等には本件訴訟の前後を通じ、原告が右畑の更生改良に役じた労力・資金等に対する償還の意思はもとより前記内払金を返還する等の意思も、その片鱗だに窺われないこと等の事実が認められ、右認定に反する被告等の各供述中の各一部は前顕証拠と対比し措信できない。

そうすると、(イ)原告の権利取得(本件農地買い受け)の動機は、被告等の亡父である被相続人岸本新市にかかるさし迫つた負債整理等の資金人手のため被告城秀子を除く相続人全員からの懇請によりその窮状に同情した結果による純粋なものであつて、利得目的等は認められないものであること(ロ)右相続人等は原告から右買い受け代金の内払いを受けることによつて一応右窮状を脱することができたのであるから、原告の権利取得は反面被告等に恩恵的利益(被告城秀子としても亡父新市の負債を相続人の一人として弁済する義務があつたものであるから、この利益に均霑しておるものといわねばならない)をもたらしたものであること(ハ)被告等はその後原告において荒廃しきつていた右畑地を満七年有余に亘り多大の労力・資金を投じ辛苦してようやく全面結実可能の蜜柑園にまで改良造成したことを了知し、かつ原告等の不協力のため右畑地につき未だ知事の許可・移転登記を経由しておらず、したがつて同畑地を被告城秀子の単独取得として分割し対抗要件を具備するときは原告の右多年に亘る努力は水泡に帰する結果となることを認識しておつたのであるから、積極的害意はないとしても原告の失権についての悪意は十二分に存したこと、(ニ)なお、当時被告等の被相続人亡岸本新市の遺産としては右蜜柑畑のほかにも水田約五反歩、畑約二反歩が存したので、本件畑地は一応これについての各持分を原告に譲渡済みであつた被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則三名の取得として分割し、爾余の水田・畑(この中には蜜柑畑としての適地も含まれている)の中から被告城秀子の取得分を定めることが十分可能であつて、これにつき何らの支障がないのみならず、かくすることがむしろ分割前の共同相続の状態ならびに被告等の言辞(殊に被告小泊次子、同中川武信は本件畑地の売却は同被告等共同相続人全員の総意によるものである旨を表示していた)を信用して権利関係をもつにいたつた原告の立場を保護し利害衡量の客観的公平をはかる所以でもあるのに、被告等はこれを無視し敢えて遺産分割協議により該蜜柑畑を被告城秀子の単独取得と定めたものであること、(ホ)右被告城秀子としてはその夫の職業(警察官)や居住関係(各地転々)から該畑地を自ら耕作管理することはもとより、原告の折角の改良造成の結果を維持発展させることも至難ないし不可能であつたので、その取得はむしろ土地所有乃至耕作が目的ではなく、同畑を失いこれに対する多額の投下資本を奪われる結果となることを懸念する原告の弱味に乗じて代金額を吊り上げ同人より多額の代金追払いを受けることが本意であつたものとみられること、(ヘ)被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則は、本件畑地に対する同被告等の持分を原告に譲渡したことにより他への二重譲渡となるような所為を避くべきことは勿論、同人に対し、右譲渡についての知事への許可申請協力および原告への移転登記手続等譲渡人としての余後義務を負い、また被告城秀子は右畑地に対する持分5/6の条件付権利を有するにいたつた原告との間に同畑地に共有類似の法律関係をもつていたのであるから、原告と被告等とはすくなくとも相互信頼の依存性を期待できる関係にあつたものであること等の事情が存し、これに鑑みると被告等の本件遺産分割協議は原告の信頼を著しく裏切る背信的所為ないし忘恩類似行為であり、また理念的に作為表示による禁反言の原則の適用を肯認し得る一場合でもあり、なお右畑地の分割取得によつて被告城秀子が享ける利益よりも同畑地を失うことによつて原告が被むる損害の方が特段に大きい(該蜜柑畑の価値は属人的な特性をもつている)ものというべきであるから、結局該遺産分割は信義則に反し、かつ権利の濫用となつて許されないものであるといわなければならない。

五そうであるとすれば、被告等がなした遺産分割の協議は、本件畑地に関するかぎりは無効で、同畑地は依然被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則がそれぞれ5/18、同城秀子が1/6の各持分の割合でこれを共有し、かつ原告は右被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則との間に右畑地について有する右三被告の各持分を同被告等から大分県知事の許可を法定条件として譲り受ける旨の契約上の権利を有する関係にあるものというべきである。

六然りとすれば、原告が右畑地について完全な所有権を有することを前提とする主位的請求各項は、いずれも失当であるといわなければならない。

七つぎに、予備的請求について判断することとし、まづその(1)項の右畑地について原告が5/6の持分を所有することの確認を求める原告請求の当否につて検討するに、いうまでもなく農地所有権の移転を目的とする法律行為は知事の許可を待つてはじめてその効力を生ずるものであり(農地法第三条第四項)、このことは共同相続人が遺産たる農地についての自己の持分を第三者に譲渡する場合においても同様であるから、右三被告の共有持分である該畑地についての持分5/6も未だ原告に移転しておらず、その所有とはなつておらないものといわなければならない。

そうすると、右持分5/6が原告の所有となつておることを前提とする同項の請求はそのままではこれを認容し得ないものといわねばならない。

しかし、知事の許可を法定条件として農地の持分を譲り受ける旨の契約上の権利に、民法第一二八条の適用を受ける条件付権利であるというべきであるから、その権利についてこれを争う者がある等、現在の不安危険が存するときは、これについて確認の判決を求めることも許されるものと考えられる(金山・注釈民法三四四、三五五頁参照)ところ、被告等は現に原告の右条件付権利の存在を否認しておるので、原告は同権利について現在の不安危険が存するものというべく、これが除去のため、右権利について確認を求める法律上の利益があるものといわねばならない。

そうすると、原告の同(1)項の請求は、原告と被告等との間において、原告が被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則に対し、同被告等三名から別紙第一物件目録記載の不動産についての同被告三名の各持分5/18(計5/6)を大分県知事の許可を法定条件として譲り受ける(買い受ける)旨め契約上の権利(条件付権利)を有することの確認を求める限度においてはこれを相当として認容すべきであるといわなければならない。

八ついで、同(2)項の被告城秀子に対し、該畑地の5/6の持分について農地法第三条による知事の許可を得たうえ、原告名義に移転登記をすべき旨の原告請求の当否について検討するに、およそ農地の売買契約の当事者は、同契約の締結によつてその契約の効力を生じさせるため互いに知事に対する許可申請手続に協力すべき義務を負う(因みに農地法は双方申請主義をとつている―農地法第三条、同法施行規則第六条・第二条第二項)ので、もとより買主としては売主に対し、この許可申請に協力すべきことを求める権利を有し(最判昭三五・一〇・一一、民集一四・一二・二四六五頁参照)、また売主に対し将来の給付の訴として右知事の許可を条件として買主名義に所有権移転登記手続をなすべきことを求めることもできる(最判昭三九・九・八、民集一八・七・一四〇頁参照)が、それはあくまでも売買契約の当事者間においてのみ認められるところであるから、原告としては該畑地持分譲渡契約の当事者(売主)でない被告城秀子に対しては、右のような知事への許可申請協力も、右知事の許可を条件とする原告名義への所有権移転登記手続もこれを求めるに由ないものといわなければならず、かかる場合原告としては、民法第四二三条により、該畑地持分5/6の譲渡人であり、同譲渡(売買)契約上の債務者である被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則に代位して被告城秀子に対し、右畑地についての更正登記(被告城秀子の相続を登記原因とする該畑地の所有権移転登記を、同登記原因による同被告持分1/6、爾余の各被告持分各5/18による共有登記に更正する旨の登記)手続(この場合被告城秀子単有名義の登記を抹消し、同被告を含む被告四名の共有名義とする旨の登記も求め得なくもないが、被告城秀子は同人の持分1/6に関するかぎりは実体関係と符合しているのであるから更正登記によるのが相当と考えられる)を、またこれと共に被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則に対し、同畑地の持分5/6の譲渡について知事への農地法第三条による許可申請協力および右許可を条件とする原告名義への所有外移転登記手続を求めるという方法により権利の実現をはかるほかないものというべきであり、これは恰かも再売買の予約義務者が予約に違背して第三者に予約の目的不動産を転売し登記した場合に予約権利者が該譲渡行為を無効として予約義務者に代位し右第三者名義の移転登記の抹消(更正登記)を請求することが認められる(大判大九・八・二一、民録二六輯一二一七頁参照)のと異ならない。

原告は、該畑地についての遺産分割が無効である以上、被告城秀子の右畑地についての単有名義の登記は登記原因を欠くことになるので、原告としてはかかる場合所有名義人に対する真正所有者の移転登記請求として、被告に対し直接にいわゆる「真正な登記名義の回復」を登記原因とする所有権移転を請求し得るものであると主張するが、農地たる畑地の売買契約は前記のごとく知事の許可があるまでは所有権移転の効力を生じないので、右許可前においては原告は真正所有者となる由なく、そうであるとすれば原告は右にいわゆる「真正な登記名義の回復」を登記原因とする所有権移転登記手続(かかる登記請求の認められること自体は最判昭三〇・七・五、民集九・九・一〇〇二頁、法務省民事局第三課長昭三九・二・一七回答等に徴し疑いがないが)を求める適格を欠くものであることは明らかである。

そうすると、いずれの理由によるも原告の予備的請求(2)項は失当といわなければならない。

九つぎに、同(3)項の被告城秀子に対し、同被告が該畑地上に建てた建物(建坪8.64平方メートル)の収去と同畑地中右建物敷地部分29.752平方メートルの明渡しを求める原告請求の当否について検討するに、およそ土地等の不動産が共有の対象となつておる場合に、共有者中の一人ないし数人がその上に建物等構築物を設けること(なお、被告城秀子が係争畑地上に原告主張の建物を建築し同敷地を占有しておることについては当事者間に争いがない)は共有物に変更を加えることになるから、他の共有者の同意がないかぎり許されない(民法第二五一条参照)ことであり、また同土地をどのように管理するかないしは共有者中のなにびとに使用収益させるかというようなことも、共有物の管理に関する事項に属するので保存行為を除き同法第二五二条本文により共有者の持分の価格に従いその過半数をもつて決せられることになり、したがつて原告において前記畑地についての持分5/6の譲り受けにつき知事の許可を得た暁は共有持分の価格に従う過半数を有することとなるから、原告は単独で右畑地を自己において使用収益することを決定し、これを他の共有者である被告城秀子に通知して右使用収益を行うことも可能となり、これと牴触する右被告の所為の差止めも請求し得るにいたるものというべきであるが、右知事の許可のない現在においては右各条に依るに由なく、したがつて同(3)項の原告請求も失当というほかない。

一〇以上によると、原告の本件請求は、その予備的請求につき、原告と被告等との間において、原告が被告小泊次子、同中川武信、同岸本康則に対し、同被告等三名から別紙第一物件目録記載不動産についての同被告の各持分5/18(計5/6)を大分県知事の許可を法定条件として譲り受ける旨の契約上の権利(条件付権利)を有することの確認を求める限度においては相当であるからこれを認容し、その余ならびに主位的請求は失当であるからこれを棄却し、仮執行宣言は右認容部分が確認判決であつて、その性質上同同宣言を付することができないものと考えるのでこれを付さないこととし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九二条本文第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。 (石川晴雄)

別紙第一

物件目録

豊後高田市大字草地渕ケ迫八、六六九番

一、畑 452.29平方メートル

右同所八、六七〇番

一、畑 45.50平方メートル

別紙第二

物件目録

豊後高田市大字草地字淵ケ迫八、六六九番

一、木造トタン葺倉庫

建坪 7.43平方メートル

図面<省略>

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