大判例

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大分家庭裁判所中津支部 昭和33年(家)65号 審判 1958年11月13日

申立人 大木和子(仮名)

相手方 永島敏男(仮名)

主文

申立人の本件扶養の申立はこれを却下する。

理由

申立法定代理人は相手方は申立人に対し昭和三十三年三月から申立人が成年に達する迄扶養料として毎月金二〇〇〇円宛支払へとの審判を求めその実情として、申立人は相手方永島敏男と申立法定代理人親権者大木美子との間に出生した長女であるが、申立人の父母は昭和三十二年五月○○日協議離婚しその際申立人の親権者を母と定められ同人に引取られ爾来申立法定代理人に養育され現在に至つたものである。申立人の母は実家において世話になり別に資産収入もなく現在申立人を扶養するに全く困却している。これに反し相手方は菓子卸商を営み相当の収入もあり申立人を扶養する資力があると思われるので数回に亘り扶養請求をなしたるも当事者間に適当な協議が出来ない為相手方に対し申立人の実父として有する申立人に対する扶養義務に基き扶養料の負担を求める為本申立に及んだ次第であると述べた。

相手方は申立法定代理人主張のように申立人は相手方と申立法定代理人との間に出生した長女であること、相手方と申立法定代理人は昭和三十二年五月○○日協議離婚してその際申立人の親権者を母と定めて同人に引取られ現在迄申立法定代理人において養育して来たことは認めるがその余の主張事実は否認する。即ち協議離婚の際申立法定代理人及び相手方との間において申立人は申立法定代理人において引取り爾今申立人についての養育費等については申立法定代理人において将来何等の請求をなさない旨の約諾があつたのである。のみならず現在相手方においては自分自身の生活を維持するに足る収入もなく父母の援助により漸くその日の生活を保つているような現状で養育費を出さなければならないと云う気持はあるけれども現在の生活苦の状況下においては到底支払に応ずることはできないと陳述した。

よつて按ずるに嫡出の未成熟子の親権者を協議離婚の際母と定めた場合に親権者でない父の未成熟子に対する扶養義務についてはこれに関する特別の規定のない我が民法においては形式的には民法第八七七条以下の規定にその根拠を求めざるを得ないが、上記義務の実質内容は上記規定の生活扶助の扶養義務と同一であるか或はこれより更に扶養義務の強度な親子法上の生活保持義務を有するかについては判例学説の分れるところであるが元来親子関係は親が子を産み子は親から生れると云う両者の血の直接のつながり即ち血縁関係を基礎としここから自然的に湧出する親子相互の愛情を以て結ばれた共同生活体たるところに其の本質的な基盤を有するものと云わなければならぬ。従つて親子は互に愛情を以て苦楽を共にし親は本来未成熟子に対してはその子供が自ら自活の道を立て得るようになる迄はその監護教育等これが養育については物心両面において可能な限りの措置を構じてやるべきでありこの為には自己の生活を犠牲にしても未成熟子が自己の生活と同等の生活を営み得るだけの所謂生活保持義務を有するものであつてこの義務は父母が親権者であると否とによつて理論上は異なるべき筋合いのものではないのであるが民法第八二〇条は親権を行う者は子の監護及び教育をする権利義務を有するとなし同法第八一九条において父母が協議上の離婚をするときはその協議でその一方を親権者と定める規定が存する為、離婚後における親権者でない父又は母は所謂親族扶養の義務を有するに止まるとの説を生ずるのであるが民法第八一九条は離婚の性質上父母が共同生活を営み得なくなる結果父母が子の監護教育を共同して行うことが事実上困難となりその効果を期待し得ない為に特に父母の一人を親権者と定めて事実上の監護教育をこの親権者をして行わせようとする趣旨で便宜的に設けられた規定に過ぎないものと解すべきである。従つてこの親権行使の為の便宜的規定の存するの故を以て直ちに前敍述のような親としての本来の義務である監護教育等を内容とする生活保持の扶養義務が離婚により引続き親権者たる地位にとどまると否とにより前者の場合は依然として生活保持の扶養義務を有し後者の場合はその責任が減ぜられ生活扶助の扶養義務を有するに至るものと解釈するわけにゆかない。上記学説のように解すると血縁と親子の情愛を本質的な基盤として発生する親子関係特有の生活保持の扶養義務は離婚により引続き親権者たる地位を有する父又は母のみがこれを有することとなるが親権を行う者は監護及び教育をする権利義務を有する旨の民法第八二〇条は監護教育の事実上の行使者の権利義務を定めたに過ぎずその義務を履行するについて要する費用の負担即ち扶養の義務をも監護教育をする義務の内容として設定したものではないから従つて離婚により親権者たる地位を失つた父又母の生活保持の扶養義務の性質は民法第八一九条、八二〇条の規定により何等変更を受くべきものではない、監護教育費の負担については離婚の際父母の協議又はこれに代る調停又は審判により定まる、この点について協議ができず親権者たる父又は母が事実上その費用を支弁していた際に子に財産なく親権者において何等かの理由で監護教育費の捻出に事欠くようになつた場合には親権者でない父又は母においても自力で独立して最少限度の生計を営み得る以上生活に余裕がないとしても子の監護教育の費用は生活保持義務の履行として可能な限りにおいてこれが負担をなし親権者が子に対し監護教育を事実上行うことが出来るようにそれに要する費用を負担することは親としての未成熟子に対する本来の義務である。従つて本件の場合においても申立法定代理人の申立の事実が疏明されるなら相手方において独立の生計を営み居る限り申立人の監護費用を幾分たりとも負担すべき義務があるものと云わなければならぬ。

相手方は協議離婚の際申立法定代理人において申立人の養育費等については将来何等の請求をなさない旨の約定があつた旨主張するけれども申立人はこれを否認して居りこのような主張は扶養を受ける権利の抛棄を意味するものであるからかかる権利の抛棄は法律上禁止されているところであり従つてその約定は結局無効であると云わなければならぬ。

そこで先づ申立法定代理人の現在の生活状況について審究するに申立法定代理人大木美子、大木忠雄、小山太一の各審問の結果、当裁判所調査官の調査報告、記録添付の筆頭者大木忠雄の戸籍謄本の記載を総合すれば申立人は昭和三十一年五月○○日(当満二年)生の女児で現在申立法定代理人と共に本件離婚以降同女の実父忠雄方に引取られ申立法定代理人は主として申立人並びに実兄の子供等の身廻りの世話をなし傍ら実家の農業の手助等をなして居り申立人は比較的身体が虚弱で病院通いすることも多く相当医療費も嵩み勝ちで両人とも忠雄から扶養せられ居る現状で申立法定代理人自身としては特別の収入もなく申立人の医療費衣食費等に事欠く状況にあることが認められる。従つて相手方において現在最少限度の独立の生計を維持し得る状況にあるならば相当額申立人の監護等に要する費用としてこれを負担すべきが相当であると思料される。

よつて次に相手方の現在の扶養能力について検討するに相手方本人並びに永島悟、安藤育生の各審間の結果及び当裁判所調査官の調査報告、医師日笠勘次の相手方本人に対する診断書の記載等を総合すれば相手方は離婚後昭和三十二年八月○日妻たみ子と結婚し菓子問屋藤本商店から菓子類を卸買して行商を営んでいたが同業者が増加した為商売も意の如くならず減収の一途をたどり加うるに同店に対する二〇、〇〇〇円近くの借金をつくつた為に同年十二月末頃右行商をやめ爾来自宅で実父悟の営む食糧加工(モチ類、パン、オハギ等の製造販売)業を手伝い専らその販売面の仕事に従事して居るが相手方は精神耗弱の常況にあり従つてその生活能力の点においても相当問題点があり現在同人の稼働により毎月平均三、〇〇〇円前後の収入を挙げている程度でありその余の相手方夫婦の生活費等は全部実父悟の扶助により生活を続けて居り自分自身の生活を維持するだけの収入も挙げ得ない状態にあることが認められる。

而して申立人並びに申立法定代理人(以下申立人親子と略称する)及び相手方は何れも現在独立の生計を営み得ず双方ともその実父の援助によりそれぞれ扶養を受けて生活をなして居ることは前認定の如くである。そこで現在申立人親子と相手方の生活状況を比較して何れがより高度の経済的苦境に直面しているかについて更に審按してみると、大木忠雄、永島悟の各審問の結果と当裁判所調査官の調査報告を総合すれば申立法定代理人方実家と相手方実家のそれぞれの家族構成、資産、負債、収入等を仔細に比較検討すると両家ともその生活を決して裕福ではないけれども相手方実家の生活が申立法定代理人方のそれより更に窮迫して居り相当苦境にあることが認められる。従つて本件当事者双方とも居候生活の為人知れぬ苦労のあることは充分察知出来るが一応それぞれ他の家族と同様の水準又はこれに近い生活を営んでいるものと推認出来るから相手方の生活は申立人親子の生活より更に窮迫しているものと認めざるを得ない、そうであれば前敍認定のように相手方は現在自力を以て自己の最少限度の独立の生計すら営み得ない状況の下にあるのみならず生活の困窮度においても申立人親子のそれに比してより深刻なる点のあることや申立人は現在既に満二歳を過ぎて居り離乳の点においては問題なく申立法定代理人においても早急に求職に専念し幸にして適当な就職先を求め得るならば不足勝なる申立人の養育費も幾分なりとも補充の道のつく可能性必ずしも無しとはせずその他本件記録にあらわれた一切の事情を考慮すると相手方は現在申立人を扶養するに足る資力を有しないものと判断せざるを得ない。このような相手方の現在の資力の状況では、相手方が申立人に対する愛情の発露として乏しきものは共に分つと云う殊勝な自発的好意から申立人を扶養しようと云うなら格別、申立人親子の苦衷もさることながら本件において相手方に対しそれ以上の法律上の義務を設定し申立人を扶養すべき旨を強制することについてはにわかに賛成し難く従つて申立人の相手方に対し扶養料を請求する本件申立は失当としてこれを却下せざるを得ない。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 新穂豊)

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