大分簡易裁判所 平成19年(ハ)458号 判決 2007年11月14日
大分市●●●
原告
●●●
同訴訟代理人弁護士
楠本敏行
大分市府内町一丁目6番3号
被告
株式会社 峯野
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人
●●●
同
●●●
主文
1 被告は,原告に対し,36万6815円及びうち金33万2218円に対する平成19年2月27日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1(主位的請求)
被告は,原告に対し,38万7619円及びうち金34万4306円に対する平成19年2月27日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
2(予備的請求)
被告は,原告に対し,32万4110円及びうち金23万9342円に対する平成19年7月5日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3訴訟費用は被告の負担とする。
第2主張
1 請求原因の要旨
(1) 原告は,貸金業者である被告との間で,平成7年9月28日付けで金銭消費貸借契約を締結し,以後平成18年10月16日までの間,原告提出の別紙Ⅰ記載の年月日に借入れ及び返済を繰り返した(以下「本件取引」といい,うち,①平成7年9月28日から平成11年6月10日までの各貸付けを「本件1取引」と,②平成13年6月21日から平成18年10月16日までの各貸付けを「本件2取引」という。)。
(2) 被告は,利息制限法を超過する約定利息で取引していることを認識しながら利息を受領しており,悪意の受益者であるから利息を付して原告に返還する義務がある(民法704条前段)。
(3) よって,原告は被告に対し,不当利得返還請求権(民法703条)に基づき,
ア 主位的に,本件取引が一連の貸付取引であるとして,(ア)38万7619円(①+②の合計金:①過払金残元金34万4306円,②同利息金4万3313円(平成7年9月28日から平成19年2月26日までの年6パーセントの割合による利息金)及び過払金残元金に対する平成19年2月27日から支払済みまでの利息金,イ 予備的に,本件取引が別個の貸付取引であるとして,(イ)32万4110円(①+②の合計金:①本件1取引につき,27万4672円(平成19年7月4日までの過払金残元金19万2564円及び利息金8万2108円),②本件2取引につき,4万9438円(平成19年7月4日までの過払金残元金4万6778円及び利息金2660円)並びに過払金残元金23万9342円(①の過払金残元金+②の過払金残元金の合計金)に対する平成19年7月5日から支払済みまで年5パーセントの割合による利息金,の各支払いを求める。
2 請求原因の要旨に対する認否
(主位的請求)
(1) 請求原因の要旨(1)の各事実のうち,原告主張の各取引日に貸付け及び返済のあった事実は認めるが,本件取引が原告主張の一連の貸付取引である点,原告提出の別紙Ⅰ記載の充当計算方法及び計算結果については争う。
(2) 請求原因の要旨(2)の事実のうち,被告が「悪意の受益者」であること,利息金を付して返還する義務を負っていることはいずれも争う。
(予備的請求)
(1) 請求原因の要旨(1)の各事実のうち,原告主張の各取引日に貸付け及び返済のあった事実,本件取引が原告主張の別個の貸付取引である点は認めるが,原告提出の別紙Ⅱ記載及び別紙Ⅲ記載の充当計算方法及び計算結果については争う。
(2) 請求原因の要旨(2)の事実のうち,被告が「悪意の受益者」であること,利息金を付して返還する義務を負っていることはいずれも争う。
3 争点及び当事者の主張等
(1) 本件各貸付けは,一連の貸付取引で,通算して元利充当計算をすべきか。
(原告の主張)
ア 本件取引のような一連の貸付取引において,過払金が発生した後取引が中断し,その後,再度の貸付けがなされた場合には,過去の利息制限法をめぐる最高裁の判例法理(昭和39年11月18日最高裁大法廷判決・民集18巻9号1868頁,昭和43年10月29日最高裁第三小法廷判決・民集22巻10号2257頁)に照らして,当事者の意思表示が特段なされなくても,当該過払金は当然に再度の貸付けに充当されるとの趣旨が維持されるべきであり,被告が,別個の貸付取引であるとの主張の前提をなす平成19年2月13日最高裁第三小法廷判決の法理を採用すべきではない。
イ 本件は,同一当事者間における金銭消費貸借であること,借入れや弁済のない期間が約2年間あるという理由で,既に発生した過払金をその後に発生した借受債務金に当然充当することを認めなければ,資金力を有する貸金業者(被告)と消費者(原告)との間で,著しい不公平を生じることになる。以上の趣旨をふまえ,本件取引を一連の貸付取引として,本件2取引の最終取引時までの一連の貸付取引計算を行うべきである。
(被告の主張)
ア(ア) 原告及び被告との間の本件取引は,以下の経緯により別個の貸付取引である。本件1取引は,①平成7年9月28日に30万円を被告の本店店頭で融資を受けた後,平成11年6月10日に原告が被告の銀行口座に1万0826円(残債務元金1万0511円,利息金315円)を返済したことにより完済終了したこと,本件1取引から約2年の中断後,本件2取引は,②平成13年6月21日に被告は原告の銀行口座に10万円を振り込み,平成18年10月16日まで取引がなされたが,貸付金の約定の返済は終了していないのであるから,本件1取引で発生した過払金が本件2取引の借受金債務に充当されることはない。
(イ) 併せて,以下の理由からも,本件1取引及び本件2取引は別個の貸付取引である。①本件1取引の各契約書は存在しないが,被告の作成した「交渉履歴」には「借用書貸付」と明記されていること,本件1取引期間中には少額の追加融資もないことなど,本件1取引の契約は借用証書による取引であるといえること,他方,本件2取引の取引期間中に作成された平成13年6月21日付け乙第3号証,平成14年8月22日付け乙第4号証及び平成16年9月6日付け乙第5証は,契約書式が異なるそれぞれ契約書により締結されていること(ただし,平成16年9月6日付け契約書は借入限度基本契約書である。),②契約番号が異なること(本件1取引は1-25311,本件2取引は1-18744),③本件1取引は,平成11年6月10日に完済終了した時点で,契約書を原告宅へ送付する旨の依頼があり,被告はその要請に基づき送付を完了し取引終了の意思表示がなされたことが被告作成の交渉履歴に記載されていること,④貸付審査について,本件1取引については原告の作成した取引申込書はないものの,本件2取引に当たって,被告は,本件1取引と同様,原告に対する本人確認,信用情報機関への照会,原告への聴取などの信用調査,原告の勤務先への在籍確認等を経て,各契約書を作成し貸付を実行したことなど,本件1取引と本件2取引との間には関連性はなく別個の貸付取引であるといえること,⑤貸付資金の利用目的について,本件1取引の利用目的の詳細は確認できないものの,本件2取引は「車検」の目的である旨記載されており,原告の資金利用目的からみても別個の債権であること,⑥本件1取引の完済から本件2取引の再貸付まで約2年の取引中断があることなど,本件1取引と本件2取引との間には関連性もなく,一連の貸付取引であるとはいえない。
イ 本件を,平成19年2月13日最高裁第三小法廷判決に照らしてみても,原告と被告との間には基本契約が締結されておらず,本件1取引にかかる借受金債務の各弁済金のうち,利息制限法所定の制限利率を超えて支払われた超過利息部分を借入金債務に順次充当すると,本件2取引にかかる借受金債務は,本件1取引について過払金が発生した平成11年6月10日以降に発生しており,本件1取引の際にも本件2取引が想定されていたとか,その貸主と借主との間に第1貸付過払金の充当に関する特約が存在するなどの特段の事情のない限り,本件1取引で生じた過払金となる部分は,本件2取引にかかる借受金債務には充当されない。
ウ 以上により,本件1取引と本件2取引とは別個の契約による貸付取引であるから,利息制限法所定の利率で再計算すると,本件1取引については19万2336円の過払い,本件2取引については4万6591円の過払いとなり,それぞれを合算すると23万8927円の過払いとなる(原告が本件1取引と本件2取引とを一連の貸付取引として過払元金が34万4306円が発生するとの主張はこれを容れることはできない。)。
(2) 被告は悪意の受益者か。
(原告の主張)
ア(ア) 民法第704条の「悪意」は,利息制限法超過利息の徴収に伴う不当利得返還請求においては,被告が利息制限法を超過する利息を徴収するについての認識があればよいと解する。貸金業法第43条1項の適用があると信じていても,悪意であることは否定されず,貸金業者である被告には,利息制限法について当然に知識があるから,利息制限法を超過する利率で取引をしている以上,貸金業法第43条1項の適用要件を完全に主張・立証しない限り,悪意であることは否定できない。
(イ) 悪意の推定を覆す事実の主張立証責任は,被告にあるので,被告が利得を受けることに「善意」であったことを基礎づける具体的事実を主張立証しなければならない。貸金業法43条の要件事実を充足するような適法な要件を具備した書面を原告に交付し,その書面の写しを保管し,訴訟において疎明できるほどに整えていない限り「善意」ということはできない。
イ 被告は,貸金業法43条の要件事実について,要件事実の主張を具体的に行わないばかりか,本件1取引及び本件2取引について,被告が原告との取引締結時に交わした「申入書」(乙第7号証)の存在につき,被告は,原告が家族に知れるとの理由で,貸金業法43条所定の18条書面である返済の都度発行,交付すべき受領証書を発行しなかったもので,貸金業法43条所定の要件の欠缺はない旨主張する。しかし,このような申込書が交わされたことにより,貸金業法43条の適用が排除されることについては法的な根拠はなく,本件1取引に至っては,内容不明の「交渉履歴」の「領収書発行拒否」との記載に基づいた勝手な憶測を主張しているに過ぎない。したがって,原告の弁済に当たっては,貸金業法43条の要件を充たさないことは明らかであり,被告の主張は,被告が単にその独断に基づいてみなし弁済が成立すると判断していただけであり抗弁としては成り立つものではない。
ウ 以上により,被告は悪意の受益者であり,商人でもあり利得物を営業のために利用し収益を上げているので,過払金が発生した時点から悪意の受益者として商法所定の年6パーセントの割合による「利息」を負担すべきである(なお,予備的請求についてのは民法所定の年5パーセントの割合による。)。
(被告の主張)
ア 客観的には,利得に法律上の原因が認められない場合であっても,不当利得者がその利得に法律上の原因があると認識していた場合には,「悪意の受益者」にはあたらないこと,かえって,悪意の受益者に対する利息付不当利得返還請求権は,通常の不当利得返還請求権の成立要件に加えて,特に「悪意」が必要とされるのであるから,これを請求する原告側で「悪意であること」の主張立証責任を負担すべきである。
イ 本件2取引契約締結時,原告は被告に対して申入書(借用証書貸付で貸金業法43条のみなし弁済の適用を受けるために,顧客に領収書の発行をする際に,顧客が領収書送付を何らかの事情(本件は家族に内緒のため)で拒否される資金需要者に対して発行する)を,本件1取引契約締結時にも,同様に申入書を提出している(交渉履歴には「領収書発行拒否」との記載がある。)。このように,被告としては,本件1取引及び本件2取引とも貸金業法43条のみなし弁済の適用を受けるために対処したが,原告が自ら放棄したものであって,このような経緯から被告は「悪意の受益者」には該当しない。
ウ 原告は,過払金残元金に対する利息金の利率を年6分の割合による旨の主張をするが,平成19年2月13日最高裁第三小法廷判決において年5分の判決があるので,原告の主張は不当である。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1)ア 原告及び被告との間で,本件取引のうち,①本件1取引が行われたこと,②その期間中である平成9年6月26日に,原告が被告から借り受けた30万円については,従来の貸付けの切換え及び借増し手続であったこと,③本件2取引が行われたこと,④本件1取引と本件2取引との間には約2年間の取引中断期間があることついてはそれぞれ争いはない(争いのない事実及び弁論の全趣旨)。
イ ところで,原告の資金需要に伴い,あらかじめ原告及び被告との間では,極度額借入基本契約(以下「基本契約」という。)の締結にかかわらず,後日,被告(貸金業者)が原告(資金需要者)に融資した金員の返還を求める根拠は,現実に金員を融資する都度成立する金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求権である。そこでは,基本契約の締結があった場合には,原告及び被告との間で,「反復継続」する取引関係が予定されているとはいえるものの,「反復継続」とは,いったん完済に至るまでの間に,再度の資金需要に応じて金銭の各貸付けを受け,これに対する各弁済を行うことと解されるから,いったん完済に至った以降については,原告(資金需要者)の資金需要に一応の満足が認められることになる。そうすると,再度,資金需要が発生した場合,被告(貸金業者)から融資を受けるかどうかは原告(資金需要者)の個別事情にまったく委ねられるから,「反復継続」という当事者の認識の中に,将来再度必ず融資を受けるという明確な想定はなされているとはいえないことになるから,基本契約が締結され貸付取引が開始した後,いったん完済に至った後の契約上の実益は,主として原告(資金需要者)が,前回の実績・信頼の下,原告の与信状況に大幅な変更がない限り,煩雑な契約手続を経ることなく,もう一度新たに融資を受けることができる地位を留保しているというふうに解することができる。
ウ 以上を前提として,本件1取引を構成する個々の貸付けが反復継続的に行われた後,利息制限法所定の利率で再計算し過払金が生じた場合,それが本件1取引から生じたと認められる限り,弁済当時に存在しない借受金債務についても,原告は当該過払金を充当すべき債務として,将来の借受債務金に指定したものと推認できるものの,本件1取引と本件2取引が基本契約を異にする場合,あるいは本件1取引の最終弁済日から本件2取引がなされる期間の長短などから,弁済時に本件1取引にかかる各貸付けとはいえない場合には,特段の事情がない限り,原告が当該過払金を充当すべき借受金債務として将来発生にかかる債務を指定したと推認することはできないから,当該過払金は本件2取引から生じた借受金債務には充当されないと解するのが相当である。
(2)ア 以上の基本契約の特質等をふまえて以下検討する。本件記録上,被告は,本件1取引については,借用証書による貸付けであるが,それは存在しない旨述べる。確かに,証拠上基本契約書はなく,あらかじめ原告及び被告間において,本件1取引開始時に,基本契約が締結され,基本契約に基づいた貸付取引とまで認めるには至らないものの,争いのない事実及び弁論の全趣旨によると,平成9年6月26日に行われた30万円の貸付けが,従前の貸付けの切換え及び借増しの手続を経たことについては当事者双方に争いのない事実であること,原告の本件1取引の返済状況をみても,借り受けた後,平成11年6月10日に至るまで定額の返済が行われるなど,原告は,元利均等分割返済を行ったと推認できる。返済の途中,返済を滞るなど与信状況につき問題視するような特段の事情もない。そうすると,本件1取引に当たっては,原告及び被告との間で基本契約が締結されることがなかったとしても,基本契約が締結されたと同様の反復継続した貸付け及び返済が行われたと認められ,一連の貸付取引であったと推認することができる。
イ 次に,【本件2取引について】みると,証拠(乙第3号証,乙第4号証,乙第5号証及び乙第6号証)及び弁論の全趣旨によると,①平成13年6月21日付け貸付取引(乙第3号証)に当たって作成された『みねの会員入会申込書』(乙第6号証)によると,借入希望額が10万円とみとめられること,②平成14年8月22日付け貸付取引(乙第4号証)は,いずれも限度額が10万円の貸付取引であること,また,③平成16年9月6日付け貸付取引に当たって作成された借入限度基本契約(乙第5号証)によると借入限度額を50万円の枠内で設定したということ,前記③については,証拠上新たに基本契約が締結され,キャッシュカード及びカード会員規約の授受が行われたことが窺われるものの,その取引状況は,従前と同様10万円の借受金債務の元利金等分割返済であったことが窺われ,その貸付取引態様等は,本件2取引における前記①及び②と同様であるなどの事実が認められる。
また,原告が,本件2取引における分割返済に当たって選択した元利均等分割返済は,本件取引にかかる借受金債務が長期返済にわたっても,順次元本への充当が減少し超過利息への充当額が増加を伴う取引方法を希望していることを窺わせるものといえる。それらを併せ考慮しても,原告は,本件2取引における前記①及び②の貸付取引態様等も本件1取引と同様の貸付取引で推移させる意思であったと推認できる。
ウ(ア) ところで,被告は,本件2取引の開始に当たって,原告に対し与信状況等に関する新たな信用調査等を実施した旨主張する。平成13年6月21日付けで作成された乙第3号証中には,従前の貸付けの債務欄への記載事項である契約番号,残元金,利息及び損害金の記載が存在しないことから,新たな契約が締結されたことが窺われる。しかし,他方,貸主である被告が,新たに受け取った書面等の記載(乙第3号証の第2条)もないこと,同日作成された乙6号証において,貸付け当日に被告が原告に対して提出を求めた確認書類としては,健康保険証及び運転免許証であって,他に原告の返済資力等の基準となる給与証明書,源泉徴収票,収入証明書あるいは住民票の提出は求めておらず,年収欄,月収欄への申告額は原告による記載に止まっていることなど,約2年間の取引中断期間経過後の与信審査としては,被告が主張するような厳格な審査手続によったとは認められず,他に本件記録上それらの事実に反する証拠もない。
(イ) また,被告は,本件2取引における契約書の書式,契約番号等が本件1取引とは相違していることなどを根拠に,別個独立の貸付取引である旨主張する。貸金業法においては,業務の適正化の見地から行政的な規制等をその目的として併せ持つものであっても,その記載内容等は私法上の取引経過等としてみた場合,その契約過程等が正確に反映されているといえないばかりか,それらの記載の正確性までもが担保されているとは必ずしも言い難い。まず,書証として提出される「省令第16号第3項に基づく書面の写」,あるいは基本契約書等の写しにおいては,貸金業法所定の一覧性,厳格性の要件等を満たすものであればよく,書式の異同によって取引当事者間の別個独立の貸付取引を峻別できるとはいえない。また,契約番号についても,貸金業者である被告において顧客管理上付されるものであって,貸付取引の相当事者である原告が外部から認識しても,それがどのような意味を持つのかは判然としないこと,被告の主張に当たっても,別異の番号を付すことが契約当事者を峻別するのか,契約内容を峻別するのか,あるいは取引態様のいずれを峻別するのかが具体的な主張としては判然とはしておらず,後日の紛争を防止する観点からみて,必ずしも一義的,明確性を持ち有意義であるとはいえない。他に,本件に顕れた証拠及び弁論の全趣旨によっても,原告及び被告との間で,新たに別個の貸付取引として本件2取引が開始したとは認めらないから,本件2取引は本件1取引の与信状況等を利用して行われた貸付取引であったと推認できる。
(3)ア ところで,被告が,本件取引における書証として提出する台帳(乙第1号証の1及び同号証の2)は,貸金業者は,貸金業法第19条により備付けを必要とする重要な帳簿の一つであり,債務者ごとに作成を要求される顧客別勘定元帳である。それは,継続的に業務の内容を記録,保存することが要求され,営業所等に帳簿として備え付けることが要求され,特にコンピュータ管理については問題点等も指摘されているところである。
イ また,被告主張の根拠をなす「交渉履歴」は,同法第19条により要求された記載事項のうち,「その他内閣府令で定める事項」(内閣府令第16条第1項)にその根拠を有する「交渉の経過の記録」を含んだ事項を指すものと考えられること,その趣旨は,業務の適正を確保し,虚偽による債権管理や水増し請求,不正な取立て等を防止するためには,交渉の経過を記録し,これを保存する必要があることなど,交渉の経緯を正しく記録させることにより,これらの防止に役立てる目的で設けられた条項であること,その記載内容については交渉の担当者,日時,内容であることなど,貸金業者が業務の運営の適正化と貸付けに関する紛争を将来にわたって未然に防止しようとする趣旨に基づき規定された貸金業法の立法趣旨に沿った内容となっており,その違反に対しては,行政処分,罰則及び貸金業法第43条の適用が排除されるなど,その業務に関する帳簿の記載,備付けなどには貸金業者に不利益が課せられている。
ウ 上記の趣旨をふまえて本件についてみると,従前の貸付けの切換え及び借増し手続について,本件取引状況を一覧できる台帳(乙第1号証の1及び同号証の2)の取引区分欄によると,本件1取引については,〔No.23「持参」,No.24「更新」〕,本件2取引については,〔No.16「持参」,No.17「再貸」〕,〔No.42に「振込F」,No.43「再貸F」〕との記載がある。しかし,他方,同様の記載事項は,法定利息計算書(乙第2号証の1及び同号証の2)の取引区分欄の記載によると,本件1取引については,〔No.23「入金」,No.24「更新貸付」〕,本件2取引については,〔No.16「入金」,No.17「再貸付」〕,〔No.42に「入金」,No.43「再貸付」〕などと記載されており,私法上の取引内容としては貸付け切替え及び借増し手続と評価される場合でも,取引区分の各記載内容については整合性を区々欠いている。
ところで,前記台帳の記載内容は,貸金業法所定の罰則規定に裏打ちされ,その記載内容の適法性,正確性等については一応担保されているとはいうものの,前記台帳に記載された「持参」については,それが私法上の法的評価としての「持参」債務を意味するのか,業務処理に当たってのコンピュータの入力方法によるものかも貸金業者以外には判然としない。
また,原告が被告営業所に約定借入金返済を「持参」して,返済を終えた後,接着した時間に新たな貸付けが行われた場合,「再貸」についてはともかく,「更新」との記載についても,基本契約締結の存在を伴うのか否かなどによって別異に解釈される余地があることから,最終的には契約当事者間で交わされた「省令第16条第3項に基づく書面の写」,あるいは基本契約書等の写しの存在と照らし合わせて判断するしかなく,そうすると,本件1契約について上記書面等が存在しない旨の被告の主張は,私法上の取引経過等の判断に当たっては,その提出の可否により貸金業法上の契約書面に求められる一義的,明確性を逸脱して法的な解釈が行われる危惧感があり,貸金業法の趣旨である後日紛争の防止の防止の観点とは裏腹に紛争拡大に道を開くというべきである。
しかも,本件においてみられるように,本件1取引については被告の主張が中心をなし,本件2取引における契約書面等を証拠書類として提出し,本件取引が別個独立の貸付取引であるとの主張をなす手法にあっては,当事者間で行われた本件1取引における実際の契約書等との整合性を欠く結果にもなりかねず,事実認定においても少なからず影響があるといわなければならない。
エ 不当利得返還請求権の行使期間が,取引終了期間経過後10年間にわたり行われ,基本契約の有無あるいは契約個数の判断が事実認定の問題として推移していることを考慮すれば,業務規制による3年間の保存年限にも疑問がある。本件1取引については,書証として提出されるべき「省令第16号第3項に基づく書面の写」,あるいは基本契約書等の写しが,後日の紛争防止のために存在しているとの疑念も払拭できず,他に弁論の全趣旨をふまえても上記備付け帳簿等の記載内容を根拠に,被告が,本件取引は2個の独立した別個の貸付取引である旨の主張はこれを認めることはできない。
オ 以上により,本件取引においては,上述したとおり,特段の事情があることになるから,本件1取引の最終弁済日から本件2取引がなされるまでの中断期間が約2年間あるものの,本件1取引の最終弁済日までに発生した過払金は,原告が当該過払金を充当すべき借受金債務として将来発生にかかる債務を指定したと推認することができることになり,当該過払金は本件2取引から生じた借受金債務に充当されると解するのが相当である。
2 争点(2)について
(1) 貸金業法上,被告が当該原告との間の消費貸借契約と同時になされる利息契約に基づき,利息制限法を超過する利息の徴収は貸金業法第43条第1項の所定の要件を主張・立証して初めてその徴収が可能となる。貸金業法第43条第1項の個々の要件である貸金業法第17条書面,同第18条書面の交付等について,個別明確に主張・立証することが必要となる。しかし,被告は,貸金業法第43条の成立要件のうち,同18条の交付書面の充足可能性につき主張をするのみであり他に立証活動を行わない。すなわち,原告に対して,あらかじめ原告が「申入書」を作成提出したことをもって,同43条の要件のうち同法18条所定の書面交付の主張,立証が可能である旨窺われるところ,同法18条所定の書面の作成交付は,資金需要者である原告及び貸金業者である被告との間の後日の紛争を防止するために,各分割弁済の都度作成交付を要求されるものであって,あらかじめ原告の懇請によってなされるとはいえ,貸金業法43条の解釈上,その趣旨を没却する解釈は採られていないといえる。
また,被告は「悪意の受益者」としての認識の欠如,あるいはその可能性の欠如についても述べるが,貸金業者である被告が利息契約に基づき利息制限法を超過する利息を徴収していることは,容易に推認できることなど,他に「悪意の受益者」でないとの「特段の事情」もない本件においては,いずれも被告の主張自体容れることはできない。
(2) 他に,悪意の受益者については,悪意の時から利息を付して返還することは,民法解釈上あるいは判例法理により導き出されることから,被告が,不当利得返還請求権による過払金の返還債務が期限の定めなき債務であること,被告が悪意性の認識の欠如,あるいはその可能性のなどを根拠に,過払金元金に利息金を付加しない旨の主張もこれを容れることはできない(なお,利息金の利率については,年5パーセントによることが最高裁判例により認められている。)。
4 結論
以上により,本件取引が一連の貸付取引と認定できるから,原告の不当利得返還請求権に基づく過払金の請求,及び利息金の付与についても,被告が悪意の時から年5パーセントの限度で理由がある。そこで,その取引内容に沿って利息制限法所定の利率により再計算を行い,利息制限法を超過する利息を各取引の時系列により順に算出した結果は,別紙Ⅳのとおりである。
すなわち,本件取引による過払金合計金として36万6815円(平成19年2月26日までの過払金残元金33万2218円及び利息金3万4597円)並びに過払金残元金33万2218円に対する本件取引による各過払金元金の発生日の後日である平成19年2月27日から支払済みまで年5パーセントの割合による利息金の各支払いの限度で認容することとする。
また,訴訟費用の負担につき,民訴法61条,同64条ただし書きを適用し,仮執行宣言につき民訴法259条1項を適用して主文のとおり判決する。
(なお,本件においては,原告の主たる請求を一部棄却したため,民訴法64条本文の適用の可否が問題となるところ,棄却部分の審理につき証拠調べ等の費用を要していない事情なども考慮し,民訴法64条ただし書きを適用する。)。
(裁判官 安田辰夫)
<以下省略>