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大津地方裁判所 平成10年(わ)250号 判決 2000年11月16日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中右刑期に満つるまでの分を右刑に算入する。

本件公訴事実中覚せい剤取締法違反の各事実(平成一〇年六月一一日付起訴状記載の公訴事実第一及び第二の各事実)につき被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、森下正一と共謀の上、平成八年七月二九日午後零時過ぎころ、滋賀県甲賀郡甲南町大字深川市場六一番地所在の酒類販売業木村茂博方店舗前において、同所に駐車中の普通貨物自動車内から同人所有に係る現金約九〇万円及びビール券等約五三点在中の鞄一個及び財布等七点在中の鞄一個(物品時価合計約三万七五〇〇円相当)を窃取したものである。

(証拠の標目)省略

(窃盗の事実につき有罪を認定した理由)

被告人及び弁護人は、判示窃盗につき被告人は全く関与していないから無罪である、と主張するが、当裁判所が有罪を認定した理由は以下のとおりである。

判示の日時場所において、判示の窃盗被害事実(以下、本件窃盗という。)があったことは争いがなく証拠上も明らかであるところ、証人森下正一は、平成二年ころ水口警察署留置場で同房の被告人と知り合い、その後吉田了と共に三人の共犯窃盗事件で処罰され、被告人及び吉田も同じ名古屋刑務所で服役した、平成八年一月に被告人が仮出獄した、続いてその後同年五月八日に自分も仮出獄し、同年七月二七日ころ、被告人の上野市の自宅を訪問し、泊めてもらった、七月二九日朝、二人でびわこ競艇場に遊びに行こうという話がまとまった、その際所持金が十分無いので競艇場に行く途中の小道で車上狙いをしようと提案したら、被告人も「ほな行こうか。」と同意し、被告人運転の車で昼前ころ被告人宅を出発した、本件窃盗現場で被告人が車を止めたので自分が降りて付近に止まっていた白いバス型の小型車の中を覗くと鞄が二つあったが金目の物が入っている気配ではなかったので戻って被告人に相談したところ、「取ってみんと分からん。」と言われたので開いていた窓から鞄を二個盗んだ、その後同所から発進した被告人運転の車両内で鞄を開け、現金九〇万円位、ビール券の束をそれぞれ被告人と半分ずつに分けて取り、その他は捨てた、その後びわこ競艇場に到着し、ゲートでうちわを二本もらい、しばらくして前の窃盗仲間の前記吉田に偶然再会した、最終の優勝戦になったときに、被告人がいわゆる呑行為を誘ってきたのでこれに応じて四万円を賭けたら的中し、被告人から現金二〇万円位の支払いを受けることとなったが帰宅してからということでその場では精算せず、吉田も乗車して三人で被告人宅に被告人運転の車で戻った、前記うちわはそのまま被告人宅に持ち帰った、その日の午後七時半か八時半ころ吉田と共に被告人宅を出たが、前記払戻金のうち五万円のみを被告人から受け取った、賭け金の残額はその後特に請求もしていないが受け取ってもいない、と被告人とともに窃取したという判示事実に沿う供述を、公判廷においてしている。

右供述内容について、被告人及び弁護人は、森下が競艇の賭け金の未払いなどのなんらかの事情により被告人に恨みを懐き、被告人に罪をかぶせるための虚偽供述をしている疑いがあり信用性が無い、そもそも被告人が本件当日びわこ競艇場に出かけた事実はない、と主張する。

しかしながら、前記森下は本件窃盗等の事実により有罪の判決が確定し服役中に前記証言をしているから、同人が自己の刑責に全く影響しない時点でことさら虚偽供述をしてまで旧知の被告人を罪に陥れる動機は乏しく、また平成八年時の前記未払い賭け金の恨みをいまだに持ち続けて被告人に不利益供述をするとも考えにくいから、森下供述には一応の信用性を認めるのが相当である。

さらに、甲五〇及び五三号証の捜査報告書によれば、平成一〇年五月六日の被告人方の捜索の際、居間の洋服ダンス最上部に置かれたうちわ二本(平成一〇年押第八〇号の符号2)を発見押収した事実、右うちわは平成八年七月一三日から同年八月二七日の間にびわこ競艇場で配布されたものである事実が明らかである。

そうすると、日時は確定できないものの、平成八年の夏ころ被告人と二人でびわこ競艇場に出かけたとの範囲で森下供述には客観的な裏付けがあるといわざるを得ない。

また証人吉田了も、平成八年七月二九日、前日に森下から連絡を受けてびわこ競艇場で待ち合わせた、すると森下が被告人とともに現れた、優勝戦には森下が被告人の呑行為に四万円を賭けた、その後三人で被告人宅に戻ったがその際の車の運転は自分がした記憶であり、車内にびわこボートと書かれたうちわが一、二本あったのを見た、と前記森下供述の基本的部分を裏付ける供述を、公判廷においてしている。

右吉田は、森下と異なり本件窃盗とは全く関係がなく、被告人とも森下とも顔見知りであり、特に森下に迎合して被告人に不利益な虚偽供述をする動機は考えにくく、その供述内容は動かし難いと考えられる。

そうすると、被告人は、平成八年七月二九日に、森下とともにびわこ競艇場に出かけた、と認めることができる。

これに対して、弁護人は、右吉田は前記名古屋刑務所受刑前に被告人宅で古い一万円札を盗んで被告人に叱責されたことがあったため恨みを持っている可能性があり、またびわこ競艇場で出会った経緯、びわこ競艇場からの帰りの車の運転手や運転経路について森下供述と異なっており、必ずしも森下供述を裏付けていないと主張するが、右吉田供述は、平成一一年二月二五日の公判期日になされたもので、前記のような古い過去の恨みで被告人を陥れるとは到底考えられないし、森下供述と細部で合致しないとしても、びわこ競艇場で森下と同時に被告人を見かけ、最終戦に森下が被告人の呑行為に応じていた、うちわがあったという被告人の本件犯行に対する関与を裏付ける重要な部分については一致しており、二年以上前の出来事に関する事柄であることを考慮すると、すべて一致しないからといって必ずしも不自然とは認められない。

以上によれば、被告人と共謀のうえ本件窃盗を行ったとの森下供述は、うちわの存在と吉田供述に裏付けられており十分信用することができる。

従って判示のとおり認定した。

(累犯前科)

被告人は、平成六年四月二八日上野簡易裁判所で窃盗罪により懲役二年に処せられ、平成八年二月一七日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の前科調書及び右宣告日付の判決書謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六〇条、二三五条に該当するところ、被告人には前記の前科があるので刑法五六条一項、五七条により再犯の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中右刑期に満つるまでの分を右刑に算入する。

訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

一  無罪とした公訴事実の要旨

本件公訴事実中、平成一〇年六月一一日付起訴状記載の覚せい剤取締法違反罪の公訴事実の要旨は、「被告人は、第一 法定の除外事由がないのに、平成一〇年四月中旬ころから同年五月一日までの間、二重県下もしくはその周辺において、フエニルメチルアミノプロパン又はその塩類を含有する覚せい剤若干量を自己の身体に摂取し、もって覚せい剤を使用し、第二 同年五月六日、肩書住居地の被告人方においてフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤約〇・四二三グラムをみだりに所持したものである」というのである。

二  被告人、弁護人の主張の要旨

これに対して、被告人及び弁護人は、平成一〇年五月一日、被告人は本件窃盗事件の通常逮捕状の執行により被告人の住居付近で逮捕され大津警察署に連行された後、尿の任意提出に応じた結果、右尿から覚せい剤成分が検出され、その後右検出結果等を疎明資料として発付された被告人の自宅に対する捜索差押令状により自宅から覚せい剤が発見されたという捜査経緯により、本件覚せい剤の使用及び所持の事実が立件されているが、被告人の右逮捕手続には重大な違法がある、すなわち、逮捕の際に必要な逮捕状の呈示がなされていないのに、抵抗する被告人を実力で制圧した、という重大な違法手続がなされているから、その後の逮捕中の尿の任意提出により得られた尿の検査結果回答書等、右逮捕の結果得られたと認められる証拠はすべて違法収集証拠として排除されるべきである、また予備的に被告人の覚せい剤の自己使用と所持の事実そのものの存在も否認する、というのである。

三  逮捕状呈示の有無

(一)  当裁判所に保管中の、被告人に対する本件窃盗を被疑事実とする逮捕状(以下、本件逮捕状という。)によれば、本件窃盗事実とほぼ同様の被疑事実を記載した別紙一枚を添付した逮捕状が平成一〇年三月二三日大津簡易裁判所裁判官から発付され、同逮捕状には、同年五月一日午前八時二五分三重県上野市車坂町六五五番地の一〇柿之木団地、土田安子方前路上で司法警察員警部補横山寛が被告人を逮捕し、同日午前一一時に大津警察署に引致した、との記載がなされていることが明らかである。

(二)  被告人に対する右逮捕手続に従事した警察官である証人横山寛、同佐多実、同髙橋敬寿の三名は、平成一〇年五月一日に本件逮捕状を持参して大津警察署から三重県上野市所在の被告人宅に向かい、被告人宅前で被告人を発見し、任意同行を促すため一旦被告人の自宅内に入り任意同行に応じるよう説得した、その際被告人から逮捕状を見せるように要求があったがその時点では見せずなお説得しようとしたところ突然被告人が屋内から逃走したため追跡し、被告人宅付近の逮捕状記載の場所で逮捕状の執行に移行し、実力で被告人を制圧して逮捕した、その際横山警部補が持参していた逮捕状を佐多巡査部長に渡し、同部長が被告人にこれを示すとともにその要旨を読み聞かせた、逮捕した被告人を、捜査車両に連行して大津方面に向かった、大津警察署に到着後、逮捕時の被告人の負傷について医師の診察を受けさせた、と概ね一致して逮捕状を呈示して逮捕した旨の供述をしている。

これに対して、被告人は、逮捕状を見せろと要求したのに一切の応答はなく、警察官三名に実力で押さえつけられた、と全く相反する供述をしている。

(三)  当日の状況につき、被告人の自宅の近隣に居住する証人小澤志津(証言時六九歳)は、平成一〇年五月一日午前中に被告人が近隣の宮川宅から出て勝手口で小澤夫婦に向かって「助けてくれ、上野警察を呼んでくれ。」と繰り返した、警察を呼ぼうとしたら警察手帳を持った男が来て「関係ないので呼ばなくていい。」と言ったのでそれ以上なにもしなかった、被告人が逃げてきたときは水色碁盤目の半袖のパジャマを着ていたが、電柱のあたりでこけたので追いかけてきた警察官らしい男達に捕まった、そこで紐で巻かれていた、その際は被告人は上半身裸で右腕のあたりに怪我をしていた、自分の見ていた範囲では逮捕状を示す、あるいは読み聞かせようとするような言動は全く見ていない、夫が警察官に「逮捕状は持っているのか。」と聞いていたが、その後夫が死去しその返事については聞いていない、と前記警察官らの供述と全く矛盾する供述をしている。

同証人は、被告人の近所に居住する顔見知りの主婦であり、被告人や被告人の姉から再三依頼されて当日の状況について被告人宛の手紙を書いたとされていたが、前記証言の際には、当日の状況について被告人の姉に話をしたことはあるが自筆の手紙を書いたことはない、右手紙の署名も自分のものではない、姉が代筆したという自分の目撃供述のうち、捕まえに来た男達に「逮捕状を持っているのですかと聞きましたところ外で捕まえたからいらない」と聞いた旨自分が言ったとの内容は違っている、そんなことを姉に言った記憶はない、と被告人に不利益な内容も供述している点、その他同証人には本件には全く利害関係がうかがえない点をも考慮すると、同証人は全く中立的な立場にあると認められ、その証言内容の信用性は極めて高い。

すると被告人に逮捕状を示し、被疑事実を告知したとの前記警察官らの行動は、検察官主張のように同証人がたまたま家に入ったときなど目撃していない時間帯に行われたと考えざるを得ない。

しかしながら、同証人は顔見知りの被告人が突然助けを求めて来たという異常な状況に直面したのであるから、成り行きを興味をもって見守っていたと考えるのが合理的であり、室内に入っていたとしてもわずかの時間と考えざるを得ない。現に同証人は被告人の逮捕前後の着衣の変化を記憶している上、被告人が「こけたので捕まった。」と供述している部分については、前記髙橋証人も電柱のあたりで被告人を捕まえたとき勢い余って被告人とともに転んだと供述をしており、客観的事実に合致している。

さらに小澤証人に対する前記期日外尋問の前に録取された同証人の検察官に対する平成一一年一一月一六日付供述調書にも「房川さんはまた逃げ出したところ、電柱のあるあたりで捕まってしまったのです。」との記載があり、同証人が逮捕時を目撃したことを裏付けている。

そうすると同証人が逮捕の現場そのものを目撃した事実は動かし難いというべきである。

以上によれば、前記警察官らの供述には合理的な疑いを入れる余地が認められる。

(四)  さらに前記警察官らの供述には以下のような種々の不合理な内容が認められる。

<1> 逮捕状に折り目がない点について

第一〇回公判調書中の検証調書によれば、裁判所に保管中の本件逮捕状の外観を詳細に検証した結果、被疑事実の要旨を縦書きに記載したB五判用紙一枚には、ほぼ中央部に縦の折れ線が明瞭に認められ、他方右用紙を添付し令状発付裁判官が契印している逮捕状の要件等記載の表紙部分のB五判用紙には契印の際の上部の折れ目以外に、裏の被疑事実記載の用紙に対応するような縦に通った折れ線の跡は全く認められない。従って本件逮捕状は一体として折り曲げて保管ないし移動された形跡は皆無である。

この点につき、前記横山証人は、主尋問においては、逮捕直前までズボンの左後ろポケットに半分に折って入れていた、逮捕時にはそこから出して佐多証人に渡して呈示と読み聞けをさせ、その後返してもらってまたズボンのポケットに入れた、被告人を逮捕した後捜査車両に連行する途中被告人が物干し台のような物にしがみついて抵抗したのでもう一度逮捕状を示して説明した、逮捕状はゆっくり広げて示すような余裕はなかった、と当日の混乱した様子を具体的に供述した。

ところが補充尋問の際、前記逮捕状の形状を示して質問されたところ、逮捕状をどこに持っていたか、やや記憶がはっきりしないと供述を変遷させた。

右横山証言の次の公判期日になされた髙橋証人の尋問の際に、髙橋証人は横山警部補が上着の内ポケットに柔らかく半分に折りながらポケットに入れていたと思います、と折り目について合理的に説明できるような供述をし、さらにその次の公判期日において、佐多証人も横山警部補がジーンズ生地の上着の胸から出した逮捕状を受け取って被告人に呈示した、と供述した。

しかしながら、逮捕状の呈示の有無が争点であると冒頭段階で明確に特定されていた本件公判において、逮捕状を現実に持参したという横山証人がズボンの左後ろポケットに半分に折って入れていたと具体的に供述した点は重大である。そのような態様で大津市から上野市の間を自動車内に座って往復した場合、逮捕状の表紙部分に折れ目がつかないことはあり得ないと考えられるからである。

これに対して同行した他の警察官が見てもいないのに上着の「内ポケットに柔らかく入れていた」などと供述するのは、逮捕状の形状と横山供述が符合していない点を後から合理化しようとしているのではないかとの疑いを払拭しきれず、信用できない。

<2> 捜索差押令状を持参しなかった理由について

前記警察官三名は、被告人の逮捕状は持参したが、すでに発付されていた被告人宅の捜索差押令状は持参しなかったと供述し、その点について、通常は一緒に持っていくのではないかと検察官が横山証人に質問したところ、当日人手が足りず三名で出発せざるを得なかったので、まず任意同行を求め、応じない場合は逮捕状を執行する予定であった、その場合でもできるだけ大津警察署まで任意同行の形式とし、大津警察署で逮捕状を執行する予定であった、そうすると逮捕と同時に捜索をするには、被告人以外の立会人を探すこととなるがその確保が困難となるので捜索差押令状は持参しなかった、と供述した。

しかし、髙橋証人は、他方で内部資料によって被告人がかねて否認したり逃走したりする傾向が顕著な要注意被疑者であるとの情報を把握していた、とも述べており、そうすると被告人が少なくとも大津警察署までの任意同行に応じると想定をしていたとの前記横山証言には疑問があるうえ、そのような人物でしかも地理や周辺情報に乏しい遠隔地所在の被告人逮捕にわずか三名の警察官で出向いたとの横山供述にもいささか無理がある。

むしろ右警察官らは、逮捕状発付から逮捕までの間、数回にわたり上野市に出かけて被告人の動静をうかがったが被告人の所在を確認できなかったと供述しているから、本件逮捕時にも同様の動向捜査に赴いたところ、たまたま被告人に遭遇したため任意同行を求めたが逃走されそうになった、という経緯ではなかったかと推認するのが相当である。そうすると当日に被告人と遭遇するとは必ずしも予期せず、いわば日常的な捜査業務の一環として出発したため、逮捕状、捜索差押令状の準備の確認等の基礎的点検を怠った可能性も考える余地がある。

<3> 逮捕状を二度呈示したとの横山証言について

横山証人は前記の如く、佐多証人の逮捕状呈示によって逮捕した後、被告人がなおも物干し台のような物にしがみついたのでそこでもう一度念のため逮捕状を呈示し要旨を告げたと供述しているが、すでに逮捕し手錠、捕縄をかけた状態の被告人に対してそのような重複した呈示がなされた理由が必ずしも明確ではないうえ、前記髙橋、佐多両証人は、被缶人が物干し台のような物にしがみついているのを見たと供述しているものの、二度目の呈示については全く供述していない。

この点についての横山証言にも疑問が残る。

四  小括

以上検討した結果によれば、本件逮捕状を現場で呈示したとの前記三警察官の供述は、その内容自体に変遷や不合理点があるばかりか、信用性の高い小澤証言と合致せず、逮捕状の形状とも矛盾しており到底信用することができない。

五  逮捕状不呈示の及ぼす法的効果

逮捕状による逮捕については、刑事訴訟法二〇一条一項により「逮捕状を被疑者に示さなければならない」と定められているから、その呈示がなされていない疑いのある本件逮捕は違法といわざるを得ない。

なお関係証拠によれば、被告人は本件逮捕後、大津警察署に引致され、その当日に尿の任意提出に応じたとされているが、その態様は、腰縄を付けたまま排尿させるというものであり、かつ違法逮捕の影響を遮断するような特別な事情も記録上全くうかがえない。右尿の検査結果回答書は、正式には逮捕の日である平成一〇年五月一日から一週間後の五月七日付で作成されているが、被告人宅に対する覚せい剤取締法違反容疑の捜索差押令状がその前日の同月六日に発付されているから、右令状は、被告人の尿から覚せい剤成分が検出されたとの検査結果を電話聴取書等で確認し、その他被告人の同種前科の存在等を疎明資料として発付されたことは容易に推認できる。

そうすると弁護人主張のように、逮捕手続の違法が令状主義の精神を没却するような重大なものと評価され、かつ証拠として用いることが将来の違法捜査抑制の見地から相当ではないと認められる場合には、その違法な逮捕手続の結果得られたと認められる証拠は違法に収集された証拠として有罪の証拠としては用いることができないこととなる(最高裁判決昭和五三年九月七日刑集三二巻六号一六七二頁参照)。

そこで逮捕状不呈示の違法が、令状主義の精神を没却するような重大なものといえるのか否かについてさらに検討する。

そもそも刑事訴訟法が逮捕状の呈示を義務づけているのは、それが人の身体の拘束という基本的人権を侵害する手続であるから、被疑者に令状発付の事実とその内容を知る機会を与え、逮捕の適法性を告知し納得させるとともに、なお納得できない被疑者には後日その適法性を争わせる余地を与えるためと解され、憲法三四条の定める、逮捕後の手続に関する「何人も、理出を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されない。」との規定の精神にも共通するものと考えられる。

従って、逮捕状の呈示は人の身柄拘束という基本的人権侵害行為を法的に許容するために必要不可欠という意味で、令状主義の基本に関わるものということができる。

しかしながら、逮捕状の呈示がなされなかった場合でも警察官の十分な説得等によって有形力の行使を伴わず平穏に行われ、事実上呈示と同じ効果が得られた場合や外形的に逮捕状の緊急執行(刑事訴訟法二〇一条二項、七三条三項)に準じた取扱がなされた場合等は、権利侵害の程度が低いとも考えられ、そのような場合は違法であるが、必ずしも令状主義の精神を没却しているとまではいえず重大な違法とはいえない場合もあり得るであろう。

これを本件についてみると、本件逮捕の態様は前述の如く三名で追跡し転倒し負傷した被告人を実力で制圧したというのであるから、呈示が不可欠な態様であったというべきである。

また、前記髙橋証人は、被告人が電柱にしがみついて逮捕を免れようとするとき、横山警部補が「瞬時判断して大津警察署に電話しています。携帯電話でしてます。要は執行せよということで多分指示をもらっています。その後逮捕状を本人に示してますので」と緊急執行をうかがわせる供述を一旦したものの、補充質問に対しては「横山の電話は逮捕しましたという電話です。訂正して下さい。」と供述を変更し、緊急執行の可能性を否定し、横山証人も、緊急執行ではなかったか、という質問に対して、違います、と明確に否定した。

警察官の単純な不注意ないし知識不足により、緊急執行ができる場合であったのに、意識的にはその手続がなされなかったが、逮捕は平穏であったような場合は、前述の如く令状主義に実質的に違反する程度が低いと解する余地はあるが、本件において、緊急執行の手続を知りながら、そうではなく逮捕状を呈示したと警察官が不自然な供述を一致して続けている以上、将来の違法捜査抑制の見地からみても、事後的に救済的解釈をすることは相当ではないというべきである。

以上によれば、本件逮捕状の不呈示の疑いは、令状主義の精神を没却するものと認められるから、その違法な逮捕状態を利用してなされたと認められる採尿、その検査結果、さらに右検査結果の利用による被告人の自宅の捜索の結果得られた証拠はいずれも違法性を帯びているといわざるを得ない。

なお前述のとおり、覚せい剤取締法違反容疑で被告人の自宅を捜索した平成一〇年五月六日には、本件窃盗容疑により発付されていた前記捜索差押令状も併せて執行し(甲五三)、同時に捜索しているから、本件逮捕の違法とは無関係に自宅から覚せい剤が発見された余地についても検討する必要性がある。

しかしながら、違法とされる手続と全く無関係な捜査手続により発見された物、すなわち偶然発見された薬物のように手続の違法性を承継させることが不相当な場合はともかく、本件においては、本件窃盗による逮捕直後に逮捕状態のままいわゆる任意採尿を求め、その後は覚せい剤事件の捜査を本件窃盗より先行させて起訴していることからも明らかなように、本件窃盗と覚せい剤事件は、被告人に両方の同種前科があることを事前に把握していた捜査機関にとって、いわば車の両輪ともいうべき関係にあったと認められ、両者を無関係と評価することはできない。

六  結論

以上によれば、検察官提出の証拠の内、被告人の尿に覚せい剤成分が含まれているとの検査結果回答書(甲六)、右回答書ないし回答結果の電話聴取書を疎明資料として発付されたと推認される捜索差押令状(甲九)の執行によって先見押収された覚せい剤(平成一〇年押第八〇号の符号1)、右覚せい剤の検査結果回答書(甲一四)の各証拠は違法収集証拠として排除せざるを得ない。

そうすると本件覚せい剤の自己使用及び所持に関する各公訴事実はいずれもこれを証明するに足りる証拠が存在しないこととなるから、弁護人のその余の主張について判断するまでもなく、刑事訴訟法三三六条により、右各事実につき被告人に対し無罪の言渡しをする。

(窃盗事実についての量刑の理由)

本件は、被告人が、同種共犯窃盗事件により二年間懲役に服して十分に反省、更生の機会が与えられたにもかかわらず、出所してからわずか半年後に、しかも前件と同じ共犯者と行った再犯であり、被告人に同種前科が少なくないことをも考慮するとその規範意識の鈍麻は極めて顕著である。また、かなり高額の現金を窃取したにもかかわらず被害弁償は全くなされていないから、被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。

他方、前記覚せい剤事件の審理のためとはいえ二年余りの長期勾留を受け、高齢であることもあいまってかなりの事実上の制裁を受けたこと等の事情も存する。

したがって、以上の諸事情を総合考慮して主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(検察官の求刑―懲役五年・覚せい剤の没収)

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